1月15日:ガン血管を増強する:結果よければすべて良し(1月12日号Cancer Cell誌掲載論文)
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1月15日:ガン血管を増強する:結果よければすべて良し(1月12日号Cancer Cell誌掲載論文)

2015年1月15日

薬剤の臨床効果を確かめる治験は第1相から3相まで、安全性、用量、効果、そして目標とする効果の達成について、対象になる患者さんを増加させながら進む。私自身には経験がないが、開発者にとって一番ハラハラするのが最終段階の第3相ではないだろうか。そこにまで至るすべての努力がこの段階にかかっており、またこの段階に必要なコストは半端でない。その結果が撤退と決まった場合、諦めるのは簡単でないはずだ。特にその薬剤にかけてきた研究者にとってはなんとか復活の道を探りたいと思うはずだ。もちろん多くの企業の場合、上からの命令でこれは叶わないことが多いだろう。しかし大学となると、研究者の独立性が強く、復活の道を探ることは稀ではない。今日紹介するミュンヘン工科大学からの論文はそんな例で、Cancer Cell誌1月号に掲載された。タイトルは「Dual-action combination therapy enhances angiogenesis while reducing tumor growth and spread(血管新生を促進しながらもガンの増殖や進展を押される2種類の薬剤作用を利用する治療法)」だ。このグループは、メルク社とともに血管新生に関わるインテグリンを阻害する化合物シレンギチドと呼ばれる分子の臨床応用を目指していたようだ。しかしグリオーマの血管新生抑制を目指した治験の最後の第3相段階で目標が達成できず撤退が決定される。断腸の思いだっただろう。だだ開発の中心は大学だったようで、簡単に諦めず復活の道を探していたようだ。そして、シレンギチドの量を10分の1に減らして血管新生への効果を見ると、なんと血管新生を増強することを発見した。そこで、間質反応が強いために抗がん剤が到達しにくい膵臓癌の化学療法を助ける薬としてシレンギチドを使えないかという問題に方向転換してこの論文に至ったようだ。研究ではシレンギチドにベラパミルという血管拡張剤を併用し、化学療法としては膵臓癌に最も使われているジェムシタビンを使って効果を見ている。詳細を全て省いて結果をまとめると次のようになる。1)まず低用量のシレンギチドはガンの血管新生を増強するが、血管自体は成熟しておらず漏出性が高い(薬剤も到達しやすい?)、2)シレンギチド自体でガンの薬剤取り込みを増強する効果がある、3)担ガンマウスにシレンギチドを投与するとガン血管が増強してガンの増殖が増える、4)しかしこれにジェムシタビンを組み合わせると今度はガンの増殖がジェムシタビン投与だけよりはるかに抑制できる、5)抑制効果はべラパミルを合わせることで増強する、6)3剤併用の場合、もちろんガンの増殖や進展は抑制され、ガンをより悪性化する低酸素状態が改善され、ジェムシタビンの取り込みが担ガン部位のみで上昇し、間質反応が低下し、転移も少ないという良いことずくめの結果で終わっている。マウスモデルとはいえ大きな期待を持てる結果だ。この結果でメルクが次の治験に乗るかどうかはわからないが、第3相まで進んだ薬剤を10分の1用量で使えばよく、ベラパミルもすでに臨床で使われている。ハードルは低いだろう。大学の研究室が創薬に関わることの利点の一つは、そう簡単に諦めないことだと思った。しかしこのグループにとってはまたハラハラする何年かが待っているのだろう。おそらくこれを知れば、患者さんはもっと大きな期待を持って見ていると思う。うまくいってほしい。

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1月14日:進むC型肝炎治療(1月13日号The Lancet掲載論文)

