11月26日 ヒト多能性幹細胞とマウス胚盤胞細胞の不適合性の原因(11月24日 Cell オンライン掲載論文)
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11月26日 ヒト多能性幹細胞とマウス胚盤胞細胞の不適合性の原因(11月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月26日
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我が国では東大医科研の中内さんを中心に、ヒト臓器を他の動物に作らせるための種間キメラ作成研究が行われていると思うが、発生時間の違い、接着や増殖因子のミスマッチなど様々なバリアが存在するため、よほど近い種でないとうまくいかない。近い種とは遺伝的に近いことで、ブタとマウスを比べた時ヒトに近いのはマウスの方で、おそらくブタと人間の異種間キメラの方が遺伝学的には難しいはずだと思うが、話はそう簡単でもない。例えば筋肉発生が抑制されたブタ胚にヒト iPS細胞を移植するとヒト型の筋肉が形成できている。他にも Bcl2 を導入して細胞死を防ぐと、10日胚までヒト細胞が維持されるなど、このバリアを超える試みが続いている。

今日紹介するテキサス・サウスウエスタン大学と中国深圳の北京ゲノム研究所からの論文は、マウス胚でヒト幹細胞を拒絶するバリアの新しいメカニズムを明らかにした研究で、11月24日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「RNA innate immunity constitutes a barrier for interspecies chimerism(RNAに対する自然免疫が異種間キメラのバリアになっている)」だ。

このグループは試験管内でヒト多能性幹細胞 (hPSC) とマウス胚盤胞細胞 (mEpSC) を一緒に培養すると、hPSC だけがアポトーシスに陥ること、そしてこのバリアは mEpSC から自然免疫系や p53 を除くと消失することを発見し、キメラ形成の難しさの一因が、hPSC により mEpSC の自然免疫系が活性化され、生存競合性の強い細胞ができるためであることを既に明らかにしていた。

この研究では hPSC が mEpSC を活性化するメカニズムを探っている。hPSC と一緒に培養した mEpSC の遺伝子発現を調べると、単独で培養したときよりRNAセンサーとして知られる RLR が強く誘導されていること、そしてその下流のシグナル分子も上昇することを発見する。即ち、hPSC由来のRNAを認識して自然免疫系が活性化されている可能性を示唆している。

そこでこのRNAにより誘導される自然免疫をブロックするため、MAVS分子をノックアウトした mEpSC を作成し、hPSC と一緒に培養すると、今度は hPSC は普通に増殖できる。従って、hPSC から何らかのルートで侵入してきたRNAによって mEpSC の自然免疫系が刺激され、その結果 mEpSC の増殖力が上がって、hPSC が排除されると考えられる。ただ、この競合力が上昇する詳しいメカニズムは明らかにできていない。

この研究では hPSC からのRNA移行について詳しく調べている。共培養した mEpSC 中のヒト由来RNAを調べると、2日目には1.3%のRNAがヒト由来であることがわかり、かなり多くのRNAが移行してくることがわかる。ただ、特定のRNAが移行するのではなく、全くランダムにRNAが移行してくること、そしてマウスのRNAもヒトに移行する事を発見する。また、この移行には細胞間に形成されるトンネルのようなブリッジが関わることも明らかにしている。

この結果、mEpSC の自然免疫系だけが活性化され、マウスのRNAが移行してきた hPSC では何の反応も起こらないのは不思議だが、この非対称性の原因についても明らかにはなっていない。ただ、バリアーの一つが明らかになったことで、キメラ形成率を上げることが期待できる。

これを確かめるため、RNAセンサーが働かないノックアウトマウスの胚盤胞に蛍光遺伝子をラベルしたヒトES細胞を移植してキメラ形成を調べると、10日胚までこれまで得られなかったレベルのキメラが形成されており、異種間キメラ、特にマウス胚を用いるという点では大きなブレークスルーになったと思う。今後、どのような細胞系列にヒト細胞が分化できるのか、より詳しい研究が進むのを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日 母国語と外国語の聴覚プロセッシング(11月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月25日
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正常な成人なら、全く知らない外国語でも、聞いたときにただのメロディーではなく言語であると判断することができる。これまでの研究で、一次聴覚野を囲むように存在して聞こえてきた音をプロセスする機能を持つ頭上回 (STG) と呼ばれる領域に、言語にだけ反応する神経が存在することが知られている。もちろん、言語は STG だけで認識されているわけではなく、脳の様々な領域をつなぐネットワークにより処理されており、例えば極めて希だが言語だけが聞こえなくなる pure word deafness は前頭皮質の障害で起こる。ただ大きなネットワークとして片付けると、STG という重要なプロセッサーの本当の役割を見落としてしまう。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、聞こえてきた言語を STG がどのようにプロセスして母国語と外国語の区別をしているのか、STG に設置したクラスター電極による記録から探った研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Shared and language-specific phonological processing in the human temporal lobe(ヒト側頭葉では音声の言語共通及び特異的なプロセッシングが行われている)」だ。

