9月1日:脳外科手術中の患者さんにサキソフォンを演奏させる(9月11日号Current Biology掲載論文)
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9月1日:脳外科手術中の患者さんにサキソフォンを演奏させる(9月11日号Current Biology掲載論文)

2017年9月1日
人間特有の能力で、その結果他の動物を抑えて地球に100億近い個体が生存し、地球の大気まで変化させる元になったのは言語能力に他ならない。この意味で、言語の誕生過程を理解することは、21世紀最大の科学の課題だ。

しかし言語だけ取り出して研究するのは難しい。私自身も、言語の誕生を理解するためには、言語とともに道具の使用、音楽を合わせて考えていくことが重要だと思っている。実際失語症の患者さんの中には道具がうまく使えなくなる失行症や、音楽がわからなくなるamusia(失音楽症)が併発することが知られている。また、道具、そしておそらく音楽も言語の誕生とともに、長い眠りから覚めたように大きな質的転換をとげて急速に発展する(JT生命誌研究館に書いた「道具と言葉」「音楽と言語」を是非一読願いたい)。

音楽能力を支配する脳領域の研究者は増えてきたと思うが、今日紹介するニューヨーク・ロチェスター大学からの論文のように人間の脳を直接操作した研究には滅多にお目にかかれない。この研究では、良性の脳腫瘍にかかったプロのサキソフォン演奏家の腫瘍摘出手術中に、音楽に関わる脳領域を直接刺激して、音楽能力の変化を調べた研究で、9月11月発行のCurrent Biologyに掲載されている。タイトルは「Direct electrical stimulation in the human brain disrupts melody processing(人間の脳を直接電気的に刺激するとメロディーの処理が障害される)」だ。

脳科学を学ぶ学生なら誰もが知っていることだが、脳外科の手術中に電極を挿入して患者さんの反応を調べるのは、カナダのペンフィールドの研究以来の伝統で、機能の局在を明らかにするのに大きく貢献してきた。この研究も、まさにこの伝統の延長にある。

ただペンフィールド時代と異なるのは、脳機能を調べるイメージング技術が進んでいることで、この研究でも患者さん(AEさん)のピッチ、メロディー、リズムなど様々な能力に関わる脳の領域を前もって詳しく調べている。

実際には音楽に関わる脳領域は人により大きく異なる。芸術は右脳と言われるが、例えばプロの音楽家では言語と音楽は左脳に支配される確率が高いことがわかっている。なんと、ラベルは左脳の出血により、言葉と音楽理解の両方を失っている。AEさんの場合は、多くの一般人と同じで右脳の上側頭回と言われる場所が、最も音楽に反応することが確認されている。

この準備の後、開頭中のサキソフォン演奏まで計画に入れて、術中に負担なく演奏できるように、ブレスが短くて済む特注の音楽を聴かせ、弾けるように練習させている(ビデオで見るとこの音楽とはなんと朝鮮民謡「アリラン」だったので驚いた)。

そしてようやく実験に入る。まず、音楽を聞いたり、口ずさんだり、さらにはサキソフォンが演奏できる最も楽なポジションを選んで座らせる。そのまま全身麻酔で眠らせた後、開頭して脳を露出させた後、麻酔が冷めるのを待つ。そして、絵を見て名前を当てる、言葉を聞いて繰り返す、音楽を聞いて繰り返すという様々な動作を行ってもらう間に、本人が知らないうちに先に特定した音楽に関わる上側頭回の様々な箇所に電気刺激パルスを加え、その時、課題に影響があるかどうか調べている。

長い話を短くまとめると、MRIで特定した領域を刺激すると、言語や絵を認識する能力にはまったく影響はないが、音楽の課題に対応する能力が大きく抑制され、完全にメロディーを口ずさめなくなってしまう。また、その周辺の領域を刺激した場合は場所により、小さな間違いが誘導できることがわかった。そして、抑制されるのはほとんどメロディーで、しかもAEさんは自分が間違っていることをよくわかっている。

最後に、この結果が手術中の音楽能力の低下によるものでないことを示すため、開頭されたままのAEさんになんとアリランの短いパッセージを演奏させる念の入れようだ。おそらく、AEさんは開頭のままサキソフォンを吹いた人類最初の演奏家になるのだろう。

