若い研究者や学生さんには馴染みのない名前だと思うが、今日はショウジョウバエを用いた発生学の大御所 Michael Levine の論文で、さすが大御所と感心した論文を紹介する。タイトルは「Noncoding transcription controls the developmental dynamics of long-range gene regulation(長いレンジの遺伝子調節による発生動態はノンコーディングRNAの転写により調節されている)だ。
発生過程で特定の遺伝子が転写されるとき、エンハンサーとプロモーターが近づいて転写マシナリーが転写開始点に揃う結構複雑な過程が進行する。この時、エンハンサー領域の配列が転写され、これがエンハンサー活性とリンクしていることが知られている。ただ、実際に転写されたノンコーディングRNA (ncRNA) が何をしているのかは明確ではない。
この問題にショウジョウバエの発生過程で胸部の体節の特異性を制御するHox遺伝子の一つ Scr の発現調節をモデルとして取り組んでいる。これまでの研究でScr遺伝子の調節に関わるエンハンサーやクロマチンのループ型性を支えるテザリング領域、そしてそのとき転写される ncRNA については詳しくわかっている。そして、体節の特異性が決まるとき、Scr遺伝子のエンハンサー部位の RNA (eRNA) が発生のタイミングに合わせて発現することもわかっている。
この研究では、まずショウジョウバエの胚で体節が決定されるとき、Scr の eRNA と mRNA、加えてテザリングに関わる領域で転写される ncRNA、dtRNA の転写開始のタイミングを蛍光遺伝子を標識に追跡している。ただわかりにくくなるので、できるだけ dtRNA は省いて内容を紹介する。
多くの細胞で eRNA と mRNA の転写タイミングを調べると、Scr の転写が始まるかなり前からえRNAの転写が観察される。驚くのは、eRNA の発現量が一定のレベルに低下した段階で、急に Scr の転写が始まることだ。これまで eRNA はポジティブに遺伝子の転写に関わると考えられていたが、この結果はまるで逆で、eRNA が遺伝子の転写を抑えていることになる。
この可能性を確認するため、eRNA の転写開始点を除去して eRNA発現を抑える実験を行うと、予想通り Scr の転写が何倍にも高まることを確認する。即ち eRNA は遺伝子転写を抑え、おそらく転写開始のタイミングを調節している。逆に eRNA の発現を高める実験も行っており、この結果 Scr遺伝子の発現は強く抑制され、発現時期も遅れる。
この時特定の eRNA の配列が関わるのかを調べるため、eRNA をファージの遺伝子で置き換える実験を行っている。おもしろいことに、遺伝子転写を抑制する機能は、特定の eRNA の配列には関わらない。即ちエンハンサー部位で ncRNA が転写されることが重要であることがわかった。
では eRNA は何をしているかが問題で、ここからは少し専門的になるが、先に述べたエンハンサーとプロモーターを近づけるためのループが形成される時、このループを支えるのがテザリング領域だが、この近くで転写される dtRNA と eRNA はこのテザリングの強さを変化させていることを明らかにしている。即ち、dtRNA はテザリングを維持するのに必要だが、これを eRNAが競合的に阻害することで、ループ維持が低下し、エンハンサーとプロモーターの相互作用が抑えられる。dtRNA については大分割愛したのでわかりにくいかもしれないが、この研究が示すのは、1)エンハンサー活性は基本的にプロモーターと近づくことで決まり、ncRNA は直接関わっていない。しかし、2)エンハンサーとプロモーターの相互作用を維持するためのループ型性テザリング機構は、その機能を通して遺伝子転写のスウィッチを入れている。この時、3) eRNA は遺伝子転写の始まる前から発現して、テザリングを抑制し遺伝子発現のタイミングや量を決める。最終的なメカニズムは、転写機構に関わる分子を競合するのか、あるいはエンハンサー部位で見られる相分離を調節するのか、今後明らかになると思うが、eRNA についてさすが大御所という論文で感心した。
