2026年5月11日
これまでMRIは高い解像度のイメージを得るため、構造を見るためのT1強調画像、血液を強調したT2強調画像、水の動きを調べる diffusion 、そして様々な分子を検出するスペクトロスコピーを別々に行う必要があった。ただ、T1・T2を一回の撮影で取得する技術も進んで来ている。しかし、神経伝達因子や代謝物を測定する MRspectroscopy を同時に組み合わせることはほとんど行われていない。
今日紹介するイリノイ大学からの論文(と言っても著者の全員が中国出身の研究者)は、一度に様々なMRイメージを獲得する方法の開発研究で、5月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multiplexed magnetic resonance imaging(多重化磁気共鳴イメージング)」だ。
目的はシンプルで、水分子の共鳴を検出する T1、FLAIR 等に加えて、N-acetylaspartate 、inositol 、cholin 、 creatine 、gulutamate 、glutamine 、lactate 、GABA 、glutathione 、 taurinn 、aspartylgutamate など、脳の代謝や神経機能に関する分子の分布を同時に撮影するという課題にチャレンジしている。詳細は全く理解できないが、励起パルスも異なるだろうし、エコーの周波数、時間要素をはじめとして多くのデータが混じっているので、それを分別することが如何に難しいか、素人でも想像できる。
論文ではこれを可能にする技術についてまず詳しく述べている。ただ、素人理解をザクッと述べると、要するに多くの分子情報をともかく混合されたまま取得し、それをAI及び物理モデリングを通して分離し直すことを可能にする技術と言える。
繰り返すが、本当の理解が出来ているわけではなく、字面をなぞった紹介になるが、
- 広帯域励起による全てのプロトン励起。
- 高速化した Echo-planar spectroscopic imaging
- Sparse sampling(=データを間引いてサンプリングして、後はAIに埋めさせる)
- 物理モデルをベースにした機械学習法、特に subspace model という一種のデータのエンベッディング。
が、高次元のデータを取得した後、分析し直したイメージを提示することに成功している。MRの理論に強い人は是非詳しく読んで欲しいと思うが、我々にとって重要なのは、実際にこのような撮影が可能かだ。
ファントムを用いて同時検出が可能である事を確認した上で、正常人、脳腫瘍の患者さん、そして多発性硬化症の患者さんについて、同時に取得した画像を提示、解析している。
正常人の脳で、20種類もの画像が同時に示されるのを見ると壮観だが、何が何だかよくわからない。一方、脳腫瘍の患者さんの脳を見ると、脳腫瘍の周りに浮腫が存在するT1 、FLAIR 画像とともに、例えば乳酸のスポットでガンの代謝状態がわかり、また GABA が濃縮して、低酸素になっていることがよくわかる。これにより、腫瘍と周辺の変化を明確に区別することができる。
多発性硬化症の場合、組織を6種類のタイプに分けることが出来、例えば乳酸の集積は新しい病変に見られるが、古い病変には見られないこと。この特徴を利用して、病気の進行速度を予想すること等が可能になる。
今後様々な病気のタイプを同じように解析して、さらに新しい方法によるイメージの解析を進める必要があるが、解像度は犠牲になるようだが、これだけのパラメータを同時に解析できるようになったことは驚きだ。現在でも、別々にこれらのデータを集めることは可能だが、MR spectroscopy の普及が遅れている日本としては、期待できる気がする。
2026年5月10日
現存のタンパク質は38億年の進化の過程で生まれた一つの到達点だが、さらに機能的に進化させられる可能性がある。これは抗体を見ればよくわかる。即ち、H鎖とL鎖の抗原結合部位に相当する領域が突然変異を繰り返すことで、抗体の結合力が10倍100倍と上昇する事を観察できる。
今日紹介する Arc 研究所を創始した一人 Patric Hsu 研究室からの論文は、タンパク質のステップワイズな進化を超えて多くのアミノ酸の変異が合わさった進化のジャンプを可能にする方法を模索した思想的にも極めて深い研究で、5月7日 Science に掲載された。タイトルは「Rapid directed evolution guided by protein language models and epistatic interactions(プロテインLMMとエピスタティック相互作用に基づく方向付けられたタンパク質進化)」だ。
この論文には Brian Hie と Patrick Hsu という Evo の論文の主役が名を連ねている。責任著者の Patrick Hsu は30歳になる前から注目の科学者として Forbes などで紹介されており、Arc 研究所の創始者の一人で、若干33歳の台湾生まれのアメリカ人で、超エリートと言っても過言ではない。
タイトルにあるエピスタシスとは、遺伝学的には一つの遺伝子変異が他の遺伝子変異に作用することだが、ここではタンパク質の異なるアミノ酸部位の変異が互いに作用し合うと言う意味で使われている。
