前NY市長の健康政策評価(Frontiers in Public Health Services and Systems Research誌掲載論文)
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前NY市長の健康政策評価(Frontiers in Public Health Services and Systems Research誌掲載論文)

2013年12月23日

新しくニューヨーク市長になったデブラシオ氏は黒人の奥さんのいること、一貫したリベラル政策などで話題を呼んでいる。特にその庶民性から、富裕層の典型だった前職のブルームバーグ氏と対比され、全米中が興味津々だ。同じようなことになれば日本でも大騒ぎだろう。しかし、新しい都知事候補の名前としてメディアに上がる名前を聞くと、まあこんな熱狂は望みようもない。
  今日紹介する論文を見るとアメリカの底力にさらに驚いた。論文はEvidence Use in New York City Public Health Policymaking (NY市公衆衛生政策へのエビデンスの利用)」というタイトルのコロンビア大学からの仕事で、Frontiers in Public Health Services and Systems Researchという雑誌に先週掲載された。短い論文で、ブルームバーグ市長の公衆衛生政策の成果を聞き取り調査で調べた論文だ。論文自体はシンクタンクの意見と言った感じで他愛無い。しかし、ブルームバーグが押し進めた公衆衛生政策については(それが本当なら)感心する。要するに科学的エビデンスを重視した政策を行ったということだが、その徹底ぶりは我が国とはだいぶ異なる。論文であげられた政策の5本の柱は以下のようだ。
1)公衆衛生政策担当者は論文の見出しやサマリーだけでなく、あまり有名でない論文の方法論や項目ごとのデータにもしっかり目を通すことを推進。(日本の自治体の役人がどのぐらい生の論文を読んでいるのだろう?)
2)地域レベルの健康データを出来る限り集めて対策を打つ。例えば、ある地域でのタバコの消費が上がっていることがはっきりしたらすぐにキャンペーンを打つ。
3)地域住民に対して具体的に役に立つ政策のために、小規模の調査を積み重ねる。例えば、NY市は他地域と比べ外食が多いことがわかると、レストランの健康メニューのサンプルをNY中のレストランに送る。
4)部局間の風通しを良くして政策を実行する。例えば、健康のため自転車使用を推進するとき、各道路の自転車事故率がすぐわかり、それに会わせて道路局が道路の改善や自転車レーンを整備する。
5)公衆衛生担当部局に査読がある雑誌に論文を出すことを推進し、就任期間中に300以上の論文が発表された。
   経営者としてのブルームバーグならではの思想の一端を示す政策だと思う。しかし、これは日本の自治体でも可能で、行うかどうかは首長の意志一つだろう。厚生労働省の号令のもと、我が国の自治体でも特定検診等様々な市民の健康を促進するための政策が行われている。ただこの論文に紹介されているNYの取り組みと比べた時、中央主導でほとんど自治体としてのアイデアが見えない。特に見習わなければならないのは、最後の柱だ。自治体行政からしっかりした論文が生まれるということは、自治体自体がしっかりとしたシンクタンク機能を持つということだ。私の持論だが今我が国に最も必要なのは、国や自治体自体が政策立案のためのシンクタンクとしての自らの能力を磨くことだ。その意味で、5番目の目標はどの自治体にとっても挑戦する意味は大きい。ただ、査読を受けて批評にさらされる論文でなければならないと釘を刺しておく。

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12月20日朝日新聞記事 自閉症ホルモンを鼻に噴射して改善 東大チーム

