2026年8月16日
このブログでマラリア研究論文を紹介することは多くないが、それでも13年で20回ぐらい論文紹介に登場している。それほどマラリア原虫に対する研究の歴史は長く、それが薬剤やワクチンの開発に直結してきた。マラリア原虫は蚊の唾液腺内での有性生殖・接合により形成されたスポロゾイトが血液に入った後、肝臓細胞内に侵入、そこで増殖したあと細胞の膜に囲まれたメロゾイトと呼ばれる集合体を作り、これが肺に移行して赤血球に感染する。病気は赤血球に感染したあと原虫が無性生殖で増殖、赤血球破壊を繰り返すことで起こる。現在スポロゾイトに対するワクチンは広く利用されているが、完璧ではない。
今日紹介するオーストラリア・ウォルターエリザホール研究所からの論文は、肝臓で増殖後のメロゾイトを抗原として使うワクチンで、8月13日 Science に掲載された。タイトルは「Chemovaccination with a late-liver-stage antimalarial induces durable immunity against malaria(肝臓ステージ後期を用いる化学ワクチンはマラリアに対する持続的免疫を誘導出来る)」だ。
実はタイトルの Chemovaccination を見て、何をするのかと興味を持って読んだ。そして、スポロゾイトを感染させた後、クロロキンなどの抗マラリア剤で肝臓ステージから赤血球への感染を防いで、この時に肝臓で合成されるメロゾイトを自然の抗原として利用して免疫する、まさに肉を切らせて骨を断つ免疫法になる。これまでもクロロキンを用いてパイロット治験も行われており、良い成績を収めていた。ただ、スポロゾイトを感染させると言うハードルは高そうで認可されていないらしい。
この研究では、クロロキンよりさらに特異的な肝臓ステージを狙った薬剤WM382(2つのaspartyl protease plasmepsin阻害剤)が開発されたので、これを用いて Chemovaccination が可能かどうかを検討している。
40000個のスポロゾイト(ルシフェラーゼ遺伝子を発現する)をマウス血中に注射、36、48時間後にWM382を経口摂取させると、血中には全くマラリア原虫は出現しない。その後95-167日後に再感染させても、chemovaccination では完全に感染が防げる。この時期には薬剤は完全に消失しているので免疫が成立していると考えられる。
実際抗体を調べると、chemovaccination でスポロゾイトのCSPタンパク質に対する抗体が、581日目まで高い抗体価が維持されている。即ち、肝臓ステージのメロゾイトを抗原として使っていても、しっかりスポロゾイトの感染を抑えられる。同じ実験をクロロキンで行うと抗体価が少し低いので、WM382を使うことが推奨される。
このワクチンは抗体で感染初期を抑えているだけではない。CD8に対する抗体を投与して免役したマウスのCD8細胞を除くと、肝臓での原虫の増殖が起こることから、抗体に加えてCD8T細胞が誘導され、これがおそらく感染細胞を傷害して感染を食い止める。
以上は全てマウスでの実験なので、免疫不全マウスにヒトの肝臓細胞、ヒトの免疫細胞及び赤血球を再構成したヒト化マウスを用いて同じ実験を行い、肝臓ステージの増殖を完全に抑えることができること、そしてその結果赤血球への感染を防げることを示している。
以上が結果で、chemovaccination というユニークな、肉を切らせて骨を断つワクチンのアイデアを学ぶことが出来た。ただ、肉を切らせる部分をどこまで認可されるかが問題だろう。いくら薬剤で抑えられると言っても、ホストの免疫状態など人間の多様性は大きい。ただ、病原菌の生活サイクルを熟知することが新しいワクチン開発に重要であることはよくわかる論文だった。
2026年8月15日
AASJが発足当初から協力してきた兵庫県・神戸市難病団体連絡協議会(難病連)が設立50周年を迎えました。難病連では記念事業の一つとして、神経難病の多系統萎縮症で亡くなった患者さんが遺された寄付を、ノーベル賞受賞者の山中伸弥先生、坂口志文先生に贈呈することを決定しました。 8月29日1時から贈呈式を神戸市立中央区文化センターで執り行います。
この機会に講演会として、両先生の神経難病への取り組みをお話しいただくとともに、お二人に加え、神戸市医療産業都市推進機構理事長の成宮周先生、および本事業を共催するNPO法人AASJの西川の4名で、我が国において患者と研究をつなぐ寄付文化を発展させる重要性について話し合います。この会には、京都大学元総長の井村裕夫先生も参加していただける予定です。
会場は大きくないので、直接参加は難しいのですが、当日はYourTube、AASJチャンネルからリアルタイムで配信予定ですので(https://youtube.com/live/zbyxHg-sZMM?feature=share)、是非ご視聴ください。
2026年8月15日