研究の目的は極めてストレートで、一つのタンパク質の機能を一度に何段階も進化させて高める方法の開発だ。もちろんこれまでもタンパク質を進化させる研究は行われてきた。様々な部位のアミノ酸を置換して機能を調べる deep scanning 、最近ではプロテインLLMを用いて変異の評価を行う方法などだ。しかしこれは段階的進化を調べる方法で、38億年に渡って続いてきた段階的の進化を延長して新しい進化地点を探す方法と言える。
これに対し、Hsu たちは段階的生命進化に加えて、実際には選択圧の起原であるリアルワールド、即ち、物理法則を組み合わせて進化させられないかと考えた。そして一つのタンパク質を、まず deep scanning あるいはプロテインLLMを用いてステップワイズな進化、即ち、機能を高める1アミノ酸置換を行い、これにより機能が高まる置換をリストしている。ここまでは38億年の進化の延長にある潜在空間の探索だが、次の段階でこの空間に存在するトップ15アミノ酸置換をリストし、それぞれの変異の組み合わせを15x15=125種類設定し、基本的には実際にタンパク質を再構成し直して機能を調べる、あるいは高速で構造予測が可能な ESMfold 等を用いて評価している。そして、それぞれの配列を、既存のESMなどにエンベッディングすることで、多次元ベクトル座標として数値化し、125種類のベクトルを古典的なフーリエ畳み込みニューラルネットに学習させ、これに3−7つの変異を持つ機能が高いタンパク質を予測させるという手順をとっている。即ち、機能が高まった2つの変異を組み合わせることで、タンパク質の物理特性(即ちエピスターシス特性)を抽出できると考え、プロテインLLM や deep scanning を用いたステップワイズ進化と組み合わせることで、進化の大きなジャンプを実現しようという構想だ。
なるほどとは思うが、本当にうまくいくのかと思って論文を読んでいくと、1)大豆の持つ酵素 Ascorbin peroxidase 、2) RNAを標的にした CasRx 、そしてCD122 (Il-2Rβ) に対する抗体を選び、この方法で進化のジャンプをデザインし、最終的にそれぞれ、4倍、8倍、3倍程度の機能が高まった複数の変異を持つタンパク質設計に成功している。この論文の重要なポイントは、現状では進化のジャンプを可能にする汎用モデルは難しく、一つ一つのタンパク質で小規模に進化させる必要がある点だ。しかし、エージェントAI が加速度的に導入される生命科学では、実際の進化と物理法則が合わさったタンパク質の汎用モデルも可能になる気がする。
インシリコだけでなく、徹底的にリアルワールドの実験を組み合わせて、いくつかの変異が組み合わさった進化のジャンプを予測する事が可能であることを証明して見せたこの論文は、例えば新しい遺伝子編集法の開発などで示されてきた彼の能力の拡がりを示しており本当に驚く。このような若者が台頭してくると、科学の変革点にいることを実感する。
2026年5月9日
マウスが我々も聞こえる音で鳴くのは間違いないが、これをコミュニケーションに使っている訳ではない。様々なコミュニケーションに使われるのは、我々には全く聞こえない高周波を用いる音声信号で、社会行動の研究には重要な指標として使われている。
今日紹介する米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文は、我々にも聞こえる声でコミュニケーションを行うことで知られる Alston’s singing mouse の発声を支える脳機構を調べた研究で、5月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Specific expansion of motor cortical projections in a singing mouse(singing mouse に見られる運動皮質投射の特異的拡大)」だ。
このマウスの鳴き声を記録した動画が Youtube で配信されているのでまず聞いてからこのブログを読んでほしい。 (動画:https://www.youtube.com/shorts/PNRVqL7pe4A)。このマウスは中米亜熱帯の高山地帯に棲息し、おそらくコスタリカを旅行した時に聞くチャンスがあったと思うが、鳥のさえずりと区別できるのはよほどのプロだと思う。
この研究では、まずこの歌う能力が元々齧歯類が持つ高周波の発声 (USV) 加わる形で進化してきた新しい能力である事を、様々な齧歯類を比較して確認している。マウスは音を出す能力はあるので、歌を用いてコミュニケーションする能力は、実験室で使われるマウスのような種の脳回路が変化することで生まれてきたと考えられる。
発声をコントロールしているのは口腔や顔面を動かす orofacial motor cortex (OMC) で、この神経活動を GABA で抑制すると、交互に声を出すコミュニケーションが減少する。従って、OMC をコントロールしている領域に、歌う能力の進化により新しい変化が見られると予想できる。
そこで OMC の神経が投射する領域を脳全体にわたって調べ、新しい領域への投射あるいは投射領域の大きな変化が見られるかを調べている。結果は予想に反し、実験室マウスと鳴きマウスでは全く差がないことを確認している。とすると次に考えられるのは、それぞれの領域への投射の強さになるが、これを野生マウスで調べるのは簡単でない。
