6月7日 Single cell レベルでDNAと転写因子の結合を解析する(6月4日 Cell オンライン掲載論文)
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6月7日 Single cell レベルでDNAと転写因子の結合を解析する(6月4日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月7日
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DNAに結合している転写因子などを免疫沈降してDNA結合モチーフを調べる Chip-seq 法は、転写研究にかなり早い段階で導入されたゲノムテクノロジーだと思う。その後、クロマチンの構造を調べる様々なゲノムテクノロジーが続々導入され、さらに多くのテクノロジーはなんと single cell level に適用できるまでに至っている。

ところが転写研究の本家本元と言える Chip-seq を single cell に適用する方法は存在しなかった。Atac-seq に似た方法で、転写因子が結合している部位にタグを付けて特定する方法も開発されているが、single cell レベルには至っていない。

今日紹介するコーネル大学らの論文は、転写因子が結合している部位のシトシンをデアミナーゼでウラシルに変換することで、タグ付けよりはるかに効率の高い標識を行う方法を開発し、これを Atac-seq と組み合わせると、single cell レベルで特定の転写因子の結合している配列をゲノムワイドに特定できることを示した研究で、6月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Single-cell mapping of regulatory DNA-protein interactions(転写調節でのDNAとタンパク質の相互作用を single cell レベルでマッピングする)」だ。

方法を概説すると以下のようになる。調べたい転写因子に対する抗体をDNAデアミナーゼと結合させた分子を固定した細胞内に浸透させる。これによりデアミナーゼが転写因子結合部位特異的に働くことで、転写因子が結合している配列の近くのシトシンがウラシル化される。こうして変化させたゲノムの配列を、正常配列と比べて、転写因子が結合している部位を特定することができる。

この方法がうまく働くか、まず細胞株を用いてGATA1や染色体の3次元構造形成に重要なCTCF分子の結合サイトを例に調べている。そして、この方法を用いると、クロマチンが拓いた部位だけではなく、クロマチンが閉じた部位でも、特定の分子が集まっている部位を特定できることを明らかにしている。

また少数の細胞でこれまで開発された Cut & RUN などと比較し、デアミナーゼ法では10個から5000個までの細胞数で、ほとんど特異的検出効率が劣化することなく使えること、一方 CUT & RUN では5000個でも検出感度はデアミナーゼ法に劣ることを確認している。

次がいよいよ single cell レベルへの応用だが、この場合クロマチンの開いた部位を検出する Atac-seq を組み合わせるので、基本的には開いた部位についてのみの解析になる。実際には、転写因子部位をデアミネーションした上で、Atac-seq で細胞を展開し、その上に核酸がウラシルに変換された場所の違いをマップすることになる。この結果、例えばGATA1結合部位は骨髄性白血病細胞特異的にラベルされ、B細胞株ではラベルが少ないことが single cell level でわかる。

次に、細胞株ではなく様々な細胞を含むヒト末梢血細胞で調べ、例えばCD8T細胞の染色体3次元マッピングでゲノムが折りたたまれる場所に一致してCTCFが結合することが示される。さらに、DNAメチル化に変化によりクロマチン構造が変化する突然変異を持った細胞が混じった末梢血では、CTCF結合様態で変異細胞ではゲノムの区域化がずれて、転写が大きく変化することも single cell level で示している。

最後に正常ヒト造血細胞が赤血球へ分化する過程でのGATA1結合部位の変異を調べ、赤血球と白血球へ分化する前駆細胞から急速にGATA1結合部位が増加、これが下流遺伝子の発現と完全に一致していることを示している。

