3月24日 皮膚器官の完全再生を神経細胞が押さえている(3月20日 Cell オンライン掲載論文)
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3月24日 皮膚器官の完全再生を神経細胞が押さえている(3月20日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月24日
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火傷の治療でもわかるように、大人になると時間がたてば残っている皮膚上皮が再生して、徐々に上皮化は進むが、毛根や汗腺と言った皮膚器官は全く再生できず、皮膚の本来持つ機能が強く抑制される。このため、機能的皮膚の再生は皮膚再生研究の最も重要な課題だと言える。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、皮膚器官の完全再生を抑制する要因の一つは再生時に発生する線維芽細胞が分泌する CXCL12 をはじめとする分子によって誘導される末梢神経の過剰な神経分布であり、生後5日目までなら神経の活動を抑制することで皮膚器官の再生を誘導出来ることを示した面白い研究で、3月20日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Hyperinnervation inhibits organ-level regeneration in mammalian skin(過剰な神経分布は哺乳動物皮膚の器官形成を阻害する)」だ。

イモリでなくとも、新生児期の哺乳動物には一定の再生機能が備わっていることが知られている。即ち、発生が進むとともに、何らかの形で再生能が抑制されると考えられ、抑制分子の探索は再生研究の重要分野になっている。皮膚の場合、生後すぐに損傷を加えた場合、限定的だが毛根の再生は見られる。しかし、生後2日目には上皮が回復しても皮膚器官は全く再生できない。それなら、生後すぐと2日目を比べればいいのだが、この研究の素晴らしい点は、生後すぐの再生はかなり限定的なので完全に器官再生が起こる時期に損傷を加える実験を行う必要があると考えたことだ。とはいえ、この実験を可能にするには、発生前の胎児に損傷を加え皮膚再生を調べる必要がある。この研究のハイライトは、なんと子宮内にいる胎生16.5日目の胎児の皮膚を手術的に損傷して、発生・出産させた後、皮膚再生を調べる方法を開発したことだ。Method に簡単に述べられているプロトコルを読んでみると、なかなか大変な手術である事がわかる。そしてこの苦労が実り、16.5日目に皮膚を深く切り取っても、毛根は言うに及ばず、リンパ管も含む皮膚の全ての器官が完全に回復しており、回復した毛根には立毛筋が分布し、寒さに対して毛を逆立てるところまで回復していることを示している。

次に、再生中の細胞を取り出し、single cell RNA sequencing で解析し、生後5日目の再生時のみ再生時特有の線維芽細胞が現れることを発見する。そして、この再生時の線維芽細胞が分泌する分子をリストして、これらの遺伝子をアデノ随伴ウイルスをベクターとして16.5日目胎児の再生時に注射すると、Cxcl12、CCL7、そしてTimp1遺伝子を加えると、器官再生が抑制されることが明らかになった。

これらの分子は白血球やマクロファージの損傷部位への遊走に関わると考えられたので、他の方法で再生部位への白血球の遊走を誘導する実験を行い、再生を抑制しているのが炎症や白血球の遊走ではないことを発見する。そして、特に Cxcl12 による損傷部位への神経分布が、再生を抑制している要因である事を突き止めている。

最後に、再生部位での神経活動を抑えることで、生後の再生過程の抑制を解除できるかいくつかの方法で検討している。もちろん、Cxcl12 の線維芽細胞からのノックアウト、あるいはその受容体の神経細胞でのノックアウトにより、再生能は回復する。しかし、おそらく一番重要な発見は、ボツリヌストキシンで神経のシナプス活動を抑制すると、それだけで器官再生が回復することで、現在用いられているボトックスの様々な効果を考えると、むちゃくちゃ面白い。

結果は以上で、生後5日以降の再生も同じように回復させられるかどうか(おそらく難しいと思うが)などは示されていないが、ともかく神経活動が初期の皮膚器官再生を抑制する最も重要な原因である事が明らかになったのは素晴らしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月23日 T細胞受容体と抗原のメカニカル結合力を上げる(3月19日 Science 掲載論文)

2026年3月23日
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CAR-T治療は抗体の抗原認識をT細胞に移植する方法だが、ガンの抗原ペプチドとMHCを認識するT細胞の抗原受容体 (TcR) 遺伝子を患者さんのT細胞に導入してガンを殺す方法の開発も行われている。この場合、特定の組織抗原を持つ患者さんに対象が限られるが、43%の転移性滑膜肉腫患者さんで効果が見られたことから、2024年FDAが迅速承認され、この分野がさらに活性化された。

この治療にはガン抗原に対するTcRを選ぶことが最も重要で、多くの場合親和性を上げるなどの様々な遺伝子改変が行われる。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、前立腺特異的に発現しているPAP由来ペプチドと HLA-A*02:01 に対するTcRのアフィニティーではなく、メカニカルストレスに対する結合力の強さを獲得させ、治療に使えるRcRを設計するという面白いアイデアを追求した研究で、3月19日 Science に掲載された。タイトルは「Overcoming T cell tolerance to tumor self-antigens through catch-bond engineering(腫瘍の自己抗原に対するトレランスをCatch-bond 操作で克服する)」だ。