2015年1月14日

研究でも、医療でも急速に進展するときがある。そんな時は、少し目を離すと実験方法や治療方法は大きく変わって、自分を浦島のように感じる。C型肝炎治療はそんな例のようだ。私が現役の頃は肝炎ウィルスに対して直接働く治療法はなかった。それが、インターフェロンを中心にリバビリンなどのRNA ポリメラーゼ阻害剤を併用することでかなりコントロールすることが可能になっていた。しかしインターフェロンが効きにくいウィルスや患者さんが存在し、また副作用も長期の薬剤服用を困難にしていた。昨年になって、創薬ベンチャーであるギリアド社が開発を進めていたソフォブヴィルと呼ばれる新しいRNAポリメラーゼ阻害剤が認可され、副作用がなく効果が高いことがわかってきた。その後同じ会社はウィルス膜の形成に必要な蛋白形成を阻害するレディパシヴィルを組み合わせて、インターフェロンを使うことなくほとんどの患者さんを治療できること示していた。今日紹介するアメリカNIHからの論文は、この2剤にもう一つ新しいメカニズムの薬剤を加えることで、ウィルスをもっと早く体内から除去できないか調べた第2相研究で、The Lancet1月号に掲載された。タイトルは「Virological response after 6 week triple-drug regimens for hepatictis C: a proof of concept phase 2A cohort study (C型肝炎に対する3剤併用の6週治療プロトコルの効果、可能性を探る第2a相コホート研究)」だ。この研究では60人の患者さんが3群に分けられ、ソフォヴィル、レディパシヴィルの2剤併用に、開発中のGS9669,あるいはGS9451が3剤目として加えられ効果を調べている。GS9669はウィルスゲノムと結合するポリメラーゼ機能を抑制し、GS9451はウィルスが持つプロテアーゼの阻害剤だ。結果は期待通りで、どの薬を用いても2剤併用より早期に効果が現れ、4週ではほぼ100%の患者さんから肝炎ウィルスが消失する。薬をやめて再発があったのは1例だけで、また副作用も許容範囲だったという結果だ。仔細に比べると、全く新しいメカニズムの阻害剤GS9451が優れていると結論している。20人という少人数での結果だが、6週の薬剤服用コースで、1ヶ月でほとんど病気が消失するという結果は、C型肝炎がもう普通の風邪と同じ病気になったのと期待させる。しかしこれほど異なるメカニズムの化合物を並行して開発しているギリアド社の開発ポリシーは徹底している。世界には今も1億8千万のC型肝炎感染者がいるようだ。この人たちを全部自分の会社からの薬で治すという意気込みが伝わる論文だった。

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1月13日:絶対音感の神経生物学(1月7日号Journal of Neuroscience掲載論文)

2015年1月13日

絶対音感というと最相葉月さんが1998年に出版された本を思い出す。絶対音感とは何かという最相さんの個人的問いから始め、音楽家から科学者までの多くの取材を重ねて、個人や社会にとっての音楽の多様なあり方を示すとともに、「絶対」の持つ意外な不自由を教えてくれる良書だ。音楽好きは是非読まれることを勧める。今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は、この絶対音感に関わる脳の必要条件について調べた研究で1月7日号のJournal of Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Bridging the gap between perceptuall and cognitive perspectives on absolute pitch (絶対音感の見るときの感覚と認知の間のギャップをうめる)」だ。音楽についての脳科学的論文はそう多くないので、このグループの論文は他にも読んでおり、紹介することにした。様々な音楽能力を、脳内各部位の結合性の変化と相関させる研究が中心で、これを脳波という単純な方法で調べて来たグループだ。今回の研究でも、脳波に現れるθ波が部位間で同期している程度をコンピューターで計算して、部位間の結合度合いを割り出している。研究ではプロの音楽家を絶対音感の有り無しで分け、それぞれの絶対音感の厳密さを異なるピッチの音を聞かせてドレミを言い当てる検査を用いて測定し、自己申告の正確さを確認する。その上で、脳活動を調べるのだが、これまでの研究の多くは、対象者にピッチの違う音を聞かせて脳の反応を調べるものだった。事実、この論文で引用されていた我が国東京医科歯科大学からの研究では(Neuroscience letters, 548:155, 2013)、ピッチを外した音を聞くとき絶対音感があると脳がおかしいと反応する状態を検出して絶対音感と相関させている。この研究がこれまでと異なるのは、音と脳の反応の相関は全く調べていない点だ。代わりに、連合記憶などの高次認知機能に関わる前頭葉の部位と、聴覚に関わる部位との連結の程度を、安静時に調べている。すなわち最初から調べる部位に狙いをつけて、その間の結合を調べている。結果は、絶対音感があると、左脳だけでこの2つの部位の連結が発達している。一方、音楽家でも絶対音感がないと、いくらキャリアが長くてもこの結合は発達していない。また、絶対音感の程度が高いほど、左脳でのこの二つの部位の結合が高まるという結果だ。まとめると、絶対音感を持つということは、この研究で調べた左脳の2つの部位の結合が高まっている、即ち脳の構造変化が起こっていることを示している。どうりで、日常何気なく入ってくる音も、絶対音感を持つ人には気にって仕方がないのもよく分かる。いずれにせよ、次の課題はこの研究で発見された指標を使ってどの程度絶対音感の有無が予言できるかだ。これが揃って初めて私も説得されるだろう。最相さんの本にも絶対音感と左脳の構造の変化が相関すること、また我々が憧れる絶対音感が、持っている人間には大きな制約になることなどが書かれている。構造的に決定されているということは、制約があるのも当然だと納得する。最相さんの本と、最新の結果がこのように合致するなら、今後の研究にとって、半端でないエネルギーでインタビューを重ねて最相さんが集めた様々な例の記録は役に立つこと間違いない。この本がさらに脳科学者のインスピレーションを刺激して面白い研究が生まれることを期待する。