要するに、上側頭回自体の電気活動が乱されると、音楽能力が乱されるというだけの結果で、特に新しい話ではない。しかし、このグループは、現代のペンフィールドになるべく、同じ実験を言葉と、音楽について繰り返そうと着々と準備を重ねているようだ。特により小さな領域の刺激による研究は、おそらくこの分野を大きく進展させる気がする
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8月31日:ヘモグロビンだけの詰まった赤血球がどうしてできるのか(8月4日号Science掲載論文)

2017年8月31日
今日紹介するハーバード大学からの論文は8月4日号の Science掲載で、少し古くなったが、是非取り上げたいと思って今日まで来てしまった。というのも、長く血液細胞の分化を研究してきて、一度も考えたことがない問題を扱っていたからだ。すなわち、なぜ赤血球にはヘモグロビン以外のタンパク質が存在しないのかという疑問だ。

哺乳動物の赤血球ではまず核が細胞外にはじき出されると、もはや新しいmRNAは作られなくなり、網状赤血球という段階に入る。もちろん核が存在しているうちに、GATA1を中核にした強い転写調節で多くのヘモグロビンmRNAを用意することはできる。しかし、網状赤血球として生存し翻訳を続けるにはヘモグロビンだけでは不可能で、多くのタンパク質が必要とされる。しかし、網状赤血球から赤血球に分化するときには、リボゾームを含めほとんどのタンパク質や核酸が綺麗に除去され、ヘモグロビンだけになっている。確かに、重要な疑問なのに、考えたこともなかった。

論文のタイトルは「UBE20 remodels the proteome during terminal erythroid differentiation(UBE20が赤血球分化の最終段階でプロテオームを再構成する)」だ。

このグループの専門は細胞内でのタンパク質分解機能で、もちろん最後のプロセスにはタンパク質のユビキチン化と分解が関わると目星をつけていた。中でも、貧血を引き起こす突然変異hem9がユビキチンか酵素の一つUBR20遺伝子の機能欠損突然変異であることを特定して、UBR20こそがタンパク質の大掃除に関わる主役であると確信したようだ。実際UBR20はヘモグロビンと同じようにGATA1で誘導され、赤血球分化で強く発現する。

この研究ではUBR20を欠損した細胞と正常細胞を比較しながら、

1) UBR20は様々なタンパク質に結合できるが、とりわけリボゾームタンパク質をユビキチン化し、翻訳を完全に止めること、
2) 通常ユビキチン酵素は基質を認識する分子と、ユビキチン化する分子に分かれているが、UBR20は両方が合体しており、これによりワンステップでタンパク質をユビキチン化すること、
3) ユビキチン化されたタンパク質はプロテアソームで分解されること。

などを明らかにしている。正直、この分子一つでよくここまでできるなと思うが、この分子がリボゾームのような大量の大型ゴミを処理しているうちに、残った酵素も使って隅々まで掃除が行き届くのだろう。いずれにせよ、転写調節の効かない赤血球分化で、あれほど大きなタンパク質の変化が起こるメカニズムはよく理解できた。

現在ユビキチン化を利用した創薬が加速していることを考えると、UBR20という特殊なタンパク質の構造は、この分野でも新しい可能性を教えてくれるかもしれない。
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8月30日:満腹と食べる喜びの脳科学(8月23日号Journal of Neuroscience掲載論文)

2017年8月30日
神が導く絶対理性が善悪を決めると考えられていた17世紀に、「善および悪の真の認識が感情である限りそれから必然的に欲望が生ずる」(岩波文庫「エチカ」、畠中尚志訳)と言い放ったのはスピノザだが、彼は人間の本能を理解することで、この欲望を克服する理性とは何かがわかると強調した人だ。

   現在の脳科学ではこの欲望と理性の関係についての理解が急速に進んでいる。(詳しく書く時間がないので是非JT生命誌研究館ホームページに書いた「快感原理」という記事を読んでみてくださいhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000010.html)。

