5月29日:新しい抗インフルエンザ薬の開発(5月23日号Cell Reports掲載論文)
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5月29日:新しい抗インフルエンザ薬の開発(5月23日号Cell Reports掲載論文)

2017年5月29日
   抗インフルエンザ薬というと、タミフルやリレンザを思い浮かべるが、その効果はベッドに寝込む日数が1日減るぐらいで、タミフルが世界一処方されている我が国の人々が信じているような大きな効果は期待できない。すなわち、新しいメカニズムの抗インフルエンザ薬の開発は今も期待されている。
   今日紹介するテネシー大学からの論文はインフルエンザ感染による細胞の代謝促進を抑えてインフルエンザを増えなくする薬剤の開発で5月23日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Targeting metabolic reprogramming by influenza infection for therapeutic intervention(インフルエンザ感染による代謝リプログラミングを標的にした治療)」だ。
   この研究ではまず、インフルエンザ感染を併発した抗がん剤治療中の小児が受けたPET検査を再検討し、インフルエンザ感染により気管のグルコース取り込みが上昇していることを発見し、この詳しいメカニズムを培養上皮を用いて調べている。
   これまでどこまで研究が進んでいたのか私にはわからないが、上皮細胞にウイルスが感染すると、糖代謝、脂肪代謝、核酸代謝など多様な経路に関わる分子が上昇し、その結果乳酸合成、酸素消費、プロトン合成などエネルギー代謝が上昇していることを明らかにしている。これまでこのような変化は、自然免疫がウイルスにより活性化される結果と考えられていたが、この研究ではウイルス自体の細胞内での様々な活動が多様な代謝経路に依存しており、この要求に応える反応だと結論している。そして、ウイルスによりMycが活性化されることが、多様な代謝経路が活性化される一因になっていることを明らかにしている。
   この結果は、これまでのようにウイルス感染ではなく、細胞内のウイルス増殖に必要な代謝経路も抗ウイルス薬の候補になると考え、ウイルス感染した上皮の細胞死を防ぎ、ウイルス量を低下させる化合物を探索し、PI3K/mTOR経路の阻害剤として開発されていたBEZ235が強い活性を示すことを発見する。
次にBEZ235のメカニズムを探索し、ウイルス感染後におこる代謝の上昇を維持するためのPI3K依存性のブドウ糖やグルタミン供給が制限されることによりウイルス増殖が抑制されると結論している。
   最後に致死量のインフルエンザウイルスを感染させたマウスの生存と、肺のウイルス量を調べ、この薬剤により生存率の上昇、ウイルス量の低下が認められることを明らかにしている。
   ではこの薬剤が、抗ウイルス薬として広まるかどうかだが、すでに抗がん剤として治験が進んでおり、安全性などのデータがあるという点では期待できるだろう。従って、当面は抗がん剤治療の最中にインフルエンザに感染した患者さんや、かなり重症のインフルエンザ患者さんで治験が行われると思う。
   さらに、ウイルスが細胞寄生体であることを考えると、今後はインフルエンザだけでなく、様々なウイルス疾患をホストの細胞代謝を標的にして制御する試みが進められるだろう。
   本当に効果の有る抗ウイルス薬は現在最も必要とされる薬剤の一つだ。
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5月28日:自閉症の新しい治療可能性(Annals of clinical translation neurologyオンライン版掲載論文)

2017年5月28日
    自閉症は多くの遺伝子が関わるひとつの症候群で、私たちの性格が複雑なのと根は同じだ。現在の研究の焦点は当然神経結合や、神経細胞の増殖に向けられており、例えば自閉症の神経幹細胞が高い増殖能を持つという最近の論文などは、重要な進展だと思う。一方、原因は複雑でも共通の症状がある限り、全体に共通する異常も存在するはずだと考える研究も進んでいる。例えば腸内細菌叢が自閉症の症状に関わるという研究はその典型だが、細胞のストレスに対する防御反応がその背景にあるのではと考えて研究を続けてきたのがカリフォルニア州立大学サンディエゴ校のグループで、マウスモデルを用いて彼らの仮説の妥当性を示す結果を示し、新しい自閉症の治療につながるのではと期待されていた。
