10月12日 サイズと寿命が相関するイヌからメチル化DNA変化による老化のメカニズムを探る(10月8日Science 掲載論文)
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10月12日 サイズと寿命が相関するイヌからメチル化DNA変化による老化のメカニズムを探る(10月8日Science 掲載論文)

2026年10月12日
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イヌはチワワからグレートデンまで同じ種でおどろくほど大きさが違っているが、これがほぼ人間によるブリーディングの結果であることにも驚く。全く知らなかったが、イヌのサイズは寿命と逆相関し、小さいイヌほど長生きすることが知られている。

この現象を利用して、老化とDNAメチル化の関わりのメカニズムを探ろうとしたのが、今日紹介するアリゾナ州立大学からの論文で、10月8日号の Science に掲載された。タイトルは「Epigenetic aging and transposon dysregulation reflect size-related lifespan compression in dogs(エピジェネティック老化とトランスポゾンの調節異常がイヌのサイズと相関する寿命圧縮を反映する)」だ。

894匹の半分は純系、半分は雑種のイヌの血液を、それぞれ4年にわたって採取し、その間のDNAメチル化パターンを経時的に調べている。人間を含む多くの動物でDNAメチル化のパターンが老化の指標になることが知られている。この研究では得られた膨大なデータを学習して、そのパターンから老化度を計算するモデルを作成し、これを用いて各個体のエピジェネティック年齢を推定している。

他の動物と同じで、実年齢とDNAメチル化パターンから推定されるエピジェネティック年齢とは完全に相関する。また、DNAメチル化パターンの変化の程度から残りの寿命を計算して、実際の4年経過中の死亡率とを照らし合わせると、メチル化パターンの変化から余命を推定することができる。

おもしろいのはイヌでは実年齢が若いときほどエピジェネティック年齢の進行が早く、また個体間のばらつきが大きい。このデータは全てのイヌで調べたデータで、このばらつきについて、イヌの大きさや性別を加えて調べ直すと、メスでエピジェネティック老化のスピードが速いこと、またサイズが大きいほどエピジェネティック老化のスピードが速いことを確認する。即ち、イヌのエピジェネティック老化のパターンは、性とサイズにより影響されることがわかる。

そこで、ゲノム全体にわたって分布しているエピジェネティック年齢に関わりメチル化サイトの中から、性別やサイズによる寿命の差と強く相関している部位を探索している。

まずメスではエピジェネティック老化が促進するが、これに最も相関しているのがX染色体上のトランスポゾンで、時間とともにメチル化が低下する。変化が大きいトランスポゾンは特にゲノムに飛び込んだのが新しいトランスポゾンが多く、おそらくメチル化が低下することで自分自身や周りの遺伝子の発現に影響することで、例えば自然炎症を誘導するなどで老化を促進する。性染色体ではなく、常染色体上のトランスポゾンのメチル化低下は、イヌのサイズとも相関している。即ち大きいイヌほどメチル化が低下するスピードが速い。以上の結果から、メスでは不活化されたX染色体のメチル化の緩みという特殊事情から、またオスメス問わず、常染色体でも元々メチル化で抑制されているトランスポゾンのメチル化の緩みが、遺伝子発現の変化を通して自然炎症を高め老化を促進させていると考えられる。

もちろんメチル化の変化の多くは時間とともにメチル化が上昇する。この変化に関わるイヌの形質を探索すると、年齢だけでなくイヌのサイズとも相関するゲノム部位が247カ所も特定される。これらは基本的に遺伝子のプロモーター領域に見られる変化で、メチル化で遺伝子発現が低下していると想像される。そして、多くのメチル化が上昇するプロモーターは、イヌのサイズを決める最大の要因インシュリン様増殖因子Igf1の転写に関わる例えば FoxE1 やGATA4 のプロモーターの変化であることを特定している。Igf1は老化と強く相関することも知られており、この変化が大型のイヌで特に大きいことが老化が早まる原因であると結論している。

性とサイズで寿命が変化することが知られているイヌを用いることで、一定程度因果関係にまで踏み込んで老化とDNAメチル化の関係を明らかにしたおもしろい研究だ。また、結果から今回一つの可能性として示された老化スピードの促進を予防する方法も開発できる可能性がある。これは大型犬をペットとしている人たちには朗報で、この研究では全く調べられていない、Igf1レベルやトランスポゾンの転写データが加わると、老化を遅らせる方法も開発できるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日 患者さんについて書かれた記述を時系列に沿って他のデータと統合する AI Agent(9月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年10月11日
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急速に発展した様々な診断技術が支えられるようになっても、患者さんについて医師自体が調べる症状と兆候についての記述は重要だ。これは電子カルテ (EHR) の重要な情報として書き込まれるのだが、患者さんの病歴の中に構造化して組みこむ(例えば吐き気がしたと言う症状が、電解質の変化と紐付けられた Knowledge graph として構造化する)ことは簡単でない。

今日紹介する Respond Health という米国の組織を中心とする研究グループからの論文は、医師が EHR に書き込んだ記述データから重要な項目を抽出して、これを他のデータと統合し、患者さんの経過をコンピュータ処理可能な Knowledge Graph にまとめる作業を自動で行える AI Agent の設計についての論文で、9月10日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Computable longitudinal patient journeys from structured and unstructured EHR data(電子カルテ内の構造化されたデータと構造化されていないデータを、コンピュータ処理可能な患者さんの経過データに変える)」だ。