さすが多民族が暮らしているカリフォルニアだ。何十年にも渡って、てんかん発作の起源を探る目的で STG をカバーする皮質電極を設置した患者さんの中から、英語しか話せない、スペイン語しか話せない、中国語しか話せない人、更には両方をほとんど区別なく話せる人を見つけ、研究に参加してもらえるというのがまず驚きだ。

まず、英語、スペイン語、中国語のどちらかしか話せない人に、意味は全く違うが、聞いたときの音声的な構造がよく似た文章を聞かせ、そのときの STG の活動を記録している。

まず音の始まり、ピッチ、強さ、種類など様々な音のカテゴリーで母国語と外国語に対する反応の違いがあるかどうかを調べると、ほとんど違いは存在せず、しかも外国語でも同じカテゴリーに属している音には同じ神経が反応する場合が多いことを明らかにしている。即ち聴覚野だけでなく、それをプロセッシングしている STG でも音声的な処理は母国語も外国語も区別なく行われている。この結果は、学習経験に完全に依存している母国語と外国語の区別は、脳の広い領域が関わって行われており、STG のような一次プロセッサーでは区別していないとするこれまでの考えと一致する。

ところが多くの神経細胞をカバーできるクラスター電極の反応の強さや反応する周波数などを細かく調べると、単語単位での反応パターンが母国語と外国語で異なっていることを発見する。即ち、音から単語として処理するプロセスが STG でも行われていることがわかる。

さらに面白いのは、単語という単位と、音節単位での反応を調べてみると、母国語では単語とシラブルに対する反応パターンが異なるのに、外国語では単語もシラブルもほとんど区別していないことがわかる。これらの変化をデコーダーに学習させると、母国語のパターンを学習したときだけ、単語という単位をデコーダーも区別することから、検出された変化は単語という単位の認識に相関すると結論できる。

当然母国語と外国語の区別は、言語の学習経験を反映してのことなので、脳での学習がSTGプロセッサーにも反映されて、母国語の音のより素早いプロセッシングを可能にしていると考えられる。実際、英語、スペイン語の両方を話せる患者さんの場合、単語やシラブルに対する反応パターンは似てくる。そして、外国語の習熟度が高まれば高まるほど、反応の差がなくなる。これは英語とスペイン語だけの話ではなく、韓国語、中国語、アラビア語のスピーカーで英語も話す患者さんで、英語の習熟度と相関して、英語の単語単位の反応パターンが明確になることを示している。

以上が結果で、言語理解や学習は脳の広い領域が関わる過程だが、STG というプロセッサーに観察を絞ることで、このネットワークが全体を反映して変化した局所プロセッサーの効率で支えられていることがよくわかる面白い研究だ。最近になって人間の言語処理を生成AIモデルでの言語処理と比べる研究が進んできたが、言語に関わる様々な領域の特性を正確に知ることが、人工ニューラルネットと脳回路を比べるためには必要で、これによって新しい人工ニューラルネットの設計も進むように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 細胞の形も分析できるセルソーターを用いたガンキラー細胞の分離(11月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月24日
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これまで細胞表面分子の蛍光染色と組み合わせたフローサイトメトリーは基本的に単一細胞レベルで解析するのが基本で、また細胞の形態は光の散乱でわかる範囲で分析していた。最近になって Cytech 社のImageStream や、東大のスピンオフシンクサイトの VisionSort のような細胞の形態も蛍光と同時記録できるフローサイトメーターが利用できるようになっている。

知らなかったが ImageStream では、単一細胞でなく細胞が接着した塊を壊さず分離できることもできるようで、今日紹介するオランダ ガンセンターからの論文はこれを利用して腫瘍や抗原提示細胞と結合しているCD8T細胞を分離し、クラスター内のCD8T細胞でガン特異的キラー活性が濃縮していることを示した研究で11月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Tumour-reactive heterotypic CD8 T cell clusters from clinical samples(臨床サンプルから得られる他の細胞と結合しているCD8 T細胞クラスターのガン反応性)」だ。

これまでガン組織の解析からガンの近くにマクロファージやT細胞が存在することは知られており、離れて存在する細胞よりガン免疫にコミットしているのではと考えられていた。この研究は、ImageStreamでガン組織から腫瘍とT細胞、あるいは抗原提示細胞 (APC) とガン細胞が接着したクラスターを分離することでガン特異的キラー細胞が濃縮できるはずだという仮説を確かめるために計画されている。

まずモデル実験でメラノーマ細胞株とヒトT細胞を4時間培養、それを ImageStream で解析すると、7割がガン細胞、19%が単一細胞、そして7%がクラスター細胞と、かなり高い割合でクラスターが存在する。こうして得られた単一細胞、あるいはクラスター内T細胞をガンと一緒に短期間培養して増やした後、同じガンを移植した免疫不全マウスに投与すると、ガンと接着していなかったT細胞はほとんどガン増殖抑制活性がない一方、クラスター内のT細胞はガンを強く抑制できた。

