9月4日 あくびがうつる現象の脳科学(9月11号Current Biology掲載論文)
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9月4日 あくびがうつる現象の脳科学(9月11号Current Biology掲載論文)

2017年9月4日
毎日発表される論文を眺めていても飽きないのは、重要な発見や新しい考えに出会うだけでなく、馬鹿げて研究の対象になどなりえないと思うようなことが結構真面目に研究され、論文になっていることを知り、ホッとすることができる点だ。
例えばシマウマのシマができた理由を研究した論文は、2014から約2年間になんと3編も論文が出ていたのに驚いた。しかし一見トリビアのように見える論文にも、本当は深刻な問題がある場合もある。例えば以前「スパイスの効いた食事と死亡率」という論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/3931)、これが中国四川省からの論文だと知ると、その土地の人たちには極めて重要な研究であることがわかる(結論は酒を飲まずスパイシーな食事をしている人ほど死亡率は下がるという結果)。

今日紹介する英国・ノッチンガム大学からの論文もそんな研究の一つで、「また面白いタイトルで人を引きつけて」と読み始め、「あくびの研究は重要だ」と真面目に読み終わることになった。タイトルは「A neural basis for contagious yawning(あくびがうつる神経的基盤の一つ)」で、9月11日号のCurrent Biologyに掲載された。

確かに誰かがあくびを始めると、あくびが広がるという現象は誰もが経験している。個人的には、前の日に飲みすぎたり、話に飽きたり、部屋の炭酸ガス濃度が上がるからではと単純に考えていたが、この現象が真面目に研究されてきたことが論文を読むとよくわかる。

これまでの研究で最も有力な説は、ミラーニューロン仮説だ。

ミラーニューロンは、サルがエサを取る行動時に活動する神経を調べていたイタリアの研究者が、サル自身がエサを取るときだけでなく、たまたまサルが実験に関わる研究をしていた研究者が同じエサを掴んだのを見たサルの脳でも同じように興奮する神経があることに気づいて発見された細胞だ。

要するに、他の個体の行動を自分の行動に映すのに関わる神経細胞だ。この説では、あくびがうつるのは、ミラーニューロンが興奮して行動を真似ようとすることが原因になる。実際、あくびがうつるのは人間以外の動物でも見られる。しかし、MRIを用いた研究では、人間のミラーニューロンがあくびで興奮する証拠はなく、また個人差が大きいことから、ミラーニューロン仮説の可能性は低い。

もう一つの仮説が、他人のあくびが私たちの本能を刺激して、相手を真似る行動を誘発するという仮説がある。実際、生後すぐの赤ちゃんでは、あくびも含めて他人の真似をする回数が多いが、3歳児をすぎるとただ身振りを真似る行動はなくなる。この本能の名残があくびがうつる現象として大人になっても残っているという考えだ。

この研究では、あくびのうつりやすさが、あくびを見ることで起こる刺激に対する運動野の感受性を反映している可能性を調べている。この論文のタイトルはあくびがうつる神経基盤についての研究になっているが、実際にはあくびのうつりやすさの個人差についての研究といったほうがいい。

実験では実験に参加したボランティアにテレビであくびのビデオを見せ、被検者にあくびがうつるか観察すると同時に、被検者が自覚的にあくびをしたいと感じる程度を刻々とレバー操作で報告させる。次に、同じ実験をあくびをこらえるように命令をしたあと繰り返す。最後にこの一連の実験を、運動野を頭の外から磁場で刺激して運動野の感受性を低下させた条件で繰り返し、運動野の感受性があくびのうつりやすさに関わるかを調べている。

結果だが、
1) まずあくびはビデオで見ても確かにうつる、
2) あくびをするなと言われると、なんとか押し殺すことができるが、外から見ても抑えたあくびが出ているのがわかる。これをカウントすると、あくびをするなと命令してもあくびの数は減らない。すなわち本能的な行動だ。
3) あくびをするなと命令されると、自覚的には余計にあくびをしたくなる。
4) 運動野を磁場で刺激すると、あくびが強く抑えられる。
とまとめられる。

あくびをするなと命令する実験から、あくびがうつるのは自分の意思ではどうにもならない、本能的な行動であること、そしてうつりやすさの個人差は、運動野の刺激感受性が大きく関わるという結論になる。