以上が結果で、技術としてはまだ完成したとは言えないと思うが、デアミナーゼの効率を様々な方法で高めること、さらに Atac-seq だけでなく、single cell whole genome方法と組み合わせることで、クロマチンの構造にかかわらずゲノムに結合する分子の動態を追跡できるようになると思う。Chip-seq 登場から考えると、時間がかかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 歯のエナメルから見た類人猿の進化(6月4日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月6日
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このブログでは、類人猿の進化というと骨格やゲノムといった観点からの論文を紹介してきたが、今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、歯のエナメルから類人猿の食べ物を知ることができるとする研究で、6月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Enamel nanocrystal misorientation increased with meat-eating and agriculture(エナメル微小結晶の向きのずれは肉食と農耕により拡大する)」だ。

歯のエナメルを電子顕微鏡で見ると、ハイドロオキシアパタイトの柱状結晶がびっしりと並んだ美しい構造を持っているのがわかる。これによって強度だけでなく、表面の保護や修復に関わっていることが知られている。ただ表面に無数に並んだエナメル柱の構造の変化を定量的に扱うことは難しかった。

この研究のハイライトは、PELICANと名付けた高解像度でエナメルクリスタルの角度を測定する方法を開発したことで、光電子顕微鏡など使って偏光に対するエナメル柱の反射を調べることで、結晶構造の向きのずれなどを促成する方法の開発で、これにより無数にあるエナメル柱内に存在する向きがずれたエナメル柱を測定することができる。

と説明したが、この光学原理について完全に理解しているわけではない。ただ、これにより、一つ一つは長さや太さ、向きが異なる異なる動物のエナメルクリスタル構造を同じ土俵で比較することができるようになった。

まずこれを利用して、クルミの殻を歯で砕いて食べるサルと主に果物を食べているサルの奥歯のエナメルクリスタルの構造を調べると、クルミを主食にしているサルで結晶の向きのずれ (misorientation) が極めて大きくなることを確認している。物理学的原因については全く触れられていないので、正しいかはわからないが、例えば直立原人等の化石でもはっきりとこの misorientation が残っているので、人類学にも使えることになる。

手始めに、主に植物を咀嚼していたと言われている250万年前にアフリカに棲息していた Paranthropus boisei の歯と、肉食が始まったエレクトスやハビリスの歯を比べると、肉食とともに misorientation が大きくなることがわかる。

最後に、ホモサピエンスで、農耕が始まるよりずっと前、40000年前の歯と農耕が始まってからの1550年前及び700年前の歯、そして50年前の歯を比べると、直立原人と比べて農耕以前のホモサピエンスでは、misorientation が低下するが、農耕とともに急に上昇して、エレクトスなどと比べてもさらに高い値を示すことがわかった。

残念ながら、農耕の始まった後を1550年前で代表させるなど、考古学的な緻密さがないので、misorientation を固い食べ物によると考えるのは乱暴な気がするが、歯のエナメルに注目し、全体の構造を定量化できるこの方法は、緻密な考古学と一緒になると、おもしろいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 マウスと人間の共通性から自閉症スペクトラムを分類する(5月15日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2026年6月5日
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自閉症スペクトラム (ASD) のメカニズム研究のために、様々な遺伝子変異マウスが使われる。これは、ASD発症に強く関わる遺伝子がゲノム解析からわかってきたためで、その機能を調べるためにはどうしても実験動物に頼らざるを得ない。ただ、マウスの結果を、どのように人間の結果に結びつけるのかは難しい問題だ。

今日紹介するイタリア Rovereto にあるイタリア技術研究所からの論文は、遺伝子変異を導入した20種類のASDモデルマウスの分類から始めて、同じ分類をヒトのASDに当てはめられないかという極めてユニークなアイデアで計画された研究で、5月15日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Autism subtypes identified using cross-species functional connectivity analyses(種を超えた機能的結合解析から特定された自閉症のサブタイプ)」だ。

安静時の機能的MRI活動の同期性から脳各領域の結合性を調べることができるが、20種類のマウスの結合性をおそらく麻酔下でまず調べている。実際自由に研究できるマウスでわざわざ機能的MRIによる結合性を調べたことがこの研究のハイライトだ。そして期待通り、差が見つかる領域はそれぞれ異なっているが、コントロールと比べたときに明らかに結合性が低下しているモデルマウスと、逆に結合性が高まっているモデルマウスに分けられることがわかった。おそらくマウスの詳しい生理学では逆に見落とす気がする。ともかく人間と同じ方法で調べようと考えたのが素晴らしい。