タイトルの catch-bond というのは、剪断力のような機械的力を利用して、分子結合時間が伸びる現象で、血液が流れている血管内で白血球が血管内皮とセレクチンを介して接着する時に見られる。研究では、PAP/MHC に対して結合する TcR156 に様々な変異を導入して、剪断力がかかったとき、結合力が高まるが親和性は変化しない変異体を見つけるところから始めている。親和性が特異性を決めるので、親和性を変えないことはガンへの特異性を保証するためには重要になる。

実際には、PAP/MHC と結合するTcRの抗原結合部位だけに変異を導入する。ただランダムな導入ではなく、メカニカル力を上げると期待できる極性を持ったアミノ酸(ヒスチジン、アスパラギン、グルタミン酸)に置き換え、反応が高まる変異を集め、最後にランダムな突然変異も加えて、最終的にTcRの活性化が強いTcR156変異体を選んでいる。これを、剪断力がある状態で結合力や結合時間を測る方法で調べると、もとの TcR156 では0.2秒しか結合できなかったのが5秒近く結合していることがわかる。

次にこの変異TcRの生物活性を調べると、特異性は全く変化しないが、キラー活性、増殖活性、インターフェロン分泌活性が数倍高まったT細胞を作成することができる。さらに、抗原刺激後に起こる細胞の疲弊が起こらず、機能を維持することも示されている。アフィニティーを変えずに、反応持続を高めるだけでこれだけの効果があるのは驚きで、生物学的にも面白い。

あとは変異TcRを導入した免疫不全マウスに、変異TcRを導入したT細胞を移植する実験で、腫瘍をほぼ完全に抑えること、そして生体内でも疲弊が起こりにくいことを確認している。

最後に変異TcRの構造解析と、分子結合のコンピュータシミュレーションを行って、導入した極性を持つアミノ酸と接触する抗原側のアミノ酸の解析から、catch-bond ホットスポットの反応により結合部位の水分子の再構成が起こることで、抗原とTcRの結合力が高まることを示している。

以上が結果で、抗原とTcRの結合を理解する上で生物学的には面白いと思った。一方臨床応用を考えると、抗原/MHCごとにTcRを分離し、変異導入を行い、TcRを至適化する必要があるが、一度出来ると同じMHCを持つ人に利用できる。価格の問題は常につきまとうが、様々な抗原とMHCの組み合わせに対して一度変異TcRを作成すれば多くの人をカバーできるようになるのだろう。ただ、最初から catch-bond 現象に絞ることで、将来はAIでの変異予測技術も確立するだろう。特異性の心配なく、ガン特異的治療の一つとしては十分可能性が高い。競争が進むことでコストも下がることを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月22日 新皮質の進化を探る(3月18日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月22日
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我々哺乳動物には大脳表面を覆う6層構造を持つシート状の構造が存在しており、このおかげで高度の認知機能を発達させてきた。カラスのように鳥類でも高い脳機能を示す種が存在するが、これは新皮質ではなく Nidopallium と言う領域を発達させている。これらについてはChatに図を作成させたので、少し難しい今日の論文紹介を理解する助けに使ってほしい。

今日紹介するイェール大学からの論文は新皮質の進化発生学研究で、3月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Adaptive evolution of gene regulatory networks in mammalian neocortex(哺乳動物新皮質での遺伝子調節ネットワークの適応進化)」だ。

久しぶりにオーソドックスな進化発生学の論文を読んだ気がする。もちろん専門誌には多く掲載されていると思うが、そこまで目を通すことができない。しかしこのブログを始めた頃は、一般紙にも多く掲載されていた

新皮質進化の過程を探るには、新皮質発生過程を調節する遺伝子の探索から始める。そして多くの場合それは様々な遺伝子の転写を調節する転写因子になる。この研究でも新皮質2-4層と5-6層の細胞を別々にラベルして、遺伝子発現とヒストンマークによるエンハンサー探索を行い、最終的に新皮質形成時に全ての細胞で最も高く発現している転写因子Zbtb18を特定する。そして、これにより調節される遺伝子が、鳥類やは虫類の脳の発生に関わる遺伝子とは大きく異なることを確認し、Zbtb18を中心とする遺伝子ネットワークが哺乳類特異的である事を明らかにしている。

Zbtb18はSTAB2、ROBO1など新皮質形成に重要な分子を調節すると考えられるが、その中のCux2遺伝子を指標に、Zbtb18がCux2上流のエンハンサーに結合して、特に2-4層の神経細胞の発生を調節することを明らかにしている。特に神経細胞分裂が終了した後の細胞分化や、神経ネットワーク形成を調節していることを実験的に明らかにしている。

また選択的にZbtb18遺伝子ノックアウト実験から、Zbtb18が下流の様々な遺伝子の発現調節を介して、層構造の形成に必要な神経連絡とともに大脳内の様々な領域との神経結合を軸索進展を介して調節していることを、詳しく調べている。例えば、Zbtb18はRobo1の発現を介して大脳の反対側への軸索形成に必須である事も示している。他にも様々な実験が行われているが割愛する。