今日紹介するフィンランド・トゥルク大学からの論文はピザと栄養ドリンクに対する脳の反応をPETで調べた研究で8月23日号のJournal of Neuroscieneに掲載された。タイトルは「Feeding releases endogenous opioids in human(人間では食べることで内因性の麻薬物質が分泌される)」だ。

私たちの快感を支配するのが、脳内で分泌されるエンドルフィンなどの内因性麻薬物質と、ドーパミンだが、この研究では脳内のμオピオイド受容体に結合する麻薬物質に焦点を当てて調べている。実験では正常ボランティアを、空腹時、楽しんで食べられる食事としてピザ、そして食べるだけの栄養飲料を与えた時の脳内での麻薬物質の分泌を調べている。方法だが、μオピオイド受容体(OR)に結合する合成麻薬カルフェンタニルをアイソトープで標識し被検者に投与してフリーのORの量を調べている。もし脳内で麻薬物質が出ておれば、フリーのORが減るため、アイソトープの脳内での結合が低下する。

質問票で被検者にピザか栄養飲料かどちらが満足したかを聞くと、期待通りピザでには喜びを感じるが、栄養飲料には喜びを感じないと全員が答えている。しかし、脳内麻薬物質の分泌を調べてみると、栄養飲料を飲むだけで、脳の広い領域で麻薬物質が分泌される。しかも、分泌量は栄養飲料を飲んだ時の方がピザを食べた時より多い。

快感や動機に関わる辺縁系を調べればもう少し違う結果になるのではと脳の領域ごとに調べているが、結局調べたすべての場所でただ食べるだけの方が楽しんで食べるより麻薬物質の分泌が高いことがわかった。

これが結果のすべてで、脳内麻薬物質の分泌は、満腹感と相関してはいても、喜びとは相関しなかったという結論になる。個人的には、麻薬物質の分泌で見る限り、無味乾燥な食事の方が麻薬物質の反応が強い点が面白いと思った。おそらく、この反応が本能的な食べる欲望で、理性の影響により少しづつ、満足や喜び、さらには節制まで進むことになる。今後この「満腹」「満足」「喜び」「節制」などの違いが徐々にわかるような予感がする。是非次はドーパミンの反応も調べて欲しい。
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8月29日TET2の機能をビタミンCが高める(9月7日号発行予定Cell 掲載論文)

2017年8月29日
週末気まぐれで始めたCellに掲載予定の論文紹介の最後はニューヨーク大学からの論文で、発現量が低下したTET2の機能をビタミンCが高めて、TET2欠損による血液の分化異常を正常化できるという話だ。タイトルは「Restoration of TET2 function blocks aberrant self-renewal and leukemia progression(TET2の回復により自己再生の異常と白血病進行を抑制できる)」だ。

今年の4月に投稿された論文で審査プロセスが早いと思うが、それもそのはずでおそらく今週ぐらいにNatureに掲載予定のSean Morrisonのグループの論文で、「血液幹細胞ではビタミンCの濃度が高く、ビタミンCが欠損すると白血病発生が早まり、これがTet2の機能を介している」ことが発表されるからだろう。こちらの論文は昨年の9月に投稿されており、Seanの論文に合わせようと編集者やレフリーに便宜を図ってもらったのだろう。順番から言えばSeanの論文を紹介するのが筋だが、Cell掲載予定論文紹介していることと、メカニズムの解析が進んでいる点でこちらを選んだ。

ただ、これまで3日間紹介してきた論文と異なり、論文としてのまとまりがない。このグループは白血病で欠損が見られるTET2の機能を明らかにすることが目的だったようで、遺伝子ノックダウンを用いてDNA脱メチル化に関わるTET2のon/offができる実験系で、TETの機能が落ちることによる未熟幹細胞の増殖亢進・分化抑制を、TET2の発現量をあげることで正常化できること、メチル化異常が見られる場所がプロモーターを含むCpG ashoreと呼ばれる脱メチル化されている領域であること、そしてTET2を戻すことで転写が正常化し、分化を誘導することに関わる遺伝子を特定している。

