6月21日 脳内埋め込み電極を用いてALSの患者さんが2年間の言葉を用いる仕事を続けることができる(6月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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6月21日 脳内埋め込み電極を用いてALSの患者さんが2年間の言葉を用いる仕事を続けることができる(6月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年6月21日
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手術後6日目になるが、顔は見事に腫れたままだが、昨日ドレーンを抜いてベットから離れる時間が多くなった。20日までは予定投稿が必要で、21日からはこれまで通りその日に論文紹介することが出来ると期待したが、期待通り今日から始められる。病気のことも少しづつは報告していくが、まず論文紹介が再開できるのがうれしい。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文は、筋肉がほとんど動かないALS患者さんの脳内に電極を埋め込み、2年近く脳の活動をデコーダーに伝えて、コンピュータを用いて話したり仕事を続ける可能性について示した研究で、6月15日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term independent use of an intracortical brain–computer interface for speech and cursor control(脳内コンピュータインターフェースを会話とカーソル操作のために長期間にわたって用いる)」だ。

昨年6月12日、同じグループは脳の運動野に電極を設置し、GPTのような言語処理トランスフォーマーモデルでデコードさせることで、コンピュータ音声ではあってもほぼ日常会話が可能になることを示した論文を、Nature に発表し、このブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26998)。ただ、この時の結果は全て患者さんに実験室に滞在して貰って行われた結果で、次の課題は自宅でこの技術を患者さんが使いこなして仕事に使えるかとなっていた。

昨年の論文では2種類のデコーダから初めて発話の自然さなどを実現させる試みなども加えられたが、最終的に言語と相関が高い運動野にクラスター電極記録だけでトランスフォーマーがリズムやピッチも調整できることが示され、今回の研究でも発話に関わる領域に64電極を有するクラスター電極を4つ設置し、256カ所から一定以上の興奮とその頻度を拾っている。運動野と発話の関係については明日の論文で紹介するが、この限られた領域に通常使われるクラスター電極を設置するだけで、2年近く言語を介する仕事を可能にする脳とPCのインターフェースとして機能することには驚き、勇気づけられる。

この研究では会話だけでなく、同じ接地電極を用いてカーソルとクリックでPCが使いこなせるシステムも同時に設定しているのが素晴らしい。これにより、会話だけでなく、情報を得、レポートを書くという作業が可能になる。

さて言葉のデコードに戻ると、基本的には昨年の論文の延長なのでそれを見てほしい。まず最初実験室での280日の訓練を行い、90%以上の正確さで意図する会話が可能になっている。おもしろいと思ったのは、最初より単純なrecurrent neural network(必要最小限の文章を学習させている)を600日間使い、その後急に文章を学習させたトランスフォーマーモデルにスイッチしている点だ。即ち脳で文章を考えた時の神経活動が我々が同じ文章を異なるモデルにインプットするのと同じように働いて、モデルがスイッチされても違和感がないことになる。最終的には、1分間に50単語前後を書いたり話したりすることができる。また、患者さんの構文力はコンスタントに上昇し、文章当たりの単語も2年目には20単語も近づいている。この向上はトランスフォーマーへのスイッチ後に起こっているようなので、デコーダに使うモデルが向上すればさらに複雑な構文が可能になりそうだ。

この患者さんではアイトラッカーを用いてPC操作ができるよう訓練するとともに、同じ電極セットでカーソルの動きを運動野に表象してPC上でカーソルを動かしクリックできるようになることも示している。これに必要なデコーダーは脳研究で使われるリニアでコーダーから、recurrent neural networkにスイッチして、同じ神経細胞の興奮をより素早い作業につなげている。

以上の結果、この患者さんは、支援の人に毎日PCと脳をつなぐ作業を行って貰う必要はあるが、周りの人と会話し、PC検索を行い(これも今やLLMに置き換わっている)、レポートを書き、時にはリモートで話して仕事をすることが可能になっている。

そして一番重要な問題、即ち現存のクラスター電極が長期間機能するかだが、同じようなタスクに、同じように興奮を続けることが示されている。従って、実用上も2年にわたって機械と脳のインターフェースとして機能できることを明確に示した。

この研究の最大目標は、筋肉が使えない患者さんの知的活動の支援を可能にする工学システムの確立だが、前の論文の紹介でも述べたように、ここで得られたデータはそのまま言語を可能にしている脳についての理解に直結する。

