4月16日 デザイン創薬の基盤モデルは可能か(4月2日 Cell 掲載論文)
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4月16日 デザイン創薬の基盤モデルは可能か(4月2日 Cell 掲載論文)

2026年4月16日
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政府の成長戦略の一つ先端医療分野でのAI推進方針を見ると、「我が国の強みとしての質の高いデータ」の活用に道を求めているように読める。医療や医学で本当に質の高いデータが我が国の強みとしてあるのかは個人的には疑問に思うが、そうだとしてもデータの質に AI 競争に勝ち残る強みを求めるようでは医学分野での AI 競争には勝てないだろうと思う。例えば創薬を考えてみると、標的分子を見つける過程、標的に対する薬剤設計過程、薬効や動態についての研究過程、そして治験の計画から評価まで、あらゆる分野で AI の役割が期待される。しかもそれぞれの分野で急速に新しいモデルが発展していることを考えると、AI 人材、必要に応じて新しいモデルを開発できる人材を数多く輩出することが重要で、現状を考えるとすぐに出る結果は諦めても、長期の腰を据えた取り組みが必要に思える。その意味で強化学習を取り入れたLLM、DeepSeekを開発した中国は、生命科学分野でも高いレベルの研究を数多く発表している。

今日紹介する精華大学と北京大学のグループからの論文は、標的分子の活性に関わる分子ポケットにはまる様々な分子を設計できる生成AIモデル PocketXMol の開発についての論文で、様々な創薬目的に一つのモデルで対応できる基盤モデル開発を目指している。タイトルは「Unified modeling of 3D molecular generation via atomic interactions with PocketXMol(PocketXMolを用いた原子間相互作用を介した3次元分子を生成できる統一モデル)」で、4月2日号のCellに発表された。。

標的の分子ポケットを決めて様々な分子を設計する目的で使われるトランスフォーマーはでは、ペプチド設計と同じようなDiffusionに言語的指示が使われてきたが(DiffSBDDなど)、この研究では分子を原子、座標、結合タイプで表現して、原子間の相互作用のルールを学習させ、それをDiffusionの指示に使う方法を開発している。原子間相互作用というと、エネルギー法則を考えてしまうが、数式で表現できるエネルギー関数と行った法則ではなく、一個一個の原子の結合形式や、原子座標に分解して分子を表現し(これを原子プロンプトと呼んでいる)、これを学習させることで、物理的法則を自然に含むように設計している。

モデルは1千万の小分子化合物、4万近いタンパク質とペプチドの結合構造、8万5千のタンパク質と小分子の結合構造を、E(3)-equivariant geometric neural network と呼ばれる、物理法則と自然に整合するように設計されたネットワークに学習させている。基本的にこのモデルの構築が鍵で、こうしてできたモデルに、それぞれの原子、原子座標、結合タイプをプロンプトとしてインプットして、分子ポケットに結合する化合物を生成させる。

例えばポケットにフィットする分子を自由に生成させる場合、原子プロンプトは全ての原子を自由に生成するよう指示できる。これは従来のポケットにフィットする化合物を設計する多くのモデルとほぼ同じだ。新しい化合物を生成させて、既存の化合物や、他のモデルで設計される化合物と比べると、パーフォーマンスも上の部類といえる。

このモデルの重要な点は小分子生成にとどまらず様々な課題(実際には13の異なる種類の設計を一つのモデルで済ませる点だ。例えば、原子プロンプトで最初のいくつかの原子の種類や結合タイプを決めておくことで、例えばポケットにフィットする分子を起点に、新しい化合物へと発展させることができる。その結果、プロタックのように標的を分解する薬剤に必要な最適のリンカーの設計が可能になる。

他にもフィットする極めて小さな化合物をポケットに合わせて成長させることも可能で、この時の原子プロンプトは最初の原子、座標、結合タイプを小さな分子に合わせて指示し、残りを自由に生成させる。

このように決めておきたい原子構造とそれ以外を自由にプロンプトとして与えられるので、創薬化学で最も重要な至適化も同じモデルで可能になる。他にも、原子、座標、結合タイプから3D構造を決めるので、分子のタイプに限定されない。例えばペプチドの場合も原子と結合タイプを決めておいて座標を自由に設計させることで生成させることができる。

他にも、環状ペプチドや自然には存在しないアミノ酸を用いたペプチド薬など、現在創薬企業が競って行っている様々なモダリティーを全て同じモデルで設計できることを示している。

最後に、実際このモデルが役立つことを示すため、Caspase-9阻害剤を、まず自由な原子プロンプトでポケットにフィットする化合物を設計、その中から抑制活性の高い化合物を一つ選び、これをプロンプトに至適化を行い、既存の阻害剤とほぼ同じ活性を持つ化合物が設計できることを示している。

次にチェックポイント阻害の標的に使われるPD-L1のポケットに結合するペプチドを生成、この中からAlphaFold等による構造解析や、試験管内での結合アッセイを用いて高い活性を持つペプチドを選び、生体内のガン細胞表面のPD-L1に強く結合するペプチドを得ることに成功している。また、このペプチドがPD-1とPD-L1の結合を阻害することも示している。

以上が結果で、これまでのDiffusionに、直接原子プロンプトで指示を加える方法を組み合わせて、小分子化合物にとどまらずペプチド役に至るまで、13種類の創薬タスクに使える新しいモデルができることを示しているのはすごいと思う。我が国のAI研究にもこのぐらいの熱気が戻ってほしい。

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4月15日 脳での視覚の生成モデル(4月9日 Science 掲載論文)