次は実際の臨床サンプルから細胞を調製する条件を調べている。接着した細胞を維持するためには組織の分離方法が重要になるが、酵素処理も行う普通の処理方法で、細胞死を抑えるためカスパーゼ阻害剤を加えている。モデル実験と異なり、クラスター内のCD8T細胞の数はガクッと減って0.13%程度で、ガンと直接接着しているCD8TとAPCと接着しているCD8T細胞に分かれる。

こうして得られるT細胞の遺伝子発現を調べると、安定的にガンやAPCと結合する接着機構を持ったCD8T細胞が濃縮し、細胞を調製する時のストレスにも十分耐えられるのがわかる。さらに、接着していないT細胞のほとんどは抗原刺激により誘導される分子がほとんど発現していないが、クラスター内のCD8T細胞は様々な抗原刺激による分子を発現している。面白いのは、APCと接着している細胞は exhaustionマーカーとして知られるマーカーを発現しいるのに、ガンと直接接着している細胞ではそれが認められないことで、ガン、APC、T細胞が一緒になって、キラー活性維持のためのネットワークを作っているのがわかる。一方、抗原受容体を調べると、クローン増殖した受容体プロファイルがどちらのクラスターでも見られるが、接着していない細胞ではクローン増殖を示すパターンは見られない。

最後に、それぞれのCD8T細胞を分離し、同じサンプルから得られるガン細胞と短期培養を行い、その後ガンを移植したマウスにCD8T細胞を投与すると、モデル実験ほど抑制効果は強くないが、APCあるいはガン細胞と接着していたCD8T細胞の方が強いガン抑制活性を持つことを示している。

以上が結果で、新しいフローサイトメトリーを用いて、ガンやAPCとの関係を調べることで、これまでの分画方法では得られない重要な情報が得られることを示した面白い研究だと思う。こうして得られるT細胞をそのまま増殖させることができれば、これまでTIL治療として行われてきたガン治療を確信できることは間違いない。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日 ウイルス感染死を防ぐ匙加減の科学(11月20日 Science 掲載論文)

2025年11月23日
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インフルエンザやSARS-Cov2のように抗ウイルス薬が開発されていても、タイミングを逃してしまうと、呼吸機能の低下を防げず急速に呼吸不全が進み、死亡に至らないまでも強い呼吸機能障害を起こす。このようなケースを急性呼吸逼迫症候群 (ARDS) と呼んでいるが、基本的には肺上皮の喪失が修復より速く進むことが背景にある。

ウイルス感染に感染すると、感染した細胞ではウイルスタンパク質が大量に発現してERストレスなどで細胞死が起こるが、感染量が低い場合はインターフェロンなどの抗ウイルス自然免疫でウイルスの増殖を抑えて細胞死を免れることが知られている。また肺胞のAT2細胞はウイルスに対する耐性が強い。このおかげでウイルスの増殖や感染を抑える抗ウイルス薬で細胞内のウイルス量を抑えることで細胞死を抑えて肺機能を守ることができる。ところが、投薬が遅れてウイルスの増殖が続くと、ウイルスを抑えようとする私たちの自然免疫や、キラー細胞もウイルス退治に向けられる結果、ホストの肺胞細胞を傷害することになり、ウイルス感染以上に肺胞細胞の障害が進む。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、マウス インフルエンザ感染モデルでARDSを防ぐ為に考えられる方策を臨床的マインドで調べたなかなか面白い研究で、11月20日号 Science に掲載された。タイトルは「Rebalancing viral and immune damage versus repair prevents death from lethal influenza infection(ウイルスと免疫によるダメージと修復の際、バランスを取ることで致死的インフルエンザ感染による死亡を防げる)」だ。

研究ではほぼ全てのマウスがARDSで死亡する量のウイルスを感染させたとき、肺胞で起こるプロセスを解析、ウイルス自体により肺胞のダメージが起こる時期と、免疫によりダメージが起こる時期が明確に異なることを特定し、ウイルス、自然免疫、キラー細胞によるダメージをコントロールする方法をトライアンドエラーで模索している。

例えば、最初からタミフルを投与すると、ほぼ完全に回復して死亡例はない。一方、コロナの時に効果が証明されたステロイド治療も含め免疫機能を変化させる50種類の方法を試して見て、最初の白血球の患部への移行を抑える抗Ly6G抗体以外はほとんど効果がないことを確認している。

Ly6Gに対する抗体が一定の効果を持つということは、白血球による自然免疫が感染直後から肺を傷害することを示唆している。実際、感染後3日目にLy6G抗体を投与しても効果が低下する。

そこで、ウイルス感染が進行してからタミフルを投与する、臨床に近い状況(感染後3日)でタミフル効果を調べると、ウイルスの感染拡大は止められても肺の障害が50日まで持続することを確認する。この状況で反応している細胞を詳しく調べ、ウイルス感染後早期にウイルスと自然免疫により肺のダメージが起こるだけでなく、それを補う組織再生も抑制されることがわかった。

