6月6日 1型糖尿病発症の全く新しいメカニズム(5月30日号Cell掲載論文)
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6月6日 1型糖尿病発症の全く新しいメカニズム(5月30日号Cell掲載論文)

2019年6月6日

1型糖尿病は膵臓のベータ細胞に対する自己免疫反応で起こることがわかっているが、自己免疫反応の引き金になる自己抗原についてはよくわかっていない。おそらくインシュリン自体が抗原になっているのではと考えられているが、1型患者さんのMHC抗原DQ8との結合が弱いためインシュリンに対する強い自己免疫反応の誘導が難しく、インシュリン特異的T細胞を誘導する引き金には他の抗原を探す必要があった。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文はこの問題に対し「あ!」と驚く答えを示した研究で5月30日号のCellに掲載された。タイトルは「A Public BCR Present in a Unique Dual-Receptor Expressing Lymphocyte from Type 1 Diabetes Patients Encodes a Potent T Cell Autoantigen (T 細胞受容体と抗体の両方を発現した稀なリンパ球サブセットが発現する抗体が自己抗原になる)」だ。

タイトルからしてややこしいが、この研究を一言でまとめると、特定の抗体の可変部のペプチドが自己抗原になっているという話になる。

詳細を飛ばして、なぜこんな話になるのかを説明しよう。

  • まず1型糖尿病(T1D)の患者さんではT細胞抗原受容体(TcR)とB細胞抗原受容体(BcR)の両方を発現しているDE細胞が、正常の人より多く存在する。
  • この細胞はTcR刺激でもBcR刺激でも増殖することができ、これがT1Dで増加している理由。
  • 重要なのはこのDE細胞が発現しているTcR、BcRのレパートリーは限定されている。
  • 特に、BcRは特定のV、D、Jが集まったCDR3に限定されており、異なる患者さんからのDEも全く同じアミノ酸配列のDEを発現している。
  • このCDR3ペプチドが、なんとDQ8組織適合抗原にフィットし、しかも特定のCD4T細胞の増殖を誘導する。
  • こうして誘導されたCD4T細胞はインシュリンにも反応して、結果膵臓ベータ細胞をアタックしてT1Dを引き起こす。

だいたい、TcRとBcRを同時に発現する細胞が存在し、その細胞が生産する抗体が自己抗原になるというこの話は、ifを何回も繰り返す必要があり、にわかには信じがたい。しかし、そんな稀なDEを細胞株として分離しており、またT1Dの治療の観点からも、自己抗原にとどまらず、それを供給する細胞まで特定できている点で、極めて魅力的だ。

このCDR3ペプチドが抗原なら、できる限り早くこれを抑える臨床治験を進めてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 エイズ感染予防目的のCCR5変異導入は命を縮める?(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年6月5日

昨年ヒト受精卵のCCR5遺伝子をクリスパー/Cas9で変異を導入したあと、子宮に戻して出産させる実験研究が南方科学技術大学フー研究者らにより報告され、物議を醸した。

両親が感染しているエイズから守るためを目的としているとする話を聞いたときから、一般の人の無知につけこんだ稚拙なプランで、オフターゲットのDNA切断が否定できない現状で、倫理というより無知につけ込む犯罪として対応すべきだと思った。

ただ、CCR5をエイズウイルスが使って細胞内へ侵入することから、この分子が標的になることについては多くの物語が生まれてきた。一番ドラマチックな物語は、米国のエイズ患者さんが留学中に白血病に罹患、治療としてたまたまベルリンでCCR5変異を持つドナーから骨髄移植を受けて、白血病だけでなくエイズが根治したというTimothy Brownの物語だろう(Berlin Patientとして有名でこのブログで紹介した:http://aasj.jp/news/watch/2707)。

また2014年にはThe New England Journal of Medicineに患者さん由来のCD4T細胞に同じ変異を導入して患者さんに戻す臨床研究も行われている。

このような歴史を考慮して、エイズ両親からの子供を救う医療として考えると、まず妊娠経過を慎重に見守り、出産時の感染がないよう帝王切開を行い、それでも感染してしまった場合は、臍帯血を使った体細胞治療を新生時期に行うのが順番のように思う。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はこれまでエイズ感染がおこらないとして物語になってきたΔ32と呼ばれる変異が両方の染色体に揃うと、発生や成長には大きな変化は認められないが、集団遺伝学的にネガティブな影響があることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「CCR5-∆32 is deleterious in the homozygous state in humans (CCR5-∆32は人間のホモ接合個体では悪い影響がある)」だ。