明日は、同じ運動野に形成される身体表象の研究について紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日 多様性に優しい医療(6月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年6月20日
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今日紹介する英国キングスカレッジからの論文は LGBTQ+ の若者の精神を安定させるための一種のペットロボット治療に関する治験で、6月4日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A socially assistive robot to support mental wellbeing in LGBTQ+ young people at risk of self-harm: a randomized controlled trial(社会的な支援ロボットは自傷リスクのある LGBTQ+ の若者の精神的安定性をサポートする)」だ。

読んでいてともかく優しさの溢れた論文だと思った。LGBT についてはレスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの略でわが国でも普通に使われているが、Q+ がついているのは、Queer and Questioning のことで、自分の性的指向について迷っている人たちも含めた、性的アイデンティティーが一般とは異なる人たちのことだ。英国のような進んだ社会でも、自己形成期にある LGBTQ+ の若者は疎外感を感じ、自傷リスクが高まるため、精神的ケアが行われている。そのための専門家の面談を中心とした Safety planning 呼ぶプログラムを LGBTQ+ の若者が提供されている。

この研究ではこのプログラムを受ける若者を無作為化して、半分は Safety planning のみ、残りの半分に Safety planning に加えて Purrble と呼ぶ反応型のペットロボットを提供し、精神的な癒やしを加えることが出来るか調べている。

Purrble とはどんなペットロボットかだが、ウェッブでの紹介記事があるので結構よく知られているようだ。最初手に取るとドキドキと鼓動が聞こえ、ゴロゴロと鳴くが、なでてあやしているうちに落ち着いてくるぬいぐるみで、あやすという行為の中で自分も落ち着くことを狙ったかわいいペットロボットだ(https://www.reddit.com/r/plushies/comments/1djqc7v/dae_have_a_purrble/)。

このPurrbleを提供するだけで安全性と効果を調べる治験を行うところも本当に感心する。さて結果だが、Purrbleを提供されたことで悪影響があることはなかった。

次に、対象者全体で見たとき、Purrble を提供されたグループは感情のコントロールに困る頻度が減り、うつ症状や不安症に襲われる確率も有意に低下することがわかった。以上が意図された結果の全てで、ここまで真剣な治験には優しさが満ちているように思えた。

もちろん様々なデータがとられており、LGBTQ+ と言っても多様なので、グループに分けて効果を確かめることが行われている。その中で自分の性についての認識でクラス分けをして効果を調べた調査がおもしろかった。LGBTQ+ の若者は、Cisgender と Transgender にわかれ、Cisgender とは自分が男、あるいは女とわかっているが、自身の指向性が同性に向く、あるいは決めかねているグループで、Transgenderは自分の身体的性と逆の認識を持っているグループを指す。そして、Purrble の効果が最も見られるのは、Cisgender のグループで。Transgender ではほとんど効果がなかった。素人ながらも、この結果はそれぞれのグループの精神性を調べる上でもとてもおもしろいきっかけになる様に思う。

いずれにせよ、LGBTQ+ を決して疎外せず支えたいという優しさに満ちた論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月19日 血液のクローン性増殖の一部は睡眠や運動で抑えられる(6月10日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月19日
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年齢とともに血液幹細胞の遺伝子変異によって、細胞の増殖や分化の効率が少し上がった細胞が生まれると、通常は多くのクローンが働いて維持されている血液細胞の中に、特定のクローンの割合が増加することがある。これがクローン性造血で、ほとんどの場合そのまま白血病になるわけではないが、動脈硬化など自然炎症の関わる病気を悪化させる要因になるのではと注目され、このブログでも何度も紹介してきた。

今日紹介する Ichan Medical School of Mount Sinai からの論文は、通常あまり考えないエクササイズや睡眠の血液クローン性増殖への影響を調べた研究で、6月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mutation-dependent responses to sleep and exercise in clonal haematopoiesis(クローン性造血を誘導する突然変異の中には睡眠やエクササイズに影響されるものがある)」だ。

この研究は最初からエクササイズや睡眠がクローン性造血に影響があると決めてスタートしている。UKバイオバンクや米国の All of Us コホートで、睡眠や活動性の記録が調べられている1000人単位の対象を選び、クローン性造血の頻度を活動性や睡眠で調べている。

このデータだけが人間のデータで、研究のハイライトだと思うが、DNMT3a 変異によるクローン造血とそれ以外に分けると、それ以外のクローン造血だけが身体的活動性と反比例する。即ち活動性が高い人は、クローン造血が抑えられる。

