4月7日 GLP-受容体アゴニストの適用の拡大(4月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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4月7日 GLP-受容体アゴニストの適用の拡大(4月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年4月7日
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2025年のGLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) の世界総売上は628億ドル(ほぼ10兆円)を超したと言われている。そして、糖尿病から肥満と拡大してきたGLP-1RAの適用をさらに拡大する研究が進んでいる。事実、動脈硬化性心疾患の予防に関してはGLP-1RAの効果を疑う人はいないと思う。私のような高齢者には、サルコペニアを誘導するのではという心配が示唆されていたが、最近の論文を読むと高齢者に使っても、十分な効果が得られるという論文も多い。これらは、体重減少や代謝改善と相関が強い分野だが、代謝にとどまらず認知症にも効果がある可能性すら議論されている。このような論文を次から次へと読んでいると、糖尿病の私も、治療としてGLP-1RAを使ってみようかと考え始めている。

そこで今日は、最近目にしたGLP-1RAの適用拡大を検討する論文を3編まとめて紹介することにした。最初は Novo Nordisk からの論文で脂肪肝から線維化が進んでいる患者さんへのGLP-1RAの効果を調べた研究で、4月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Semaglutide on liver fibrosis and heart outcomes in patients at high risk of liver fibrosis: a prespecified analysis of the SELECT randomized trial(肝臓線維化のハイリスクグループの肝臓の線維化と心臓イベントへの semaglutide の効果:SELECT無作為化試験の事前設定解析)」だ。

3編とも手短に紹介するが、この論文のキーは、最近バイオプシーなしに肝臓の線維化状態を予測できるFibrosis-4 (FIB-4) を用いいて、肥満に伴う代謝異常から脂肪肝、そして線維化へと進行していく過程を層別化し、線維化ハイリスクの患者さんへの semaglutide の効果を調べた点だ。

これまでの研究と同じで、肝臓の線維化のリスクが高い患者さんも、心臓発作などのイベントに見舞われる確率を強く抑えることができる。特に FIB-4 が2.67以上と、心臓の様々なイベントに見舞われるリスクが高い人ほど semaglutaide の効果が高い。

GLP-1RAは体重増加を抑え、炎症も抑えることが知られているので、インシュリン感受性等の代謝を改善し、自然炎症を抑えることが心臓イベントを防いでいることは間違いない。ただ、FIB-4検査の基礎となるいわゆる肝臓細胞由来の酵素、ALTやAST、そしてGGTなどが早期に改善することから考えると、肝臓の線維化を防ぐことも心臓イベントを防ぐのに大きく寄与しているのではと結論している。

最初の論文も、インシュリンやグルカゴンの分泌に関わる消化管ホルモンとして登場したGLP-1RAが、インシュリンの分泌誘導を超えた様々な作用を持つことを示す例だが、それをもっと明確にしたのが次のジョンズホプキンス大学からの論文で、β細胞が消失してインシュリン合成できず、血糖維持にインシュリン注射が必要な1型糖尿病患者さんでもGLP-1RAの効果が見られることを示した研究で、3月19日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Glucagon-like peptide-1 receptor agonists for major cardiovascular and kidney outcomes in type 1 diabetes(1型糖尿病患者の主要な心臓や腎臓疾患予後に関するGLP-1RAの効果)」だ。

1型糖尿病は小児期に始まるため、無作為化した治験でGLP-1RAの効果を調べるのは簡単でない。そこで電子カルテの情報をベースに、模擬無作為化試験を行い、GLP-1RAを投与された群と投与されなかった群で、主要な心臓イベントの発生と、腎不全の進行を5年にわたって調べている。

結果はドラマチックというわけではないが、心臓イベントや腎臓病の進行をGLP-1RAで抑えることができる。比率にして25%程度発症率が低下する。このように1型糖尿病患者さんで調べることで、インシュリン分泌誘導とは全く別にGLP-1RAが作用することがわかる。また、GLP-1RAを投与しても、低血糖発作が起こりやすくなることは全くなく、これもGLP-1RAの効果がインシュリンとは全く無関係である事を示している。しかしこの結果をベースに、1型糖尿病ではGLP-1RAを念のために処方するという話になるのか、悩ましい。

最後はエジンバラ大学を中心とする研究グループの論文で、GLP-1RAのうつ病、不安症、そして自殺など自傷行為に対する影響を調べた研究で Lancet Psychiatry 4月号に掲載された。タイトルは「Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study(スエーデンのうつ病及び不安症の患者さんでの、GLP-1RA使用と神経疾患悪化との関係:国内コホート研究)」だ。

GLP-1RAの適用の拡大を目の当たりにすると、どんな病気でもともかく使ってみようということになるのだろう。精神疾患についても効果を調べた論文が存在する。ただ、明確な結果は得られていない。この研究も通常の治験ではない。スエーデンの患者さんの電子カルテから、うつ病と不安神経症の患者さんを選び出し、その中から semaglutide をはじめとする様々なGLP-1RAを使用した患者さんと、使用しなかった患者さんの精神疾患の経過を詳しく調べている。もちろんGLP-1RAを使用した患者さんは、精神疾患に加えて糖尿病と診断されていることになる。そのため、他の様々な糖尿病薬も使われており、GLP-1RAの効果を正確に判断するには問題はある。ただそれを認めた上で、結果は面白い。