それぞれのタイプのマウスに導入された変異遺伝子とともに、結合性が変化した領域での遺伝子発現の特徴から得られる分子ネットワーク解析から、結合性が低下したグループのほとんどは、シナプスや神経機能に関わる遺伝子群の発現が低下しており、一方結合性が高まったグループは、主に自然炎症に関わる遺伝子の発現が上昇していることを発見した。これまでこの二つの要因がASDに関わることは示唆されていたが、明確に領域間結合性の差として示せたことが重要だ。

次はこの結果を人間に移すことになるが、マウスで変化が見られた領域間を人間の脳にまずマッピングし、700人近い ASD- MRI 検査データについて、マウスから得られた領域間の結合性を調べ直している。こんなうまい話があるのかと思うほど、マウスでの結果はヒトに移すことが出来、ASDの患者さんを領域間の結合性が低下する変化が目立つグループと、逆に結合性が上昇するグループに分けることが出来、死後脳の各領域の転写を調べる研究から、結合性が低下する群ではやはり神経機能に関わる分子が低下し、逆に結合性が高まる群では炎症や免疫に関わる遺伝子の発現が上昇していることを明らかにしている。

このグループ分けと、症状との関わりをべると、重症度を測るCSS指標で炎症性遺伝子が発現し結合性が上昇しているグループの方が重症であるという弱い有意差が見られているが、症状との関わりまではまだまだギャップが大きいと思う。

以上が結果で、分子解析が容易なマウスから始めて、多様な人間のASDを調べるという発想はユニークで高く評価できると思う。もちろん機能的結合性がそのまま脳波や神経記録で見られる変化をそのまま反映するわけではない。実際、興奮神経と抑制神経のバランスをこの結果から想像するのは不可能だ。その意味で、この研究はスタートに過ぎないが、この方法論は期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 シヌクレイン症を支えるもう一つの役者(5月26日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月4日
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パーキンソン病を始め、レビー小体認知症そして多系統萎縮とシヌクレインの凝集による神経変性疾患の表現は複雑だが、今日紹介する上海復旦大学、上海交通大学、そして中国アカデミーの有機化学研究所からの論文を読むまで、もう一つの分子オリゴデンドロサイトにより合成されるTPPP/p25と呼ばれる微小管結合タンパク質が、シヌクレイン症で問題になっていたことは全く知らなかった。この分子は、レビー小体、多系統萎縮ではグリア細胞封入体にシヌクレインと共凝縮していることが知られている。論文は5月26日 Cell にオンライン掲載され、タイトルは「TPPP/p25 amyloid seeding activity as a specific biomarker for multiple system atrophy(TPPP/p25アミロイドのシード活性は多系統萎縮特異的マーカーになる)」だ。

TPPP/p25はそれ自体で繊維状に凝集することが知られている。研究では、まずどの部分が凝集に関わるか、ドメン除去などの実験を繰り返して、最終的に中央部のコア部分が凝集に関わることを特定する。即ち、他の部分はコア部分の凝集を抑える役割がある事を示唆しており、構造解析などの結果からN末端やC末端の構造が凝集を防ぐ役割を持っていることを明らかにする。

次にパーキンソン病の患者さんで特定された119番目のアラニンがバリンに変わった変異タンパク質を比べると、このコア部分の変異により、プロテクトする領域があるにもかかわらず凝集能力が高まる。変異タンパク質も加えたクライオ電顕構造解析から、コアタンパク質が凝集するのに必要な複雑な構造変化を明らかにしている。

