9月2日:末梢血中の乳がん細胞塊(8月28日号Cell誌掲載論文)
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9月2日:末梢血中の乳がん細胞塊(8月28日号Cell誌掲載論文)

2014年9月2日

がん患者さんの末梢血の中にはガン細胞が流れていることが知られている。血管内を通って起こるがんの転移はこの細胞が遠隔組織に定着したものだ。今年5月18日にここで紹介したように、乳がんではかなり初期からガン細胞が見つかる。いわゆるステージ1と診断されていても30mlの血液の中に1〜数個のガン細胞が見つかることがある。ヒトの全血液を4500mlとすると、100〜数百のガン細胞が血液を流れていることになる。とは言えそれらが全て転移を起こすわけではない。いや、ほとんどが転移を起こさず血中で死んでしまう。今日紹介するハーバード大学からの論文は、転移を起こす血中ガン細胞は、他の細胞とどこが違うかを調べた研究で、8月28日号のCell誌に掲載された。タイトルは「Circulating tumor cell clusters are oligoclonal precursors of breast cancer metastasis(末梢血液中で細胞塊を形成している腫瘍細胞は乳がん転移を引き起こす)」だ。著者等は、末梢血中ガン細胞(CTC)のうち塊になって血中に存在している細胞が転移を起こすのではと疑った。この目的に最も適したCTC採取法を検討し、CTC-Chipとして手に入れることの出来る機器を、乳がんや前立腺がんを塊のまま血中から取り出すのに採用している。先ず動物実験で、1)細胞塊はがん組織の中で形成されそのまま血中に流れ出ること、2)塊を形成するとガン細胞が死ににくくなること、3)また様々な組織にトラップされ易くなることを確認した後、ヒトの乳がんと前立腺がんの解析へと進んでいる。患者さんの血液をCTC-Chipをつかって何回も検査し、塊を形成したガン細胞が見つかる頻度を数えている。予想通り、ガン細胞塊が3回以上見つかる乳がん患者さんでは1月位で転移が見つかるが、塊が見つかる頻度が低いほど転移までに時間がかかる。前立腺がんではもっとはっきりこの相関が見られる。最後に細胞塊を形成に関わる分子を同定するため、塊を形成するガン細胞と形成しないガン細胞を別々に採取して遺伝子発現パターンを比べ、塊を形成するがんでプラコグロビンの発現が上昇していることを見つけている。プラコグロビンは細胞間の接着に関わる分子と細胞質内で会合して、接着を調節することが知られている分子で、この現象に関与する可能性は十分ある。そこでがんの原発巣でのプラコグロビン発現と転移を調べると、やはりプラコグロピンの高いがんでは転移し易く、ガン細胞塊が血中に検出できる。最後に、プラコグロビン遺伝子発現を抑制して血中にガン細胞塊が流れてくるかを調べると、原発巣でがんの増大は変わらないものの、抹消血中のガン細胞塊の数は大きく減少する。以上の結果から、がんの原発巣の一部でプラコグロビン発現が上昇することが、転移し易いガン細胞塊が血中に流れ出す原因で、この結果ガン細胞は抹消血でも細胞死から守られ、また組織にトラップされ易いため転移を形成すると言うシナリオが示されている。もしがん組織でのこの分子の作用を押さえることが出来ると、転移を押さえられるかもしれない。確かに、ガン細胞がこんなに簡単に抹消血に流れ出すことは恐ろしいように思う。しかし逆から見ると、簡単にガン細胞を生きたまま採取することが出来ると言うことで、がんを知って戦うための格好の材料を提供してくれるのは間違いない。今後も注目して紹介を続ける。

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9月1日:論文は知識とアイデア勝負;4足動物の進化(Natureオンライン版掲載論文)

2014年9月1日

名称未設定 1今21世紀の科学や文明について本を書いているが、論文を書くのとは勝手が違い歩みは鈍い。17世紀ガリレオから初めて、今ようやく18世紀が終わり、ダーウィンにたどり着いた所だ。先週はラマルクについての様々な本と格闘していた。しっかり調べると、ずいぶんラマルクを誤解していたことがわかる。獲得形質は遺伝するとか、目的に合せた身体変化を誘導する力を認める生気論とか、広く出回る説明を鵜呑みにして表面的に見ていたが、今は完全に見方を改めた。彼は、環境決定論者だったようだ。そんな時、環境により必然的に決まる形態について研究しているオタワ大学とマクギル大学からの論文に出会った。