2026年4月15日
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ニューラルネットによる AI の進展は、ニューラルネット研究の本家である脳研究を大きく変化させているように思える。その典型とも言える、我々が見た物を思い出すときのイメージ形成が AI ニューラルネットでの畳み込みと同じプロセスを用いていることを示した論文が、Cedars-Sinai 医療センターから4月9日 Science に掲載された。タイトルは「A shared code for perceiving and imagining objects in human ventral temporal cortex(視覚対象を見たときと思い浮かべるときに、人の腹側側頭皮質で共通に使われるコード)」だ。

我々が見て記憶した物を思い出すとき、実際に見たときに興奮する腹側側頭皮質 (VTC) 神経アンサンブルをもう一度興奮させていることは、イタリアの Bisiach と Luzzatti の脳損傷の患者さんに馴染みのミラノのドゥオーモ広場を思い浮かべさせる有名な研究から明らかにされ、その後様々な研究が行われている。ただ、イメージが VTC にどのように再構成されるのかについては、様々なカテゴリーに選択的に反応する神経が存在する以上のことは明らかになっていないように思う。

この研究では、てんかん巣診断のために VTC をカバーして留置された電極を用いて、一個一個の神経細胞の反応を、物を見ているとき、そして思い浮かべるときに記録し、一方で視覚の対象に用いた様々な写真(例えば椰子の木、サル、双眼鏡、Tシャツなどなど500種類)を、ニューラルネット畳み込みを用いて50次元の潜在空間に分布させることで、形やカテゴリーを数値化して扱えるようにしている。もちろん、もっと大きな次元数を用いて正確にイメージを構成することも可能だが、これ以上大きいと神経反応を対応させることが簡単ではなくなる。

これまでの研究のように、カテゴリーや形の特徴を意味的に分類して神経反応を対応させたのと異なり、ニューラルネットでベクター化すると、どの次元軸に個々の神経細胞が反応しているのかを決めることができる。これまで意味や画像の形態要素をベースに神経興奮を解釈したのとは異なり、純粋に画像に即した解析が可能になる。

結果は期待通りで、個々の神経細胞が反応する個別の軸を抽出できる。即ち50次元のほとんどの軸には反応しないが、ある特定の軸の数値に比例して興奮する一個の神経を見つけることができる。そして、この軸に500個の対象を分布させると、それぞれに対する反応はその分布と完全に比例する。

おもしろいのは、同じ軸でさらに高い値を示す画像を再構成して見せると、この神経は経験した実際の対象以上に反応することがわかる。我々のVTCの個々の神経からなるネットワークも、AI ニューラルネットワークと同じように、それぞれの画像を潜在空間に分布するベクターとして処理している可能性が高い。

そして、500個の中の一つ、例えばサボテンを思い浮かべてと命令されたときに起こるVTC神経の興奮は、見たときと比べて40%程度の神経が共通に興奮するだけだが、それぞれの神経細胞が対応する次元軸を見ると、イメージの特徴を最も的確に再構成する軸に対する神経が選ばれて興奮していることがわかる。さらに、記録している全神経の活動をベースに、思い浮かべている実際のイメージを6割ぐらいの確率で再構成することも出来る。この時、100個の神経の記録から、かなり正確なイメージを再構成できる。

以上が結果で、説明がわかりにくかったかもしれないが、我々の脳の画像処理も、 AI ニューラルネットワークの画像処理も、同じアルゴリズムを使っているのではという話になる。そして、生成 AI が一つのプロンプトから新しい画像を生成するのと同じように、我々のVTCネットワークも潜在空間の中から確率論的にイメージを生成していることが示されている。即ち、画像を AI ニューラルネットで多次元空間の数値として表現して、それを個々の神経興奮と対応させるというアイデアで、脳と AI の画像処理を比べた点が研究のハイライトになる。

もし我々の脳も同じ生成モデルを使っているとすると、例えばプロンプトに対する我々と画家の反応を調べるのはおもしろそうだ。これまで言語処理については AI と脳の対比が行われてきたが、今後画像や音と言った様々な要素についての対比が進む予感がする。

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4月14日 βタラセミアを正確な塩基編集を用いて治療する(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月14日
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様々な遺伝子変異でβヘモグロビン (βHb) が出来ない病気がβタラセミアで、結果として赤血球ではαHbだけが作られることになる。βHbと結合できないとαHbは凝集しやすく、赤血球形成過程で細胞死が起こり、赤血球が形成できなくなる。現在のところ治療には赤血球輸血しかないが、大きな負担が起こるだけでなく、輸血による鉄オーバロードで肝硬変や心不全が起こる。タラセミアは様々な遺伝子変異に起因することから、根本的治療は遺伝子治療か、正常ドナーから骨髄移植を受けるしかない。

当然、変異を正常化する遺伝子編集はタラセミアにとって最も期待される治療だが、βタラセミアを誘導する変異は400以上存在し、個別に治療法を開発することは簡単ではない。そこで、βHb遺伝子を活性化する代わりに、通常なら生後スイッチオフされる胎児型ヘモグロビンを活性化し直して、αHbと結合させ、機能を回復させるとともに、αHbの細胞毒性を抑える方法が開発された。胎児型γHbを抑える機構はよく研究されており、2つのγHb遺伝子の両方に存在するTGACCA配列にBCL11Aレプレッサーが結合することで起こる。この配列を CRISPR で欠損させると、胎児型ヘモグロビンが大人でも合成されることになる。胎児型は酸素と結合しやすいので組織での遊離が低下するため機能的には問題があるが、日常生活にほとんど支障がないことが知られている。以上の結果を受けて、BCL11A結合部位を遺伝子編集する試みが行われ、CRISPR/Cas9でこの部位に変異を導入した自己血液幹細胞を移植する治験が52人のタラセミア患者さんで行われ、91%で輸血が必要でなくなる回復が見られたことが、ローマ・サクロ・クオーレ・カトリック大学を中心としたグループにより2024年 The New England Journal of Medicine に発表された(Vol390, 18, 1666, 2024)。