この論文はオープンソースで、掲載データには自由にアクセスできるので、是非オリジナルな論文も見ながら読んで欲しい(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04695-x)。またこの論文が目指したことが一枚の図で表現されているので、まずこの図を読者の皆さんにも開いて貰って説明する(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04695-x/figures/4)。

この図にある様に EHR には検査データや画像など構造化されコンピュータ処理しやすいデータと、医師の記述という構造化されていない(もちろん記述を構造化するカルテの書き方はこれまでも行われていたが)データが含まれている。この構造化されていない記述部分をGPT等の言語モデルを使って重要な項目に分けて、最終的に他のデータとともにコンピュータ処理可能な Knowledge Graph を作成する方法について述べたのがこの論文だ。

具体的には主に Open AI の LLM を用いて、医師の文章を項目別の抽出するが、この時項目は指定して別々に行わせている。即ち、症状、兆候、服用薬、等など図にあるように細かく指示して、それぞれについて抽出させている。例えば皆さんが新しい論文を Chat に解説させるとき、「論文を説明して」と丸投げするのではなく「症状についてはどう書いてある」と項目ごとに聞く感じになる。

次にこれらの項目データを著者らが atomic statement と呼ぶコンピュータ処理しやすい命題に分けている。例えば「吐き気・有り」「GLP-1薬・一時中止」で、実際には「かんじゃさんが強い吐き気を訴えたので GLP-1 を一時中止した」という文章が2つの命題として処理される。もちろん患者さんの受診という時間情報とは完全に紐付けられて、

ただ、本当に大丈夫なのかについては専門家が出てきた命題を精査して、EHR と対応させ信頼性を徹底的に検証している。

実際には、LLM にインプットするプロンプトの設計が重要で、初診時、経過観察時等、様々なプロンプトは自動ではなく人間が作っており、それを Agent AI が使って自動的に EHR から Knowledge Graph を抽出する様に出来ている。

これらの作業を一人の患者さんが30回受診したケースで Agent AI に作業を行わせると、300-400回 LLM にインプットを繰り返すことになり、計算コストが大変なので、最終的には個人で使える GPT-4.1 Mini/nano の高速廉価モデルをファインチューニングして使っている。ただ、どの程度のコストか具体的には示されていない。

こうして作成した AI Agent を用いて、2型糖尿病に対する GLP-1 受容体アゴニストの効果を調べるコホート研究について、どの患者さんで体重減少に効果があったのか、HbA1C の低下を誘導出来たのか、年齢別の効果などについての解析を示している。実際に16000人についてのデータなので、これを AI Agent でできるようになることは大きな進歩だ。

ただ、せっかく EHR の記述された内容を統合できるようにした割りには、症状の変化についてはうつ症状や痛みの変化のみが示されている。GLP-1RA について調べているとしたら、吐き気や消化器症状、それによる投薬中断などについてのデータを示してほしかったと思う。

以上が結果で、EHR の医師の記述部分という医療データとしては最も統合の難しい記録を統合できる方法の開発は素晴らしいことだ。実際カルテの記述情報をもう一度見直すことは時間と人手のかかる作業で、新しいガイドがあるだけで、元のカルテの参照もしやすくなる。

様々なプロンプトを用意する必要性などを考えるとあらゆる病気に対応するというより、特定の状態に絞った患者さんのデータをまとめる方が特異なので、まず治験やコホート研究に使われると思う。ただ、コンピュータ処理が可能な形で knowledge graph としてまとめられることから、このデータ自体が AI に蓄積され、各患者さんのデジタルツインとして、診療中に前のデータや問題点が指示出来るようなAIにまで発展できると思う。(9月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 人類誕生時代から人間と共存を続けている細菌群(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月10日
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1000-2000年前の人類が暮らしていた洞窟から骨だけでなく干上がって残った便を探し出してゲノムを調べる研究が行われ、現代社会から独立した狩猟採取民族の細菌叢にその名残が見られるという報告を以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/156830)。

恐竜の糞化石があるのだから、太古から人間と共存してきた細菌を特定できるのではと期待がわくが、細菌のゲノムがありそうだという断片的な解析は出来ても、上の研究で行われた細菌ゲノムを再構築ことは、さすがに難しいようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、糞石の代わりに、より古代に近いと指摘された現代社会から隔離された生活を送るタンザニアとボリビアの狩猟採取民の便を比較して、アフリカから南米に至るまでの人類史に寄り添ってきた細菌を特定しようとするおもしろい研究で、10月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Prehistoric global migration of vanishing gut microbes with humans(人類から絶滅しつつある腸内細菌叢の大陸を超えた移動)」だ。

タンザニアの狩猟採取民 Hadza (https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%85%E3%82%A1%E6%97%8F#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hadza_montage.png)

は人類が出アフリカを果たした後もアフリカで暮らし続けたと考えられる。一方、ボリビアの世界一健康な血管を持つとして知られる Tsimane horticulturalists は、焼き畑も行う狩猟採取民で、出アフリカした先祖がアメリカ大陸に渡り、長い年月をかけて南米までたどり着いた民族だ。この研究では、現代人には存在しないが、10万年以上前に先祖が分離したと考えられる両方の民族に共通に存在する細菌を調べることで、古代の人間の細菌叢の一端が推定できると考えた。

そこで、両民族の腸内細菌叢のゲノムを再構成して再構成される細菌のゲノムを比較、Hadzaと Tsimane の両方に確かに存在する細菌種を636種類特定している。これらの細菌のゲノム配列を、それぞれの種族内で比べると、HadzaとTsimane 間より類似性が高いことから、Hadzaと Tsimane が別れた後細菌叢の交流は少ないことがわかる。

