感覚神経は外界からの刺激に対する最初の防御機構だが、神経系的反応が起こった後、様々な役割を果たすことが知られている。このシステムが機能しなくなると、肺の感染症にかかりやすいことが知られている。また、感覚神経異常が起こる糖尿病で傷が治りにくいのも神経システムと損傷治癒に感覚神経が重要な働きをしていることを示している。このブログでも、以前、痛み感覚神経がカルシトニン関連ペプチド (CGRP) を分泌して自然炎症を誘導することを示した研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/10612)。
今日紹介するオースリアにある EMBL 研究所からの論文は、痛み神経から分泌される同じ CGRP が、傷口を炎症防御優先から、修復優先へスイッチさせる働きを持つことを示した研究で、3月27日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「CGRP sensory neurons promote tissue healing via neutrophils and macrophages( CGRP 感覚神経は好中球とマクロファージを介して組織修復を促進する)」だ。
この研究では痛み受容体を発現する感覚神経をジフテリアトキシンで除去できるモデルマウスを用いて、皮膚の損傷治癒過程を調べると、神経がないと損傷治癒が遅れることに注目している。また、筋肉損傷でも同じ実験を行い、筋肉の損傷修復も同じように、痛み感覚神経に依存していることを明らかにする。
以前にも紹介したように、痛み感覚神経は CGRP を分泌して周りの組織に働きかけることが知られている。そこで、CGPRシグナルに対する受容体コンポーネントRamp1 を、関与が強く疑われる骨髄球でノックアウトする実験を行い、損傷治癒誘導は、CGRP が白血球の傷口への遊走を抑え、マクロファージを炎症型から、修復型へ変換させることで、損傷修復を促進していることを明らかにしている。
この過程は極めて合目的に行われており、早期に傷口での炎症防御に関わった白血球が、それ以上傷口へ入るのを抑え、さらにマクロファージの死細胞の貪食を押さえる。同様に、この時期では様々な炎症性サイトカインの分泌も抑えられる一方、損傷治癒に関わる例えば血管増殖因子などの発現が上昇する。
そこで、CGRP の刺激を受けてこの複雑な機能を担う分子を探すと、刺激によってマクロファージでの発現が最も高まるトロンボプラスチン1一つで、炎症組織での好中球やマクロファージの細胞死を誘導し、白血球の傷口への遊走を押さえ、マクロファージによる死細胞貪食を高めることを確認する。また、トロンボプラスチン1をマクロファージでノックダウンすると、損傷治癒が強く押さえられることも示している。
以上の結果から、痛み神経、CGRP、そしてトロンボプラスチンとつながる損傷治癒促進過程のメカニズムを明らかにできたので、最後に CGRP を治療に使えないか検討している。
CGRP の機能についてはこれまでも多くの論文が報告されているので、おそらく CGRP を用いる治療実験がこの研究のハイライトといえる。CGRP はペプチドなので、局所でその機能を維持することは簡単でない。そこで、組織に保持されやすいエンジニアした CGRP を作成し、これを糖尿病モデルマウスに作成した損傷部位に塗ると、傷口が閉じる過程が大幅に促進されることを示している。
以上が結果で、糖尿病患者さんの損傷治癒を助けるペプチド薬が完成する期待がある。メカニズムはもっぱら神経血液サーキットで興っているので、これが存在する組織なら、効果も皮膚に限らないだろう。期待したい。