9月13日 大脳皮質で徐波睡眠を維持する介在神経(9月9日 Nature オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

9月13日 大脳皮質で徐波睡眠を維持する介在神経(9月9日 Nature オンライン掲載論文)

2026年9月13日
SNSシェア

一昨日、深い睡眠時に現れる長い周期の脳波 slow wave を聴覚から操作する方法を紹介したとき、slow wave 自体が誘導されるメカニズムについてはいつか論文を紹介したいと述べたが、Nature にこれにふさわしい論文がアルバート・アインシュタイン医科大学から発表されていたので紹介することにする。タイトルは「Neocortical long-range inhibition promotes cortical synchrony and sleep(新皮質の大きな領域を抑制するメカニズムが皮質の同期と眠りを促進する)」だ。

レム睡眠も、ノンレム睡眠も脳幹の睡眠誘導細胞によりスイッチが入るアクティブな過程であることが知られており、このブログでも何度も紹介してきた。しかし、このシグナルを受けて持続的に皮質全体の興奮を slow wave に同期させるためには、皮質内に存在する神経細胞も必要だ。例えば一昨日の論文で、slow wave が強まると脳全体の血流量が低下するが、これには介在神経由来のNOが関わっていることが知られている。このような皮質活動を slow wave に同期させる細胞として、ソマトスタチン (Sst) を発現する介在神経が、slow wave 睡眠時に活動することから注目されてきたが、Sst 発現介在神経は多様で、slow wave に関わる細胞をピンポイントで調べることはできていなかった。

この研究ではこれまでの結果から、Sst細胞中に存在する chonrolectin (Chodl) を発現する細胞がNO合成能があることがわかっており、この研究ではこの細胞に絞って slow wave との関係を調べている。Sst陽性介在神経の中からこの細胞だけを特定するため、2種類の組み換え酵素を使って、2種類の標識を発現させている。即ち両方の標識が発現している細胞を Sst-Chodl陽性細胞と特定できる。これにより細胞を蛍光ラベルすると、他の介在神経と比べてかなり広い範囲に神経投射を行っていることがわかり、皮質全体の同期に適した細胞であることが示唆された。

次にこの細胞の活動をカルシウムイメージングで調べると、slow wave 睡眠中に活動が高まることを確認し、予想が正しいことを裏付けている。

この細胞を特異的に光遺伝学を用いて刺激すると、皮質全層でネットワークの同期を誘導出来る。さらに、ノンレム睡眠中だけでなく、レム睡眠中に刺激すると同期を誘導出来る。また、強くはないが覚醒中でも一定の効果がある。重要なのは刺激した領域だけでなく、ミリ単位の領域にある興奮神経をGABA依存性に抑制することで同期させられることで、少ない細胞数で皮質全体をカバーするネットワークが存在して、全体の同期を可能にしていることが確認されている。

これまでの実験は、主に一次視覚野の Sst-Chodl神経の刺激による、近い領域の皮質の反応を中心に調べられているが、最後にこの回路を刺激することで slow wave 睡眠を誘導出来るか調べるため、Sst-Chodl神経全体を薬剤で刺激できるように改変して薬剤投与を行い行動を調べている。

結果は期待通りで、刺激剤を投与すると slow wave 睡眠が上昇し、覚醒状態が減る。一方レム睡眠も同じように上昇する。この効果は、マウスが活動しているフェーズでより強く認められる。

以上が結果で、このネットワークを刺激するだけで slow wave 睡眠が誘導出来ることから、これが皮質を同期させるエフェクター回路として機能していることが示された。ただ、研究は始まったばかりで、この回路を抜き出して研究できるようになったことで、興奮刺激レベルの同期のメカニズムの解析も進むと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月12日 見え始めたデニソワ人の生活様式(9月9日 Nature オンライン掲載論文)

2026年9月12日
SNSシェア

シベリア、アルタイ山脈にあるデニソワ洞窟で発見された指の骨のDNA解析から存在が確認されたデニソーワ人については、最近急速に研究が進展しはじめた。これについては1年前最近のデニソーワ人研究について紹介したYouTubeを見ていただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=ufKszL_o1SI)。ただ、この時点でも、チベット高原を中心にしたデニソーワ人の分布や、頭蓋から見られる解剖学的構造などが明らかになったが、生活を示す研究は、チベット高原の Baishiya 洞窟からでた動物の骨の加工の様子から、ヤギを中心に狩猟生活していたという以外は、生活の様子がわからなかった。