今日紹介する中国・広西医科大学からの論文は、単純にCRISPR/Cas9でBCL11A部位を変異させるイタリアの方法を上回る遺伝子編集法の開発治験研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clinical application of base editing for treating β-thalassaemia(βタラセミアに対する塩基編集法の臨床応用)」だ。

BCL11A結合部位に変異を入れるという目的はイタリアからの治験と全く同じだ。ただCRISPR/Cas9でBCL11A結合部位を切断し修復させる方法では、切断部位のストレスの結果、幹細胞が死ぬ確率が高い。また、使われているシグナル配列が、一部のアフリカ系の人には使えないこともわかっていた。これを改良するため、一つはデアミネーション酵素APOBEC3を用いて、DNAを切断しないでBCL11A配列中のCを他の塩基に変える、塩基編集を用いている。

この研究の徹底性は、APOBEC3にその阻害タンパク質を結合させ通常は活性がない分子をBCL11A結合部位にリクルートし、同時に他のシグナル配列を用いてAPOBEC3と阻害分子を切り離す酵素をリクルートする方法を開発した点だ。この結果、目的の部位だけが編集されるという特異性を2重に保証している。

このような「賢いアイデア」はともすると使いにくいのだが、この研究では人間の血液幹細胞のほぼ4割をBCL11A結合部位特異的に塩基編集でき、最終的に5人のタラセミア患者さんを、塩基編集した自己幹細胞移植で治療している。

結果は全員で輸血が必要でなくなり、移植後3ヶ月でヘモグロビン濃度が11mg/dlを超える回復を見せている。イタリアグループの方法では、2倍の数の幹細胞移植を行っても11mg/dlに達するのに半年近くかかっていることを見ると、Cas9によるDNA切断の影響は大きいと言え、今回の方法が複雑とはいえ、競争力があることを示している。

5例全て輸血から離脱し、移植に伴う様々な副作用を乗り越え2年以上経過していることから、次の治験段階へ進む価値は十分あると思う。しかし、おそらくこのグループの目的は、これにとどまらないと思う。と言うのも、幹細胞を取り出し、遺伝子編集し、元に戻すという方法では、人手とコストがかかることは間違いない。従って、直接編集ベクターを血液幹細胞に届けて編集する、生体内の塩基編集を視野に入れていると思う。そのとき、複雑な方法は効率低下につながるが、安全性が優先されるとすると、今回示された方法は十分な優位性があると思う。ここでも中国の躍進を感じる。

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4月13日 Short Tandem Repeat 病リスクの大規模ゲノム解析(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月13日
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ハンチントン病をはじめとする70種類以上の変性疾患は、コーディング領域のCAG等の短い繰り返し配列 (Short tandem repeat: STR) の数が増大し、細胞内に繰り返し配列が翻訳された異常アミノ酸が蓄積して起こることが知られている。遺伝病だが発症は遅いことも多く、年齢を重ねるとさらにリピート数が増加することもあり、リピート数が病的と診断できても、病気が発症するかどうかの penetrance を正確に予測するのは難しい。以前にSTRのリピートが発生後拡大するメカニズムについてのおもしろい論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/9001)、このようなリピートが集団の中で維持されているのも興味深い。

今日紹介するリジェネロン遺伝センターからの論文は、エクソーム解析 (WES) や全ゲノム配列解析(WGS) が行われたコホート調査から参加者を集め、100万以上のゲノムデータと臨床データを解析し、STRの拡大と病気の発生及び無自覚の異常を調べた研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Population-scale repeat expansions elucidate disease risk and brain atrophy(大規模なSTRについてのゲノム解析はSTRの病気のリスクと脳の萎縮について明らかにした)」だ。

親が発症した子供についてSTRと病気発症を追跡する研究は多く存在するが、病気とは無関係に、人間の集団内のSTRの数を調べた研究は珍しい。と言うのも、STRを調べるためにはコーディング領域の配列決定が必要だが、集団解析に用いられるのはほとんど short read と呼ばれる短い配列を読む方法が使われており、CAG等の繰り返し配列が100続くような長いSTRを正確に判定するのは難しい。この研究では一部のサンプルをさらにPCRで解析する検証も加えて、完全ではないものの、37遺伝子について高い確度でSTRの数を特定できることをまず明らかにしている。また、リピートの長さの分布から、各遺伝子のSTRの長い集団0.1%をPremutation、0.01%をpathogenicと分類している。

こうして得られたハンチントン病やALSに関わる遺伝子など37遺伝子でSTRの長さが pathogenic であると診断された人は、例えばハンチントン病で見ると、病気の発症率として知られている頻度より5-10倍高い。即ちリスクを抱えたまま発症していない人が、他の遺伝子も含めて多く存在していることになる。調べた100万人の平均年齢が58歳なのでこれから発症するケースも十分存在するが、ハンチントン病など有名な病気はともかく、多くの遺伝子については遺伝性疾患として認識されていないことを考えると、ひょっとしたら原因不明の変性疾患の中にはSTR病も含まれていると考えられる。

こうして決定したSTRが各遺伝子の病気の遺伝性を決めていることは、100万人を人種別に解析することで確認でき、例えばハンチントン病HTT遺伝子やALSのC9orf72遺伝子の pathogenic STR の割合はヨーロッパ人で多い。一方、脊髄小脳失調症のCACNA1A遺伝子の pathogenic STR は日本人で多い。この人種ごとの違いは、STR病の進化を考える上で極めておもしろい。