要するに、正常血液幹細胞でも、白血病株でもTET2が低下すると、上に紹介した領域のメチル化が上がり、未熟細胞の増殖が亢進し、TET2を元に戻すことで白血病でも増殖を落とすことができるという結果だ。

Seanの論文の内容を途中で知って、TET2を戻す効果を、ビタミンCが持っていることに気づいたのかもしれないが(憶測だが)、次にビタミンCを加えると、TET2が存在しなくとも、他のTETの機能を高めることで、TET2遺伝子を戻したのと同じ効果、すなわち幹細胞の増殖を止め、分化を誘導し、ガンの増殖を抑えることを示している。

最後に、TET2の作用で発生するメチル化DNAが水酸化メチルに変わるまでの過程で発生する中間体が、塩基除去修復酵素をリクルートして、塩基が除去されることに着目し、この時修復を抑制するポリADPリボース重合酵素を抑制することで、さらに細胞死を促進できることを明らかにしている。すなわち、ビタミンC投与でTET2を高め、DNA修復をPARP阻害で抑えると、白血病を殺せるというシナリオだ。

最後の話はSeanの論文にはないので、点数が高いかもしれない。しかし、この研究で示されたように正常幹細胞の増殖分化がこれほどTET2の活性に左右されるとすると、ビタミンC療法やPARP阻害剤による副作用もかなり強い心配がある。

Cell論文紹介の最後は少しすっきりしない論文だったかもしれない。
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8月28日:アンチ・クリスパーの作用機構(9月7日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月28日
我が国では倫理議論だけが先行しているCRISPRだが、生物学としてもますます深化が進んでいる。この中心になっているのが、この技術の創始者の一人カリフォルニア大学バークレイ校のDoudnaさんで、実際この研究室から出てくる論文は、応用を競っている世の中とは少し違って、CRISPR/Cas自体の生物学を深めながら新しい技術可能性を示す、高みから世間を眺めているようなスタイルだ。

CRISPR.Casはウイルスに対する防御として細菌、古細菌を問わず分布しているが、標的になったウイルスの方でも当然防御システムを開発する。これが抗CRISPR(Acr)で、よく知られているのが細菌のメカニズムをそっくり拝借して、細菌がコードするクリスパーを壊してしまう方法だ。ただ、この方法は新しいメカニズムではないため、新しい技術につながらない。これ以外にこの防御をかいくぐる方法としては、Cas9のDNA分解活性を抑制する方法と、転写されたクリスパーRNAを標的にする方法が理論的に存在するが、前者だけが見つかっている。今日紹介する論文はCas9のDNA分解活性を阻害することがわかっているナイセリアのAcrIIの作用機序を調べ、新しい技術への発展可能性を示した論文で、「A broad-spectrum inhibitor of CRISPR-Cas9(広い範囲のCRISPR-Cas9をカバーできる阻害分子)」だ。

これまでAcrIIにより阻害されることがわかっているCas9の系統を調べると、特定の系統に限局されていないため、AcrIIは広くCas9の阻害剤として使える可能性がある。この研究では、まず阻害活性の特異性から調べ、AcrIIC1は様々なCas9に、一方AcrIIC3はナイセリアのCas9特異的に阻害することを明らかにしている。

次にそれぞれの阻害活性の分子メカニズムを調べている。深い細菌についての知識に裏付けられたプロの実験で、伝統的生化学と分子の構造解析を組み合わせ、
1) AcrIIC1はまずDNA結合にかかわらずCas9に結合すること、
2) AcrIIC1はCas9の標的配列への結合を阻害しないこと、
3) 最初にガイドRNAと結合しているHNH 分解活性を阻害し、その後でもう片方のDNAを分解するRuvCを阻害すること。
を明らかにしている。

多くのCas9を阻害できるのは、HNHの構造がCas9の間で保存されているからで、ガイドによるDNAへの結合は全くそのままで、DNA分解のみ阻害する、しかも分子量の小さな分子は、様々な目的の遺伝子操作に大きな力を発揮するだろう。