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1月12日:耐性のない抗生物質(Natureオンライン版掲載論文)

2015年1月12日

医学の勝利の一つの例がフレミングによるペニシリンの発見と、フローリー、チェインによるペニシリンの単離であることは間違いがない。しかし抗生剤の使用には必ず耐性菌の出現がつきものだ。これに対応するため、新しい抗生剤が開発されるが、耐性菌の出現から解放されることはなかった。結果、MRSAや薬剤耐性の結核菌など、勝利したと思っていた細菌がより強力になって医療現場の問題になっている。今日紹介するボストンのノボビオティックという製薬会社と、ノースイースタン大学からの論文は全く新しい抗生剤の探索の仕方と、それによって発見された耐性が出ないと考えられる抗生剤トキソバクチンについての論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルはズバリ「A new antibiotic kills pathogens without detectable resistance(耐性の出現のない抗生物質)」だ。しかしこれまでも耐性の出にくいという抗生剤の話はいくらもあった。ほんとかなと読み進むうち、もともと説得されやすい私はすっかり説得された。まず土の中から抗生剤を探す方法が新しい。ペニシリンを始め多くの薬剤が土壌の中に住む細菌から発見され、抗生剤の宝庫であることはわかっているのに、実際には土壌から菌を分離することが難しい。メタゲノムという方法で、土壌中の細菌の種類がわかるようになり、ほとんどの菌は培養で分離できないことがわかった。この問題を解決するため、このグループは全く新しい土壌の中で細菌クローンを培養する技術を開発する。実際には半透膜で隔たれた、多くの小さなウェルを持つチェンバーの中に、土壌中の細菌クローンを撒いて、チェンバーごと土壌の中に戻して細菌を増やしている。単純なアイデアだが、これによってなんと土壌中の5割の細菌が増えてくるようだ。次に細菌を含むチェンバー全体の上に抗生剤を発見したい細菌が一様に分布したシートをかぶせ、細菌が死んでいるのが見つかったウェルから細菌を単離し、抗生剤を開発するという技術だ。詳細は省くが、この方法で現在の医療が対策に困っている緑色ぶどう球菌を殺すトキシバクチンというアミノ酸が連なった構造が、これまで全く知られていなかった新しい細菌から作られていることを発見した。このペプチドをリボゾームなしで合成する経路も特定している。驚くことに、トキソバクチンはぶどう球菌を始め、今病院が対策に困っている細菌を殺してくれる。その効率も、現在市場に出回っている抗生剤よりはるかに高い。また、マウスを使ったテストでも、バンコマイシンのように副作用がなく、抗菌作用は高い。さらに、様々な細菌の培養を用いて調べても耐性菌が出現しない。なぜこんな素晴らしい性質があるのかを追求していくとバンコマイシンと知られる抗生剤と同じように、細菌の細胞壁を作る原料に結合して合成を阻害することで細菌を殺すことがわかった。さらにバンコマイシンの耐性菌が使っている細胞壁原料にも結合して殺すことも確認している。この阻害過程の解析から、原理的にまず耐性は出ないと結論している。説得力のある期待できる論文で、おそらく早期に臨床治験に持っていけるだろう。ただ、リボゾームを介さずトキシバクチンのような分子を合成する経路を開発するのが細菌だ。バンコマイシンも出た当時は耐性の出ない抗生物質が売りだった。まだまだ戦いは続くかもしれない。ただ、これが正しければ当分は多くの患者さんが救われ、院内感染で病院長が頭をさげるシーンが減ることは確かだと思った。