後は、クローン造血を誘導するとされている様々な遺伝変異を持つ骨髄細胞を移植したマウスで、睡眠やエクササイズレベルを変化させ、Tet2 や Jak2 により誘導されるクローン性造血は、睡眠を十分とり運動することで抑えられる事を明らかにする。一方、p53 や DNMT3a変異により誘導されるクローン増殖には影響がない。何故どちらもDNAメチル化に関わるTer2変異が影響され、DNMT3a 変異は影響されないのか等、興味が尽きないが、このグループは例えばエピジェネティックスを調べてメカニズムを探ることは一切していない。

代わりに Jak2 変異で起こるクローン造血を十分な睡眠や運動で低下させると、マクロファージの活性化が抑えられることで動脈硬化の進行を抑えられることを示した後、マクロファージの活性化抑制に焦点を当てて、睡眠と運動が異なるメカニズムでマクロファージの活性化を抑制していることを示している。

具体的には、睡眠が抑制されると、レクチン受容体の CLEC4e の発現が上昇し、この結果マクロファージの自然炎症システムが増強され IL-1 分泌などによる炎症で動脈硬化が悪化する。

一方、運動はマクロファージの自然炎症システムを抑えるが、まず脳神経系に刺激を与え、神経から分泌されるノルアドレナリンが受容体を発現するマクロファージに働いて炎症を抑えていることを示している。

結果は以上で、最初クローン性造血への影響から始まったのに、途中でマクロファージの自然炎症と動脈硬化にすり替わってしまっており、結局わかりにくい論文になっていると思う。しかし、コホートで運動や睡眠のクローン性造血への影響が疫学的に調べられると言うだけで、感心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日 生理学に基づいて、びまん性正中グリオーマの新しい手術術式を開発する(6月10日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月18日
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びまん性正中グリオーマ (DMG) と言う病気は一般の方には全く馴染みがないと思うが、4歳をピークに思春期まで、児童を襲うグリオーマで、現在、選択肢として残っている手術も、腫瘍の進展がびまん性であることから、根治にはなり得ない。このようなホストの脳と一体となったびまん性の進展から、正常脳組織との密接な結合性の確立が DBM 進展の必須条件ではないかと考えられている。

今日紹介する英国ロンドン大学からの論文は、DMG が正常脳組織との結合性をベースに進展することを臨床的に調べた論文で、6月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A prognostic human brain network for diffuse midline glioma(脳のネットワーク形成がびまん性正中グリオーマの予後を左右する)」

ホストの脳と一体化して神経ネットワークから様々な支持を得ることで DMG が進展していることを臨床的に示すため、安静時の機能的MRIによる脳領域の結合性解析を用いて腫瘍と神経的結合を持っている領域を特定することから始めている。すなわち、特徴的な結合性が進展を左右するのではないかと予想して、進展のはやさと結合性に差があるかに焦点を当てて調べている。

領域をリストするのはやめておくが、結果は視床や Pons に出来た DMG で、進展が早い悪性のグリオーマが示す脳領域の結合性には、結合性の強さ以外にはっきりとした特徴がないことがわかった。すなわち、どの腫瘍もほぼ同じような領域とネットワークを形成し、どこか特定の場所との結合性が腫瘍の進展を左右することはなかった。一方で、fMRI の同調性から計算される各領域との結合性の強さの平均値は、病気の進展と強く相関していた。即ち、正常脳領域との結合性が高いほど腫瘍の進展が早い。

様々な年齢の DMG の結合性と脳の代謝の発達を PET で調べることで、この結合性が脳の発達とともに形成されていること、そしてホストの脳との結合性が高い DMG では様々なシナプス形成に関わる分子が高発現しており、特にセロトニン受容体とムスカリン受容体を介する強い結合を神経組織と形成していることがわかった。

と言っても、これらは正常の脳でも機能しているために分子標的としては使うわけにはいかない。そこで、ほぼ同じ領域と DMG がネットワークを形成しているとは言え、その中に見られる結合性の違いを調べ、手術時に強く結合している部位との境をより多く切除するという手術方式を開発している。言ってみれば、各領域に張り巡らされた電線の数を調べて、多い場所をより多く切除するという術式だ。

結果は期待以上で、通常の術式では50%生存が11ヶ月なのに対し、新しい術式ではなんと42ヶ月と大幅な延長に成功している。

以上が結果で、生理学的、病理学的な研究から新しい手術の術式を開発できるという、本当に素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月17日 リモートワークのメンタルヘルス(6月4日 Science 掲載論文)