一方AcrIIC3の方は、Cas9に結合して構造を変化させ、Cas9が重合し、その結果DNAに結合しないことを明らかにしている。

もちろん技術だけでなく、強いAcrに抗して、新しいCasシステムがどう進化したのかも興味が尽きない。ノーベル賞をもらうことは間違いないが、受賞後も休みなく重要な生物学的貢献を続けることができる創意と知識を持ったグループだと思う。
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8月27日:連合野の長期神経活動記録からわかったこと(8月24日Cell掲載論文)

2017年8月27日
一つの単純な行動でも、把握しきれないほどの数の神経細胞が関わることはよくわかっているが、神経活動の研究はどうしても行動を個々の神経細胞の反応特異性に落とし込もうとする傾向がある。例えば自閉症の子供に留置した電極から記録した神経興奮の論文を随分以前に紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/753)、この研究でも自閉症児の扁桃体の特定の神経細胞が口に特異的に反応することが結論になっている。

脳の各領域を刺激した研究から大脳皮質の運動野や感覚野では、有名な脳内に描かれた小人の身体からわかる様に、個々の神経細胞の反応は特定の運動や感覚に対応している。しかし、これらの神経を統合して一つの行動にまとめる連合野でも、神経細胞レベルで反応が決まっているのか明確でなかった。というのも、ほとんどの研究では記録は一回きりで、実際何ヶ月にもわたって同じ神経が同じ行動に関わるかを調べないとこの問題に答えは出ない。

今日紹介する(また)ハーバード大学からの論文は様々な感覚を統合して判断し行動につなげる後頭頂皮質(PPC)の連合野の神経活動を、迷路課題を毎日行わせながら1ヶ月にわたって観察を続け、同じ行動に参加する神経細胞を単一細胞レベルで追跡した研究で8月24日号のCellに紹介された。タイトルは「Dynamic reorganization of neuronal activity patterns in parietal cortex(頭頂皮質の神経細胞活動パターンは動的に再構成されている)」だ。

すでに述べたが、この研究ではバーチャルな迷路で、あるシグナルを見たとき左右どちらに移動するか決める課題を学習させたマウスで、シグナルを見てからそちらに動く間のPPCの活動をカルシウムの流入を利用した発光を用いて記録する。一回の実験で、右に動けと命令するシグナルと、左への命令シグナルを見せて行動したとき(学習しているのでほぼ100%成功する)に活動する神経を記録すると、多くの細胞が参加しているが、概ね興奮する細胞が決まっている様に見える。しかし、同じ実験を毎日続けておこなうと、時間が経つほど同じ神経が同じ行動で興奮する確率は低下する。それでも、集団として記録されるパターンはほとんど同じであることを発見している。
また、一種のディープラーニングで、個々の神経細胞の興奮と様々な行動要素の相関を学習させ、細胞の興奮から行動を予測できる確率を計算すると、同じ細胞が常に反応に関わり続けることがないことを示している。要するに、興奮する神経細胞は常に代わっている。

多くの実験が示されているが、「行動の記憶は神経細胞のネットワークのパターンとして記録され、そのパターンを支える細胞はダイナミックに変化する」という結論に尽きる。流れのなかに生まれる渦は長い間維持されるが、それを支える水分子は絶えず変化しているのと同じと言っていいかもしれない。

しかし、このおかげで一旦できた記憶は、細胞レベルの興奮抑制をかけても、パターンとしては安定に維持することができる。また新しい課題に対して、これまでのパターンをうまく使って違うパターンをPPCに新たに形成することもできる。

精緻な研究というより、概念ありきで突っ走っている感じを持ってしまうが、30日も同じ場所の興奮を神経細胞レベルで記録しようと思い立ち、実行したことに脱帽。
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8月26日:ユーイング肉腫発症の分子メカニズム(9月21日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月26日
さすがCellのレベルは高いと思える論文が、9月に発行予定の論文に集まっている。専門的で、広い分野にわたっているが、集中的に紹介してみたいと思っている。

最初はハーバード大学からの論文でユーウィング肉腫の発症機序についての研究と言ってしまえるが、実際には様々なことを「なるほど」と腑に落としてくれる論文で、いろんな話が詰まっている。タイトルは「Cancer-specific retargeting of BAF complexes by prion-like domain(プリオン様ドメインによるガン特異的BAF複合体の再配置)」だ。