2013年12月22日

私自身の興味もあって、このコーナーで自閉症の最新研究を紹介して来た。読んでいるうちに、将来は必ず治療の可能性が生まれるという確信を持てるようになった。アメリカアカデミー紀要に発表されたエール大学の仕事も、12月3日ここで紹介した。この仕事は、自閉症の子供に表情を見て他人の心を読む課題を行うときの脳の活動をfMRIで調べた研究で、オキシトシンが社会性に関わる脳機能を確かに促進するということが示されていた。この研究を紹介したあと、日本での研究状況はどうだろうかと気になっていた。しかし心配することはなかった。12月19日のJAMA Psychiatry誌に発表された東大精神科からの仕事は日本もこの分野をリードする研究が我が国で行われていることを示していた。研究からのメッセージは、私が12月3日に紹介したエール大学の仕事とほぼ同じだ。しかし、臨床研究として無作為化された研究で、対象として調べた患者さんの数も多い。しかも論文を送った日付はエール大学より半年も早い。要するに東大の研究の方が早く完成している。それだけではなく、研究の内容もより包括的な印象だった。さらに、文科省もこの分野を支援していることを知ってはっきり言って安心した。ただ一つ気になったのは、エールは思春期の児童について調べているのに、東大の研究は軽度自閉症の成人だ。ひょっとしたら、インフォームドコンセント等で日本の規制があまりに厳しすぎて、自閉症の児童を調べることが難しいのではないのかと心配する。少子高齢化が進む我が国で発達は最も重要な課題だ。以前も述べたが、オキシトシンの長期効果については否定的な論文が多い。これを克服するには、発達期の神経回路形成に介入することが必要になる。是非長期的研究も日本から生まれることを願う。
   朝日の今さんの記事は正確で良くまとまっていると思う。(http://digital.asahi.com/articles/ASF0TKY201312190021.html?_requesturl=articles/ASF0TKY201312190021.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASF0TKY201312190021)しかし欲を言えば、自閉症研究についてのある程度の背景説明がないと、本当の内容は理解されないのではないだろうか。見出しについても、「自閉症:ホルモンを鼻に噴射して改善」は見出し用語としても何か変なことをしている印象がある。是非小児の脳研究等のあり方も含めた良い記事を目指してほしい。

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12月19日日経新聞掲載:ロシアで出土のネアンデルタール人、両親は近縁かDNA解析結果

2013年12月20日

このホームページで10月15日、11月14日、12月5日に紹介して来たドイツライプチッヒ、マックスプランク人類進化研究所からの仕事がまたまたNatureオンライン版に発表された。おそらく、世界中の科学研究に関わる研究所の中で最も生産性が高く、世界的にも注目を集めている研究所といえるだろう。今回は、前に紹介したデニソーバ人の発見された同じ場所の違う地層から見つかった骨から回収されたDNAの全ゲノム配列決定の論文だ。タイトルは「Complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains (アルタイ山から見つかったネアンデルタール人の全ゲノム配列)」。日本では12月19日付けの日経新聞が報道した。
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20131219&ng=DGKDZO64295120Z11C13A2CR8000
 「既にネアンデルタール人のゲノム配列は報告されているのに?」と思われるかもしれないが、これまでの論文より更に興奮度は高い。まず、上質のDNAが見つかっており、そのおかげで、普通にゲノム解析で行われる精度で全ゲノム配列が決まっている。更に興奮するのは、デニソーバ人が見つかった同じ場所の違う(古い)地層から骨が見つかり、それがネアンデルタール人だった点だ。高々数千年ぐらいしか離れていない時間帯に、全く異なる原人が同じ場所で見つかった。これからも様々な層からの骨が見つかると、当然期待出来るから、原人の像はますます生き生きとした物になること間違いない。しかし、技術の方も着実に進んでいることがこの論文からわかる。この精度で更に多くの原人のDNAが見つかって行けば、彼らがどのように暮らしていたのかがわかってくるはずだ。実際この仕事はそのことをはっきり教えてくれた。この精度のゲノム解析を基準として使えたことで、現在までに調べられた複数のネアンデルタール人、および1体の謎のデニソーバ人のゲノムを比較する際、様々な数理を安心して使えるようになる。この結果、この論文はネアンデルタール人の生活まで覗くことが出来ている。まず、ネアンデルタール人とデニソーバ人で遺伝子の交流がある。すなわち、何らかの形で交雑が行われている。また、ネアンデルタール人の遺伝子多様性から、彼らも普通の例えば類人猿のグループのように小さな集団で生活し、交雑していたことがわかる。更に驚くべきことは、これまでゲノムが調べられた原人と100万-400万年前に分離した新しい原人の存在が予想出来ることだ。勿論現代の私達日本人にとっても興味津々だ。既にわかっているように、私達はネアンデルタール人と共通する遺伝子を持っているが、これまでポリネシア人だけとされていたデニソーバ人の遺伝子もほんの少し共有しているようだ。当分外野でルーツ探しが楽しめること間違いないと、心躍る。
   さて、他誌が取り上げない中で人類起源についての興奮を日経が取り上げたことは高く評価したい。ただ、やはりこれまでの背景が示されないと多分一般の人は縄文人の骨が見つかったという報道程度にしか興奮しないだろう。だから、「近親での関係が一般的」と、現代人との違いだけが強調されている。しかし、うまく伝えればこの興奮はiPSに劣らない。いつかもう少し長い記事で、私達の同族たちを詳しく紹介してほしい物だ。