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1月11日:光を細胞内の力に転換する(Natureオンライン版掲載論文)

2015年1月11日

細菌、酵母、植物の多くにはLOV(light oxgen or voltage)ドメインを持った分子が数多く見つかる。このドメインはフラビンを光センサーとして使って、構造を変化させ、同じ分子の他のドメインの機能を活性化させ、様々な機能に関わる。LOV自体も多様で、光によって開いたり、回転したり、2量体を作ったり様々な構造変化を起こすことができる。茎が太陽の方向に伸びたり、ひまわりが太陽を向く動きを見るだけで、光を必要とする植物が様々な戦略を発展させているのがわかるが、LOVドメインはその重要な一員だ。このドメインを動物で使うことができると、新しい細胞操作法を開発できると期待されていたが、今日紹介するオランダ・ユトレヒト大学からの論文はLOVを細胞内のオルガネラ輸送に利用できないか調べた研究で、Natureオンライン版に掲載されている。タイトルは、「Optogenetic control of organelle transport and positioning(オルガネラの細胞内輸送や位置決めを光遺伝学的に調節する)」だ。この研究では、光が当たるとLOV分子が開いて、他のドメイン(ePDZ)と結合するようになる分子の組み合わせを使っている。この研究ではペルオキソゾームやミトコンドリアなどのオルガネラの輸送や位置決めの調節に焦点を絞っている。このために、オルガネラの膜状に発現している分子にLOVを組み込んだキメラ遺伝子と、LOVが開くとそれに結合するePDZを細胞内の動きを担うモーター分子等と結合させたキメラ遺伝子を細胞内導入する。この細胞に光を当てると、LOVが開いてePDZに結合することで、オルガネラに任意のモーター分子や、逆に動きを止める分子を結合させることができる。この方法を使うと、例えば特定のオルガネラを細胞内骨格の微小管を沿わせて細胞の中心に移動させたり、外部に移動させたり、あるいは特定の場所に停止させたりすることができる。この研究ではこれが実際に細胞の中で可能であることを様々なオルガネラ・アンカータンパクとモータータンパクを組み合わせて示している。例えば光を当てた場所だけで、ペルオキソゾームが細胞の辺縁へ、あるいは中心へと動かせるビデオは見るだけで興奮する。また、光による分子変化は可逆的なので、光をon/offすることで、オルガネラを動かしたり止めたりできることも示している。また、神経軸索の伸長に重要な働きをすることがわかっていたRAB11が成長している先端でだけ働いていることを、先端だけで光を当てる実験で証明して、これまではっきりしなかった問題の解決に役立つことまで丁寧に示してくれている。他にも、ミトコンドリアを神経軸索の任意の場所に移動させる実験なども行い、著者たちが子供のようにはしゃいでいるのを感じる。要するに、これまでほとんど不可能だった、分子やオルガネラの細胞内での位置を調節することが可能になったこと、この技術が細胞生物学に大きな可能性を開いたことははっきりわかる。チャンネルロドプシンを使った光遺伝学が神経生物学を変えているのを見れば、このテクノロジーの大きな未来を予測することは簡単だ。どんなエキサイティングな話がこの方法を使って示されるのか、ワクワクする。しかし、細菌のCRISPR、藻類のチャンネルロドプシン、そして細菌や植物のLOVと、動物以外から道具を借りた方法の広がりはすごい。こんな時代になると、狭い知識しかない研究者はどんどん淘汰されてしまう。私はもう現役を退いているが、圧倒されるほどの新しいテクノロジーに直面して、本当に興奮できるのだろうか。実際は置いてきぼりを食って大変だと思うのではないだろうか。例えば、このようなテクノロジーがほとんどリアルタイムで若い人に手に入るような組織を考えたらどうだろうか。金をかけて導入競争をして、有力研究者だけが勝利するという構造は無くなるはずだ。