この研究は英国の40万人のデータを擁するバイオバンクの中から、∆32変異のホモ接合体、ヘテロ接合体を抽出し、41歳から78歳まで、毎年の死亡率を調べて正常と比べた研究で、実際には76歳位まで生存できる確率を調べている。またまたUKバイオバンクで、その成果ははかりしれない。

CCR5はケモカイン受容体で、他の受容体による作用が補完されるため、欠損しても致死的ではないが、もちろん生体内で機能している証拠ははっきりしており、これが存在しないことで感染症などのストレスに対する脆弱性が生まれると予想できる。

結果は予想通りで、∆32ホモ接合体では生存確率がはっきりと低下していた。また、集団遺伝学的に∆32が負の選択を受けていることも、Hardy-Weinberg平衡からのずれとして確認している。従って、オフターゲットのDNA損傷という事故以外にも、この戦略は患者さんに不利益をもたらす可能性もあるという話になる。

実際我が国でもこの結果はいち早く報道され、「中国の双子の命が縮まる」という印象を持たせる見出しも存在する。しかし、∆32が生存にネガティブな影響があるというのはあくまでも先進国の話で、エイズが蔓延している地区ではひょっとしたら逆かもしれない。科学的には、致死的でない一つの対立遺伝子の選択は極めて複雑で、将来への影響など計算しきれるものではない。

やはり集団遺伝学的選択と、フー研究者の稚拙な実験とは違う話であることははっきりさせておく必要がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日:自閉症児によく起こる合併症(Autism Researchオンライン掲載論文)

2019年6月4日

飛行機で長距離移動中で、予約投稿がうまくいかず、今帰国して投稿し直しました。公開が遅れました。

今日も自閉症スペクトラムの研究を取り上げるが、昨日のように動物実験を用いた生命基礎科学のトップジャーナルに掲載される研究の対極にある、調査研究を取り上げたいと思う。タイトルは「Clustering of Co-Occurring Conditions in Autism Spectrum Disorder During Early Childhood: A Retrospective Analysis of Medical Claims Data (ASDでは幼児期に合併症が集まる:保険請求データの解析)」で、Autism Researchオンライン版に掲載された。

タイトルからわかるように、この調査研究は被保険者が保険会社に対して請求した医療費のレセプトから、ASDと他の疾患が合併する確率を調べた研究で、いろいろなバイアスはあるとしても、大規模に病気の統計を取ることができる重要な方法だ。

この研究では28万人の一般児と、非保険会社がASDとして医療費を支払った児童3278人を、7種類の児童がよく罹患する7種類の病気(保険支払いが行われたケース)の罹患率を調べてまとめたものだ。

7種類の病気には、中耳炎などの耳の病気、発達遅延(言語の遅れを含む)、消化器病、アレルギー、精神疾患(ムード障害や、 ASDHを含む)、てんかん、そして睡眠障害が含まれている(これらは全て疾患コードの一致をもとに計算している。)

この7種の状態と、ASDの合併を調べると、一般児の合併率が2.3疾患であるのに対し、4疾患とASDのケースでは合併率が跳ね上がる。その内訳をみると、一般児の罹患の多い耳の病気、アレルギー、消化器の病気でも、罹患率はASDの方が多く、てんかんや、精神疾患の合併症はASDでさらに差が大きい。

重要なのは、合併症を多く持つASDでは、精神疾患と消化器病の合併率が強いことで、合併症の多いASD児童は別に考えていく必要があることを示している。

さらに5年の観察で見たとき、てんかん発作も含めほとんどの合併症は2年程度で落ち着いてくるのだが、ムード障害などの精神疾患の合併は年齢が上がるほど上昇する。

以上が結果で、合併症の出方でASDの児童を分けることができる可能性を示唆している、臨床的には大事な統計だろう。

しかし私がこの論文を取り上げたのは、論文の内容より、保険請求項目が医療統計に極めて重要であることを示すためだ。米国の場合、この請求は各保険会社により管理されていおり、最近ではビッグデータとして用いる研究をよく見かける。