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12月19日 長期的視野の母体保護(12月12日 Nature寄稿記事)

2013年12月19日

このホームページで12月11日、妊娠期(特に初期の)母親の状況が胎児に影響して、障害続くエピジェネティックス変化を来すことを紹介した。これは、戦時下で飢えにさらされた妊婦さんの話として紹介したので、戦後豊かになった日本には関係ないことと受け止められることだろう。しかし、体型を気にしたダイエットや、格差による新しい貧困問題が広がりつつ在る我が国でも本当は「今そこにある危機」だ。そもそも妊婦さんの栄養指導を、子供へのエピジェネティック状態を正常にするためと位置づけたのはほんの最近のことで、これまでは妊婦さん自体の健康の観点から論じられることが多かった。そんな中で先週号のNatureに、低所得層の母親の教育に取り組んで来たDavid Baker(英国MRCの疫学研究所、今年8月他界)さんたちはこのような状態で生まれる子供が増加して、生活習慣病や精神疾患が増えることを心配して、妊婦さんを教育し、また支援することの重要性を訴えた短い意見を寄稿している。タイトルは「Support mothers to secure future public health (将来の公衆衛生を確かな物にするためお母さんたちを支援しよう)」だ。私達AASJも病気とともに発達が我が国の重要課題と思っており、自閉症をはじめ重点的に紹介しており、この寄稿文も紹介することにした。
寄稿文では、
1)母体の状態が子供のエピジェネティックス状態に大きな影響を持っていることが続々明らかになっていること。
2)これによって発達障害だけでなく、中年以後の生活習慣病の上昇が予想されること、
3)母体の栄養状態と子供の将来を調べた長期コホート研究の結果が発表されるようになったこと(例えば出生児体重と心臓病の相関等)
4)より詳細な聞き取りを基礎とした長期コホート研究がBakerさんたちにより始まったこと、
5)サザンプトンでは不利な環境にあるお母さんたちの食生活を変えるための指導がコホートと組み合わせて始まっていること
6)新しいコホートを科学的基礎に、政府にソフトドリンクの税を上げたり、食品会社と交渉したりする様促して行きたい
  などが書かれている。

   我が国ではエピジェネティックスと言うとすぐがんや生活習慣病等が考えられ、特別の研究支援も行われている。ただ、これまで最も多くのデータがあるのが胎児期のエピジェネティック状態の書き換えの話だ。人間の発達について長期間科学的なデータを集めるのはコホート研究しかない。前にも強調したが、それには長期的視野が必要だ。そして、それを始める人は自分が結果を見ることが出来ないという覚悟がいる。英国は保健等や格差等様々な点で我が国より問題が多いが、しかし長期コホート研究となると亡くなったBakerさんをはじめ多様な研究が進んでいることをひしひしと感じる。アメリカの中高での自然観察研究には、40年をかけて地球温暖化について調べると言うプログラムが行われるそうだ。長期の観察が必要な研究があることを実感させるプログラムだ。このような母体と胎児を保護のための科学的方法を決めるための長期研究への意志と支援が今後ますます必要になると思う。