論文のタイトルは「Developmental plasticity and the origin of tetrapods(発生の可塑性と四足類の起源)」で、Natureオンライン版に掲載された。この研究では、遺伝子の変化による進化とは別に、身体の構造が必要に応じてどこまで変わるかを調べ、四足類が魚類から進化して来た過程を理解しようとしている。明確な問題を設定し、それに対する豊富な知識とアイデアがあれば、お金を使わなくてもいい研究が出来ることを示す典型だろう。魚類から四足動物への移行過程に対する現代のアプローチは、四足類進化と対応すると思われる現存の魚類、ポリプテルスから肺魚までのゲノムを調比べることが主流だ。確かにここでも紹介したように、シーラカンスゲノムなど研究の進展は著しい。しかしまだ形態とゲノムという物理的ではない性質同士を対応させることはできていない。この研究では、この過程の形態変化に必然的ルールがないかを問題にしている。このためには、水中でも陸上でも育てられる歩く魚が必要になる。この条件にかなう魚として、肺が発達して陸上生活が可能になったばかりの種、ポリプテルスを選んでいる(写真はwikiコモンズより)。実際にはここまでで研究の大半は達成出来ている。実験では、水中で育てた群と、陸上で育てた群の2群にわけ、陸上歩行と言う機能と、それを支える身体の構造について比べている。言い換えると、陸上という環境により決定される必然的形態変化を明らかにしようとしている。結論は明確だ。水中で育ててから歩行させたポリプテルスと比べると、生まれてから陸上で育てたポリプテルスは、歩行のためのヒレの使い方が全く変化し、陸上歩行と言う機能が進化していることがわかる。そしてヒレを支える鎖骨の構造も、この機能を支えることが出来るように変化している。何よりも、陸上で育てるとこの構造の多様性が大きく低下し、同じ形態へ収斂する。一方、水中で育てると形態の多様性は大きい。即ち、機能と形態が一定の状態に収斂しているのだ。最後に、この収斂へと向かう形態が、デボン紀四足動物進化の過程で起こった形態変化、即ち化石に残るケイロレピスからエウステノプテロンに至る鎖骨進化とそっくりであることを示している。この論文ではこの結果を、「形態のこの可塑性が、必ず遺伝的基盤を持つ大進化にも貢献していると考える」と淡々と述べるだけで、雄弁に議論を展開するのは避けているようだ。しかし議論を展開しなくとも、著者達が込めた気持ちは理解できる気がする。私は読んだ後、ゲーテからラマルクに至る(異論はある分類法とは思うが)形態の機能的必然性を中心においた進化思想と、ダーウィンに代表される偶然的多様化を中心においた進化思想がもう一度互いにまなざしを交換している様な興奮を感じた。形態も機能も、そして遺伝情報も非物質的性質だ。とすると、この非物質的性質の相関を、物質的性質を通して説明することが21世紀の生物学の課題だ。21世紀に向かって生物学が着実に進んでいると言う実感を持った。

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8月31日:住宅環境と皮膚細菌叢(8月29日号Science誌掲載論文)

2014年8月31日
昨日早とちりして腸内細菌叢第2弾とアナウンスしたが、今日紹介するのは皮膚にある細菌叢の話だ。従って、ヒト細菌叢第2弾。研究の目的は住宅の細菌叢と、それに触れるヒトの細菌叢の関係を明らかにすることだ。シカゴ大学からの論文で8月29日号のScience誌に掲載された。おそらくなんとか論文掲載にこぎ着けようと頑張っている若い研究者は「えー?」と驚きそうな論文だが、タイトルは「Longitudinal analysis of microbial interaction between humans and the indoor environment(ヒトと室内環境の細菌叢相互作用に関する長期分析)」だ。研究では、10の家で4−6週間、室内の様々な場所と、住人の手、顔、足の皮膚の細菌叢に存在する細菌の種類を次世代シークエンサーで調べただけの仕事だ。これはHome microbiome projectというアメリカのプロジェクトの一環らしい。結論も簡単だ。要するに同じ家だと場所が変わっても細菌叢は似ているし、ヒトの細菌叢ともよく似ている。実際にはかなり詳細に調べてある。例えば、床の細菌叢と足の裏の細菌叢は似ている。しかし鼻の細菌叢は手や足の裏と比べるとそれほど似ていない。また、それぞれの家の細菌叢は大きく異なり、その結果どの家に住んでいるのか、住人の細菌叢を調べれば推察できる。