   今日紹介するのはこのグループがAnnals of clinical translation neurology オンライン版に発表した論文で、いよいよマウスを用いた前臨床研究成果を臨床治験に進めることができたことを宣言する論文だ。タイトルは「Low dose suramin in autism spectrum disorder: a small phase I/II, randomized clinical trial (自閉症に対するスラミンの低容量投与:小規模I/II相無作為化臨床治験)」だ。
   このグループは細胞がストレスにさらされると、ひとつの防御反応として細胞外へのプリン体の分泌が高まり、ストレス反応を持続させることに注目して研究を行っている。これまでの研究で、1)これと同じ代謝異常が自閉症で見られること、2)ATPを始めとするプリン体による神経刺激を抑えるとマウス自閉症モデルの症状が改善すること、を示し、自閉症の症状にはこのプリン体分泌上昇に伴う、神経興奮状態の変化が存在することを提唱してきた。
   細胞外に分泌されたプリンに対する神経反応を抑える薬剤スラミンを自閉症児に投与し、安全性と効果について調べたのが今回の研究だ。治験の規模は最小限で、DMS-5と呼ばれるマニュアルに従って診断された十人の自閉症児(4-17歳と多様)を無作為に五人ずつのグループに分け、片方にはスラミンの静脈注射、もう片方は生理食塩水のみを投与して、副作用、及び様々な神経機能のテストを行い、薬の効果を調べている。
   この研究の最も重要な目的はスラミンの安全性を確認することだ。スラミンはアフリカの眠り病の薬として使われているが、多くの副作用がある。ただ、今回の治験で使われる量はずっと少ないが、やはり副作用については細心の注意を払った検査が行われている。
   一回投与後に副作用としては、自覚症状はなく、自然に消失するものの、全例で発疹が観察されている。これ以外は対照群と比べて大きな変化はなく、治療に十分耐えられることが分かった。
   薬剤の血中濃度や代謝についても調べているが、詳細はいいだろう。細心の注意を払って最初の治験研究に望んでいる。
   肝心の結果だが、親から見ても言語能力や社会性が回復するのが実感されるらしい。自閉症の程度を測る最も信頼されるADOS検査で見ても、はっきりと改善が見られている。一方、生理食塩水投与では変化はない。
   以上のことから、スラミンは治療薬の重要な候補になったと思う。ただ、著者も強調しているが、自然に治るとはいえ、皮膚の発疹についてのより長期の観察が必要で、また本当の効果についても何年もかかる本試験を基に判断すべきで、この結果はほんの入り口にすぎないことだ。
しかし、著者らの意気込みから見て国際治験が始まると思うので、ぜひ我が国も参加して、この可能性の妥当性を確かめてほしいと期待する。
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5月27日:ヤギも木に登る(5月2日号Frontiers in Ecology and the environment掲載論文)

2017年5月27日
  まずここをクリックして、今日紹介するセビリアのスペイン高等科学研究院を中心とする研究グループが5月2日号のFrontiers in Ecology and Environment に発表した「Tree-climing goats disperse seeds during rumination(木に登るヤギは反芻中に種を吐き出す)」という論文を見てほしい(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/fee.1488/full)。
    オープンアクセスなので誰でも見ることができる。論文を開いて少しスクロールすると、皆さんは驚くべき光景を目にする。なんと7匹のヤギが高い木の枝の上に立っているではないか。この写真を見れば「何事が起こっているのか?」読み進むはずだ。
   少なくとも私はヤギが木に登るなど考えたこともなかったし、また見たこともなかった。しかし、緑の少ないモロッコの平原では、なんとほとんどのヤギが木に登って葉や木の実を食べるのが当たり前のようで、食事の74%は木の上で葉を漁っているようだ。ニホンカモシカが岩場をスイスイと歩くのを見れば、確かに木に登れてもおかしくない。また、メキシコやスペインでも低い木にヤギが登っているのは目撃されるようだ。しかし、8−10mもある高い木に登るのはアフリカだけのことらしい。
  この写真で一つ物知りにはなったが、この論文で「木登りヤギ」は読者の気を引くためだけに使われ、結局「ヤギが登っているアルガンノキの実がもっている大きな硬い種はヤギによってどう処理されるのか?」がこの研究の主題になる。