これに対し、今回発表された一つは蘭州大学を中心としたグループ及び北京の中国科学アカデミーを中心としたグループによる2編の論文は、石器とともに発見された一部ではあるが腕の橈骨を含むデニソーワ人と特定された骨の解析で、ようやく生活の様子がわかり始めたことを示す重要な研究だ。タイトルは、「Ancient proteins identify various Denisovan remains from Southwest China(古代タンパク質解析により中国東南部のデニソーワ遺物を特定した)」と、「Denisovans from southwestern China and their subsistence strategies(中国東南部のデニソーワ人の発見とその生活)」だ。

この研究の重要性の一つは、デニソーワ人が中国東南部で発見されたことだ。これにより、遺伝子が特にポリネシアの人たちに多く残っているデニソーワ人とホモサピエンスの交流についての研究が一段と加速する可能性がある。

雲南省にある扁蝠洞は地層学的に様々な情報が豊富な場所で、8万年から10万年にかけての地層から、仮想の17万年前の地層で骨と石器が見つかっており、当時の人類の生活を知ることの出来る格好の発掘現場になる。ただ、多くは骨や歯の断片なので、まずどの人類がこの洞窟で10万年近く棲息してきたのか調べる必要がある。最初の論文では、出土した64000もの哺乳動物の骨の中から、まず形態学的に人類と思われるものを最終的には22個選び、質量分析器による骨や歯に残るタンパク質解析を行っている。DNAが回収できないとき、コラーゲンなどのタンパク質の配列から種を同定できるが、今回参加しているグループは世界の中でもトップクラスの実力を示してきており、この結果今回発見された洞窟は、長期にわたってデニソーワ人が使ってきたことを明らかにしている。

さらに、今回デニソーワ人からも四肢の骨格の一つ橈骨が見つかり、これについて形態学的な比較も行い、現生人類とネアンデルタールの間に位置し、構造的には現生人類と直立原人に近いことを示している。ただ、この解析については今後さらに多くの骨格を調べる必要がある。

以上のように、まずこの洞窟の住人がデニソーワ人と特定されたので、もう一編の論文では、同時に出土した動物の骨、地層に残る当時の気候や環境、そして石器について解析が行われている。

有孔虫に残る酸素同位元素の違いから気候を判断する海洋酸素同位元素ステージから、解析されたデニソーワ人は地球が冷えた時代にこの洞窟に棲息していたことがわかる。周りの環境はほとんどが針葉樹林に囲まれているが、しかしさすがに南方で、様々な動物の骨が見つかっている。

また、調理などの加工の跡から推察される食用として用いられた動物は、バッファローなどの牛類、鹿類、更にはヤギやサイまで見つかっている。北のデニソーワ人洞窟ではヤギが中心だったことを考えると多様だ。また石器時代の古代人遺跡で見られる骨髄を取り出していた後も見られる。

そしてこの研究のハイライトは、石器が数多く見つかっている点で、石器を切り出すコアと呼ばれる部分から、切り出した石片、そして廃棄された破片まで数多く見つかっている。即ち、この洞窟で石器が作られていた。ただ、石器の様式としてはこれまで分類されているような例えばネアンデルタール人の Levallois テクノロジーの様式というより、環境に合わせたフレキシブルな方法が使われていたようだ。特に、切り出した石器をさらに加工するリタッチと呼ばれる過程が高々1回ぐらいしか行われていない。ただ、石器については他の領域や時代で比べる必要がある。

以上、かなりすっ飛ばして紹介したが、デニソーワ人が現生人類と交流したと考えられる南方で、現生人類が来るずっと以前からデニソーワ人が存在し、狩猟生活を行っていた遺跡の発見は大きい。事実中国全土にはまだどの人類が棲息していたのか特定できていない遺跡が数多くある事を考えると、まだまだおもしろい発見が続くと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月11日 音で脳脊髄液流を促進する(9月9日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年9月11日
SNSシェア

睡眠中に脳波を調べると、深い眠りを意味するノンレム睡眠中に波数が 1Hz 以下の slow wave を検出できる。このような同期メカニズムについての論文も紹介したいと思うが、この同期により感覚インプットが遮断され、安定した眠りを保障するメカニズムと考えられている。

最近この slow wave を、位相を合わせた pink noise 聴覚刺激 (closed loop acoustic stimulation:CLAS) によって高め、記憶の固定化を促進できるという研究が発表され、既に closed loop acoustic stimulation を標榜する製品まで売られている。また記憶の固定化に加えて、slow wave 睡眠が脳の老廃物を流してくれる脳脊髄液流を促進することがわかり、脳の変性疾患予防に closed loop stimulation が使えるのではと期待されている。ただ、本当に睡眠中に pink noise を聞かせてCLAS刺激を行って脳脊髄液流が促進することを直接示した研究はない。