要するに、家の細菌叢は住んでいる人の細菌叢の平均的総和を表し、例えばお父さんが出張すると、すぐにお父さんからの影響が無くなり、残りの家族の総和に落ち着いて行くと言う結果だ。また、新しい家に引っ越すと、その家の細菌叢は家族の細菌叢へと変化して行く。勿論子供部屋の細菌叢に両親の影響は少ない。これが正しいとすると、若い女性がつり革を持ちたがらないのも理解できる。極めて納得のいく結果だし、こんな調査をまじめに行い、トップジャーナルに掲載できる社会全体は極めて興味がある。しかし、ではこの家庭の細菌叢研究自体がトレンドかと聞かれればそうではない。この様な研究の背景には、記録できることは全て記録すると言う新しい思想がある。ゲノムを始めとするあらゆるライフログ。そして私たちを取り巻く環境が全て記録出来るようになりつつある。これまで死ねば個人の痕跡が何も残らなかった20世紀までとは異なる新しい人間学が誕生する。地球上で起こることなら針一本落ちた現象も全て記録したいとグーグルの創業者は言ったらしい。これと同じ思想をこの研究に感じたとき、この論文の真価が初めて見える気がする。次世代シークエンサーが21世紀の新しい情報時代の象徴になっていることは確かだ。とは言え、せっかくなら腸内細菌叢も調べて欲しかった。後は手洗い回数も是非ライフログとして加えて欲しい。
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8月30日:腸内細菌の善玉と悪玉は区別されている(8月28日号Cell誌掲載論文)

2014年8月30日
昨日は腸内細菌叢の面白い論文が2報も見つかったので、今日、明日と紹介する。次世代シークエンサーが開発されて腸内細菌叢のDNA配列を無作為に決定することで、腸内にどの細菌がどの程度存在しているかを測定することが可能になった。ただ病気と腸内細菌叢の関係を研究したい時この方法にも問題はある。先ず私たちの腸内細菌叢には何百、何千もの異なる細菌が住み着いている。それぞれの量が測れたとしても、どの細菌が病気の原因になっているかを突き止めるのは簡単ではない。このため、病気になった時に大きく変化する細菌種を調べることでこの問題に対処して来たが、もう少し合理的な方法が求められていた。今日紹介するエール大学医学部からの論文は、クローン病や潰瘍性大腸炎の様な炎症性腸疾患に関わる細菌を特定する新しい方法を報告した論文で、8月28日号のCell誌に報告された。タイトルは「Immunoglobulin A coating identifies colitogenic bacteria in inflammatory bowel disease(IgAによりコーティングされている細菌は炎症性腸炎を引き起こす原因菌だ)」だ。この研究では、腸炎の原因菌ほど宿主の免疫反応を刺激しているはずで、そうなら腸内に分泌されるIgA抗体と結合しているはずだという仮説を立て、これをマウスで確認する所から始めている。先ずマウスの便を採取し、そこに存在する細菌にIgAを認識する蛍光抗体を反応させ、どの細菌の表面にIgAがコートされているか調べた。予想通り、一部の細菌だけが腸内でIgA抗体と結合していた。この結果は、腸内細菌の一部だけが宿主の免疫反応を刺激しており、免疫刺激性の細菌はIgAでコートされているかで見分けられることを示す。次にIgAコートされた細菌の種類を調べると、これまで腸炎に関わるとされて来た細菌が濃縮されている。それをもう一度マウスに戻して、IgA抗体反応を刺激し、腸炎を起こすか調べると、コートされていない細菌より強い反応が見られる。この結果は、IgAコートされた菌が腸炎原因菌であるという仮説を支持する。次にヒトでも同じ事が見られるか、先ずクローン病や潰瘍性大腸炎患者と、正常人でIgAコートされた細菌の種類を調べると、腸炎患者さんでIgAコートされた細菌の数が増加しており、この方法でそれぞれの病気だけで検出される細菌を特定することが出来ている。最後にこうしてヒトで特定された細菌が本当にIgA抗体反応を刺激し、腸炎を引き起こすかもマウスに菌を移植して調べている。IgAコートされた菌を植えると、確かにIgA抗体反応が起こる。しかしこの菌だけでは腸炎は起こらない。そのマウスに、腸炎を起こすことが知られているデキストラン硫酸ナトリウムを投与すると、IgAコートされた細菌によって腸炎が重症化することがわかった。今のところわかったのはここまでで、なぜ腸炎原因菌だけが抗体反応を刺激するかなど多くの問題は残る。しかし、原因菌が特定されたことで、これらの菌を特異的に撲滅して、クローン病や潰瘍性大腸炎を治癒できるのではと期待させる結果だ。この分野の加熱ぶりを実感させる論文だった。