うつ病について見ると、全くGLP-1RAを使っていない患者さんに対して、Semaglutide、dulaglutide、Liraglutide の順で、うつ病の悪化を抑える作用が確認された。そして何よりも驚くのは、ヒトGLP-1との相同性が最も低いドクトカゲ由来の Exenatide では、他のGLP-1RAと比べて逆にうつ病が悪化する点だ。

不安神経症で見てみると、semaglutide が病気の悪化を防ぐ効果が最も大きく、次いで linaglutide が続くが、dulaglutide と exenatide は逆に悪化させる。ところが、自傷行為だけについてみると、全てのGLP-1RAはほぼ同じ程度に自傷行為を防ぐことがわかった。

さらに不思議なのは、他の糖尿病薬としてSGLT2阻害剤、及びDPP-4阻害剤のうつ病と不安神経症への効果をも調べているが、これらの糖尿病薬は症状を悪化させる方に働いている。

以上が結果で、この結果を説明するのは一筋縄ではいかない。そもそも、何故うつ病に semaglutide が最も効くのかを説明するためには、動物実験を含め多くの研究が必要だと思う。いずれにせよ、GLP-1RAと言っても、インシュリン分泌や体重への作用を切り離すと、これほど異なるのかと驚く。10兆円を売り上げるGLP-1RAも適用拡大だけでなく、まだまだ基礎的研究が必要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月6日 生体内で電導プラスチックを合成させて神経機能を変化させる(4月2日 Science 掲載論文)

2026年4月6日
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プラスチックなのに電気を通す電導プラスチックは、私の周りで見渡すと電動歯ブラシぐらいしか思い当たらないが、実際にはスマフォから自動車まで、様々な場所で利用されている。そしてこの電動プラスチックの開発者としてノーベル賞に輝いた一人が筑波大学のの白川先生だ。

今日紹介する米国 Prudue 大学からの論文は、電導ポリマーを生体内で合成させて、神経活動を変化させようという、とんでもないアイデアを実現した研究で、4月2日の Science に掲載された。タイトルは「Blood-catalyzed n-doped polymers for reversible optical neural control(血液により触媒される n-doped ポリマーを用いて可逆性の神経調節が可能になる)」だ。

全く素人なので調べてみると、本来絶縁性の高いプラスチックを電導に変えるためには、電気が動きやすいポリマー形成とそれにドーピングと言われる不純物を添加する技術で自由電子を生成すさせると電気が通るようになるらしい。タイトルにある n-doped というのはこの方法のことで、この分野の化学者にとっては当たり前の話になる。

しかしこれらの電導ポリマーは工場で作成しこれを成型して使うのが普通で、これを生体内の必要な場所だけで形成されるというのは、私のような素人から見ると画期的な話に思える。この研究は、最近開発された n-doped CP poly [3,7-dihydrobenzo(1,2-b: 4,5-b′)difuran-2,6-dione] (n-PBDF) が、生体内で安定で毒性がなく、さらに近赤外光を吸収するという性質を持っていることから、神経活動の調節に使えるのではと着想した。そして、n-PBDF のポリマー化を生体内で誘導するための条件を調べている。ほとんど化学の世界なので詳細は割愛するが、ヘモグロビンやミオグロビンに結合している鉄イオンが高い電荷を持つことで、n-PBDF のポリマー化を誘導することを発見している。

後は生体内でポリマーを安全に形成するかだが、ゼブラフィッシュの胎児に n-PBDF モノマーをビタミンE界面活性剤とともに注入してポリマー形成及び、毒性を調べている。近赤外の吸収を用いてポリマー形成を確認し、卵黄嚢の中でポリマーが形成されても正常に発生することを確認している。

マウス脳のスライス培養で、皮質第5層にポリマーを形成させると、細胞外のNa濃度の変化が起こり、Naの流入が上がり、Kの流出が低下し、イオン状態の回復が遅れる結果、興奮性が低下することを確認する。そして、ポリマーを生きたマウスの運動神経領域で形成させると、スパイク数が低下することが確認された。以上のことから、てんかんなどで過興奮が見られる場所にポリマーを形成させて治療を行う可能性が示唆された。

最後の極めつけ実験は、n-PBDFポリマーが遠赤外線に反応して温度が高まると同時に、伝導度が変化することを利用して、光で神経活動を可逆的に調節する可能性にチャレンジしている。錐体神経のデンドライトに接してポリマーを形成させると、それ自体では興奮性に大きな変化はないが、遠赤外線を照射すると、照射した間だけ樹状突起のスパイクが完全に消失する。ただ、光をオフにすると完全に正常に戻るので、神経自体の特性はほとんど変化していないことがわかる。

以上が結果で、n-PBDFのモノマーには毒性があるので、今後の応用に当たっては、まずポリマー化を試験管内で始めさせた後、組織内で馴染ませるといった工夫が必要になるが、ともかく電導プラスチックを組織内で形成させて、神経活動を変化させるという結果だけで、驚きだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月5日 タコのセックス(4月2日 Science 掲載論文)