この研究では pathogenic STR の実際のリスクについても、コホートのヘルスレコードと照らし合わせて調べ、STRの長さがトップ0.01%の人では発症率が圧倒的に高まることを示している。おもしろいのは、それぞれの遺伝子で年齢による発症パターンが異なることで、例えばハンチントン症ではトップ0.01%の人でも45歳ぐらいから急速に発症率が上昇、最終的に30%の人が発症するケースや、筋強直性ジストロフィーでは早い時期から発症し、50歳では8割の人が発症するケース、そしてALSのC9orf72遺伝子では50代から急速に年齢と完全に比例して発症率が上昇し、トップ0.01%と0.1%では発症率にほとんど差がないケースなど、様々なパターンがある事を示している。この差も、STR病の発症をより詳しく理解するために重要だ。

最後に、pathogenic なSTRを持つが無症状の人で異常を検出出来るか、MRI検査が行われているUKバイオバンクなどのコホートを用いて調べると、ハンチントン病遺伝子で被蓋領域の20%の萎縮、筋強直性ジストロフィー遺伝子で小脳灰白質の24%の萎縮、そしてALS遺伝子で視床の9%の萎縮を観察している。また神経変性による末梢血に放出されるNflも無症状時期から上昇する事を認めている。

以上が結果で、STR病について知識がないと理解しづらい論文だと思うが、STRが何重もの遺伝子で、しかも集団単位で維持されており、細胞に応じて様々な発症様態を示すことがよくわかる。特に、無症状でも他覚的には病的なSTRを診断できることは臨床では重要だ。ただ、有名なSTR病以外のこれまで原因不明の変性疾患として片付けていた多くの病気の解析が進むのではと期待する。

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4月12日 チンパンジー集団の分裂と抗争(4月9日 Science 掲載論文)

2026年4月12日
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今の子供たちはもはや知らないと思うが、我々の子供時代のヒーローの一人はアフリカのターザンで、いつもチンパンジーのチータと協力しながら難局を乗り越えるのが映画で描かれた。そのためか、チンパンジーは元々愛らしい動物というイメージが染みついてしまっている。これを打ち破ったのが昨年亡くなった京都賞受賞者ジェーン・グドールで、チンパンジーの異なるグループ間では、互いに殺し合う抗争が見られるという報告だ。実際、ウガンダにチンパンジーやマウンテン・ゴリラを見に行ったとき、ゴリラは安全だがチンパンジーは極めて危険な動物なので注意するよう教えられた(図はキバレで撮影したグルーミングするチンパンジー)。

今日紹介するテキサス大学オースチン校からの論文はまさに私がチンパンジーを見に行ったウガンダ キバレの1グループを25年以上にわたって追跡し、一つの群れが殺し合う2つの群れへと変化する様を観察した研究で、4月9日Scienceに掲載された。タイトルは「Lethal conflict after group fission in wild chimpanzees(野生チンパンジーに見られたグループが分裂した後の殺し合い)」だ。

チンパンジーの群れでは、メスは群れを去って他の群れに合流するが、オスは同じ群れで暮らす。事実他の群れと出会うとグドールさんが観察したように殺し合いになる。従って、群れは100年以上にわたり安定に維持されていくと考えられてきた。また、群れの中での殺し合いはないことから、チンパンジーは明確に群れと、それ以外のメンバーを区別することがわかる。

群れの観察を続ける中で、群れの中に2つのサブグループが出来、個体同士の関係がサブグループで強くなっていくのが観察され、またテリトリーも西側と中心に分かれていった。特に、2014年に分離が急に強まった。それでも、2017年までは2つのグループは出会うと一つのグループメンバーとして振る舞い、グルーミングだけでなく、メスをシェアすることもあった。

ところが2017年以降は完全に別のテリトリーで暮らす2つの群れに分かれ、グループ間の交流は全く見られなくなった。それどころか、それぞれのグループは自分の縄張りを主張し、縄張りをパトロールする中で、ついに殺し合いに至る抗争が普通になって現在まで続いているという結果だ。

おもしろいのは抗争を仕掛けるのはいつも小さい方のグループで、殺される被害は大きなグループだけで出ている。一見不思議だが、大きなグループはバラバラになっていることが多いことから、このような結果になっているのかもしれない。

結果は以上で、チンパンジーでも群れが分離し、敵対してしまうことがわかった。別れる原因としては、群れ自体の大きさが200頭を超したことが原因だが、もう一つグループを超えた個人同士のネットワークが3-4年前から希薄になっていたことが上げられる。そして別れてしまうと、かって一緒に暮らしグルーミングまで行っていた仲間でも殺されることが明らかになった。

この結果から、個人同士のネットワークを常に維持することが平和への道であるとこのグループは結論しているが、団結ではなく分裂を促進するトランプのアメリカに住む研究者の気持ちはよくわかる。私たち日本も同じだが、この論文を読んで私自身は暴力団の抗争を思い出していた。一つの組が大きくなった結果分裂が起こり、他の組とよりさらに熾烈な抗争が起こる。こんな人間の特質も、進化の早くから存在するようだ。

キバレのチンパンジーを大体1時間近く観察する機会があったが、それを25年以上にわたって続けるサル学の研究者はすごい。

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4月11日 手作りスーパーエンハンサーを用いたガン治療(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月11日
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最近、強い遺伝子発現を誘導出来るエンハンサーのデザインする場合、AlphaGenome 等を用いた AI デザインになるのかもしれない。しかし、今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、様々な試行を繰り返す完全な手作りで、グリオブラストーマで強い遺伝子の発現を誘導するスーパーエンハンサーを設計し、それを用いてガン増殖を抑えることに成功した研究で、この手作り感がフレッシュな気持ちにさせてくれる論文だ。タイトルは「Synthetic super-enhancers enable precision viral immunotherapy(合成スーパーエンハンサーは正確なウイルス免疫治療を可能にする)」で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。

スーパーエンハンサーの研究は進んでいても、遺伝子発現になると自然のエンハンサーを借りてきて遺伝子発現を誘導することが普通だ。これはスーパーエンハンサーが距離的に離れているエンハンサー領域の協力により成り立っているためで、そのとき働いているシス領域を集めるということはそう簡単ではなかった。