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8月29日:基礎と臨床の関係;エリスロポエチンの意外な効果(8月27日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2014年8月29日
基礎研究と臨床のギャップがよく語られる。しかし両方の関係は単純ではない。基礎研究が晴れて臨床応用される場合もあるが、臨床的には効果があるのだが、基礎的にはメカニズムがわからないことも多い。おそらく統合医療と呼ばれる治療の中で、エビデンスを持って効果が確かめられている方法のほとんどはこれに当たる。今日紹介する論文での基礎と臨床の関係も複雑だ。エリスロポエチンは赤血球造血に必須の分子で、この分子がないと当然生きられない。早くから臨床応用の進んだサイトカインで、例えば透析患者さんの腎性貧血の治療を始め、赤血球が減少する病気に広く使われている。これは基礎研究から臨床研究へ橋渡しが進んだいい例だ。1990年の中頃だっただろうか、私がまだ京大の分子遺伝学教室教授だった頃、サイトカインの学会で京大の農学部の佐々木さんのグループが、エリスロポイエチン受容体が脳で発現しており、脳虚血にエリスロポエチンが効くと言う話をしたのを覚えている。勿論これは基礎研究だが、生物学的意味があるとは思えないと当時の基礎医学会ではあまり真剣に取り上げられなかったのではと思う。事実この分野の研究は拡がりを見せなかった。今日紹介するジュネーブ大学医学部からの論文は、ほとんど忘れられていたエリスロポエチンの基礎分野の研究を臨床に応用して、予想以上の効果を得たと言う論文で、8月27日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association between early administration of high-dose erythropoietin in preterm infants and brain MRI abnormality at term equivalent age(早産児へのエリスロポエチン大量投与は通常出産相当時期の子供の脳MRI異常を改善する)」だ。前書きを読むと、この研究が、細々と続いていた動物モデルの基礎研究に啓発され、ヒトへの応用を進めたことが書いてある。研究では約29週で生まれた平均1300gの未熟児に、誕生直後、半日後、2日後にエリスロポエチンを投与し、通常出産に相当する40週前後でMRI検査を行い、脳の異常を調べている。30週未満で生まれる未熟児で最も心配なのは脳障害だ。脳質の周りの脳細胞が死んでしまって軟化しているMRI像は、何と1割以上の未熟児に見られ、新しい治療法開発が待たれていた。この研究では、この様な脳白質に起こる異常と、灰質に起こる異常をスコア化して点数をつけ、エリスロポエチンを投与したグループと投与しなかったグループを比べている。結果は予想通りで、異常の発症はほぼ半減し、異常の段階を示すスコアも大幅に改善している。論文ではあまり触れられていないので、おそらくエリスロポエチン投与自体による副作用はあまりなかったようだ。この結果だけ見れば、明日から未熟児にはエリスロポエチン治療を行えばいいと言うことになるだろう。しかしMRIが正常化したからと言って本当の脳機能が回復したことを意味しない。今後、参加した子供達の脳機能を長期間追跡することが重要だ。機能的にも脳障害の発症が抑制されることがわかれば、標準的な治療へと発展するだろう。これまでの研究で、MRI画像と脳機能の相関は示されているので、個人的には大きな期待を寄せている。期待通り大きな脳障害予防効果があった場合、今度はそのメカニズムを探る基礎研究が必要になる。本当に脳細胞に直接効いているのか、あるいはほとんどの基礎科学者が考えるように、血液への効果が間接的に脳に影響を及ぼしているのか?このように研究では基礎も臨床も複雑に絡み合っている。しかし、それにしてもエリスロポエチンを投与する研究なのに赤血球の数も示されていないのは解せない。
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8月28日:先ずはリプログラムを試してみる(Cell Stem Cell, Nature Cell Biologyオンライン版掲載論文)

2014年8月28日