要するに発生初期からZbtb18は新皮質ネットワーク形成のマスター遺伝子として働いているという発見と、これと協調するようにCux2、Satb2、Robo1など神経発生に関わる様々な遺伝子の調節領域にZbtb18結合領域が進化してきたことを示したのがこの研究のハイライトだ。

そして、この研究で発見されたZbtb18とその下流の分子は、自閉症などの遺伝子多型が見られる遺伝子として知られており、自閉症のリスク多型を解する点でも重要なヒントとなることが示されている。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月21日 ミトコンドリアを赤血球膜に包んで細胞内に届ける(3月18日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月21日
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言うまでもなく、ミトコンドリア異常症の治療方法の一つは、異常細胞にミトコンドリアを移植することだ。細胞内でミトコンドリアは独立して存在しているので、異常ミトコンドリアが存在しても、移植ミトコンドリアも増殖できる。ヘテロプラスミーという現象で、うまくいくと異常ミトコンドリアが淘汰され、移植したミトコンドリアが優勢になることも期待できる。

問題は細胞の中に移植する必要があることで、卵子への注入例を除くとほとんど試験管内の方法でとどまっている。今日紹介する中国科学アカデミー、広州生物医学健康研究所からの論文は、細胞から取り出したミトコンドリアを赤血球から調整した細胞膜成分を用いて包んでしまい、これを体内に注射することで様々な細胞にミトコンドリアを移植出来、脳に注射することでパーキンソン病の治療も可能である事を示した研究で、3月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Transplantation of encapsulated mitochondria alleviates dysfunction in mitochondrial and Parkinson’s disease models(カプセルで包んだミトコンドリアの移植はミトコンドリア病やパーキンソン病モデルでの症状を改善できる)」だ。

方法は実にシンプルだ。ミトコンドリアを細胞の破砕と遠心分離を組み合わせた一般的ミトコンドリア抽出キットを用いて調整。これをヒトやマウスの赤血球を壊して残る赤血球膜と合わせて自然に小胞を形成させると、2-3割の小胞内にミトコンドリアが含まれている。電子顕微鏡写真で見ると、小胞はミトコンドリアの約2倍の大きさを持っている。

試験管内でミトコンドリア自体も細胞内に移行する事が知られているが、カプセルに包むことで効率は高まり、試験管内で正常細胞に加えて2日目で70%以上のミトコンドリアがドナー由来になり、最終的に35%ぐらいで維持される。また、ミトコンドリアを除去した細胞に加えると、移植されたミトコンドリアは球状から桿状に変化し、細胞内で正常に機能することを示している。また、重症ミトコンドリア症 Leigh 症候群の患者さん由来の細胞に移植すると、移植された細胞では正常ミトコンドリアに置き換わって、ミトコンドリア機能を正常化できることを示している。

次にマウス静脈に注射する実験を行い、肝臓を中心に様々な臓器の細胞に取り込まれることを示している。そして、Leigh 症候群モデルマウスへ注射すると、平均48日ぐらいの寿命を74日まで延ばせることを示している。

最後に仕上げの実験としてドーパミン神経に取り込まれてミトコンドリア呼吸系を阻害してパーキンソン病を誘導する実験系で、静脈注射、あるいは線条体への局所投与でパーキンソン症状を改善することが出来ることを示している。

論文を読んでいて驚いたのは、ミトコンドリア自身でも静脈注射である程度細胞内に取り込まれることだが、これと比べても遙かに効率の高いミトコンドリア移植法が開発されたことになる。一応安全性については問題がないことを示しているが、抽出やカプセルに包み込む過程で傷がつくと、マイトファジーや、自然免疫誘導などなど様々な過程が誘導される可能性が考えられるので、慎重に臨床応用を進めることが重要だと思う。また、パーキンソン病発症にミトコンドリア異常は深く関わっているが、例えばパーキン変異のようにマイトファジー機能不全が存在すると、逆にストレスを高める心配もある。期待できるので、Leigh 症候群のような重症ミトコンドリア症を中心に治療研究を進めてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月20日 高齢者でも胸腺は健康の重要なバロメーターになる(3月18日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月20日
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胸腺は重要な健康指標として古くから使われており、ウィーン学派の突然死する若者の研究から胸腺リンパ体質という概念が提唱された。ただ、私が医学部を卒業した50年前には、このような範疇化を考慮することはほとんどなく、胸腺は老化とともに脂肪組織に変化し、その役目を終え、T細胞は末梢で維持されると考えられるようになった。ところが個人的にもよく知っているハーバードの血液学者Scaddenが、様々な理由で胸腺切除を受けた患者さんを追跡し、T細胞のリクルートが低下し死亡率も上昇するという驚くべき事実を発表し、胸腺が成人後もしっかり働き我々の健康を守ることを示した(The New England Journal of Medicine 389;5,2023)。