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1月10日:HPVワクチンと多発性硬化症(1月6日アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年1月10日

論文発表から撤回まで10年以上を費やした有名な捏造事件が、Andrew Wakefield事件で、発端は彼と12人の共著者がThe Lancetに発表した3種混合ワクチン(MMR)接種後に自閉症が発症することを示唆する論文を発表したことだった。もちろん大規模な疫学試験によってこの報告が追試できないことはすぐに明らかになる(この調査には我が国のMMRと麻疹単独ワクチン接児を比べた研究も貢献している)。しかしこの事件は最初から科学以外の要因が絡んでいた。まず、Wakefieldが論文にははっきり結論していない因果性についてプレス発表で明言し、MMRワクチンを中止するよう呼びかけたため大きな問題となった。しかし捏造行為自体は自白すれば分かる問題で、その後この論文が、MMRに反対する組織からお金を受け取っていたことや、彼自身が自分のベンチャー会社を設立しようとしていたことが明らかになり、彼を除く12人の共著者が論文取り下げに同意、The Lancetもそれに従った。この問題は、結果としてワクチン接種を止めて麻疹にかかった子供が発生したことなど、重大な実害があったことで、捏造は刑事事件にすべきであるという意見の根拠になっている。一方、ワクチンに反対するグループは世界中に存在し、実際Wakefieldもテキサスでこのような団体に支持される研究所で活動を続けていた。このように捏造行為自体の解明には本人や関係者の自白を積み重ねるしか手段はない。一方、科学側としては論文や雑誌を通して論争を進めるしかない。事実この事件でも先に挙げた日本のデータを用いた研究を含め、様々な雑誌でWakefieldも参加した論争が続いた。特にワクチンのように医学内に論争をとどめにくい問題では、軽々に個人的意見をさけ、あえて医学的論争に終始する態度が必要だ。今日紹介する論文は、子宮ガン予防のために世界的に接種が行われているHPVと多発性硬化症との関連を調べるために行われたデンマーク、スウェーデンの疫学調査で1月6日号のアメリカ医師会雑誌に掲載されている。タイトルは「Quadrivalent HPV vaccination and risk of multiple scleraosis and other demyelinating diseases of the central nervous system (ヒトパピローマウィルス4種混合ワクチンと多発性硬化症や他の脱ずい性神経疾患のリスク)」だ。このワクチンをめぐっては我が国でも全身性の痛みを始め様々な副作用が問題にされている。同じように、欧米ではこのワクチンと多発性硬化症を始めとする脱ずい性疾患との関連を示唆する症例報告が続いていた。しかしこの問題に対しては、結局疫学調査と、症状のメカニズム解明しか答えを出すことはできない。これに対して、2006-2013年にワクチンを受けた方と、受けなかった女性を2年間追跡して、多発性硬化症の発症を調べたのがこの研究だ。研究では約400万人の女性が調べられ、そのうち80万人がワクチンをプロトコル通り接種されている。疫学調査としては十分大規模で、信用できる。結論はこの疫学調査ではワクチン接種と脱ずい性疾患の関連は認められなかったという結果だ。ただ、免疫反応には多くの遺伝的要因が関わる。北欧の結果がそのまま我が国にも当てはまるかは不明だ。我が国でも、このような調査を重ねて、受けるリスクと受けないリスクを正確に出す努力が必要だろう。論争が科学の範囲を越え出すときこそ、科学者は「象牙の塔」にこもる努力が必要な気がする。

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1月9日:ベートーベンの心臓病(Perspectives in Biology and Medicine, vol 57, 2014, pp285)