この研究では細胞傷害遺伝子を発現させてグリオブラストーマ (GBM) を殺す方法の開発を最初から目指しており、使うアデノウイルスにスーパーエンハンサーのアンサンブルを集められる大きさとして160bpと決め、この大きさの中で利用できるエンハンサーを探索している。

グリオブラストーマのスーパーエンハンサーはSox2転写因子を核として構成されているので、まずSox2結合シス領域を特定し、それぞれを標識と結合させGBMに導入して発現を調べ、発現の高い32エンハンサー部位を詳しく調べている。すると全てでSox2結合部位に加えてSox9結合部位を含むことが明らかになり、スーパーエンハンサーはこれら2種類の転写因子の結合を核として形成されることを突き止める。

そこで、GBMSox2、Sox9 結合部位を解析して、強い遺伝子発現を誘導出来る領域に存在する様々な転写因子結合モチーフを合わせたエンハンサーを4種類設計し、これがスーパーエンハンサーとして働くかGBMで調べ、全てがGBM特異的スーパーエンハンサー活性を持つことを確認している。極めて手作り感の強い大変な仕事だ。

この中からSSE7と名付けたスーパーエンハンサーシス領域を選び、Sox2、Sox9 の結合を試験管内で調べると、Sox2、 Sox9 が揃ったときに一つにまとまった大きな複合体を形成すること、そしてこのスーパーエンハンサーが最も未熟で増殖力の強いGBMのみで働き、Sox2、Sox9 を核として、MAPキナーゼ経路で活性化される様々なエンハンサーをリクルートして働く、文字通りスーパーエンハンサーである事を確認する。

後は、患者さんから切除したGBMを用いて、アデノ随伴ウイルスベクター (AAV) に組み込んでGBM特異的に遺伝子発現を誘導出来るか確認した後、細胞障害性遺伝子を用いてGBM治療に使えるか調べている。いろいろ試行を繰り返した後、最終的SSE7にCMVウイルスプロモータ、そしてガンを傷害するHSV-TK遺伝子、そしてガンの周りに免疫を誘導するための IL-12 をつないだ遺伝子をAAVに詰めて、脳に移植したGBMに直接注射している。結果は上々で、強い細胞障害性と、ガン周囲の免疫誘導が起こり、ほぼ全てのマウスでガンを消滅させることに成功している。

結果は以上で、スーパーエンハンサーを用いることで、ガン特異的に強い遺伝子を発現させ、しかも周りの細胞にはほとんど影響のない、治療の難しいGBMの治療が可能になっている。臨床にもかなり近い結果で、手作り感とともに感心した。

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4月10日 GLP-1受容体アゴニストの効果を予測する(4月8日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月10日
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3日前にGLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) の適用が、糖尿病や肥満治療を超えて拡大していることについてまとめたところだが、今日公開になった Nature におもしろい論文が掲載されていたので紹介する。

個人ゲノムサービスのさきがけとも言える 23&Me からの論文で、会員のゲノムと健康情報から、GLP-1RA の効果と副作用の個人差を説明しようとした研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic predictors of GLP1 receptor agonist weight loss and side effects (GLP-1RAの体重減少効果と副作用を予測する遺伝因子)」だ。

しかし、23&Me からの研究を目にするのは久しい。日本では個人ゲノム検査会社は総じてうまくいっていないように思えるが、この会社が今も頑張って Nature に論文をだしてくると言うのにまず感心した。このように消費者に根ざした会社は、独自の気づきがある。米国のように10%近い人が GLP-1RA を使うようになっている国では、効果と副作用の個人差は重要なテーマだが、研究論文では平均値のみが問題になりバリエーションになかなか注目しない

この研究では GLP-1RA を使用しているか会員に呼びかけ、使っていると答えた27894人について、基本は自己申告によるアンケート、そして電子カルテを利用させてくれる場合はその情報、そしてこの会社で行ったSNP解析をベースに体重減少効果を決める要因、そして最も多い副作用の嘔吐と吐き気の発生する要因を調べている。

このような会員自己申告型研究は、対象の設定やデータサンプリングが科学的でないとされることが多いが、少数ではあるが電子カルテにアクセスできた例で、ほぼ98%自己申告が信用できることを確認している。そして、GLP-1RA が最も体重減少効果を示すのが、2型糖尿病を持つ人で、年齢が高くなると効果が減じることを確認している。

次にGWAS解析で、ズバリGLP-1受容体のN末端に存在するシグナルペプチドに対応する rs10305420一塩基多型で、この部位がCと比べてTだとより体重が減ることがわかった。さらに、ヨーロッパ人にT型が多く、GLP-1RA がヨーロッパ人で効果が高いという結果と一致する。

次に、GLP-1RA の最も多い副作用、嘔吐と吐き気の発生と相関する多型を調べ、これもGLP-1受容体遺伝子近くの rs11760106 が嘔吐、rs9347296 が吐き気と強く相関することを突き止める。どちらの多型もエクソンではなく、調節領域の多型と考えられ、またこの相関はどの GLP-1RA を使っても同じように得られることから、脳神経に発現するGLP-1受容体の発現量が副作用の強さを決めている可能性が示された。

最もおもしろいのは、吐き気が出にくい多型 rs1800437 がGLP-受容体とGIP受容体の両方に効果があるデュアルアゴニストを用いた人のみ、G型で吐き気を防ぐ方向、C型で吐き気を高める方向が確認されている。この多型は354番アミノ酸のグルタミン酸とグルタミンの置換を伴い、グルタミンに変わると機能が低下することが知られている。またこれまでの研究で、GIPR刺激は GLP-1RA による吐き気を抑えることが知られていることから、この受容体の機能低下は吐き気を高めると考えられる。