今日、紹介するMITからの論文は、脳波計で脳波を fMRI で脳脊髄液流をモニターしながらCLAS刺激を行い、うまく位相が合うと、確かに脳脊髄瘤が促進されることを人間で示した研究で、9月9日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Closed-loop auditory stimulation in phase with slow waves during sleep enhances cerebrospinal fluid flow in humans(睡眠中に slow wave と相を合わせた閉鎖聴覚刺激を入れると脳脊髄液流が人間で促進する)」だ。

目的はシンプルだが、大変な実験だ。まず、脳波計で睡眠中の slow wave を拾って、それに同期させて聴覚刺激を行う必要がある。そして、その効果をまず slow wave の強さ (amplitude) の上昇として検出する必要がある。さらにこの研究では fMRI 画像で第4脳室の水の変化として捉えている。私のような素人には、fMRIと脳波計を同時に使いながら、しかも fMRIのような大音響の中で被検者が寝られるという実験自体が驚きだが、プロの世界ではなんとかなる様だ。

さらに難しいのは、脳波に同期させるプロセスで、脳波自体がそれほど安定なものではないし、また感覚刺激から脳の活動までは時間があるので、これら要因をクリアして位相を合わせるのは至難の業ではない。この研究では、数は少ないが脳波記録を学習したリカレント・ニューラルネットを用いて位相を合わせた刺激を入れている。

このような様々な工夫の結果、完全ではないが slow wave の様々な位相で聴覚刺激を入れることが出来、そのときに slow wave の強さ、脳脊髄液の流量、そして脳の様々な領域での血流を計測することに成功している。

結果は、slow wave の上がりはじめから、ピークのすぐ後に刺激を入れると、slow wave の強さが上昇し、特にピーク直後に合わせたときに最も高くなる。そして脳脊髄流も、同じように上昇し、やはりピーク直後に刺激を受けた時に最も強い。一方、脳のほとんどの領域で、ピーク後の刺激は血流量の減少を誘導している。

以上が結果で、刺激後20秒間ほどの間に見られる急性反応の結果だが、初めて slow waveのamplitude を高めて脳脊髄液量を高める感覚刺激が可能であることをはっきりと示した点で重要な研究だと思う。

ニューラルネットの学習などまだまだ CLAS の方法を改良することは可能で、今後は記憶だけでなく、神経変性疾患を本当に予防できる器機の開発が加速する気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月10日 活性酸素の二面性(9月3日 Science 掲載論文)

2026年9月10日
SNSシェア

酸素が反応性の高い化合物(例えば過酸化水素)に変換したものを活性酸素と呼んでおり、一般にも馴染みの深い言葉になっている。ただ、活性酸素についての一般のイミージはほとんどネガティブな側面が強調され、健康や抗老化のために活性酸素は抑えるべきという話になってしまっている。

今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、ガンが抗酸化分子を分泌して、自分に対する免疫反応を抑えていることを示す研究で、9月3日 Science に掲載された。タイトルは「Tumor-derived antioxidants suppress immunity by depriving T cells of reactive oxygen species(腫瘍由来の抗酸化分子がT細胞から活性酸素を奪って免疫を抑える)」だ。

ガンは免疫を抑える様々な仕組みを発現している。そのうちの PD-L1 によるキラーT細胞の抑制機構は今や一般にも知られている例だが、他の要因を探して今も研究が続いている。この研究では、ガン組織中の組織液を絞り出し、これを試験管内でT細胞に加えて反応の変化を調べるという、極めて古典的な研究がまず行われている。メラノーマを用いているが、ガンの組織液は見事にT細胞の活性化を抑える。

この組織液中の分子を探索だが、大規模な生化学研究はおそらく行っておらず、最初から抗酸化分子に焦点を当てている。と言うのも、活性酸素はT細胞の活性化を抑える脱リン酸化酵素を抑える働きがあり、T細胞の活性化に必要であることが知られているからだ。分子サイズが小さいことを確認した上で、ガン細胞から分泌される抗酸化分子を探り、最も強い発現が見られる PRDX1 が免疫を抑える因子だと突き止める。

次に、実際 PRDX1 が活性酸素を除去することでT細胞の反応を抑えていること、またこれに必要な様々な分子が組織中に存在することを確認している。重要なのは、ガンから発生する PRDX1 だけでなく、NAC のような抗酸化剤でも全く同じ効果がある点で、「何が何でも抗酸化」などと考えてしまうと、逆に免疫を抑えてガンを助ける可能性が示唆される。事実、ガンに対して活性酸素を抑える治療はほとんどうまくいっていない。