最初は興味本位で読み始めたが、最後は結構シリアスな研究だということがわかった。特に、運動野の感受性の問題は、てんかんや自閉症の研究に取っても重要だ。あくびがうつるかどうか、様々な病気で見直してみれば、全く新しい課題が生まれるかもしれない。
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9月3日:喘息薬サルブタモールによるパーキンソン病進行抑制の可能性(9月1日号Science掲載論文)

2017年9月3日
先週は京大の高橋淳さんのグループから、ヒトiPSでサルのパーキンソン病モデルを治療する前臨床試験の集大成論文が8月31日号のNatureに発表され、我が国のマスメディアでも大きく取り上げられていた。内容はメディアで紹介されている通りで繰り返さないが、一つだけ強調したいことがある。高橋さんはパーキンソン病の患者さんに多能性幹細胞由来のドーパミン細胞を移植するためには、1)異常増殖の起こらない細胞の調整の仕方、2)万が一細胞が増殖しても治療が可能であることを示すこと、が、細胞移植の効果を示すのと同じように重要であると考え、研究に時間と金のかかるサルにこだわって研究を続けてきた人だ。実際、10万個程度の細胞で治療が望める黄斑変性症と比べると、少なくとも500万〜1000万個の細胞が必要なパーキンソン病は、安全性のハードルが高い。様々な批判を乗り越えてこれを解決した高橋さんの臨床家魂に敬意を表したい。いよいよ臨床試験で、次は患者さんの望みを実現して臨床のトップジャーナルに論文が掲載されるのを心待ちにしている。

細胞治療は失われてしまったドーパミン産生細胞を外から補う治療法だが、パーキンソン病では徐々にドーパミン細胞が失われることから、失われる速度を抑制することも重要な治療の方向性だ。今日紹介するハーバード大学からの論文はパーキンソン病進行に関わるシヌクレインの産生を喘息治療に使われるβ2アドレナリン受容体刺激剤が抑制できる可能性を示す画期的な論文で9月1日号Scienceに掲載された。タイトルは「β2-adrenoreceptor is a regulator of the α-synuclein gene driving risk of Parkinson’s disease(β2アドレナリン受容体はパーキンソン病のリスクを高めるαシヌクレイン遺伝子の調節因子だ)。

この研究では、神経細胞株を用いて、パーキンソン病の進行を促進するαシヌクレインの発現を抑えることのできる化合物の大規模なスクリーニングを行い、30種類近くの化合物を発見している。今後各化合物を検討する段階に入るが、見つかった化合物のうち3つがβ2アドレナリン受容体の刺激剤であることに着目し、まずβ2アドレナリン受容体刺激剤に絞って研究を進めている。

というのも、β2アドレナリン受容体刺激剤は喘息の治療薬としてFDAに認可されている薬剤がすでに開発されており、うまくいけばすぐに治験に入れる。この研究では喘息などの気管支拡張薬として最もよく使われるサルブタモールを使って、この受容体が刺激されると、細胞株でのシヌクレインの転写がヒストンのアセチル化を通して抑制されることを確認した後、マウスへの投与実験でパーキンソン病で失われるドーパミン細胞のシヌクレン発現が3割程度低下することを明らかにしている。

次にヒトでも同じ効果が見られるかを調べる目的で、ノルウェーの薬物治療に関するデータベースを用いて、サルブタモールを使用した人と、使用経験が全くないヒトを比べ、使用した場合はパーキンソン病発症が3−4割低下すること、逆にβ2アドレナリン受容体を抑制して血管を拡張させる目的で使われるプロプラノールを使用している患者さんでは、パーキンソン病の発症率が2倍に上がっていることを突き止めている。

最後に、パーキンソン病の患者さんからiPSを作成し、ドーパミン神経を誘導した後、その細胞でのシヌクレインの発現を調べ、サルブタモールが抑制することを示している。

これまで私が見てきたパーキンソン病の進行を遅らせる薬剤の研究の中では、画期的だという印象を持つ。だからといって、すぐに現在進行中のパーキンソン病の患者さんにサルブタモールを投与するのは、心臓や血管への影響を考えると危険だと思う。ぜひこれまでの喘息患者さんへの投与プロトコルと副作用を分析し、最も合理的プロトコルを作成して、すでに病気が始まった患者さんについて治験を行って欲しいと思う。