2026年6月17日
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術後2日目も比較的「小ネタ」を予定投稿しておく。

紹介するのはなんと米国連邦準備制度 (FEB) の研究部門からの論文で、コロナパンデミックを挟んで急増したリモートワークが働く人のメンタルヘルスにどう影響したのかについての研究で、6月4日号の Science に掲載された。タイトルは「Home alone: Remote work, isolation, and mental health(自宅で一人:リモートワーク、孤立、そしてメンタルヘルス)」。だ

おそらく同じような研究は我が国も含めて世界中で行われているのだと思う。しかし、Science の論文としてみたのは、私にとっては初めてだ。おそらく多くの調査が、政府や WHO のレポートとして発表されたのだろうと思うが、Science にチャレンジしたというのがこの研究の最も重要な点だと思う。とは言え、画期的な方法論を用いたわけではなく、60万人近い人を対象としているが、通常の調査研究になる。

まず、Dingel-Neiman remotability index を用いて仕事をリモート可能と不可能に分け、コロナパンデミック以降、実際にリモートで仕事をする人たちの割合を見ると、リモート可能な仕事で60%と言うピークを示した後、コロナ以降も30%が維持されていることを示している。

それぞれのグループで、一人で働いている時間を申告して貰うと、リモート不可能な仕事でも一人で働く時間が増え、コロナ後も続いている。しかし、リモート可能な仕事では一人で働く時間が2時間多い。

リモート可能な仕事で、一人で暮らしているグループと、他の人と一緒に暮らしているグループに分けると、一日中一人で孤独という時間が一人暮らしの場合圧倒的に高く、しかも5時以降に街に出て他の人と交流する時間も一人暮らしでは大幅に減っている。

精神的苦痛を感じる程度はコロナ前ではリモートが出来ない仕事の方が多かったが、コロナ以降両者は拮抗している。しかも、リモート可能な仕事では精神的ストレスを医師に相談し投薬を受ける頻度が上がっている。そして、リモートワーカーのうち、ひとり暮らしほど精神的苦痛を感じ、医師に相談する確率が上がっている。

以上が結果で、大規模調査という以外は、よく Science に採択されたなというのが正直な印象だ。しかも、FRBの研究所とは言え、何か明確な提言が行われているわけではない。しかし、行政的な調査も一般紙に報告する重要性は認める。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月16日 アルツハイマー病の修飾因子としての糖鎖修飾(6月9日 Nature Metabolism オンライン掲載論文)

2026年6月16日
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術後1日目で、この論文紹介は前もって書いて予約投稿している。

今日紹介するフロリダ大学からの論文は、アルツハイマー病 (AD) の脳組織のメタボローム解析から膜タンパク質の糖鎖修飾が亢進していることを発見、この現象が AD に及ぼす影響を調べた研究で、6月9日 Nature Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Hyperglycosylation is a metabolic driver of Alzheimer’s disease(過剰な糖鎖修飾はアルツハイマー病の代謝レベルのドライバーになっている)」だ。

実はこの論文はおもしろいと思ったが紹介するのを少しためらった。と言うのも、論文の最後の方でサプリメントとして広く使われているグルコサミンが AD と合わさると、進行を早める可能性のあるデータが示されたからだ。一般の方の不安をあおる心配もあるので、最後のデータはより慎重に紹介することにして、紹介する。

研究ではまず、組織上でメタボロームが可能な質量分析器を用いて AD を解析、特に神経細胞層である灰白質の糖鎖修飾が亢進していることを発見する。さらに、AD の病期と対応させると、進行とともに糖鎖修飾レベルが上昇する事を明らかにしている。

次に同じことが ADモデルマウスでも見られるのか、5xFAD と呼ばれるアミロイド蓄積を促す5つの変異を組み合わせたマウスを同じように調べると、大脳皮質や海馬で特に糖鎖の量が高まっていることを確認し、これがアミロイド沈着に伴い起こる変化であることを示している。即ち、ADが始まるとともに、糖鎖修飾が亢進することになる。そしてこれが新しい糖鎖合成活性上昇に支えられていることを明らかにしている。