これらの実験に基づき、臨床に近い状況でダメージを抑え再生を促す選び得る治療方法を模索している。実験では感染後4日後にタミフルを投与すると60%が死亡する条件で、タミフルとともに自然免疫のαインターフェロンを抑える抗体を投与する治療を行いほぼ8割のマウスが助かることを確認している。

では後期のキラー細胞による細胞障害を抑えるとどうなるか、CD8抗体を用いて調べると、同じように7割のマウスが生存できることを発見する。即ち、4日目からタミフルを投与する時期に、自然免疫、あるいは獲得免疫を抑える方法を併用すると生存率が上昇することを明らかにする。ただ、作用機序は異なるのでインターフェロンとCD8との抗体を両方併用すると相乗効果が出ると期待して実験を行うと、なぜか最も成績が悪い(これについては原因がわからない)。

この時の肺胞の障害程度を調べ、タミフルとインターフェロン抗体投与併用でAT2細胞の再生が著しく高まること、一方でCD8抗体併用では再生への効果は少ないことを明らかにしている。しかし、抗CD8抗体の併用では後期の感染細胞へのアタックを抑えることで、細胞自体の喪失を防いで回復を促す効果があることもわかった。

以上の結果は、症状が出て肺へのダメージが進み始めた診察時には、まずインターフェロン効果を抑えられるような抗体やその他の方法で自然免疫を抑える治療をタミフルと併用することが重要で、これによりタミフルの抗ウイルス効果を純粋に引き出せることを示している。以上、理想的方法としてはタミフルに加えて初期には主にインターフェロンによる自然免疫、そして後期にはCD8T細胞を抑えることが重要という結果だ。

さて実際の臨床でこれがどこまで匙加減として可能か、是非期待したい。

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11月22日 多発性嚢胞腎のIgA抗体治療(9月16日号 Cell Reports Medicine 掲載論文)

2025年11月22日
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9月に発表されているのに見落としてしまっていた論文で、重要だとお思ったので遅ればせながら紹介することにした。カリフォルニア大学サンタバーバラ校から9月16日 Cell Reports Medicine に掲載された論文で、多発性嚢胞腎にHGF受容体cMETを抑制し、嚢胞内に移行して働くIgAを用いて治療する可能性を示した研究だ。タイトルは「Development of a cyst-targeted therapy for polycystic kidney disease using an antagonistic dimeric IgA monoclonal antibody against cMET(機能阻害性の IgA 2量体モノクローナル抗体を用いて嚢胞を標的にした多発性嚢胞腎の治療)」だ。

多発性嚢胞腎 (PDK) は様々な原因で起こるが、さまざまな遺伝的原因の研究から嚢胞の発生メカニズムは驚くほど共通の原理に基づくと考えられている。すなわち、尿流の感覚システムの破綻などによるシグナル変化で細胞内の cAMPが高まると、上皮構造を維持する機構が壊れ、管腔の代わりに嚢胞ができ、テンション、炎症、代謝変化、増殖因子がそれに働いて嚢胞が拡大すると考えられている。

このメカニズム理解に基づき、最初の段階を抑制するバソプレシン受容体阻害薬が農法形成を抑える薬剤として認可されているが、他にも京大CiRAの長船さんのレチノイド作動薬による管腔維持、代謝を標的にするメトフォルミン、そして上皮の増殖を抑えるキナーゼ阻害剤まで、さまざまな治療候補が研究されている。ただ、バソプレシン阻害剤も含め、これらの薬剤を長期に使った時の副作用の問題が常に付きまとう。

今日紹介する研究は、上皮が増殖して嚢胞が拡大する過程を抑制するため、嚢胞に蓄積されていることが知られているHGFの刺激を受ける受容体 cMETを標的にしている。もちろんこれまでもこれら増殖受容体は標的にされてきたが、この研究の特徴はIgAを内側から外側へと移送する分子が嚢胞に強く発現していることを利用すると、cMETに対するIgA抗体を用いることで、抗体が嚢胞に蓄積して、嚢胞上皮の増殖をより特異的に抑えられる可能性を狙っている点だ。

このため、cMETに対するモノクローナル抗体のFc部分をIgAに置き換え、粘膜を通過するためのJ鎖も加えて2量体を作らせ、これを精製してPDKモデル動物に用いている。

まず試験管内でこのIgA抗体が cMETシグナル抑制効果を確かめ、さらに上皮により内腔側に移行する事を確認した後、ラットに自然発生したPDK系統(Pkdr1遺伝子欠損)に腹腔内投与し、抗体が期待通り嚢胞に移行し、他の組織より高い濃度を保つこと、そして嚢胞上皮の増殖を抑えることを確認する。

次はマウスモデルで、嚢胞化が急速に進むBicc1 (RNA結合タンパク) 欠損マウスに生後7日から一週間投与する実験を行い、組織学的に嚢胞の拡大をかなり阻止できること、上皮の増殖を抑えること、そしてクレアチンレベルで見た腎機能を改善できることを確認している。面白いのはただ cMETシグナルが低下するだけでなく、上皮の細胞死も誘導する点で、IgAによる白血球依存的細胞障害性反応も起こっている可能性がある。