2015年1月9日

ニューヨーク大学の物理学教授アラン・ソーカルが、当時一斉を風靡していたポストモダンの哲学者の説を数学的に正当化できるとする論文をSocial Textに発表、その後これがデタラメの悪ふざけだったことを告白して大騒ぎになったことがあった。私自身はソーカル自身が書いた「知の欺瞞」(岩波書店)を読んで知ったが、客観性や他人との合意に達する決まった手続きが確立できていない哲学の科学への憧れを揶揄した面白い事件だと思った。一方、科学者の方にも芸術や哲学を教養や趣味として身につけるべきであるという憧れがある。私は、科学には文化や教養を超えた客観性を獲得するための手続きがあるおかげで、科学者になるのに教養や趣味は必要なく、誰でもこの手続きさえ受け入れると意思表明すれば科学者になれると思っている。とはいえ、論文の中で自分の教養や趣味をひけらかしたいという誘惑をそのまま実現した論文は確かに存在する。今日紹介するワシントン大学心臓内科からの論文はジョンス・ホプキンス大学から年2回出ているPerspectives in Biology and Medicineに掲載された研究(?)で、ベートーベンが心臓病、特に不整脈に悩んでいたのではないかについて考察した論文だ。タイトルは「The heartfelt music of Ludwig von Beethoven(ベートーベンの心臓状態がわかる(心からという単語の意味を読み替えている)音楽)」だ。読んだ後、すぐソーカルを思い出した。半分悪ふざけだと思う。しかし誰に向けて書いているのだろう。教養に憧れる科学者だろうか?責任著者は心臓内科の医師で、おそらく音楽を自分でも演奏するのだろう。共著者にはミシガン大学の音楽学のメンバーも入っている。さて研究だが、ベートーベンの作品の中でも悲痛な、心の中から込み上げてくる感情が感じられる3曲、ピアノソナタ25番変ホ長調(告別)、弦楽四重奏曲13番(カヴァティーナ)、そして最後のピアノソナタ31番(本当は最後は32番でした)を取り上げ、それぞれの曲のモチーフになる重要なパッセージにリズムの大きな乱れがあることを指摘し、このようなリズムは心室期外収縮からきているに違いないと結論した論文だ。その例として、「告別」の出だし、あるいは弦楽四重奏のカヴァティーナとして知られる5楽章の途中で急に変ハ長調に移調した後の長い休止などをあげている。そして、1)耳の聞こえないベートーベンには健常人よりはるかに自分の心臓が感じられたはずで、これが音楽のモチーフになっている、2)残されている彼の記録には直接的に心臓の異常は書かれていないが、例えば喘息など幾つかの記載から心臓に異常があったことが疑われる、などと議論している。もちろん、この「不整脈的」パッセージはただベートーベンの天才を示しているだけかもしれないと自分の理論の問題も指摘している。どちらにせよ悪ふざけだと思う。私は人を信じる方で、騙されやすいので、もちろん信じてみようと思う。ただ問題は、これから少なくともこの3曲を聴くときはこの論文が私の楽しみを邪魔することは間違いない。

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1月8日:I am the Berlin Patient(AIDS research and human retrovirus誌掲載コメンタリー)

