医学を学んでいても、感染症になると症状や治療のことばかりが頭にあって、バクテリア本体についてはほとんど知らないことが多い。その意味でコロナパンデミックの2年間はウイルス自体について本当によく勉強できたと思う。ただ、これは例外的ケースで、たまに細菌を直接調べた論文を読むと、驚かされることが多い。
今日紹介するオランダライデン大学とハーバード大学からの論文は、口内の常在菌で歯周プラーク内に存在する Corynebacterium matruchotii (C.m) の分裂の不思議な様式を示した研究で、9月3日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Tip extension and simultaneous multiple fission in a filamentous bacterium(糸状細菌で見られる先端の伸長と同時に複数の箇所で起こる分裂)」だ。
細菌なのに菌糸を伸ばし、胞子まで作ることで知られるのは、多くの抗生物質が分離されている放線菌がいることは知っていても、細菌というと大腸菌と同じように真ん中で等分されるイメージが強すぎる。
C.m は健康な口内細菌叢の指標として使われたりするが、歯周プラークを見ると重要な構成成分になっており、バイオフィルム形成に重要な役割があるのではと推察されていた。この研究では、C,m の分裂をビデオ撮影することで、通常の分裂をする代わりに、まず菌体が一方向に伸び、その中に境で隔てられた娘細胞が形成され、7時間ぐらいすると菌糸が隔壁部位で同時に分断して、それぞれの娘細胞に分かれることを発見する。
この発見がこの研究のハイライトで、プラーク内の細菌として研究されてきたはずなのに、こんなことがわかっていなかったのかと驚く。いくつの娘細胞が一つの菌糸の中に形成されるのか、等分裂はできないのかなど、詳しく分裂様式を調べると極めて多様な分裂形式をとることがわかる。
細胞壁の合成に関わる様々な分子を染める方法を用いてこの不思議な様態を解析すると、菌体伸長に必須のペプチドグリカンが菌体の片方だけに局在し、この合成の局在が菌体の伸長方向を決めていることがわかる。
そして、菌体が伸長したあとプロテオグリカン合成は娘細胞を分けるための隔壁部位に局在し、隔壁を作ると急に機械的なストレスで、くの字型に折れ曲がるように多くの娘細胞が分かれてくることを示している。バクテリアのゲノムはこの間、均一に分配されているように見えるが、分配できていない娘細胞も存在することがわかる。
最後に、試験管内実験系で他の細菌とともにプラークを形成させると、C.m が主役として、プラークの核を形成し、それぞれの細菌が別々の場所に分布することを示し、この細菌が重要であることを示している。