2026年4月5日
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タイトルを生物学的にタコの交接と書かずにセックスとしたのは、この論文を読んでいて葛飾北斎の「蛸と海女」という春画を思い出したからだ。ご存じない方は Wikipedia に詳しく掲載されているので是非自分で見てほしい(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%B8%E3%81%A8%E6%B5%B7%E5%A5%B3#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Tako_to_ama_retouched.jpg)。全裸の海女が大小二匹の蛸に吸い付かれ恍惚の表情を浮かべている絵柄は、さすが北斎と思える大胆な絵柄で、想像力ではどの浮世絵師もかなわないだろう。しかし、この絵を書くために、北斎は蛸のセックスを観察したのだろうか。

今日紹介するハーバード大学とカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、蛸の交接に必須の交接腕 (hectocotylus) による蛸の交接のメカニズムを、最新のテクノロジーを駆使して真面目に調べた論文で、4月2日号の Science に掲載された。極めて真面目なタイトルで、「A sensory system for mating in octopus(蛸の交接のための感覚システム)」だ。

蛸には交接腕という交接のためだけの足があり、交接ではオスはこの足でメスをまさぐり、精子が詰まった袋をメスの卵巣の近くにまで届ける役割がある。この論文では、視覚が全く聞かない条件でも交接腕は的確にメスだけを探し当て、体に侵入できることを確認して、交接腕自体が独立して的確に精包を届ける能力があることを確認している。

交接腕を導くためにはメスからシグナルが出る必要があるが、研究ではこれがプロゲステロンではないかとにらんだ。我々哺乳動物でプロゲステロンは核内受容体型の分子を介して作用するが、蛸には同じような転写因子はない。しかし、結果はにらんだとおりで、切り出した交接腕はプロゲステロンに反応して特殊な動きを示すが、他のステロイドホルモンには反応しない。

交接腕のプロゲステロン反応性を支える細胞と分子を探すため、今度は交接腕細胞の single cell 解析を行い、交接腕の吸盤に集まる神経細胞を特定するとともに化学触覚受容体が発現していることを確認する。この受容体は交接腕以外の足でも強く発現されているが、その種類は26種類存在するとされている。いくつかの頭足類の交接腕を調べると、ほかの足と同じぐらいの多様な化学触覚受容体遺伝子を発現している。

そこで、それぞれの受容体のうちプロゲステロンに反応する受容体を、遺伝子を発現させた細胞の電気反応で調べ、CRT1分子のみがプロゲステロンに反応することを突き止める。そして、CRTとプロゲステロンの結合をクライオ電顕による構造解析で調べ、CRTはいくつかのリガンドに反応するが、プロゲステロンにはこれまでCRT1が反応することが知られている分子と比べても強い反応が誘導されることを明らかにしている。

最後に様々な頭足類でプロゲステロンに対する反応性を調べて、ほとんどの種でプロゲステロンに強く反応すること、そしてアルファフォールドを用いたタンパク構造予測から、全ての種のCRT1にプロゲステロンがはまり込むポケット構造が存在することを明らかにしている。

以上が結果で、おそらくプロゲステロンは進化の早い段階から合成システムが完成し、同じ分子を片方は核内受容体のリガンドとして、片方は膜受容体のリガンドとして、異なるがしかし生殖という重要な過程で使っているという面白い研究になる。

こんな話は北斎には全く無関係だが、北斎春画に匹敵するほどダイナミックな話だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月4日 安全で効果の高い合成麻薬を求めて(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月4日
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中国などの一部の国に対するトランプ関税は、合成麻薬フェンタニルを米国に違法に流入するのに手を貸していることを理由に合法性を得ようとしている。関税で解決しようとするのがトランプ流だが、確かにフェンタニル中毒は米国をむしばんでいることは間違いない。モルフィネ受容体を刺激して鎮痛作用を高めようとすると、中毒を含む様々な副作用に見舞われ、特に急性の呼吸抑制を誘導してしまって死に至らしめる。これは、オピオイド受容体がGタンパク質を刺激して鎮痛作用を誘導すると同時に、アレスチンをリクルートしてGタンパク質のシグナルを弱める2面性を持つためだ。以前はアレスチンシグナルが呼吸抑制に直接関わるとされていたが、アレスチンノックアウトマウスでも呼吸抑制が起こることからこの考えは否定されている。いずれにしても、両者のバランスをとりながら副作用のない合成麻薬を開発することは至難の業と言える。

これに対して今日紹介する米国NIHからの論文は、1950年代に開発されたスーパー麻薬 Nitazene を化学的に修飾することで、副作用の低い合成麻薬を開発できることを示した研究で、トランプから金一封が間違いなく授与されると思う。タイトルは「A µ-opioid receptor superagonist analgesic with minimal adverse effects(副作用を最低限に抑えたμオピオイド受容体に対するスーパー刺激剤)」で、4月1日 Nature にオンライン掲載された。

この研究ではまず Nitazene にアイソトープラベルも考えフッ素を添加した fluornitrazene (FNZ) を作成し、肝臓で分解された中に存在する N-desethyl-FNA を分離合成、DFNZ がμオピオイド受容体 (MOR) のスーパー刺激剤の活性を保持しているが、比較的アレスチンのリクルートが抑えられる化合物である事、そしてその分子構造的基盤を明らかにている。このMORの活性化は低いがアレスチンのリクルートはさらに低いという特徴が、副作用の低い麻薬として使えるのではと、薬剤動態から効果に至るまで徹底的にマウスで調べたのがこの研究だ。