先日亡くなった利根川さんは、免疫グロブリン遺伝子などの免疫系の研究から脳研究へと焦点を変え、特に記憶が神経回路に固定される記憶のエングラムについての研究で有名だ。ただ素人から見ると、毎日新しい体験を繰り返している我々の脳内で、特定の回路が選ばれてフィックスされると言ったことが本当に可能かと思ってしまう。逆に言うと、毎日変化する脳のネットワークが記憶のエングラム研究を妨げている。
これに対し、今日紹介する沖縄科学技術大学院大学からの論文は、人工冬眠という技術を用いることで、脳内の新たな回路形成を抑えて、海馬に形成された記憶のエングラムをクローズアップ出来ることを示したユニークな研究で、8月13日 Science に掲載された。タイトルは「Artificial hibernation reveals synaptic engram architecture associated with memory retention(人工冬眠は記憶の維持に関わるシナプスのエングラム構造を明らかにする)」だ。
人工冬眠は視床下部のQ神経を刺激することで、体温や代謝を人工的に低下させ冬眠と同じ状態にする方法だが、冬眠の後でも記憶は維持されていることが知られていることから、冬眠で脳代謝を抑えることで、安定な記憶のエングラムをクローズアップできるのではと考えたのがこの研究のハイライトだ。
期待通り人工冬眠を誘導すると、全体の脳活動は低下し、シナプスの数も半分程度に低下する。また神経樹状突起から延びるスパインと呼ばれる構造も数が大幅に低下する。ただ、残ったスパイン自体の大きさは変わらないので、重要な回路だけが残って、後は整理されたのではと思える結果が得られている。
そこで恐怖の記憶、あるいは海馬の場所記憶システムを用いて、冬眠後に記憶が残っているかを調べると、若干ばらつきは大きい感じはあるが、冬眠後も同じレベルの記憶が維持されている。すなわち、冬眠の結果シナプスが大幅に整理されてしまっても、重要な記憶のエングラムは維持されている。
そこで今度は休眠中のスパインの動態を観察すると、休眠の始まりに多くのスパインが失われ、目が覚めると新しいスパインが再形成されることがわかった。先に見たように、残ったスパイン自体の構造や大きさは変化せず回路が固定できているように見える。さらに、冬眠から回復するときは大体同じ場所からスパインができてくることもわかった。そして、海馬の場所細胞マップは、冬眠後も細胞レベルの回路として維持されていることも確認している。
このように、通常の神経活動を大幅に整理して記憶のエングラムに関わるシナプス結合が人工冬眠によってクローズアップで来るようになったので、その構造的基盤を探索し、clustered engram synapse として知られる、密集したシナプスの塊こそが冬眠でも維持され、エングラムを支えていることを発見する。そして、この構造がエングラムの基盤であることを示すため、冬眠ではなく、海馬にアクチン形成を阻害する薬剤を灌流する一種の麻酔を行うと、今度は完全に記憶のエングラムが消失し、clustered engram synapse の数が低下する。すなわち、エングラム構造と記憶が連結された。
結果は以上で、動的で複雑な脳でも、人工冬眠によって記憶のエングラムをクローズアップして、特に構造と機能の研究を可能にする重要な論文だと思う。今後は、どの記憶がエングラムとして残り、何が残らないのか、それを決める clustered engram synapse の解析などが進むように思う。特に我が国は人口冬眠の研究も盛んなので期待したい。
2026年8月14日
CRISPR による遺伝子編集法の開発は、決まった遺伝子を標的とした治療法の開発だけでなく、ランダムに遺伝子をノックアウトして生物機能に影響する遺伝子を特定するスクリーニング法を可能にし、突然変異による遺伝子探索=リバースジェネティック研究の中心になっている。しかもリンパ球など細胞レベルでノックアウトすることが可能なので、免疫研究の利用が最も盛んだと思う。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、ガン組織へのリンパ球の浸潤を阻害する分子を CRISPR スクリーニングで特定して、ガンに対する免疫を促進する方法開発を目的とした研究で、8月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo genome-wide CRISPR screens of human T cells in solid tumours(生体内で固形ガンに対するT細胞の全ゲノムレベルの CRISPR スクリーニング)」だ。
ガン組織への浸潤に関わる分子の探索は、ガンと T細胞の関係を見ているだけではわからない。すなわち、T細胞が腫瘍の様々な環境から影響を受けた結果が最終的にガン抑制として現れるので、ガン組織を対象とした遺伝子スクリーニングが必要になる。これまで、ガン特異的T細胞を CRISPR で遺伝子編集を行い、これをガン移植マウスに注射して、ガン組織に選択的に集まる T細胞を取り出し、ガンの浸潤に関わる遺伝子を特定することが行われてきた。ただ、人間のリンパ球の場合、どうしてもマウスに移植したガンに集まるリンパ球の数が少ないため、スクリーニングがうまくいかないことが多かった。
