人間の場合、生後卵子が増殖することはない。すなわち、生理が始まると生まれてきたときに持っている卵子をいくつかずつ活性化し、生殖に使わない場合は捨てていく。この活性化が始まるのが初潮で、活性化できなくなるのが閉経で、この間が女性の生殖年齢になる。これまでのゲノム解析により、この生殖年齢の個人差は大きく、なんとこの長さにかかわるコモンな多型は300種類近く知られている。しかもその多くは、DNA損傷修復に関わることから、生まれてから同じ卵子を維持することに我々が多くの投資をしていることがわかる。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、UK Biobank のエクソームデータから、アミノ酸変異を伴う変異で生殖年齢に大きな影響を持つ9種類の遺伝子を特定し、それぞれの意義について調べた研究で、9月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic links between ovarian ageing, cancer risk and de novo mutation rates(卵子の老化とガンやデノボ変異との関係)」だ。
今回特定されたのは、タンパク質の変異が起こる遺伝子変異で、コモンな多型ではなく希な多型だ。従って、この変異を持つ人たちを発見して、生殖年齢が短いことをわかった上で、卵子凍結も含めた出産計画を考えてもらうことは重要になる。
この中の ZNF518A と名付けられた遺伝子は初潮が遅れ、閉経が早まるという強い影響を持つ。面白いことに、これまでコモン多型として特定されていた多くが、この転写因子の結合部位の多型であることが特定されたことで、この転写因子の卵子保存に関する重要性がうかがわれる。
次に、これらの変異が発ガンと関わるかを調べている。この9種類のうち、7種類がDNA修復に何らかの形で関わっており、また発ガンリスクとして有名な BRCA1 遺伝子も含まれている。当然のことながらBRCA1 は多くのガンのリスク遺伝子になっている。今回リストされた遺伝子のうち4種類が発ガンリスクを高めることが確認された。このうち3種類はすでに知られているが、今回新しく特定された SAMHD1 遺伝子の機能不全は、脳の炎症性変性疾患遺伝子として知られており、今回の研究で新たに、男性の前立腺ガン、男女の中皮腫のリスク遺伝子になることが示された。
最後は誰もが知りたいポイント、すなわち生殖年齢に大きな影響を持つ遺伝子は、突然変異蓄積に関わり、次世代の新しいデノボ変異の頻度を上げるかという問題が、親と子供のゲノム変異を調べるトリオコホート研究を使って調べている。2種類のデータセットを用いて調べているが、いずれのデータセットでも相関が認められた遺伝子は見つからなかった。他にも相関がないか様々な方法で調べ、今回リストした生殖年齢を短くする遺伝子変異は、デノボ変異を高めないと結論している、
多くの遺伝子がDNA損傷に関わる遺伝子であることを考えると意外な結果といえる。修復異常が発生すると、速やかに除去する機構があるのかもしれない。いずれにせよ、生殖年齢が短くなったからといって、不妊ではないことを考えると、子供のデノボ変異にほとんど影響がないという結果は重要だ。ただ、さらに対象の数を増やして確認してほしい。
以上、あまり目にしないユニークなゲノム研究だが、少子高齢化が進み、結婚年齢が遅くなっている先進国にとっては極めて重要な研究だと思う。是非、望まれる場合はお母さんのゲノムを調べることをルーチンにすれば良い。