   観察から、硬い種は便と一緒に排出されるのではなく、反芻中に口から吐き出されるという可能性を着想する。そこで、スペインで家畜として買われているヤギに様々な大きさの種を持つ果実を食べさせ、アルガンノキのような大きな種は30−45%が口から吐き出されること、また吐き出された種の7割がまだ生きていることを示している。
   これらの結果から、放牧型のヤギをもっと積極的に活用すれば、アルガンノキのような有用植物の繁殖に活用できることを示している。
   結局木に登るヤギで目を引きつけた後は、一転他のヤギで話を進めており、結論を読んでそれに気づくという、羊頭狗肉(この羊はヤギと読んでほしい)の典型論文だが、ヤギが高い木に登ることと、反芻中に種だけ吐き出すことを知って、ちょっと物知りにはなった。
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5月26日:更年期肥満の新しい治療戦略 (Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月26日
    卵胞刺激ホルモン(FSH)は脳下垂体で合成され、卵巣内で卵子を成熟させる役割があり、生殖にとって重要なホルモンだ。もちろん女性だけではない。男性の精子形成にも重要な機能を担っている。一方FSH分泌は成熟卵胞から分泌されるインヒビンで抑制されているので、閉経による卵胞成熟サイクルがなくなると上昇する。従って、更年期障害に寄与する可能性はあるが、更年期障害にはエストロジェン補充療法もっぱら用いられ、FSH上昇が見られたとしても、卵胞自体の活性が落ちているため更年期障害にはほとんど寄与しないと考えられてきた。
   今日紹介する米国・マウントサイナイ病院からの論文は、FSHが更年期に起こる肥満に関わっていないかは調べてみないとわからないと問い直した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Blocking FSH induces thermogenic adipose tissue and reduces body fat (FSH阻害は脂肪組織の熱発生を誘導し体脂肪を低下させる)」だ。
   要するにこの研究では、卵胞以外にもFSHの標的が存在し、閉経前後にFSHが上昇し始めると、この経路が悪さをするのではと考えた。事実この考えは、すでに骨粗鬆症で確認されている。この研究ではもう一つの問題、更年期による肥満に焦点を絞ってアプローチしている。この目的のためFSH機能を阻害する抗体を作成しマウスに投与すると、期待どおりオスメスともに体脂肪を抑えることができる。この効果が抗体がFSHを抑制する結果であることを確認するため、FSH受容体遺伝子が片方の染色体で欠損したマウスを調べると、同じように体脂肪が低下しており、FSHが確かに脂肪組織の維持に関わっていることがわかった。
   閉経期の女性に対する効果を調べるため、次に卵巣摘出したマウスの肥満を抗体で抑えられるか調べ、骨髄中の脂肪を除くほとんどの脂肪組織の量が低下することを明らかにした。
   さてこのメカニズムだが、FSHは卵胞刺激に関わるシグナルとは異なり、Giタンパク質を介して脂肪組織を刺激し、uncouplerと呼ばれる脂肪代謝の鍵になる分子を抑制しており、FSHの作用を阻害すると、その結果Uncoupler1分子が強く発現し、脂肪が燃える方向にシフトし、白色脂肪組織が褐色化して、最終的に脂肪組織が減ることを明らかにしている。
   まとめると、FSHは卵胞だけでなく、もともと脂肪代謝に関わるホルモンとしての役割があり、閉経により血中濃度が上昇することで、脂肪細胞など繊維芽細胞系に作用して、脂肪を蓄える方向に作用する。従って、この経路を断ち切ると、運動しなくとも脂肪が燃え、体脂肪は低下するという理想的な話だ。
   では脂肪を燃やすために、高い金を払って抗体治療を受けるかどうかで、個人的感触では少なくとも保健医療としての使用は強く制限されるように思う。しかし、シグナル自体はよくわかっていることから、今後化合物の研究が進んで FSH機能阻害薬が生まれれば、大ヒットになるかもしれない。いずれにせよ、抗体を用いた長期間の研究、特に副作用についての研究が必要だ。論文を読むと、すでに人型モノクローナル抗体ができているようで、著者らはやる気満々と見受けた。
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5月25日:PD-L1は鎮痛剤?(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年5月25日