これまでも AD で糖鎖修飾の変化が起こることは報告があるが、この研究では糖鎖修飾亢進が AD の症状にも関与するかどうか、介入実験を行い確かめている。まず、グルコサミン6P から N-アセチルグルコサミンの転換に関わる酵素を RNAi で阻害すると、脳の糖鎖修飾は抑えられ、その結果マウスの記憶障害が改善する。同じように、グリコシレーションを薬剤で抑制すると、脳の糖鎖修飾が低下するのに平行して記憶障害が改善する。

ここからが問題になるが、糖鎖修飾抑制実験の逆で、糖鎖修飾を高める実験として、グルコサミンをマウスに経口投与する実験を行い、ADモデルマウスがグルコサミンを摂取することで脳の糖鎖修飾がより亢進し、記憶障害も少し高まる傾向を観察している。ただ、抑制実験と比べるとその差は大きくない。

もちろん同じ実験を人間で行うわけにはいかない。しかし、我が国を含め世界中でグルコサミンはサプリとして広く摂取されている。そこでフロリダ大学の電子健康情報の中から、MCI を含む認知障害と診断された患者さんで、診断後にグルコサミンサプリを少なくとも一年以上摂取したグループを選び、病気の進行について、グルコサミンを摂取しなかった人たちと比較している。少し驚いたのは、対象になった人たちの8%がグルコサミンをサプリとして摂取していることで、かなりポピュラーなサプリになっている。結果だが、アルツハイマー病関連認知症と診断された人たちでグルコサミンを摂取しているグループは、死亡リスクが25%上昇していた。さらに軽度認知障害 (MCI) と診断された人たちを追跡すると、ADへと進展するリスクがやはり25%上昇していた。

これは大変だと自分で思ったのだろう、正常マウスにグルコサミンを摂取させる実験を行い、アミロイド蓄積が始まっていなければグルコサミンは全く影響がないことを示している。

以上が結果で、アミロイド沈着が始まることが、脳の代謝変化を誘導し、特に糖鎖修飾亢進が起こることで、脳神経回路機能を抑制するという結果で、なるほどと終わる話だが、グルコサミンが絡んで少し重みが増した。グルコサミンの結果についてはこの研究だけで結論するのは早い。しかし、グルコサミンサプリを提供している会社も重く受け止めて、追試などを進めるとともに、AD診断を禁忌事項に挙げた方がいいように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月15日 腫瘍内の三次リンパ組織の臨床利用に向けて(5月28日号 Science 掲載論文)

2026年6月15日
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手術前に慌ただしく書いている。

さて、リンパ節転移を伴う比較的珍しいガンにかかってみて、自分のガンを冷静に分析し、今後どのように対応するか考えてみると、リンパ節郭清を伴う手術と、年齢を考えて陽子線のアジュバント治療は従来の標準に従うとしても、その後は様々な分析結果に基づいて、可能性を追求しようと思っている。ただ、年齢を考えると最終的にはガン特異的免疫反応が重要になるだろうと想像するが、経過を見るまではわからない。

幸い私にはこのような贅沢が許されているが、一般の患者さんにとっては自分にガン免疫が成立しているかどうかなど知ることは難しい。そこで、ガンの突然変異数や、組織学的免疫反応指標などを用いて免疫成立の可能性を推察することになる。

その指標の一つとして最近注目されてきたのがガン組織に形成される3次リンパ組織 (TLS) の存在で、ガンの組織診には今後是非加えてほしいと思う指標だ。今日紹介するテキサス MDアンダーソン ガン研究所からの論文は、空間トランスクリプトーム解析データベースをTLSの観点から再検討し、これに基づいて通常の組織標本からTLSの存在を抽出できる機械学習モデルを作成した研究で、5月28日号の Science に掲載された。タイトルは「Pan-cancer spatial atlas of tertiary lymphoid structures(ガン横断的三次リンパ組織アトラス)」だ。

研究では12種類のガン、340種類の組織について Xenium などの多数の遺伝子発現が一度に解析できる空間トランスクリプトーム解析データを元に、自動で TLS の存在、TLS のガンとの関係、そして TLS の3段階の成熟度を抽出するシステムを構築している。例えば TLS の発生頻度の高いガンを調べると、肺ガンや、腎臓ガン、胃ガンなどが上位に上がってくる。意外だったのは、immune cold と言われている乳ガンで TLS が結構認められることで、しかもサイズは大きい。その意味で、外からアプローチしやすい乳ガンをもう一度免疫ホットなガンとして見直すのもおもしろい。