これらの知見に基づいて、凝集しやすいコア部分をシードとするTPPP/p25の凝集を誘導するアッセイシステムを開発し、これを用いてコホート研究で蓄積された脊髄液の凝集されやすさを測定している。すると驚いたことに、多系統萎縮の脳脊髄液だけが、コントロールと比べシードに反応して凝集しやすい。同じシヌクレイン症でしかもレビー小体にはTPPP/p25も共沈殿しているのに、パーキンソン病やレビー小体認知症では、他のコントロールと同じで凝集誘導されるのに時間がかかる。

結果は以上で、地道にTPPP/p25の繊維状凝集過程を探る中で、シヌクレインと別に多系統萎縮と、他のシヌクレイン症との違いを決めている新しいメカニズムにたどり着いたことになる。残念ながら、何故このような現象が起こったのかについては全く不明だ。しかし、おもしろい手がかりが見つかったことは間違いない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 78歳を迎えてのご報告

2026年6月3日
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誕生日に際してのご報告

78歳の誕生日を迎えますが、6月15日に唾液腺ガンの手術をすることになりました。5cmは優に超える大きな腫瘤が右耳下腺にあり、リンパ節転移も認められます。医学のプロが何をしていたのかと馬鹿にされそうですが、昨年の4月から40年間付き合っていたワルチン腫の一つが徐々に大きくなってきたのに気づきました。もちろん気になって、10月MRI検査を行い、12月にはアスピレーションバイオプシーによる細胞診も行ったのですが、悪性なしで8月まで切除を待つことにしました。ところが4月中旬、急にCEAが上昇、5月に入って消化器などを全て調べるとともに、耳下腺も再検査したところ、間違いなく悪性転化でリンパ節転移と診断されました。この結果を聞いたのは先週で、そのとき手術日が6月15日になりました。

耳下腺ガンは様々なタイプがあり、手術して組織を見るまで最終的な予後はわかりません。最近の大きくなり方から、かなりアグレッシブだと覚悟しています。ただ、自分がガンになったら、これまで皆さんに伝えてきたように、ゲノムも含めて徹底的に調べようと決めており、検査や治療の可能性について多くの友人に相談し、多くのあたたかい協力の申し出を得ております。もちろん精神的には落ち込んでおりますが、このような友情に支えられて、主治医と患者だけでなく、病理やゲノム検査が統合されることで得られるデータに基づいて自分のがんを知り、納得して戦える新しい医療に貢献できたらと思っています。

今後の活動ですが、もちろんこれまで通り論文ウォッチは続けます。ただ、摘出に際して顔面神経切除・再建も覚悟する必要があり、そうでなくてもある程度顔面神経麻痺は必死なので、Zoomや講演は当分中止しますのでご理解ください。

最後になりましたが、論文ウォッチは、妻の里美の検閲を受けており、彼女の助けなしにはこの活動は不可能でしたが、これからはこれまでの何倍も助けが必要になるとおもいます。ただただ感謝の気持ちを述べて終わります。論文ウォッチはもう少しで5000回に到達します。そこまでは二人三脚で頑張ろうと話しています。今後ともよろしく。

カテゴリ:活動記録

6月3日 Long Covidの自己抗体(5月28日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月3日
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(今日は私の78歳の誕生日ですが、これを機会に一つご報告があるので続く記事もお読みください)。

Covid感染後に続く様々な慢性症状を示す一群の疾患をLong Covid (LC) として研究が続いている。ウイルスの持続、自己免疫疾患誘導、微小血栓など様々な仮説が示されているが、どれも因果性を明確に示すまでには至っていない。そんなとき、4月にアムステルダム大学のグループから、LC患者さんの血清をマウスに移入すると、痛みの感受性が高まるLCと同じ症状を誘導出来ることを示す研究が Cell Reports Medicine に発表され、自己免疫説の可能性が示唆された(Cell Reports Medicine 7, 102693, April 21, 2026)。