最後に、尿流感知に関わる遺伝子Pkd1を生後欠損させた夜緩やかに進行するマウスモデルへ2週間隔日投与を行い進行抑制効果を調べている。このモデルでは見た目の抑制効果は遙かに強い。組織学的にも皮質はよく保たれており、髄質の嚢胞の数も少ない。機能的には血中クレアチンレベルやBUNで見ても効果は高い。

以上が結果で、この急性実験では特に副作用はなかったとしている。ただ、METは肝臓にも重要だと思うので、治療を続ける必要のあるPDKの場合長期投与での副作用は重要な問題だと思う。ただ、この研究を見て重要だと思ったのは、上皮がIgAを管腔側に運び出す点で、これを利用することで他の薬物を抗体に運ばせ、嚢胞の中で濃縮する可能性が生まれる点だ。即ち、かなり低い濃度でもIgAに運ばせることで嚢胞内で有効濃度を達成できる可能性がある。その意味で、この研究はPDKに新しい道を開くと思う。

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11月21日 サイトカインは再びガン治療に使われるようになるか?(11月19日 Cell オンライン掲載論文)

2025年11月21日
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今日のタイトルは11月28日夜7時から開催するジャーナルクラブ(https://aasj.jp/news/seminar/27819)のタイトルと同じにした。というのも、今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は28日に伝えたいと思っていたことの全てが含まれていると感じたからだ。タイトルは「Macrophage-targeted immunocytokine leverages myeloid, T, and NK cell synergy for cancer immunotherapy(マクロファージをターゲットにした免疫サイトカインは顆粒球、T細胞、そしてNK細胞をガン治療へと組織化する)」で、11月19日Cellにオンライン掲載された。

20世紀の終わり、サイトカインの遺伝子クローニングが相次いだ頃、エリスロポイエチンやG-CSFの成功に続いて、免疫系の細胞を操作できるサイトカインによりガン治療も可能になるのではと期待が高まった。実際、インターフェロンや IL-2 は臨床にも使われたが、作用に比して副作用が高く利用は拡大しなかった。そこで局所投与も含め、効果だけを引き出すための様々な研究が今も続いている。

一つの方法がガン組織に集まる細胞に対する抗体を使ってサイトカインを患部に濃縮する抗体/サイトカインを用いる方法だ。この研究でもまずこの可能性を確かめるため、様々なガン組織上で免疫に関わる細胞の遺伝子解析を行い、ガン組織ではマクロファージの回りにT細胞が集積している度合いが大きいことを確認し、マクロファージを標的にする抗体にT細胞を活性化する IL-2 を結合させてガン組織内に IL-2 を集中させることを考えた。

マクロファージを標的にする抗体として選んだのがガンの免役回避を助けることがわかっているTREM2に対する抗体だ。これを阻害してサイトカイン以上の効果を得ようと一石二鳥を狙ったいる。ただTREM2に対する抗体だけでは移植した腫瘍の増殖を抑えることはできない。

そこでこの抗体に IL-2 を結合させれば、ガンのマクロファージの周辺で IL-2 が濃縮されT細胞やNK細胞の活性を挙げてくれると期待できる。もちろんこの時使う IL-2 は α受容体への結合力を欠損させて制御性T細胞の出現を抑えた操作 IL-2 (eIL-2) だ(例:https://aasj.jp/news/watch/9537) 。 大分前に紹介したが同じような試みはCD8に対する抗体に IL- 2を結合させる研究が進んでおり、少なくともサルを用いた実験では IL−2 の毒性が減り、ガン免疫を誘導する効果が示されている。ところがTREM2抗体を用いて一石二鳥を狙った今回の試みでは、腹腔に注射したマウスは全て死亡してしまった。原因はインターフェロンだけでなく、IL-6 や IL-2 の血中濃度が上昇する強い炎症が誘導されていることがわかる。

それならCD8に切り替えればいいところだが、このグループはガン組織のマクロファージを標的にすることでキラー細胞だけでなく、免疫系を全て動員する効果を期待しており、eIL-2 / 抗TREM2抗体の安全性をさらに高める方法を模索している。その結果、ガン組織のマクロファージが強く発現しているペプチド切断酵素を用いて、eIL-2 を活性化する方法を開発している。具体的には、eIL-2 / 抗体にもう一つ IL-2Rβ を結合させ、eIL-2 をマスクした上で、このマスクをペプチド切断酵素で外す構築を考えついた。すなわち、ガンの回りのマクロファージに eIL-2 / 抗体が到達したときだけ、eIL-2 からマスクが外れ回りの細胞を活性化するアイデアだ。最初見たとき、刺激したい相手も IL-2Rβ 、マスクも IL-2Rβ なのでうまくいくかなと心配するが、案ずるより産むが易しで、副作用なしに高いガン抑制効果を示すので、この分子をMiTEと名付けてその後に実験に利用している。

