10月26日 パーフォリンがガン細胞を殺すメカニズム(10月23日 Cell オンライン掲載論文)
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10月26日 パーフォリンがガン細胞を殺すメカニズム(10月23日 Cell オンライン掲載論文)

2026年10月26日
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順天堂大の奥村さんの大学院生だった眞貝さん(現在理研)が、キラー細胞が細胞を殺すときに標的の膜に孔をあける補体によく似た分子パーフォリンの遺伝子クローニングの論文を Nature に発表したのは今でもよく覚えている。そのとき、なるほど膜に孔を開けて殺すのかと納得して、私の頭の中は現在もそのときのままだ。
しかし今日紹介するミシガン大学が、10月23日 Cell にオンライン発表した論文を読んで、なんと38年ぶりに理解がアップデートした。タイトルは「Perforin triggers iron-induced mitochondrial damage to drive ferroptosis and anti-tumor immunity(パーフォリンは鉄が媒介するミトコンドリア障害によるフェロトーシスとガン免疫を誘導する)」だ。
この分野はほとんどフォローしていなかったが、パーフォリンにより膜に数多くの穴が空いて細胞がネクローシスに陥るのはパーフォリンの濃度が高いときで、実際にはその穴を通して、やはりキラー活性を担うグランザイムなどを細胞内に送り込む役割と考えられてきたようだ。とすると、キラー活性の主役はグランザイムなどになるのだが、この研究ではそれも疑って、実際のキラー活性はパーフォリンとグランザイムのどちらが重要か、それぞれノックアウトマウスを作成して調べるところから始めている。
すると、意外なことにグランザイムをノックアウトしても腫瘍障害性はそれほど影響を受けないが、パーフォリンは絶対的に必要であることがわかった。そして様々な細胞死を阻害する実験から、パーフォリンは生理学的濃度では、鉄に依存して脂質酸化を誘導する細胞死、フェロトーシスを誘導していることがわかった。
しかし、パーフォリンが細胞膜に形成する孔がどうしてフェロトーシスにつながるのか、なかなか難しい問題だ。そこで、フェロトーシスに必要な鉄や活性酸素を調べ間違いなくフェロトーシスを介しているかを調べるところから始めている。まずパーフォリンによる細胞障害性は鉄を外部から供給すると高まる。これは生体内でも同じで、鉄の多い食事をとらせるとガンに対するキラー活性が上がる。これと同時に、パーフォリンによる細胞傷害では、活性酸素による脂肪の過酸化が起こっていることも確認している。
おそらく最初はパーフォリンによる孔から鉄が流入するのかと考えたようだが、実際にはパーフォリンによるフェロトーシスに使われる鉄は膜上のトランスフェリン受容体が細胞内に鉄とともに取り込まれることで供給されていることを発見する。何故パーフォリンによる孔の形成がエンドサイトーシスを促進し、トランスフェリン受容体による鉄の細胞内への輸送を高めるのかについてのメカニズムは示されていないが、私にとっては極めて意外な結果だった。
こうして細胞質で上昇した鉄は活性酸素とともに脂質を過酸化してフェロトーシスを誘導できるが、活性酸素の発生に関しては、鉄がミトコンドリアに取り込まれて機能を傷害することで発生するストレスが重要な要因になっていることを示している。

まとめると、パーフォリンによる穴の形成→トランスフェリン受容体のエンドサイトーシスによる鉄取り込みの上昇→細胞質内鉄の上昇→ミトコンドリア内への過剰な鉄の取り込み→ミトコンドリア膜の障害→活性酸素生成→脂質の過酸化→フェロトーシスという過程が明らかにされた。形態学的にも細胞では多くのエンドゾームが形成され、ミトコンドリアの形態異常が見られることが確認され、このシナリオと矛盾しない。
以上が結果で、新しくアップデートした理解は、極めて複雑な過程だった。しかし、ガン免疫ではパーフォリンが主役で、鉄摂取も大事なことがわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日 人間の島皮質の機能(10月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月25日
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今日は人間の島皮質に設置された留置電極を使って脳刺激や神経活動を記録し、研究が簡単でない島皮質機能を調べたスタンフォード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Functional architecture of the human insula(ヒト島皮質の機能的構造)」だ。