もちろん我が国もこの重要性はよくわかっており、支払基金に溜まった膨大な請求データを、実際の医療データと連結させるための「次世代医療基盤法」が施行されて1年以上が経過している。ただ、この作業については、日本医師会が新しい法人を作って事業者として名乗りをあげるという話を聞いてはいるが、実際にはほとんど進んでいないのではないだろうか。おそらく、セキュリティーの敷居が高すぎて、なかなかうまくいかない。また我が国では、請求が医療機関によって行われることを考えると、医師会しか事業者がないことは大きな問題だと思う。

結局ビッグデータの掛け声は大きいが、この状況を見ていると、我が国がますます医療データの後進国へと落ちていくように感じてしまう。

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6月3日:再び自閉症スペクトラムと腸内細菌(5月30日号Cell掲載論文)

2019年6月3日

自閉症スペクトラム(ASD)の症状に、腸内細菌叢の変化が関わっているという可能性を初めて読んだとき、細菌叢フィーバーを反映しているだけで、いつかこの熱も冷めるのではと思っていた。ところが、あれよあれよといううちにこの分野はASD研究の重要な分野として成長しており、いまやASD児への細菌叢移植治療が行われるようになっている。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文はこの分野での実験研究の一種の集大成ともいえる話で、初めは又かと読み始めたが、読んでいるうち結構真剣になってきた。ただ、結び合わされているデータは全て統計的解析で、結果を実感できない難点は感じてしまった。タイトルは「Human Gut Microbiota from Autism Spectrum Disorder Promote Behavioral Symptoms in Mice (ASDの腸内細瑾叢はマウスの行動学的症状を促進する)」で、5月30日号のCellに掲載された。

この研究は計画がよく練られているのに感心する。ASDの細菌叢の活性を、ASDの便を無菌マウスに移植して調べる点はこれまでの研究と同じだが、この研究では移植された細菌叢の胎児発生や発達期の影響を調べるため、便移植したマウスを掛け合わせてできた子供の行動を調べるという、念のいった研究を行っている。

結果だが狙った通り、ASD の便を移植された親から生まれ育ったマウスは、反復行動が高まり、自発運動は減り、社会性も低下する。ただ優位差はあっても、典型児の便を移植したマウスの子供と比べた時のデータの重なりは大きい。

次にこの変化の原因になった細菌叢の中で、ASDと強く相関しているバクテリア種を調べると、今度は明確にASDではほとんど存在しないバクテリア種、逆にASDのみで上昇が見られるバクテリアを特定できる。ただ、例えば免疫機能で慶応の本田さんが行っているような、特定の菌を移植してASDを誘導するという実験は行なっていない。将来ぜひこの方向の研究も進めてほしいと思う。

代わりにこの研究では、行動異常を示したマウスの脳での遺伝子発現を調べ、なんと560もの遺伝子の発現が変化していること、特にRNAスプライシングに関わる遺伝子の変化が大きく、詳細は省くが脳神経活動に関わる重要な遺伝子のスプライシングバリアントが行動異常と相関していることを示している。もともとゲノム研究からも、ASDではスプライシングに関わる遺伝子の多型が多いことが知られているので、納得しやすい結果だ。

次に、大腸と血清のメタボローム解析を行い、抑制性GABA神経の刺激や抑制物質が変化していることを発見する。中でも、GABA受容体を刺激する5-aminovaleric acid(5AV)とタウリンの低下が、大腸と血清で見られることを発見している。すでにASD児の血清中でタウリンが低下していることについては、我が国のグループも示しており、この状態が便移植でマウスで再現できていることを示している。また、このような代謝物の変化を腸内細菌叢の代謝の変化と相関させることも行なっており、5AV,タウリンの合成についてはっきりした差が見られているが、詳細は省く。

最後にこの結果から治療可能性を探るために、タウリンや5AVを妊娠中から発達期にかけて餌に混ぜて食べさせる実験を行い、どちらもASD様症状が改善し、しかも抑制性神経の活性が高まる結果、前頭前皮質の神経興奮性が高まることまで確認している。おそらく5AVの作用はこの論文が初めてと思うが、タウリンは何度も指摘されており、特に驚く結果ではない。

結果は以上で、結局この研究のハイライトは便移植したマウスを交配して生まれたマウスを調べたという徹底性で、この解析から示された結果は、タウリンの影響などこれまである程度知られていた現象をつなぎ合わせたという印象が強い。