まずラットに注射して調べると、鎮痛作用はFNZで0.03mg/kgで作用があるが、DFNZでは3mg/kg必要だ。ただ用量を上げれば鎮痛効果は十分得られる。一方で、脳内への貯留を調べると、DFNZは血清内濃度の半分以下でとどまる。これは、PGP/BCRP として知られる、脳から化合物をくみ出す仕組みにDFNZが強い結合性を持つ結果である事がわかる。

このようにアレスチンのリクルートが少ないこと、脳に蓄積しにくい性質の結果、モルフィネやFNZと比べても離脱しやすく、また呼吸抑制も低い。このあたりの実験は、神経行動薬理の粋とも言えるプロの仕事で、その結果FNZもDFNZも多くの項目でほぼ同じだが、DFNZはフェンタニルやモルフィネと比べると、習慣性や中毒性が低く、呼吸抑制が起こる閾値も高い。

副作用や習慣性の背景の一つが、モルフィン受容体がガラニン受容体と結合してドーパミン放出を介する報酬系を刺激するためだが、この刺激経路がDFNZでは低下しており、実際にMOR刺激によるドーパミンの脳内への分泌が抑えられていることを発見する。

以上の結果から、MORのスーパー刺激剤も、設計次第では副作用のない合成麻薬として生まれ変わらせることが出来ることを示している。DFNZがそのまま人間でも使えるかどうかはまだわからないし、麻薬効果が脳と末梢でどのようなバランスで発揮されているのかもわからないため、まだまだ研究は必要だと思うが、かなり期待できる話だと思う。こんな結果を見たら、内政に集中した方が良かったとトランプも大いに後悔しているのではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月3日 シヌクレインの凝集と伝搬を阻害する化合物でパーキンソン病を治療する可能性(4月1日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年4月3日
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アルツハイマー病のAβやTauの凝集を抑えたり溶解したりする薬剤の開発は何回かこのブログで紹介しているが、これまでのブログを調べ直してみても、パーキンソン病 (PD) の原因になるαシヌクレインに直接結合してシヌクレイン症を抑えるといった研究論文は紹介していない。

ところが今日紹介するデンバー大学からの論文は、キノリンが数個結合したオリゴマーが、秩序だった状態で折りたたまれていることで、タンパク質のαフェリックスやβシート構造に結合できるフォルダマーと呼ばれる分子の一つSK-129がαシヌクレインの凝集、伝搬、そしてTauとの凝集を阻害する活性を持ち、動物モデルでPDを治療できることを示した研究で、4月1日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Foldamers rescue synucleinopathy phenotypes in multiple in vitro and in vivo models(フォルダマーが様々な in vitro と in vivo のモデルでシヌクレイン症を正常化できる)」だ。

調べてみると、この研究で使われたSK-129と名付けられたフォルダマーは、2022年に開発論文が発表されている。最初の論文では、細胞レベルのPDモデルを用いて、αシヌクレインの細胞内での凝集を阻害できることを示している。それからほぼ4年が経過しているが、SK-129一筋に研究が続けられており、この研究ではタイトルにもあるように実に様々なモデルを用いて、その効果が調べらている。

前半は凝集が起こる変異を持つヒト シヌクレインを神経細胞で発現させた線虫で研究が行われている。このモデルの存在は知っていたが、紹介するのは初めてだ。シヌクレインを蛍光標識しておくと、透明な線虫ではシヌクレインの凝集から細胞死まで完全に追跡できる。すなわち、孵化後2日目にSK-129を投与すると、3日目から起こリ始める蛍光シヌクレインの凝集を強く抑制し、さらに3日目から15日までコンスタントに減り続ける神経細胞をほぼ完全に保持することができる。結果、線虫の運動低下を抑える。面白いのはPDモデルの線虫でもドーパミンが運動回復に効果がある。この系にSK-129を投与しておくと、正常線虫と同じでドーパミンは効果がなく、内在的なドーパミンが十分維持されている。

さらに、凝集が始まったあと、孵化後5日目にSK-129を投与しても効果があり、シヌクレイン凝集による活性酸素の生成を抑え、神経細胞死を抑えていると考えられる。従って、人間の様に診断がついた後でも治療に使える可能性がある。さらに、エクソゾームを介する異常シヌクレインの伝搬も、おそらく凝集シヌクレインはオリゴマーに結合することで、抑えることができる可能性が示唆された。

結局はマウスモデル、そしてヒトへと実験を進める必要があるので、わざわざ線虫でここまで丁寧に実験を行う必要はないのではと思ってしまうが、PDモデルとしてはそんなに悪くないというのも実感した。

後は、PD患者さんのiPS由来神経細胞を用いて神経細胞異常を誘導し、それを治療する実験を行い、ドーパミンSK-129で回復することを示している。他にも試験管内で実に様々な実験を行っているが割愛する。

最も重要なのはマウスPDモデルを用いた治療実験で、8週目にシードと呼ばれるヒトPDシヌクレインを脳内に注射、その後10週間目からSK-129を投与している。期待通りの結果で、SK129を投与しておくとPDガ発症しない。病理学的に調べると、シヌクレインの神経内凝集が見事に抑えられている。すなわち、SK-129は脳内に速やかに移行して、神経内でのシヌクレインの凝集、伝搬、そしてオリゴマーによる細胞死を抑える理想的な薬剤である事がわかる。

最後に、最近シヌクレイン症の病型を決めるのに重要とされているTau分子と共沈殿についても調べ、SK-129は相分離体の形成を変化させることで、共沈殿の形成を抑えることまで示している。