最後にゲノムと他のリスクファクターを合わせることで、効果や副作用を一定程度予測可能である事を示している。

結果は以上で、示された平均値だけで判断するのではなく、遺伝子検査など個人に合わせた治療の重要性を示している。特に様々な薬剤が市場に出回っている GLP-1RA の薬選びには必要だと思う。我が国の個人遺伝子サービスは大きく発展しているとは言いがたいが、その原因の一つは平均値でいいと考える臨床家が、患者さんのためにそれ以上の努力をしないことにある気がする。

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4月9日 新しい動脈硬化治療薬の開発(4月9日Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2026年4月9日
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動脈硬化の治療は当時三共製薬の遠藤さんが開発した肝臓でのコレステロール合成に関わる酵素HMG-CoAを阻害するスタチンが現在も主流だ。私も服用しているが、コレステロールを下げると宣伝しているお茶などよりずっと安価に安全に使える。しかし、スタチンだけでは足りないと言うケースが存在することもわかっている。特に、動脈硬化が長く続いて血管内皮が痛んでいるケースでは、心臓発作のリスクを完全に抑えるための標的 LDL55-70mg/dl には到底スタチンだけでは到達できない(この 55mg/dl と言う目標は極めてリスクの高いグループについての目標で、一般的には糖尿病や高血圧を持つハイリスク群で 120mg/dl )。そのため、リポタンパク合成阻害剤、炎症阻害剤、HDL製剤、等々様々な標的に対する薬剤が開発されている。中でも、LDL受容体を分解するPSCK9を阻害する治療薬開発は各社競争で行っている。そして、治療のモダリティーは遺伝子治療から阻害薬まであらゆる可能性が追求されている。そこで、今日は最近目にとまった3編の、新しい動脈硬化治療についての論文を紹介する。

最初は Angiopoietin-like protein 3 (ANGPTL3) 遺伝子の発現を抑えるRNAi薬ゾダシランの小規模治験の結果で、4月7日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Zodasiran for cholesterol and triglyceride lowering in patients with hyperlipidemia: final report of phase 1 basket trial(コレステロールとトリグリセリドを低下させるゾダシランの高脂血症への効果:第一相バスケット治験のレポート)」だ。

ANGPTL3 はリパーゼの一部を阻害し血中脂肪の分解を抑制しており、細胞外に分泌されることから抗体薬エビナクマブが認可され、家族性の高コレステロール血症で使われている。ただ、一ヶ月に140万円かかるということと、より広い適用を目指して他のモダリティーの開発が進んでおり、例えば ANGPTL3 のペプチドを抗原としたワクチンの開発もその一つだ。

今日紹介するゾダシランはRNA干渉を使って ANGPTL3 の合成を阻害する治療薬で、皮下に自分で注射できるように設計されている。この研究では、ハイリスクでスタチンでは 70mg/dl 以下に制御できない高コレステロール血症、家族性だが片方の遺伝子のみ異常、そしてトリグリセリド 300mg/dl の患者さんに様々な容量のゾダシラン開始時及び4週目に1回注射し、その後16週まで様々な指標を調べている。

様々なデータが示されているが、全てのグループで16週まで ANGPTL3 の分泌をほぼ8割抑え続けることに成功し、その結果トリグリセリド、LDLを目標値まで下げるのに成功している。そして、副作用はほとんど現れない。以上の結果から、長期効果から考えて、さらに多くの患者さんに適用を拡大できるより安価な治療薬として開発が続けられると思う。

一方、ほとんどのモダリティーの治療薬が出そろっているのが PCSK9阻害剤で、モノクローナル抗体エボロクマブはスタチンで目標が達成できない患者さんの特効薬として利用されており、2週間に一回自分で投与でき、抗体薬にもかかわらず薬価は22,948円に抑えられている。

2番目のハーバード大学からの論文は治療として定着したエボロクマブの長期経過を調べた研究で、3月28日 JAMA にオンライン掲載された。タイトルは「Evolocumab to Reduce First Major Cardiovascular Events in Patients Without Known Significant Atherosclerosis and With Diabetes Results From the VESALIUS-CV Trial(エボロクマブは高度の動脈硬化のない糖尿病患者さんの重大な心臓イベントを防ぐ)だ。

対象は12257人の10年以上インシュリンを使っている患者さんで、これまで心臓発作などの既往がないグループで、スタチンを使ってもLDLが 90mg/dl を超えているグループだ。これまでの研究でエボロクマブはLDLは目標値に抑えることはわかっているが、長期に観察したときに、心筋梗塞など大きな心臓イベントの発生や、死亡率を抑えるかを調べるのがこの研究の目的になる。

最終的には1800人程度の患者さんの経過が調べられ、5年目で心臓死、心筋梗塞、脳卒中を合わせた3-P-MACEでみてオッズ比で0.69に抑えることができている。原因を問わない死亡率でもオッズ比を0.76まで下げられることから、まだ心臓発作などのイベント経験のない、しかし糖尿病の患者さんにはエボロクマブを使用した方がいいという結論になる。安いとは言え、一生使うことになるので、難しいところだろう。

さらに価格が下がるのかはわからないが、経口投与可能な PCSK9阻害環状ペプチド・エンリシチドがメルクから開発されており、次に紹介するテキサス・サウスウェスタン大学からの論文は1年にわたってその効果と副作用を確かめた治験で、2月5日 The New England Journal of Medicine に掲載されている。タイトルは「A Placebo-Controlled Trial of the Oral PCSK9 Inhibitor Enlicitide(経口投与可能なPCSK9阻害剤エンリシチドの偽薬対照治験)」だ。