基本的には、細菌層が変化して、GABA作動性の抑制神経の興奮が下がり、その結果神経興奮性が高まって、様々な症状が出るのがASDであるというシナリオを踏襲している。しかし、多くのデータは、典型児とASDでの重なりが多く、有意差検定のデータはなかなか直感しにくい。とはいえ、腸内細菌叢の違いが、脳の転写レベルの変化につながり、ASDの症状を誘導、あるいは悪化させることを示し得る実験系を用いており、腸内細菌の重要性を示すという点では包括的な良い研究だと思う。

このように、多くの論文は細菌叢への介入による治療法の開発の重要性を示している。ぜひ明確な介入プロトコルをこの分野の研究者が集まって決めて治験を進めることを強く期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 カビの一種メタリジウムを用いた蚊の撲滅(5月31日号Science掲載論文)

2019年6月2日

実は今年、チンパンジーやゴリラの見られるウガンダと、ルワンダ旅行を計画している。9月なので充分時間はあるのだが、一つ心配が出てきたのが黄熱病のワクチン接種だ。受けていないと入国が許されないようで、当然受けるつもりだが、新しいタイプのワクチンに変わったらしく、品不足でギリギリになるまで接種してもらえるかわからないらしく、少しイライラしている。このようにアフリカでは、蚊が媒介する様々な感染症が蔓延しており、病原菌に対するワクチンだけでなく、それを媒介する昆虫の撲滅も重要な課題になっている。

蚊が媒介する感染症に対する最初の対策は殺虫剤で、これは先進国も同じだが、多くの耐性昆虫が発生しており、殺虫剤の効果が失われるのと蚊が減るのがいたちごっこになっている。この問題にたいしては、より生物学的な方法で撲滅する方法、例えば繁殖性を失わせた同じ種の蚊を野生に放出して、野生の蚊も繁殖できないようにする方法などが試みられている。

今日紹介するメリーランド大学とブルキナファソの衛生研究所からの論文は、昆虫に取り付いて殺してしまうメタリジウムを用いる方法の開発だ。タイトルは「Transgenic Metarhizium rapidly kills mosquitoes in a malaria-endemic region of Burkina Faso(マラリアが蔓延しているブルキナファソ地域で蚊を急速に殺す遺伝子組み換えメタリジウムの開発)だ。

メタリジウムにとりつかれると、全身がカビに覆われたミイラのようになって蚊が死ぬことから、メタリジウムを蚊の撲滅に使う試みは以前から進んでいたようだ。しかし殺すまでに時間がかかり、野生の蚊を撲滅するには毒性が低かった。この研究ではカルシウムチャンネル阻害剤ヘキサトキシンとよばれる毒素を導入して、蚊を殺す能力を高めたメタリジウムを創出している。

この研究は、こうして設計した組み換えメタリジウムの活性を、ブルキナファソの野外に設けたネットで区切ったコンパートメント内に、殺虫剤耐性の蚊を一定数導入して、これらに組み換え型メタリジウムを感染させて、蚊や幼虫の数の変化を調べ、撲滅に効果があるかを調べている。

論文を読んで、なるほどともっとも感心したのが、用いられた感染方法で、地元産のごま油にメタリジウムを浮かべそれを蚊が止まりやすい黒い脱脂綿に染み込ませ、蚊が休む場所に置いて感染させている。この記述だけで、そのままハエ取り紙のような簡単な駆除のための製品が念頭にあるのがわかる。

結果は明確で、40日でメタリジウムのコンパートメントからはほとんど蚊が消える。もちろん何もしないと蚊の数は増える。また、組み換え隊でないメタリジウムを感染させても、何もしないよりはましだが、根絶はできていない。

他にも様々なクライテリアを用いて、効果を確かめているが、詳細は省く。ブルキナファソにとっては、マラリアの撲滅に一歩近づいたといえるだろう。特に、これまで遺伝子組み換え蚊を用いる方法と異なり、様々な種類の蚊に対応できるので、マラリアにとどまらず他の感染症にも利用可能な点が大きい。

他の昆虫に対する脅威などについては、胞子が風で拡散しないことや、紫外線に弱い点などを示して、安全性は高いと主張しているが、これを実際のフィールドでの確認するには少し時間がかかるかもしれない。