そこで登場するのが、バーコードを遺伝子に組み込んだウイルスの感染で、これを OMC に感染させた後、それぞれの投射領域を取り出して、シークエンシングでバーコードの多様性を調べることで投射の量の変化を調べることができる。こんな方法があるとは知らなかったが、単一レベルの神経細胞の投射を調べられるという点では素晴らしい方法で、特に野生動物で脳回路を詳しく調べられる重要なテクノロジーだと思う。
結果は、OMC から聴覚野、及び中脳水道周囲灰白質への投射がそれぞれ2.8倍、3.2倍上昇していた。歌はコミュニケーションに使われるので聴覚野に投射が増えるのは納得できるが、中脳水道灰白質とは素人には難しい問題だ。ただ調べてみると、この領域は疼痛に対する防御行動で有名だが、情動を伴う音の処理と発声に重要な働きを果たしているようだ。例えばこの領域を刺激すると猫の発声を誘導出来、特に鳥類の歌には重要な働きをしているようで、十分納得できる結果だ。
以上が研究の全てで、生理学的な研究はほとんど行われていない。他にも鳴きマウスはいるようなので、生理学より脳進化の研究へ進める方がおもしろそうだ。
2026年5月8日
一度ジャーナルクラブでまとめようと考えているが、GLP-1/GIP 受容体アゴニストの開発競争はすさまじい。おそらく、基礎研究の方がついて行っていないのではと思える。米国では成人の6%が使っていると聞くと、競争も肯ける。特に最近ペプチドではなく、経口摂取可能な化合物が開発され、競争は一段激しくなりそうに感じる。非ペプチド作用薬で先行したのがファイザーの danuglipron とリリーの orforglipron だ。ただ、ファイザーは副作用が多いとして danuglipron 開発を中止した。一方で orforglipron は今年FDAの認可を受けるところまで進んでいる。実を言うと、orforglipron は最初中外製薬が発見し、臨床開発をリリーに導出した薬剤だ。余談になるが、ドル箱になりそうでも得意分野でない場合は導出した過程は中外製薬の選択と集中の徹底ぶりがよくわかる例で、おそらく予想されるかなりのロイヤリティーは得意分野に回していくのだろう。
しかし、非ペプチド作動薬については長期にわたる検討を続ける必要がある。と言うのも、GLP-1/GIP の脳内の作用機序は極めて複雑だ。例えばペプチド薬は脳血管関門 (BBB) を通らないため、脳で直接作用する部位が限られる。また、GLP-1 自体は脳内でも合成されサーキットを形成し、反応する脳細胞も多様にわたる。従って、ペプチド作動薬と非ペプチド作動薬では作用の仕方が大きく異なる可能性がある。
今日紹介するバージニア大学からの論文は、ペプチド薬と非ペプチド薬の作用を比べることができるマウスモデルを作成し、結果扁桃体で GLP-1 が hedonic feeding(嗜好的摂食)を抑える新しい回路が存在することを示した研究で、5月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A brain reward circuit inhibited by next-generation weight-loss drugs in mice(次世代やせ薬はマウス脳の報酬回路を阻害する)」だ。
Danuglipron (DN) もorforglipron (OFN) もヒトの GLP-1R には結合するが、アミノ酸が一つ違うだけのマウス GLP-1R とは反応しない。そのため、マウスモデルでの研究は難しかった。このグループは CRISPR 遺伝子編集を用いて GLP-1R の33番目アミノ酸をヒト型のトリプトファンに変換したマウスを作成した。
このマウスはDNにもOFNにも反応し、通常の摂食及び嗜好的摂食をペプチド薬と同じように抑える。もちろん脳以外にも作用し、血中グルコースを低下させ、また体重抑制効果もある。
この研究で最もおもしろかったのは、それぞれの薬剤を投与したマウスの行動を観察し、行動パターンを分析することで、それぞれのアゴニストの効果の違いを浮き上がらせている実験だ。これにより、DNはペプチド薬と同じような影響を持つが、OFNは全く違う行動パターンを誘導することがわかった。この違いに関わる脳の反応を、それぞれのアゴニストを投与したときに興奮する神経細胞のFos発現でマッピングすると、直接血液に触れる延髄最後野 (AP) の反応と、同じ延髄の孤束核の反応の強さで違いがある。すなわち、OFNではNTSの反応がAPSより高い。一方、ペプチド薬やDNはNTSの反応がAPSより低い。ひょっとするとこの差がDNで副作用が高く、OFNが承認までこぎ着けた差になったのかもしれない。
次に、GLP-1R を発現している脳領域に人間型の GLP-1R を特異的に発現させ、接触抑制作用を調べていく実験の中で、嗜好的接触が扁桃体にヒト型を導入したときだけ起こることを発見する。一方、扁桃体の刺激では一般摂食は抑えられない。