次に、TLS を初期、1次濾胞型、2次濾胞型に区別し、段階的により組織化された構造になっていく過程を細胞レベル分子レベルで定義している。それぞれのタイプの割合をそれぞれのガンと重ねると、TLS が見られるガンでは、概ね3タイプが同じ程度に観察される。唯一例外は肝臓ガンで一次濾胞型が圧倒的に多い。ただ、この現象の意味については追求されていないが、肝臓ガンが免疫的に特殊であることが知られておりおもしろいと思う。このような例外を除くと、基本的には、ガンの進展とともにガンの TLS も成熟していくと考えられ、ガン免疫を考える点では重要だ。

他にも TLS とガンの距離関係についても抽出することができる。また、免疫に関わる分子の発現と腫瘍との関係も抽出可能で、基本的に MHC-II やインターフェロンなどは腫瘍の近いところで発現が強く、離れるにつれて発現が下がる。即ち、腫瘍近くで免疫反応が起こっているのを可視化できる。

このように、多くの空間トランスクリプトームデータを集めデータベースが構築されたが、全く新しい発見があったわけではない。代わりに、この空間トランスクリプトームデータを通常のヘマトキシリンエオジン染色と対応させて機械学習モデルを構築し、最終的にかなりの確度で H&E 染色組織から TLS の数、位置、そして組織型を特定する AI モデルを構築し、これを通常の組織検査に適用することが出来ることを示している。即ち、新しい組織検査 AI モデルを完成させている。

そしてこの結果に基づいて、それぞれの組織の免疫反応状況を推定するとともに、ガンの免疫治療や、あるいは一般的治療の予後予測にも使えることを示している。いくつかのガンがこれで解析されているが、このAIを用いる方法でも、乳ガンが意外と免疫ホットであることが示されているのはおもしろい。

以上詳細は大分省いたが、空間トランスクリプトームデータを H&E 染色と対応させ AI モデルを作成するのは最近のトレンドで、TLS に絞った今度のモデルは、ガンの個性を知る上でも重要な手段になるのではと思う。特に乳ガンが思いのほか免疫ホットのガンであることを知って、免疫を主軸にした新しい治療も可能かもしれないと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月14日 米国臨床腫瘍学会での新しいRas阻害剤への大喝采の裏で進む地道な努力(5月14日号 Cell オンライン掲載論文)

2026年6月14日
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今年の米国臨床腫瘍学会の話題がフェースブックに上がっていたが、ダントツでアップロードが多かったのが変異を問わない K-ras阻害剤 daraxonrasib がステージ4の膵臓ガンの生存期間を大幅に延長したという結果で、フェースブックには大会場の聴衆がスタンディングオベーションしている写真やビデオがアップされている。

Revolutiona Medicine の抗Ras戦略については2023年に紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/22741)3年で第三相まで終えたのは本当に早いと思う。この結果は、5月31日号の The New England Journal of Medicine に発表されているが(DOI: 10.1056/NEJMoa2605555)、同じ論文を読んでわかるのは、1年目の再発で見ると従来の化学療法と変化がなくなってしまう点だ。即ち、最初劇的に効き、ガンが縮小するため生存期間が延びても、再発は免れないということだ。これは先行する G12C変異特異的ソトラシブ にも言える。

今日紹介するスローンケッタリング ガン研究所からの論文は、ダラクソンラシブ治療で起こってくる再発の原因を調べ、次のステージに備えるための地道な研究で、5月14日号の Cell に掲載されている。タイトルは「Disrupted molecular glue complex drives RAS inhibitor resistance(分子糊複合体の破壊がRas阻害剤耐性を生む)」だ。

研究では肺ガン、直腸ガン、メラノーマで治療を受けて再発した人のガン組織のゲノム解析から、ダラクソンラシブに耐性のメカニズムを探っている。予想通り、Ras と相互作用する RAF 等のシグナル分子の変異が多く見られるが、変異のタイプはかなり多様で、一個づつしらみつぶしにと言うわけにはいかない。

幸いこの薬剤は、Ras に結合してサイクロフィリン (CYP) をリクルートして Ras活性をブロックする、まずこの薬剤と Ras の相互作用を阻害する変異から研究を進め、Ras側の変異として Y64 と Y71 を特定している。即ち、この変異が起こると Ras の分解が起こらなくなる。分子構造レベルで解析を進めると、Y64 はRasと薬剤の結合を直接阻害して、Ras/CYP複合体の形成を阻害する。これに対し、Y71H変異はRasの構造を変化させ、Rafとの相互作用を高めることで、Ras/CYP複合体の結合を競合的に阻害することがわかった。