MiTEだけでも十分効果があるが、チェックポイント治療と組み合わせると、免疫だけで十分ガンを除去することができる。この効果の元を確かめる目的で、ガン組織に存在する免疫系の細胞についてsingle cell RNA sequencingで調べると、MiTE刺激を受けたガン組織では、キラー細胞だけでなく、NK細胞、そしてマクロファージまでガンを抑制する方向にリプログラムされていることがわかった。少し心配なのはeIL-2を使っていても制御性T細胞が上昇する事だが、これについてはCTLA-4を抑制するチェックポイント治療で対応できるとしている。

以上が結果で、CD8T細胞を標的にすると、キラー細胞だけしか活性化できないのが、面倒な分子マスクが必要だとしても、TREM2を標的にすることでガン組織の全ての免疫機能をガンに向けることができる点を強調している。

問題は人間でどうかだが、人間のガン組織をそのまま培養する実験系でMiTEを加えると、マウスで見られたのと同じような変化がガン組織の免疫系で起こることを示しており、臨床応用可能としている。

このように、サイトカインをガン治療に用いるには様々な壁が存在するが、問題さえ乗り越えれば大きな効果が得られることもわかってきた。従って、「サイトカインは再びガンの治療に使われる」というのが答えになる。

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11月20日 GLP-1 受容体アゴニストについての変わった研究(11月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年11月20日
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GLP-1 受容体アゴニスト (GLP-1RA) やGLP-1/GIP dual agonist (GLP/GIPDA) は糖尿病から始まって、今や様々な疾患に対象が拡大しつつある。しかし、最も期待されているのが肥満治療で、今や効果を心配するより、それにより膨らむ医療費を心配するところまで来ていることは、トランプがまずイーライリリーとノボノルディスクに薬価引き下げを要求したことからもわかる。

この分野の最近の動向は神経変性疾患を含む様々な病気への適用拡大だが、これと平行して経口GLP-1RAの開発でも激しい競争が続いている。この分野で後れをとったファイザーが最近経口薬も含めてGLP-1RAの開発を進めるMetsera買収競争で100億ドルを提示してノボノルディスクに競り勝ったというニュースはこの分野での競争の激しさを如実に物語っていると言える(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-11-08/T5DTGLKK3NY800)。

今日まず紹介したいのは、中外製薬が開発しイーライリリーに導出したオルフォルグリプロンが第三相治験で有効と判定されたことを報告する論文で、11月6日号の The New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「Orforglipron, an Oral Small-Molecule GLP-1 Receptor Agonist for Obesity Treatment(経口可能な低分子化合物GLP-1受容体作動薬オルフォルグリプロンによる肥満治療)」だ。

これまで経口GLP-1RAとしてリベルサスが使われていたが、これは修飾したGLP-1なので、本来ペプチドが吸収されにくい消化管からの吸収を促すため様々な条件がついていた。これに対しオルフォルグリプロンは受容体に作用する低分子化合物で、飲み方が簡単であるという点で大きな競争力になっている。

この論文では2023年から2025年にかけて3127人の肥満の人を無作為化し偽薬と比較した第三相試験で、結果をまとめると、毎日服用72週目で容量に応じて体重減少が見られ、36mgと最も多く服用したグループでは11%の減少が見られている。ただ、治験中に25%の人が服用をやめており、予想通り吐き気や嘔吐などの消化器症状が副作用として現れる。また脂肪だけでなく、筋肉減少も見られる。

結果をまとめると、これまでの薬剤と比べたとき、10%減少という効果は低い。一方、副作用などはほぼ同じように出るので、経口投与が簡単と言うだけでどのぐらいブレークするのか難しい気がする。来年にはFDAへの申請が行われるという話だが、価格も含めて注目だ。

このようにGLP-1RAはインシュリン分泌誘導だけでなく、脳に働いて食欲を調節することが代謝改善作用の大きな部分であることを示す研究が進んでおり、このブログでも紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/24811)。この作用を利用して、代謝とは無関係のアルコール中毒や、摂食異常を治療する試みも進んでいる。

アルコールを含む様々な中毒にGLP-1RAを利用する研究についての総説が Journal of the Endocrine Scociety に10月9日オンライン掲載されている。タイトルは「GLP-1 Therapeutics and Their Emerging Role in Alcohol and Substance Use Disorders: An Endocrinology Primer(GLP-1治療とそのアルコールや物質使用障害への適用:内分泌学の手引き)」だ。

総説なので詳しくは紹介しないが、結論としてはアルコールやコカインなどの中毒に効いたという論文はかなり発表されているようだが、さらに長期にわたる科学的な治験が必要だとしている。いずれにせよ、この総説からGLP-1RAの中枢神経作用を利用した適用拡大が試みられているのがわかる。

そして今日最も紹介したいのがペンシルバニア大学からの論文で、食べるのをやめられない摂食障害に対するGLP-1RAの効果を調べた研究で11月17日Nature Medicineに掲載された。タイトルは「Brain activity associated with breakthrough food preoccupation in an individual on tirzepatide(Tirzepatide服用中の摂食渇望の再発と脳活動)」だ。