    PD-1とそのリガンドPD-L1は、一般の方にも最も知られた分子と言っていいのではないだろうか。免疫システムの暴走を止めるために備わった免疫抑制メカニズムをあえて阻害して、免疫を暴走させることでガンを治してしまおうという治療だが、一部の患者さんでこれが大きな効果が見られることが証明された。その結果抗PD-1に対する抗体オプジーボは発売前からメディアを賑わせてきた。
   今日紹介するノースカロライナ大学と中国・南通大学からの論文は、この免疫の暴走を抑えるシステムが、痛みを抑える作用もあることを示す論文でNature Neuroscienceのオンライン版に掲載された。タイトルは「PD-L1 inhibits acute and chronic pain by suppressing nociceptive neuron activity via PD-1(PD-L1はPD−1を介して痛覚ニューロンを抑制し急性・慢性の痛みを抑える)」だ。
   免疫調節のためのシステムがそのまま神経系に発現し、痛みを和らげているというタイトルを見て誰もが我が目を疑うはずだ。どうしてこんな可能性を追求しようとしたのか理解できない。ひょっとしてオプジーボの副作用に痛みが増強されるという話があるのかと調べてみたが、副作用のほぼ全てが免疫の暴走に起因しており、痛みについての特別な記述はない。要するに理屈も何もなくふっと思いついてやってみたといった様子だ。
   動機は不明でも結果オーライならそれでいい。著者らはフォルマリンを皮下に注射して起こる痛みをPD-L1注射が抑えるかという実験を行い、刺激後1時間ぐらいに現れる痛みを強く抑えることを発見した。次に、外から注射したPD-L1だけでなく、体内で発現しているPD-L1も鎮痛作用があるかどうか確かめるため、PD1ノックアウトマウスを用いて痛みへの感受性を調べる実験を行い、確かに感受性が高まっていることも確認している。
  もともとPD-L1は様々ながん細胞で発現しており、免疫システムに限ることはないが、それが鎮痛作用を持つなら、その受容体PD1は神経細胞に発現する必要がある。驚くことに、後根神経節の感覚神経がPD1を発現しているだけでなく、多くの神経組織ではPD-L1も中程度に発現している。また、人間の後根神経節にも同じ様にPD1が発現している。すなわち、鎮痛機能もPD-L1/PD1の生理的な機能だということになる。
   生理学的に後根神経節細胞のPD1を刺激すると、リンパ球と同じでSHP1と呼ばれる脱リン酸化酵素が活性化され、これによりカリウムチャンネルの機能が低下することで、神経興奮が収まり、鎮痛作用が出ることを示している。
   にわかに信じがたい論文だが、鎮痛作用についての実験自体は単純な方法で、すぐ追試できるので、本当かどうかはすぐわかるだろう。いずれにせよ、なんでもやってみないとわからないという典型の論文だ。
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5月24日:ヒノキチオールによる鉄輸送(5月12日号Science掲載論文)

2017年5月24日
   遺伝子の機能が失われる突然変異による病気は、遺伝子治療しか方法がない様に思ってしまうが、分子の機能と生理学について理解できると、意外な解決策が見える場合がある。今日紹介するイリノイ大学からの論文はその典型で、鉄を生体膜を通して輸送するとき働いているトランスポータータンパク質が完全に欠損しても鉄輸送が可能であることを示した研究で、5月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Restored iron transport by a small molecule promotes absorption and hemoglobinization in animal(低分子化合物による鉄輸送の回復により動物の鉄吸収とヘモグロビン合成を促進できる)」だ。
   鉄は細胞外から細胞内、細胞内から細胞外、あるいはミトコンドリア膜の外から内へ、と様々動きを見せる重要な金属イオンで、この輸送には様々な分子が関わっているが、これら分子に変異が起こると、鉄欠乏症で様々な異常が起こる。一番よく知られた異常は鉄欠乏性の貧血だ。
   この研究では、輸送が滞ると、トランスポーターの前後で鉄イオンの濃度差が大きくなるはずで、鉄と結合し細胞膜を自由に通過する化合物が見つかれば、トランスポーターがなくとも勾配を利用して鉄を細胞内外に輸送できるはずだと考えた。
   この可能性を確かめるため、細胞外の鉄を吸収するときに使う分子コンプレックスが欠損した酵母を用いて、鉄の吸収を可能にする低分子化合物を探索している。この結果、なんと戦前に台湾の大学で研究していた野副博士によって発見されたヒノキチオールが鉄の吸収を完全に回復させることを突き止めた。
