ダウン症は精神発達障害と外見に特徴を有しているが、他にも内臓には様々な異常を抱えている。特に有名なのが、生後に見られる一過性の白血病のような血液細胞増加はよく研究され、GATA1 遺伝子の変異によることが知られている。また、生後の赤血球異常も頻度が高く、胎児造血になんらかの異常があることがわかるが、その原因についてはよくわかっていない。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、人工中絶した3−5ヶ月令のダウン症胎児の肝臓と骨髄細胞を採取、血液細胞とそれ以外に分けて、single cell 解析を 10xgenomics 社が提供する multiome を使って行った研究で、9月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Single-cell multi-omics map of human fetal blood in Down syndrome(単一細胞レベルのマルチおミックスによるダウン症の胎児血液解析)」だ。
この研究は、ダウン症の中絶胎児の血液を調べたという点がいちばんのハイライトだと思う。この分野の研究者にとって、簡単そうでハードルは高い。ただ、細胞が得られると、この研究で行なっているように、かなり精度高く single cell レベルの遺伝子発現と、染色体の状態を調べることができ、造血に関わる転写のメカニズムを調べることができる。
この研究では、胎児肝と骨髄について21トリソミーと、正常を比較し、骨髄では両者にほとんど差がないにもかかわらず、肝臓では細胞の種類や増殖状態がダウン症で大きく変化していることを明らかにする。そしてこの変化のかなりの部分が、肝臓での造血でミトコンドリアの酸化的リン酸化の活性上昇による細胞活動の増殖が、肝臓だけで造血や特に赤血球への分化が高まる原因で、またこれに伴う活性酸素の上昇が造血に関わるゲノム変異を誘導していることを示唆している。
すなわち、トリソミーによる肝臓での環境変化が、局所的に造血細胞の代謝を変化させ、一過性に造血を高め、一過性全白血病状態を引き起こす遺伝子変異を誘導していることになる。
さらに、原因は明確でないが、ダウン症では染色体レベルの変化が特に GATA1 などの赤血球分化に関わる領域が先行して進むために、赤血球分化へのバイアスが高まっている。特に造血に関与する遺伝子発現調節に関わる、プロモーターやエンハンサー部位染色体構造と実際の RNA 発現を比較することで、染色体変化がダイレクトに遺伝子発現変化につながりやすくなり、造血バイアスが発生することを詳しく調べているが、詳細は割愛する。
ただ、このようなプロモーター、エンハンサー部位の染色体構造変化と転写は、その部位の遺伝子変異の要因になる。実際、造血異常と相関するとして特定されてきた多型の領域が、特にダウン症で活性化されていることを確認し、胎児造血だけで一過性の白血病状態が発生するのかについての一つの可能性を示している。
結果は以上で、ダウン症の中絶胎児から肝臓を採取するというハードルを乗り越えることで、胎児造血特異的な造血異常が発生する原因の一因が明らかにされた。ただ、ではトリソミーからこの異常が起こるメカニズムに関しては、おそらく代謝だけでは説明できないので、まだまだ解析が必要だ。