以上が結果で、明日からでも治験をしてほしいと思える大成果に見える。ただ、まだまだぬか喜びで終わる可能性もある。しかし、マウスの実験でここまでの結果が出るとすると、SK-129がダメでも他のフォルダマーを開発できる可能性はある。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月2日 脳皮質内機能的結合性のトポロジー(3月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月2日
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機能的MRIや脳波などを用いて脳皮質の活動を調べ、各領域間の結合性を興奮の同調性として計算されるFunctional Connectivity (FC) は、脳の高次機能を調べるための重要な方法として定着している。このブログでも何度も紹介し、特に default mode network とうつ病の研究などは一般にも広く知られている (https://aasj.jp/news/watch/19488) 。 ただ、これらの研究のほとんどは脳全体の活動の中から特定のFCを抜き出してきて(例えば default mode network )定性的に調べる研究がほとんどで、脳皮質上に現れるFCの勾配全体、即ち脳機能全体を把握することは簡単ではなかった。

今日紹介する米国ノースカロライナ大学からの論文は、fMRIで記録された2万カ所もの領域同士の相関係数から、高次脳機能をこれまでのネットワークではなく、一種のFCの連続空間として表現することで、脳高次機能全体という極めて抽象的な活動を視覚化し、その発達をトポロジーの変化として解析する新しい方法を提案した研究で、3月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Functional hierarchy of the human neocortex across the lifespan(人間の新皮質の機能的階層性の生涯にわたる変化を明らかにする)」だ。

この研究ではfMRIで記録されたシグナルから得られ2万カ所に及ぶ皮質各部位間の相関性 (FC) をまずマトリックスに展開し、このマトリックスを diffusion map と呼ばれる方法で、1)一次感覚野と連合に関わる領域の間の結合性、2)視覚野と体性感覚野との結合性、そして3)注意や制御に関わる領域と表象に関わる領域との結合性を軸とする3つの次元に圧縮して表示することで、脳全体の機能を連続空間として表現出来ることを示している。

一時感覚野と連合野との結合性の次元 (SA) では一次感覚の抽象化能力、視覚野と体性感覚野の結合性の次元 (VS) では感覚の統合能力、そして注意・制御に関わる領域と表象に関わる領域の結合性(MR) では脳の統制能力と表象能力が数値化された3次元空間に展開することで、一人一人の高次脳機能の内容についても幾何学的に視覚化できるようにしている。

説明を聞いても何のことかわからないと思われたのではと心配するが、実際の図を見ないとどう視覚化されているのかを伝えることは難しい。論文はオープンアクセスなので、以下のURLをクリックして、diffusion map とはどんな感じか見てほしいと思う(https://www.nature.com/articles/s41586-026-10219-x/figures/1)これまでは機能的に相関している大きな領域としてと皮質上にマップすることしか出来なかったFCを、脳の構造とは独立した脳機能のトポロジーとして表現できる様になり、これを見ると抽象化能力、統合能力、統制能力と行った高次機能を一目瞭然で理解できるようになったことが重要だ。

研究では3000人にわたるfMRIデータを解析して、高次脳機能の成長や老化に伴う変化を、トポロジーの変化として理解できるか調べている。各年齢のデータの平均値を一つの diffusion map として表現すると、それぞれの次元での拡がりが成長とともに拡大するが、感覚の統合能力に関わるVSの拡がりは成長早期にピークに達し、後は低下する(拡がりが縮まっていく)ことがわかる。一方、感覚の統合能力を示すSA軸の発達は思春期でピークに達するが、統制能力を反映するMRは変化が緩やかで20歳ぐらいがピークというのがわかる。これも百聞は一見にしかずなので以下のURLをクリックして自分の目で見てほしい(https://www.nature.com/articles/s41586-026-10219-x/figures/2)。脳の図の上に活動の勾配として表現されただけではほとんどわからない変化が、diffusion map では成長や老化に伴う大きな変化として表現されている。悲しいことに老化により diffusion map の拡がりは縮小していくが、若い時代と異なりSAやVSの多様性が大きくなることから、老化は機能の低下だけでなく個人間の違いを生み出していることもわかる。一方MR軸の多様性は老化後も一定に保たれる。

こうして得られる diffusion map として表現されるトポロジーが、実際の認知機能やあるいは遺伝子発現とも相関させられることも示し、このトポロジーが機能を反映していることをさらに強調しているが、詳細は割愛する。

以上が結果で、仮想的脳構造の上にマップすることでしか把握できなかったFCを、独立した脳機能空間上の diffusion map として表現できるようにしたことがこの研究の全てだ。FCはAIのニューラルネットでも基盤になる概念なので、脳とAIの比較研究もさらに進む予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月1日 寄生虫感染が食欲を低下させる理由(3月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月1日
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腸管上皮に存在するタフト細胞についてはこのブログでも何回も取り上げてきた。寄生虫感染により刺激され、type2免疫反応を誘導するだけでなく、この経路とは別にタフト細胞自体が腸上皮へと分化して完全なオルガノイドを形成する幹細胞機能を備えているという、Hans Cleaverの驚くべき研究も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25361)。ただ、寄生虫感染からtype 2免疫反応 (T2I) までの詳しい分子カスケードについては研究が進んでいなかった。と言うのも、そのためには神経生理学に近いレベルの細胞刺激実験が必要で、腸管免疫の研究者にはハードルが高い。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、パッチクランプ法も含めて神経生理学の方法を駆使して、寄生虫感染、タフト細胞刺激、T2Iから迷走神経刺激による食欲減退まで、見事なシナリオを提示した研究で、」4月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Parasites trigger epithelial cell crosstalk to drive gut–brain signalling(寄生虫は腸上皮の相互作用を高めて腸脳シグナルを誘導する)」だ。