  構造解析の結果、鉄にヒノキチオール3分子が結合し、そのまま細胞膜を通過することが明らかになった。そこで、哺乳動物の鉄吸収に関わるDMT1分子が欠損した上皮細胞での鉄吸収をヒノキチオールが回復させることを確認している。また、DMT1欠損赤芽球細胞株を用いて、鉄吸収が回復するとヘモグロビン合成も正常化することを示している。
   驚くのは、ヒノキチオールの作用が細胞外から細胞内への吸収だけでなく、例えば細胞内から細胞外への鉄輸送に関わるFPN1分子や、ミトコンドリア内への鉄輸送に関わるMfrn1分子の欠損も、ヒノキチオールで代償できることがわかっている。すなわち、トランスポーターが壊れ、鉄イオンの渋滞が存在するところでは、ヒノキチオールが交通整理をしてくれるというわけだ。
   最後に、DMT1欠損ラット、あるいはFPN1欠損マウスを用い、鉄の輸送を調べると、ヒノキチオールで鉄吸収がほぼ正常化することを確認している。また遺伝子発現を低下させる実験が容易なゼブラフィッシュの発生過程を用いて様々な鉄輸送分子のノックダウンを行い、その結果起こるヘモグロビン合成異常をヒノキチオールが正常化できることを示している。ヒノキチオールはほとんど毒性がなく、またこの作用は鉄分子の渋滞があるときだけ見られるので、臨床にも使いやすいだろう。
   鉄だけでなく、様々な分子の輸送が異常になる病気は多い。ストーレージ病と呼ばれる病気も、同じ様な発想で治療が可能になると素晴らしいのではと期待する。
   最後にヒノキチオールのことを調べていて、これを発見した野副博士の名前が鉄男であることが分かった。わたしも科学者だが、それでも不思議な因縁を感じる。
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5月23日:クロマチン構造維持に関わるCTCFの役割(5月18日号Cell掲載論文)

2017年5月23日
21世紀に入って急速に進展した分野が染色体構造の構造解読研究だろう。2mにも及ぶDNAが小さな核の中に折りたたまれ、折りたたむ方向と核内の位置が決められ、さらにそのパターンが細胞分裂のたびに再現されることは驚き以外の何物でもない。このゲノム構造化の鍵を担うのが、CTCFとコヒーシンだが、あまりに当然すぎて、この分子が急に欠損したらどうなるなどあまり考えたことがなかった。
   今日紹介する米国サンフランシスコ・グラッドストーン研究所からの論文はCTCFが消えたらクロマチンはどうなるのかという極めて素朴な疑問にチャレンジした研究で5月18日号Cellに掲載された。タイトルは「Targeted degradation of CTCF decouples local insulation of chromosome domains from genomic compartmentalization(CTCFの分解は染色体ドメインのインシュレーションをゲノムのコンパートメント化から切り離す)」だ。
   もちろんこれまでもCTCFの翻訳を様々な方法でoffにする試みは行われてきた。しかし、いったん翻訳されたCTCFは残存し、たんぱく質の除去の程度は限界があった。これに対し、この研究では植物ホルモン・オーキシンによってAID領域を持つタンパク質を分解するシステムを用いて、細胞に存在するCTCFを完全に分解してしまう方法を使っている。方法自体は私が現役の時に我が国で開発された方法で、動物細胞にはシステムそのものがないので、ES細胞のCTCFをAIDで標識したCTCFに置き換え、加えてオーキシンに反応するTir1分子を加えることで特定のタンパクを細胞内で任意の時点に分解することができる。
   CTCFが分解したら細胞はすぐ死ぬのではと思って読み始めたが、オーキシン添加により増殖速度は低下するものの、2日間ぐらいはほとんどの細胞が生き残り、増殖する。これにより、CTCFの機能をかなり正確に調べることが可能になっている。
   結果だが、CTCFがなくても生き残るのは、on/offを決める大きな染色体構造自体はCTCFが除去されても維持されることが明らかになっている。また、ヒストンのメチル化による染色体の広い範囲にわたるクロマチン凝縮もCTCFなしに維持できる。最初、いったん構造ができると、かすがいが外れても、構造は維持されるのかと思ったが、オーキシン添加後2日だと、細胞はすでに細胞周期を終えており、クロマチンの再構成自体が可能であることを示している。一方、TADとよばれるゲノム領域内に転写活性を止めておくインシュレーター機能は完全に破壊されている。
   他にも様々な検討を行っているが、これらの結果からコヒーシンを中心とする複合体がゲノムに結合してゲノムのルーピングを進めるが、その時CTCFはこの複合体をそれ以上進めないで止める働きがあることが明らかになった。