次はガンが発現する PRDX1 がどの程度ガンを助けているのかを知るため、ガン細胞から PRDX1 をノックアウトしてマウスに移植する実験を行い、免疫系がはたらいているところで PRDX1 がノックアウトされると、ガンの増殖が強く抑制されることを示している。これに対応して、ガン組織でのキラー細胞の増殖、インターフェロンの発現、キラー分子の発現などが上昇するが、制御性T細胞などにはほとんど変化が見られないことを示している。

結果は以上で、極めて古典的な実験だが、これまで見落とされていた PRDX1 をガン免疫増強の標的として特定したのは大きい。

自分のガンの遺伝子発現を見ると、確かに PRDX1 の発現は高い。元々増殖が早く活性酸素発現が高いガンなので、これに対応するために当然の結果だと思う。幸い、ガン組織の免疫反応を調べると、granzyme 等免疫反応は高いので、私のガンの場合 PRDX1は発現していてもそこまで効いていないのではと期待している。   

カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日 PETでアミロイドが検出される皮質領域は7年以上前から皮質が厚い( Nature Neuroscience 9月号掲載論文)

2026年9月9日
SNSシェア

マウスのアルツハイマー病 (AD) モデルでは、遺伝的に均一な系統にアミロイド (Aβ) を蓄積させることでADを発症させられることから、Aβの蓄積によるADの誘導には他の要因はほとんど関係ないと考えてしまう。また、AβやTau以外のAD評価にはもっぱらMRIによる海馬を含む脳全体の大きさが使われ、脳の萎縮=ADと思いがちだ。しかし、ADの発症までの軌跡を調べる大規模コホート研究から発症前のデータが得られるようになり、人間ではAD発症までの軌跡も極めて複雑であることが明らかになってきた。例えば、Aβ蓄積がPETで検出されるようになると脳皮質は厚くなることがわかってきた。逆にTau蓄積が始まると今度は皮質が薄くなる。即ち、Tau蓄積で細胞が死ぬと皮質は薄くなるが、Aβの蓄積は皮質の肥大を誘導していることになる。事実、Aβを除去する抗体治療が始まってわかったことは、Aβ除去により急速に皮質が薄くなることで、Aβが何らかの機構で脳皮質の肥厚を誘導していることがわかる。

今日紹介するノルウェー・オスロ大学からの論文は、ノルウェー及びカリフォルニア バークレイで行われた認知症の長期コホート研究でAβ蓄積がPETで検出された方についてMRI画像を遡って調べ、Aβ検出の7年以上前から脳皮質の肥厚が認められることを示した研究で、9月号の Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Cortical thickness changes precede high levels of amyloid by at least 7 years(皮質の肥厚は高いレベルのアミロイドが検出される7年以上前から起こっている)だ。

これらのコホートでAβPETが行われたのは691人で、このうちAβ陽性に転換した方と、Aβ陰性のまま経過を見ている方の2グループについて、PET検査前に行われたMRI検査を遡って調べ、グループ間でMRI画像の変化がないかを調べている。このうち、27人についてはPET陽性になるより10年前、93人については7年以上前からMRI画像が得られている。

多くの人の画像をを平均化して差を抜き出す処理についてはほとんど理解できていないが、途中でたくさんデータがあっても、PET陽性になる1-10年前のどれか一回の画像だけを選んで、まず皮質の構造に差が見られるか調べている。

結果だが、Aβ陽性にならなかった人たちでは、老化とともに皮質の厚さが減少する。これに対し少なくともPET陽性になる7年前から左前頭葉を中心に皮質の厚さの現象が抑えられる。各個人をPET陽性から2年ごとののデータをプロットすると、PET陽性になったグループで明確に皮質が厚いのが検出できる。

次に、Aβの蓄積との重なりを見ると、完全一致ではないが皮質厚の減少が少ない領域は概ね重なっており、Aβ蓄積機構と何らかのつながりがありそうだ。Aβが蓄積する場所と、そうでない場所で厚みの時間ごとの変化を見ると、Aβの蓄積が高くなる領域でより変化が大きいことがわかる。

結果は以上で、PETで検出されるAβが蓄積される領域を中心に、7年以上前から皮質の構造に変化が見られ、通常年齢に伴い薄くなる皮質が何らかの機構で通常よりは肥厚するという結果だ。

問題はこの変化のメカニズムが全くわからない点で、炎症が先にあるのか、あるいは先天的なものなのか、それともAβの見えない蓄積が早い段階から起こっているのか、今後の研究が必要だ。しかもこれは平均値なので、最初から皮質の厚さを指標にAβの蓄積を予想できるかも調べる必要がある。とは言え、人間のADを単純なスキームで説明してしまうことに対する一つの反証になることは確かで、今後同じようなコホートにさらにバイオマーカーを加えて追跡し、ADの早期発見による治療へとつなげてほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日 慢性痛を頭蓋のPETで診断できる?(9月2日Science Translational Medicine)