もちろん両民族にも我々と同じ様々な細菌叢が侵入している。ただこのような細菌種はグローバルに広がっており、それぞれの人種でそのゲノム配列を比べても類似性が高い。即ち、短い期間に民族同士で交換が起こっていることがわかる。そして、この工業化された社会の細菌叢は、確実に Hadza や Tsimane が維持し続けてきた細菌種をむしばんでいることがわかる。

こうして両民族で維持され続けたと思われる細菌の中から、確実に交換が起こっていないと確認できる細菌ゲノムを次に選んでいる。細菌ゲノムには水平遺伝子伝搬で移ってきた遺伝子が特定できるが、伝搬が起こったときは全く遺伝子配列が同じで、その後変異が蓄積する。即ち、回りのゲノムと変異率が大きく低下していることで水平伝搬を特定でき、その中で起こる変異の数で伝搬の起こった古さを特定できる。ただ、同じ地域で暮らす民族では当然細菌の交換が起こることから、個人を比較したときの配列は似ているが、離れた民族間では交換がないため、水平伝搬された遺伝子内の変異が独立に起こる結果、配列は多様化していく。この、Hadza 同士、Tsimane 同士を比べた時と Hada vs Tsimane を比べた時の配列の多様化を調べることで、両民族が太古に別れてから維持され続けてきた細菌叢を特定することができる。最終的に確実な15細菌種を特定し、それぞれの細菌が平均で18000年前に分離したことを確認している。これは出アフリカの10万年前や、アメリカ移住の2万年前と比べると新しいのが気になるが、これはサンプル数や変異率等の統計要因の差と考えているようだ。もちろん、我々の知らない交流がアメリカへの移動前に行われたかもしれない。今後詳しい検討が必要だろう。

少なくともこの15種類は全く我々には存在しない。この10万年を超えて人間と寄り添ってきたエキサイティングな細菌が見つかったことがこの研究のハイライトで、是非研究が進むことを期待したい。

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10月9日 c-Kitが血管でも機能している(10月1日 Journal of Clinical Investigation 掲載論文)

2026年10月9日
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今日は一般的というより、より個人的興味で、熊本大学時代から長年研究の対象にしていたc-Kit分子についてのドイツ・ハイデルベルグ大学からの論文で、10月1日 Journal of Clinical Investigation に掲載された。タイトルは「Loss of Smad4 drives vascular malformations via c-KIT–dependent high–fluid shear stress mimicry(SMAD4の欠損は c-Kit依存的高流量ストレスを間違って誘導し欠陥構造異常を引き起こす)」だ。

この研究が対象にしているのはTGFβシグナル経路に存在する様々な遺伝子の変異によって起こる出血性の血管拡張症 (HHT) で、構造がよくわかる網膜で研究している。これまでの研究で、この異常は血流に対する血管内皮の反応閾値が下がるため、高血流に対する反応が起こり、例えばKLF4やPI3K経路が活性化することが知られている。

まず血管内皮細胞にフロー・ストレスを加える実験系で、Tgfβシグナルの下流SMAD4をノックダウンすると、メカニカルストレスに対する反応に関わるVEGFR/VE-Cad/ERK5/Akt/KLF分子カスケードが軒並み上昇する事を確認している。即ち、SMAD4シグナルはフローセンサーを抑えて、通常の血流にむやみに反応しないように抑えている。また、SMAD4遺伝子を血管でノックアウトされたマウス網膜で調べると、HHTと同じように毛細管の拡張が起こる構造異常を再現できる。

この時フロー・ストレスの感度が上昇する分子機構を探るうちに、なんと血管に発現するとは私も考えたことがなかった c-Kitが血管内皮で発現していることを発見する。そして、SMAD4 ノックダウンで発現が上昇し、SMAD4発現低下によるフロース・ストレス閾値低下に関わることを発見する。

SMAD4を血管特異的にノックアウトしたマウスモデルで見ると、驚くことに c-Kitが血管内皮に強く発現することがわかる。個人的感想を述べると、ちょっと免疫染色が雑な気がするが、試験管内の血管内皮細胞でも生化学的に確認されているので気にせず進む。重要なのは、HHT患者さんの鼻粘膜血管のバイオプシーでも、患者さんだけで c-Kitの血管での発現が見られることで、SMAD4シグナルの低下という非常事態でのみ、c-Kitが血管内皮に発現することがわかる。

では c-Kitは本当に機能しているのか?これを調べるために、試験管内の血管内皮細胞で siRNAを用いて c-Kit遺伝子発現をブロックすると、フロー・ストレスによるVE-cad/ERK5/AKT等のシグナルを抑えることができる。即ち、c-Kitがこれらシグナルのスイッチを入れている。ところが、この実験系に c-KitのリガンドであるSCFを加えたり阻害する実験系で、c-KitとSCFの結合はシグナルに全く関係ないことがわかる。一方、c-Kitのリン酸化機能を抑制する化合物を用いると、下流シグナルを抑えることができることから、この場合 c-Kitは本来のリガンドではなく、細胞膜内でおそらくフロー・ストレスのセンサーとして働いている SFK/VE-Cad/PECAM-1 /VEGFR2 の形成する複合体にリクルートされて働いていると考えられる。