この研究のハイライトは、ガン特異的 T細胞の代わりに、ガンに全ての T細胞と反応するよう CD3 に対する抗体を発現させるという逆転のアイデアだ。これにより末梢血から取り出した T細胞を、CD3 抗体を発現するガンを移植したマウスに注射すると、十分な数がガン組織にトラップされることがわかった。もちろんガン免疫特異性はなくても、ガンの縮小は観察される。そして、通常のガン免疫と同じで、ガン組織の T細胞は環境の様々な影響を受けて疲弊することも遺伝子発現から観察できる。
この系を用いて、注射するヒトT細胞をあらかじめ CRISPRに よる遺伝子編集で77000カ所という部位で切断し(どこで切断したかはガイドのバーコードで特定する)、これを抗CD3ガンを移植したマウスに注射、ガン組織を回収して、T細胞の浸潤を邪魔する遺伝子特定を試みている。
このスクリーニングで、これまで研究されてきた様々な遺伝子が特定されるが、加えてこれまで注目されていない遺伝子が見つかった。この研究では、この中の Gタンパク質共役型受容体P2RY8 とその下流遺伝子について調べている。このシグナルを固形種に対する CAR-T からノックアウトすると、ガン組織への浸潤が高まり、ガン増殖を抑える効果を促進できる。P2RY8 はマウスには存在していないため、これまで発見されなかったと考えられるが、リガンドもある程度特定されており、元々リンパ球の活性化に関わることが知られているので、CAR-T 治療の促進に使える可能性は大きい。
この研究ではガン組織の T細胞のインターフェロンγレベルに関わる遺伝子を特定するという、より凝ったスクリーニングも行っている。CD3 抗体を発現させたガンに多くの T細胞が集まってくるおかげで可能になった実験だと思う。その結果、これまで知られている様々な分子に加えて、Gタンパク質の一つGαsが特定された。この分子はリンパ球では様々な G タンパク質共役型受容体 の下流で機能していることが知られている。そこで、この遺伝子をやはり固形ガンに対する CAR-T からノックアウトしてやると、CAR-T の腫瘍抑制機能を大きく高めることが明らかになった。
最後に、CAR-T から P2RY8 と Gαs を同時にノックアウトすると、単独ノックアウトよりさらに高い抗腫瘍作用が得られることも示している。
以上が結果で、CD3 抗体をガンに発現させることで、特異性をガンが決めるという逆転の発想で、ヒトT細胞で CRISPR スクリーニングがマウス生体内で可能になり、今後のCAR-T治療の成功率を高める方法を開発したおもしろい研究だと思う。
2026年8月13日
ステージ4の膵臓ガンの生存期間を大幅に延長したダクソンラシブが大きな期待を集めている。これを開発した Revolution Medicines の株価は2026年に入って4倍近くに上がっており、投資家の期待も集めている。Ras 変異が半数近いガンのドライバーになっていることを考えると当然だろう。しかし期待の薬は失望の薬でもある。すなわちガンが耐性を獲得して薬剤が効かなくなる。そこで先回りして耐性のメカニズムを探り、対策が行われる。期待の薬ほど耐性研究が行われる。ダラクソンラシブの論文が出たのが5月のことだが、6月には耐性研究がスローンケッタリング ガン研究所から Cell に発表されこのブログでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/29051)。肺ガン、大腸ガン、メラノーマ患者さんの再発例のガン組織を採取してゲノムを調べた研究で、RAF などの下流経路の新たな変異が耐性の原因になることを示していた。
これに対し、今日紹介する薬剤開発者 Revolution Medicine からの論文は、膵臓ガンでの耐性獲得はかなり異なる様相を示していること、また末梢血に流れる circulating DNA の解析から耐性メカニズムを診断することで、耐性を克服できる可能性を示した研究で、8月11日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Acquired resistance to the RAS (ON) multi-selective inhibitor daraxonrasib guides rational combination therapy strategies in pancreatic cancer(膵臓がんでのOn型の Ras 変異に対する薬剤ダラクソンラシブに対する耐性獲得)」だ。
研究では、様々なドーズのダラクソンラシブを投与され、ガンの増殖が一度は抑えられた膵臓ガン患者さんの末梢血に流れる DNA (ctDNA) の配列をモニターし、再発時に起こる変化を調べている。薬剤が効果を示すと K-ras 変異の頻度は低下するが、耐性が起こると変異 K-ras 頻度が上昇して来る。即ち、ctDNA はガンのマーカーとして使える。