次に Ras にリクルートされる CYPA側の変異についても調べ、ダラクソンラシブと CYP の結合を弱める4種類の変異を特定している。

最後に、多くの患者さんで見られた下流遺伝子の変異についても検討している。もちろん Raf の活性化変異による耐性獲得などはこれまでも指摘され、Raf に対する薬剤を併用することで克服する研究が行われている。ただ、ダラクソンラシブを用いた変異の中に、なんとリン酸化活性を失った Raf の変異が数人に認められ、何故 機能不全型Raf が耐性を誘導するか調べている。詳細を割愛して最終結論だけを述べると、キナーゼ活性を喪失した Raf はダイマーを形成して、Ras へのダラクソンラシブの結合を阻害することを明らかにしている。Raf の代わりの下流シグナルはガン細胞に存在しているので、Ras シグナルは他の経路でガンの増殖を維持できる。

以上、Raf変異も含めて、Ras/ダラクソンラシブ/CYP の複合体形成が抑制されてしまう、薬剤耐性メカニズムを明らかにした上で、これを克服する方法として、Y64変異の影響を受けにくい薬剤が既に開発できること、またダラクソンラシブをRaf阻害剤と併用することで、キナーゼ活性を失ったRafによる薬剤耐性も克服できることを示している。

以上が結果で、最終治癒手段にはならないと言われている標的薬治療を、ガンの変わり身に先回りすることで最終手段にしたいという強い意志の感じられる研究だ。喝采の裏で次の手が研究されている。

ダラクソンラシブ以外にもペプチド薬や大きな領域をカバーするRas阻害剤が開発されつつある。これらも、耐性を克服する方法として使えることを考えると、ダラクソンラシブが開いてくれた膵臓ガン抑制への入り口はますます発展すると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月13日 CRISPRでガン治療(6月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月13日
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CRISPR/Cas遺伝子編集の臨床応用は拡大を続けており、開発者の一人Doudnaさんは、臨床応用拡大のための10億ドルファンドを計画していることが今年の初めに報道された(https://www.forbes.com/sites/amyfeldman/2026/02/17/gene-editing-has-struggled-to-go-commercial-this-nobel-laureate-has-a-1-billion-plan-to-fix-that/)。

今日紹介する論文もDoudnaさんの研究室からで、今度は遺伝子編集をなんとガンを殺す抗ガン剤として使う方法の開発で、6月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting Cancer-Specific Mutations with RNA-Triggered Chromatin Shredding(ガン特異的な変異RNAを標的に染色体を断片化させてガンを殺す)」だ。

例えばガンのドライバーを遺伝子編集で除去すればガン増殖を抑制できると考えるが、効率の問題やガンの変わり身の早さを考えると現実的ではない。代わりに、Doudnaさんたちはガン増殖に必須の変異RNAとそれに対するガイドRNAの結合により活性化したCasによって染色体DNAを辺り構わず切断できる方法の開発を目指している。いわばガン特異的に内側から放射線でDNAを切断するようなイメージだ。

そんな CRISPR/Cas があるのかだが、この研究では Cas12a2 に着目し、試験管内で標的RNAとそれに対応するガイドRNAが結合した2重鎖RNAにより活性化したとき、プラスミドのような裸のDNAだけでなく、ヒストンが巻き付いた染色体や、あるいは細胞核DNAを切断する条件を確立している。

細胞はDNAが切断されると増殖を止め、アポトーシスに陥るが、実際この方法で細胞を殺せるか次に調べている。結構マニアックな手法を用いて、DNAを傷害されて細胞増殖が抑制されていく過程が実際に起こっていることを示し、この方法で染色体DNAを細胞内で切断して細胞を殺せることを確認している。

後は実際のガンで見られる様々な変異を持つRNAを正確に認識してガンだけを殺すことが出来るか、様々な変異について検討をしている。この系ではコンピュータで簡単に標的が設計できるというわけにはいかないが、複数の標的を作成して実際に試せば、使用可能な標的を決めることが可能であることを示している。

その上で、最後にトライしたのが、正常な p53 の機能を喪失するだけでなく、ガンの無秩序な増殖を助けるR248Q変異を持った p53 を標的に、ガン細胞を殺す遺伝子編集を確立する挑戦で、標的変異 p53 に対応するガイドRNAと Cas12a2 mRNA をRNAワクチンと同じ脂肪ナノ粒子に詰め、これを肺ガンに投与する実験で、R249Q 変異を持つガン細胞の増殖を抑制できることを、ガンの移植モデルで示している。