経口薬と行っても環状ペプチドになると、エボロクマブより安価になるかはわからないが、注射が必要ないのは患者さんにとっては楽だ。この研究では無作為に1940人のエンリシチド群、969人の偽薬群に分け、一日20mgを経口で服用させ、52週目にLDLを抑え続けられるか調べている。

結果は上々で、1年にわたりLDLを治療前の50%以下に維持することが出来るという結果だ。そして、特に問題になるような副作用はなく、おそらくエボロクマブと同じ効果が期待できるという結論になる。

以上、新しい動脈硬化治療薬の開発は今後も続くと期待でき、価格競争のおかげで比較的安価に利用できるようになるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月8日 行動上の個人差が発生する起原(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2026年4月8日
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京都大学では医学部と理学部は大学の南西と北東に位置しているため、距離的には最も遠い学部だったが、学生時代講義や勉強会によく参加した。同級生の宮坂君と出席した動物学教室・村松先生が開催されていた免疫学の読書会で取り上げた Burnet の Self and Not-self は、その後の私の行く道を決めたと思う。他にも、3回生時代に受けた岡田節人先生の発生学講義にも影響を受けた。その岡田先生の講義で今も鮮明に覚えているのが、男性と女性の研究者を比べた時、男性ならもう諦めてしまうときに、もう一回と実験を繰り返せるのが女性研究者の特徴で、シュペーマンの共同研究者のマンゴルドの胚操作、あるいは胎児の神経管移植を行ったニコル・ルドワランを例として上げられていた。

今日紹介するパリPSL大学からの論文は、行動の個人差が生まれる際に性差が大きな影響を持っていることを示したおもしろい研究で、読みながら岡田先生の講義を思い出した。4月1日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「Dopaminergic mechanisms of dynamical social specialization(社会的特殊性の発生動態に関わるドーパミンのメカニズム)」だ。

この研究では、レバーを押すと餌が出てくる仕組みを50cm四方の生活空間に設定している。ただ、餌の出口とレバーは部屋の反対側にあるため、レバーを押した後餌の出口に移動することを学ぶ必要がある。この部屋に1匹だけマウスを入れると、すぐにレバーと餌の関係を学習する。おもしろいことにオスはレバーを押すとすぐに餌をあさる(Achiever行動)が、メスはレバーだけ押して餌はそのまま放置する(Storer行動)ことが多い。この時の背側被蓋ドーパミン神経興奮を調べるとAchiever行動ではレバーを押す時と餌にありつく時の両方で興奮が見られるが、Storer行動ではではレバーを押す時の反応は低い。即ちAchiver行動ではレバーを押す時、餌を食べる期待が条件付けられている。一方Storer行動では報酬にかかわらず試しているのがわかる。

以上は一匹だけの結果だが、メスだけ、あるいはオスだけ3匹づつ一緒に行動させる実験を行うと、メスでは共同生活でも変化はないが、オスの場合レバーを押して餌をとる Worker と、押さずに餌だけくすね Scrounger に別れる。そして、Scrounger では、自分でレバーを押すときにはドーパミン神経の興奮は起こらないが、他の個体のレバーを押す行為に反応する様になっている。すなわち、共同生活という状況で、たまたま他の個体がレバーを押すのに反応する様になると、レバーを押さずに餌を食べる Scrounger が生まれる。おもしろいことに、Storer行動の多いメスの場合、余計に他人の餌をくすねる Scrounger が生まれていいはずなのに、メスばかりの共同生活では Scrounger はほとんど現れない

以上をまとめると、レバーを押す行動が餌という報酬に強く条件付けられるかどうかは性差が関わっている。おそらくレバーを押すときに報酬を期待するドーパミン神経の興奮閾値の違いを反映するのだろう。そして、この条件付けが他人がレバーを押す行動に条件付けられると、特にオスに Scrounger が現れるということになる。

この状況を強化学習モデルによく利用される Q-learning model を用いてシミュレーションすると、

未知の可能性の探索 (exploration) と、現在ある報酬を利用 (exploitation) を決める閾値を変化させることで、Storer、 Worker、Scroungerの出現をシミュレーションできることを示している。

最後に、光遺伝学的に被蓋のドーパミン神経を興奮あるいは抑制させて、行動上の性差を変えられるか調べている。オス被蓋のドーパミン神経を一過性に興奮してから、他の個体と社会生活を送らせると、通常は発生しないStorerが発生してくる。一方、メスの被蓋ドーパミン神経を共同生活前に抑制すると、Worker や Scrounger が現れる。即ち、オスとメスの定常的なドーパミン神経興奮のレベルの違いが、レバーを押す行動を報酬への条件付けるのに必要なドーパミンのレベルを変化させるため、オスは報酬への条件付けが強くなるという結論だ。

以上が結果で、強化学習シミュレーションで行動予測を行い、その結果をマウスで再現するという意味でもおもしろい結果だ。ただ個人的には、岡田先生が話していた、男は結果にこだわりすぎて、もう一回実験をやってみることが出来ないということがなんとなく理解できた気がしたのが一番の収穫だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月7日 GLP-受容体アゴニストの適用の拡大(4月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2026年4月7日
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2025年のGLP-1受容体アゴニスト (GLP-1RA) の世界総売上は628億ドル(ほぼ10兆円)を超したと言われている。そして、糖尿病から肥満と拡大してきたGLP-1RAの適用をさらに拡大する研究が進んでいる。事実、動脈硬化性心疾患の予防に関してはGLP-1RAの効果を疑う人はいないと思う。私のような高齢者には、サルコペニアを誘導するのではという心配が示唆されていたが、最近の論文を読むと高齢者に使っても、十分な効果が得られるという論文も多い。これらは、体重減少や代謝改善と相関が強い分野だが、代謝にとどまらず認知症にも効果がある可能性すら議論されている。このような論文を次から次へと読んでいると、糖尿病の私も、治療としてGLP-1RAを使ってみようかと考え始めている。