タフト細胞の不思議さは神経細胞でもないのにアセチルコリン合成能力を持っている点で、寄生虫などの刺激も全てアセチルコリン分泌を介して他の細胞に伝えていると考えられている。この研究ではまずタフト細胞のアセチルコリンによる腸上皮 (EC) の反応を、オルガノイド培養や、単一細胞レベルの生理学的解析を用いて調べ、タフト細胞が寄生虫の分泌するコハク酸などに反応してアセチルコリン分泌を高め、シナプスは形成していないがムスカリン受容体を介してECを刺激し、その結果ECの重要なメディエータであるセロトニン分泌が誘導されることを明らかにしている。腸を培養してECのセロトニン分泌を単一細胞レベルで観察すると、どのECでも反応するわけではなく、クリプトに存在するECだけがセロトニンを分泌できる。

次にタフト細胞のアセチルコリン分泌刺激過程を、単一タフト細胞をパッチクランプ法を用いて調べ、寄生虫が分泌するコハク酸で刺激されると、細胞内にCaが放出され、これによりTRPM5チャンネルが活性化されアセチルコリンの分泌が高まることを確認している。これは寄生虫に対する急性の反応だが、その後寄生虫感染が続くとT2Iが誘導される。この時分泌されるIL-4をオルガノイド培養に作用させると、タフト細胞の増殖とともに、急性刺激では得られない長期間だらだら続くアセチルコリン分泌が誘導されることを示している。その結果、一過性のアセチルコリン刺激では起こらない大量のEC細胞によるセロトニン分泌が起こることも、オルガノイド培養で明らかにされている。

最後に、何故寄生虫感染で食欲が落ちるのに、例えばタフト細胞を一過性に刺激するだけでは脳に影響が及ばないのかについて調べている。その結果、迷走神経の感覚端末はアセチルコリンやセロトニンで活性化されるが、実際の腸管で脳に影響を及ぼすほどの迷走神経刺激を誘導するためには、長い期間EC由来のセロトニンの刺激にさらされる必要があることを明らかにしている。すなわち、寄生虫感染初期におこる一過性のタフト細胞刺激では、迷走神経から脳孤立核の変化を誘導するには足りない。しかしT2Iが誘導され、IL-4の影響でタフト細胞の数が増え、しかも長期間アセチルコリンが分泌されるようになると、迷走神経が刺激され、この結果脳の孤立核の細胞が興奮して食欲減退や吐き気が起こることを示している。

以上が結果で、腸管を神経系を扱うのとおなじ方法で生理学的に調べる研究は新鮮な驚きがある。それぞれの経路は既に調べられていたことかも知らないが、単一細胞レベル、あるいは定量的実験でしっかり証明しているのがすばらしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月31日 細胞内でmRNA発現パターンを記録して保持するシステムの開発(3月26日 Science 掲載論文)

2026年3月31日
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細胞が経験した特定の現象を後から調べられるようにするシステムは、イベントレコーディングと呼ばれて様々な方法が開発されてきた。CRISPR システムを用いてゲノム内の標識に変異を入れる方法が有名だが、他にも反応した分子をラベルする方法などについても紹介した。ただこれまで開発されているほとんどの方法は、特定のイベントに絞って記録を行うシステムで、転写全体の変化をレコードすることは出来ていなかった。

今日紹介するMITからの論文は、Vault と呼ばれる mRNA を囲い込む大きなタンパク質を用いて、特定の時点の細胞内での mRNA の発現パターンを Vault内に凍結して、過去の細胞内の転写パターンを記録するという画期的な方法の開発で、3月26日 Science に掲載された。タイトルは「A genetically encoded device for transcriptome storage in mammalian cells(哺乳動物でのトランスクリプトームを蓄積する遺伝的に組み込んだデバイス)」だ。

Vault粒子は、真核生物の細胞質に存在するリボゾーム並みに大きなmRNAと複合体を形成するタンパク質で、mRNA 等の細胞内輸送に関わると考えられている。著者らはこのタンパク質が、細胞内の mRNA を包んでくれると、包まれた mRNA が安定的に細胞内で維持保存されるのではと考えた。ただ細胞内には様々な mRNA が存在しているので、Vaultタンパク質に mRNA の poly-A 部分と結合する分子をつないで、mRNA を選択的に取り込むように設計し、これを Time Vault と名付けている。

Time Vault を培養細胞株で発現させ、2日目に Time Vault を細胞から取り出して取り込まれたmRNAを調べると、12日にわたってmRNAを保持しており、mRNA 分解酵素の作用を受けないことが確認された。また新しくできた mRNA をラベルしてその後消失していくプロセスを調べると、Time Vault 内にはラベルされた mRNA が60時間ほとんど消失しないで残っていることがわかる。