ついに遺伝子編集が抗ガン剤としても使えることを示したことは極めて重要だ。効率の問題はあるかも知れないが、副作用などを考えると未来のガン治療の大きな柱になる気がする。ガン患者としても期待したいが、まだまだ時間はかかりそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月12日 Sirtuinの予想を超えた複雑な機能(6月10日 Nature オンライン掲載論文)

2026年6月12日
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我々は7種類のSirtuin遺伝子を持っており、NAD依存的に活性化される点では共通だが、機能や局在はそれぞれ異なっている。ヒストン脱アセチル化酵素活性を持つ クラスI 分子以外にも、様々な機能が特定されている。いずれもDNA保護、ミトコンドリアなど代謝の改善に関わることから、アンチエージングの標的分子として一般の人の興味を引くようになっている。

ただ、今日紹介するハーバード大学からの論文は、Sirtuin が NAD依存的ヒストン脱アセチル化酵素と言った理解をはるかに超えて、生命過程に複雑に関わっていることを示す研究で、6月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SIRT7 regulates dosage compensation and safeguards the female X chromosomem(SIRT7は女性のX染色体の発現量調節と保護に関わっている)」だ。

全く知らなかったが、Sirtuin (Sirt) 遺伝子ノックアウトマウスの解析から、多くの Sirt で、その欠損の表れに大きな性差が見られることが知られていたようだ。この研究では、ヒストン脱アセチル化酵素活性(HDAC活性)を持ち、ノックアウトでメスの寿命がオスに比べてはっきり短い Sirt7 について、性差が生まれる原因を探っている。

HDACなので Sirt7 の結合しているゲノム領域を、胎児線維芽細胞の免疫沈降で調べると、なんと7割の Sirt7 はX染色体に結合している。一方、オスではY染色体に強く結合している。ただ、Y染色体自体は小さく一般機能への関与は少ないため、X染色体に焦点を当てて研究を進めている。

X 染色体は活性化 X (Xa) と不活化 X (Xi) 発生途中で別れるが、ES細胞分化システムを用いて Sirt7ノックアウトによるX染色体遺伝子の発現を見ると、Xiではより効率よく遺伝子発現が抑えられ、Xaでは遺伝子発現が全体的に上昇するという不思議な現象を示すことがわかった。このメカニズムをヒストンの H3K27me 及び Sirt7 が関わるH3K36ac の分布を指標に調べた結果、Xi では Sirt7ノックアウトで X染色体不活化の鍵分子 Xist の発現が上昇し、これが不活化を促進すること、そして EZH2 のリン酸化を促進することでポリコム複合体の Xi へのリクルートを促進し、遺伝子発現を抑制することをまず明らかにしている。

一方、Sirt7 は染色体のトポロジーを守る働きがあり、Sirt7ノックアウトマウスでは Xi 及び Xa で大きな折りたたみは正常と変わりないが、短い距離のゲノム同士の相互関係がずれ、X染色体全体が緩むことがわかった。このトポロジーのずれの結果、Xaでの遺伝子の発現全体が上昇する。

Xaで特に問題になるのは、Xaで染色体の安定性が損なわれ、DNA損傷が起こりやすくなることで、損傷部位にはSirt7により調節されるH3K36acが通常より強く濃縮していることから、これがSirt7欠損の結果である事がわかる。また同じH3K36ac濃縮により、Xa上の遺伝子の発現量調節が狂って、Xa上の遺伝子の過剰発現が起こる。

以上、おそらくXi自体の変化は Sirt7ノックアウトマウスへの影響は少ないが、Xaでは染色体が不安定化し、クロマチンの緩みと 3eK36ac の抑制が効かなくなる遺伝子発現調節が狂う結果、メス特異的に老化が早まると考えられる。一方、Xiでは H3K36ac の作用は Xist にとどまるため、Xist が余分に発現しても、不活化の効率は上がっても、遺伝子の異常発現は起こらない。

X染色体の不活化などについての知識がないと、理解しづらいとは思うが、他のSirtノックアウトの形質にも性差が大きく見られるとすると、Sirtを本当に理解するためには、これらの性差の進化起原を明らかにすることが重要ではないだろうか。

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