高橋さんの治験も、サルブタモールの治験もそう遠い話ではないと私は期待している。
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9月2日:トランスポゾンは卵割期のクロマチン構造のオーガナイザー(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年9月2日
私たちのゲノムのほぼ半分はそれ自身で機能を持たず、しかもその数を増大させる可能性を持つトランスポゾンに占められている(生命誌研究館ブログ参照)。ほとんどはゲノムに入り込むとすぐにメチル化され転写が起こらないように調節されている。しかし、クロマチン構造が大きく変化する受精後の初期発生では、クロマチンが緩んでトランスポゾンが転写されることが知られていた。ただ、これは発生初期の一種の副作用として考えられ、トランスポゾンの転写が初期発生に重要な働きをするとは考えられてこなかった。

ところが今日紹介するドイツミュンヘンのヘルムホルツセンターからの論文はLine-1と呼ばれるトランスポゾンの転写が発生初期のクロマチン調節のオーガナイザーとして働くことを示した論文でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Line-1 activation after fertilization regulates global chromatin accessibility in the early mouse embyo(受精後のLINE-1の活性化はクロマチン全体のアクセスのしやすさを調節している)」だ。

もともLINE-1の転写は受精後クロマチンが開くことが引き金になって始まるが、この研究では開いたLINE-1の転写を任意に調節するシステムを開発している。細胞株や個体での実験ではなく、単一卵の操作になるので、簡単ではない。

この研究ではゲノム編集に用いられるTALEをLINE-1の上流の特定の配列に結合するように設計し、これに転写活性化分子としてVP64、転写を抑制する分子としてKRABを結合させ、LINE-1の転写を調節できるようにしている。もともとLINE-1の転写は受精後から上昇し、2細胞期で最高に達し、その後急速に低下して胚盤胞期にはほとんど発現がなくなる。この時、TALE-VP64を卵に注射しておくと、転写は2細胞期を超えてもそのまま続く。一方、TALE-KRABを注射しておくと、転写はほとんど上昇しない。

結果だが、何れの操作でも胚発生が胚盤胞前で止まってしまう。

このように、LINE-1の転写が胚発生に必須だが、LINE-1のメッセンジャーを胚に注射しても同じ効果は全く得られない。また、LINE-1の転写を抑制しても、他の遺伝子の発現にもあまり変化がない。したがって、翻訳されたタンパク質や、mRNAにはほとんど機能はない。

単一細胞レベルでクロマチンが開いたかどうかを調べる方法(DNaseIを注入して開いたクロマチン箇所を切断した後ゲノムの切断をTINELで調べる方法)でクロマチンの開き方を検討し、LINE-1の転写が続くと、クロマチンが開いたままで閉じない。一方、転写を抑制すると、クロマチンの開きが悪いことが明らかになった。

結果は以上で、おそらく広く分布したLINE-1をクロマチン再構成の起点として使うことで、初期発生の極めてダイナミックなクロマチン変化をゲノム全体に及ぼすことができるのだろうという結論だ。しかし、もしそうならLINE-1をこれほど多く残している意味もあると納得する。
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9月1日:脳外科手術中の患者さんにサキソフォンを演奏させる(9月11日号Current Biology掲載論文)

2017年9月1日
人間特有の能力で、その結果他の動物を抑えて地球に100億近い個体が生存し、地球の大気まで変化させる元になったのは言語能力に他ならない。この意味で、言語の誕生過程を理解することは、21世紀最大の科学の課題だ。

しかし言語だけ取り出して研究するのは難しい。私自身も、言語の誕生を理解するためには、言語とともに道具の使用、音楽を合わせて考えていくことが重要だと思っている。実際失語症の患者さんの中には道具がうまく使えなくなる失行症や、音楽がわからなくなるamusia(失音楽症)が併発することが知られている。また、道具、そしておそらく音楽も言語の誕生とともに、長い眠りから覚めたように大きな質的転換をとげて急速に発展する(JT生命誌研究館に書いた「道具と言葉」「音楽と言語」を是非一読願いたい)。

音楽能力を支配する脳領域の研究者は増えてきたと思うが、今日紹介するニューヨーク・ロチェスター大学からの論文のように人間の脳を直接操作した研究には滅多にお目にかかれない。この研究では、良性の脳腫瘍にかかったプロのサキソフォン演奏家の腫瘍摘出手術中に、音楽に関わる脳領域を直接刺激して、音楽能力の変化を調べた研究で、9月11月発行のCurrent Biologyに掲載されている。タイトルは「Direct electrical stimulation in the human brain disrupts melody processing(人間の脳を直接電気的に刺激するとメロディーの処理が障害される)」だ。