   この結果、では転写では何が起こるかも調べており、半分の遺伝子の転写が抑制され、半分が上昇する。この検討から、CTCFが確かにエンハンサーの作用範囲を制限していることがわかるが、TAD境界が失われた状態での変化は極めてランダムで、説明自体は難しいと思う。
   今後、コヒーシンをロードするたんぱく質など同じ様な方法で分解する実験を組み合わせることで、CTCFとコヒーシンの役割がさらに明らかになるだろう。
   これまでなんとなく頭の中でわかったつもりになっていても、最も確実な方法で実験を行うことが重要だと納得した。
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5月22日:痛みをめぐる医者と患者の深い溝(Jounal of Applied Biobehavoral Researchオンライン版特集号を読んで)

2017年5月22日
   医師になりたての頃一番困ったのは、原因がはっきりしない痛みや疲れを訴える患者さんだ。最初患者さんの訴えに合わせて詳しく調べようとすると「いくらかかると思うの?」と先輩から諭された。特に痛みになると、個人差が大きい。当時は鎮痛剤も多くなく、また痛みに対する麻薬の使用も厳しく制限されていたため、「考えすぎ、他の人は我慢できている」などと真正面から取り組むことはなかった。
   その後、多くの鎮痛剤が開発され、また麻薬の使用の制限が緩んでくると、今度は患者さんのリクエストに答えすぎておこる麻薬の過剰使用が問題になっている。
   医学部で様々な病気について学び始めると、深刻な病気の症状が自分にも当てはまるのではと心配する病気恐怖症になる学生がいる。私自身も、多かれ少なかれその傾向はあったが、実際に診療に携わり、病気の頻度を実感すると、そう簡単に病気にならないこともわかってきて、病気恐怖症は消える。この様に、医者は平均値で考えるため、患者さんからみると私の痛みが理解してもらえないと常に不満の原因になることが多い。
   私は医者をやめて長いので現状を知らないが、医師から見て大げさではないかと思える痛みを訴える患者さんにどう向き合えばいいのか、それほど研究は進んでいないのではと思う。
   ところが先週Journal of Applied Biobehavoral Researchの「Pain Catastrophizing」特集に目が止まった。
   Pain Catastrophizingという言葉に出会ったのは初めてだが、なんとなく痛みを大げさに訴えることかなと見ただけでわかる。読み進めると予想通り、「実際の症状から予想されるより大げさな痛みを訴えるネガティブな気持ち」のことで、2000年以降、特に麻薬の過剰使用の問題の一環として痛み領域では注目を集めている分野になっている様だ。
この特集はイントロダクションとPain Catastrophizingについての歴史的検討に続いて、
1) Catastrophizingのレベルを客観的に調べることが、特に麻薬の過剰使用との関係で重要であることを示した論文、
2) 工場で働く人の誰もが背中の痛みを経験するが、これがcatastrophizingされることで多くの損失につながることから、catastrophizing自体を症状として真剣に取り組むことの重要性を示した論文、
3) 労働時の事故からの回復過程で、catastrophizingの傾向が大きな影響を持つこと、catastrophizing傾向の治療が実際に職場復帰を高めることを示す論文、
4) catastrophizing傾向の検査により、女性の生理痛の程度を予測できること。また、これにより夫の精神状態も大きく影響を受けることを示した論文、
5) カプサイシンクリーム塗布に対する痛み反応が二次痛覚過敏症とともにcatastrophizing傾向と相関することを示した論文、
など、医師の診立てと患者の評価が食い違うことが問題になる多くの状況をカバーするいい特集だと思う。
   いずれの論文も結論は、catastrophizingを一つの症状として、痛みとは切り離して治療することの重要性を強調している。
医師の側から見るとこの結論は、痛みなど主観的症状を器質的原因だけでなく、患者の心にまで広げて治療する忍耐強さが求められる。
   しかし最も高いハードルは、患者さん自らが自分の症状の一部が「気から」来ていることを認める必要がある点だ。これが可能になるためには、これまでとは全く異なる医者と患者の関係が必要になる。
   この特集の最初の論文「Pain catastrophizing: A historical perspective(大げさな痛みの訴え:歴史的視点)」では、catastrophizingの最大の特徴が、痛みのことを考えすぎて、この結果必ず大変なことが起こるのに、誰も助けてくれないと絶望することと規定した上で、