すなわち、脂肪やアルコールと行った嗜好に対する摂食、即ち辺縁系の報酬回路を扁桃体GLP-1R陽性細胞が抑えている可能性が示された。そこで、扁桃体GLP-1R神経の投射を調べると、腹側被蓋野、即ち報酬回路の中心に投射が見られ、これを抑制していることを明らかにしている。 結果は以上で、GLP-1Rアゴニストでも、薬剤導体など複雑な要因がからんで、効果が決して一定でないことがわかる。また、GLP-1Rアゴニストが様々な中毒症状を改善できる可能性が示されていたが、その回路の一端が明らかになった。とするとOFNはおもしろい薬剤になる可能性がある。是非、来月はGLP-1Rアゴニストの勉強会にしたい。
2026年5月7日
名前の通りマクロ-ファージはバクテリアだけでなく、死にかけの細胞をまるごと食べることができる。食べた後ファゴゾームと呼ばれる細胞膜に囲まれた小胞が形成され、このファゴゾームはリゾゾームと融合することで中身を分解する。この過程で、例えばガン抗原はマクロファージのクラス II 組織適合抗原と結合し、細胞膜に発現され、免疫を刺激する。ただこの方法だけでは、キラー細胞が認識するクラスI組織適合抗原+抗原ペプチドを生成するチャンスは少ない。そこで Trogocytosis と呼ばれる細胞表面をかじりとって自分の膜状に表現する方法も備えている。この場合、相手の細胞が発現するクラスI抗原+抗原ペプチドをそのまま利用することができる。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、紹介した2種類とは異なる新しいマクロファージの食べ方が存在することを示した研究で、4月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Submicrometre sampling of living cells by macrophages(マクロファージは生きた細胞からミクロン以下のサンプリングを行える)」だ。
クラゲから分離されたGFPよりはるかに明るい蛍光を発するタンパク質 ZsGreen を発現するマウスを用いて、細胞から細胞への様々な分子のやりとりを研究する中で、健康な細胞からマクロファージへ ZsGreen が移行する可能性に気づいたのがこの研究の発端になっている。
メカニズムを詳しく調べるため、ZsGreen を発現したガン細胞とマクロファージを共培養し、その後マクロファージの蛍光を調べると ZsGreen が移行しており、しかも小胞に包まれて細胞質内に散在しているのがわかる。これは Trogocytosis やファゴゾーム形成でもないと確信して、ガン細胞からマクロファージへ ZsGreen が移行する様子を観察すると、ガン細胞からマクロファージの方へ細い突起が伸びて、これが何らかの形で細胞質に取り込まれる。
これに関わる細胞表面分子やシグナル分子についても調べており、CD98 や Srcシグナルなど、阻害されると ZsGreen の取り込みが低下する分子も特定されるが、結論的には様々な分子が代償し合って働いているという結果になっている。
ついで、取り込まれた ZsGreen の入った小胞を分離し、細胞内に存在しうるどの小胞に存在するどの小胞に対応するのかについてフローサイトメーターを用いて詳しく解析している。この実験が研究のハイライトで、読んでいる方もここまでできるのかと感心する。結果は明瞭で、ZsGreen を含む小胞は若い小胞と同じ分子を発現しており、リソゾームと融合する経路を通らず、おそらくそのまま膜にリサイクルされる。
その結果、この経路で取り込まれたガン抗原はリソゾームで分解されてクラス II 抗原上に提示されることはほとんどなく、卵白アルブミンの実験系を用いると、この方法で抗原を取り込んだマクロファージはCD4T細胞はほとんど刺激できない。
一方、クラス I 抗原と卵白アルブミンペプチドはそのままリサイクルされて細胞表面に発現され、CD8T細胞を強く刺激することができる。そして、Snyx27 と呼ばれる小胞体輸送分子をノックアウトすると、ZsGreen を取り込む新しいタイプの小胞もリソゾームと融合して、キラー細胞の刺激能力が低下する。
結果は以上で、マクロファージは様々な方法で対象の細胞から分子を取り込んで、最適の免疫反応を調節していることがよくわかるおもしろい論文だ。
2026年5月6日
まだ東西ドイツが分裂していたときケルンに留学したことから、ローマ時代のドイツに触れることが出来た。と言うのもケルンはローマ時代の植民地という意味で、ガリア総督アグリッパによりラインランド・ウビィ属を移住させて形成させた、ローマ帝国の同化政策の典型と言える植民地で、今も多くの遺跡が残っている。
ただ、ローマは395年東西に分裂、東から北からのプレッシャーにより衰退していく。この辺は世界史の重点項目で、私たちの頃はフン族のヨーロッパ進出によって起こったゲルマン人の大移動として習った。
今日紹介するチュービンゲン大学、マインツ大学、そしてスイスのフリブール大学からの論文は、この時代ローマ帝国の国境にあたる南ドイツの集落 Altheim を中心に、ドイツ各地の Row-Grave(列墓)と呼ばれる横に並べて配置する墓から発掘された250体以上の個体ゲノムを解析し、我々がゲルマン人の大移動として単純化して教えられた時代の南ドイツ人の形成過程を調べた研究で、4月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Demography and life histories across the Roman frontier in Germany 400–700 ce(西暦400−700年のローマ国境のドイツでの人口動態と生活)」だ。