紹介する論文 1) Generation of multipotent induced neural crest by direct reprogramming of human postnatal fibroblasts with single transcription factor (一種類の転写因子導入でヒト線維芽細胞を神経堤細胞へ直接リプログラムする。) 2) An organized and functional thymus generated from FOXN1-reprogrammed fibroblasts (FOXN1によってリプログラムした線維芽細胞から組織化された機能的胸腺を作る。) 1996年クローンヒツジドリーが生まれるまで、ほ乳動物でリプログラミングは難しいと思われていた。それどころかクローン動物作成は不可能だと言う論文まであった。実際、安定な分化状態を決めている細胞分化に伴う染色体構造の変化(エピジェネティック変化)が簡単に揺らぐようでは、私たちの身体の維持が出来るはずがないと考えるのは当然だ。しかし一旦リプログラミングが可能であるとわかると、今度は培養するだけで血液が神経になったり、果ては血液が卵子になるという論文まで発表された。しかしリプログラミングはそう簡単でない。こんなフィーバーは長続きしなかった。この状況を一変させたのが山中iPSだ。細胞質に特定の分子ネットワークが存在すれば、染色体構造もなんとか変化させられる。この確信が今、線維芽細胞から直接様々な細胞を作成するブームを生んでいる。既に多くの体細胞がiPSを経ずに直接リプログラムされている。今日紹介する2編の論文もこのブームを反映しているが、これまでのように複数の遺伝子を導入する方法とは異なり、誘導したい細胞の分化を決定している最も重要な分子一つを導入するだけでリプログラミングが達成できることを示した点で新しい。最初のJohn Hopkins大から発表されたCell Stem Cellの論文は、ヒト線維芽細胞から神経堤細胞を誘導出来ると報告している。もう一つのエジンバラ大学から発表されたNature Cell Biologyの論文は、Tリンパ球を作る環境を提供する胸腺上皮細胞をマウス繊維芽細胞から誘導した研究だ。詳細は全て省くが、これまでの研究で神経堤細胞分化決定にはSox10、また昨日紹介したように胸腺上皮細胞の分化決定にはFOXN1が最重要分子であることがわかっている。両方の研究では難しいことを考えず、ストレートにこれらの最も重要な分子一つだけを線維芽細胞に導入してリプログラミングが可能か挑戦し、導入後それぞれ2週間、10日で目的の細胞誘導に成功している。山中論文以来、どうしても分子の組み合わせが必要と思っていた先入観が取り払われると、先ず一個の分子からと言う挑戦が増えそうだ。ただ、これらの研究の意義は、一つの分子だけで簡単にリプログラミングが出来ることを示しただけではない。両方ともリプログラミングによって、これまでなかった新しい可能性を開いている。先ず神経堤細胞だが、これは第二の多能性幹細胞と言える細胞で、骨、筋肉、神経、色素細胞など数多くの系列に分化することが出来る多能性の幹細胞だ。これが簡単に作成できると言う今回の結果は、幾つかの系列細胞を作成する新しい方法として発展する可能性があり、再生医学的にも意義が大きい。実際この研究では、神経堤細胞の異常が起こる遺伝病の患者さんの神経堤細胞を誘導し、これを使って病気メカニズムが研究できるか調べている。iPSから誘導した神経堤細胞と比べて全く遜色ない神経堤細胞が誘導でき、病気のメカニズムの一端が再現できるようだ。一方、エジンバラ大学の研究でリプログラムされた細胞は胸腺上皮で、T細胞の長期培養には必須の臓器、胸腺を作るための基本材料だ。リプログラムされた細胞は試験管内でも、また移植しても胸腺の機能を再構築できる。これがヒトでも可能になると、T細胞が作れない多くの患者さんを救う可能性がある。当分このブームは収まらないどころか、加速しそうな2論文だった。ただ、細胞の分化研究を行っていた私としては、プログラムよりリプログラムという風潮が生まれるのではと懸念している。
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8月27日:進化を巻き戻すII : マウスを魚化する(8月21日号Cell Reports掲載論文)

2014年8月27日