タイトルは少し抽象的すぎるが、このBAFとあるのは、従来SWI/SNF複合体として知られている、ATP依存的にクロマチンの構造を解いて、転写を促進する複合体のことだが、現在ではBRG1と呼ばれる分子を中心に異なる分子が集まって数種類の複合体が細胞に応じて形成されることがわかってきており、BRG-associative factor(BAF)と総称される様になっている。BAFはクロマチンのリモデラーとして重要で当然分化や、リプログラミングで重要な働きをしているが、最近ガンゲノム解析が進んで20%のガンでBAF複合体のメンバーに突然変異があることがわかり、その注目度は一躍高まってきた。

この研究では染色体リモデリングの関与が最も研究されてき小児癌ユーウィング肉腫に着目して、原因となるEWSR1とFli1が結合したキメラ遺伝子EWS-Fli1が発がんを促進する領域に結合し、そこにBAFを連れてくる機能を持つのではないかと狙いを定め、研究を始めている。

まずBRG1タンパク質に結合する分子を調べ、正常分子EWSR1もキメラ分子EWS-Fli1もいずれも、BAFの複合体と一時的に結合することで機能していることを確認し、次にそれぞれがゲノムのどの場所に結合しているかを調べている。結果は、EWS-Fl1だけがBAF を染色体上に広く分布しているマイクロサテライトGGAAにリクルートしていることを発見する。

では、EWSRがFli1とキメラを形成しているため、Fli1がGGAAへリクルートするのに関わるか調べると、Fli1は全くGGAAへの結合力がない。すなわち、キメラを作って両分子の機能が結合したのではなく、単独では両方の分子に存在しない全く新しい機能が生まれてGGAAに結合することがわかった。この新しい構造に関わる領域を調べていくと、EWSR1内に存在するプリオンに似た領域が関わっており、実際新しくできた構造はプリオンの様に正常EWSR1を新しい構造へと変化させることができることを明らかにした。すなわち新しい構造は正常分子にも働いて新しい構造を増幅し,この構造を介して重合し、ともにBAFをマイクロサテライトGGAAにリクルートし、クロマチンを開いて周りの遺伝子の転写を増幅させることを示している。

以上が結果だが、ユーウィングの分子機序についてもよく理解できたし、BAFの機能についても明確なイメージが沸いたし、ガンでのクロマチンリモデリングの重要性もよくわかる論文で、勉強になった。
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8月25日:最近の臨床雑誌で気になった論文紹介

2017年8月25日
1日に2つ記事を書くのは初めてだが、アフリカ旅行中に抜けた7月14日(驚くことにフランス革命記念日だ)を取り戻す意味で、先週読んだ臨床雑誌から気になった論文をそれぞれ短く紹介しておく。

乳がん検診に関するコーネル大学からの論文:Cancer(in press:DOI: 10.1002/cncr.30842)
現在米国では、1)40歳以降、84歳まで毎年マンモグラフィー検査、2)45歳以降54歳まで毎年マンモグラフィー、55歳からは2年ごとのマンモグラフィー、3)50歳以降2年ごとのマンモグラフィー、の3種類の乳がん検診プロトコルの大規模治験が進んでいる。それぞれのプロトコルでどの程度死亡率が減ったかを検証し、40歳から毎年マンモグラフィーを行うと、40%死亡率を減らせるが、2)の場合は30%、3)の場合は23%だったことが報告されている。一方、検査のしすぎで余分なバイオプシーなどの検査が行われる確率については、それぞれであまり差がない。したがって、乳がんに対しては、早くからマンモグラフィー(他の方法でもいいはず)を毎年受けた法がいいことになる。

パーキンソン病に対する抗糖尿病薬の効果を示したロンドン大学からの論文(The Lancet in press:doi.org/10.1016/S0140-6736(17)31585-4)
インシュリン分泌を促すグルカゴン様の作用を持つペプチド、GLP-1は2型糖尿病の薬として利用されている。最近の研究でGLP-1が脳に入って神経を保護する効果があることがわかっていた。この研究では62人のパーキンソン病患者さんを無作為化してGLP-1と偽薬を投与、60週目でドーパミンを切った時の運動機能を調べている。専門家でないので、効果がどの程度のものかはっきりと言えないが、グラフで見る限り偽薬群は投与前より悪化しているのに、GLP-1群は改善している。かなり有望ではないだろうか。まだまだメカニズムも分かっていないのがこの点が明らかになれば、新しい方向性の治療として期待できるのではないだろうか。