最後にSMAD4 の血管内皮特異的ノックアウトで起こる血管構造異常を c-Kit阻害出来る化合物で正常化できることも示している。

以上が結果で、SMAD4 が欠損するという特殊な条件であるとは言え、血管内皮に c-Kitが発現し、しかも本来のリガンドとは全く無関係に活性化し、ERK5/AKT と言うシグナル経路で血管内皮をリプログラムするという、以前 c-Kitについて研究してきた人間にとっては驚くべき結果だった。HHTの患者さんでもKitは発現しているようで、ひょっとしたらチロシンキナーゼ阻害剤が血管拡張症を治すのに効果があるかも知れない。ただ気にかかるのは、c-Kit自体のリン酸化が調べられていない点で、フロー・ストレス刺激の場合自己リン酸化なしにシグナルが入るのかを調べていない点だ。しかし本当なら、これまで の c-Kit変異による形質異常を新たな視点で見直すことも必要になるだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日 ちょっと変わった臨床研究(10月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2026年10月8日
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今日はテーマが極めてユニークな論文を2報紹介する。

最初の論文はカナダのマクギル大学を中心に世界の研究者が集まって、118カ国の600万人から現在感じている痛みについて自己申告して貰ったデータを、一つの土台に統合し、年齢、性別、地域での痛みの傾向を分析した研究で、読んでみるとなんとなく納得してしまう結果が示されている。タイトルは「Global and regional reference curves for pain across the lifespan in 6.1 million individuals in 118 countries(生涯をカバーする118カ国610万人について調べた痛みのグローバル及び地域のレファレンス曲線)」だ。

これまで痛みの統計調査は病気との関係で調べられることが多かった。即ちリューマチの関節炎といった具合だ。一方、この研究は病気等の条件とは関わりなく健康調査の聞き取りで、今どこにどの程度の痛みを感じているかについての自己評価だけを集めて解析している点が特徴だ。これまで、このような原因を無視した調査は科学的でないとあまり行われていなかったようだが、600万人以上について調べると、なるほどと納得できるおもしろい結果になっている。我が国からも4大学が参加しており、日本人のデータも含まれる。

まずどこが痛いかと聞かれたとき、例えば「背中から腰」あるいは「膝」と11カ所の痛みにわけて比率が示されている。まずどの場所でも痛みを訴える比率は女性が多い。最も多くの人が訴えるのが背中から腰で、納得できる。ただ、増加速度が20-30歳をピークに、男性ではほとんど増えないことで、本当かなと感じる。一方老化や体重に影響される膝や股関節では増加のピークが40-50歳で納得できるが、70を超えるとそれ以上増加がないというのは意外だった。頭痛や腹痛は10歳代で増加のピークを迎えるのも納得できる。Open accessなので図のURLを示すが、この図を見て痛みの傾向を感じることは結構役立つ気がする(https://www.nature.com/articles/s41591-026-04696-w/figures/2)。

痛みの質で言うと、強い痛みは30代前半をピークに増えて、50代からは低下する。一方、あちこち痛いですと言った答えは50歳をピークに増加し、70歳を超えると減る。即ち70までどこか痛いという症状がないと、後はあまり心配がないと言える。

地域差も調べてあり、我々東アジア人は世界と比べるとどの場所の痛みも少なめだ。一方で、経済格差と痛みの比率は明確で、トータルの数で言えば関節痛、背中腰、頭痛では所得の低い国ほど多い。即ち生活環境に左右されるが、他にも胸痛は喫煙が強く影響するし、膝の痛みは肥満と強く相関する。

以上が結果で、600万人のデータをまとめただけで素晴らしく、是非掲載されている図をゆっくり眺めてほしいと思う。

次はコペンハーゲン大学からの論文で国際宇宙ステーションに滞在した宇宙飛行士52人の血液を、滞在前、滞在中、滞在後に採取し、代謝物解析を質量分析で行った研究で、ちょっと古いが6月29日に Nature Communication に掲載された。タイトルは「Longitudinal metabolomics profiles reveal increased gut microbial protein fermentation during Spaceflight(持続的メタボロームによって宇宙飛行時の細菌叢によるタンパク質の発酵が上昇する事が明らかになった)」だ。

結果はは一つの図にまとめられているのでURLを示すので是非見てほしい(https://www.nature.com/articles/s41467-026-74979-w/figures/2)。宇宙飛行によるメタボロームの変化のうち27%は食事の変化で、限られたレパートリーから選ぶ宇宙では逆に寄与が少ないのではと思えるぐらいだ。おもしろいのは、魚由来の代謝物が上昇している点で、通常魚をあまり食べない人が多く、宇宙では魚の多い食事が提供されていると考えられる。

タイトルにあるようにこの研究で最も協調しているのが、細菌叢による代謝物が上昇する点で、特に図に示したようなタンパク質の発酵が強く起こって、アンモニアや硫化水素など、毒性のある代謝物が腸で合成され、また図にあるフェニルアセチルグルタミンのような細胞老化誘導分子が合成される。

何故このような変化が起こるのかだが、おもしろいことに微小重力空間で暮らす宇宙飛行士の多くは便秘に悩むようだ。従って、便通を維持するのと、タンパク質の発酵が少ない食事を考えることが重要になる。

以上が結果で、「宇宙飛行士は便秘」という話だけが頭に残りそうだが、フムフム論文としてはおもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 胎児型ヘモグロビンから成人型ヘモグロビンへのスイッチに関わる新しい分子(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月7日
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ヒトの大人のヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本が4量体を作っているが、遺伝子レベルで見ると結構複雑だ。αもα1とα2の2つの遺伝子が存在するが、どちらから転写翻訳されてもほぼ同じαが造られる。余分に遺伝子を持っているということはそれだけ生命にとって重要な分子であることを意味する。発生の極めて初期に現れる卵黄嚢の赤血球ではαの代わりにζ鎖が使われる。ζとペアを組むのはεで、発生初期だけに発現するが、胎児期から成人まで、αはγ、β、δとペアリングする。胎児期にはα4γ4が多いが、α4β4も10%程度存在する。そして生まれてから、α4γ4からα4β4へのスウィッチが起こる。この機構については、タラセミア等の研究を通して例えばBCL11A遺伝子などが特定され、一部は遺伝子治療の対象になっている。