 

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12月13日毎日新聞(河内)記事。卵子の若返り「染色体置き換え」で可能に。高齢出産に光

2013年12月15日

私がまだ政府の生命倫理委員会のメンバーだった頃、一度未受精卵の核交換技術について議論をした覚えがあるが、その時議論の的はミトコンドリア病の治療にこの技術を許可して良いかだった。折しも、Nature Medicineの12月号に、「The path to prevent mitochondrial disease(ミトコンドリア病防止のための方法)」と言うタイトルの技術紹介記事が出ていた。詳細については、ミトコンドリア病についてニコ動で解説する時に紹介する予定にしているが、マウスやサルを用いた長期の研究が行われ、未受精卵の核交換により異常ミトコンドリアをどの程度減少させられるか、人間に利用する時想定される問題は何かなどがわかって来た事などが詳しく書かれている。この背景には、英国のNuffield委員会が、ミトコンドリア病の治療のための核交換に倫理的問題がない事を結論し、イギリスで生殖技術について議論するHFEAが核交換についてのガイドラインを発表した事がある。HFEAのガイドラインでは、応用が始まった時点で、長期に経過を追跡するコホート研究の重要性もしっかりと指摘されているようだ。
  今回毎日新聞の河内さんの紹介した埼玉永井クリニックからの研究は、この意味ではタイムリーだと言える。(http://mainichi.jp/select/news/20131212k0000m040094000c.html) 特に、減数分裂で染色体が分離し始めるより前に核を取り出せばミトコンドリアも一緒に移植される確率がずいぶん減るだろうと言う素朴な発想で、技術的可能性に挑戦した仕事は、この分野のプロの目を感じさせる。しかし、この研究では国の遺伝子検査のガイドラインを満たせないと言う理由で、本当にミトコンドリアの持ち込みはないのかなど、必要な検討が全くなされていない。そのため、この論文にはアイデアと技術紹介以上の価値はない。この様なアイデアは先ず動物実験でしっかり確かめる事が重要で、特にミトコンドリアの持ち込みの様な複雑な現象を扱う場合、主義の有効性の評価は出来ない。従って、最初から無理をしてヒトでやるのではなく、長期的視野の計画を立て、データの取れる動物実験から始めるのが当然だと私は思う。
   さて、河内さんの記事だが、先ず出だしに問題がある。即ち独立行政法人「医薬基盤研」などの研究チームとしているが、筆頭・責任著者の所属は埼玉の永井クリニックだ。研究助成金についてもほとんど記載がないと言う事は、永井クリニックが自前で行っている研究だろう。実際、医薬基盤研がどのような役割を演じたのか、論文からはほとんどわからない。この様な倫理的に特別の注意が必要な仕事の場合、それぞれの貢献をしっかり調べて記事を書くのが大事だと思う。もう一つの問題は、記事が全て卵子若返りの話になっている事だ。Nature Medicineの総説にもあるように、この技術が期待されているのはミトコンドリア病の防止のためで、英国のNuffield委員会やHFEAも卵子若返りのための応用は視野に入れていない。この様な背景をほとんど調べる事なく、浅い知識でプレス発表をジャーナリスティックに処理してしまうとこの様な記事になってしまうのだろう。特に見出しで「光」と書いて、最後に「倫理的な問題生浮上しそうだ」などと紋切り型の処理を白々と書かれると、科学報道ウォッチも当分続ける必要があると思った。

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12月13日日経記事 iPS細胞から腎臓組織・熊本大・世界初の立体構造