こうして耐性が出てきたガン患者さんの ctDNA の変化を見ると、スローンケッタリング ガン研究所の論文と大きく異なり、下流遺伝子の変異は観察できるが頻度が低い。代わりに62%の耐性ケースで 変異Ras の遺伝子増幅が起こっていることを発見する。おもしろいことに、増幅は高いドーズのダラクソンラシブを用いた患者さんで頻度が高い。さらに、ctDNA からここまで正確なガンのゲノム解析が可能であることにも驚いた。
もう一つ特徴的なのは、K-ras 自体に新たな変異が起こらないことで、これはダラクソンラシブがほぼ全ての K-ras 変異をカバーしており、ソトラシブのように特定の変異特異的でない結果だと考えられる。
増幅で耐性が起こる理由を探ると、Myc 遺伝子の変異や TP53 ガン抑制遺伝子の変異が併発していることが確認される。特に TP53変異 は 変異Ras 増幅と相性が良い。ただ、増幅によってどのようなシグナル伝達系の変化が起こり、これに他の変異が重なるのかなどの詳しいメカニズムは今後の研究が必要だ。ただ、実験的に 変異Ras の発現が高まると、ダクソンラシブ耐性が出来ることは実験系で確認しており、これまであまり研究されてこなかった重要な分野になると思う。
最後に、こうして発生した耐性ガンを抑制する可能性について調べている。下流遺伝子や他のシグナル伝達系に新たに変異が発生した場合は、正確な遺伝子診断の元に薬剤を選ぶことで耐性を克服できる。最もおもしろい例が、Her2の発現が誘導されるケースで、ダラクソンラシブに第一三共開発のエンハーツを併用することで完全にガンを抑制することができる。
もう一つおもしろいのは、RasのG12D変異に限るが、Revolution Medicineが開発したオン型G12D変異特異的薬剤ゾルドンラシブとダラクソンラシブを同時に投与することで、変異rasの遺伝子増幅に対応できることを示している。標的結合については異なるが、シクロフィリンをリクルートするというメカニズムでは同じなので、この二つの薬剤が耐性を抑えるのかメカニズムはおもしろそうだ。
以上、薬剤が開発されることで、全く新しいrasバイオロジーが始まることを実感するとともに、着実にrasドライバーガン治療法が進んでいることを確信する。あとは、現存のras阻害剤のように月100万円を超す値段をよりアフォーダブルな価格に抑えてほしいと期待する。そのためには、特許の期間をもっと延ばしてもいいような仕組みが必要な気がする。
2026年8月12日
今日は最近気になった臨床研究を3編紹介する。
最初はハーバード大学からの論文で、大人のピーナツアレルギーの反応性を便移植で改善できることを示した臨床研究で、大人の食物アレルギーを対象にしたという点では最初の治験研究と言える。タイトルは「Fecal microbiome transplant in food allergy in humans and mice identifies a role for bile acid metabolites in oral tolerance(マウスとヒトでの食物アレルギ―の便細菌叢移植による治療はトレランス誘導に対する胆汁酸の役割を明らかにした)で、8月5日号 Science Translational Medicine に掲載された。
ピーナツアレルギーの成人(18歳から33歳)15人にカプセルに入った健康人便由来の細菌叢をカプセルに詰めて経口投与する。その後1ヶ月、4ヶ月後にアレルゲンテストを行い、移植前より皮膚反応の閾値が上昇している場合をレスポンダー、変化がなかった場合をノンレスポンダーとしている。
結論だが、4ヶ月後で見て6人がレスポンダーとして確認され、細菌叢移植によって大人のアレルギーを抑えられることが示された。レスポンダーは半数以下だが、4ヶ月にわたってアレルゲンの閾値が低下したことは大成功と言える。おもしろいのは、2月に紹介した便移植では(https://aasj.jp/news/watch/28246)、ガンのチェックポイント治療の際の免疫を増強する方向に働き、今回は免疫を抑える方向に働く臨機応変のフレキシビリティーは不思議だ。と言うのも、この研究では、アレルギーが抑えられるメカニズムを探っており、
- レスポンダーでは制御性T細胞が末梢血で上昇している。
- 便移植後アレルギーが抑えられた患者の便を無菌マウスに移植すると、卵白アルブミンアレルギーが抑えられる。
- 便移植自体で明確な細菌叢の変化を誘導はしないが、これまでアレルギーを抑えるとされてきた一部の Bacterioides が増え、Bacteriodes による胆汁代謝により Cholate や Tauroccholate が合成され、制御性T細胞が誘導される。
と言う過程が起こっていることを明らかにしている。
結果は以上で、なんと言っても15例中6例で4ヶ月以上続くピーナツアレルギーへの感受性が低下したことを示したのがこの治験だ。しかも、レスポンダーとノンレスポンダーで、抑制性T 細胞の誘導で様々な点で大きな違いがあることがわかったことから、移植細菌叢の定着をより確実にすることで、治療効果を上げられる可能性が高い。しかし、同じ方法が免疫を促進したり、抑えたりするメカニズムが今後最も重要な課題になる気がする。