このような論文を読むと、現代の科学技術の多様性を改めて実感する。

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6月1日 痛み感じなくなることが進化にとって都合のいいこともある(5月31日号Science掲載論文)

2019年6月1日

私たちがもし痛みの感覚をなくしたとすると、おそらく様々な危険に気づかず、長生きができないように思う。すなわち、痛みは動物の行動にとって極めて重要な感覚として進化してきたはずだ。ところが、ハダカデバネズミを筆頭とするアフリカに生存しているネズミの仲間の中には、様々な痛み感覚を失ってしまっている種が存在する。今日紹介するドイツ・ベルリン・マックスデルブリュックセンターからの論文は、痛みを失うことがアフリカの生活環境では、進化にとって有利になる理由を考えた論文で、5月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Rapid molecular evolution of pain insensitivity in multiple African rodents(複数のアフリカ産げっ歯類に見られる痛み感覚の低下をもたらす急速な分子進化)」だ。この研究では、唐辛子成分カプサイシンによる痛み、レモンなどに含まれる酸による痛み、そしてマスタードの成分AITCによる痛みの感覚をアフリカのげっ歯類で調べ、それぞれの痛みに対する感覚が消失しているネズミが特定できること、そしてハダカデバネズミはなんとカプサイシンと酸に対する両方の感覚が失われていることをまず確認している。この研究で調べられたほとんどは、mole ratと名付けられているので、多くは地中で生活している種類が多いのだろう。

研究では、3種類の痛みへの反応について調べ、約2000万年の進化でそれぞれの痛みの感覚が独立して失われていることを示している。独立にというのは、種の近さとは全く無関係に、各感覚が失われることを意味している。例えばハダカデバネズミは、カプサイシンと酸に対する痛覚が鈍っているのに、アフリカで最も近縁な種類のモグラネズミは全ての痛覚が正常だ。すなわち、環境に応じて、生存に有利であれば痛み感覚がかなり早く失われることを示している。はっきり言って、こんな面白い形質の進化を見つけたことがこの研究のハイライトと言っていいだろう。ただ、それだけでは現象論にとどまるので、この進化の道筋を分子のレベルで明らかにしようと、痛み感覚神経細胞の遺伝子発現を詳しく調べている。

まず、感覚神経の発生自体は全てのネズミで正常に発生しており、発生異常は除外される。また、カプサイシンとマスタードに対する痛みで見ると、痛みを感じるイオンチャンネルは正常に存在しており、刺激の受容が原因でないこともわかる。実際正常の近縁ネズミと比べて発現が変化しているのは、カプサイシンでBMP結合タンパク質、マスタードでは常に開いている型のNa-leakチャンネルの発現が上昇していることがわかった。これに対し酸による痛覚を失ったネズミでは、40種類もの遺伝子の発現が変化していることが明らかになった。

ただ、この発現が変化した遺伝子がどのように痛覚の鈍化に関わっているのかは、機能アッセイまで試みてはいるが、結局特定できていないと言わざるをえないだろう。

カプサイシンと酸に対する痛覚についての進化は分子的に説明できなかったが、マスタードの方は、鈍化した種で痛覚受容体のアミノ酸変異が幸い特定され、この変化がNa—leakチャンネルと相互作用することで、興奮が低下することを明らかにしている。その上で、この進化を促したのが、穴の中で暮らしているうちに攻撃されるアリが原因になっていることを示している。すなわち、マスタードに対する痛みが低下している種の周りにはdrop-tail antが生息しているが、痛みが低下していないネズミの周りには同じアリは存在していない。また、アリのアタックがこの受容体を介して痛みを誘導することも確認している。

残念ながら、この研究では結局マスタード型の痛みについてのみ進化のシナリオを見ることができたが、おそらく同じような選択圧が他の受容体にも効いていると予期待できる。著者らは、食生活で痛みを伴う刺激物質を常食にすることで、このような進化が起こったと考えているが、証明は難しそうだ。

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5月31日:ASD児の全ゲノム配列データを理解する努力(Nature Geneticsオンライン掲載論文)

2019年5月31日

ASDに関する最近の論文紹介の最後は、プリンストン大学による、ASD児の家族について全ゲノム解析したビッグデータの意味を何とか理解しようとした研究でNature Geneticsにオンライン掲載された。タイトルは「Whole-genome deep-learning analysis identifies contribution of noncoding mutations to autism risk(全ゲノムについての機械学習を用いることで、ASDのイントロンの変異のASDリスクを特定する)」だ。