列墓はゲルマン文化の特徴で、この研究では王侯貴族ではない一般のゲルマン人の成立過程や生活を知るために、列墓に埋葬されている人のゲノムに限定して解析を行っている。様々な地域についても議論がされているが、ここでは Altheim に限って紹介することにする。まずおもしろいのは、Altheim での列墓が始まった最初の頃470年に埋葬されていたのは、ほとんどが北ヨーロッパを代表するゲノムで、現代北ドイツ人とも一致する。一方、同じ南ドイツでも他の地域では北ヨーロッパのゲノムはほとんど存在しない。おそらく Altheim はケルンと同じで、ローマ兵となった北ドイツの家族の植民で始まった可能性が高い。逆に、近くの Azlburg では、最初は南ヨーロッパゲノムから始まっており、イタリアのローマ兵により形成された植民地と考えられる。ただ西暦470年を境に Altheim のゲノムは、南ヨーロッパ、東ヨーロッパのゲノムが混ざった多様なゲノムへと変わっていく。そして中世が始まると多様化が失われ、現在の南ドイツゲノムに近い均一なゲノムへと変化する。
この結果は、少なくとも南ドイツでは、ゲルマン人の大移動といったような大規模な人の移動でゲノムが変化したわけではなく、東西南北様々な領域から移動してきた人たちを少しづつ受け入れることで、ゲノムの多様性が形成されたと考えることができる。さらに、現代南ドイツと比べても、Altheim のゲノムは多様であり、それが中世という人が動かない時代によって地域の特徴を持ったゲノムへと収束したと考えられる。
では、このようなゲノムの多様化を可能にした当時の家族形態とはどんなものだったのか?これは列墓に埋葬された人たちの家族関係をゲノムから調べることにより推察することができる。集団解析の結果に一致して、他の地域からの個人との婚姻、あるいは他の地域の人が家族ごと移住して Altheim の一員となったりする様子が、列墓の位置やゲノムの関係から明らかにすることができる。即ち、外から来た個人や家族との婚姻を通して多様化が進んだと考えられる。
列墓の位置から家族関係を推察することが出来るが、この研究ではアイソトープや骨の状態を使った年齢や時代測定もできるだけ正確に行うことで、ゲノムによる家族関係だけでなく、寿命まで推定している。これによると、平均寿命は男43歳、女40歳で、今とは逆になっている。これは出産自体が寿命を縮めるリスクファクターになっていたことを示す。
ゲノム関係からわかる家族関係もおもしろい。キリスト教以前に見られる近親結婚、あるいは義理の姉妹と結婚するケースはほとんどなく、しかも一夫一婦が維持されている。そして、多くの場合は結婚すると女性が男性の家族と一緒に生活するのだが、一定の割合で逆も存在しており、極めてフレキシブルである事がわかる。言ってみれば、嫁入りも婿入りもある現代社会と同じと言える。これは、例えば息子のいない場合、女性が財産を引き継いでいいとするローマ法とも一致する。
以上のことから、ローマの植民地支配による人の移動を中心としたヨーロッパが、ローマ衰退によりヨーロッパ中の人が小さなグループで移動する大きなうねりが起こったのが、フランク王朝やゴート王国と言った民族移動を代表する支配階級の移動に一致したのが、ヨーロッパの民族移動の本体である事がわかる。文献も遺物も存在する時代でも、これだけ丹念にゲノムを調べることで、新しい歴史科学が可能である事を示した素晴らしい研究だと思う。
2026年5月5日
MERFISHは耳慣れない言葉だと思うが、このブログでは何回か紹介した single cell テクノロジーで、in situハイブリダイゼーションを何回も繰り返すことで、1000種類の遺伝子の発現を一つの組織標本で可能にした技術だ。これまで single cell テクノロジーというと、どうしても細胞や核をバラバラにするため、それぞれの細胞の組織学的情報を犠牲にしていたが、MERFISHはこの点を解決した single cell テクノロジーだ。
これまでの研究でもこの威力を十分認識できたが、今日紹介するハーバード大学の嗅覚受容体発現と機能に関する論文は、まさにMERFISHの威力が100%発揮された研究で、4月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Spatial organization and detection of social odors in mouse primary olfactory system(マウス一次嗅覚システムの空間的組織化と社会的臭いの感知)」だ。
抗体遺伝子と同じで、一つの嗅覚細胞は一つの嗅覚受容体 (OR) しか発現しない。ただ発現のメカニズムは全く異なり、抗体遺伝子が遺伝子再構成によるのに対し、クロマチンの制御により一つの遺伝子のみスーパーエンハンサーを集めることが出来、他の遺伝子より先に発現する。このORは発現するとERに蓄積、ERストレスを誘導することで他のOR遺伝子を抑えるフィードバックが働くようになっている。