今日紹介するイェール大学 岩崎さんの研究室からの論文は、同じ方向性の研究だが、より大規模に因果性を探索する方向で研究が行われている力作で、5月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A causal link between autoantibodies and neurological symptoms in long COVID(Long Covidの神経症状と自己抗体の因果的連鎖)」だ。

臨床研究は複雑に決まっているが、これを理解した上で複雑性をどう説きほどけばいいのか、岩崎さんの研究を見ると一つの手本が示されているといつも思う。この研究では、自己抗体が LC神経症状発症に関わるという仮説に絞って研究を行っている。そこで、LCと健常人だけを比べるのではなく、コロナ回復期の血清の3種類のグループの血清について、神経組織の染色を行い、LCの患者さんで様々な神経組織に対する自己抗体が上昇してること、中でもマウスの髄膜に対する抗体は他のグループとの差が大きいことを発見する。おもしろいのは、頭痛とマウス髄膜組織への反応性とが明確に相関することだ。

このように組織レベルで自己抗体がありそうだと確認した上で、自己免疫を調べるための抗原パネル、脳組織の免疫沈降、Gタンパク受容体を抗原としたELISAの3種類の方法を用いて、患者さんの抗体が反応する抗原についての膨大なデータを集め、3種類の方法でLC患者さんの自己抗体と反応する抗原として、グルタミン酸受容体や転写のメディエーター、そして内因性レトロウイルスなどの抗原を特定している。また、それぞれに対する自己抗体がLCと相関する確率を丹念に算出し、それに基づいて、LC診断用の抗原がリストされた新しいパネルを作成している。そして、新しい患者さんのコホートで、このパネルがLC診断に役立つことを示している。あの膨大なデータが科学的なだれもが使える検査に仕上がるのはさすがと言える。

以上の結果は、何か一つの抗原に対する反応がLCを誘導するのではなく、LCでは様々な抗原に対する抗体が集まって作用していることになる。そこで、抗原にこだわらず病気を誘導するメカニズムを調べている。まず注目したのがFcクラスで、抗体依存性の細胞傷害、さらにFc依存性の貪食反応に関わるIgクラスが、神経を傷害することが細胞レベルのメカニズムではないかと結論している。

これを確認する一つの実験として、痛みの過敏性を示すLCの血清でマウスを処理したとき、末梢の皮膚に投射する感覚神経ファイバーをモニターし、数の現象が起こるとともに、痛みへの感受性が上昇する事を明らかにしている。

また、マウスにLC患者さんの血清を注射したとき、痛みだけではなく、運動脳、認知、記憶など様々な神経機能の低下を誘導出来ることを確認した上で、各患者さんの抗体が染色する脳部位とLC患者さんの症状が相関することを示している。

大分はしょったが、LCのように複雑な要因がからむ人間の病気を、現象論から因果論まで、決して一つの小さな結論に逃げずにやり遂げたという素晴らしい論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 ゾウと糞虫(5月28日号 Science 掲載論文)

2026年6月2日
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大型哺乳類が常に絶滅の危機に瀕していることは疑う人はいない。ただ、一つの腫が絶滅することが、哺乳動物から昆虫、そして植物まで大きな影響がある。これを丹念に調べることは時間と人手と金がかかる大変な仕事だ。おそらく、トランプの科学研究費カットで最も大きな影響を受けているのではと推察する。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、主にケニアを中心に、特にゾウの減少が動物の糞に依存して棲息している甲虫を絶滅に追いやるかについて調べた研究で、5月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Importance of elephants for dung beetle biodiversity and ecosystem functions(糞虫の生物多様性と環境での機能にゾウは重要な位置を占める)」だ。

糞虫の中でも有名なのは、ファーブルによって記述されたフンコロガシ (tunneler) だろう。しかし、糞虫には糞の中に卵を産んで幼虫を育てる dweller や、糞をそのまま埋めて処理する roller 等様々な種類が存在する。この研究ではこれらの糞虫がどの動物の糞の中に存在するのかを、ケニアのフィールドで詳しく調査し、最も多くの糞虫がゾウの糞をベースに棲息していることがわかる。おもしろいのは、このフィールドで次に糞虫の多いのがシマウマだが、その次が人間で、どのように人間の糞がこのフィールドで生産され、糞虫を支えているのか興味がわく。