おそらく一般の方に島皮質と言っても何のことかわからないので、GPT-5 で作成した図を掲載しておくので参考にしてほしい。図からわかるように島皮質は脳の真ん中にあって、身体や内蔵からのインプットを常に統合して身体感覚を形成していると考えられている。
この研究では、てんかん発作起原を特定するため島皮質の様々な領域に複数のコンタクトサイトを持つ電極を設置した患者さんで、電極を通した刺激や記録を行い、その結果から島皮質の機能を調べている。87人の患者さん全体で478カ所の電極で島皮質をカバーし、そのデータを集めた結果から機能を推定している。
実験自体はペンフィールドの手術中に脳各部を刺激したときに起こる運動や感覚をリアルタイムで患者さんに聞いて、神経機能を推定したのとほぼ同じ実験だが、現代では留置された電極を用いて刺激が行われている。これら電極は同時に神経記録にも使える。
さて結果だが、島皮質を前方から4カ所に分けて刺激効果をマッピングすると、最も後ろから中央にかかる最も大きな2領域では、口、腕、足という順番に痛みや熱感と言った体性感覚を誘導出来る。皮質の感覚野ほど明確ではないが、それでも体性感覚のボディーマップが島皮質に形成されているのはおもしろい。これに続いて中部の領域は、内臓感覚で胸が詰まった感じ、あるいは胃や腸が履きそうな感じに襲われると言った感覚を誘導する。他にも、頭頸部に波のように違和感が広がると言った感覚を訴える人もいる。一部の方では不安感も訴えている。
中でも最もおもしろいのは最前方部で、この領域を刺激しても何の感覚も誘導しない。しかし、Salience task と呼ばれる目立ったものを見たときに注意や記憶が呼び起こされる過程を調べる課題で、強い興奮が見られることがわかった。
さらに刺激により他の領域の興奮を記録して神経結合を調べると、最前方領域は島皮質の他の領域と双方向の強いつながりを持っていること、また大脳皮質では他の領域と異なり、特に前頭葉とのつながりが強いことが明らかになった。即ち身体の感覚だけで無く、認知や記憶と言ったより高次な脳機能を島皮質と連結することで、行ってみれば心と身体をつなぐハブになっていることがわかった。
うまい具合に島皮質に留置電極を置く必要のある患者さんは多くないだろう。そんな患者さんを10年にわたって87人も集めて刺激実験を行ったということが驚異的だ。また、研究が難しいヒトを用いて主観的な感覚と脳刺激を対応させることで、島皮質の場合我々の心と身体の問題をより進化させられる可能性がある。例えば離人体験など、今後の研究が楽しみだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 ビッグテックが目指す医療のAI化を探る(10月21日Natureオンライン掲載論文他2編)

2026年10月24日
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Google と Microsoft から医療に関する AI agent の論文が相次いで発表された。また以前少しだけ紹介した Google が医師向けに開発している MedGemma に関する論文がようやく Nature Medicine に発表された。そこで、今日は論文紹介というより、これら3編の論文を眺めながら、私の考えを述べてみる。

2008年から4年間、Google は Google Health という名称で、個人の健康データを病院ではなく、個人で管理できるようにするD2Cクラウドサービスを展開していた。個人が自分の健康を管理することの重要性を考えると素晴らしいプロジェクトとして注目していたが、結局うまくいかず2013年に閉鎖している。しかしスマートウォッチの Fitbit を中心に Google Health に再チャレンジしているようで、Google が10月21日に Nature に発表した論文を読んで、強くそのことを感じた。タイトルは「The anatomy of a personal health agent(個人健康管理エージェントの解剖学)」だ。
この研究ではスマートウォッチなどの健康管理器具を装着して自分の健康を管理したいというカスタマーに対して、様々なプログラムを駆使して個人データを解析するエージェント、専門の医学領域とデータをリンクさせるエージェント、そしてカスタマーと対話してデータや知識を伝え生活改善を指示するエージェントを用いて、Google Health の目指した個人の健康管理を AI で行おう可能性を検討している。

構築した Agent AI を様々なベンチマークを用いて、かなり人手と時間をかけて検証したのがこの論文で、カスタマーが十分満足できる管理が可能であることを実験的に検証している。もちろん死亡率や罹患率が減ったという検証はないが、D2Cサービスとしての可能性はポジティブで、今後実装されるのだと思う。論文はオープンアクセスなので詳細は自分で調べてほしいと思う。Chat を使えば専門家でもかなり理解できると思う。

最後に個人的に気になった3点を述べる。各エージェントは、Google だから Gemini に固定するのではなく、GPT や Claude にもアクセスして最適な情報を提供できるようになっているのが売りで、特にオーケストレーターを設定して、一つの問題に様々な側面から答えられるようにしているのだが、この結果様々な LLM にアクセスしてコストが急上昇するのではという点は気になる。

2つめは、ウェアラブルなデータをとっているので、一定期間ごとに自動的に検査してより積極的アドバイスができるように出来ないかという点だ。この場合クラウドのエージェントに加えて、個人側にも小さいエージェントが実装される感じの立て付けになるのではと思うが、カスタマーの質問だけに対応するよりずっと有用だと思う。おそらく既に計画されているだろう。

そして3つめになるが、このような仕組みを通して毎日のデータが医療機関のデータと結合できる様になると思うので、医療との連携をどう図るのかこれからの最大の問題点になると思う。

Google は医学研究から医療、そして今回の一般の健康サービスまで、多くの AIモデルを発表している。ただ、一般人、患者、医療従事者、研究者それぞれのモデルがまだまだ分離している感が強い。その中の医師向けの診断支援モデルが10月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された MedGemma だが、プレプリントは既に広く出回っており、このブログでも今年の5月28日に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/28944 )。タイトルは「An open vision-language model for diverse medical applications(広い医学用途に使える画像認識言語モデル)」だ。


このモデルの特徴はオープンソースとしてそれぞれの医療機関のワークステーションにダウンロードして使える点だ。医学データを使うときには重要な点で、画像とテキストを処理する27Bモデルでは、48G GPUメモリを搭載したRTX 5090でギリギリ動くサイズのモデルで、医療機関としてはもちろん購買可能なサイズだ。
モデルについては医学テキスト、電子カルテデータ、放射線画像、皮膚画像、病理画像、眼科画像を学習させたマルチモーダルLLMとだけ紹介しておく。論文の記述は他のシステムと比べたときのパーフォーマンスの差に終始しており、最も重要なポイントは Gemini など大きなモデルを凌駕する性能を示すことで、各医療機関に置いて使うように設計されている。