2015年1月8日

メカニズムの異なるAIDSに対する幾つかの薬剤が開発されて以来、多剤併用によるAIDSウィルス増殖の抑制が可能になった。このおかげで、AIDSは不治の病でなくなったが、ではインフルエンザのように根治できるか、即ち薬剤の服用が必要なくなるか?というと、決してそうではない。このため、患者さんは薬の服用を一生続けなければならないという精神的・経済的負担から逃れることができない。とはいえ、いく筋かの希望の光が存在する。すなわち、AIDSウィルスが完全に消えた患者さんが世界には存在する。これまでベルリンに2人、ミシシッピ・ベイビーとして知られていたアメリカの患者1人が根治ケースとして考えられてきた。この中で、感染後早期に集中的治療を行ったケースは、根治につながる薬剤治療が可能ではないかと期待をもたせたが、ミシシッピ・ベイビー、ベルリンの患者もAIDSウィルスが再出現、あるいは低いレベルで残っていることがわかっている。これに対し、AIDS治療の途中で急性骨髄性白血病を発症し、その治療としてAIDSウィルスの侵入口であるCCR5に突然変異があるためウィルスが細胞に侵入できないドナーからの骨髄移植を2回にわたって受けた患者さんは、現在のところAIDSが根治した最初の例として知られている(N Engl J Med 360:692, 2009)。この結果は、遺伝子改変した幹細胞移植が将来の根治治療のために切り札になる可能性を示しており、現在急速に方法の開発が行われている。この患者さんは自分がTimothy Ray Brownであると名を名乗り、新聞やテレビのインタビューにも答えていたが、1月号のAIDS research and human retrovirus誌に自ら体験談を寄稿した。タイトルは「 I am the Berlin patient: A personal reflection (私がベルリンの患者です:個人的回想)」だ。内容はこれまで論文で報告されていたことと変わらない。この回想録により、ベルリンの患者が、ドイツの大学で学んでいたアメリカ人で、10年間AZTとタンパク分解阻害剤で普通に生活していたところ、白血病を発症したこと、そして3ラウンドの化学療法の後、たまたまCCR5の突然変異を持っている骨髄ドナーから移植を受けたこと、白血病が再発し、ベルリンで同じドナーから骨髄移植治療を受け、最後にベルリンの患者と呼ばれるより名前を明かそうと決めたこと、名前を明かした後様々な取材を受けたことなどが淡々と描かれている。最後に、2012年からTimothy Brown財団を設立し、根治に向けて活動を開始していることを書き添えてこのコメンタリーは終わっている。それだけのことだが、患者さんが語ること自体が重要だ。21世紀は客観的記述と主観的記述が同時に行われることで新しい可能性が生まれる時代だと私は密かに期待している。特に患者さんたちからの主観的記述が集まることは重要だ。ベルリンの患者がTimothy Brownに変わることがもっともっとわが国でも広まることを期待したい。

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1月7日:抗生物質をデザインする(1月5日号Journal of Clinical Investigation掲載論文)

2015年1月7日

創薬、特に薬効のある化学化合物を発見するためには、ただ大規模な化合物スクリーニングができれば済むわけでなく、必ず分子の構造が頭の中に浮かんでくる優れた化学者の参加が必要だ。この素養に全くかけている私から見ると、このような化学者はいつも奇跡のように思える。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、化学者の手にかかれば現在ある化合物が魔法のように生まれ変わるということを教えてくれる研究で、1月5日号のJournal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは「Designer aminoglycosides prevent coclear hair cell loss and hearing loss (アミノグリコシドをデザインして蝸牛有毛細胞の変性からくる難聴を防ぐ)」だ。アミノグリコシド系の抗生物質は歴史が古く、ストレプトマイシン、カナマイシン、ゲンタマイシンなどの名前を聞くと懐かしい。40年前に私が医師として勤めだした頃はペニシリンと並ぶ主役だった。特に抗生物質の効きにくい細菌にも使えるので、何か最後の切り札のような感じで使っていた気がする。「最後の」と考えるのは、アミノグリコシド系抗生物質が高率に聴力障害を起こす副作用があるためで、かなり慎重に使わざるを得なかった。この副作用だけを抑え、抗生物質としての薬効を残す薬を作れるかがこの研究の課題だ。この研究のきっかけになったのは、アミノグリコシドが聴力障害を特異的に引き起こすメカニズムを明らかにした研究があるからだ。すなわち、アミノグリコシドは通常細胞内に取り込まれないが、蝸牛の有毛細胞が発現して音を聞くのに重要な働きをしているメカノセンサー分子のイオンチャンネルを通って有毛細胞内に侵入できることがわかった。そこで、カルシウムイオン(陽イオン)が流れ込むチャンネルを通ることのできないアミノグリコシドを、正電荷を減らすことで設計できないか検討したのがこの仕事だ。結果は明快で、シソマイシンをベースに、幾つかの正電荷を減らした合成物を作成し、副作用と抗生物質の効果を調べたところ聴力障害性の少ない抗生物質ができたという結論だ。生理学的に、この副作用が予想通りメカノセンサーを介していることも示している。生理学と化学が統合されたいい仕事だと思う。抗菌性の抗生物質は今でも医療の重要な柱だ。同じような見直しで、より優れた抗生物質が開発されることを期待する。しかしこの論文の著者を見ていると、耳鼻咽喉科、腎臓内科、小児科の研究者が生理学者と協力してこの薬を開発したことがわかる。即ち、日々の臨床でアミノグリコシド系抗生物質の副作用をなんとかしたいと思っている医師のイニシアチブが感じられる。このような協力関係が築けることこそが大学の使命だと実感した。