今日紹介する米国ハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、胎児型と成人型のバランスを大規模に調べることでこれまで知られていない制御機構を明らかに出来るはずだと、28279人の成人で胎児型の割合を調べ、それと相関するゲノム解析から、胎児型ヘモグロビンを制御する新しい機構を明らかにしたかなりマニアックな研究で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Human genetics implicates a BACH2–NRF2 axis in fetal haemoglobin activation(ヒト遺伝学からBACH2-NRF2軸が胎児型ヘモグロビンの活性化に関わることが示される0)だ。

胎児型ヘモグロビンのレベルに関わる多型を3万人規模で調べると、91種類の多型を特定でき、これを遺伝子発現、クロマチンの折りたたみ構造、クロマチンのアクセシビリティー等を総合的に調べると、期待通りこれまで指摘されていない多型をBACH2遺伝子の近くで特定している。

BACH1遺伝子はヘモグロビン遺伝子調節因子としてよく知られているが、これまでBACH2遺伝子はリンパ球の機能に関わることが指摘されているが、ヘモグロビンに関わると言う指摘はないので、この遺伝子に絞って研究を続けている。

まずBACH2の発現に関わる多型rd1010474の機能をヒト血液細胞を用いて、クロマチン構造や、CRISPR/Casによる遺伝子ノックアウトを用いて調べ、この領域がBACH2遺伝子発現を調節するシス領域であることを確認している。

まず赤血球培養系にBACH2阻害剤を加える実験系で、BACH2が赤血球分化ではなく、胎児型ヘモグロビンの発現調節に直接関わることを確認している。後は、BACH2が結合する胎児型ヘモグロビン調節領域を特定し、転写のメカニズムを解析することになる。まず、結合解析から胎児型ヘモグロビン遺伝子からは少し離れた Locus control region (LCR) に結合し、同じ領域にこれまで胎児型ヘモグロビンの発現を高めることが知られているNRF2結合部位も存在することを発見する。即ち、BACH2がNRF2と競合して胎児型ヘモグロビンの発現を抑えている可能性が強く示唆された。実際、BACH2が欠損するとNRF2は胎児型ヘモグロビン遺伝子にリクルートされてくる。そして、BACH2とNRF2は直接結合していることも明らかになった。即ち、BACH2はLCRでNRF2と直接結合してNRF2の転写活性を制限する役割を持つことが明らかになった。

最後にLCRに存在するBACH2とNRF2の結合する部位の塩基を遺伝子編集して、BACH2やNRF2の結合が低下する変異を導入して、BACH2とNRF2が重なるLCR内の領域を競合して胎児型ヘモグロビンの発現を決めていることを明らかにしている。

以上が結果で、昔血液を研究していた個人的興味で選んだので、専門外の方々には少しマニアックすぎる論文だと思う。ただ、大規模なゲノム解析から、これまで全く知られなかったヘモグロビンの転写調節機構が明らかになるというのは、ヘモグロビン転写がいかに複雑かを物語ると改めて感心した。

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10月6日 新しいGPCR阻害方法の開発(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月6日
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今年のノーベル医学生理学賞は、Karl Deisseroth、Peter Hegemann、Georg Nagel の3人が、光に反応して開くチャンネルロドプシンの発見と、それを動物の脳神経操作に仕上げ、光遺伝学の時代を造った業績で受賞した。いつ受賞してもおかしくない業績で極めて順当なノーベル賞といえる。毎年解説を Youtube 配信するのだが、Deisseroth 論文については Youtube でも何度も解説しているので、今年の解説はやめてもいいのではないかと思っている。もちろん光遺伝学のここが知りたいというリクエストがあれば解説することにして、当分は静観する。

さて、今日紹介するハーバード大学からの論文は、光遺伝学とは全く異なる話で、最も重要な創薬ターゲット GPCR (Gタンパク質共役受容体)の全く新しい阻害方法の開発で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GPCR antagonism via rewiring of receptor trafficking and degradation(受容体の輸送と分解を再編成するGPCR阻害)」だ。

このグループはユビキチン化を通してタンパク質を分解する薬剤の開発などを手がけてきているが、今回はGPCRが刺激されるとアレスチンと結合して、GPCRを細胞内のエンドゾームに取り込まれることをGPCRの不活化に利用できないかと考えた。もちろん刺激によりエンドゾームに入るのだが、この細胞内への取り込みを高めるために、エンドゾームから細胞膜へのシャトルを高速で行っているトランスフェリン受容体 (TfR) とGPCRを結合させることで、GPCRの細胞膜から細胞内への移行を促進し、受容体機能を抑えられるのではと着想した。

この目的のために、様々なGPCRに対する抗体と、TfRに対する抗体をキメラにして、GPCRをTfRとリンクさせうる実験を行い、ほぼ全ての受容体でGPCRが小胞体に輸送されることで細胞膜から消失し、GPCRの機能を阻害できることを示している。GPCR阻害剤は医療で多く使われているが、化合物を探索し薬剤として使えるまでの大変な努力と比べると、どの受容体でも抗体さえあれば阻害剤を造ることが可能になる。まさに画期的な方法と言える。