2026年9月8日
SNSシェア

今日は全く前置きなしに論文を紹介する。と言うより、前置きが考えつかないほど風変わりな研究だ。ハーバード大学からの論文で、なんと脳腫瘍や炎症の指標としてPET検査が行われている translocator protein の頭蓋内発現を調べることで、慢性の痛みが診断できるという、驚く話で、9月2日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Elevated translocator protein in skull bone marrow is linked to human chronic pain(頭蓋骨髄内での translocator protein の上昇は人間の慢性痛と相関している)」だ。

Translocator protein (TP) に結合するリガンドを用いたPET検査は、脳内の炎症や腫瘍の診断に使われている。このグループは視覚的前兆を伴う偏頭痛をこの方法で調べて、髄膜周辺組織の炎症が症状の一つではないかという論文を2020年に発表している(Ann Neurol. 2020、 87(6): 939–949)。この中で、髄膜周囲だけでなく頭蓋骨髄まで脳の炎症が広がるのではと議論している。

この可能性についてより正確に比べるため、脳のMRIとPET画像から頭蓋骨髄のPETシグナルだけを調べる方法を開発し、脳でのシグナルが低い膝関節炎による慢性痛、及び慢性腰痛の患者さんを集めて頭蓋TPレベルを調べている。

まず健康人で調べると、老化とともにTPシグナルは低下する。また、女性の方が高い傾向を示す。このような要因を考慮した上で、健常人と慢性痛を訴える患者さんを比べると、腰痛、関節痛の順序でTPシグナルが上昇する。さらにTPシグナルは痛みの程度と正比例する。痛みが続くと不安感やうつ症状が出るが、このような精神的症状とも正の相関を示す。

ふしぎなのは、痛みの場所にかかわらず、左側の頭蓋のシグナルが高く、また前頭葉側でより強いが、原因は全くわからない。

TPは炎症で活性化された白血球で発現が上がることが知られている。そこで急死した患者さんの頭蓋を採取、免疫組織学的に調べている。結果は、骨髄中の細胞数は痛みを訴えていた患者さんで明らかに増加しており、TP陽性率も正常の55%に対して82%の白血球で発現が見られている。

結果は以上で、このグループは慢性の痛みは脳の炎症を誘導し、この炎症に関わる細胞が、最近注目されている脳と頭蓋骨髄とをつなぐ血管を通り、脳から骨髄へと移動すると考えている。2018年、このルートについての論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/8894)、この論文の責任著者も参加している研究なので、この発見を人間にトランスレートする一つの試みと考えられるが、もう少し動物実験を重ねてほしかったというのが印象だ。慢性痛の実験は難しいが、脳の炎症モデルは多い。読んでいて結論ありきの印象が強いが、頭蓋骨髄を抜き出して調べるというのはおもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日 AIデザインタンパク質を組み合わせた人工ウイルスベクター(9月2日 Nature オンライン掲載論文)

2026年9月7日
SNSシェア

RNA薬やCRISPR編集などのおかげで、遺伝子治療しか方法のない様々な希少疾患の治療がゆっくりではあるが実現し始めている。しかし10年近く論文を読んでいるが、遺伝子を細胞に届けるためのベクターやキャリアの進展は追いついていない気がする。

今日紹介するドイツ・ミュンヘンにあるヘルムホルツセンターからの論文は、これまでのウイルスベクターが持っていた様々な問題を、Bakerさんたちが開発した RFdiffusion 等で設計された人工ペプチドを組み合わせることで解決できることを示した研究で、9月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Creating bottom-up RNA transfer vehicles from synthetic protein assemblies(人工タンパク質を組み合わせて現場からRNAトランスファーキャリアを作る)」だ。

パッとタイトルを見たとき、新しいウイルスベクターのAI設計で、以前紹介したファージウイルス設計に近い研究(https://aasj.jp/news/watch/29344)かと勘違いしたが、実際にはタイトルにある{Bottom up}が示すように、効率の高いRNA導入法を模索していた現場の研究者が、最近のAIによるタンパク質デザイン研究のパワーを認識して、これまでのデザインタンパク質を現場の知恵と組み合わせて、効率のいいRNA導入法を開発したという話だ。その意味で、Baker さんたちの新しいタンパクデザインが医療研究現場に入ってきたという実感がある研究だ。