そこで今日は、最近目にしたGLP-1RAの適用拡大を検討する論文を3編まとめて紹介することにした。最初は Novo Nordisk からの論文で脂肪肝から線維化が進んでいる患者さんへのGLP-1RAの効果を調べた研究で、4月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Semaglutide on liver fibrosis and heart outcomes in patients at high risk of liver fibrosis: a prespecified analysis of the SELECT randomized trial(肝臓線維化のハイリスクグループの肝臓の線維化と心臓イベントへの semaglutide の効果:SELECT無作為化試験の事前設定解析)」だ。

3編とも手短に紹介するが、この論文のキーは、最近バイオプシーなしに肝臓の線維化状態を予測できるFibrosis-4 (FIB-4) を用いいて、肥満に伴う代謝異常から脂肪肝、そして線維化へと進行していく過程を層別化し、線維化ハイリスクの患者さんへの semaglutide の効果を調べた点だ。

これまでの研究と同じで、肝臓の線維化のリスクが高い患者さんも、心臓発作などのイベントに見舞われる確率を強く抑えることができる。特に FIB-4 が2.67以上と、心臓の様々なイベントに見舞われるリスクが高い人ほど semaglutaide の効果が高い。

GLP-1RAは体重増加を抑え、炎症も抑えることが知られているので、インシュリン感受性等の代謝を改善し、自然炎症を抑えることが心臓イベントを防いでいることは間違いない。ただ、FIB-4検査の基礎となるいわゆる肝臓細胞由来の酵素、ALTやAST、そしてGGTなどが早期に改善することから考えると、肝臓の線維化を防ぐことも心臓イベントを防ぐのに大きく寄与しているのではと結論している。

最初の論文も、インシュリンやグルカゴンの分泌に関わる消化管ホルモンとして登場したGLP-1RAが、インシュリンの分泌誘導を超えた様々な作用を持つことを示す例だが、それをもっと明確にしたのが次のジョンズホプキンス大学からの論文で、β細胞が消失してインシュリン合成できず、血糖維持にインシュリン注射が必要な1型糖尿病患者さんでもGLP-1RAの効果が見られることを示した研究で、3月19日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Glucagon-like peptide-1 receptor agonists for major cardiovascular and kidney outcomes in type 1 diabetes(1型糖尿病患者の主要な心臓や腎臓疾患予後に関するGLP-1RAの効果)」だ。

1型糖尿病は小児期に始まるため、無作為化した治験でGLP-1RAの効果を調べるのは簡単でない。そこで電子カルテの情報をベースに、模擬無作為化試験を行い、GLP-1RAを投与された群と投与されなかった群で、主要な心臓イベントの発生と、腎不全の進行を5年にわたって調べている。

結果はドラマチックというわけではないが、心臓イベントや腎臓病の進行をGLP-1RAで抑えることができる。比率にして25%程度発症率が低下する。このように1型糖尿病患者さんで調べることで、インシュリン分泌誘導とは全く別にGLP-1RAが作用することがわかる。また、GLP-1RAを投与しても、低血糖発作が起こりやすくなることは全くなく、これもGLP-1RAの効果がインシュリンとは全く無関係である事を示している。しかしこの結果をベースに、1型糖尿病ではGLP-1RAを念のために処方するという話になるのか、悩ましい。

最後はエジンバラ大学を中心とする研究グループの論文で、GLP-1RAのうつ病、不安症、そして自殺など自傷行為に対する影響を調べた研究で Lancet Psychiatry 4月号に掲載された。タイトルは「Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study(スエーデンのうつ病及び不安症の患者さんでの、GLP-1RA使用と神経疾患悪化との関係:国内コホート研究)」だ。

GLP-1RAの適用の拡大を目の当たりにすると、どんな病気でもともかく使ってみようということになるのだろう。精神疾患についても効果を調べた論文が存在する。ただ、明確な結果は得られていない。この研究も通常の治験ではない。スエーデンの患者さんの電子カルテから、うつ病と不安神経症の患者さんを選び出し、その中から semaglutide をはじめとする様々なGLP-1RAを使用した患者さんと、使用しなかった患者さんの精神疾患の経過を詳しく調べている。もちろんGLP-1RAを使用した患者さんは、精神疾患に加えて糖尿病と診断されていることになる。そのため、他の様々な糖尿病薬も使われており、GLP-1RAの効果を正確に判断するには問題はある。ただそれを認めた上で、結果は面白い。

うつ病について見ると、全くGLP-1RAを使っていない患者さんに対して、Semaglutide、dulaglutide、Liraglutide の順で、うつ病の悪化を抑える作用が確認された。そして何よりも驚くのは、ヒトGLP-1との相同性が最も低いドクトカゲ由来の Exenatide では、他のGLP-1RAと比べて逆にうつ病が悪化する点だ。

不安神経症で見てみると、semaglutide が病気の悪化を防ぐ効果が最も大きく、次いで linaglutide が続くが、dulaglutide と exenatide は逆に悪化させる。ところが、自傷行為だけについてみると、全てのGLP-1RAはほぼ同じ程度に自傷行為を防ぐことがわかった。

さらに不思議なのは、他の糖尿病薬としてSGLT2阻害剤、及びDPP-4阻害剤のうつ病と不安神経症への効果をも調べているが、これらの糖尿病薬は症状を悪化させる方に働いている。

以上が結果で、この結果を説明するのは一筋縄ではいかない。そもそも、何故うつ病に semaglutide が最も効くのかを説明するためには、動物実験を含め多くの研究が必要だと思う。いずれにせよ、GLP-1RAと言っても、インシュリン分泌や体重への作用を切り離すと、これほど異なるのかと驚く。10兆円を売り上げるGLP-1RAも適用拡大だけでなく、まだまだ基礎的研究が必要だ。

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