今日紹介するのもハーバード大学からだが Scadden とは全く異なるグループから3月18日にNatureに発表された論文で、成人後も胸腺が健康のバロメータになるという新しい胸腺評価方法を開発し、その検査を行った人たちのコホート追跡からこのことを明らかにした研究で、タイトルは「Thymic health consequences in adults(成人における胸腺健康の帰結)」だ。

おそらく大分前に人間の胸腺機能を見直そうという機運がハーバード大学で起こっていたのだろう。このグループはコホート研究に参加する人のCT画像から胸腺像を抜き出し、コホート研究でわかる健康指標と相関をとろうと考えた。最初は畳み込みニューラルネットで胸腺を抽出して、形態的特徴を4096次元のベクターとしてマップすることに成功している。この間に様々な Transformer ベースの LLM が開発されてきたので、ベクター化された各画像をニューラルネットに学習させることで、胸腺から得られる情報コンテクスト空間を形成し、最終的にそれを一次元に圧縮して、1−100 のスコアとしてアウトプットするモデルを確立している。

方法を見ると、最終の胸腺情報のコンテクスト空間を作るための様々な方法を比べているようで、Vison Transformer のような教師付のモデルや対照学習モデルなどを比べた後、最終的に教師なしの学習の後に、胸腺画像について専門家が作ったプロンプトでファインチューニングを行いモデルを完成させている。

即ち、胸腺が成人後も健康に必要で、そのために胸腺の健康度を画像を学習した LLM からアウトプットできるようにしたことがこの研究のハイライトになる。あとは、このモデルで示される胸腺健康度と、コホート研究から得られる様々な健康指標との相関を調べることになる。

驚くべき結果で、12年追跡したときの死亡率は、胸腺健康度が低いほど短くなり、しかも様々な肺疾患、心疾患、消化器、代謝内分泌疾患などに起因する死亡率と強く相関している。さらには、メタボ指標の空腹時血糖や、収縮期血圧、血中コレステロールなどとも相関し、スコアが高いほど老化に伴う炎症指標も高まる。

以上が結果で、メカニズムはともかく胸腺が健康のバロメータである事は明らかになった。

メカニズムを知る上で、同じグループはガンの免疫チェックポイント治療を行う患者さんのコホートでも、この胸腺健康指標との相関を調べた論文を、同時に Nature に発表している。タイトルは「Thymic health and immunotherapy outcomes in patients with cancer(胸腺の健康とガン患者さんの免疫治療予後との関係)」だ。

言うまでもなく胸腺はT細胞を新しく作る器官だ。従って胸腺の健康はT細胞新生を反映することが予想される。そこで胸腺健康度を免疫チェックポイント治療(ICI) 前に調べることができた様々なガン患者さんで、ICI の効果と健康度の関係を調べている。

結果は明瞭で、肺ガンやメラノーマのような ICI の効果が高いケースでは、胸腺健康度が強く夜ごと相関する。特に、ICI 、あるいは ICI +化学療法を最初から選んだ患者さんでは、この相関が強い。しかし、胸腺健康度はガンの突然変異数やガンの PD-L1 発現とは全く相関がないので、ガン自体ではなく、胸腺からのT細胞新生に関わると考えられる。

実際、T細胞のガンへの浸潤、胸腺から移動してきた細胞に見られる環状VDJ再構成DNA、さらには血液内のプロテオームなどから、胸腺健康度が高いほどT細胞の新生を示す指標が高いことを確認している。

以上のことから、胸腺健康度は基本的にT細胞を新しく作る能力で、成人になっても胸腺は重要な働きをしており、この結果として様々な病気や老化に対する抵抗力が生まれ、またガンに対する免疫が高まることでガンを抑える力が上がるという結論になる。

納得の結果だが、それ以上に胸腺健康度を人間で調べる方法開発を早くから着想し、これを新しいAIを取り込んで成し遂げたことに脱帽だ。Scadden の研究も長期予後を調べているが、従来の研究手法の延長にある。その意味で、生成AIがあらゆるところで医学を変化させていることを感じさせる優れた論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月19日 ガンに対する CAR-T を体内で誘導する(3月18日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月19日
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ガン特異的抗原に対する抗体とT細胞を刺激する受容体を合体させたキメラ受容体を導入して、自分のT細胞にガンをアタックさせるCAR-T治療は、重要な抗ガン治療として広く認められるようになった。効果を設計出来るという点で期待が大きい治療法だが、まだまだ完璧ではなく、新しい方法開発競争が世界中で繰り広げられている。この領域は、うまくいくと一人勝ちの技術になるチャンスもある事から、生きるか死ぬかと言った緊張感がある分野だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、患者さんごとに CAR-T を調整する現在の方法をガラッと変えて、体内でT細胞を CAR-T に変えてガンにアタックさせる方法の開発で、3月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「In vivo site-specific engineering to reprogram T cells(体内でT細胞をリプログラムして CAR-T に変える操作法の開発)」だ。