次に、ではゾウの糞に棲息する糞虫は他の糞では棲息できないのかを調べると、かなりの腫が他の糞でもなんとか間に合わせられる。とは言え、これらの腫は基本的にゾウの糞に惹かれる。これらの生態的結果を基に、理論的シミュレーションを行い、個々の哺乳動物腫の減少と、糞虫の減少を計算すると、糞虫の生息数に最も影響するのがゾウの減少である事が確認される。

このような生態観察に基づくシミュレーション研究は数多くあるが、この研究の特徴は、この領域にそれぞれ1万平方メートルの完全に哺乳動物を除外したフィールド、ゾウを除外したフィールド、全く動物を除外しないフィールドを作って、15年後の糞虫の生息数や種類を調べるという大変な実験を行っている。結果はシミュレーション通りで、ゾウが除外されると糞虫の生息数は大きく減少する。中でも、糞の中に卵を産み付ける Dweller の影響が大きい。また、完全に動物をブロックした場合とゾウだけブロックした場合も、そう違いがないので、ゾウの糞が如何に重要かがわかる。しかし、これを調べるため15年も待ち続けたのは頭が下がる。

しかしこのフィールドのおかげで、ゾウの糞の個々の種レベルの影響がわかる。ゾウがいる場所で当然ゾウに親和性の高い糞虫が増えているが、これがゾウの侵入を防ぐと急減する。そして、この影響をそれぞれの種でプロットできる。

最後に、これらの種が糞の処理というエコシステムにも重要な影響があることを、どの程度の糞が地上から処理されたかを実際に調べて検証している。結果は予想通りで、このような糞虫のおかげで処理が進んでいるのだが、ゾウを減らすと糞も減ると思いきや、逆にゾウを減らすと全体の糞の処理が大きく低下したことも示している。

以上が結果で、生態、シミュレーション、そして実際の大規模実験を組み合わせて大型哺乳動物と糞虫の関係、及び絶滅危機に関する重要なデータを生み出している。例えば、フンコロガシなどは糞を処理することで、Dweller の競争相手になるし、元々他の動物の糞でもなんとか間に合わせられる。なのに、このような結果が出たことは重要で、さらに生態を突き詰めたおもしろい研究が可能になるだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 脳の老廃物排出機構の再検討(5月29日 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月1日
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脳内に発生した老廃物をドレーンする仕組みが存在することが示されたのはずいぶん前の話だ。その後、様々な実験を経て Glymphatics の名前で体系化されるようになった。そして、この経路を通してアミロイドなど神経変性に関わるタンパク質も除去されていると考えられている。そのため、この経路をより活性化することで、アミロイドなどの除去を促進し、認知症の進行を遅らせる様々な取り組みが始まっている。

この大きな流れに待ったをかけたのが今日紹介する米国グラッドストーン研究所からの論文で、脳細胞から発生する内因性のタンパク質は、脳室内に注射したトレーサーとは全く異なる経路を通って排出されることを示した重要な研究で、5月29日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Physiological brain clearance architecture revealed by neuronal protein tracing(脳の生理学的な排出構築が神経細胞由来タンパク質追跡により明らかになった)」だ。

これまでほとんどの脳内排出機構の研究はトレーサーを脳に注射して排出を追いかけるのが普通で、この場合このブログでも紹介したが、最終的に頸部リンパ管へとドレーンされることが示された。この研究では、では脳細胞が細胞外へ排出するタンパク質は同じルートで通るのかと問いかけた。

これを調べるため、脳細胞で安定な蛍光タンパク質 ZsGreen を発現させて、それが排出される過程を追いかけた。同時に脳内に注射した蛍光タンパク質も追跡し、両者が全く異なるルートをたどることを発見する。最も著明なのは、脳に注射したタンパク質はほとんどリンパ管からリンパ節へと流れていくが、内因性のタンパク質は頸部リンパ節でほとんど検出できない。