実際に何が起こっているのかを調べるため、GPCRに蛍光タンパク質を結合させ、この蛍光タンパク質に対する抗体とTfRに対する抗体が合体したキメラ抗体を加えると、蛍光ラベルされたGPCRの機能を抑制する。即ち、GPCRの機能とは全く無関係に機能を抑制することができる。GPCRと結合した蛍光を追跡することでGPCRが細胞表面からエンドゾームに移行するだけでなく、完全にそこで分解されることも明らかになった。即ち、リソゾームをうまく使うタンパク質分解誘導薬が可能であることを示している。

あとは、いくつかのGPCRを選んで、その阻害に必要な条件を探っている。はっきりしているのはただ抗体があれば阻害できるというものではなく、GPCRの性質によりGPCRに対する抗体のアフィニティーや、TfRに対するアフィニティーを調整する必要がある。このような検討には蛍光ラベルしたGPCRは同じ分子に対する様々な抗体を条件設定に使えるので極めて役に立つ。これとTfRに対する様々なアフィニティーの抗体を組み合わせて分解効率を比べることができる。ただ様々な組み合わせを試したとしても、阻害剤を探すよりははるかに条件探しは簡単だ。その例として、リラキシンに対するGPCR=RXFP1阻害条件を検討している。このGPCRはリガンドとGPCRが同じ細胞に共存するオートクラインシステムで、細胞表面に発現する受容体の数も少なく、これまで全く阻害剤が開発できなかった他のGPCRと比べると難度は高いが、RXFP1の機能をほぼ抑制できるキメラ抗体を完成させている。これにより薬剤がない卵巣ガンの転写プログラムを抑えることが出来ることを示している。

次は高血圧に使われるアンギオテンシン受容体阻害剤の開発で、完成したキメラ抗体を iPS細胞由来心臓細胞のアンギオテンシンに対する反応を完全に抑制して、正常な心拍数を維持することを示している。

最後に生体内でも効果があるかを調べる目的で、炎症に関わるTh17細胞の移動を誘導するケモカイン受容体CCR6の機能を、ヒト化したマウスの皮膚乾癬炎症モデルを用いて調べている。キメラ抗体投与で、Th17細胞の遊走はほぼ完全に抑えることができる。また、皮膚炎の症状も抑えることができる。

結果は以上で、もっと生体内での実験を増やして臨床応用が可能かを検討することが必要だと思うが、標的細胞に合わせてGPCRとTfRに対する抗体を組み合わせるだけで、難しい構造解析なども全てすっ飛ばして阻害剤が開発できることは画期的だと思う。

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10月5日 AIが使われたことを示す電子透かしをデザインタンパク質に入れる(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月5日
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AI で作成された小説や絵画がコンクールで賞をとるという問題が起こって、AIで作成したことを後から検証できるような電子透かしが用いられるようになっている。Google が開発した Watermarking という方法に基づく SynthID と言うツールが Google や Open AI モデルには実装されており、秘密の鍵を用いると作成が AI によるものかどうかがわかるようになっている。

今日紹介する Google Deep Mind からの論文は、同じ watermarking を、AI でデザインしたタンパク質や分子構造に当てはめることで、AI デザインという来歴をすり込む方法の開発で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Function-preserving watermarking of AI-generated proteins(AI によりデザインされたタンパク質を機能を維持して watermarking する)」だ。

専門外なのでザクッと理解しているだけだが、watermarking では例えば文章を生成するとき、次のトークンを選ぶ時の確率を最適な選択から少しずらして選ぶことで、選び方の偏りをわざと組み込むことで AI によって作成されたことが後からわかるようになっている。大事な点は、読んでいるときその違いがわからないほどのずれにすることで、だれも透かしが入っていることに気づかないようにしている。

さて、この watermarking をタンパク質デザインにも使えるかだが、まずアミノ酸配列としてデザインするケースを考えている。例えば構造からアミノ酸配列を生成する ProteinMPNN は何度も紹介しているが、これに自然言語の LLM で使うトーナメントサンプリングと呼ばれる秘密のキーに従ってサンプルするトークンにバイアスをかける SynthID を組み込んでいる。原理的には単語に対応するトークンがアミノ酸に対応するようになっただけだが、大きな問題は、単語の場合は同義語も多くずらしても文章の質が守れるが、次のアミノ酸となると選ぶ相手は20種類しかなく、選ぶ時の自由度が低い場合が多い。即ち watermark が入らない。そのため、自由度を上げて他のアミノ酸も選べる distortionary watermarking という方法を使っている。ただ、この方法で本来の構造を壊さずに自動的に透かしが入る様になるのは素人の私には理解しがたい。

これについては watermark を入れた後のタンパク質の構造について、コロナウイルススパイク、血管増殖因子VEGF-A、そしてチェックポイント分子PD-L1に結合するタンパク質を、watermarker なし、自由度を変化させた distortionary watermarking 、そして自由度を変化させない方法で200以上のタンパク質を作成し、タンパク質を合成させて確かめている。結論はどちらの water marking でも結合力の低下は軽微でとどまったと結論している。ただ、図を見たところスパイクに対するバインダーを distortionary watermarking した場合は結合が低下しているが、逆に VEGF-A に対する場合は通常の自由度で water marking した方が結合が低下しているように見えるので、今後さらに厳密に評価する必要があるように感じた。いずれにせよ、watermarking をしても構造を保てる可能性はあることは間違いなく、今後さらに改良が進むのだろう。