脳科学を学ぶ学生なら誰もが知っていることだが、脳外科の手術中に電極を挿入して患者さんの反応を調べるのは、カナダのペンフィールドの研究以来の伝統で、機能の局在を明らかにするのに大きく貢献してきた。この研究も、まさにこの伝統の延長にある。

ただペンフィールド時代と異なるのは、脳機能を調べるイメージング技術が進んでいることで、この研究でも患者さん(AEさん)のピッチ、メロディー、リズムなど様々な能力に関わる脳の領域を前もって詳しく調べている。

実際には音楽に関わる脳領域は人により大きく異なる。芸術は右脳と言われるが、例えばプロの音楽家では言語と音楽は左脳に支配される確率が高いことがわかっている。なんと、ラベルは左脳の出血により、言葉と音楽理解の両方を失っている。AEさんの場合は、多くの一般人と同じで右脳の上側頭回と言われる場所が、最も音楽に反応することが確認されている。

この準備の後、開頭中のサキソフォン演奏まで計画に入れて、術中に負担なく演奏できるように、ブレスが短くて済む特注の音楽を聴かせ、弾けるように練習させている(ビデオで見るとこの音楽とはなんと朝鮮民謡「アリラン」だったので驚いた)。

そしてようやく実験に入る。まず、音楽を聞いたり、口ずさんだり、さらにはサキソフォンが演奏できる最も楽なポジションを選んで座らせる。そのまま全身麻酔で眠らせた後、開頭して脳を露出させた後、麻酔が冷めるのを待つ。そして、絵を見て名前を当てる、言葉を聞いて繰り返す、音楽を聞いて繰り返すという様々な動作を行ってもらう間に、本人が知らないうちに先に特定した音楽に関わる上側頭回の様々な箇所に電気刺激パルスを加え、その時、課題に影響があるかどうか調べている。

長い話を短くまとめると、MRIで特定した領域を刺激すると、言語や絵を認識する能力にはまったく影響はないが、音楽の課題に対応する能力が大きく抑制され、完全にメロディーを口ずさめなくなってしまう。また、その周辺の領域を刺激した場合は場所により、小さな間違いが誘導できることがわかった。そして、抑制されるのはほとんどメロディーで、しかもAEさんは自分が間違っていることをよくわかっている。

最後に、この結果が手術中の音楽能力の低下によるものでないことを示すため、開頭されたままのAEさんになんとアリランの短いパッセージを演奏させる念の入れようだ。おそらく、AEさんは開頭のままサキソフォンを吹いた人類最初の演奏家になるのだろう。

要するに、上側頭回自体の電気活動が乱されると、音楽能力が乱されるというだけの結果で、特に新しい話ではない。しかし、このグループは、現代のペンフィールドになるべく、同じ実験を言葉と、音楽について繰り返そうと着々と準備を重ねているようだ。特により小さな領域の刺激による研究は、おそらくこの分野を大きく進展させる気がする
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8月31日:ヘモグロビンだけの詰まった赤血球がどうしてできるのか(8月4日号Science掲載論文)

2017年8月31日
今日紹介するハーバード大学からの論文は8月4日号の Science掲載で、少し古くなったが、是非取り上げたいと思って今日まで来てしまった。というのも、長く血液細胞の分化を研究してきて、一度も考えたことがない問題を扱っていたからだ。すなわち、なぜ赤血球にはヘモグロビン以外のタンパク質が存在しないのかという疑問だ。

哺乳動物の赤血球ではまず核が細胞外にはじき出されると、もはや新しいmRNAは作られなくなり、網状赤血球という段階に入る。もちろん核が存在しているうちに、GATA1を中核にした強い転写調節で多くのヘモグロビンmRNAを用意することはできる。しかし、網状赤血球として生存し翻訳を続けるにはヘモグロビンだけでは不可能で、多くのタンパク質が必要とされる。しかし、網状赤血球から赤血球に分化するときには、リボゾームを含めほとんどのタンパク質や核酸が綺麗に除去され、ヘモグロビンだけになっている。確かに、重要な疑問なのに、考えたこともなかった。

