11月27日 期待される革新的技術開発論文2題(11月19日 Nature オンライン掲載論文)
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11月27日 期待される革新的技術開発論文2題(11月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月27日
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11月19日に Nature にオンライン掲載された論文の中にかなり期待できそうな医療技術の開発論文が掲載されていたので、一度に紹介する。

まず最初の論文はプライム編集技術の開発者として有名なハーバード大学 David Liu 研究室からの論文で、多くの遺伝病に共通に使えるプライム編集についての研究。タイトルは「Prime editing-installed suppressor tRNAs for disease-agnostic genome editing(プライム編集により病気のゲノム編集のためのサプレッサー tRNAを導入する)」だ。

遺伝子編集というと、それぞれの患者さんの変異に合わせてCRISPRシステムを設計し、変異を正常化する技術を考えるが、今日紹介する論文は変異によりストップコドンができて正常なタンパク質が合成できなくなる変異であれば、どれにでも対応できる遺伝子編集法の開発で、一つの編集法が1万近い変異に利用できるという点で画期的だ。

これを可能にするのがサプレッサー tRNAで、アミノ酸と結合している tRNAのアンチコドンがストップコドンを認識するようになると、ストップコドンがアミノ酸で置き換えられそのまま翻訳が続くという現象を利用している。とすると、本来のストップコドンで翻訳が止まらないのでは心配するが、様々な理由で本来のストップコドンが読み飛ばされる確率は低いことがわかっている(説明は省く)。実際、ストップコドンに変わる変異は数多くあるので、サプレッサー tRNAを利用する方法はこれまでも試みられたが、480種類も存在する tRNAの中で最適なサプレッサー tRNAを選ぶことはほとんど不可能だった。

それを実現したのがこの研究で、行われた実験の量は1編の論文としては異例の量で、よくここまで細部を詰めたとまず感心する研究だ。この研究では480種類ある tRNAのアンチコドンをストップコドンに対応させたとき、どれが一番正常タンパク質を合成する効率が高いかを、蛍光タンパク質の翻訳を指標に探索し、ロイシン tRNAなどいくつかの候補を発見している。

ここからの実験が大変で、tRNAを発現させるプロモーターやターミネーター、さらにプライム編集で tRNAゲノムを変化させるときの編集効率を高めるための突然変異導入など、様々な条件を全てトライアンドエラーで検討し、最終的にTAAを認識するロイシン tRNAのゲノムをプライム編集に必要なベクターを完成させている。

これを細胞株に導入して正確にこの tRNAゲノムをサプレッサー tRNAに変えられることを確認した後、今度は間違って働いて異常なタンパク質ができていないか、あるいは関係ない場所が切断されていないかなど全て確かめて安全性を確認している。

こうしてできたプライム編集ベクターを、酵素遺伝子にストップコドンが発生したモデル系で効率に編集できることを確認している。繰り返すが、これは変異遺伝子を直接編集するのではなく、480種類の一つの tRNA遺伝子を変化させただけの編集の結果で、驚くべき効率だ。さらにこのシステムで治療可能と思われる14746種類の変異をクローニングして、全てが同じベクターで治療可能であることまで確かめる念の入れようだ。

最後にムコ多糖類を分解する酵素にストップコドンが入ったハーラー症候群のモデルマスの治療実験を行うために、マウスの tRNAの編集システムを新たに開発して、アデノ随伴ウイルスを用いて脳室内投与を行っている。この病気は全身の細胞で酵素欠損が起こるが、脳室への注入で脳の酵素活性が6%にまで回復するだけでなく、心臓で5%、肝臓で2%まで回復する。そして、病理で見られる細胞内の大きな空胞が脳や肝臓で回復することがわかった。

以上が結果で、明日から臨床試験を始められるところまで徹底的な実験が重ねられており、一つの編集で1万に及ぶ病気を治療する可能性が開かれた。

次は中国浙江大学からの論文で、皮膚に貼るインシュリンを可能にするテクノロジー。タイトルは「A skin-permeable polymer for non-invasive transdermal insulin delivery(皮膚を浸透するポリマーを用いてインシュリンを非侵襲的に摂取する)」だ。

ペプチドは上皮バリアを通過できないが、経口可能なGLP-1としてノボノルディスクのリベルサスが開発されている。これはノボノルディスクの経口インシュリンの技術の延長にあるが、いろいろ飲み方に注意が必要だ。これに対し、この研究では皮膚に貼るだけでインシュリンを摂取できる技術を開発している。

詳細は省くが、ポリズウィッタリオンとして知られる陽イオンと陰イオンが共存した poly-ethyl methacrylate (OP) が、まず皮膚角質に結合した後、皮膚の pH変化に伴ってイオン特性を変化させ、細胞間の脂肪輸送路を通って皮下に浸透し、最終的に血液循環に入ることを確認している。

次にこのOPにインシュリンペプチドを結合させ、同じように皮下へと浸透すること、そして血中インシュリン濃度を皮下注射と同じ程度に上昇させ、血中グルコースをを抑えることを示している。これはマウスだけでなく、ブタでも確かめており、おそらく人間でも可能になる。

問題は、インシュリン注射と異なり、効果が長く続く点で、べーサルのインシュリン調整には使えるが、注射と同じような使い方は危険だと思う。いずれにせよ、効果に驚いたのか、後はOP-インシュリンが皮膚をどのように浸透するのか、詳しい組織学的解析が行われて、先に述べたように脂質層を伝って浸透することを示している。

結果は以上で、実際にはインシュリンよりGLP-1等の比較的安全なペプチドを投与するのに使える様になると、大ブレークするように思う。ペプチドそのものを使える点で、経口化合物より使われるようになるのではと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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