2013年12月14日

ES/iPS細胞は身体のあらゆる細胞へ分化できる。ただ、細胞が出来たからと言って、正しく構造化された組織や臓器が造れる訳ではない。ただ、臓器形成する未熟な細胞を取り出して、その細胞が本来持っている自然の力をうまく引き出してやると、臓器様の立体構造を形成する事が知られており、我が国でも盛んに研究されている。例えば理研の笹井さんは大脳立体組織形成に成功しているし、このホームページでも7月4日に紹介したが、横浜市大の谷口さんは肝臓の立体組織形成に成功している。ただ、私自身はこのトレンドについては理解した上で、それでも腎臓の様な複雑な構造は当分できないだろうと考えていた。この予想を覆す仕事が12月13日日経の朝刊で紹介された熊大西中村さん達の仕事だ。(http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20131213&ng=DGKDASDG1205K_S3A211C1CR8000 )日経ではこの立体組織構造が形成できた事をそのまま腎臓移植と関連させて記事を書いている。ただ、この論文を良く読んでみると、臓器発生研究のお手本の様な仕事だ。西中村さん達は腎臓構成細胞の発生過程を中間段階の細胞や未熟組織レベルでほぼ完璧に明らかにしている。次に、これらの細胞の分化の各段階を誘導するために必要な因子を、胎児から取り出した様々な段階の細胞を使って決めている。次にマウスES細胞を培養し、先に決めた因子によって狙いの細胞が予想通り誘導される事を調べて、必要な因子の組み合わせが正しい事を確認している。この詳細な検討の仕上げとして、マウスES細胞から立体的な腎臓組織が作成できるか調べ、ついに一定の構造化を遂げた腎組織の形成に成功している。これでも脱帽だが、さらにマウスで得られた知識がヒトでも通用するかヒトiPS培養を用いて検討し、細胞や構造化した組織の誘導に成功したと言うすばらしい結果だ。これまで腎臓組織は簡単ではないと思っていたが、改める必要がある。
   さて、日経の記事だが、多分熊大のプレス発表をほとんど使っているようだ。とは言え、記事でも透析に代わる腎移植の話を研究の内容より先に、しかも研究自体の紹介よりはるかに詳しく紹介してしまうと、患者さんの誤解の元になる事間違いない。実際、私自身もさきがけメンバーの仕事に反応した患者さんから、透析は必要なくなるのかと何回か聞かれた経験を持つ。今後記事の書き方を更に工夫して欲しいと思う。また、今回は研究そのものの紹介がほとんどなかった。腎臓の発生過程の詳細を明らかにして始めて組織化された腎臓組織の再構成も可能になる。発生過程の理解をスキップして試行錯誤を繰り返す研究の多い中で、西中村さんの研究は発生の理解を積み重ねて技術に至るというグランドストーリーだ。そんな研究の最も核心部分が記事の中では全て省略されたのは本当に残念だ。

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全エクソームDNA配列検査が一般検査になる(New England Journal of Medicine 10月17日号掲載)

2013年12月13日

私たちのゲノムは大きく、蛋白質へ翻訳される部分と、それ以外の部分に分ける事が出来る。前者をエクソン、後者をイントロンを含む非翻訳領域と呼ぶ。遺伝病やガンの多くは、この翻訳されるエクソンのDNA配列が変化する事によって起こる。このため、この変異を調べるための様々な方法が開発されていた。しかし考えれば、面倒な事は辞めて、最初から全てのエクソンのDNA配列を決めれば済むはずだ(これを全エクソーム検査と言う)。事実、がん研究の分野ではがん細胞の全エクソーム検査が行われ、ガンの原因や経過の詳細が明らかになり、新しい治療につながっている事をこれまでも紹介した。ただこれまではコストの問題があり、一般検査と言うより、研究室での話だった。幸い、DNA 配列決定にかかるコストはますます低下しており、現在信頼できる会社に頼んで解析を依頼すると50万円ぐらいに下がって来た。更にそのコストは低下し、10万円になるのも時間の問題だろう。この様な時代を背景に、診断のために遺伝子診断が必要と医師が考えた200例を超す神経疾患の患者さんのエクソーム検査を行い、一般検査としてのエクソーム解析の意義を調べた研究が行われ、The New England Journal of Medicineの10月17日号に報告された。ヒューストンのベーラー大学の仕事で、「Clinical whole-exome sequencing for diagnosis of Mendelian disorders (遺伝病診断への全エクソーム配列決定の応用)」。結果はわかりやすい。全エクソームのDNA配列決定を行えば25%の患者さんの遺伝子異常が特定できると言うものだ。これまで遺伝疾患である事が疑われても、ほとんど遺伝子が特定できなかった事を考えると格段の進歩だ。エクソームだけでなく、全ゲノムを調べるようになれば更に診断率は上がるだろう。
   2004年日本の研究機関が次世代シークエンサーをこぞって導入しようとした時期、アメリカでは1000ドルゲノム計画がスタートした。ゲノム検査を研究室から診療現場、そして最後は個人へと言う明確なメッセージが示されたすばらしい研究プロジェクトだが、その成果がますます拡がって来たのを実感する。また、12月9日にナビ席で紹介した「個人ゲノム情報に特許はかからない」というアメリカ最高裁の判断もこの様な背景を考慮した判断だろう。私たちもどうするのか議論が必要になって来た。