これまで多くのASDゲノム解析論文が発表され、その結果ASDはneurodiversity(神経系多様性)の典型で、多くの遺伝子の小さな変異が積み重なって起こってくるのではないかと考えられている。ただこのような場合複雑すぎて、遺伝子リストができても、メカニズムはおろか、ゲノムを診断に使うことも簡単ではない。その結果、より精度を高めるため、DNA多型の解析や、機能タンパク質へ翻訳されるエクソーム解析は、必然的に全ゲノム解析まで進んでいく。しかし、エクソーム解析でアミノ酸が変化することがわかっても、その変化の機能的意味を理解するのは困難を伴う現状では、全ゲノムとなると、変異部位の意味はますますわかりにくくなり、精度を上げることは夢のまた夢になる。

このグループは、ASD研究が専門ではなく、全ゲノムデータのイントロン部分に存在する変異の機能的意味を予測するため、イントロンの配列を、クロマチン、RNA結合など利用できる様々なデータを結合させて、それぞれの部位の意味を予測するAIを開発しており、今回の研究は、構築したアルゴリズムでASDのような複雑なゲノムをどこまで理解できるのかテストするのが目的になっている。

ASDが最初にテストに選ばれた理由は、1700人のASD児と、その親・兄弟の全ゲノムが揃っているシモンズ財団のデータベースの存在が大きい。この組み合わせから、親、兄弟にはなく、ASD児にだけ新しく発生したゲノム変異を抜き出すことができる。これらには、ASD発症に関わっている変異が濃縮されていると考えられ、この変異の部位の機能的意味をAIで予想し、ASD理解に貢献できるかテストすることで、今回設計されたAIの利用価値が確かめられると期待している。

結果は当然予想通りで、

  • ASDだけに見られるイントロン変異の近傍の遺伝子は(NEDAと名付けている)、脳の皮質や大脳基底核に発現されているものが多い。
  • NEDAは神経発生やシナプスシグナルに関わる遺伝子が多く、その中にはすでにASDのリスク因子として知られる遺伝子が多く含まれている。
  • 一部の変異については細胞を用いた転写活性テストで活性を直接確かめ、転写活性を低下させる変異が多いことを確認している。
  • 症状の重さとイントロン変異の多さは相関する。

と、新しいAIをASDのイントロン変異に適用すると、予想通りの結果が出たことから、このAIはイントロン変異の意味を予測する高い能力を持っていると結論している。

ビッグデータの解析なので、研究についての実感はないが、今後他の病気の解析にも使うことで、評価されると思う。

個人的には、シモンズ財団が長期的視野でこれほどのデータを集め公開していることに感心した。そして、この方向で研究が続けば、ゲノムを用いたASDの早期発見も可能になるのではと期待を持った。

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5月30日:MRIを用いた自閉症の簡易診断(Biological Psychologyオンライン掲載論文)

2019年5月30日

自閉症スペクトラム(ASD)論文紹介2日目は、自閉症の社会性を簡単に診断できる方法の開発研究を紹介する。ウェークフォレスト大学医学部を中心とするいくつかの研究機関が集まって行なった共同研究で、Biological Psychology オンライン版に掲載された。タイトルは「Diminished single-stimulus response in vmPFC to favorite people in children diagnosed with autism spectrum disorder (ASD児童の好みの人に対する前頭前野腹内側部の反応は低下している)」だ。

この研究の目的は、おそらく機能的MRIを使いつつも、難しい課題でなく、極めて単純な課題を使ってASD児童を典型児と区別する方法を開発することだと思う。この目的で、最初から社会性に関わることがわかっているvmPFC(前頭前野腹内側部)に絞って反応を調べ、4枚の異なる人間の顔写真と、4種類の物の写真を見た時のvmPFCの反応を機能的MRIで調べている。ASD児が写真を怖がらない様、写真を見せる時は必ず後ろにある写真を鏡を通して見るようにしている。対象は平均12−13歳のASD児と典型児で、ASDの診断はいくつかの基準を組み合わせて行なっている。