摂食障害、特に多食を抑えるためにGLP-1RAを利用しようとする治験は報告されているようだ。食に対する中枢に働く重要な回路なので当然と言えば当然だが、この研究ではこの効果を脳内に設置した電極で調べたというちょっと驚く話だ。

この研究では摂食渇望の人を局所電気刺激で治療するため、即座核に電極を挿入し、特に食べ物への渇望が強くなったときにおこる電気活動を調べていた。この結果、7.5Hzという低い波長で渇望時に電位が上昇する事、そして電気刺激でそれを抑えて渇望も抑えられることを2例の患者さんで観察していた。

そして、たまたまGLP-1RAの服用を始めた3番目の患者さんについて、同じように電極を挿入して経過を観察している。期待通り、GLP-1RA服用を始めてから2−4ヶ月は摂食願望は低下し、即座核の活動も低下していることが観察できた。すなわち、GLP-1RAが即座核の神経活動を抑えることがわかる。しかし、5ヶ月を過ぎてGLP-1RAの量を増やした頃から急に摂食渇望が再発し、そのときは通常では見られないほどの興奮が即座核で見られたという結果になっている。

このことは、摂食渇望と即座核のδ波とが相関すること、GLP-1RAがそれを抑える作用を持つことを示すとともに、長期使用により全く反対の作用が発生することを示し、GLP-1RAの長期使用に注意が必要であることを示したと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日  ADHD(注意欠如・多動症)のハイリスク遺伝子変異(11月12日 Nature オンライン掲載論文)

2025年11月19日
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自閉症の科学を連載していた頃はゲノム研究が急速に進んだ時期で、Natureのような一般紙でも様々な精神や発達障害の研究を目にしたので、まとめておこうと思った。しかしこのようなブームは去って、専門誌は見ていないのでわからないが、ASDやADHDの研究論文が一般紙に載る機会は急減し、連載をやめた。

今日紹介するADHDのゲノム研究を常にリードしているデンマーク Aarhus大学からの論文は、ADHDと診断されたなんと8895人についてエクソーム配列を調べ、タンパク質をコードする遺伝子の変異を特定して、ADHDの成立過程を探ろうとする研究で、11月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rare genetic variants confer a high risk of ADHD and implicate neuronal biology(希な遺伝変異はADHDのリスクを高め背景にある神経機能を示唆する)」だ。

9000人近いADHDの人たちを集め、発現するタンパク質レベルの変異を見つけてメカニズムを解析するのは他の病気でも行われてきた。正直ASDでは2021年に大規模エクソーム解析論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/autism-science/15576)。

この時と比べこの研究はADHDを扱っていることと、変異をさらに病気への寄与が大きな rare variant (class I variant) と効果は小さいが比較的多い class II variant にわけ、病気への寄与で言うとオッズ比で6-15倍という高いリスクが認められた3種類の遺伝子を特定したことが新しい。即ち、正真正銘 class I variant に絞って解析したのが重要だ。他にも class I に近い遺伝子を20近く特定しているが、ここではこの3種類の遺伝子についての解析だけを紹介する。

この3つの遺伝子は、微小管の形成に関わると考えられる MAP1A 、 クロライドチャンネル ANO8 、イオンチャンネル局在化に関わる ANK2 で、MAP1A は神経発生に関わるし、ANO8 、ANK2 はそれぞれ神経伝達に関わる重要な遺伝子なので、なるほどと思う。また、ASDと比べて軽い障害としてみてしまうが、これらの遺伝子の機能に関わる変異となると、ADHDも同じぐらい深刻な状態と考えた方がいいように思える。さらに、これらの遺伝子上に認められる変異は機能に大きな影響があると考えられる変異が圧倒的に多い。

ただなるほどと納得できる遺伝子がリストされても、ADHDのメカニズムとの関わりとなるとハードルが高い。このギャップを埋めるため、この研究では正常人の iPS細胞から神経前駆細胞や興奮神経細胞を誘導して、3種類のタンパク質が神経細胞内でどのような相互作用ネットワークを作っているのか調べている。

3種類の遺伝子とも神経細胞で発現しているのは当然だが、iPS細胞由来の神経細胞を用いてこれらの分子と相互作用しているタンパク質をネットワーク解析でリストすると、それらの多くがすでにADHDやASD等の rare variant としてリストされている分子である事がわかった。さらに、これら相互作用タンパク質は生前生後の神経発生で発現が上昇することも確認できている。そして、特にGAGA作動性の抑制性神経で発現が高いこともわかる。即ち、class I の rare variant を中心に、他のリスク遺伝子が相互作用ネットワークを形成し、この関連を通してそれぞれもADHDのリスク遺伝子になっていることがわかる。

このゲノム構築はすでにASDでも何度も紹介した構築に近い。実際、3種類の遺伝子のうち、ANK2はASDリスク遺伝子としてよく知られている。また3つのネットワークに参加する遺伝子の中にはASDや統合失調症のリスク遺伝子とオーバーラップする。