低容量アスピリンの妊娠中毒症防止効果についての英国キングズカレッジからの論文(8月17日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
アスピリンを定期的に服用している妊婦さんでは妊娠中毒症が少ないことが報告されたのは1979年だが、その後多くの小規模治験が行われてきた。この研究では、これまでの研究の集大成として26000人の妊婦さんの中から妊娠中毒症の危険が高い2971人を選び、妊娠11週から34週までアスピリン150mg、或いは偽薬を投与(この量は薬局で売っている量(330mg)より少ないことに注意)、経過中の妊娠中毒症の発症頻度を調べている。結果は期待通りで、アスピリン群では発症率が1.6%、偽薬群では4.3%で、高い効果が示された。少なくとも中毒症の発症可能性が高いケースではアスピリンの服用が推奨できるのではないだろうか。

死体からのペニス移植についての南アフリカStellenbosch大学からの論文(8月17日号The Lancet掲載論文)
南アフリカ、ケープタウンといえばバーナード博士の世界最初の心臓移植が行われた町だが、今日紹介するのは、小児期に民間の包茎手術による感染でペニスを失った黒人に死体からペニスを移植した一例報告だ。詳細は全て省くが、9時間かかる大手術で移植は成功し、2年後の検査では排尿機能だけでなく、勃起など性的機能も改善し、自覚的にも満足することができているという結果だ。もちろん他の原因でペニスを失うこともあるので、我が国の泌尿器科でも今後行われるのではと予想する。
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8月25日:MECP2治療薬の開発:この手があった!(8月23日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年8月25日
MEPC2重複症についてはなんども書いてきたが、X染色体上のMECP2遺伝子が重複して2倍になることで遺伝子発現量が上昇し、発達障害を起こす病気だ。遺伝子が欠損するのではなく、遺伝子数が増えた結果細胞内の分子の量が上昇することが病気の原因であるため、治療には遺伝子の数を減らすか、あるいは発現したRNAの量を減らすしか方法がないと思い込んでいた。

今日紹介する米国テキサスのベーラー医科大学からの論文は、もう一つの可能性、すなわちできたMECP2タンパク質の分解を促進する薬剤の開発も治療につながることを示した研究で8月23日号の、Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An RNA interference screen identifies druggable regulators of MECP2 stability(MECP2分子の安定化に関わる薬剤開発が可能な調節分子をRNA干渉スクリーニングで特定する)」だ。

さすがこの分野の第一人者Zoghbiさんの研究室からの論文で、MECP2分子が様々な修飾を受けていることを熟知しており、この修飾を抑制すれば分子の安定性が壊れ、発現量が減るだろうと考えて、MECP2タンパク質の不安定化につながる分子をRNA干渉法でスクリーニングをかけている。探索の対象としては、薬剤開発がしやすいリン酸化酵素と、脱リン酸化酵素に的を絞って、総数873種類の分子の関与を調べ、最終的にPPP2R1Aと呼ばれる脱リン酸化酵素、HIPK1,HIPK2,RIOK1と呼ばれるリン酸化酵素の発現を抑えると、MECP2タンパク質の発現量が低下することを明らかにしている。

リン酸化酵素についてはMECP2分子上のリン酸化される部位を特定し、リン酸化により他の分子との相互作用が進むことで分子が安定化するのだろうと考えているようだが、リン酸化されること以上の解析は行っていない。ただ、例えばHIPK2が欠損したマウスでは脳内のMECP2の量が減っていることを示しており、これらのリン酸化を阻害する薬剤開発は治療に直結することを示している。おそらく、MECP2重複症マウスでHIPK1,2を欠損させて病気の発症が抑えられるかなど研究が進んでいると思う。