使った写真は、人間の顔では、人懐っこい女性の顔、笑う赤ちゃんの顔、特に感情が出ていない大人の顔、そして包帯を巻いて痛みを感じている顔。また、物の写真では、パソコン、ケーキ、お皿、便器の順番になっている。

MRIスキャンのあと、それぞれの写真を好きな順番にランク付けさせている。この時のランクずけはどちらのグループも同じで、みなさんが想像されるランクと一致している。

実験では、それぞれの写真を見た時のvmPFCの興奮(血流の上昇で検出している)を測定している。典型児では、自分で好ましいとして選んだ顔に強く反応する。これは、vmPFCが主に感情的に報われた時に反応する領域のためで、好きな顔を見た時ほど満足感が高いことになる。ところがASD児では、あとで選ばせた好き嫌いに関わらず、どの顔にもはっきりした反応が見られず、ノイズが高い。すなわち、好き嫌いを選んだとしても、それに対するご褒美回路がうまく動いていない。

最後に、好感を持つ写真を一回だけ見せた時の反応も調べている(これは連続的なMRIスキャンではどうしても頭が動く子供が多いので、ほとんどの子供に適用することを考えて行なっている)。予想通り、好ましいと思った顔に対する脳の反応を見ると、ASD児では典型児より強く低下している。しかし、モノ(この場合はパソコン)を見せた時にはほとんど差が認められない。

結果は以上で、これまで知られていたことの確認だけとも言えるが、MRIが必要とはいえ、かなり単純な課題でASDを典型児から区別することができる点が重要だ。今回の対象は、十分ASDの診断をつけることのできる年齢だが、いわゆるご褒美反応を見ていることになるので、幼児でも適用可能な検査を設計できるようになるのではないだろうか。幼児の場合、赤外光の検出器などMRI以外の方法も使えるので、簡単なASDの診断法へと発展できるのではないかと、勝手に期待している、。

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5月29日:自閉症のsingle cell genomics(5月17日号Science掲載論文)

2019年5月29日

今日から続けて、紹介できずにたまっていた自閉症に関する論文を紹介する。最初は、カリフォルニア大学サンフランシス校からの論文で、基礎研究だけでなく、臨床研究にも重要な方法論として定着したsingle cell genomicsを用いた研究だ。タイトルは「Single-cell genomics identifies cell type–specific molecular changes in autism(脳細胞のsingle cellジェノミックスは自閉症での細胞特異的分子変化を特定する)」だ。

このブログでも何回も紹介しているように、組織から細胞を分離し、得られた細胞内のRNAを一個づつバーコードでラベルし、各細胞で発現しているmRNAを数万個レベルの細胞で一度に解析するsingle cell genomicsは、細胞ごとの遺伝子発現や、病気による変化を解明するために極めてパワフルなテクノロジーだ。特に、かなりの数の遺伝子変化が積み重なって発生する自閉症などのケースでは、病気の主体となる細胞を特定することも可能になる。

一部のてんかんの患者さんでは、てんかんが始まる場所を特定して切除し、てんかんを止める治療が行われるが、この研究では自閉症スペクトラム(ASD)と、てんかんが併発した患者さんが手術で病巣を切除する機会を利用して、脳細胞をいただいている。コントロールは、てんかんだけでこの手術を受けた患者さんだ。

研究では切除された前頭前皮質と前頭前野と前帯状回皮質の全層を注意深く取り出し、細胞の核を分離、核内に存在するRNAの発現をバーコードを用いるsingle cell解析で調べている。この研究では約10万個の細胞を解析すると、おおよそ17種類の細胞が特定できている。この分類により、細胞の種類だけでなく、どの層に存在したかもほぼ特定することができる。

こうして分類した17種類の細胞について、ASDで大きく変化している遺伝子を、各細胞ごとにリストすることができる。結果をまとめると次のようになる。

  • 全体で約700種類の遺伝子の発現がASDで変化していたが、そのうち8割は特定の細胞のみで変化が見られる。すなわちsingle cell 解析でないと発見できない。
  • 発現の変化がはっきりしている遺伝子の多くは、様々な細胞に発現している。
  • 最も変化の大きな遺伝子群は皮質2/4層の細胞で発現が抑制される遺伝子群。
  • 今回違いがはっきりした遺伝子のうち、75個はASDリスクに関わるゲノム変化として特定されており、やはり2/3層と4層の興奮神経に発現している。
  • 遺伝子の特徴から、皮質2/3層の発生と、シナプスシグナルの変化がASDの気質的原因となる可能性が大きい。
  • 各細胞レベルで遺伝子発現の変化の程度に応じて、強い症状が現れる。
  • てんかんによる変化は5/6層の細胞集中しており、ASDの変化とはオーバーラップしない。