同じような電子透かしを AlphaFold3 (AF3) のような3次元構造予測に適用する SynthlDBio-structure と呼ぶモデルも開発している。言語と同じ方法が使える塩基配列は変化させられないので、そこから予測される構造に watermarking が入るようにしている。数理的な処理はもちろん理解出来ている訳ではないが、AF3がdiffusion でノイズを消して正しい原子間座標を描かせるときに、モデル自体がノイズを消す段階で少しずらして watermark が自然に入るように AF3 をファインチューニングしている。

この勝手にずらして watermarking を構造に入れる AF3 に配列をインプットして予測される構造は、これまでの AF3 を使って予測した構造とほとんど違いがない。ということは watermarkingは 無視して予測された構造を使うことができる。

以上が結果で、これまで画像などの知財を守る意味で watermarking が開発され、Google、Open AI、Anthropic などの LLM に実装されているのは知っていた。画像や文章、更には音楽など、AI によることがわかることは重要で、当然のことだと思う。しかし、塩基配列や分子構造が AI 由来であることを明示する電子透かしが本当に必要かは実感がない。と言うのも、現在の研究では AI で機能的タンパク質をデザインすることが重要な課題なので、AIでデザインしたことを研究者が隠すという状況は考えにくい。

それでも論文の discussion では私には全く思いつかない、watermarking を必要とするいくつかの状況が議論されている。最初の例は DNA を受託している合成会社で、現在も危険 DNA 配列データベースと比較して、安全性に問題がある DNA は合成を拒否しているようだ。今後 AI で合成される配列の注文が増えると、スクリーニング作業は大変になるが、最初から AI でデザインしたと注文を受けた配列に watermarking が確認できると、顧客をより信用できるというわけだ。

もちろん、AIデザインの配列がGeneBankやタンク室構造のデータベースに忍び込むことを防ぐことも出来る。

結果は以上で、タンパク質デザインにも電子透かしの必要性が議論されていることに全く気づかなかったのは恥じ入るし、AIトップを走る研究所が率先して様々なリスクを議論していることには感心した。しかし、意図した結果の再現性を重視する科学で、検出できないとは言え敢えてwatermarkingのために結果をずらすという行為が受け入れられるか、科学のあり方まで変える必要がある気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日 p53が上皮細胞の増殖を誘導する新しいメカニズム(10月1日 Science 掲載論文)

2026年10月4日
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自分のガンのゲノムを見ていると、多形腫独特の転座でゆっくり増殖していた良性腫瘍が、ウイルス感染か何かのストレスでAPOBEC3の上昇が起こり、これが突然変異誘発頻度を高めることで、p53の点突然変異、その後もう片方のp53の deletion が起こって急速に悪性化したのがわかる。これまで、p53がガン抑制遺伝子として働くメカニズムは、p53による細胞老化促進、細胞死、あるいは細胞周期抑制が外れる結果として説明されており、直接p53が増殖のドライバーと関わる可能性は考慮されてこなかった。

これに対し今日紹介する Icahn School of Medicine at Mount Sinai からの論文は、p53は上皮細胞の増殖に関わるWntシグナルを抑えているため、p53が欠損することでWntシグナルが活性化され、直接増殖を誘導するという新しい重要なメカニズムを示した研究で、10月1日 Science に掲載された。タイトルは「Loss of the tumor suppressor p53 generates a signaling gradient that drives epithelial clonal expansion(腫瘍抑制遺伝子p53の欠損は上皮のクローン増殖を誘導するシグナル勾配を形成する)」だ。

これまでp53欠損により上皮の増殖が高まることは知られてたが、先に挙げたように細胞周期や細胞死に関わる多様な機能があるため、新しい機能を調べることが簡単ではなかった。そこでこの研究では細胞死、細胞周期、細胞老化などに関わる機能はブロックして、他の機能が残ったp53変異( p53(3KR/3KR )を用いて、p53 (-/-) や野生型 (WT) と上皮増殖について比べている。上皮でp53をノックアウトすると、生後49日目には上皮の増殖が見られる。しかし、WTはもとより p53 (3KR/3KR) に置き換えた場合、細胞死など基本機能は同じようになくなっているのに、増殖は見られない。即ち、p53変異による上皮増殖は、細胞死、細胞周期、細胞老化などの機能とは無関係であることが明らかになった。

この結果を受けて、あとはp53に支配される上皮増殖に関わる新しい分子の探索を始めている。RNAseq や Atac-seq を用いた遺伝子発現、更にはWTや3KR/3KRの結合部位の解析などを合わせて、細胞死などとは異なる機能に関わる遺伝子候補を1000近く特定している。

これらの候補の機能を調べるために、siRNAをレンチウイルスで胎児期に導入し、未分化な上皮で濃縮される(即ちノックダウンで上皮が増殖する)と、分化上皮で濃縮される遺伝子を探索している。生体内でのスクリーニングでこの作業が一番大変だったと思われるが、最終的にp53によって調節され、それぞれ独自で細胞の増殖を抑える3種類の遺伝子、Sfrp1、Lrp1、Usp22 を特定する。

この3つの遺伝子は全てWntシグナル抑制に関わることがわかっている。Sfrp1はWntの受容体結合を競合阻害する。Lrp1はWnt 受容体のFrizzledと結合してシグナルを抑制する。そしてUsp22はβカテニンなどWntシグナル分子をユビキチン化して分解する。即ち上皮増殖に直接関わるp53の機能は、これらの3分子を介してWntシグナルを抑制することを示す、上皮のガン化を考える上で極めて重要な結果だ。