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12月12日読売新聞記事:世界最古の生命の痕跡発見「37億年前に生物」

2013年12月12日

地球は45億年前に生まれたとされている。それから10億年、基本的には物理と化学法則で支配される事象しか地球で起こらなかった。しかし生命誕生前後から、物理化学法則はそのままで、新しい法則が付け加わった。その結果、物理化学法則だけでは起こる確率が天文学的に低い、多くの新しい現象が高い確率で生まれた。だからこそこの痕跡を探す事で生命(あるいは生物法則)が存在した事を知ることが出来る。その一つが、炭素同位元素12Cと13Cの比だ。生物は炭素12を使いやすいため、生物の遺物には炭素12が濃縮される。1999年この論文の共著者であるRosingによりグリーンランドIsuaにある地表に現れた37億年前の地層の中のグラファイトに炭素13がほとんどない事が報告された。とすると、37億年前にかなりの規模で生物活性が存在した事になる。ただ、地質学的にこの層に蓄積したグラファイトが地層の年代を反映しているのか、鉱物学的、地質学的な反論があった。この論争を解くために、東北大学の掛川さんグループとデンマークのRosingさん(グリーンランドはデンマーク領を付記しておく)さんは、同じ地層でもあまり地質学的変化を受けていない場所から炭素13が含まれないグラファイトを採取し、ラマン分光やグラファイトの形態を詳しく検討して、これが海中の生物沈殿物に由来すると結論した。夢のある仕事だ。
   今日見た所この研究は読売新聞だけが報道しているようだ。内容は詳しく、これまでの論争や、使った方法についても正確に伝えている。申し分ない。ただ著者のなかのデンマーク人はRosingさんただ一人なので、コペンハーゲン大学チームと言うのは違うだろうと思った。

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12月11日:飢餓とエピジェネティックス(11月4日号アメリカアカデミー紀要)