この結果を見た感想だが、ASDがゲノムの変化と、発生時の環境などエピジェネティック変化の集合で、本当に小さな変化が積み重なっているのが実感できた。そしてなによりも、2/3層、4層の神経回路の変化がASD発症に関わることが明らかになったことで、より焦点を絞った解析が可能になると思う。

脳の組織を調べることに対する抵抗を感じられる向きもあると思うが、私自身は「ここまでやるか」と、この論文からASD研究の広がりを感じ、この積み重ねが必ず治療につながると確信している。

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5月28日 子供に新しくみられる突然変異は父親の精子由来なのか?(5月7日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2019年5月28日

親と比較したとき、子供だけに存在する突然変異は、親の生殖細胞形成時に発生すると考えられている。このため、生殖細胞の増殖回数が増えれば増えるほど、癌と同じで突然変異数は増加するとこれまでかたく信じられてきた。実際多くの遺伝子で小さな変異が認められる自閉症が発生する率と、お父さんの年齢をプロットすると、お父さんの年齢が上がるほど、発生率が上がる。精子は常に作り続けられていることから、この説は当然のことだとほとんどの人が思っており、私もそうかたく信じて、自閉症の話をする機会などにはこのプロットを示してきた。

しかし、よく考えてみると生殖細胞形成過程は、普通の細胞が増殖する過程と比べはるかに複雑で、単純にトータルの増殖回数と変異数が一致するとして全てを説明していいのかと思う。実際には、変異の発生を生殖細胞発生段階ごとに計算し直さないと、正しい解釈ができないはずだ。この問題に取り組んだのが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文で、アイスランド デコード社の住民遺伝子解析データから、親子の遺伝子配列の違いを調べ、子供だけに見られる新しい変異の原因を再検討した論文で5月7日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Overlooked roles of DNA damage and maternal age in generating human germline mutations(人間の生殖細胞系列の突然変異発生にかかわる、DNAへの損傷や母親の年齢の見落とされてきた役割)」だ。

この研究では、生殖細胞形成過程で起こった突然変異の起こった染色体を父親由来、母親由来と区別して特定し、父親由来と母親由来の変異の比をまずプロットすると、驚くなかれ父親の年齢に関わらず最初から高いまま(すなわち父親由来の染色体の方が変異が多い)安定していることを発見する。

精子は性成熟後ずっと作り続けられことから、年齢が高いほど増殖回数は増えるはずで、年齢とともにこの比は上昇していくはずなのに、これが見られないのは、新しい変異が単純に細胞増殖時に蓄積するという単純なものではないことを示している。

そこで突然変異のタイプ(例えばCからG への変異、あるいはメチル化されるCからT への変異)と分けて、両親の年齢との関係を調べると、放射線などDNA損傷の修復ミスなどでおこるCかG への変異は男性では年齢とともに急速に低下すること、いっぽうメチル化されたCの脱アミノ酸が原因の変異は、男性の年齢とともに上昇することが明らかになった。

DNA損傷といっても放射線に限らない。特に生殖細胞形成では減数分裂のために損傷は必ず起こる。このプロセスは男性と女性で起こる時期など大きく異なる。また、生殖細胞発生ではメチル化パターンが大きく変化し、これも男性と女性で大きく異なる。

これに加えて、女性の卵子が老化することで突然変異が起こりやすくなるが、この場合は父方、母方両方の染色体に変異が起こる。

以上のことから、子供に新しく見られる変異については、これまでのような単純な発想ではなく、それぞれの分化段階や発生様式の違いを加味して計算していくこと、特に変異のタイプを見ることで原因を特定し、対策をとることの重要性を示している。

この結論を念頭に、これまでの自閉症発生率と父親の年齢のプロットを考えてみると、現象は確かなので、今後はどの遺伝子が変異を起こしやすく、どのタイプの変異が多いのかを特定して、「子供は若い時に」という単純な回答ではない、厳密な対策が指示できるようにすべきではないかと思う。

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