患者さんごとにT細胞を取り出して、遺伝子を操作し、試験管内で増殖させてから患者さんに戻す現在のCAR-T作成法は、例えば遺伝子編集を用いたとしても、コストの面で問題がある。従って、遺伝子を直接体内に注射して、T細胞を CAR-T に変えてしまえば、同じ製剤をほぼ全ての人に使えることから、コストを下げることができる。

ただ、従来のようなレンチウイルスベクターに CAR を導入する方法では、T細胞以外に遺伝子が導入され、当然ガン細胞にも遺伝子が導入され、抗原をマスクしてしまう心配すらある。そのため、CRISPR などの遺伝子編集法を用いて CAR をT細胞受容体にノックインすることで、T細胞だけで CAR を発現させられると期待される。

ただ体内での遺伝子編集、特に遺伝子を他の遺伝子で組み換える操作は、CRISPR を用いても効率の面からハードルが高い。これにチャレンジしたのがこの研究だ。

まず、T細胞受容体遺伝子をターゲットにするガイドRNAが結合した CRISPRタンパク質を VSVウイルス粒子に詰める遺伝子編集法を用いている。これを用いると、試験管内でT細胞の6割で抗原受容体がノックアウトされる。この系に、組み換えたいCARの遺伝子を同時に存在させると、ノックアウトだけでなく、高い効率で組み替えが起こり、T細胞受容体がCARに置き換わるが、細胞の自然免疫を誘導しないで大きな CAR遺伝子を導入する目的に、アデノ随伴ウイルスベクター (AAV) を用いている。

試験管内だと、この2つを組み合わせるだけで、2割以上のT 細胞で受容体がCARに置き換わるが、体内にこのセットを注入するだけでは、効率が低い。

この効率を上げるための様々な開発がこの研究のハイライトで、

  1. VSV粒子にCD3に対する抗体可変部分を取り込ませて、T細胞特異的に粒子が取り込まれるとともに、CD3抗体によりT細胞の増殖を誘導出来る粒子を開発し、
  2. AAVを、それに対する抗体を持つ人血清存在下で汗腺実験を繰り返し、AAVに対する抗体の影響を受けず、さらにCD7を持つT細胞により選択的に感染するAAV-hT7を開発、

している。

この2つの遺伝子導入システムを組み合わせると、ほぼ完全にT細胞特異的に、ほぼ15%の細胞の遺伝子編集が可能になる。導入はCD4、CD8に同じようにされるが、都合の良いことにTregには感染性が低い。

こうして改良した遺伝子導入法をヒト化したマウスを用いて白血病抑制効果を調べると、同じセットでを用いて試験管内で CAR-T を誘導した後、マウスに注射した治療より、直接このセットをマウスに静脈注射した方が腫瘍抑制効果が高いことがわかった。最後にCD19を標的とした CAR-T だけでなく、骨髄腫や肉腫を標的としたセットの注射背も高いガン抑制効果が見られることを示している。

ヒト化したとはいえ、まだマウスの実験段階で、このまま人間でも利用できるようになるかどうかはわからないが、これが可能になると、試験管内での CAR-T調整方法は消える可能性がある。最後にだれが笑うのか、全く予想は立たない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月18日 気になった臨床と動物実験の橋渡し研究(3月11日 Nature オンライン掲載論文他)

2026年3月18日
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昨日は人間と動物モデルの間には超えられないギャップがあることを示した論文を紹介した。とは言え、臨床から得られた知見の背景を正確に理解するためには動物実験の重要性は言うまでもない。このことを示した論文を最近2編読んだので、今日はまとめて紹介することにした。

最初はシンシナティ医科大学からの論文で、母親由来の抗体が新生児の大腸菌による敗血症発症を予防する効果についての研究で、3月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Natural maternal immunity protects neonates from Escherichia coli sepsis(母親の自然免疫が新生児大腸菌敗血症を守る)」だ。

実に地道な論文で、Questionも「母親由来の抗体が大腸菌敗血症から子供を守るか?」という問いだ。一見当たり前に見えるが、大腸菌はほとんどの幼児の腸に存在するのに、何故1000人に1人に敗血症が発生するかを正しく理解して予防法を開発することは重要だ。

論文では最後に示されているが、おそらく実際は幼児のコホートで得られた治験結果から研究が始まっているのだと思う。幼児の大規模コホートで敗血症を発症した患者さんの臍帯血中に含まれる大腸菌に対するIgG抗体を健康な子供と比べると、十分の一以下に低下していることを発見している。特に、大腸菌外膜に存在する膜タンパクOmpAに対する抗体の低下がはっきりしている。まだ母乳を摂取していない臍帯血中の抗体は母親の胎盤を通して獲得されることを考えると、母親のIgG抗体を十分貰っているかどうかが敗血症になるかどうかの分かれ道になることを示唆している。

後はマウスを用いて、大腸菌が腸に移植されるとIgG免疫が誘導され、これが大腸菌だけでなく、同じ属のグラム陰性菌の全身感染を防げること、そしてこの抗体のかなりの部分をOmpAに対する抗体が担っていることを確認している。そして、母親がIgG免疫を持っている場合は、新生児に大腸菌を感染させても敗血症が起こらないこと、そしてこの防御が補体を介した白血球の食菌作用によることを示している。