次は英国ロンドンキングスカレッジからの論文で、このブログで何度も紹介した幻覚剤シロシビンがうつ病に実際に効果があるかどうかを確かめた臨床治験で、8月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Psilocybin-assisted therapy for treatment-resistant major depressive disorder in a public healthcare setting: a randomized controlled trial(難治性のうつ病のシロシビンによる治療を公的医療サービスのセッティングで行う:無作為化対照治験)」だ。
シロシビンについてこのブログで最初に紹介したのは2021年の話なので、もっと多くの臨床治験が行われているのかと思っていたが、正常ボランティアを用いた第一相、その後の小規模治験の上に、2021年から60名の他の治療に抵抗性の重症うつ病を無作為化してシロシビン投与を行っている。
投与方法は、指定病院を受診、医師の診察を受けた後、25mgシロシビンを経口投与、その後は医療スタッフが様子を観察、最終的に正常に戻ったことを確認して、帰宅させている。そして3週後、6週後にうつ状態について自己診断及び専門家の診断により評価している。
結果は期待通りで、いずれの指標も大きな改善が認められるいっぽう、安全性は高い治療であると結論している。唯一この治験の問題は、シロシビンを投与されたか、偽薬だったのかが患者さんにすぐわかる点だが、これを持って効果なしとするわけにはいかないほど有効性が高い。今後は症例を選んで治験が拡大すると思う。
うつ病に関して、少し古いが最後にもう一つおもしろい論文を紹介して終わる。エジンバラ大学からの論文だが、対象はスエーデンのの電子カルテレコードで、GLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) を用いた糖尿病患者さんと、他の治療を受けた糖尿病患者さんの中から、うつ病患者さんを選び出し、GLP-1RA 使用によりうつ病が改善することを示した研究で、今年4月 The Lancet Psychiatri に掲載された。タイトルは「Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study(GLP-1RAとうつ病や不安症:スウェーデンの国家コホート研究)」だ。
電子データの解析からスウェーデンでは1/4の糖尿病患者さんが GLP-1RA を処方されている。GLP-1RA 以外の方法で治療されている患者さんと比べると、不安症もうつ病もともに症状が悪化するリスクが大きく低下している。即ち、GLP-1RA を用いると不安症やうつ病の症状の悪化が防げる。
ただおもしろいのは、同じGLP-1RAでも薬剤によって大きく違いがある点で、1番効果があるのがセマグルチドで、次がリラグルチドになる。もともと、血中動態からセマグルチドの方が抗糖尿効果があるので、この差からGLP-1Rへの効果がうつ病や不安症に効いている可能性が示唆される。実際、より古くから使用されており、現在ではほとんど使用されないエキセナチドを投与された人では、逆にうつ病が悪くなる率が上昇している。
結果は以上で、少なくとも糖尿病患者さんでうつ病がある場合はセマグルチドによる治療が勧められるという結果だ。いずれにせよ、糖尿病にも効果が高いセマグルチドが最も効果を示したことは、GLP-1Rがうつ病や不安症にも関わる可能性を示唆するおもしろい研究になる。
2026年8月11日
インシュリン抵抗性が生じると、脂質分解を抑えられなくなり遊離脂肪酸が血液を通って肝臓に流入、肝臓で中性脂肪 (TG) が合成され LDL として血中に放出される。TG が増えると、HDL と VDL 間の脂質の交換が上昇、結果コレステロールを回収する HDL の分解が進む。即ち、インシュリン抵抗性により TG が上昇し、善玉コレステロール HDL が経ることから、TG/HDL はメタボリックシンドロームの良い指標になるのではと提案されている。
今日紹介する米国の製薬会社リジェネロンからの論文は、エクソーム解析が行われているコホート研究を集めて、TG/HDL と相関する遺伝子を、エクソーム解析からわかる遺伝子レベルの相関まで含めて探索し、全く新しい治療標的を発見したというおもしろい研究で、8月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「FNIP1 variants are associated with favourable metabolism in 1 million humans(100万人規模の探索からFNIP1変異が健康的代謝と関連していることがわかった)」だ。