トライアルのスタートも、RFdiffusion についての Baker さんの論文で正20面体ウイルス粒子モデルとして提案されたHE902人工タンパク質からスタートしている。これにエンベロップウイルスの性質を付与するため、膜に結合してエンベロップに取り込まれるためのタンパク質2種類、そして特定のRNAと結合して粒子にRNAをロードするタンパク質を組み合わせた組み合わせを何十種類も作成して、この粒子の効率を様々な角度から検討している。この時組み合わせたタンパク質は、これまでの研究により蓄積された様々な動物やウイルス由来のタンパク質で、まさに現場の知識が組み合わさっている。

この組み合わせの中からRNAトランスファー効率の高い粒子を選ぶのだが、エンベロップを形成のためにVSVウイルスを、取り込む蛍光タンパク質遺伝子をそれぞれ同じ細胞に導入して、高い蛍光を発する組み合わせを探索し、普通のウイルスベクターと比べても1000倍近いトランスファー効率を示した STV-C8 を完成させている。ここはトライアンドエラーでまさに現場の力と行ったところだ。

STV-C8 は導入効率が高いだけでなく、通常のRNAが取り込まれていても自然免疫をほとんど誘導しない。従って、遺伝子治療には最適のベクターになる。

また標的細胞の特異性を上げるために、エンベロップを形成させるVSVgagタンパク質に IL-7R や EGFR に結合するペプチドを組み合わせることも出来る。この時使ったのも Baker さんたちの2020年の研究で設計されたペプチドが使われている。

こうして出来た STV-C8 を様々な機能的RNAを細胞に導入する実験を行い、例えば筋ジストロフィー由来の筋肉の遺伝子編集が可能であることを示している。そして最後に、マウス個体への導入実験、更にはブタ筋肉への導入実験を行い、静脈注射をした場合多くは肺で遺伝子導入が起こること、あるいはブタの筋肉で遺伝子編集が可能なことを示している。

結果は以上で、Baker さんのデザインを信頼して、現場の知識を組み合わせたら素晴らしいベクターが完成したという、AI時代のあり方を示すすがすがしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 細胞のmRNA発現を生きたままモニターする(9月1日 Cell オンライン掲載論文)

2026年9月6日
SNSシェア

細胞が転写している mRNA発現をトランスクリプトームと呼んでおり、これを調べるために現在最も利用されているのは、発現している mRNAを片っ端からシークエンスして、読んだ回数を発現と見なす RNAseq だ。これを利用するためには、細胞を破壊して mRNAを取り出す必要があった。

これに対し、今日紹介するハーバード大学 Broad研究所からの論文は、マウス白血病ウイルスの Gagタンパク質を細胞に発現させ、細胞内のRNAを細胞外へ運び出させることで、細胞を生かしたまま mRNAの発現変化を網羅的に調べることを可能にした研究で、9月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Live-cell transcriptomics with engineered virus-like particles(ウイルス用のタンパク質を用いて生きた細胞のトランスクリプトミックスを可能にする)」だ。

意外と単純な方法で、これまでどうしてトライされなかったのかが不思議なぐらいだ。レトロウイルスは gag、 pol、 env という3種類のタンパク質をコードしており、gag はウイルスゲノムを取り込んだウイルス骨格を作る。この gag を細胞に発現させて、細胞内のRNAをランダムに取り込ませ、ウイルスと同じように細胞外に吐き出させるという戦略だ。しかし、ウイルスRNAを選択的に取り込むように出来ている gag が本当に他のRNAを取り込めるのかと思ってしまうが、ウイルスRNAにあるψ配列がない場合は、選択性なくRNAを取り込むように出来ているようだ。実際には、gag が細胞質で多くのRNAと出会えるように膜にアンカーする部分を取り除いて細胞に発現させ、その細胞から吐き出される gag粒子を集め、RNAをシークエンシングしている。

もちろん吐き出される量は少なく、当然のことながら細胞質RNAをより多く捕まえるが、細胞内全体で検出されるRNAを十分反映していることが示されている。

後は様々な目的に本当に使えるかだが、iPS細胞から神経細胞を誘導する5日間の過程で毎日 gag粒子を回収、RNAseq を行うと、分化誘導に応じた遺伝子変化をモニターでき、得られる結果も細胞を壊してRNAを回収したのとほぼ同じ結果が得られている。更には、人間の血管内皮細胞を単一層として培養する場合と、オルガノイド立体培養する系それぞれを用いてTGFβ刺激を行ったとき、オルガノイドの方が分化誘導効率がいいことを、gag粒子を用いる遺伝子発現レポーターが、様々な遺伝子発現の差として明確に示し得ることも示している。