さらに、ZsGreen は排出過程でグリアやマクロファージにとどまらず、硬膜や頭蓋の様々な細胞に取り込まれることで、取り込んだ細胞を取り込んでいない細胞と比べると、例えばB細胞では ZsGreen を取り込んだ細胞は抗原プロセッシングに関わるMHCを含む様々な遺伝子発現が高まり、加えてPD-L1のように免疫を抑える分子を発現していることから、脳から流れてくるタンパク質を常にサーベイして、免疫反応が起こらないように調節している可能性を示している。

さらに、脳のそれぞれの領域は別々のコンパートメントに分かれて、内因性タンパク質放出の最も近いルートが形成されていることも、異なる領域で ZsGreen を発現させて明らかにしている。即ち、内因性タンパク質は、近くの脳を囲む硬膜から頭蓋へと運ばれ、最終的に鼻に放出される。この間に多くの細胞に取り込まれ、B細胞を中心に脳内の免疫調節機構に関わることも明らかになった。

最後に、炎症やアミロイドβの蓄積によってこのルートがどう変化するかも調べている。炎症が発生すると、ZsGreen は脳血液関門を通って血液まで運ばれることが明らかになった。一方、アミロイドβが蓄積するマウスを調べると、内因性タンパク質の輸送が極端に低下して脳内に蓄積することが明らかになった。アミロイドβも内因性のタンパク質なので、これが輸送ルートを占拠して他のタンパク質の輸送を阻害していることになる。

結果は以上で、Glymphatics が盛り上がってきたときに、このような根本的再検討が行われ、全く異なる領域を示した素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月31日 期待できる新しい検査法2題(5月27日 Science Translational Medicine 掲載論文他)

2026年5月31日
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今日は臨床応用直前まで来ている新しい検査法についての論文を2報紹介する。いずれも Science Translational Medicine に掲載されており、translational research についてはレベルの高い研究がこの雑誌を選んでいるのがわかる。

最初のドイツ チュービンゲン大学からの論文は、5月27日に掲載されたシヌクレインを検出できる新しいPETプローブで、タイトルは「The PET tracer [11 C]MODAG-005 targets alpha-synuclein aggregates in the brain(11C MODAF-0005 PETトレーサーは脳のαシヌクレイン凝集を検出する)」だ。

アルツハイマー病の Aβ-PET や Tau-PET が治療法の開発を促進しているように、パーキンソン病、レビー小体脳症、多系統萎縮のようなαシヌクレインの凝集による病気の臨床も、シヌクレインの凝集を追跡できるPETが開発されれば大きく進展すると予想される。

この研究グループはこれまでシヌクレインに結合する化合物を開発し、最終的に凝集αシヌクレインに結合活性が強い MODAG-005 を開発している。アイソトープラベルしたこのプローブ(005Pとする)が試験管内でヒトの病気から集めた異常シヌクレインに結合することを確かめた後、今度はPET用にC11アイソトープでラベルし、凝集シヌクレインを線条体に注射したラット、マウスのパーキンソン病モデルで特異的なPET検出が可能か確認している。そしてサルを用いて 005P が体内から速やかに排出されることを確認した後、患者さんを用いた検査を行っている。

多系統萎縮、パーキンソン病、多系統萎縮とパーキンソン病の合併した患者さんに C11-005P を注射して脳を調べている。正常人でも脳幹に集積が見られるが、それぞれの病気でははるかに強い集積が、期待される場所に見られることから、シヌクレイン症の経過を調べるトレーサーとして役立つと結論している。

次は中国広州中山大学からの論文は5月20日に掲載された、腎臓の線維化をモニターする検査方法の開発で、タイトルは「Urinary fluorogenic reporters for noninvasive detection and staging of kidney fibrosis(尿中に排出される蛍光レポーターを用いた腎臓線維化の検出とステージングだ)」。