以上のように希な遺伝子機能異常をベースにして見直すことで、ADHDも脳の様々な器質的な変化をベースにして発生すると考えられ、これはADHDに知能障害が併発することや、その後の教育や社会的な状態が通常より低下してしまうことからもわかる。

これまでADHDはASDと比べてより軽い状態と思ってしまっていたが、ゲノムベースで分類することで、ASDと同じで脳発達に基づく重要な状態であることがわかる。ただ、これらの発見から治療のための戦略が生まれないと分類するだけではむなしい。是非次の段階への研究が進んでほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日夜7時から西川伸一ジャーナルクラブ 「サイトカインは再びガン治療に使われるようになるか?」を開催します。

2025年11月18日
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欠かさずコメントを寄せてくれる岡崎さんのリクエストで、サイトカインを用いたガン治療についてのジャーナルクラブを開催します。21世紀が始まる前、サイトカインのクローニングが続き、エリスロポイエチンやG-CSFが臨床で大成功を収めた頃、インターフェロンやIL-2もガン治療に利用できるのではと期待し、また臨床治験も行われました。しかし、21世紀に入ってからの他の治療法の発展に伴い、当時の熱気は冷めたように思えます。しかし実際には新しい技術を取り込んで、ガンのサイトカイン治療は復活を始めており、現状について解説したいと思っています。いつも通りYouTube配信しますが、直接参加したい方はリクエストしてください。

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11月18日 心筋細胞移植治療をサポートする止血マトリックス(11月13日 Science 掲載論文)

2025年11月18日
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ES細胞やiPS細胞の分化能力を一般の人に示すのに、分化した心筋細胞が動いているのを見せるのは、子供だましと言われても昔から行われてきた。神戸ポートアイランドに設立したCDBでは視察・見学には再生するプラナリアとともに最も重要なアトラクションだった。しかし、試験管の中でまとまって拍動している細胞は、失った心筋を補充してくれるかもしれないが、勝手に拍動すると不整脈の巣を作ってしまう問題がある。既に心筋シートや心筋細胞球の移植が我が国でも始まっているが、これらの方法では幸いホストの心筋システムに統合されやすいのかもしれない。

いずれにせよ、移植した心筋細胞とホストの心臓への統合は今後も最重要課題だが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、我が国でもすでに局所止血剤として使われている RADA16(製品名PuraStat)を移植時に使うことで、移植領域への血管新生を促し、また心筋の完全な成熟を誘導することでホスト心臓への統合を促進することを示した興味ある研究で、11月13日 Science に掲載された。タイトルは「Flexible nanoelectronics reveal arrhythmogenesis in transplanted human cardiomyocytes(フレキシブルナノエレクトロニクスにより人間の心筋細胞の不整脈発生が検出できる)」だ。

タイトルを読むと、フレキシブルな電極の研究に思えるのだが、実際には RADA16 の新しい可能性についての研究になる。RADA16 はMITのグループにより開発されたアルギニン (R) 、アラニン (A) 、アスパラギン (D) 、アルギニン (A) 配列が4回繰り返す16ペプチドを含むハイドロゲルで、これを出血局所に置くとpHの変化で RADA が自己組織化で βシートを形成して組織を強化する素材で、現在は止血剤として使われている。しかし、生体との親和性から細胞の足場として様々な利用方法が開発されてきた。創傷治癒、粘膜再生、骨再生、軟骨再生、更には脊髄損傷にまで利用が可能か研究が進んでいる。

今日紹介するハーバード大学からの論文では、ヒ iPSから心筋細胞を誘導するとき、RADA16 を足場にすることで心筋細胞の成熟が進む一方、不整脈の原因となるHCN4チャンネルの発現が低下することを発見する。

元々様々な組織再生の足場としての可能性が研究されているだけに後は早い。試験管内で誘導した iPS由来心筋細胞を、正常ラットの心臓に移植するとき、RADA16 とともに移植する群と、心筋細胞だけの群を比べている。

まず最も重要な違いは、心筋細胞を RADA16 とともに注射すると人間の心筋細胞に対する血管新生が誘導され、実際の血流が維持されることが観察される。

次に、心筋細胞の分化度については RADA16 があると成熟のスピードが速まるが、他には大きな変化はない。しかし、心筋細胞がラットの心臓と統合されたかどうかを調べると、RADA16 存在下では組織化される度合い格段に高く、心筋細胞だけでは組織化は進みにくい。

最後に心臓の動きに邪魔されないフレキシブルなシート電極を取り出した移植心臓に設置し36電極での同時記録を行うと、RADA16 非存在下で心筋を移植した心臓でははっきりと不整脈を起こす小さな領域が発生しているのが検出できるが、RADA16 と一緒に移植するとこのような不整脈の巣は全く検出できない。

以上が結果で、ラットにヒト心筋細胞を移植するという特殊な系だけの話かもしれないが、ヒトでの応用もやってみる価値はある。例えば福田さんたちが進めている心筋球などはかなり相性がいいかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