この gag をそのまま用いる方法を基礎に、新しいバージョンも2種類提案している。一つは gag に組み込まれる envタンパク質を標識して発現させることで、細胞の種類を特定するバーコードに使う方法で、異なる標識を用いることで、細胞Aと細胞Bの同時培養から発生する gag粒子の細胞由来を特定し、一つの培養で細胞ごとに転写をモニターで来ることを示している。

もう一つの改良は、gagタンパク質の mRNAへのアフィニティーを上げるため、キャップ構造に結合する Elf4E を gag に結合させて導入することで、gag だけよりははるかに細胞全体のトランスクリプトームを反映できることを示している。ちょっと気になるのはElf4Eを細胞内で発現させて競合させて大丈夫かだが、細胞株の実験系では問題にならないようだ。

最後に、細胞を灌流しながら何日も観察し続け、その間に起こる形態変化に対応するRNA発現の変化を生きたまモニターできるか、内皮細胞とそれを支えるストローマ細胞の相互作用を調べる系で検証している。結果は上々で、細胞灌流培養系はこの方法の能力が最も発揮できる系だとよくわかる。

以上、gagを大量に発現させることの影響については、いくら否定されても気にはなるが、おもしろい方法で、利用価値は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 幻覚剤シロシビンはガンの化学療法で発生する末梢神経障害を抑制する(9月3日 Science 掲載論文)

2026年9月5日
SNSシェア

大きなガンで浸潤が見られる場合は、遠隔転移が認められなくても、基本的には起こっているとして治療する。そのための治療がアジュバント治療で、局所に対しては放射線、全身に対しては化学療法が行われる。私の場合は年齢のこともあり一般の化学療法は受けないと決めているが、多くのガンで用いられるのがシスプラチンなどの白金を含む化合物で、副作用は強い。その中の一つが感覚神経の異常で、ちょっと風に当たると痛みが来ると行った過敏症から、触覚や聴覚が失われる障害が長期に続く末梢神経障害で、治療後も長く続く。

今日紹介するテキサス大学MDアンダーソンガン研究所からの論文は、このやっかいな感覚神経障害が、最近うつ病に使われるようになった幻覚剤シロシビンを治療前に投与することで、長期に末梢神経の副作用を抑えるという、本当なら化学療法をこれから受ける患者さんにとっても重要な研究で、9月3日 Science に掲載された。タイトルは「Psilocybin prevents chemotherapy-induced peripheral neuropathy through mitochondrial trafficking preservation(シロシビンは化学療法によって起こる末梢神経障害をミトコンドリアの移送を維持することで守る)」だ。

論文からは何故このアイデアが出てきたのかはっきりはしないのだが、痛覚受容体を発現する末梢神経がセロトニン受容体を発現していること、シロシビンがセロトニン受容体 (5−HTA2) を介して作用することなどから、このアイデアが出てきたのではないだろうか。論文では最初からシスプラチンをマウスに投与する系、あるいは腫瘍を移植して、手術前、手術後にシスプラチンを投与する、人間の治療と同じプロトコルで末梢神経障害を誘導出来ること、そしてシロシビンを化学療法前に2回投与することで、長期間副作用の発生を抑えることができることを明らかにしている。結論としては、シロシビンは神経症状のみに作用して末梢神経障害を抑え、ガン治療には影響がない。患者さんにとってはこれで十分で、テキサス大学のサイトでも第2相の治験が始まっているようだ。

まず早く現れる末梢神経過敏症に対する効果を調べると、末梢神経細胞自体の興奮には全く影響を及ぼしていないが、シスプラチンによって誘導される大脳皮質の活動の低下をシロシビンはセロトニン受容体を介して抑制する。これが過敏症を抑える明確なメカニズムは示されていないが、過敏症についてはシロシビンは中枢の回路を変化させて痛みの認識を鈍化させるようだ。

一方、感覚神経の喪失についてはメカニズムが解析されている。シスプラチン投与後感覚神経が失われるのは、上皮への感覚神経細胞末端が失われる結果だが、これをシロシビンは抑えることができる。この作用はセロトニン受容体を介しているので、これを発現している末梢神経のみが守られるわけだが、機能的テストではかなり末梢感覚を守ることが出来ている。

細胞学的に探索すると、神経末端でのエネルギー産生がシスプラチンによって抑えられ、端末が維持できない。そして、この異常がミトコンドリアの端末への移送が滞ることで起こることがわかった。一方、シロシビンを前もって投与しておくと、ミトコンドリアの移送が維持され、神経末端でのエネルギー産生が維持されることで、神経障害を抑えている。