38億年前地球上に生命が誕生してから、ヒトも含めて生命が関わるあらゆる過程は不可逆的散逸を繰り返して来た。このため過ぎ去った過去についての研究、進化研究は、過程を遡ることが原理的に出来ないと言う制限の中で行わざるを得ない。とは言えなんとか巻き戻したいと考えるのが人情だ。想像力でつなぎながらも、他人を納得させる形で時間の遡行を体験しようと様々な努力が繰り返される。試験管内で進化を巻き戻す、そんな研究の一つを8月12日紹介した。今日も「進化を巻き戻す第2弾」として、ドイツ・フライブルグのマックスプランク研究所からの研究を紹介する。我が国の国立遺伝研や京都大学も参加している研究で、8月21日 発行、Cell Reports誌に掲載されている。タイトルは「Conversion of the thymus into a bipotent lymphoid organ by replacement of Foxn1 with its paralog, Foxn4(Foxn1をそのパラログFoxn4で置き換えると胸腺がT,B両方の細胞発生を誘導するリンパ組織に変換する)。」だ。この研究を率いるThomas Boehmは胸腺の欠損したヌードマウスの原因遺伝子がFOXN1と呼ばれる転写因子であることを初めて特定した研究者で、それ以後ずっとこの遺伝子について研究している。FOXN1には同じ遺伝子から重複して来た兄弟遺伝子(パラログと呼ぶ)FOXN4が存在しており、魚類ではFOXN1,4両方が胸腺で発現している。一方哺乳動物ではFOXN1だけしか発現していない。機能的に比べると、魚の胸腺ではT,B両方の細胞が作られるのに、ほ乳動物ではほぼT細胞だけだ。B細胞は動物が陸上で生活し始めると、新しく出来た臓器、骨髄で作られるようになる。研究は、この機能の差が、FOXN遺伝子の発現パターンの差ではないかと仮説を立て、マウスの胸腺がFOXN4あるいは、FOXN1、FOXN4両方が胸腺で発現するように遺伝子操作をし、機能が魚型になるか調べている。両方のパラログ遺伝子はほとんど機能が同じと考えられ、FOXN1をFOXN4で置き換えてもT細胞を作る能力は保たれる。ただ、普通なら出現しないはずのB細胞もFOXN4で置き換えた胸腺では作られるようになり、胸腺の機能が少し魚に近づいた。これに励まされ、魚と同じように両方のFOXN遺伝子が胸腺で発現するように操作したマウスを作ると、FOXN4に置き換えただけのマウスと比べ、さらに多くのT,B細胞を作る胸腺に生まれ変わることが明らかになった。なぜこの変化が生まれるのかについてはFOXN4が胸腺で発現することで、T細胞への運命決定に必要なDLL4と未熟B細胞増殖に必要なIL7の発現にアンバランスが生じるためであることを実験的に示している。勿論詳細についての実験は今後も必要だが、実験的にマウスの進化を巻き戻すことに成功したと言っていいだろう。即ち、骨髄のない水生脊椎動物が陸に上がると、骨髄が現れる。これと同時に、胸腺や脾臓で作られていたB細胞だけが骨髄で作られるようになるが、その時FOXN4遺伝子の胸腺内発現を止めることで、胸腺からB細胞を骨髄へと追い出すというシナリオを実験的に確かめている。一種の実験進化学の研究だが、こうして生まれた魚型胸腺は再生医学にも役に立ちそうだ。魚型の胸腺を用意しておけば、T,B両方の細胞を試験管内でも作れるようになる可能性がある。8月24日号のNature Cell Biologyに発表した論文で、友人のエジンバラ大学BlackburnはFOXN1で線維芽細胞をリプログラムして胸腺上皮に生まれ変わらせ、そこでリンパ球を作らせることに成功している。この系にFOXN4も発現させればT,B両方を作ることの出来る魚型の胸腺が出来るはずだ。このように、生命科学では進化研究も再生医学もあまり違いがない。
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8月26日:自律神経がガンを助ける(Science Translational Medicine8月20日号掲載論文)

2014年8月26日
胃の動きや胃液分泌を促しているのが迷走神経で、何かストレスを感じると胃にグッと来るのはこの神経の働きが、私たちの脳で脳の高次活動とつながっているせいだ。このため、ストレスで起こる胃・十二指腸潰瘍などでこの神経を切ってしまうという治療が行われることがある。ただ、迷走神経が胃の幹細胞やガン細胞を促進するなど想像だにしなかった。今日紹介するノルウェー科学技術大学と米国コロンビア大学からの論文は、この迷走神経が胃がんの発生や、その増殖を助けることを示した研究で、8月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。面白い研究は当たり前と思っていることについて疑問を抱くところから始まる。胃がんの8割は胃の小湾部に発生するが、この研究はなぜこの差が生まれるのかという疑問から始まっている。