特異性は低いがすでに利用できる阻害剤がある脱リン酸化酵素PP2Aについては、ほとんど生化学的解析は行わず、すぐに治療実験を行っている。疾患モデルマウスの脳内に阻害剤fostriecinを直接投与することで、MECP2タンパク質の量が減り、さらにロタロッドテストが正常化することまで示している。

患者さんに期待されているこの分野の第一人者だけに、より効果の高い安全な薬剤開発までには時間がかかることをはっきり述べているが、優秀な創薬に関わる化学者は多い。至適化された薬剤もその気になれば早く開発できるだろう。

さらに、リン酸化酵素、脱リン酸化酵素以外にも薬剤開発可能な経路は存在する。他の可能性もぜひ追求して欲しいと思う。というのも、分子が余分に発現することで起こる病気は多い。例えば染色体が3本になるダウン症に対しても、重要な分子についてはこの方法を使う可能性がある。開発促進を願っている。
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8月24日:ウコン成分を用いた眼底検査でアルツハイマー病を診断する(8月17日号JCI Insight掲載論文)

2017年8月24日
網膜の神経組織を見ると、誰もがその美しい構造に魅せられるが、光を感じることに特化した視細胞とともに、様々な神経細胞が秩序立って並んでおり、網膜がひとつの神経組織であることを実感する。そして他の脳組織と異なり、網膜だけは瞳を通して直接見ることができる。この特徴を利用して、脳の血管の状態を、眼底の血管から推察することは生活習慣病の進行度を調べるための必須の検査になっている。

それなら、神経組織が変性するアルツハイマー病の進行も眼底検査で診断できそうなものだが、あまり論文を見かけることはなかった(眼科の専門誌はフォローしていない)。

今日紹介する米国ロサンゼルスにあるCedars-Sinai医療センターからの論文は、眼底検査でアルツハイマー病が診断できる可能性を示した研究で8月17日JCI Insightに発表されている。タイトルは「Retinal amyloid pathology and proof-of-concept imaging trial in Alzheimer’s disease (アルツハイマー病の網膜のアミロイド病変と診断への利用可能性を調べる画像治験)」だ。

アルツハイマー病で最も重要な所見はAβアミロイドの神経組織での沈着だが、網膜組織でこの沈着を検出することが難しかったのか、網膜でのAβ沈着の報告は少なかった。この研究では、検出が難しい原因が、沈着が不均等に分布しており、これまでのように網膜切片を用いる方法では見落としが多いと考えた。そこで網膜全体を染め、全網膜組織をスキャンする方法を用いてアルツハイマー病で死亡した患者さんの網膜を調べ、ほぼ脳組織と並行してAβの沈着が見られ、形態学的にもアミロイドの異常沈着と診断できることを明らかにしている。

この方法でAβ沈着の分布を見ると、予想通り均一ではなく、上部の辺縁に最も強く分布していることがわかった。このように、確かにAβが沈着し、その場所も明らかになると、当然眼底検査で検出できる可能性が出てくる。この研究では、クルクミン、すなわちウコンに含まれる黄色のポリフェノールがAβに結合するという性質を利用してAβ沈着を観察できる方法を模索している。

実際には普通の薬局で売っているウコンを飲めばいいというわけではなく、Longvidaという会社から提供される特殊なクルクミンを経口で2日間服用してAβを染め、それを網膜レーザースキャンで検出するプロトコルを開発し、10人の様々なステージのアルツハイマー病患者さんを調べている。

結果はアルツハイマー病の進行度とクルクミンで染まるスポットの数がほぼ正比例し、十分診断に使える可能性が示せたと結論している。もちろん、加齢黄斑変性症など、同じようにクルクミンスポットが検出される疾患もあり、もう少し大規模な調査で、正確な診断法として確立するには時間がかかるだろう。

しかし、この方法がAβを検出できることは確かで、現在行われているAβに対する抗体治療や、あるいはAβの生産そのものを抑えるBACE阻害剤の効果を見るためのマーカーとしては大きく貢献する可能性がある。もともとウコンは普通に飲まれていることから、Aβ除去を目指したアルツハイマー病の治験では積極的に活用を図ることは重要だと思う。
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