論文のタイトルは「UBE20 remodels the proteome during terminal erythroid differentiation(UBE20が赤血球分化の最終段階でプロテオームを再構成する)」だ。

このグループの専門は細胞内でのタンパク質分解機能で、もちろん最後のプロセスにはタンパク質のユビキチン化と分解が関わると目星をつけていた。中でも、貧血を引き起こす突然変異hem9がユビキチンか酵素の一つUBR20遺伝子の機能欠損突然変異であることを特定して、UBR20こそがタンパク質の大掃除に関わる主役であると確信したようだ。実際UBR20はヘモグロビンと同じようにGATA1で誘導され、赤血球分化で強く発現する。

この研究ではUBR20を欠損した細胞と正常細胞を比較しながら、

1) UBR20は様々なタンパク質に結合できるが、とりわけリボゾームタンパク質をユビキチン化し、翻訳を完全に止めること、
2) 通常ユビキチン酵素は基質を認識する分子と、ユビキチン化する分子に分かれているが、UBR20は両方が合体しており、これによりワンステップでタンパク質をユビキチン化すること、
3) ユビキチン化されたタンパク質はプロテアソームで分解されること。

などを明らかにしている。正直、この分子一つでよくここまでできるなと思うが、この分子がリボゾームのような大量の大型ゴミを処理しているうちに、残った酵素も使って隅々まで掃除が行き届くのだろう。いずれにせよ、転写調節の効かない赤血球分化で、あれほど大きなタンパク質の変化が起こるメカニズムはよく理解できた。

現在ユビキチン化を利用した創薬が加速していることを考えると、UBR20という特殊なタンパク質の構造は、この分野でも新しい可能性を教えてくれるかもしれない。
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8月30日:満腹と食べる喜びの脳科学(8月23日号Journal of Neuroscience掲載論文)

2017年8月30日
神が導く絶対理性が善悪を決めると考えられていた17世紀に、「善および悪の真の認識が感情である限りそれから必然的に欲望が生ずる」(岩波文庫「エチカ」、畠中尚志訳)と言い放ったのはスピノザだが、彼は人間の本能を理解することで、この欲望を克服する理性とは何かがわかると強調した人だ。

   現在の脳科学ではこの欲望と理性の関係についての理解が急速に進んでいる。(詳しく書く時間がないので是非JT生命誌研究館ホームページに書いた「快感原理」という記事を読んでみてくださいhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000010.html)。

今日紹介するフィンランド・トゥルク大学からの論文はピザと栄養ドリンクに対する脳の反応をPETで調べた研究で8月23日号のJournal of Neuroscieneに掲載された。タイトルは「Feeding releases endogenous opioids in human(人間では食べることで内因性の麻薬物質が分泌される)」だ。

私たちの快感を支配するのが、脳内で分泌されるエンドルフィンなどの内因性麻薬物質と、ドーパミンだが、この研究では脳内のμオピオイド受容体に結合する麻薬物質に焦点を当てて調べている。実験では正常ボランティアを、空腹時、楽しんで食べられる食事としてピザ、そして食べるだけの栄養飲料を与えた時の脳内での麻薬物質の分泌を調べている。方法だが、μオピオイド受容体(OR)に結合する合成麻薬カルフェンタニルをアイソトープで標識し被検者に投与してフリーのORの量を調べている。もし脳内で麻薬物質が出ておれば、フリーのORが減るため、アイソトープの脳内での結合が低下する。

質問票で被検者にピザか栄養飲料かどちらが満足したかを聞くと、期待通りピザでには喜びを感じるが、栄養飲料には喜びを感じないと全員が答えている。しかし、脳内麻薬物質の分泌を調べてみると、栄養飲料を飲むだけで、脳の広い領域で麻薬物質が分泌される。しかも、分泌量は栄養飲料を飲んだ時の方がピザを食べた時より多い。

快感や動機に関わる辺縁系を調べればもう少し違う結果になるのではと脳の領域ごとに調べているが、結局調べたすべての場所でただ食べるだけの方が楽しんで食べるより麻薬物質の分泌が高いことがわかった。

