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9月2日 末梢神経の痛みをモルフィネが軽減するメカニズム(8月30日Science掲載論文)

2024年9月2日
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今少し口内炎で食べたり話したりすると痛みを伴う。なんとか抑えようといろいろやっているが、結局は原因がなくなるまで完全に解放されることはないだろう。実際、痛いとジタバタするのは人間だけで、野生の動物にとって痛みは、原因から逃れるための信号であっても、痛み自身はアクションの対象にならない。人間だけが、痛み自体を対象として、そこから解放されようと様々な努力を重ねてきた。その結果様々なメカニズムの鎮痛薬が開発されたが、古代メソポタミアですでに使われていたことが知られているアヘン由来の成分モルフィンは5000年を超えた今も鎮痛剤の主役を演じ、逆に使いすぎによる中毒問題を引き起こしている。

これほど長い歴史を持つ薬剤だが、モルフィンが鎮痛作用を発揮するメカニズムについては以外とわかっていない。今日紹介するスウェーデンカロリンスか研究所からの論文は、マウスを機械的あるいは熱で刺激したときの痛みを、モルフィンが抑える過程を解析した現在の神経科学の粋を集めた研究で、8月30日号 Science に掲載された。タイトルは「Morphine-responsive neurons that regulate mechanical antinociception(機械的刺激に対する鎮痛作用を調節するモルフィンに反応性の神経細胞)」だ。

モルフィンの鎮痛作用の研究が難しいのは、モルフィン受容体が、興奮、抑制を問わず多くの神経細胞で発現しており、モルフィン刺激自体多彩な効果があるため、鎮痛作用だけを取り出して研究するのが難しいからだ。

この研究では TRAP 法と呼ばれる、一度興奮した神経を標識したり、操作したりする方法を用いて、末梢の刺激に対する鎮痛作用に関わる神経細胞が存在することが知られている吻側前帯状皮質の神経を特異的に刺激すると、痛みを抑えることが確認される。

このときモルフィンに反応する細胞を single cell RNA sequencing (scRNAseq) で調べると、興奮神経から抑制神経まで多くの細胞がモルフィン受容体を発現しているが、脊髄への投射と刺激により、痛みを抑える性質をベースに鎮痛作用に関わる神経を特定すると、最終的に BDNF を発現するグルタミン作動性の興奮神経が特定された。

これまで、モルフィンに反応して様々な神経の オン・オフ バランスで鎮痛作用が発揮されるという考えもあったが、最終的に吻側前帯状皮質由来の一本のルートに特定できたのは大きな前進だ。この神経を興奮させると、BDNF が分泌され、それを受ける末梢神経の閾値を変化させて鎮痛作用を発揮すると考えられる。実際、BDNF をノックアウトすると、鎮痛作用は完全になくなる。

刺激により脊髄内で末梢神経と相互作用する時、痛みを抑えるので、刺激がリレーされる神経細胞は、抑制性神経と考えられる。そこで、single cell RNA sequencing データベースから最も適した脊髄抑制性神経を探索し、galanin 発現の抑制性神経がこの刺激をリレーして末梢の感覚細胞の興奮閾値を下げることを明らかにしている。

かなり省略して紹介したが、最初に述べたように神経科学の粋を集めてこの回路を特定している。これまで吻側前帯状皮質を刺激することで痛みが抑えられることは知られていたが、今後より末梢で、この特定の回路の活性を上げることで、モルフィネに頼らない鎮痛作用を実現できる可能性がある。期待したい。

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