変異配列を正常配列へと変えるための遺伝子編集の切り札として登場したのがハーバード大学の Lu により開発されたプライムエディターで、遺伝子をカットする Cas9 に逆転写酵素を結合させ、置き換えたい配列を局所で合成させて相同組み換えのテンプレートにする方法だ。ただDNAミスマッチ修復メカニズムが働いて効率を低下させるなどの問題があり、現在はこれらの問題を解決し、コンパクトな遺伝子編集システムを完成させる研究が続いている。
今日紹介するテキサス大学オースティン校からの論文は、元々細菌がファージの増殖を止めるために開発してきたレトロンと呼ばれる逆転写酵素と long-noncoding RNA を CRISPR と組み合わせて、効率の高いプライムエディター開発研究で、10月23日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery and engineering of retrons for precise genome editing(正確なゲノム編集のためのレトロンの発見と操作)」だ。
レトロンとは、標的RNAの特異性を持つ逆転写酵素とそれに認識されプライマーなしに一本鎖DNA (ssDNA) へと転写される non-coding RNA の組み合わせからできている。このRNAは認識されるための特殊な構造を持っているが、一部は自由に変更できる。これを利用すると、目的の配列を持った一本鎖DNAを合成させることができる。
この逆転写酵素と Cas9 結合させると、Cas9 が切断した領域に合成された ssDNA が濃縮されるため、相同組み換え機構が働くとテンプレートの配列に変異配列を置き換えることができる。ただ、元々細菌の抗ファージシステムとして進化してきたので、哺乳動物で働く効率が低いなど様々な問題があった。
この研究では考えられる問題を一つ一つ解決して、実際に胚操作に使えるまでのリトロンシステムを組み上げるための詳細な条件検討が行われている。まず、哺乳動物でも働くリトロンシステムを探し出すため、データベースから500種類のレトロンを選び、そのうち98種類について実際に正確な編集効率を指標にして、最適なレトロン逆転写酵素探索、最終的に Escherichia fergusonii (Efe1) 由来のレトロン逆転写酵素を選び出している。これを使うと編集効率は20−30%という効率になる。
次にこのレトロン逆転写酵素の認識効率のいい non-coding RNA の条件を絞り込んでいる。この方法でいくつかのゲノム領域の編集を行い、99%以上が目的の配列に置き換えられることを示している。
このシステムは Cas9 と組み合わせるので、Cas9 のガイドとリトロン non-doding RNA の転写条件、あるいは Cas9 とレトロン逆転写酵素をつなぐリンカーの条件など詳細に検討して最適の組み合わせを選んでいる。また、核内移行シグナルについても様々なシグナルの中からトライアンドエラーで選んで、効率を高めている。こうして選んだリンカーなどを使うと、Cas9 だけでなく、Cas12 とも組み合わせられ、Cas9 より高い効率での編集が可能になることも示している。
プライムエディターの最大の敵は、NMHJ による遺伝子修復で、これを防ぐ様々な方法も提案している。最もストレートなのは修復酵素を阻害することで、DNA-PKcs を阻害するだけで効率を何倍も伸ばすことができる。更には細胞周期をS期以降の広範に止めることで、相同組み換えが上昇する事も示している。
以上は培養細胞を標的にした遺伝子編集だが、ゼブラフィッシュの卵にmRNAの形で必要なコンポーネントを注入することで、平均で3%、場合によっては10%近い遺伝子編集効率が得られることを示している。
最近遺伝子編集は臨床応用段階と決め込んで新しい方法をしっかりフォローしていなかったが、開発のエネルギーは落ちていない。100%を目指す遺伝子編集もいつかは可能かもしれない。