これが結果のすべてで、脳内麻薬物質の分泌は、満腹感と相関してはいても、喜びとは相関しなかったという結論になる。個人的には、麻薬物質の分泌で見る限り、無味乾燥な食事の方が麻薬物質の反応が強い点が面白いと思った。おそらく、この反応が本能的な食べる欲望で、理性の影響により少しづつ、満足や喜び、さらには節制まで進むことになる。今後この「満腹」「満足」「喜び」「節制」などの違いが徐々にわかるような予感がする。是非次はドーパミンの反応も調べて欲しい。
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8月29日TET2の機能をビタミンCが高める(9月7日号発行予定Cell 掲載論文)

2017年8月29日
週末気まぐれで始めたCellに掲載予定の論文紹介の最後はニューヨーク大学からの論文で、発現量が低下したTET2の機能をビタミンCが高めて、TET2欠損による血液の分化異常を正常化できるという話だ。タイトルは「Restoration of TET2 function blocks aberrant self-renewal and leukemia progression(TET2の回復により自己再生の異常と白血病進行を抑制できる)」だ。

今年の4月に投稿された論文で審査プロセスが早いと思うが、それもそのはずでおそらく今週ぐらいにNatureに掲載予定のSean Morrisonのグループの論文で、「血液幹細胞ではビタミンCの濃度が高く、ビタミンCが欠損すると白血病発生が早まり、これがTet2の機能を介している」ことが発表されるからだろう。こちらの論文は昨年の9月に投稿されており、Seanの論文に合わせようと編集者やレフリーに便宜を図ってもらったのだろう。順番から言えばSeanの論文を紹介するのが筋だが、Cell掲載予定論文紹介していることと、メカニズムの解析が進んでいる点でこちらを選んだ。

ただ、これまで3日間紹介してきた論文と異なり、論文としてのまとまりがない。このグループは白血病で欠損が見られるTET2の機能を明らかにすることが目的だったようで、遺伝子ノックダウンを用いてDNA脱メチル化に関わるTET2のon/offができる実験系で、TETの機能が落ちることによる未熟幹細胞の増殖亢進・分化抑制を、TET2の発現量をあげることで正常化できること、メチル化異常が見られる場所がプロモーターを含むCpG ashoreと呼ばれる脱メチル化されている領域であること、そしてTET2を戻すことで転写が正常化し、分化を誘導することに関わる遺伝子を特定している。

要するに、正常血液幹細胞でも、白血病株でもTET2が低下すると、上に紹介した領域のメチル化が上がり、未熟細胞の増殖が亢進し、TET2を元に戻すことで白血病でも増殖を落とすことができるという結果だ。

Seanの論文の内容を途中で知って、TET2を戻す効果を、ビタミンCが持っていることに気づいたのかもしれないが(憶測だが)、次にビタミンCを加えると、TET2が存在しなくとも、他のTETの機能を高めることで、TET2遺伝子を戻したのと同じ効果、すなわち幹細胞の増殖を止め、分化を誘導し、ガンの増殖を抑えることを示している。

最後に、TET2の作用で発生するメチル化DNAが水酸化メチルに変わるまでの過程で発生する中間体が、塩基除去修復酵素をリクルートして、塩基が除去されることに着目し、この時修復を抑制するポリADPリボース重合酵素を抑制することで、さらに細胞死を促進できることを明らかにしている。すなわち、ビタミンC投与でTET2を高め、DNA修復をPARP阻害で抑えると、白血病を殺せるというシナリオだ。

最後の話はSeanの論文にはないので、点数が高いかもしれない。しかし、この研究で示されたように正常幹細胞の増殖分化がこれほどTET2の活性に左右されるとすると、ビタミンC療法やPARP阻害剤による副作用もかなり強い心配がある。

Cell論文紹介の最後は少しすっきりしない論文だったかもしれない。
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8月28日:アンチ・クリスパーの作用機構(9月7日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月28日
我が国では倫理議論だけが先行しているCRISPRだが、生物学としてもますます深化が進んでいる。この中心になっているのが、この技術の創始者の一人カリフォルニア大学バークレイ校のDoudnaさんで、実際この研究室から出てくる論文は、応用を競っている世の中とは少し違って、CRISPR/Cas自体の生物学を深めながら新しい技術可能性を示す、高みから世間を眺めているようなスタイルだ。