2013年12月11日

12月2日獲得形質の遺伝の話としてエピジェネティックスについて書いたが大好評のようだった。この時、遺伝子の配列はそのままで、長期間遺伝子の発現を調節するスウィッチに影響を与えるエピジェネティックスと呼ばれる現象を、妊娠中の母体の経験の影響が生涯続くエピジェネティックな変化を子供に誘導する現象を例に短く触れた。この現象を理解させてくれる最も有名な研究が、ドイツ軍占領下に飢餓を経験した母体から生まれた子供を長期間追跡したコホート研究で、「オランダ飢餓経験者のコホート研究」として専門家にはよく知られている。1944-1945の冬の話で、飢餓をなんとかしのいで生まれることが出来た対象者は既に70歳に近づいている。飢餓当時の母親の状態など詳しい聞き取り調査の上で、これまでも定期的に様々な角度から調査が行われ重要な結果がその度に得られている。中でも、50−60歳になった頃の研究で、飢餓を経験したお母さんから生まれたグループでインシュリン分泌能が低下していた事についての報告は反響が大きかった。今日紹介するのは同じ対象者で本当に遺伝子上のエピジェネティックスの変化が見られるのか(DNAのメチル化を調べている)を調べたオランダの研究で、「Persistent epigenetic differences associated with prenatal exposure to famine in humans (出生前の飢餓にさらされたヒトで見られる持続するエピジェネティックな変化)」がタイトルだ。対象者から血液を採取、その全血から得られるDNA上にあるIGF2遺伝子のDNAメチル化を調べている。この遺伝子は、母方から来た染色体上ではインプリントと言って発現抑制がかかっている。このインプリンティングはIGF2遺伝子DNAがメチル化されることによるエピジェネティックな変化であるわかっている。このメチル化の度合いが、母体内で妊娠初期に飢餓を経験したグループではっきりと低下していると言うのがこの研究の結果だ。結論をわかりやすくまとめると、発生途中の一回の飢餓経験が、生涯続く遺伝子の発現調節の変化を誘導できる事を示した研究だ。今の日本には飢餓など無縁だと考えられる向きも多いだろう。しかし妊娠中にもスタイルを保とうと過度のダイエットをしたりすると同じ結果を来す恐れがある事は知っておいて欲しい。
   オランダ飢餓コホートは、不幸な経験はほとんど繰り返す事の出来ないチャンスでもあり、科学的に調査する事が重要である事を示している。戦争による飢餓もそうだが、我が国では被爆と言う不幸な経験をコホート研究を通して新しい世代に伝える事業が行われて来た。また広島、長崎で研究している友人から、被爆者の高齢化とともに新しい問題が見つかる事も聞いている。同じように、私たちは福島と言う不幸な経験に出会った。この経験を不幸で終わらせず、本当に長期的視野で次世代に伝えられる科学的調査として残していって欲しいと思う。コホート研究とは本来、自分は現役で結果を見られない事を覚悟した研究者が始め、新しい世代へと受け継ぐものだろう。

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論文のレフリーは必要?(12月10日 Natureオンライン版掲載)

2013年12月10日

今日紹介するのは、一般の方にはあまり関係ない話だとお断りしておく。
  さて、科学は一つの意見を、他の多くの人が認めるコンセンサスにしていく手続きだと言っていい。だから、論文に書いてあることがいくら審査を通ったからと言って、正しいとは限らない。また、コンセンサスに反する論文を通すのはエネルギーがいる。ミトコンドリアが細胞内に寄生した細菌の末裔だとする説についての論文が受理されるまで5年以上かかったとリン・マグリスは彼女の本の中で書いていたが、研究者なら誰でもレフリーの横暴だと納得する。では、最近流行りのレフリーを通さないオープンアクセスの雑誌の方がいいのか?そんな問題をシュミレーションモデルを使って考えた論文がNatureオンライン版に掲載された。なんと英国ブリストル大学の経済学部からの仕事で「Modelling the effects of subjective and objective decision making in scientific peer review (科学の論文審査での主観的及び客観的意思決定の効果についてのモデル)」と言うタイトルがついている。この様な内容の論文が掲載される事に実際驚くが、レフリーが主観的な意見をどのぐらい主張するかを変数にして、大勢に流されてしまう効果や、誤解の生じる確率を計算して、論文の内容が確率的に信頼できるようにするにはどうすればよいかが計算されている。結果は少し常識的で、レフリーがある程度主観的である方が大勢に流される効果は減ると言うものだ。従って、審査のないオープンアクセスは期待薄と言う事になる。実際のデータの分析も少しはあるが、結局この仕事はモデリングと計算の話だ。多分レフリーと格闘している多くの科学者には納得しがたい論文だろう。しかし、経済学の発想で科学者世界に対して「科学的?」フィードバックを行う事は、捏造・誤解・誤りのない科学雑誌のためには少しは役に立つかもしれない。いずれにせよ、Natureの編集方針に新たな息吹を感じる。とは言え、この論文は投稿が8月、受理が10月と、短い審査期間で審査を通っている。この審査過程も是非公開して欲しいと思った。

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