おそらくマウスの実験だけなら地味すぎて Nature には採択されなかったと思うが、臨床の結果はクリアーで、妊娠前の母親のOmpA抗体価を調べて、抗体価の低いお母さんにはワクチン接種を行うと予防可能である事が示されたのは重要だと思う。

次はコーネル大学からの論文で、乳ガン患者さんの血中に流れるガンと血液の両方のマーカーを発現した細胞が、悪性度の指標に使えることを示した研究で、3月11日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dual-positive CTCs in patients with advanced breast cancer show metastatic potential and prognostic value(進行乳ガン患者さんで、ガンと血液の性質を示す血中ガン細胞は転移や予後と関わる)」だ。

多くのガンで血中流れるガン細胞 (CTC) を検出されているが、このなかにガン細胞のマーカーとともに、血液細胞のマーカーCD45を発現するCTCが見つかることが報告されている。

この研究ではほとんどがステージIVの進行乳ガン患者さんでCTCを調べ、CTCを検出できる患者さんの4割以上でCD45も発現している dual positive (DP) が検出できることをまず示している。その後、DPの有無で生存期間を調べると、DPがあるかないかで生存期間が24ヶ月vs 36ヶ月と大きく減少する。特にこの傾向はトリプルネガティブ乳ガンで著しいことを示している。

この臨床結果から、2つの問題が発生する。ひとつはDPが転移しやすい細胞か、そしてどうしてDPが出来てきたかだ。

CTCのゲノムを一個づつ細胞ごとに調べると、CTCと比べてDPはより大きな遺伝子の構造変化を持っていることがわかる。従って、悪性度は高そうで、転移もしやすそうだ。しかし、マウスでガンを誘導し、末梢血からCTCとDPを別々に集めて転移能を比べると、特に大きな差はなく、DP自体が転移を誘導していると考えるのは間違いであると結論している。

次の問題は、CD45を発現するようになったメカニズムで、最も考えやすいのはガン細胞と血液細胞との融合だが、ゲノムでDNA量が極端に増えているわけではないので、結論は難しい。ただ、動物にガンを移植、あるいは誘導した実験から、免疫システムが正常でないとDPが発生しないことが示されており、単純にガンの転写が狂った結果ではなく、ガンに対する免疫反応を通して、CD45を発現するゲノムを取り込んだ可能性がある。

以上が結論で、単純な細胞融合ではないが、血液とガン細胞が今まで知らない相互作用を持っていることが、臨床治験をきっかけとした動物実験からわかってきた。

以上、臨床と動物実験のセット論文はいつも面白い。

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3月17日 驚くことに卵子の透明体構成成分 ZP2 が人間の小脳で発現している(3月11日 Cell オンライン掲載論文)

2026年3月17日
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モデル動物を人の代わりに使う前提には、調べたい細胞で遺伝子やタンパク質の発現の差があまりないと言う期待がある。しかし、マウス、サル、類人猿、人類と進化する間に消失した遺伝子も、新たに獲得した遺伝子も存在する。さらに、遺伝子発現を詳しく見ると、同じ遺伝子は持っていても、人間と類人猿の間ですら違いを認めることができる。この違いが、人間を他の動物から分かつ要素だが、まだまだ研究は進んでいない。

今日紹介するイエール大学からの論文は、小脳に絞ってサルや類人猿と比べた時、人間だけで見られる遺伝子発現について調べる中で、なんと卵子を取り巻く透明体を構成するタンパク質の一つ ZP2 が小脳の顆粒細胞で発現し、生後に進むシナプス形成が過剰に起こらないよう調節しているという、ちょっと驚くべき話で、3月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human-specific features of the cerebellum and ZP2regulated synapse development(小脳の人間特異的特徴と、ZP2によるシナプス形成の調節)」だ。

小脳は美しい構造を持っており、これをイメージして貰うため、GPTが書いたイラストを添えておくので、これを見ながら読んでほしい。断っておくが、私の使っているGPTから生成されるイラストは日本文字がおかしいので、そこは無視してほしい。

この研究では人間、チンパンジー、アカゲザル、マーモセットの小脳細胞から核を調整してRNA sequencing と Atac-seq で遺伝子発現とクロマチンの構造を調べ、人間だけに見られる特徴を探索している。多い少ないはあっても、小脳には同じ種類の細胞が特定され、またそれぞれの細胞での遺伝子発現には大きな差がない。しかし、小脳で最も多い顆粒細胞だけは、種による遺伝子発現の差が大きい。その中で最も大きな発現差が見られたのが ZP2 で、おそらく著者らも驚いたと思う。

ZP2 は卵子の透明膜を構成する4種類のタンパク質の一つで、過剰な精子で受精しないような防御システムの一つになっている。驚くことに、ZP2 だけでなく、卵子と精子の相互作用に関わる分子のいくつかも小脳での発現が認められる。