これを確かめるため、Wntシグナルレポーターを導入したマウスで局所的にp53をノックアウトすると、細胞クローンの増殖とともに中心にある細胞ほどWntシグナルを強く受けていることを示す勾配が成立していることが明らかになった。Wntは上皮増殖の最も重要なシグナルで、APC遺伝子がこのシグナル抑制の主役として考えられてきたが、これに加えてp53欠損はWntシグナル抑制が外れるだけでなく、クローン増殖が進むにつれて中心の細胞がより強くWntシグナルを受け、ますます増殖力が高まるという、まさにガン細胞を助ける変異であることがわかる。逆にいうと、上皮の異常増殖を直接抑える重要な役割をp53が演じていることがわかる。

P53が直接Wntシグナルにつながったことは、自分のガンを理解する上でも大変重要な結果で、今も発ガンの研究が着実に進んでいることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日 異なる折りたたみ構造のヒトTau (Tau strain) は、マウス脳で同じTau strainを複製する鋳型として働き、この構造が病態を決めていることの明確な証明(9月30日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月3日
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アルツハイマー病(AD)ではTau、パーキンソン病(PD)ではαシヌクレイン、ALSではTD-43などの分子が異常に折りたたまれて凝集することで神経変性が起こることがわかっているが、分子が凝集するメカニズムの最も重要なポイントは、この異常折りたたみ構造が鋳型になって正常の分子を異常な構造へと転換し、異常が増幅することだ。このブログで何度も紹介したように、異常タンパク質が鋳型になって構造を増幅させる現象は、まさに狂牛病のようなプリオン病と言っていい。まだ人から人への感染は報告されていないものの、神経変性疾患をプリオン病の枠内で捉える研究者は増えている。

とは言え知り合いの厳密な神経科学者に本当かと聞くと、ADでTau strainが鋳型として同じTau strainを増幅し、Tau strainの型によって病気の形が異なることを明確に示した研究はまだ見たことはないという返事だった。

今日紹介する英国MRCと我が国の東京都臨床研が共同で発表した論文は、ADと同じくTauによる基底核症候群 (CBD) からTau strainを取り出しマウスに注射すると、同じ構造のTau strainがマウスTauから形成され、AD、CBDそれぞれの病態を再現できることを初めて示した重要な研究で、9月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Prion-like transmission of human tau strains in the mouse brain(ヒトのTau-strainはマウス脳でプリオン様の伝搬を起こす)」だ。

「Tauもプリオンのように伝搬するのか」とそのままタイトルを読んでしまうと、何を今更ということになるかもしれない。ただ、Tau strainの原子構造まで確認して同じ構造がプリオンの様に複製されることを示したのがこの研究の最大のハイライトだ。簡単そうな実験に見えるが、実際には鋳型として働く分子を調整するところから、かなり職人芸が必要で、これが保証されていないとだれも信用しない。共同責任著者になっている都立臨床研の長谷川さんのグループは、だれもが信用する研究室のようで、2021年ALSを誘導するTDP-43分子についての研究を紹介したときも長谷川さんのことを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18545)。

おそらく長谷川さんの手によって調整されたADとCBD由来Tau strainをマウスの脳に注射してその後の経過を1年近く追跡し、神経変性とそれを引き起こしたTau strainを解析している。少し専門的になるが、ヒトのTauは異なる長さの6種類のアイソフォームがあり、微小管結合部位を4コ持つフォーム (4R) と、3コ持つフォーム (3R) に分かれる。CBDは4Rによって起こるが、ADは3R+4Rが混ざったTauがないと発生しない。ところがマウスでは4Rしか存在しないので、そもそもADを伝搬できるはずはないという議論があった。

ところがADとCBD患者さんから調整したTau strainをマウスに注射すると、9ヶ月後にマウスTauの凝集体が発生する。重要なのはADとCBDそれぞれのTau strainは異なる脳領域へと拡大することで、CBDのTau strainはより脳幹へと伝搬するのがわかる。即ち伝搬の鋳型になるTau strainの違いが、様々なTau異常症の病態を形成する原因になることがわかる。

さらに、ADのTau strainは神経細胞だけにしか伝搬しないが、CBDのTau strainは神経細胞とグリア細胞にも伝搬し凝集体を造る。ヒトとマウスのTauを区別する抗体で調べると、注射したヒトTau strainは速やかに除去され、9ヶ月後で凝集しているのは全てマウス由来Tauである事も確認されている。即ちヒトの鋳型でマウスの異常構造が形成され、それが増幅する。

さてここからがこの研究のハイライトになるが、3Rと4Rが混ざったTauがあるときだけ形成されるAD型Tau strainを染める抗体で調べると、4RしかないマウスTau由来なのに、ADのTau strainで誘導すると抗体で染まる構造が形成される。一方、CBD由来Tau strainで誘導すると、出来たTau構造は全く染まらない。結構ややこしい結果で頭がこんがらがると思うが、結論としてはADとCBDを決めているのは3R、4Rと言ったイソフォームではなく、4Rで起こっている折りたたみ構造の違いで、AD型構造では2番目のリピートが外に出ていて抗体に反応するが、CBD型構造では抗体認識部位が隠されると考えている。

そして、注射に使ったAD及びCBDのTauの折りたたみ構造と、それを鋳型にマウスTauで形成されたマウスの構造をクライオ電顕で比較し、Tau折りたたみ構造は最初注射したヒトの構造と、それを鋳型に形成されたマウスの構造が完全に一致することを明らかにしている。

以上が結果で、3R, 4Rの謎など、これまで理解できていなかった私の頭は完璧に整理できた。しかし、完全に証明することが如何に難しく、しかも実験が研究者のもつ名人芸に依存していることを改めて認識させる研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