1) 痛みを大げさに訴えることで、恐怖から逃れようとする気持ち、
2) 病気の症状は必ず治るはずだと、徹底的に根治を求める気持ち、
3) 他人の注意を引き付けたいという気持ち、
など、精神的背景が科学的に考察される様になった歴史を説明している。そして、この問題についての科学的な論文が多く発表される様になり、またゲノム研究も進んできて、catastrophizing傾向の精神的背景が理解され、この傾向を早期診断することで、この問題の解決に近づいていることを強調している。
   この問題を医者患者が一緒になって考えることで、医師と患者の新しい関係が生まれる予感がする。
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5月21日:睡眠の神経回路の細分化(5月18日号Nature掲載論文)

2017年5月21日
    睡眠の神経回路研究は、光遺伝学によりもっとも進展した領域の一つではないだろうか。これまでこのHPでも何回か紹介してきたが、普通に行動しているマウスをレーザー刺激で起こしたり、眠らせたりする方法は極めて強力で、研究が定性的なレベルから、極めて詳細なレベルへと進んできている印象がある。なかでもカリフォルニア州立大学バークレイ校のグループは論文ウォッチャーとして論文を眺めているだけでもアクティブなのがよくわかる。
   今日紹介する論文もこのグループからの論文で睡眠誘導に関わる神経回路が発現する睡眠誘導メディエーターと光遺伝学をつないで、睡眠研究をより新しい段階へ高めようとする試みで5月18日号のNatureに掲載された。タイトルは「Identification of preoptic sleep neurons using retrograde labeling and gene profiling(視索前野の睡眠神経を逆行標識法と遺伝子プロファイルで特定する)」だ。
   タイトルからわかる様に、この研究では睡眠の生理学を突き詰めるというより、その前段階の必要なツールを揃えることに焦点が置かれている。これまでの研究で睡眠に関わる領域は数多く特定され、そこに存在するGABA作動性の神経細胞が睡眠誘導に関わることが明らかになっている。この研究は、睡眠誘導に関わることがはっきりしている、視索前野(POA)から視床下部後方にある結節乳頭核(TMN)へ投射するGABA作動性神経細胞に焦点を絞って、この神経細胞を、睡眠を誘導することがわかっているペプチドホルモンと相関させるのが目的だ。
   POAの神経の中からTMNへ投射している神経だけを操作するため、この研究ではまず神経細胞の軸索を通って逆行性に神経をラベルできるベクターを用いて遺伝子をGABA作動性神経だけに発現させるという方法を用いて、光遺伝学的にスイッチを入れたり切ったりできる様にしている。
   POAのGABA作動性神経の全てを興奮させる実験では、マウスは覚醒してしまうことから、様々な機能を持ったGABA作動性ニューロンがPOAに存在することがわかっているが、TMNへ投射する神経だけに焦点を当てると、刺激により睡眠が誘導され、抑制により覚醒することが確認され、この回路を睡眠調節の入り口に使えることが明らかになった。
   詳細は省くが、次にPOAの中でTMNへ投射する神経細胞が発現する神経ペプチドを探索し、コルチコトロピン遊離ホルモン、コレシストキニン、タキキニン、麻薬様ペプチドがこの神経細胞に様々な割合で発現していることを突き止める。重要なのは、これら神経ペプチドが全て睡眠作用があることで、睡眠誘導回路とメディエーターをリンクさせるのに成功している。
   それぞれのペプチドをコードする遺伝子にチャンネルロドプシンを発現させる実験で、どのペプチドを発現する回路でも睡眠を誘導できるが、最初の2つのペプチドの場合はノンレム、レム両方の睡眠が上昇するが、タキキニン発現神経の刺激ではノンレム睡眠が選択的に上昇することから、同じ回路に存在する神経も細かく分化していて、異なる役割があることが明らかになった。
   話はこれだけで、今後こうして細分することができた神経経路を操作して睡眠という複雑な現象が一つづつ解明されるのだろう。
   この様な論文を読むと、免疫学や血液学が細胞表面抗原に対する抗体を組み合わせることで細胞を細分して機能と対応させた方向が、神経でも進んでいることがよくわかる。問題は、これにより詳細が明らかになる一方、研究内容が専門外にはどんどん分かりにくくなることで、さらに細分化が進むと私の頭がどこまでついていけるのか少し心配になる。
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5月20日:知性と宗教心(5月16日号Evolutionaly Psychological Scienc載論文)