例題として胸部X線画像をダウンロードすると「左肺の気胸を治療中だが完全に広がっていないこと。右上葉に結節造あり」等と診断する。専門家の診断は「Ex vacuo 気胸で右上葉結節からガンの肺転移」になる。もちろん専門家がより正確だが、どこに問題があるのかは正確に指摘されている。
もちろんさらにファインチューニングすればより正確になると思うが、個人的には医学部での教育にかなり役立つのではと思って、大学で講義するときはいつも導入して学生さんが AI に馴染むようにしたらとアドバイスしている。

Google の医学的テキストの処理についてはこのブログで昨年紹介した AMIEモデルが印象に残り(https://aasj.jp/news/watch/26528 )、これらの成果が MedGemma にも生かされているのではと期待する。ただ、これまで Google 発表として紹介したモデルのほとんどは単独モデルで各用途に対応する方向だった。


今日最後に紹介するマイクロソフト研究所が10月22日 Science に発表した論文は Agent AI を用いた診断支援モデルを開発している。タイトルは「Sequential diagnosis with language models(言語モデルを用いた逐次的診断)」だ。
この研究では DxO という全体の指揮をする Agent AI を用いて、GPT-5 をベースにデータを集める診断エージェントと、患者さんのデータをまとめて処理するゲートキーパーエージェントを使って、まず限られた症状、病歴から GPT-5 を用いて鑑別診断可能性をリスト、それを何度も検討して必要な質問を GPT-5 へ戻す。この後実際の検査結果を経て、最終診断へと何度も2つのエージェントの対話を繰り返すことで到達する。これを GPT-5 と患者さんから得られるレコードだけから進められるのが驚きだ。

このDxOの能力を The New England Journal of Medicine に連載されている Clinico-pathological conference の症例を用いて確かめ、一般医と比較している。最初に上げられている症例では、喉の痛みや扁桃腺の腫れから、出血が見られた患者さんを例に、様々な質問をベースに検査を注文し、最初の鼻咽頭ガンの可能性から最終的に珍しい胎児性筋肉肉腫に至るまでの経過を追跡している。
これだけ難しい症例になると一般医では40%以下の正答率になってしまうが、DxOだと最大83%まで正答する。この研究では、正答までに何回の質問が行われたのか、そして最終的にかかった検査費用はいくらかを調べている。
結果を図にまとめるが、検査費用に制限がないと確かに診断率は上がるが、

一般医の方が多くの検査を注文している。検査費用を一般医の半分以下に落としても、一般医よりは高い診断率で終わるのは驚く。医療費を抑制したい政府や保険会社が見れば飛びつくだろう。


以上かなり駆け足で紹介したが、ビッグテックが着々と医療分野でAIを導入しているのがわかる。実際には Google、meta、NVIDIA、 アンスロピック等は自前の生命化学研究所まで設立して、身体と心を統合した新しいシステム構築を進めている。これに対し、我が国の AI for Scientist 等の国家プロジェクトはどこまで大きなビジョンを持っているのだろうか。是非教育から見直す長期ビジョンで対応してほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日 抗老化研究2題(10月21日 Nature オンライン掲載論文他)

2026年10月23日
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むちゃくちゃ大事とは思えないが、ちょっと気になった抗老化論文を2編まとめて紹介する。詳細には入り込まずに、結果と感想のみ書いておくことにする。

最初の論文は私が留学していたドイツ・ケルン大学からの論文で、線虫を用いて低温が長生きにつながる原因を探る研究で、10月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cold activates a BH2 metabolic network promoting longevity and proteostasis(低温によりBH2代謝ネットワークが活性化され寿命とタンパク質恒常性が維持される)」だ。

ほとんどの動物で低温の方が長生きできることが知られている。この研究では寿命の長短を調べやすい線虫を用いて、低温時に誘導される代謝変化で寿命に関わる代謝物を探索している。この中から酵素の働きを助ける補酵素の一つBH2が線虫で上昇していることをまず発見する。これを手がかりに、低温で寿命が延長するメカニズムを探り、最終的に以下の結論を得ている。

まず低温に反応した筋肉でCAT-4と呼ばれる GTP cyclohydrolaseがBH2 を合成する。BH2は体内に浸透して、特に腸管細胞や神経細胞でDHFR-1酵素により活性型の補酵素BH4に転換され、これが補酵素としてチロシン合成酵素を活性化して、チロシンが合成される。これが最終エフェクターとして脂肪代謝を中心に変化を誘導し、寿命を延ばす。一方、神経細胞では同じ経路で合成されたチロシンがタンパク質の合成分解のバランスを維持する恒常性維持を促進し、寿命を促進する。このシナリオは、例えばCAT4の過剰発現でBH2が造られると、寿命が延びること、あるいはBH2投与やチロシン投与でも寿命が延びることから確認している。

最後に人間の細胞にBH2やチロシンを加える実験で、タンパク質の恒常性が維持されることも示して、人間でも同じことが言えるように議論している。ただここまで言うのははばかられたのか、人間の細胞の場合酸化ストレス下では、より複雑な回路で効果が得られないことを議論している。それでもチロシンは蛋白質恒常性維持に役立つと結論している。ただ簡単にチロシンが蛋白質恒常性維持に役立つから抗老化作用があるかもしれないと結論してしまっていいのか気になる。と言うのもチロシンは、サプリとして必要以上に高齢者が摂取することは危険とされている。以上のことから、話は線虫に止めておいた方が良さそうだ。