この研究では11コホート研究参加者100万人のエクソーム解析から、メタボリックシンドローム(メタボ)に関わる遺伝子を発見することを目標にしている。ただ、多くの検査項目との相関を調べるのは複雑になるので、メタボのマーカーとして TG/HDL で行こうと割り切った。ただ、この割り切りが必ずしも間違いでないことを、TG/HDL と体重、脂肪代謝、インシュリン抵抗性検査、から脂肪肝や肝臓線維化まで徹底的に比べ、TG/HDL がほとんどの指標と正比例することを確認している。
このようにほとんどのコホートで調べられている TG/HDL を指標にすることで、ゲノムとの相関を調べることが容易になり、一般的 GWAS 検査とエクソーム検査を組み合わせて59種類の遺伝子変異が TG/HDL と正あるいは負の相関を示すことを突き止める。
特定された遺伝子の2割は脂質代謝異常遺伝子として特定されており、また半数は薬剤の標的候補として研究が進んでいる遺伝子だ。さらに、多くは肝臓で発現していることも明らかになった。このように、見つかった遺伝子は薬剤開発に重要な遺伝子であることから、TG/HDL にメタボを集約させる割り切りの合理性が明らかになった。
後は、エクソーム解析で初めて明らかになる極めて希な2種類の変異について詳しく調べている。一つは FNIP1 遺伝子で、7000人に一人というまれな機能喪失変異が86人見つかっている。この遺伝子はfolliculinと強調してミトコンドリア新生を抑える役割がある。FNIP1も folliculin も両方の遺伝子の機能が失われると、免疫不全や心材肥大、肺のシスト形成などが起こるが、片方だけの変異では高脂肪食でも太りにくい体質を持っている。
そこで、これを標的に高脂肪食による肥満や脂肪肝を抑えられるか調べ、体重増加を抑制し、インシュリン抵抗性から脂質代謝まで大きく改善できることを示している。
さらに極めて希な肝臓細胞膜上のセリンプロテアーゼヘプシンの機能喪失変異も TG/HDL を改善することを発見している。ただ、この場合は血中アルブミンも低下する。
以上の結果から、TG/HDL はメタボの簡易指標として有用であること、またエクソームレベルの解析が行われることで、直接形質に関わる遺伝子を特定することが出来、通常なら引っかかってこない極めて希な遺伝子変異を見つけられることを明らかにした。しかも、ここまでわかるとすぐに成果を創薬に生かすことができる。
2026年8月10日
試験管ベイビーと呼ばれた体外受精を初めて成功させたのは英国のロバートブラウンで、2010年にはノーベル賞が授与された。我が国では体外受精児は全出産の8%に上り、先進国では10%近くに上る国もあることから、様々な批判はあったがノーベル賞は当然と言っていいかもしれない。ただ、その後の生殖補助技術の著しい発展で、実際にクリニックで行われている治療は極めて複雑になっている。例えば受精率を上げるために、精子を卵子に注入する顕微授精が行われる率はかなり高いと思われる。しかし、京都大学の金津-篠原さんはマウスを用いて顕微授精が遺伝可能な変異を誘導し、孫の世代の発生異常を上昇させることを示して、警告を発している。
今日紹介する中国・南京大学からの論文は、両親と子供の全ゲノムを解析して、子供だけに新たに発生する変異を調べるコホート研究を行い、遺伝可能な生殖細胞系列の変異がおこる要因を探った研究で、8月7日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Large-scale whole-genome sequencing reveals the landscape and health implications of de novo mutations(大規模全ゲノム解読は子供の de novo 変異の状況と健康への影響を明らかにした)」だ。
要するに両親と子供の血液を用いて30カバレージ程度の全ゲノム解析を行い、子供でだけ発生した突然変異を、父親の精子が作られる過程で発生した変異、母親の卵子で作られた変異、そして胎児発生過程で発生した変異に分類している。胎児発生過程で起こったと決めるのは簡単ではないが、変異率が0.35を下回った場合、即ちキメラが生じた場合を胎児発生過程の変異と見なしている。
De novo の変異 (DNM) は、圧倒的に父親の精子形成過程で発生することが多い。次に、母親から、そして胎児発生過程での変異になる。当然のことながら、父親の年齢に応じて DNM が増える。ところが母親の場合は、年齢の影響は父親ほどではない。唯一時間とともに増える変異は、デアミナーゼによる変異の蓄積で、極めて特徴的な変異の出方でわかる。
この研究のハイライトは、7851人のコホートの中に2232人の生殖補助医療で生まれた子供が含まれている点で、親の年齢などの影響に加えて、生殖補助医療自体が変異を発生させるかについて調べることができる。
結果だが、生殖補助医療で誕生した子供では DNM の数は優位に増加している。ただ、生殖補助医療で使われる様々な技術との相関を調べると、生殖補助医療自体が大きな原因になっているわけではなく、男性側の染色体での DNM は顕微授精が最も大きな要因になっている。また、母親側では排卵誘発処置、特に卵胞刺激ホルモンのアゴニスト法を用いたケースで、変異の率が上昇している。