次に、何故人間だけで ZP2 が小脳で発現するようになったのか、進化の過程を調べて、ポジティブな進化として ZP2 が小脳でも発現するようになった軌跡を明らかにしているが、詳細は省く。

最も気になるのは、ZP2 の発現が機能的に重要な進化かどうかだが、元々モデル動物では発現がないので研究が難しい。まず ZP2タンパク質が、様々なシナプスが集まる Glomerulus で強く発現していることを明らかにし、次に試験管内での培養システムで、ZP2 を加えたとき、顆粒細胞のシナプス形成が抑えられる事を明らかにしている。

他にもマウス小脳での共生発現実験も含めて様々な実験を重ね、

  • ZP2は顆粒細胞が小脳外からのmossy fiberとシナプスを形成するときに誘導されること。
  • ZP2が分泌されると、新たなシナプス形成を抑えること、
  • ZP2と相互作用する分子のいくつかは運動障害での多型が認められる遺伝子である事、
  • やはりZP2と相互作用するESR2とMSR1は自閉症で多型が見られる遺伝子である事、

等を明らかにし、ZP2 をはじめとする、卵子と精子の相互作用を調節する分子が、特に生後運動機能獲得に長期間を要する人間で発現して、生後の小脳のシナプス形成を調節しているようになったと結論している。

タイトルを見てはじめは何のことかと思ったが、十分納得できる論文だと思う。ディスカッションに述べられているように、希にZP2遺伝子変異を持つ人が発見されることがあるようで、この人たちの小脳機能や認知機能を調べることが最も重要な課題になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月16日 Treg誘導剤開発(3月11日 Nature オンライン掲載論文)

2026年3月16日
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今日まで、朝日新聞デジタル版に坂口さんとの対談が3回に分けて掲載された(https://digital.asahi.com/articles/ASV3C12MHV3CUTFL012M.html?iref=comtop_Tech_science_04)。有料版なので読んでいただけるかはわからないが、坂口さんの若い時代、外から見たら脱線を繰り返しながらも、自ら定めたテーマを揺らぐことなく追い続ける爆発的エネルギーがあったことがよくわかる。日本の研究の低迷も、助成金などの問題だけでなく、この個人のエネルギーを爆発させることが出来なくなっているのも一因かと思う。対談の中で坂口さんが「梁山泊」と表現した混沌とした中で人を育てることも低迷する日本の科学技術を活性化するために必要ではないかと思う。

この対談では、Tregの臨床応用の話は全く出てこないが、世界中ではTregを操作して免疫疾患を治す治療開発が進んでいる。臨床応用を強調するまでもなく、重要な概念は自然と世界中で臨床応用研究が進む。例えば先日紹介したTregを誘導するペプチド薬の開発はその例だろう(https://aasj.jp/news/watch/28415)。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、シグナル分子のエンジニアリングの第一人者スタンフォード大学 Garcia 研究室からの論文で、T細胞を刺激するシグナルを調節して、抗原特異的T細胞をTregに変えようとするエンジニアサイトカインの開発が、3月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Facile induction of immune tolerance by an interleukin-2–TGFβ surrogate agonist(インターロイキン2とTGFβ代理作動薬を用いて免疫トレランスを簡単に誘導する)」だ。

FoxP3がTregのマスター遺伝子である事がわかり、FoxP3誘導や維持に必要な条件が研究され、IL-2とともにTGFβシグナルが必須で、このシグナルによりリン酸化されたSTAT5とSMAD2/3がFoxP3転写を誘導することがわかっている。とすれば、IL-2とTGFβで刺激すればTreg優勢になると予測できるが、それぞれのサイトカインは単独でも強い副作用が起こるので、両方合わせて注射することはまず考えられない。

これに対し、IL-2にTGFβシグナルを弱く刺激することが知られている寄生虫由来のTGFβ類似分子 (TGFβS) を結合させて利用すれば、副作用を抑えてTregを誘導出来るのではと着想した。IL-2についてはα受容体へのアフィニティーを変えたエンジニア分子も検討し、最もTregの誘導効率の高い組み合わせを試験管内実験で検討し、最終的に通常のIL-2にTGFβSを直接つないで一つのサイトカインとして利用するのが一番誘導効率が高いことを見いだす。

次は生体内で同じことが起こるかだが、卵白アルブミン (OVA) に反応するT細胞を移植したマウスを抗原で刺激し、移植された細胞の運命を追跡する実験を行い、選択的にTregが誘導されることを確認している。実際にはTregにも様々な集団があり、最もトレランス誘導活性の高いRORγ陽性FoxP3陽性細胞が誘導出来ることを示している。

その上で、OVAで免疫後肺に抗原をチャレンジする喘息モデルで、IL-2-TGFβSを抗原と一緒に投与することで肺の炎症反応を抑えることができることを示している。他にも、ミエリンに対する自己免疫反応が起こる多発性硬化症モデルでも、自己免疫を強く抑えることを示している。