次は米国ロサンジェルス Cedars-Sinai Medical Center からの論文で、老化に伴いPD-L2が発現することが老化細胞の除去を妨げていることを示した研究で、9月10日 Cell Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Blocking PD-L2 prevents senescent cell accumulation and age-related dysfunction(PD-L2を阻害すると老化細胞の蓄積を抑え老化による機能低下を改善する)」だ。

医科研の中西さんたちがPD-1抗体で老化細胞除去が上昇することを示していたと思うが、この研究もその延長にあると思う。ただ、PD-1やPD-L1を抑制すると当然自己免疫病発症という副作用が考えられる。これに対し、この研究では細胞老化でPDーL1だけでなく、PD-L2も上昇する事、そして発現したリガンドが切り出されて流れてくるのはPD-L2だけであることを示し、標的はPD-L1であれPD-L2であれ、PD-1細胞による老化細胞除去をブロックしているのは、血中に流れるPD-L2だと結論している。

そして、ノックアウトマウスを作成し、p16を発現した老化細胞の除去がノックアウトマウスではよりスムースに起こっていること、そして特に雄マウスで、PD-L2ノックアウトでインシュリン感受性など代謝が正常化することを示している。また、血中のPD-L2を抗体でブロックすると同じ効果が得られることも示している。

結果は以上で、これにより長生きが可能になったという実験は行われていないが、PD-1による老化細胞除去というスキームの一つのバージョンと言える。ただ、PD-L2ノックアウトではP21発現細胞が残っていることや、PD-L2ノックアウトでもベースの炎症があると自己免疫が起こるので、やはり抗老化の切り札になることはないだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日 幹細胞動態研究2:ケラチノサイト動態の性差(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月22日
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幹細胞動態研究論文2日目は、マウスの皮膚細胞だ。研究はベルギー・ブリュッセル自由大学の Blanpain 研究室と、英国・ケンブリッジ大学のSimons研究室だ。Blanpain は皮膚幹細胞研究の世界のリーダーだが、Simons の方は昔から幹細胞動態の理論を数理的に扱う研究を続けている。即ちこの研究は Blanpain の皮膚細胞の様々な実験手法と Simons の数理解析が一体化した論文で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sexual dimorphism in epidermal stem cell dynamics(皮膚上皮幹細胞の細胞動態に見られる性差)」だ。

マウス皮膚幹細胞の研究の多くは毛根で行われることが多いが毛根と毛根の間の皮膚 (IFE) にも幹細胞が存在し、細胞を供給している。この IFE 細胞を蛍光ラベルして、140日にわたって観察し続けるシステム開発がこの研究のハイライトで、この動態研究から出てきた問題を、通常の方法で掘り下げると言う立て付けになっている。

クローンを追跡するため、蛍光ラベル(3色のどれかが選ばれるシステム)が低い確率でオンになるようにして、耳介のほんの一部の細胞だけが光るように設計している。この研究では全ての IFE をラベル出来る方法を用いているので、幹細胞から分化細胞まで様々な段階の細胞がラベルされる。もし増殖力が高いとクローン増殖が観察できるが、分化した細胞の場合増殖せず皮膚から剥がれ落ちて無くなるのが観察される。

こうしてラベルした1171個の細胞を140日間(と言っても途中で消失する細胞も多い)追いかけている。10匹のマウスのデータで、1匹当たり100個の細胞を観察していることになる。観察は1週間に一度、麻酔をかけて同じ領域を観察し、場所で細胞を特定して長期間動態を観察している。この時、上皮の基底層か上層かも区別して調べている。

ほとんどの細胞は数個の子孫を残す程度で終わる。ただ、中には10個以上の子孫細胞を造る幹細胞様の細胞も特定できる。この動態を詳しく観察し、数理的に細胞動態モデルを構想している。さすが数理学者と思うのが、クローンの数が偶数か奇数かまでしっかり調べている点で、これを元に IEF が「幹細胞」、「少し分化した増殖細胞」、そして「分化して上層に移行する細胞」という、一般的な細胞構成を取っていることを示している。多くの子孫を造る幹細胞系と異なり、IFE の様に少ない子孫しか造らない場合、このような複雑なコンパートメントを証明するのは難しいが、これほどの数を調べることで可能になっている。

この観察の中で、クローンの数がメスでは圧倒的に偶数が多いことに気づく。さすが Simons と顔が浮かぶが、偶数は分裂が対称に起こっていることで、この違いからそれぞれのコンパートメントの分化増殖に性差があると考えた。そして動態の違いから、オスでは分化して基底層から離れる過程が促進する一方、メスでは幹細胞や増殖細胞の対称性分裂が増えることを示している。

これが正しければ当然細胞増殖の必要な皮膚修復はメスの方が早く起こることになる。実際増殖細胞をラベルする実験を使って調べると、メスの方が増殖力が高く、結果修復力も高い。さらに個体のホルモン環境を変化させて、性ホルモンの IFE の直接作用も調べているが、詳細は割愛する。これまでの観察通り、アンドロゲンは増殖細胞の非対称性分裂を促進して、基底層から上層への移行を促す。一方、エストロジェンは増殖細胞の基底層の維持に必須であることを示している。

最後に、これほど明確な性差を誘導する転写システムについても詳しく示しているが、これも詳細はいいだろう。幹細胞動態から想定されるように、オスでは分化誘導遺伝子が上昇しており、メスでは幹細胞マーカーの発現が高い。

