自己 iPS を用いる細胞治療はもう珍しいことではなくなった。iPS による治療法が完成したことを最も実感できるとして目標とされてきた、パーキンソン病患者さんに対するドーパミン神経移植や、1型糖尿病 (IDDM) 患者さんに対する iPS 由来膵島移植も少しづつではあるが臨床例が報告されるようになってきた。
その中で今日紹介する中国南海大学病院と北京大学を中心とするチームにより報告された、自己脂肪細胞から小分子化合物の組み合わせで iPS を誘導し、それから膵島細胞を誘導したあと、1型糖尿病の女性の腹直筋鞘に移植した臨床研究は、私から見ても1型糖尿病の完治が可能になったことを示す症例報告で、1例だが最初の自己由来幹細胞を用いた糖尿病治療例として Cell に掲載された。タイトルは「Transplantation of chemically induced pluripotent stem-cell-derived islets under abdominal anterior rectus sheath in a type 1 diabetes patient(化学化合物で誘導した全能性幹細胞由来膵島細胞の1型糖尿病患者さん腹直筋鞘への移植)」だ。
この研究の責任著者の一人 Hongkui Deng は、私の現役最後の年に北京大学で大学院講義に招待してくれた知人で、10年以上前から小分子化合物だけで iPS を誘導するための極めてベーシックな研究を行う、中国の幹細胞研究をリードする若手の一人だった。免疫学でも業績を残しており、ともかく優秀な若手という印象が強く、このような若手が独立して自分の道を切り開ける、フレキシブルな仕組みが中国には存在することに感心した。
その後、2020年 Nature に4段階、異なる化合物を加えて培養するだけで、時間はかかるがヒト iPS 細胞が誘導できることを示す論文を発表している。
今日紹介する論文はこの研究の延長で、化学的に誘導した iPS (CiPS) が、これまで簡単ではなかった実際の細胞治療に使えることを示したことで、この方法が普及する道を開いたと思う。
さて対象患者さんは、1型糖尿病だけでなく、肝硬変の治療として2回も肝臓移植を受けており、さらにその際、IDDM を治療するために膵臓移植まで受けた患者さんだ。ただ、血栓の心配があり、移植膵臓は除去されており、IDDM としてインシュリン治療を受けているが、コントロールが極めて難しく、低血糖発作が頻発するという問題を抱えていた。
そこで、インシュリン産生 β細胞とともに、グルカゴン産生細胞やソマトスタチン産生細胞誘導できる CiPS 由来膵島細胞を移植する可能性が検討された。
2020年、脂肪細胞から CiPS を誘導し、そこから膵島を誘導したあと、最終的に2023年6月に実際の移植を行っている。その間3年を費やしているが、ほとんどの時間を数百匹の免疫不全マウスを用いた効果検証、安全性検証、最後にサルへの移植実験を経るという、同じ細胞の徹底的な前臨床検査を行った上で、腹直筋鞘に2万個近くの膵島を移植している。この移植部位についても Honkui は腹直筋筋鞘が使えることを2023年 Nature Metabolism に発表しており、マルチタレントの徹底ぶりを披露している。
ここまでで驚くのは、実験に必要な数の細胞を同じ CiPS から調整し続けていることで、安定供給が可能なシステムができあがっていることに驚く。
さて結果だが、簡単に言ってしまうと IDDM は完治したと言っていい。まず、移植後70日目で全くインシュリン治療が必要なくなっており、それでも 300mg/dl 近くの血中グルコースが、100mg/dl と安定し、一日の98%が正常範囲で維持できるようになっている。
また、HbA1c も70日目で6.5、120日目で5.3に正常化し、そのまま一年維持されている。もちろん移植した細胞から十分量のインシュリンが分泌され、一年間安定しており、また食事により分泌の上昇も正常に見られる。
最後に副作用を調べているが、局所痛以外問題になる副作用はなく、しかも注射した部位の細胞の様子をCTや超音波で確認できる。その結果、大量の細胞を移植しているが、現在のところ腫瘍性増殖はなく、ガンマーカーも上昇がない。
以上が結果で、日本の IDDM ネットワークの目標は「治らないから治るへ」だが、少なくとも1年間治った状態が維持できたという結果で、素晴らしい結果だと思う。あとは、自己免疫性反応の制御や普及のための標準化などまだまだ時間はかかるが、IDDM の完治へ向けた大きな進展だと思う。