このように理解してしまうと、元免疫学者はORの選択がランダムに起こると思い込んでしまう。ところが、MERFISHを用いてそれぞれのORの嗅上皮での発現を組織学的にマップすると、完全に組織化され、ゲノム上で近接する遺伝子が同じ場所にオーバーラップして発現すること、そして系統的に近い遺伝子ほど同じ場所に発現することを発見する。
そして、ゲノム上で近い、系統学的にも近い遺伝子ほど近接して発現するというパターンは、一次嗅覚野の嗅球 (OB) でも維持されている。即ち、投射先も完全に組織化されていることを発見する。OBの図をみると、例えばショウジョウバエさなぎのイマジナルディスクで様々な遺伝子の発現が美しく組織化されているのを思い出す。
それもそのはずで、MERFISHで明らかになる他の遺伝子を調べると、接着分子、軸索投射に関わる分子、シグナル分子、そして転写因子が、場所に応じて発現が異なる。即ち、多くの分子の発現が少しづつ異なることで、場所に応じたORを含む遺伝子発現がそれぞれ異なる細胞が発生していることになる。この研究と同じ時に他のハーバード大学グループから発表された論文では、ショウジョウバエのイマジナルディスクと同じように、レチノイン酸を中心とする分化因子の濃度差が上皮に形成され、これがORや他の遺伝子の発現を調節して、異なる細胞種を決まった場所に分布させていることになる。
どちらの論文もこれ以上の発生学的解析は行っていないが、今後このような組織上の分化因子の濃度により、ランダムではなく特定の遺伝子のクロマチン構造が変化する機構を明らかにすることがこの分野の重要なテーマになるだろう。
この研究では発生学より生理学に重きを置いて研究している。まず単一刺激物質を濃度を変えて嗅がせて、神経細胞の反応を調べると、強く反応する細胞と、弱く反応する細胞をEgrの発現で調べることができる。
その上で、メスがオスを識別するとき、あるいは逆、あるいは母が子供を識別するときなど、異なる状況で刺激を受ける細胞の位置関係を調べると、例えばオスの臭いは100種類の細胞で感知される一方、メスの臭いは34種類で感知されること、またそれぞれの細胞の局在はオスの場合反応する細胞が広く分布する一方、メスの場合同じ領域(ということはよく似た遺伝子が)それを感じていることがわかる。
同じように母親が子供を認識するときや、猫のような敵を感じるときは、少ない数の同じ領域に限局して発現するORが反応していることがわかった。
以上が結果で、MERFISHによるORマップが出来ることで、今後動物の行動に重要な臭いの分析が、組織上でできるようになり、行動学が大きく変化する予感がする。また、分化物質、モルフォゲンの濃度差で正確にORの発現を決められるとすると、モルフォゲンによるクロマチン変化の仕組みを明らかにする新しい課題が生まれたと言える。嗅覚はいつまでもおもしろい領域として続くようだ。
2026年5月4日
RNAワールドが、まだよくわからないきっかけでコドンとアミノ酸のシンボル的関係を成立させたまさに新たな情報言語誕生によって最初の生物が生まれ、この時出来た生命のルールは38億年たった今も守られ続けている。この変わらないルールの一つが、使うアミノ酸の種類が20種類に限定されているという点だ。実際には地球上には500種類のアミノ酸が存在しており、調べていくと21番目、22番目のアミノ酸を使う希な生物も存在する。逆に、生命誕生時にはもっと少ないアミノ酸しか使わず、これが進化とともに徐々に拡大して現在の20種類になったと考えられる。
とすると、もっと少ないアミノ酸で構成される生命を設計することが可能で、今日紹介するコロンビア大学からの論文は、その第一歩としてイソロイシンを全く必要としないタンパク質とRNAだけで出来たリボゾームを持つ大腸菌の設計に成功したという、まさにワクワクする話だ。タイトルは「Toward life with a 19–amino acid alphabet through generative artificial intelligence design(生成AIデザインを使って構成する19種類のアミノ酸アルファベットだけを使う生命へ向けて)」だ。
これまで Evo、ESM、AlphaFold 等など多くの生物情報を用いる生成AIを紹介してきたが、この論文はこれらを使った新しい合成生物学の方向性を示す素晴らしい論文だと思う。Questionは明瞭で、20種類ではなく19種類のアミノ酸で維持できる生命をデザインできるかだ。
このために、まずどのアミノ酸を省くかを決める必要がある。使われる頻度が少なく、また同じ機能の分子の場合、進化的に保存される度合いが低いアミノ酸を探索し、最終的にイソロイシンを選び出している。
もちろん最終目標は全くイソロイシンなしに生きられるバクテリアの設計だが、大腸菌には4639種類の遺伝子が存在し、生目に必須のアミノ酸だけでも398種類存在する。そこで、今回はリボゾームを構成するタンパク質だけでイソロイシンを使わない設計が可能か調べている。
まずイソロイシンに物理化学的に近いバリンやリジンに変えたタンパク質で大腸菌が生存するか調べると、4割ぐらいが問題なく置き換えられるが、残りは生存が出来ない。従来なら、一つ一つ他のアミノ酸に変えて調べるところだが、これには途方もない時間がかかる。そこで登場するのが、地球上のゲノムを学習し、進化のコンテクストに基づいて新しいゲノムを生成できる ESN2 や MSATransformer 、さらに構造からアミノ酸配列を生成できる ProteinMPNN の生成AIだ。