結果は以上で、論文の大半を占めるオスメスの違いについての詳しい解析は全て飛ばして紹介したが、典型的な幹細胞動態研究の雰囲気がわかってもらえれば十分だ。そして、Simons もそうだが、伝統的に動態数理に関しては英国が強い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日 幹細胞動態研究1:腸管幹細胞でのHes1発現の振動(10月15日号 Science 掲載論文)

2026年10月21日
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昔から幹細胞研究では、細胞動態と呼ばれる幹細胞から分化細胞までの詳細な細胞種を特定し、時間経過とともに起こる各細胞腫の変化を記述し、その背景にある分子メカニズムの研究が最重要分野として研究されてきた。幸い、Science と Nature に幹細胞動態に関するおもしろい研究が相次いで発表されたので、今日・明日と紹介することにした。

最初はオランダ ユトレヒトの Hubrecht 研究所からの論文で、腸管幹細胞のオルガノイド培養を用いてHes1転写因子発現の振動周期の差によって細胞運命決定が変わる事を明らかにした研究で、10月15日号の Sicence に掲載された。タイトルは「Frequency encoding regulates cell type composition in the small intestine(周期的コード発現が小腸での細胞種の構成を決める)」だ。

慶応大学の佐藤さんたちが開発した腸管のオルガノイド培養は、腸上皮細胞の分化を再現するモデルとして幹細胞動態の研究に用いられてきた。とは言え、絨毛やクリプトに存在する様々な細胞種のバランスがどう決定されるかわかっていないことが多い。ただ、Notchシグナルを刺激すると吸収に関わるエンテロサイトが増え、抑えるとPaneth細胞が増えることが知られている。

Notchシグナルの下流で働く転写因子の一つがHes1なので、この研究ではHes1発現を蛍光で追跡できるようにして、腸のオルガノイドで発現をリアルタイムに観察している。リアルタイムが重要なのはHes1やHes7の発現が振動を示すことが知られているからだ。最初の発見はフランスの Pourquie らがニワトリの中胚葉でHes1に相当する遺伝子が後ろから前へ波のように発現することで体節が形成されることを明らかにした。その後体節細胞にとどまらず、様々な細胞でHes1が周期的に発現することを京大の影山さんたちが明らかにした。

これらの研究の上に、Hes1発現周期が腸管上皮細胞の運命決定に関わるのではと考えたのがこの研究だ。最初オルガノイドでHes1発現を調べると、期待通りNotch依存的に発現し、クリプトの増殖細胞で発現している。ただ、体節で見られるような同期した発現の波は見られず、それぞれの細胞が異なる発現周期を示すことがわかる。

最初は3次元オルガノイドを用いていたが、よりモニタリングが容易な2次元培養で同じような周期性が見られるか確認した上で、周期長さがパネット細胞からの距離を反映することを発見する。パネット細胞はNotchリガンドを発現していることから、Notch刺激実験を行っている。Notch 刺激を培養に加えると、Hes1の発現が上昇するけでなく、周期が短くなる。逆にNotchシグナルを抑えると周期が長くなる。ただNotchだけでなく、肝細胞増殖に必要なWntシグナルも、強いと周期を短くすることも示している。

次に実際の周期が細胞運命を決定することを示すため、Notchシグナルを調節できるマイクロ培養系を作成し、90分、130分、170分周期のHes1発現が全ての細胞で見られる条件を構築している。この実験が研究のハイライトで、これにより幹細胞維持には短い周期のHes1発現が必要なこと、分化細胞に関してはエンテロサイトやパネット細胞は長い周期が適しており、ゴブレット細胞は短い周期の方が増えることを示している。

実際の組織ではパネット細胞由来のNotchリガンドがHe1の発現と周期を決めており、パネット細胞から近いクリプト部位では短い周期が維持され、増殖システム即ちパネット細胞と増殖細胞を維持するが、パネット細胞から離れていくと周期が延びて、分化細胞が増えるという構造になっている。

以上が結果で、幹細胞動態の分子メカニズムを試験管培養で調べる典型的な研究と言っていいだろう。明日は、生体内での幹細胞動態の研究を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日 キラリティーの違いによる薬の作用の変化(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月20日
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硤合先生がノーベル化学賞を受賞したのを記念して、キラリティーの問題を扱った論文を紹介できないか考えながら論文を読んでいて、今日紹介するハンガリー エトボッシュ・ローランド大学からの論文に出会った。化合物のキラリティーを変えるだけで新しい薬効が生まれて、心筋梗塞などの虚血性疾患で末梢循環を守ることが出来るという研究で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Capillary-selective vasodilation through myosin inhibition halts ischaemic cascades(ミオシン阻害による毛細血管特異的血管拡張は虚血性のカスケードを止める)」だ。