次に細胞株で Time Vault を発現させたときに取り込まれた mRNA を RNAsequencing で検出出来る細胞数を調べると、なんと1000個の細胞があれば検出可能になることが示されている。また mRNA sequencing では Time Vault に取り込まれた mRNA も、細胞が発現している mRNA もほとんど変わりがないので、そのときの遺伝子発現パターンをバイアスなしに補足できていることがわかる。

このような基礎実験の後の最後の仕上げとして、まずストレス反応で細胞の転写が変化したときに発現されるmRNAを捕捉できるか調べている。Time Vault の発現と同時に熱ショックを与えて、その後72時間目に Time Vault に捕捉されたmRNAを、捕捉されないmRNAと比べると、Time Vault にだけ熱ショックで発現したmRNAが取り込まれていることがわかった。即ち、72時間たつと細胞の転写状態は正常に戻っているが、Time Vault には最初の24時間の記録がしっかり残っていることがわかる。さらに、一度発現を誘導した Time Vault は細胞内で維持されるが、新たに mRNA を取り込むことはなく、過去のレコードだけを保持できていることもわかる。

EGFRに対する標的薬からガン細胞が逃れる機構についても、この方法を用いて調べている。即ち、標的薬を投与しても反応しなかった細胞は、薬剤投与時に既に耐性分子を発現していたと考えられる。これを薬剤投与と同時に発現させた Time Vault で捕捉する実験を行っている。こうして捕捉した分子の中で発現レベルがトップランクの遺伝子の機能を見ると、EGFR の下流の PI3K を共有しているシグナル分子である事が判明した。そして single cell 解析から、薬剤処理前からこれらの耐性分子を発現している細胞が存在しており、これが薬剤により選択されていることも明らかになった。この結果を基に、EGFR阻害剤と、耐性分子の関わるシグナルを薬剤で抑制したり、あるいはアンチセンスmRNAで転写を止めると、耐性細胞も消滅することから、今後のガン治療開発にも利用できることがわかる。

以上、この方法で全く新しい発見があったわけではないが、今後面白い発見につながる方法になる気がする。調べたい瞬間の mRNA 発現パターンの記録を可能にした Time Vault は、発想が豊かな画期的な方法だと思う。           

カテゴリ:論文ウォッチ

3月30日 アルタイ山地のネアンデルタール人の歴史(3月23日 米国アカデミー紀要 オンライン掲載論文)

2026年3月30日
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久しぶりにネアンデルタール人ゲノムについての研究を紹介する。それも、この分野を開拓してノーベル賞を受賞したペーボさんの研究室からの論文だ。タイトルは「A high-coverage Neandertal genome from the Altai Mountains reveals population structure among Neandertals(アルタイ山地からのネアンデルタール人の高いカバー率のゲノム解析によりネアンデルタール人の集団構造が明らかになる)」だ。

アルタイ山地のデニソーワ洞窟から出土した11万年前のネアンデルタール人のゲノムを解析した研究で、最近紹介してきた多くのゲノムを同時に調べる研究と比べると、一体の解析をこれまで解析された他のゲノムと丁寧に比べていく極めてアカデミックな研究で、ある意味でネアンデルタール人研究もここまで来たかと感慨が深い。

ペーボさんたちの地道な努力の結果、古代ゲノム解析が当たり前の技術になり、10万年前の骨から37回以上のカバレージのDNA配列解析が出来るのは本当に驚きだ。今回解析された骨(denisowa17:D17)が出土した場所は、ネアンデルタール人、デニソーワ人、そしてホモサピエンスが、時代ごとに交代で使っていたデニソーワ洞窟で、同じ場所からのネアンデルタール人としてはさらに古い12万年前の女性のゲノムが解析されている (D5) 。

まず、D5ととも、high coverageで解析されたネアンデルタールゲノム、一つは中央ヨーロッパ (Vinja) 、及びアルタイ山地の他の洞窟 Chagyskaya (Cha8) と比較すると、D5、D7と残りの2つは全く異なる人種と言えるぐらい離れており、例えとしてパプア人とアフリカ人ぐらいの差があることがわかった。Cha8は地域的にはデニソーワ洞窟に極めて近いのに、D5、D17とは全く異なっており、Vinjaと同じグループになる。この論文では、Vinja、Cha8を西のネアンデルタール人 (WNE) 、D5、D17を東のネアンデルタール人 (ENE) と分けている。WNEのCha8が何故アルタイにいるのかだが、7万年前の出土なので、中央ヨーロッパからアルタイ山地に移動してきたネアンデルタール人で、そのときにはD17と同じグループは死に絶えていたと想像される。

D5、D17では、対立染色体の多様性が少なく、特に新しく見つかったD17が最も多様性が少ない。すなわち、極めて小さなグループで生活していたと考えられる。面白いのは、Cha8は同じWNEのVinjaと比べても多様性が低い。即ち、アルタイに移ってきた後は、D5、D17と同じで小さなグループで暮らしていたことが想像される。

デニソーワ人からの遺伝子フローをしらべると、D5、D17ともに、比較的新しい交雑が示唆される。即ち、デニソーワ人と分離してからも交雑が起こっていた。この地域ではデニソーワ人とネアンデルタール人の両親を持つ混血ゲノムも見つかっていることから、両方が近接して生活し、交雑が行われていたと考えられる。