これら以上に変異を誘発するのが、胚を培養した後着床させる方法で、凍結卵を胚盤胞まで発生させて着床させた場合が最も多くの変異が入る。ここで見られる変異は、培養により酸化ストレスがかかったことによるタイプの変異であることも確認している。
これらの変異が子供の異常につながるかも検討しており、顕微授精やアゴニスト法は強く発生異常を誘導するわけではない。ただ、早産や低体重児とは明確な相関がある。一方で、胎児培養を行った後着床させた場合は、神経系の発生異常が起こる確率が上がることも示している。
結果は以上で、体外受精自体が問題ではなく、その後妊娠率を上げるために開発された様々な方法が、異なるメカニズムで変異を誘導することがわかる。今後は金津さんたちがマウスで調べたように、孫の世代がどうなるのかを追跡することは重要だろう。
2026年8月9日
外国から感染症が持ち込まれて広がるというのはウイルスや細菌だけではない。一般的に感染性の低い真菌類でも同じような外来感染症が問題になっていることをこの論文を読んで初めて知った。感染真菌の名前は Candida auris で、実際の起源は明確でないが、2006年帝京大学医学部で初めて分離されたカンジダだ。このカンジダは2016年に初めて米国で発見される。最初はNYやシカゴのような大都市で発見されていたが、その後は多くの州で発見されるようになっている。基本的には皮膚から皮膚への感染なので、いかに現代では人のグローバルな移動が新しいパンデミックを生み出しているのかがわかる。しかも悪いことにこのカンジダは重症の感染症に発展する。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、同じカンジダでも、病原性の低い albicans と auris ではホストの免疫との相互作用が全く異なることを示した研究で、8月6日号の Science に掲載された。タイトルは「The fungal pathogen Candida auris exposes chitin to trigger IFNγ and persist in hair follicles(病原性真菌 Candida auris はキチンを使ってインターフェロンγを誘導し毛根に居続ける)」だ。
研究ではマウスがヒト感染のモデルになるかを調べるため、毛を剃ったマウスに albicans あるいは auris を塗布し、皮膚での持続を見ると、auris は長期に皮膚に居続ける力があり、特に毛根の入り口付近に選択的に存在することを明らかにする。次に、それぞれを塗布したときに皮膚の免疫反応を調べ、albicans は IL-17 が誘導される 1/17 型、auris はインターフェロンγ (IFNγ) 中心の 1型の反応が中心になることを確認する。
これを手がかりとして、研究ではそれぞれの真菌とホストの関係を順番に調べているが、今日は実験過程を無視して、最終結論だけをまとめて紹介することにする。
まず albicans だが、皮膚と相互作用すると、細胞壁のグルカンなどを介して自然免疫を誘導し、また皮膚のγδT細胞やTh17型T細胞を介して IL-17を誘導することが知られている(この過程については実験は行われていない)。IL-17はケラチノサイトに働いて、増殖を誘導して皮膚を厚くするとともに、タイトジャンクション分子の発現を高める。この結果、albicansの皮下への移行は防がれる。実際、IL-17をノックアウトしたマウスでは albcans への抵抗力が低下する。
一方 auris だが、IL-17を少しは誘導するが、程度は低い。一方で、毛根の入り口を中心に IFNγが誘導される。これは auris の細胞壁に存在するキチンは Th1細胞を刺激して IFNγを誘導、IFNγはケラチノサイトに働いて、IL-17 とは逆の働き、即ち増殖を抑え、ジャンクションを弱める働きがあることがわかった。即ち、IL-17は真菌から皮膚を防御する役割があり、逆に IFNγ はケラチノサイトのバリア機能を抑えて真菌の存続を助けることがわかった。
IFNγ をノックアウトしたマウスでは、auris の毛根内の維持は低下するし、逆に IFNを強制発現させたマウスでは、aurisの感染が増強する。また、aurisのキチン合成経路をブロックしてやると、感染持続が抑制されることから、感染を抑える薬剤の標的として利用できる可能性がある。また、IFNγが感染に重要であることから、IFNγや Th1反応を抑えることも感染を抑える薬剤の標的になる可能性がある。
以上、同じカンジダでもホスト免疫系との関係次第でこれほどの違いが出ることに驚くとともに、私の真菌への見方も全く変わった。
2026年8月8日
今日紹介するスタンフォード大学とアーク研究所からの論文は、Evo1、 Evo2 と名付けたゲノム進化だけを学習させた生成AIモデルに、大腸菌に感染できるファージウイルスゲノムを生成させるのに成功した研究で、8月6日 Science に掲載された。タイトルは「Generative design of bacteriophages with genome language models(ゲノム言語モデルを用いてバクテリオファージのデザインを生成する)」だ。