これら生成AIを用いてイソロイシンをマスクして、新しいタンパク質を設計させたときに出てきたアミノ酸に置き換えて、大腸菌のゲノムを変えていくという作業を行っている。これだけでも大変だとは思うが、従来のように全てのサイトをランダムに置き換えるのと比べると、一つの論文にまとまると言うところまで作業量が減り、生成AIの威力を思いしる。おもしろいのは、ESM2 や MSATransformer のように進化コンテクストを元に生成する場合はよく似たアミノ酸が出てくるが、構造ベースの ProteinMPNN を用いると結構違ったアミノ酸が指示されてくる。これは、それぞれが学習したコンテクストが少し異なっていることを示しており、両方を合わせて使うことで、さらに効率が上がっている。
また、イソロイシンの部位だけをマスクしたて生成AIにインプットしたのではうまくいかないときは、前後を広くマスクして設計している。最終的に3タンパク質を除いて、イソロイシンを使わないタンパク質の設計に成功している。
残念ながら残ったタンパク質は、ランダムに置き換え機能を調べる方法で最終的にイソロイシンを他のアミノ酸に変えた設計にして、全てのリボゾーム遺伝子を変化させている。
今後他の遺伝子を変えていくとき、大腸菌で問題になるのは一つのシステムを構成する遺伝子がまとまって存在するオペロンを形成している点で、オペロン全体を設計する方法の開発も 30 Sリボゾームを形成するオペロンを例にチャレンジしている。そして、二つの遺伝子がオーバーラップして存在するなどいくつかの問題が存在するが、解決可能であることを示している。
こうして設計されたリボゾームタンパク質で全くイソロイシンが使われていない大腸菌は、遺伝子を変化させることなく450代継代が可能である事を示している。
結果は以上で、次の段階でイソロイシンの必要のない大腸菌を設計していると思うが、タンパク質の設計AIが、そのまま生命の新しいデザインにつながることを示す、ワクワクする話だ。
2026年5月3日
細胞が活性化すると転写翻訳も活性化することが多く、合成されたタンパク質をターンオーバーさせる仕組みが重要になる。このメカニズムに差し障りが出ると、分解できないタンパク質が細胞質に鬱滞し、このストレスに基づく転写の変化が起こる。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、CD8キラー細胞の分化をプロテオスターシスが調節している可能性を示した研究で、4月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Proteostasis sustains T cell differentiation potential and tumor-infiltrating lymphocyte function(プロテオスターシスはT細胞の分化能とガン浸潤リンパ球機能を維持している)」だ。
キラー細胞は抗原に出会うとキラー活性を発揮するとともに、急速に exhausted と呼ばれる機能の低下した細胞へと分化する。この時発現するのが PD-1 で exhaustion が免疫のチェックポイントに関わっていることがわかる。ただ、exhaustion 前の前駆細胞 (Tpex) は、抗原に出会って exhaustion ステージ (Tex) に分化するだけでなく、サイトカインの作用によって次刺激に反応するメモリー細胞 (Trm) にも分化する。
この研究では、この3種類の細胞の遺伝子発現を比較する中で、Texで強くプロテオスターシスに関わるユビキチンリガーゼが低下していることに気づく。そこで、3種類のユビキチンリガーゼを全て過剰発現させて担ガンマウスに移植して調べると、Texの頻度が低下し、サイトカインやインターフェロンの産生も上昇する。
3つあるユビキチンリガーゼを別々に強制発現させても、ガンの増殖を抑えることができ、チェックポイント治療と同じようにガン免疫の疲弊を抑えることがわかる。逆に3つのユビキチンリガーゼを全てノックアウトすると、Texへの分化が急速に促進される。
実際にプロテオスターシス異常が見られるのかは、転写されたRNAに比してタンパク質の発現が上昇することを捉える必要がある。そこで、mRNAの方を single cell RNAsequencing で、タンパク質を微量質量分析で調べている。実際に10万個程度の細胞で何千ものタンパク質の量の変化調べられるというのは、本当にすごいと感じる。
膨大なデータで、変化するタンパク質も多いので、今後一つ一つ詳しく調べる必要はあるが、長い話を短くすると、Texではユビキチンリガーゼの発現は低下しているが、分解に関わるプロテアォームに異常はない。この結果、ターンオーバーの早い短い寿命のタンパク質でうまく形をとれなかったタンパク質の分解が遅れ、蓄積が起こっていることがわかった。そして、この蓄積する折りたたみがうまくいかないタンパク質は、3種類のユビキチンリガーゼを強制発現させることで正常化することを明らかにしている。