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1月6日:MAPCからiPSへ(1月13日号Stem Cell Report誌掲載論文)

2015年1月6日

幹細胞研究分野の国際会議は、4000人の会員数を誇るISSCR(国際幹細胞研究学会)に集約されているが、実はこの学会の歴史は浅く、最初の会議は2002年にワシントンで行われた。なぜワシントンかと言われると、ブッシュ政権時ヒトES細胞の樹立や利用を禁止する法案がアメリカ議会を通過するのではないかとの心配から、対抗する一種政治ショーの使命も帯びていた。ハーバードのLen Zonの呼びかけに応じて、この会議に向けてボードを組織し、ようやく会議にこぎつけたが参加者は500人に満たなかったと覚えている。全く母体もなしに国際会議組織を一からどう作ればいいのかを学ぶ良い機会になった。このためこの会議の最も重要なテーマはヒトES細胞だったが、それに対抗していたのが骨髄から樹立される多能性幹細胞MAPCだった。ヒト胚を利用しない倫理的問題のない細胞として、常にヒトES細胞と一緒に取り上げられた。このMAPSの生みの親が当時ミネソタ大学にいたCatherine Verfailleで、ISSCRでも最初から登場願った。ただ追試が難しく、捏造疑惑がでたことで(論文は撤回していない)、いつの間にか注目されなくなり、彼女もベルギーに帰国した。彼女が帰国後、一度MAPCの遺伝子解析を手伝ったが、随分ES細胞とは違った不思議な細胞だった。5年ほど年前に最後に会ってから出会うことがなかったが、1月13日号のStem Cell Reports誌に久しぶりに彼女の論文を見つけた。タイトルは「Restoration of programnulin expression rescues cortical neuron generation in an induced pluripotent stem cell model of frontotemporal dementia(前頭側頭型認知症患者から樹立したiPSの示す皮質ニューロンへの分化異常はprogranulin発現により回復する)」だ。なんとなく懐かしく紹介することにしたが、タイトルにある通り彼女は今iPSを使った研究を進めていることがわかり、なんとなくほっとした。論文はいわゆるiPSを使った疾患モデルの研究で、中年から発症する家族性の認知症の中で、プログラニュリンと呼ばれる増殖因子の突然変異が特定された患者さんからiPSを作成して、病気の原因を探っている。結果は比較的単純で、遺伝子異常により試験管内での皮質ニューロンへの分化が抑制されるが、この異常をプログラニュリン遺伝子の発現量を正確に元に戻す(遺伝子ノックインを用いている)ことで回復させることができる。この結果から、この前頭側頭型認知症はこの分子の分泌異常で起こると結論できる。治療への手がかりを探すため、iPSから神経分化を誘導後40日目の細胞の遺伝子発現プロファイルを比べると、疾患iPSではWntシグナルが上昇している。そこでWntを抑制する化合物を培養に加えると、皮質ニューロンの分化が回復したという結果だ。まとめると、プログラニュリン分泌低下すると、神経幹細胞から皮質ニューロンへの分化が選択的に抑えられ、変性性の認知症に陥る。これに対する薬剤としてWnt抑制剤は使えるかもしれないという結果だ。治療への手がかりが示されている点は評価できる。しかし、なぜ発生で普通に皮質が形成され、年をとってから認知症が出てくるのか?なぜ異常が前頭葉側頭葉に限局しているのか?はわからないままで、道半ばというところだろう。MAPCはやめてiPSに鞍替えして研究を続けているのか、それともまだMAPCを続けているのか、少し気になる。

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