著者等はこの原因として、小湾部から胃に入ってくる迷走神経密度が小湾部で高いためではないかと疑った。これを確かめるべく、マウスモデルで迷走神経と胃の連結を断って、胃がんの発生やガン細胞の増殖に対する効果を先ず調べている。予想は正しく、迷走神経支配が断たれると、発ガン率が低下し、また出来てしまったガンの増殖も遅くなる。更にガンの化学療法モデルで治療効果を調べる実験系でも迷走神経切除の効果は絶大で、マウスの生存率が大幅に延長する。臨床的にはこれで十分だが、次に著者等はなぜ迷走神経がガンの増殖を促進するかのメカニズムを追求し、迷走神経がムスカリン受容体を介して胃の上皮幹細胞を直接刺激し、幹細胞の増殖に必要なwntと呼ばれる増殖因子を分泌するようになり、幹細胞が自発的に増殖し始めることで、ガン化リスクが上がることを示している。これまで神経細胞が幹細胞を支えるニッチに働いて幹細胞の増殖を間接的に調整する可能性は示唆されていた。この研究で、神経が直接幹細胞に働きかけるルートが示されたことは、幹細胞研究から見ても面白い。ではヒトの胃がんでも同じことは起こっているのか?これを確かめるため、胃がんの組織を調べて、確かに増殖速度の高いガンほど周りに迷走神経が集まって来ていることを示している。ひょっとしたら、ガンの方も神経に働きかけて自分の増殖に都合のいい環境を作っているのかもしれない。更に、胃切除部に再発してくる胃がんの発生頻度を事後的に、迷走神経切除群と、非切除群で比べて、迷走神経切除群では小湾部のがんの再発が強く抑制されていることを示している。臨床で発生した疑問から、基礎研究、そして再度臨床研究に戻るという優れた疾患研究だ。更にムスカリン受容体を抑制するとガンの進行を抑制できるという治療可能性も示唆した点でも、トランスレーショナル研究の手本だろう。しかし、これが正しいとストレスがたまり、迷走神経が高まる状態は、ガンを助けていることになる。気をつけたい。
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8月25日:コロンブスのアメリカ発見と結核(Natureオンライン版掲載論文)

2014年8月25日
梅毒はコロンブスのアメリカ発見以後、新大陸からヨーロッパにわたり50年以内に世界中に拡がったと考えられている。これは、我が国も含めてそれ以前に梅毒と同じ症状に関する記載がないことからの推理だ。一方、コロンブスの発見後ヨーロッパ人がアメリカに結核を持ち込み、この流行が新大陸原住民の人口の減少につながったとされている。事実、遺伝子比較を行うと、アメリカ原住民の結核もヨーロッパ人の結核と同じであり、これを裏付けている。ただ梅毒と異なり、コロンブス以前のアメリカ原住民の骨格の中に、結核によるカリエスと思われる病変が認められると言う記録が多くある。従って、コロンブス以前のアメリカには別の結核菌による結核が存在したと考えられている。この結核菌とは現在世界に存在する結核菌のどれに近いのか?この問題に挑戦したのが今日紹介するドイツチュービンゲンの考古学研究所からの研究で、Nature誌オンライン版に掲載された。タイトルは「Pre-Columbian mycobacterial genomes reveal seals as a source of new world human tuberculosis (コロンブス以前の結核菌ゲノムは新世界現地人の結核がアザラシを起源としていることを明らかにした)」だ。研究ではコロンブスのアメリカ発見以前の南米原住民の骨格の中でカリエスの症状がはっきりしている骨格を68例集め、その中から結核菌を分離している。幸い3例の骨格から完全な結核菌DNAを採取することに成功し、このDNA配列を解読、現存の全ての結核菌と比較している。結果は全く予想外で、コロンブス以前アメリカ原住民に流行していた結核菌は、現在の結核とは全く異なり、なんと現在のアザラシやアシカに特異的に感染している結核菌に最も近い種類であることが示された。アザラシの成育範囲から見て、コロンブス以前の結核が1万年前ベーリング海峡を通って移動した新大陸原住民の祖先と一緒にやって来たことは考えにくい。実際、この結核菌のアザラシ型とヒト型の分離時期を計算すると2500年より新しい。従って著者等は、おそらくアフリカに生息しているアザラシが南米に渡来し、それが人に感染しながら変異を重ね、コロンブス以前の南米で流行したヒト型結核菌へと進化したのではないかと想像している。同じ研究で、オーストラリアのアザラシにも700年以前に分かれた系統の結核菌が確認されている。とするとキャプテンクック以前のオーストラリア原住民からも同じ系統の菌が見つかると予想される。研究が待たれる。人間や動物が感染症と闘いながら進化してきたことを物語る面白い論文だ。私が京大胸部疾患研究所で研修医をしていた頃、京都市動物園からキリンから抗酸菌が検出されたがどうしたらいいかと電話をもらった記憶がある。当時菌の系統の特定、特に動物の抗酸菌の特定は難しかった。あれから40年、全く時代が変わったと感慨が深い。