最後に、チェックポイント治療を受けたメラノーマ患者さんのデータベースからユビキチンリガーゼの発現を調べ、高い群と低い群に分けて予後を調べると、ユビキチンリガーゼの高い患者さんほど予後が良いことを明らかにしている。
結果は以上で、チェックポイント治療の効果予測に使うと言う結論になっているが、Texの分化を知る上でかなり重要なデータだと思う。Texの分化を止めたりTrmヘブンかを誘導するサイトカインなどが明らかになっているので、プロテオスターシスとの関連を調べ直してみることは重要だと思う。
2026年5月2日
このブログでゾウリムシなど繊毛虫についての論文はこれまで2回紹介している。1回目は2014年で、生殖核と栄養核の二つの核を持つゾウリムシで、何故同じ生殖核から接合時のオスメスの区別を維持する生殖核が分化するのかについてのエピジェネティックメカニズムについての論文(https://aasj.jp/news/watch/1538) 2回目はCondylostomとParducziaと呼ばれる繊毛虫では、我々の終止コドンを、時と場合に応じて終止コドンだけでなくアミノ酸の翻訳コードとしても使っていると言う2016年の論文(https://aasj.jp/news/watch/5541)で、いずれも我々の想像を超えた世界が繊毛虫では広がっていることを示していた。
今日紹介する中国武漢の中国アカデミーに属する海洋研究所からの論文は、牛やヒツジと言った反芻動物の家畜の腸内でメタン合成に関わる繊毛虫類についての多様性についての研究で、4月30日 Science に掲載された。タイトルは「Rumen ciliates modulate methane emissions in ruminants(腸内の繊毛虫が反芻動物のメタン放出に影響を与える)」だ。
テトラヒメナやゾウリムシなど一部のモデル繊毛虫はよく研究されていないが、ほとんどはまだゲノムも解読されていないのが現状のようだ。全く知らなかったが、反芻動物の腸内には多様な繊毛虫の世界が広がっており、メタン合成のアルケアに次いで反芻動物家畜の腸内でのメタン合成に寄与している。そこで、反芻家畜の腸内の繊毛虫の多様性をゲノムレベルで明らかにし、ゲノムに基づいて繊毛虫が何故メタン合成に大きく寄与しているのかを明らかにしようとしたのがこの研究だ。
まず様々な反芻家畜の腸から繊毛虫を分離し、単細胞レベルでゲノム配列決定を436種類について行っている。そして、メタゲノムデータから108種類のゲノムを再構成し、これまで解読されていた69種類と合わせて、ほぼ600種類の繊毛虫ゲノムを特定している。問題は生殖核と栄養核に分かれるゲノムの複雑性と、腸管というバクテリアや植物のゲノムのリッチな環境からマギレコ配列をクリーニングする必要があることで、このクリーニングを繰り返した結果、450種類のゲノムを特定している
系統樹は繊毛虫のカラー写真とともに示されており、ともかく美しい。最終的に4門、6科、18属にわけ、細胞の大きさやゲノムのサイズから Vestibuliferida (Vest) と Entodiniomorphia (Ento) に分けて議論している。この2種はゲノムサイズで大きく異なるが、これはEntoで水平遺伝子伝搬によるバクテリアやウイルスゲノムの取り込みが2倍以上高いことに起因している。
ゲノムデータに基づき、次に100頭の牛のコホート研究から得られたサンプルでは、ほとんどのVest、Entoがメタン合成に関わることが示され、メタン合成が家畜の中で進化してきたことを示唆している。そして、メタン合成レベルが異なる家畜で比べるとき、Vestの中のDasytrichaの存在が最も強くメタン合成と関わることを示している。
メタン合成の鍵になるhydrogenaseは、腸内で水平遺伝子伝搬で取り込まれたものが多くの種に分布して今に至っており、基本的には反芻動物腸内で進化した新しい仕組みと言える。Hydrogenaseの繊毛虫での存在部位を調べると、これも繊毛虫の特徴である、細胞膜と細胞質の境に存在する粘性の高いゲル状の層 (Ectoplasm) に存在し、繊毛の運動に関わるbasal body の回りに濃縮して存在していることが明らかになった。この構造を hydrogenobody (HB) と名付けている。通常メタンはミトコンドリアと同じような膜に囲まれた hydorogenosome (HS) で合成されるが、このような構造は家畜内の繊毛虫には存在しない。おもしろいことに野生のソウギョから分離した繊毛虫ではHBが全く存在しないことから、これも反芻動物の家畜化の過程で進化している。
最後に反芻動物腸内では嫌気環境が重要で、酸素を還元する酵素が必要になる。これも腸内細菌のFirmicutesから1回の水平伝搬で繊毛虫に遺伝子が移り、腸内環境に合わせて進化してきたことがわかる。特に、Vestの方で多くの酵素遺伝子を有しており、その結果好気環境に耐えながら、酸素を還元して嫌気環境を可能にする重要な微生物として働いていることがわかる。
以上、hydorogenase、HB、そしてoxygen reductaseのメタン合成三種の神器を家畜腸内で発達させた繊毛虫の生態がかなり明らかになった。この結果、メタン合成をしない家畜を可能にして、温暖化ガスを減らせるのか、今後実用面でもおもしろい。