2017年5月20日
  フランスの大統領選挙は我が国でも注目されたが、いつもうらやましく思うのはフランスが続けている完全な政教分離政策だ。これは教育から宗教を完全に排除することから始められたが、一連の動きを推し進めたのがのちに首相になるジュール・フェリー教育相だ。これを実現するためカソリック系の小学校に軍隊を差し向けて教壇にある十字架を外したと読んだことがある。だからこそ、教師が宗教と思想の自由を理由にブルカをまとうのは許されない。
   首相や議員が、まだ成熟していない幼稚園児が教育勅語や様々なスローガンを叫んでいるのを見て感激し、宗教政党ですらそれを不思議ともおもわず支持している我が国と比べると、知性の違いを感じざるを得ないが、今日紹介する論文を読んでいて私の感覚の方がこの国ではおかしいのだろうと納得した。
   今日紹介するのはロンドン・アルスター社会学研究所からの論文で宗教と知性の問題について述べた一つの意見だが、「Why is intelligence negatively associated with religiousness?(なぜ知性は宗教心と逆相関するのか?)」というタイトルを見ただけで読んでしまった。論文はEvolutionary Psychological Science5月16日号に掲載されている。
   ジュール・フェリーが知っていたのかどうかわからないが、おそらく宗教は知性と対立するという強い信念がないと、あそこまで強い政策を取ることはできないだろう。この論文は、ギリシャのユーリピデスの言葉「誰かが天に神がいると言っているなら、実際は神などいない。古い逸話で語りかけるどんなバカにも騙されてはならない」から始めているが、宗教が知性と対立するという考えはヨーロッパでは根強く続いてきたようだ。1920年以降になると宗教心とIQが反比例するという科学的調査が数多く出版される。この論文の目的は、なぜこの様な現象が見られるのか考察することだ。
  論文と言っても一種の意見で、日系アメリカ人心理学者サトシ・カナザワさんの「サバンナーIQ相互作用説」を少し改変したIntelligence-Mismatch association modelがもっともこの現象を説明できると結論している。このカナザワ説では、人間がサバンナから離れるとき、知性とそれによる新しいものを求める性質が進化に直結する形質として確立する。この結果、以前より新しい行動を取ることがIQと相関する様になる。宗教も最初はIQの高い変わり者の形質として始まるが、これが当たり前になると、IQの高い変わり者は無神論的になるという結論だ(カナザワさんの本は早速購入した)。著者らはこれに基づき、社会も人間もこの集団の中で知性のミスマッチが生じることで多様性を高める方向で進化が進み、その結果として現在宗教心とIQが逆相関していると提案している。
   宗教を進化論的に考えるのは当たり前と思っている私にとってはなるほどで終わってしまう論文で、詳しく紹介することは避けるが、この論文で引用されている社会学的調査が面白いのでそれを紹介して終わる。
1) 宗教心とIQを含む様々な方法で測定した知性が逆相関することは多くの調査で示されている。
2) ロシアの様な社会主義国では無神論者のIQは圧倒的に国民平均レベルを凌駕している。
3) 米国では、原理主義的キリスト教信者は一般的に知性が低い。
4) 科学者には宗教信者は少なく、例えば英国科学協会では20年前でもすでに宗教を信じているメンバーは3.3%に過ぎなかった。
5) この傾向に対して、科学を専攻する大学生は人文系の大学生より宗教心が高いことが報告されている。すなわち大学生段階ではIQと宗教心は相関がない。しかし、ポスドクや大学教員になるとこれは逆転し、科学専攻の方が人文系の研究者より宗教心がなく、またIQが高い。
6) 韓国だけはIQと宗教心が相関するが、IQの高い順序は、プロテスタント、カソリック、仏教と続く。(韓国は政教分離が明確な国だと思うが、その意味で我が国との比較は面白い様に思う。残念ながら我が国での研究は引用されておらず、調べてみたいところだ。)
7) コンピュータモデルの計算では、民族主義的思想が最終的にた民族主義を凌駕する。
などなどだ。すべてオリジナルな論文があり、ぜひ目を通してみたいと思う。

  ただ、この社会学的結果を眺めていると、我が国の政府や議会を担う人たちは宗教側に偏っており、フランスでは逆になっていることがわかる。科学的に調べれば調べるほど、この民主主義化が抱える問題の出口は見つかりそうもない。
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