政府の成長戦略の一つ先端医療分野でのAI推進方針を見ると、「我が国の強みとしての質の高いデータ」の活用に道を求めているように読める。医療や医学で本当に質の高いデータが我が国の強みとしてあるのかは個人的には疑問に思うが、そうだとしてもデータの質に AI 競争に勝ち残る強みを求めるようでは医学分野での AI 競争には勝てないだろうと思う。例えば創薬を考えてみると、標的分子を見つける過程、標的に対する薬剤設計過程、薬効や動態についての研究過程、そして治験の計画から評価まで、あらゆる分野で AI の役割が期待される。しかもそれぞれの分野で急速に新しいモデルが発展していることを考えると、AI 人材、必要に応じて新しいモデルを開発できる人材を数多く輩出することが重要で、現状を考えるとすぐに出る結果は諦めても、長期の腰を据えた取り組みが必要に思える。その意味で強化学習を取り入れたLLM、DeepSeekを開発した中国は、生命科学分野でも高いレベルの研究を数多く発表している。
今日紹介する精華大学と北京大学のグループからの論文は、標的分子の活性に関わる分子ポケットにはまる様々な分子を設計できる生成AIモデル PocketXMol の開発についての論文で、様々な創薬目的に一つのモデルで対応できる基盤モデル開発を目指している。タイトルは「Unified modeling of 3D molecular generation via atomic interactions with PocketXMol(PocketXMolを用いた原子間相互作用を介した3次元分子を生成できる統一モデル)」で、4月2日号のCellに発表された。。
ニューラルネットによる AI の進展は、ニューラルネット研究の本家である脳研究を大きく変化させているように思える。その典型とも言える、我々が見た物を思い出すときのイメージ形成が AI ニューラルネットでの畳み込みと同じプロセスを用いていることを示した論文が、Cedars-Sinai 医療センターから4月9日 Science に掲載された。タイトルは「A shared code for perceiving and imagining objects in human ventral temporal cortex(視覚対象を見たときと思い浮かべるときに、人の腹側側頭皮質で共通に使われるコード)」だ。
以上が結果で、説明がわかりにくかったかもしれないが、我々の脳の画像処理も、 AI ニューラルネットワークの画像処理も、同じアルゴリズムを使っているのではという話になる。そして、生成 AI が一つのプロンプトから新しい画像を生成するのと同じように、我々のVTCネットワークも潜在空間の中から確率論的にイメージを生成していることが示されている。即ち、画像を AI ニューラルネットで多次元空間の数値として表現して、それを個々の神経興奮と対応させるというアイデアで、脳と AI の画像処理を比べた点が研究のハイライトになる。
もし我々の脳も同じ生成モデルを使っているとすると、例えばプロンプトに対する我々と画家の反応を調べるのはおもしろそうだ。これまで言語処理については AI と脳の対比が行われてきたが、今後画像や音と言った様々な要素についての対比が進む予感がする。
当然、変異を正常化する遺伝子編集はタラセミアにとって最も期待される治療だが、βタラセミアを誘導する変異は400以上存在し、個別に治療法を開発することは簡単ではない。そこで、βHb遺伝子を活性化する代わりに、通常なら生後スイッチオフされる胎児型ヘモグロビンを活性化し直して、αHbと結合させ、機能を回復させるとともに、αHbの細胞毒性を抑える方法が開発された。胎児型γHbを抑える機構はよく研究されており、2つのγHb遺伝子の両方に存在するTGACCA配列にBCL11Aレプレッサーが結合することで起こる。この配列を CRISPR で欠損させると、胎児型ヘモグロビンが大人でも合成されることになる。胎児型は酸素と結合しやすいので組織での遊離が低下するため機能的には問題があるが、日常生活にほとんど支障がないことが知られている。以上の結果を受けて、BCL11A結合部位を遺伝子編集する試みが行われ、CRISPR/Cas9でこの部位に変異を導入した自己血液幹細胞を移植する治験が52人のタラセミア患者さんで行われ、91%で輸血が必要でなくなる回復が見られたことが、ローマ・サクロ・クオーレ・カトリック大学を中心としたグループにより2024年 The New England Journal of Medicine に発表された(Vol390, 18, 1666, 2024)。
今日紹介する中国・広西医科大学からの論文は、単純にCRISPR/Cas9でBCL11A部位を変異させるイタリアの方法を上回る遺伝子編集法の開発治験研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clinical application of base editing for treating β-thalassaemia(βタラセミアに対する塩基編集法の臨床応用)」だ。
親が発症した子供についてSTRと病気発症を追跡する研究は多く存在するが、病気とは無関係に、人間の集団内のSTRの数を調べた研究は珍しい。と言うのも、STRを調べるためにはコーディング領域の配列決定が必要だが、集団解析に用いられるのはほとんど short read と呼ばれる短い配列を読む方法が使われており、CAG等の繰り返し配列が100続くような長いSTRを正確に判定するのは難しい。この研究では一部のサンプルをさらにPCRで解析する検証も加えて、完全ではないものの、37遺伝子について高い確度でSTRの数を特定できることをまず明らかにしている。また、リピートの長さの分布から、各遺伝子のSTRの長い集団0.1%をPremutation、0.01%をpathogenicと分類している。
今日紹介するテキサス大学オースチン校からの論文はまさに私がチンパンジーを見に行ったウガンダ キバレの1グループを25年以上にわたって追跡し、一つの群れが殺し合う2つの群れへと変化する様を観察した研究で、4月9日Scienceに掲載された。タイトルは「Lethal conflict after group fission in wild chimpanzees(野生チンパンジーに見られたグループが分裂した後の殺し合い)」だ。