極めておもしろい発想の検査法で、線維化が始まるとマトリックスをクロスリンクする lysyl oxidase (LOX) と transglutaminase2 (TG2) が上昇する。これまでも尿中の TG2 を指標に移植腎の線維化が調べられたりしているが、定着していない。

この研究では Lox と TG2 が同時に発現している腎臓線維化を、しかも尿で調べることを目指し、最終的に Lox でコラーゲンのリジンに結合し、TG2 の作用で切断されるとそれまで蛍光が抑制されていたプローブの蛍光がオンになり、そのまま尿に排出されるという検査システムを開発した。

マウスを用いて、コラーゲンの産生上昇を伴う線維化が起こったときだけ、このプローブを注射すると、尿に2時間以上蛍光プローブが排出され続けること、また TG2 が発現しないと蛍光プローブは尿中に出ないことなどを確認した後、実際の検査に進んでいる。

腎臓バイオプシーで線維化を組織学的に調べた患者さんに、005P を投与、その後尿中の蛍光プローブの量を量ると、組織学的線維化程度に比例して、蛍光プローブの排出が上昇する。一方、これまでのクレアチニン、尿素窒素、eGFR等は線維化の程度を量的には反映していないことから、新しい方法は CKD の線維化を選択的に調べられる検査になると結論している。

両方とも期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月30日 肝臓のマクロファージが鳩のジオセンサーだった(5月28日号 Science 掲載論文)

2026年5月30日
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これまで様々な動物が地磁気を感知して長い旅をするメカニズムについての研究は何度か紹介してきた。中でも主流になっている考え方は光を感じるタンパク質クリプトクロームが地磁気の影響を受けることで、磁気を目で感じているという考え方だが(https://aasj.jp/news/watch/16040)、ではクリプトクロームが働かない夜はどうかなど、全てが明らかになったとは言えない。

今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、驚くことに壊された赤血球から多くの鉄をため込んだマクロファージが、自律神経に地磁気シグナルを伝えることで、鳩は夜でも目的地へのフライトが可能であることを示した研究で、5月28日号の Science に掲載された。タイトルは「Homing pigeon navigation relies on superparamagnetic macrophages under overcast conditions(鳩の帰巣ナビゲーションは曇り空ででも働くマクロファージの超常磁性に依存している)」だ。

この研究では強い磁場をかけたとき、どの身体の部分が超常磁性を示すかを調べ、肝臓が強く反応することを発見する。超常磁性には当然鉄が必要で、次にどの細胞が鉄を含有するかセルソーティングで調べた結果、クラスII MHCを発現するマクロファージで古い赤血球を肝臓で壊し、そこから多くの鉄を取り込んでいることを確認している。

マクロファージが超常磁性を持つとして、ではどのように脳へシグナルを送るのかを考えるため、肝臓のマクロファージと神経細胞の関係を調べると、肝臓の門脈と中心静脈をつなぐ血管に沿って走る神経と接して存在することを突き止めた。

本当なら、脳にシグナルが伝わっているのか Fos の反応などを用いて調べるところだが、この研究では脳の反応は棚上げにして、すぐ行動実験へと移っている。マクロファージに脂肪粒子を取り込ませることで、赤血球取り込みを抑え鉄の蓄積を低下させることが出来るので、このような処理を施した鳩を作成、これを太陽の光を利用できない曇り空で帰巣させる実験を行うと、コントロールは一直線で帰巣するのに、肝臓のマクロファージがブロックされた鳩は、スタートラインをうろうろして元に戻ることが出来ない。一方、同じ処理をしても太陽の光があるときには、肝臓のセンサーがなくても一直線で元に戻る。

以上が結果で、肝臓のクーパー細胞と呼ばれるマクロファージが鳥の地磁気センサーの役割を演じるとは、全く予想外の話で驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