最後に、このミトコンドリアの移送は、シロシビンのセロトニン受容体を介するシグナルにより活性化される神経増殖因子受容体TrkB活性化によりミトコンドリア移送に関わる微小管形成を維持するシグナルが活性化された結果である事を示している。

同じような現象を試験管内ではあるが人間の神経でも認められることも示しており、シロシビンが既に臨床で使われていることを考えると、すぐに治験に進むのも肯ける。おそらくシスプラチンだけでなく、末梢神経障害を起こす他の抗ガン剤にも効果があるかも知れない。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 リボゾームと mRNA を最初から結合させる直交型翻訳システム(9月2日 Nature オンライン掲載論文)

2026年9月4日
SNSシェア

リボゾームは mRNAと結合してコードをアミノ酸配列に変える翻訳が行われる場所だが、基本的には転写されたあらゆる mRNAと結合して翻訳するように出来ている。実際には30SリボゾームRNA (rRNA) が細胞中で mRNAと衝突を繰り返しているうちに mRNAの開始コドンの少し上流にある Ribosome binding site と結合することで、翻訳が開始する。多くの mRNAに対応するユニバーサルな方法として全ての生物が採用している。

これに対し、一つのリボゾームを特定の mRNAの翻訳だけに使う人工的な試みが行われており、直行型翻訳システムと呼ばれている。宿主と独立した翻訳システムによって、通常の翻訳では使われない非天然アミノ酸を使ったペプチドを作らせることが主要な目的だが、翻訳効率はまだまだ低い。

今日紹介するイリノイ大学からの論文は、30S rRNAのサブユニット16S rRNAに mRNAを共有結合させることで、一つの mRNAの翻訳だけを行うリボゾームを可能にするための基礎的検討を行った研究で、9月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rewiring the ribosome to translate proteins encoded in its own RNA(リボゾームを自分のRNAだけを翻訳するように操作し直す)」だ。

この研究ではリボゾームと mRNAが結合する相補的構造をそのまま一つのDNAとして統合することで、mRNAをリボゾームから離れなくすることで、一つのリボゾームが一つの mRNAだけを転写するシステムの条件を探るところから始めている。蛍光タンパクGFPの mRNAを16S rRNAと一つのDNAとして結合させ、その下流に tRNA及び23S rRNAを結合させて、ホストの体内で50Sと結合して mRNAを翻訳するコンストラクトを作成している。この時、16Sと mRNAをつなぐリンカー配列の異なる1000種類のコンストラクトを大腸菌に導入し、高い傾向を発するリンカーを選んでいる。この時、他の rRNAを使っていないことを確かめるため、リボゾームでの飜訳を停止させるスペクチノマイシン抵抗性の大腸菌を用いることで、直行型飜訳をスペクチノマイシンで停止させるよう設計している。即ち、通常では蛍光を発し、スペクチノマイシンで蛍光が消えるリンカーを探している。

実験データを見ると一種の奇跡と行ってもよく、1000種類のリンカーの中で1つだけがこの条件にかなって、高いレベルの蛍光を発していた。このリンカーの特定がこの研究の全てと言える。このコンストラクトで、30S rRNAが形成され、ホスト内の50S rRNAと結合して機能的ユニットを形成できることを確認した後、同じリンカーがGFPだけでなく長短異なるタンパク質を合成できることや、2種類のタンパク質翻訳ユニットを一つの大腸菌に導入して、2量体を効率よく作らせられることを示している。即ち、今後直行型飜訳システムとて利用できる。

後は、本当に一つの mRNAだけを繰り返し翻訳しているのかを調べるため、翻訳が途中で止まる mRNAを用いて、止まったところで rRNAを取り出し、間違いなく一つのリボゾームが一つのタンパク質だけ合成していることを確認している。

他にも、完全に試験管内での翻訳にも使えること、更にはこのグループが開発してきた16Sと23Sを合体させた30SシステムRibo-Tにも結合させられることを示しているが、詳細は割愛していいのではないだろうか。ともかく、1リボゾーム、一タンパク質という自然にない翻訳が可能になった。

このように自然にないことを強調したが、生物が生まれる前の地球に存在したRNAワールドがタンパク質を基本にした生命へと変わるとき、アミノ酸と核酸配列の間のシンボル関係が生まれるとともに、翻訳の鋳型を安定的に翻訳マシナリーに留めることは、mRNA濃度の低い環境では大きな課題だったはずだ。そう考えると、最初はたまたま翻訳マシナリーと一体化していたRNAを鋳型として使い始め、その後 mRNAとして独立したと考えるのが自然だ。従って、このような研究は生命誕生を考える上でも重要な研究分野と言える。

カテゴリ:論文ウォッチ