最初の農耕はメソポタミアからエジプトにかけての中東で1万年ぐらい前に始まったとされている。このときの穀物は麦だったが、米は中国、トウモロコシはアメリカ、そしてヤムイモはサハラ以南のアフリカ、と、独立してその風土に合った作物の栽培が行われた。そして、この農耕の歴史はデンプンの消化に関与するアミラーゼ遺伝子の進化を促す選択圧として働いたことも知られている。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校とテネシー大学からの論文は、これま重複が多いために人類学的なゲノム研究が進んでいなかったアミラーゼ遺伝子領域の多様性を定義し、その進化と農耕の歴史を重ね合わそうとした研究で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus(アミラーゼ遺伝子領域の多様性は、繰り返す進化と選択で形成された)」だ。
我々は3種類のアミラーゼ遺伝子を保有しており、AMY2A と AMY2B は膵臓で、AMY1 は唾液腺で発現している。ゲノム研究から、それぞれの領域で重複による遺伝子増幅が起こっており、特に AMY1 では染色体あたり1個から9個まで大きな多様性があることが知られていた。ただ民俗学的、歴史学的に遺伝子の多様化を調べるためには、重複数だけでは全く不十分で、多様化した遺伝子型を正確に定義することが必要になる。ところが、重複や欠損、さらに逆位が起こっているような場所で正確な遺伝子型を決めるのは、通常用いられる短い配列を解析するゲノム解析方法では難しい。
この研究ではまず世界中から集めた4292人のゲノム解析データから、ザクッとした多様性を定義した上で、長いストレッチを解読したロングリード・データベースを用いてこの領域を詳しく分類し、3種類のアミラーゼ遺伝子領域の遺伝子型を28種類に分類し、それぞれの遺伝子型が一つの共通祖先から進化してきた過程を定義することに成功している。これまでの研究では、このうち2型だけが完全に解読されていた。
ただ人類学、特に古代ゲノム解析で、ロングリードデータを得ることは不可能で、ショートリードでもこれらの多型を定義する必要がある。そこで多型と強く連鎖する領域を利用する ”haplotype deconvolution” と呼ぶ方法を開発して、ショートリードでそれぞれの遺伝子型を解読できるようにしている。
以上の解析から、
- 特に AMY1 領域では、それぞれの民族独自に重複や欠損が繰り返され、現在の遺伝子型ができていること、
- 農耕ネアンデルタール人やデニソーワ人ではこのような多型は存在せず、また古代ゲノムを調べるとホモサピエンスでも青銅器時代が始まるまでは重複による遺伝子コピーの数は少ないこと、
- 農耕がはじまる 12000-9000 で特定の多型が強く選択されていること、
- これをヨーロッパでの農耕の歴史と重ね合わせることができること、
などが示されている。
面白いのは重複によるコピー数の増加と欠損が頻発している点で、重複構造による変異頻度の増加(実際他の領域と比べると、なんと1万倍の変異頻度がある)が背景にあるが、しかし唾液中のアミラーゼ遺伝子がデンプンを処理するというメリットに加えて、今度はその結果虫歯が増えて生存優位性が失われるという複雑な選択構造になっているからではないだろうか。
いずれにせよ、各地域の農耕の歴史と、それぞれの多型をさらに詳しく調べることで、農耕という人間にとって重要な歴史を読み解くことができると思う。