免疫反応の抗原から増殖まで、完全にコントロール可能なガン免疫治療として大きな期待が集まっているCART治療だが、なかなか使用が拡大しない。すなわち、抗原刺激の入り口だけをコントロールできても、まだまだ多くの道の要因が存在してT細胞をコントロールしきれないことを意味している。
今日紹介する米国ペンシルバニア大学からの論文は、CARTが抗原に出会って最初に分裂したときに発生する細胞運命の非対称性に注目した研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fate induction in CD8 CAR T cells through asymmetric cell division(CD8CART細胞は非対称分裂により運命が決定される)」だ。
この研究以前も細胞分裂時の娘細胞の観察からT細胞が刺激されたとき、例えば Mycタンパク質の非対称分布が起こることが知られていた。この研究ではこのような単一細胞レベルの研究を、細胞集団レベルに引き上げる目的で、LIPSTC と呼ばれるロックフェラー大学で開発されたシステムを利用している。
LIPSTIC は標的分子に結合させた酵素を用いて、標的と結合した分子を標識するシステムで、CART の場合ガン細胞抗原に酵素を結合させ、それと結合したキメラ抗原受容体に蛍光標識を結合させている。このガン細胞による刺激(免疫シナプスと呼ばれ、このシナプスを起点に非対称分裂が起こる)のあと細胞が分裂すると、ガン細胞と結合した側と反対側の細胞を、蛍光標識の分布で区別することができる。
この方法で、ガン側、反対側の細胞の機能や分子発現を調べ、
- 機能的には、ガン側は代謝的にも活性化されキラーとして機能し、そのまま運命が決定され、最終的に消耗する。一方、反対側細胞はメモリー細胞として機能し、次の刺激で同じように非対称分裂を起こす。
- ガン移植モデルでそれぞれのキラー活性を調べると、反対側細胞は長期間マウス内で維持され、持続的なキラー活性を発揮するが、ガン側細胞は最初効果はあっても長続きしない。
- Single cell RNA sequencing を行い、遺伝子発現をそれぞれの細胞で調べると、ガン側と反対側で転写因子の発現、細胞表面分子の発現ではっきりと分かれており、それぞれの発現は非対称分裂時に非対称に分布した分子と非対称分裂の結果転写自体が変化して発現パターンが異なった転写因子の両方が存在する。
- これら発現レベルで変化する転写因子は、分裂後にそれぞれのタイプに収束していくこと、そしてこの結果として、反対側は IL7R を発現したメモリー細胞へ、ガン側細胞はMycを発現し代謝が高まったエフェクター細胞へと運命決定される。面白いのは、このときの運命決定が、あとで抗原刺激を受けても維持されることで、CART の樹立時の条件のヒントを与えてくれる。
- メモリーへの運命決定を左右する分子として IKZF1 が特定され、IKZF1 をノックアウトすることで反対側細胞への運命決定が可能であることを示している。
免疫シナプス、非対称分裂という意味で特に新しいわけではないが、CARTを用い、しかも集団レベルの解析に引き上げたことで、CARTを完全にするための重要な方法として、今後役立つと期待できる。