現在ガンなどの治療に使える様になった分子標的薬の多くは、ATP を基質にしてリン酸化を行うキナーゼ阻害剤だ。一方 Ras など多くのガンで変異が見られる GTPase は、多くの製薬会社が開発を諦めたぐらい小分子化合物が入り込む鍵穴がはっきりしなかった。
これをこじ開けるきっかけとなったのが K-Ras の12番目のグリシンがシステインに変異した部位のシステインと共有結合できる化合物の開発で、今や何種類もの薬剤が開発されるようになり、このブログでも何度も紹介してきた。この共有結合する化合物の利点は、特異的反応を確実に検出できることで、開発された化合物を他の GTPase の解析に使う可能性が生まれてきた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、これまで K-Ras (G12C) 変異に対して開発されてきた共有結合型化合物を利用して、他の GTPase も含め薬剤開発が難しかった鍵穴をこじ開けられないか調べた研究で、9月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting Ras-, Rho-, and Rab-family GTPases via a conserved cryptic pocket(Ras-、Rho-、 Rab-ファミリーの GTPase を標的にする薬剤開発を保存された隠れポケットを手がかりに進める)」だ。
タイトルの Cryptic pocket というのは、薬剤が結合して初めて明確になる分子の鍵穴のことで、K-Ras の場合共有結合型化合物が見つかったことで、K-Ras の鍵穴として同定された。当然同じような性質は、同じ Rasファミリーだけでなく、タイトルにある Rho-、Rab-ファミリー分子などの GTPase にも見られるのではと着想したのがこの研究だ。
手始めに、すでに開発されている10種類の化合物を、H-Ras、N-Ras の他の Rasファミリーとの結合を調べると、多くの化合物が H-Ras、N-Rasにも結合し、現在使われている sotorasib や JDQ443 は細胞レベルでも N-Ras に効果があることがわかった。すなわち、これらの薬剤は K-Ras 変異以外にも使える。
個人的に最も驚いたのは、H-Ras、N-Rasでも12番目がグリシンで、システインへの変異 G12C が起こることで、確かに GTPase の構造が極めて類似していることがよく理解できた。
次に同じように、Rho や Rabファミリーの分子についてもこれらの化合物の結合を調べ、Ras ほど強くないが、様々な部位に起こったシステインへの変異分子と結合する化傍物が見つかることを明らかにしている。
その上で、構造解析をベースにさらに多くの化合物を設計することで、Rho、Rabファミリー分子と比較的強く共有結合する分子を開発できることを示している。
また、このような隠れポケットへの結合だけで機能を阻害できない場合も、以前紹介した分子の構造変化を抑制するサイクロフィリンをリクルートするタイプの阻害剤(https://aasj.jp/news/watch/22741)利用可能であることまで示している。
他にも隠れポケットをこじ開けるための他の部位の構造についても解析しており、見えないポケットも必ず開けることができるので、共有結合型化合物を手がかりに、GTPase 全体を見渡した創薬が可能であることを示している。
化合物を設計する時代に間違いなく入っていることがよくわかる。