昨日に続いてアルツハイマー病 (AD) 論文を紹介する。今日紹介するイスラエルヘブライ大学と米国コロンビア大学からの論文は、亡くなった AD患者さんの465例の脳標本から核を単一レベルで取り出し、単一核毎に発現 RNA を解析して AD への軌跡を明らかにしようとした研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cellular communities reveal trajectories of brain ageing and Alzheimer’s disease(細胞コミュニティーにより脳老化とアルツハイマー病への軌跡が明らかになる)」だ。
AD標本の single nucleus sequencing (snRNAseq) についてはおそらく何編も論文が発表されていると思う。ただ、ほとんどの場合アルツハイマー病でどの細胞集団が上がっているといった結果を提出するので終わっている。一方、この研究では snRNAseq データをまず AD の時間経過と対応させたあと、今度は一人一人のデータをこの軌跡に重ねることができる解析方法を開発し、AD の病気の経過を再定義しようとする研究で、AD への軌跡を求めるという意味で包括的で新しい。
まず456人のコホート参加者の single nucleus 160万個を解析し、95種類の細胞集団に分けている。456人という大きな数だが、各個人では大体3000個の核に相当する。参加時点では全員認知症状はないが、64%が死亡後の組織検査で AD と診断され、そのうち36%は AD型認知症、そして26%が軽度認知症と死亡時には診断されている。
まず95種類の集団を AD のステージに改めて分類し直し、アミロイドβ 蓄積、異常Tau 出現、そして認知症状へと進む過程を、2種類のミクログリアと、1種類のアストロサイト、そして1種類のオリゴデンドロサイトで AD の軌跡を定義することができることを示している。すなわち、アミロイド蓄積が始まる前からミクログリア1が働き、蓄積が始まるとミクログリア2が上昇、その後異常Tau がたまり始めると、アストロサイト1が上昇、最後にオリゴデンドロサイト1が上昇すると認知症が始まるという軌跡だ。
一方 AD と診断されなかった集団には、認知症と診断されていてもこの3種類の細胞が中心となる軌跡は全く見られない。すなわち、老化に伴う2種類の軌跡があり、そのうちの一つが AD の軌跡で、この AD経路はこれまで研究されてきた AD の分子機構ともほぼ一致するという結果だ。
これは AD とそれ以外を層別化した結果だが、これらの軌跡をベースに個人レベルの single nucleus データを重ねる BEYOND という解析システムを開発し、2種類の軌跡の上に個人データをプロットできるようにしている。その結果、最初は脳のホメオスターシスを維持する細胞コミュニティーが老化とともに低下し始めるが、ここで APOEタイプに影響を受ける脂肪をためたミクログリア1へとスイッチすると、アミロイドの蓄積を防げなくなり、アミロイドがたまり始めるという、それぞれキーになる細胞の機能的側面も推定できるようになる。他にもミクログリア2が上昇すると、Tau とは無関係にアストロサイトが高まり、認知症へと進むことなども想定できる。
結果は以上で、今後はこの軌跡をもっと大規模な個人データで調べ直すのと、それぞれの機能を別々に変化させうる治療方法の開発で、ミクログリアを標的にする治療開発を行っている人たちには重要な情報になると思う。