実はこの論文は査読前の論文を発表する BioRxiv に昨年9月に発表されており、そのときから話題をさらっていた。私もそのときから、教材としてこの論文を利用している。そのため、8月6日査読を通って発表された論文を見ると、えらく時間がかかったなという印象だ。2024年に発表された原核生物のゲノムを学習した Evo1 の論文が発表されたときから(https://aasj.jp/news/watch/25610)、ウイルス設計も時間の問題だと思っていたが、実際にはそれから1年で、より広いゲノムを学習した Evo2 を発表するとともに(https://aasj.jp/news/watch/25610)、両方を用いて機能的なファージウイルスを作って見せた研究になる。
一般の人から見ても重要な論文と判断され、日経は昨日の夕刊トップで紹介しているが、論文発表前にも多くのメディアで紹介されている。いずれの紹介記事も、ゲノム生成の方法についての説明には困っているようだが、以前紹介したように Evo1、Evo2 も Chat のような単純な transformer/attention とは異なる、畳み込みと rotary attention を組み合わせて1Mの核酸配列を扱えるように設計したモデルなので、これも含めて紹介していかないと、生物分野でのAI研究の重要性を過小評価してしまうことになる。
まず Evo が目指すのは、DNA を媒体とする情報が集まる潜在空間を形成することだ。そのために、通常の transformer ではないモデル・Stripedhyena を作成し、1Mまでのゲノムをそのまま学習できる様になっている。これにより、これまでの進化過程で起こった様々なコンテクストが潜在確率空間として形成される。生成AIの潜在空間は可能性の空間であり、起こったことを学習していても、この空間から起こっていないが可能な配列を生み出すことが出来る。例えばハムレットの最初「Speak; I am bound to hear」とchatにインプットしても、必ず「Ghost so art thou torevenge・・」と続くわけではないのと同じだ。
Evo1、Evo2 の説明は以前のブログを参照して貰うことにして続けると、この研究ではそれぞれのモデルにゲノム可能性を生成させるときは、まず生成したいタイプ(この研究ではφx174)が属する Microviridae ウイルスゲノムをを多く学習させるファインチューニングを行う。このファインチューニング配列には Microviridae である事とφx174 との相似性を示すトークンを加えている。こうして、進化確率空間の内部に印が付けられる。
次に、ゲノムを生成するときには Microviridae という特殊トークンと欲しいゲノムの φx174 との相似性を表すトークンに続いて、Microviridae の5‘に保存されている遺伝子配列をインプットしている。同じインプットを入れても、アウトプットが異なるのが確率空間の面白い点で、膨大な数のアウトプットが生成される。面白いのは、この最初の遺伝子配列の長さを変えてやる実験を行って、Evo1 で予測させるときは6個並べれば良いが、Evo2 の場合は9個並べる必要があることを示している。理由については述べられていないが、このような結果はモデルが形成している潜在空間を理解する意味で重要に思える。
我々が Chat と向き合うときには、何万もの答えの中から選ぶことはしないが、この研究のもう一つのポイントは、出てきたゲノムを徹底的に評価して選ぶという過程を行なっている点だ。すなわち、Evo だけでは終わらず、たとえばウイルスらしさ、GC の使い方、長さ、などなど多くの条件でアウトプットを自動的に選ぶための様々なソフトを開発している。φx174 の場合、ゲノムの長さ、遺伝子の配置、GC 含量、遺伝子オーバーラップ、ゲノムの構造などをチェックして、最終的に200程度に絞っている。
あとは、機能的ウイルスゲノムかどうか、想定した系統の大腸菌にまず遺伝子だけを導入し溶菌がおこり、その上精をもう一度大腸菌に加えて感染性があるかどうかを調べ、16種類の機能的ゲノムを分離している。これらは最初指示した通り、φx174の配列とは95%以下になっている。すなわち、全く新しいゲノムが生成されている。ただこうして生まれるゲノムは進化可能性が生成されたもので、決して新しい設計というわけではない。
こうして得られたウイルスの中には、φx174 よりも高い感染性を示すものもあり、しかも大腸菌の方で抵抗性が獲得されると、それに対する抵抗性を自然に進化させる能力があり、全く通常のウイルスと同じだ。
全ゲノム配列を調べる中で、自然にイントロンのような配列が挿入されており、それを除くとウイルス活性が落ちるようなケースも見つかっている。個人的な解釈だが、イントロンの進化などについても研究可能性があるように思えた。
結果は以上で、できたウイルスについての詳しい解析は割愛したが、次の目標は自立生命の設計だろう。