個人ゲノムサービスのさきがけとも言える 23&Me からの論文で、会員のゲノムと健康情報から、GLP-1RA の効果と副作用の個人差を説明しようとした研究で、4月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic predictors of GLP1 receptor agonist weight loss and side effects (GLP-1RAの体重減少効果と副作用を予測する遺伝因子)」だ。
最初は Angiopoietin-like protein 3 (ANGPTL3) 遺伝子の発現を抑えるRNAi薬ゾダシランの小規模治験の結果で、4月7日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Zodasiran for cholesterol and triglyceride lowering in patients with hyperlipidemia: final report of phase 1 basket trial(コレステロールとトリグリセリドを低下させるゾダシランの高脂血症への効果:第一相バスケット治験のレポート)」だ。
2番目のハーバード大学からの論文は治療として定着したエボロクマブの長期経過を調べた研究で、3月28日 JAMA にオンライン掲載された。タイトルは「Evolocumab to Reduce First Major Cardiovascular Events in Patients Without Known Significant Atherosclerosis and With Diabetes Results From the VESALIUS-CV Trial(エボロクマブは高度の動脈硬化のない糖尿病患者さんの重大な心臓イベントを防ぐ)だ。
さらに価格が下がるのかはわからないが、経口投与可能な PCSK9阻害環状ペプチド・エンリシチドがメルクから開発されており、次に紹介するテキサス・サウスウェスタン大学からの論文は1年にわたってその効果と副作用を確かめた治験で、2月5日 The New England Journal of Medicine に掲載されている。タイトルは「A Placebo-Controlled Trial of the Oral PCSK9 Inhibitor Enlicitide(経口投与可能なPCSK9阻害剤エンリシチドの偽薬対照治験)」だ。
京都大学では医学部と理学部は大学の南西と北東に位置しているため、距離的には最も遠い学部だったが、学生時代講義や勉強会によく参加した。同級生の宮坂君と出席した動物学教室・村松先生が開催されていた免疫学の読書会で取り上げた Burnet の Self and Not-self は、その後の私の行く道を決めたと思う。他にも、3回生時代に受けた岡田節人先生の発生学講義にも影響を受けた。その岡田先生の講義で今も鮮明に覚えているのが、男性と女性の研究者を比べた時、男性ならもう諦めてしまうときに、もう一回と実験を繰り返せるのが女性研究者の特徴で、シュペーマンの共同研究者のマンゴルドの胚操作、あるいは胎児の神経管移植を行ったニコル・ルドワランを例として上げられていた。
今日紹介するパリPSL大学からの論文は、行動の個人差が生まれる際に性差が大きな影響を持っていることを示したおもしろい研究で、読みながら岡田先生の講義を思い出した。4月1日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「Dopaminergic mechanisms of dynamical social specialization(社会的特殊性の発生動態に関わるドーパミンのメカニズム)」だ。
そこで今日は、最近目にしたGLP-1RAの適用拡大を検討する論文を3編まとめて紹介することにした。最初は Novo Nordisk からの論文で脂肪肝から線維化が進んでいる患者さんへのGLP-1RAの効果を調べた研究で、4月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Semaglutide on liver fibrosis and heart outcomes in patients at high risk of liver fibrosis: a prespecified analysis of the SELECT randomized trial(肝臓線維化のハイリスクグループの肝臓の線維化と心臓イベントへの semaglutide の効果:SELECT無作為化試験の事前設定解析)」だ。
最初の論文も、インシュリンやグルカゴンの分泌に関わる消化管ホルモンとして登場したGLP-1RAが、インシュリンの分泌誘導を超えた様々な作用を持つことを示す例だが、それをもっと明確にしたのが次のジョンズホプキンス大学からの論文で、β細胞が消失してインシュリン合成できず、血糖維持にインシュリン注射が必要な1型糖尿病患者さんでもGLP-1RAの効果が見られることを示した研究で、3月19日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Glucagon-like peptide-1 receptor agonists for major cardiovascular and kidney outcomes in type 1 diabetes(1型糖尿病患者の主要な心臓や腎臓疾患予後に関するGLP-1RAの効果)」だ。
最後はエジンバラ大学を中心とする研究グループの論文で、GLP-1RAのうつ病、不安症、そして自殺など自傷行為に対する影響を調べた研究で Lancet Psychiatry 4月号に掲載された。タイトルは「Association between GLP-1 receptor agonist use and worsening mental illness in people with depression and anxiety in Sweden: a national cohort study(スエーデンのうつ病及び不安症の患者さんでの、GLP-1RA使用と神経疾患悪化との関係:国内コホート研究)」だ。