「タイトルににキラリティーなど書いてないぞ」と言われそうだが、種明かしまで少しお待ちを。硤合先生のノーベル賞については、各社示し合わせて「生命の起源に関わる謎」と紹介していたが、有機化合物のキラリティーと生命の関わりは、単純にキラリティーを生命が支配するといった話ではない。おそらく人間が合成した化合物のキラリティーの偶然を医学が認識したのは、サリドマイド薬害だと思う。1950年代では有機化合物のキラリティーを選択することはなく、サリドマイドもRとSの光学異性体が混合したラセミ体をそのまま用いていた。ところがR体は鎮静作用を持つが、S体はセレブロンと呼ばれるユビキチンリガーゼに結合して、手足の発生に関わる分子を分解することがその後の研究でわかるが、この結果、つわりに投与された妊婦さんからサリドマイド児が生まれて大スキャンダルになった。その後、野依先生たちの研究により、キラリティーを選択して分子を工業的に合成できるようになって、製薬業界ではキラリティーを選択できるようになった。ただ、サリドマイドの場合、R体を選択して使っても、体内でS体に変わる事もわかり、催奇形性ではますます複雑であることもわかった。現在では、特に創薬ではS体、R体を別々に効果を調べるのが普通になっている。

少し前置きが長くなったが、この研究の目的は、心筋梗塞などの虚血が続いた後血流が回復しても毛細血管が開かないため循環が回復せず、組織が死滅する CNR (caplillary no-reflow) と呼ばれる現象を、血管の収縮の張本人 smooth muscle myosin (SMM) の収縮を阻害する化合物を開発して治療することだ。

ミオシン阻害剤としてブロビスタチンと呼ばれる化合物が存在し、左旋性のS体 (S(-)) は阻害効果があるが、R (+) は不活性であることが知られている。この研究ではブロビスタチン由来の MPH-220 ベースに化合物を合成し、SMM特異的な阻害剤が出来ないか探している。その結果、MPH-2501 が驚くべき活性を持つことを発見する。ブロビスタチンと同じで、S体の S-2501 はほとんどのミオシンと結合するが、R体の R-2501 は完全にSMM特異的であることがわかった。即ち、キラリティーを変えてみることでミオシン結合特異性が変わった阻害剤を開発できたという話になる。分子構造を調べると、R-2501とS-2501とは異なるミオシンの部位に結合し、ミオシンモーター活性を阻害することが明らかになった。

薬剤動態を調べると、注射後数分のうちに肝臓で分解される。効果だが、期待通り毛細血管平滑筋の収縮を抑えることが出来るが、効果は短い。正常ラットに注射する実験で、毛細血管での緊張阻害は正常の心機能に大きな影響がないことも確認している。

その上で、最初目指した臓器が虚血にさらされた後、再循環が始まったとき毛細血管が開かない CNR を防ぐことが出来るか、腎臓と心臓を用いて調べている。腎動脈を縛って10分血流を遮断すると、結紮を解いてもCNRがおこり腎組織は非可逆的に傷害される。この再灌流を始めるときに一回だけR-2501を静脈注射すると毛細血管を開くことができる。その結果、腎機能を改善し、1週間目の生存数が10%から30%に上昇する。

次は心筋梗塞モデルで、冠動脈を30分閉塞させその後再灌流させるモデルで、再灌流後の毛細血管の CNR を抑えて末梢血流を再開させ、梗塞巣を大きく縮小させることを明らかにしている。これらの実験は、全てラットを用いて行われたが、大動物としてブタを用いてカテーテルによる冠動脈閉鎖、再灌流実験も行っており、現在血管拡張剤として使われているアデノシンやニトログリセリンと比較している。結果は、他の薬剤と比べても冠動脈血流と左室圧力の回復がはるかに大きいことが示された。

結果は以上で、まさにキラリティーを変えた化合物を調べることで、思いがけなくSMM特異的に収縮を抑制するが、他の平滑筋には作用しない、周囲細胞の緊張を特異的に、しかも収縮の最終段階で抑える理想的な薬剤が開発できたという話だ。私たちはこのようにキラリティーの罠から抜け出すことは出来ない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月19日 人間の褐色脂肪組織をPET検査から検出する(10月14日 Nature オンライン掲載論文)

2026年10月19日
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脂肪細胞は、白色脂肪細胞、褐色脂肪細胞、そして刺激により褐色脂肪化するベージュ脂肪細胞に分けられている。同じ脂肪細胞だが、脂肪を蓄える白色脂肪細胞と、脂肪やグルコースを代謝、特に熱に換える褐色脂肪細胞と機能は全く異なる。機能差から見ても、健康に関しては褐色脂肪細胞が多い方が良いが、寒冷などの刺激がないと、年齢とともに失われる。このブログで褐色脂肪と検索すると、既に24編の論文を紹介しているが、人間を用いる研究は簡単でない。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、人間の褐色脂肪細胞 (BAT) の活動を、ガンの診断に用いられるグルコースの取り込みを調べる FDG-PET で検出することが出来ることを利用し、10万人規模の対象でBAT陽性と陰性にわけ、様々な健康指標と相関させたユニークな研究で、10月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Artificial intelligence-enabled clinical phenotyping of human brown fat(人工知能は人間の褐色脂肪を臨床的に分類できる)」だ。

BATをPETによるグルコース取り込み (FDG-PET) で検出するとは考えたことがなかったが、BATのガンに匹敵する驚異的グルコース取り込みを考えると納得できる。おそらくこの研究の最大の難点はFDG-PET検査を受けたガン患者さんのデータを使っている点で、10万人という規模でも代謝に大きな影響を持つガン自体の要因をどう排除するかが議論はされていても、問題は残る気がする。しかしこの問題を外して、患者さんの電子カルテレコードと対応させると、これまで知られていたBATの健康への貢献に加えて、BATの新しい側面も見えてくる。