最後に、single cell RNA sequencing によって、TGFβとIL-2両方の刺激が同時に入ることが重要で、これによりリプログラムされたT細胞はTregへ分化するだけでなく、他の系列への分化を押さえ、しかもTreg を安定的に維持できることを示している。

結果は以上で、実験系自体がナイーブな抗原特異的T細胞を移植して経過を見る系なので、抗原特異的Tregの誘導はよくわかるが、IL-2-TGFβSが、例えばGvHと言った、モデル系とはことなる免疫異常を正常化できるかについてはわからない。もう少し臨床に近い系で検討しないと、おそらくそのまま臨床へ移すのは難しいだろう。

いずれにせよ、Tregを制御する技術は今急速に進んでいる。そのための研究はTregの理解の範囲を超えて、タンパク工学から創薬まで広い範囲で行われており、様々な実用例がどんどん生まれる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月15日 光遺伝学創始者 Karl Deisseroth が老化を研究したら(3月12日号 Science 掲載論文)

2026年3月15日
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Karl Deisseroth は哺乳動物に光遺伝学を導入し、神経科学のあり方を根本的に変えた研究者で、いつノーベル賞を受賞してもおかしくないとだれもが認める神経科学者だ。このブログでも何度も紹介したが、マウスを使っていても彼の論文はいつも楽しめる。2020年に紹介した解離体験をマウスで研究するロジックなどはむちゃくちゃ面白いだけでなく、精神医学からドストエフスキーに至るまでの強要の深さを感じた(https://aasj.jp/news/watch/13913)。あまりに感激したので Youtube 配信までしてしまった(https://www.youtube.com/watch?v=6Q6tbLO79sw)。

その Deisseroth があろうことか老化にチャレンジした論文が3月12日号の Science に掲載された。タイトルは「Lifelong behavioral screen reveals an architecture of vertebrate aging(一生涯行動を追跡すると脊椎動物の老化の構造が見えてきた)だ。

まず脊椎動物として選ばれたモデルだが、やはりこのブログで何度も紹介している寿命の最も短い脊椎動物、キリフィッシュを選んでいる(https://aasj.jp/news/watch/4519)。と言うのも、キリフィッシュを実験室で飼育できるようにしたのが、Deisseroth と同じスタンフォード大学の Anne Brunet で、おそらく一緒に研究しようという話が持ち上がったのだと思う。

ただ、これまで紹介したような老化研究に Deisseroth が満足するはずはない。この研究では、一匹づつケージに入れて、その行動を死ぬまで毎日ビデオで記録し、老化に伴う行動変化を研究できるかという大変な課題にチャレンジしている。光遺伝学で数多くの細胞を同時記録し操作するシステムを開発した Deisseroth ならではの発想で、研究では一度に40匹ほどのキリフィッシュを同時に死ぬまで飼育し記録できるシステムを構築している。

膨大な記録だが、これをニューラルネット畳み込みモデルを用いて6種類の行動パターンをキャッチさせ、この基本パターンの変化としてキリフィッシュの行動を数値化している。こうして得られる多次元配列構造をテンソル成分分析により44種類のコンポーネントに分解し、これから得られる毎日の行動の変化を、飼育開始から死ぬまでの軌跡として表現出来るようにしている。

キリフィッシュでは寿命にそれほど差がないのかと思っていたが、飼育環境は全く同じなのに46日から394日まで寿命は極めて多様だ。その結果、短命の個体と、長命の個体の軌跡を比べることが可能になり、両者の行動パターンが大きく異なることを明らかにしている。

膨大なデータなので、誤解を恐れずまとめてしまうと、寿命の長短を決める行動パターンは、若いときから異なっており、例えば運動が素早い魚ほど長生きすると言った相関が見える。人間でも歩くのが速い人が長生きするといった感じだ。ただ行動から寿命を正確に予測するとなると、100日目を超したぐらいの行動パターンの比較が重要で、よく動き、よく眠り、概日周期にしっかり合わせた行動パターンを示す魚ほど長生きすると言える。

とは言え、行動パターンは徐々に変化するのではなく、行動が大きく変化するいくつかの段階を経て死に至ることがわかる。さらに、健康的な動きを示す期間が最後まで続くわけではなく、寿命と健康寿命は分かれる。

もちろん寿命の長短を決める遺伝子発現と相関させることも可能だが、この研究では脳の遺伝子発現との相関はあまり調べられていない。しかし、肝臓でリボゾーム合成が高いほど短命である事もわかる。

詳しい内容は是非自分で読んでみてほしいと思うが、行動と老化を脊髄動物で詳細に調べたのは初めてではないだろうか。ともかく測定や分析システムはさすが Deisseroth と思わせる実験系で感心する。

魚でこそ行動分析は簡単でないが、我々人間はスマートウォッチやスマートフォンで一定の行動を記録され続けている。さらに、我々の脳の経験のアバターも可能になることは間違いない。この記録に、当然我々の脳の機能も含まれる。おそらく Deisseroth の頭の中には、将来を見据えた長期の計画があるように感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