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8月24日:同じサルモネラ菌も組織内では多様性を示す(8月14日号Cell誌掲載論文)

2014年8月24日
サルモネラ菌は食中毒の原因としては最も多い細菌だ。勿論抗生物質で治療が可能だが、完全に死滅せず慢性化することがある。あるいは症状があまり強く出ずに菌だけが出続けることがある。そんな時調理に関わったりすると、集団食中毒が起こる。この様な多様性は遺伝子の突然変異で起こると思いがちだが、試験管内で抗生物質抵抗性を調べても変異が見つからないことも多い。おそらく同じ細菌でもおかれた状況で性質の違いが生まれ、慢性化や抗生物質抵抗性が起こったのだろうと想像するが、そのメカニズムを調べることは簡単でなかった。この問題に挑戦し、遺伝的原因なしに生じてくるサルモネラ菌の多様性を示したのが今日紹介するバーゼル大学からの論文で、8月14日号のCell誌に紹介された。タイトルは「Phenotypic variation of salmonella in host tissues delays eradication by antimicrobial chemotherapy(宿主の組織内で生じるサルモネラ菌の性質上の変化が抗生物質の効き目を遅らせる)」だ。しかしどうすれば遺伝的には同じサルモネラ菌内の違いを見つけることが出来るのか?このグループは、サルモネラ菌にTimerと名付けた蛍光標識分子を導入することでこの課題を解決した。TimerはDsRedと呼ばれる赤い蛍光タンパク質の突然変異として見つかった分子で、細菌内で発現した時、異なる成熟経路をとって片方は緑、もう一方は赤の蛍光物質になると言う不思議な分子だ。この時、緑の分子は成熟が早いが、赤の分子に成熟するのに時間がかかる。従って、一つの細菌がほとんど分裂しないとすると、先ず緑になった後、赤の色素が遅れて出て来て混じり合うので鮮やかなオレンジ色に変わる。一方、細菌が増殖していると、分裂後の細胞で新たに作られる分子と、分裂前に作られた分子が混じることになるが、分裂前の分子は倍に薄まっている。それぞれの分子は一定の時間で緑と赤の色素に変化するので、色とその強さを測定すると、細菌の分裂状態を決めることが出来る。要するにこのTimerを使うと、それを発現している細胞の分裂速度を推定することが出来ると理解してもらえばいい。Timerを開発できたことがこの研究の全てだ。実際このサルモネラ菌を摂取すると、増殖速度の異なるサルモネラ菌が組織内で出来ているのが確認できる。組織内で観察すると、確かに場所に応じて違う蛍光色のサルモネラが見つかる。重要なことは、この違いが遺伝子の変異ではなく、細菌の発現するタンパク質のパターンの差に反映されていることだ。即ち、色の違う(即ち増殖速度の違う)細菌を別々に分離してタンパク質の発現を調べると、それぞれに対応する特有のタンパク質発現パターンの違いを特定できる。組織内の細菌の性質が自然に多様化することが目に見える形で示された。次にこの様な多様性を持つサルモネラ菌が組織内で抗生物質にどう反応するか調べると、分裂していない菌ほど抵抗性が高い。しかし分裂しない菌はまれにしか存在せず、実際に慢性化に関わるのが、ゆっくり分裂して抗生物質に適度に抵抗性を持っている、中途半端な性質を持つサルモネラ菌であることが突き止められた。まとめると、組織内の環境の差がサルモネラ菌の多様性を発生させ、抗生物質抵抗性や慢性化の原因になっていると言う結論だ。これまで細菌の多様性と言うと、細菌のコロニー形成能を使った遺伝的変異しか検出できなかった。勿論実際の食中毒を引き起こすサルモネラ菌にはTimerなどは発現していない。しかし、モデル実験系で、多様性を発生させ、慢性化や抗生物質抵抗性に関わる分子基盤を特定できれば、臨床サンプルでも多様化パターンを見いだすことが可能になるだろう。なかなか面白いテクノロジーだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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