まず10万人の対象から、様々な影響を排除してこの研究で利用されたのは26000人で、FDG-PETではっきりとBAT陽性と確認されたのは8897人で、陰性と判断されたのが、17405人だ。平均年齢が50歳なので、加齢とともにBATが減少することがよくわかる。

次にBAT陽性と陰性を様々な健康データと相関させると、これまで指摘されていたようにBATの多い人では、2型糖尿病や、心臓血管病の頻度が大きく低下していることがわかる。おもしろいところでは、BATの多い人は不安症などの精神症状が少ない。

BATは頸部、鎖骨上部、腋下、等など身体のいくつかの場所に存在する。これらの活性を個別に判断して、病気と相関させるため、FDG-PETイメージと電子カルテのデータを学習したAIを構築して、より正確な診断が出来るようにしている。これを用いると、異なる場所のBATと様々な病気や症状との相関がはっきりと診断できるようになっている。

これを用いると、糖尿病はほとんどの場所のBATと相関するが、心臓血管径の病気の場合、頸部や縦隔のBATの方が相関が強いことがわかる。ただこれらは全て現象論で、その背景にあるメカニズムは個別に調べる必要がある。

糖尿病からわかるように、検査指標もBATと相関し、BAT陽性の人は空腹時血糖が低く、HbA1cも低い。また脂肪代謝でもHDLが高く、トライグリセライドは低い。FDG―PETはCTも同時に調べてあるので、他のタイプの脂肪量や心臓の大きさなどとも相関させられる。基本的には、これまで知られているように、BATは健康な代謝と強く相関している。

BATと服用中の薬剤との関係を探索する中で、高血圧の治療薬アンジオテンシンII受容体阻害剤(ARB)がBAT陽性の人に多いことがわかり、培養実験も含めて詳しく調べている。ARBの一つロサルタンをマウスに投与すると、BATの代謝の鍵になっている熱生成に関わるUcp1の発現が上昇する。またBATで熱性性が上昇するのも観察できる。ただ、これはアンジオテンシン受容体を介する反応ではなく、ロサルタンの代謝物が直接脂肪細胞のPPARγ転写因子を介して誘導していることがわかる。とすると、ARBのうち少なくともロサルタンはアンジオテンシン受容体シグナルを抑制する血圧降下作用と、代謝物を介したBATを誘導し刺激する効果があることがわかる。

結果は以上で、ガン患者さんでのデータであることをのぞくと、FDG-PETでBATの状態を診断するのは納得できるアイデアだ。我が国ではガン早期発見のためのPET検査が行われているが、この時正常と判断された方の画像を集めて、是非調べ直してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日 光に反応してモルフィン受容体刺激効果を変化させる化合物の開発(10月15日 Cell オンライン掲載論文)

2026年10月18日
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今年のノーベル賞は光遺伝学の神経科学への応用を薦めたダイセロス、へーゲマン、ナーゲルの3人が受賞したが、神経科学を大きく変革させた技術システムの開発という点ではなんと言ってもダイセロスの貢献が圧倒的で、このブログだけでも光遺伝学で検索すると164件の記事が出てくる。また多くの論文の紹介とともに Youtube でも「光遺伝学の細菌の進展」(https://www.youtube.com/watch?v=_o6cy7lJ_jA)及び、まさに精神科医出身のダイセロスならではの研究といえる論文を「解離体験についてのDeisseroth論文を読む」と題して紹介している(https://www.youtube.com/watch?v=6Q6tbLO79sw)。そのため、今回のノーベル賞解説はスキップするが、このHPの記事や動画を是非見直して頂きたい。

光遺伝学では光を感知して開くチャンネル分子が用いられるが、今日紹介するコーネル大学からの論文は、光に反応して形を変えることでモルフィネ受容体の刺激をオンオフ出来る化合物の開発で、10月15日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An opioid efficacy switch for reversible optical control of analgesia(鎮痛作用を光で可逆的に発揮する、麻薬様の効果が変化するスウィッチ)」だ。

化合物の構造を光で変化させてチャンネルを開いて神経を刺激する化合物は、視細胞を失った人の神経節に入って光を感じれるようにする化合物の開発として現在も行われており、このブログでは2014年に紹介した(https://aasj.jp/news/navigator/1194)。今日紹介する論文は、痛みを抑える切り札、モルフィネに反応するμオピオイド受容体 (MOR) を365nmの光が当たったときだけ刺激できる化合物の開発で、局所でだけ鎮痛効果が得られる薬剤につなげようとしている。

モルフィネの高い鎮痛作用を考えると、MORを標的とした、局所に光を当てたときだけ働く化合物が出来れば素晴らしい。この研究ではモルフィンの化学構造に2個のアゾベンゼンをつなげることで、光に応答してアゾベンゼンの構造が変化してリガンド特性が変化するアゾモルフィンを4種類作成し、その中から、365nmの光でMORを刺激し、460nmの光に変えると、作用が低下する AM-3 を完成させている。専門的になるので詳細は割愛するが、AM-3 がMORと結合する部位が光によって大きく変化させることが出来、これがMOR刺激の閾値の変化につながっていることを示している。MORと結合しているGタンパク質の構造を調べると、AM-3 の構造変化により、MORと下流のGタンパク質の構造変化が起こることも確認している。