面白いのはCh8で、Vinjaと同じでほとんど新しい交雑の跡が見られない。従って、アルタイ山地に移ってきたばかりで、デニソーワ人との交流がなかったと考えられる。

一方で我々現存のホモサピエンスとの交雑は、VinjaのようなWNEと比べると低い。例えば我々のゲノムの中に存在するWNEゲノム量と比べると、1/4ほどにとどまっている。

以上が結果で、おそらくアルタイ山地のネアンデルタール人は、大きなグループが形成できない条件だったため、自然淘汰されたと考えられる。ただVinjaでもその傾向が見られるため、小グループに分かれてグループ間の交流が少ないのが、ホモサピエンスとネアンデルタール人を比較するとき、重要なポイントになると結論している。

ペーボさんの論文はいつも簡潔でわかりやすい。

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3月29日 腫瘍随伴性自己免疫性神経症候群の実験モデル(3月25日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月29日
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免疫チェックポイントガン治療の副作用として様々な自己免疫病が発生し、その中には天疱瘡のような抗体による免疫病も存在することが明らかになることで、我々の免疫トレランスは微妙なバランスの上に存在することがわかってきた。同じような例が、腫瘍発生に伴い急に様々な自己抗原に対して抗体が形成され、腫瘍とは関係のない部位の異常が誘導される腫瘍随伴性自己免疫症候群だ。自己抗体の中にはグルタミン酸受容体 (NMDAR) に結合して、神経興奮の閾値を下げ、てんかんなど重篤な神経刺激症状を示すケースの存在が知られている。これは、NMDARが急に腫瘍に発現することで自己免疫を誘発すると考えられているが、脳内ではNMDARが多く発現しており、さらに一部の血液細胞でも発現が認められるのに、何故抗体が産生されるのか、また抗体がNMDARの反応をどのように促進しているのか等は不明な点が多い。

今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、トリプルネガティブ乳ガン (TNBC) でNMDARに対する自己抗体の産生機構と神経症状のメカニズムを明らかにするためのマウスモデルを構築し、腫瘍随伴性自己免疫性神経症 (ANRE) の発症機序をかなり解明できた論文で、3月25日 Nature にオンライン掲載された。

研究ではまずANRE症状にかかわらずTNBCの遺伝子発現を調べ、腫瘍の1−2%がNMDARの構成成分である GluN1 及び GluN2 を発現していることを確認している。

次に実験モデルの構築で、マウスTNBC細胞の GluN1 & GluN2 の発現を誘導出来るようにしてマウスに注射、ガンが増殖したところで GluN1/N2 を誘導すると、例外なくNMDARに結合する抗体が誘導されてくる。即ちNMDARに対するトレランスはそれほどしっかりしていない。

そこでどんな抗体が出来ているのか、腫瘍内に存在する抗原反応性B細胞を集め、single cell RNA sequencing で抗体遺伝子を始め様々な発現遺伝子を調べている。すると、抗体遺伝子では4種類のクローンが検出され、突然変異からもともとゲノムに存在していた抗体遺伝子 (germ line) が、徐々に変異を積み重ねて進化していることを発見する。Germ line 自己抗体遺伝子はB細胞の中でもB1細胞と関連付けられているが、今回得られたク4ローンでもB1タイプのB細胞が発見されている。ただB2タイプも混在していることから、B1/B2 が一つのクローンから発生したと考えられる。

それぞれの遺伝子から抗体を再構成してNMDARへの結合力を調べると、germ line から変異を重ねて結合力が大きく高まる、affinity maturation が起こっていることが観察された。このことは、NMDARに対する自己抗体が簡単にできてしまう理由は、変異のないgerm line抗体遺伝子ですでにNMDARへの結合が見られ、おそらくT細胞はほとんどトレランスが成立していないため、リンパ節内ですぐにB細胞の affinity maturation やクラススイッチが誘導されると考えられる。

次に、それぞれの抗体がNMDARと結合する領域を調べると、N末のアミノ酸への結合に集約される。ただ、クライオ電顕的に結合部位の構造を調べると、結合様態はまちまちで、様々なクローンがNMDARに反応する自己免疫B細胞として現れてくることがわかる。さらに詳しい検討から結合によりおこるNMDAR受容体変化から、刺激閾値を変化させる抗体とそれ以外を区別できることも明らかにしている。

ただ、機能を促進させる自己抗体が出来ただけでは脳症状は現れない。しかし、その抗体を直接脳室に注射すると、体温が上昇し多動になり、体重が低下するとともにてんかん症状も現れる。すなわち、病気の成立には脳血管関門の破綻がもう一つ重要な要素としてあることがわかる。

これだけだと自己抗体は悪い話だけになってしまうが、実際にはNMDARの自己抗体を持っているTNBC患者さんの再発は、持っていない人と比べて圧倒的に良い。事実、2倍NDMARの活性を上げるマウス自己抗体を注射するだけで免疫がなくてもガンの増殖を止めることができる。

以上が結果で、germ line遺伝子が最初からNMDARに緩く結合すること、そしてT細胞のトレランスが本来NMDARには成立していないことで、ガンがエピジェネティックな変化などでNMDARを発現してしまうと、速やかに様々な自己抗体が誘導され、何らかのきっかけで脳血管関門が壊れたときに、脳症状が出るというシナリオは十分納得できる。あとはT細胞側の反応メカニズムを明らかにすれば、完璧だと思う。また、新しいガン治療の方法までおまけでついてきた。

カテゴリ:論文ウォッチ