後は、AM-3 をマウスに注射して様々な状況で鎮痛作用を調べている。AM-3を注射前に365nmの光で処理すると、モルフィネと同じように足の裏の痛みを抑えることができる。その後で460nmの光を当てると鎮痛作用はなくなるが、365nmにすぃっちすると鎮痛効果が再び現れる。脳のスライス培養ではモルフィネと同じ作用を示すが、静脈注射したときには脳にほとんど作用はなく、脳血管関門を通れないことがわかる。

以上の結果から、静脈注射しても光を当てた局所だけで働く鎮痛剤として使えることが確認された。そこで、様々な痛みモデルでその効果を確かめている。例えばガンによる局所痛、あるいは消化管の痛み、あるいは神経損傷に対する鎮痛効果で、一定の効果を確認している。

結果は以上だが、ではそのまま人でも同じように使えるかどうかはまだまだ時間がかかると思う。まず使っているのがUVA波長なので、より波長の短いUVと比べると影響は無いといえ、長期間照射を続けられるかわからない。また痛みだけは主観的なものなので、人間に使ってみないとわからない。幸い、先に光照射しておくと活性型に代わるので、これを注射してモルフィネと比べることで、人でも同じ効果が得られるかを確認できるので、まず脳に入らない鎮痛剤としてモルフィネと比べ、その後鎮痛の必要無い部分には可視光を照射して作用を抑えるといった使い方になる様に思う。いずれにせよ期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月17日 TREM2を標的にする小分子化合物によるアルツハイマー病治療の可能性(10月14日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年10月17日
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アルツハイマー病 (AD) は患者の数から見ても、ガンに並ぶ創薬研究の重要な領域になっているが、多くの新薬が投入されるガン分野と比べて、治療薬開発という点では大きく見劣りする。それでも、アミロイドβに対する抗体薬が認可されて以来、多くの可能性が示され、このブログでも紹介してきた。

今日紹介する昨年サノフィに買収されたバイオテクノロジー企業 Vigil Neuroscience からの論文は、ミクログリアのアミロイドβ除去の主役と言える分子TREM2を活性化してAβ除去を促進する小分子化合物の開発研究で、うまくいけば経口摂取可能でAβに対する抗体薬に代わる薬剤ができる可能性を示している。タイトルは「Preclinical and first-in-human evaluation of VG-3927/SAR448851, an oral small-molecule TREM2 agonist for Alzheimer’s disease(アルツハイマー病に対して TREM2活性化小分子化合物VG-3927/SAR448851の効果を確かめる前臨床及びヒトを用いた治験)」だ。

TREM2はミクログリア細胞表面でAβを含む様々なリガンドと結合して活性化され、凝集したタンパク質の除去に関わっている。この分子がADと関わることは、遺伝子変異でTREM2の機能が低下するとADリスクが上昇することが知られている。即ち、Aβの処理が低下するとADが進むという事実は、逆にTREM2機能を上げることでAβ除去を勧めてAD進行を抑えられる可能性がある。

この目的のために、TREM2に対する抗体による刺激が試みられてきたが、うまくいっていない。この研究では、TREM2を活性化する小分子化合物を開発して、これを用いてAD治療が可能かを基礎的に研究している。この化合物VG3927については、経口摂取可能なTREM2刺激剤として注目を集めており、この可能性に期待してサノフィが Vigil を買収する。

この研究では、VG3927のTREM2刺激メカニズムを検討し、TREM2とDAP-12の細胞膜上での結合を促進し、Sykを介するシグナル経路を活性化していることを明らかにしている。このメカニズムのおかげで、AD発症を促進するTREM2変異分子も正常と同じように活性化出来ること、さらにAβや他の分子によるTREM2刺激と相乗作用を持つシグナル刺激であることを示している。

次に、iPS細胞を用いて、神経、アストロサイト、ミクログリアを誘導し、この三者を混合した培養でVG3927の効果を調べ、VG3927がミクログリア特異的に遺伝子発現を変化させ、特に炎症を抑える方向に遺伝子発現をプログラムすることを示している。同じ実験系で抗体による刺激を行うと、逆に炎症が高まる。このことから、VG3927はAβの除去を促進すると同時に炎症を鎮める理想的性質を持つことを示している。

後は生体内に投与したとき、脳に十分な量到達して、アミロイドプラークに近いミクログリアで、特に細胞遊走に関わるシグナルを誘導していることがわかる。そして、Aβのプラーク形成が促進されるモデルマウスでプラークを除去していることも確認している。

この研究では認知機能についての検討は全くないが、代わりにFDG-PETを用いて脳細胞のブドウ糖の取り込みを調べ、Aβの蓄積によって起こる脳細胞の活性低下を、VG3927が改善できることを明らかにしている。

以上の結果に基づいて、VG3927をヒトに投与する第一相の研究結果も示している。ヒト治験については既に第二相並行していると聞くので、この論文は最初の頃のさわりだけということになる。著者らが最も強調しているのは、生体内でのキネティックスで、毎日経口摂取することで、一定の血中濃度を維持できること、また脳脊髄液にVG3927が現れることから、脳への移行も高率に起こる点で、安心して使える。

効果については全く書かれていないが、第二相まで進めていること、サノフィが買収したことを考えると、ある程度の認知症進行を抑える効果があったのだと思う。一方、この研究では14日経口摂取による副作用について調べ、ほとんど大きな副作用がなかったことも強調している。

結果は以上で、効果については全くわからないが、書かれた内容からは新しいAD薬として期待できそうな気がする。ただ、臨床結果だけは蓋を開けてみないとわからない。

カテゴリ:論文ウォッチ