CRISPR.Casはウイルスに対する防御として細菌、古細菌を問わず分布しているが、標的になったウイルスの方でも当然防御システムを開発する。これが抗CRISPR(Acr)で、よく知られているのが細菌のメカニズムをそっくり拝借して、細菌がコードするクリスパーを壊してしまう方法だ。ただ、この方法は新しいメカニズムではないため、新しい技術につながらない。これ以外にこの防御をかいくぐる方法としては、Cas9のDNA分解活性を抑制する方法と、転写されたクリスパーRNAを標的にする方法が理論的に存在するが、前者だけが見つかっている。今日紹介する論文はCas9のDNA分解活性を阻害することがわかっているナイセリアのAcrIIの作用機序を調べ、新しい技術への発展可能性を示した論文で、「A broad-spectrum inhibitor of CRISPR-Cas9(広い範囲のCRISPR-Cas9をカバーできる阻害分子)」だ。

これまでAcrIIにより阻害されることがわかっているCas9の系統を調べると、特定の系統に限局されていないため、AcrIIは広くCas9の阻害剤として使える可能性がある。この研究では、まず阻害活性の特異性から調べ、AcrIIC1は様々なCas9に、一方AcrIIC3はナイセリアのCas9特異的に阻害することを明らかにしている。

次にそれぞれの阻害活性の分子メカニズムを調べている。深い細菌についての知識に裏付けられたプロの実験で、伝統的生化学と分子の構造解析を組み合わせ、
1) AcrIIC1はまずDNA結合にかかわらずCas9に結合すること、
2) AcrIIC1はCas9の標的配列への結合を阻害しないこと、
3) 最初にガイドRNAと結合しているHNH 分解活性を阻害し、その後でもう片方のDNAを分解するRuvCを阻害すること。
を明らかにしている。

多くのCas9を阻害できるのは、HNHの構造がCas9の間で保存されているからで、ガイドによるDNAへの結合は全くそのままで、DNA分解のみ阻害する、しかも分子量の小さな分子は、様々な目的の遺伝子操作に大きな力を発揮するだろう。

一方AcrIIC3の方は、Cas9に結合して構造を変化させ、Cas9が重合し、その結果DNAに結合しないことを明らかにしている。

もちろん技術だけでなく、強いAcrに抗して、新しいCasシステムがどう進化したのかも興味が尽きない。ノーベル賞をもらうことは間違いないが、受賞後も休みなく重要な生物学的貢献を続けることができる創意と知識を持ったグループだと思う。
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8月27日:連合野の長期神経活動記録からわかったこと(8月24日Cell掲載論文)

2017年8月27日
一つの単純な行動でも、把握しきれないほどの数の神経細胞が関わることはよくわかっているが、神経活動の研究はどうしても行動を個々の神経細胞の反応特異性に落とし込もうとする傾向がある。例えば自閉症の子供に留置した電極から記録した神経興奮の論文を随分以前に紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/753)、この研究でも自閉症児の扁桃体の特定の神経細胞が口に特異的に反応することが結論になっている。

脳の各領域を刺激した研究から大脳皮質の運動野や感覚野では、有名な脳内に描かれた小人の身体からわかる様に、個々の神経細胞の反応は特定の運動や感覚に対応している。しかし、これらの神経を統合して一つの行動にまとめる連合野でも、神経細胞レベルで反応が決まっているのか明確でなかった。というのも、ほとんどの研究では記録は一回きりで、実際何ヶ月にもわたって同じ神経が同じ行動に関わるかを調べないとこの問題に答えは出ない。

今日紹介する(また)ハーバード大学からの論文は様々な感覚を統合して判断し行動につなげる後頭頂皮質(PPC)の連合野の神経活動を、迷路課題を毎日行わせながら1ヶ月にわたって観察を続け、同じ行動に参加する神経細胞を単一細胞レベルで追跡した研究で8月24日号のCellに紹介された。タイトルは「Dynamic reorganization of neuronal activity patterns in parietal cortex(頭頂皮質の神経細胞活動パターンは動的に再構成されている)」だ。

すでに述べたが、この研究ではバーチャルな迷路で、あるシグナルを見たとき左右どちらに移動するか決める課題を学習させたマウスで、シグナルを見てからそちらに動く間のPPCの活動をカルシウムの流入を利用した発光を用いて記録する。一回の実験で、右に動けと命令するシグナルと、左への命令シグナルを見せて行動したとき(学習しているのでほぼ100%成功する)に活動する神経を記録すると、多くの細胞が参加しているが、概ね興奮する細胞が決まっている様に見える。しかし、同じ実験を毎日続けておこなうと、時間が経つほど同じ神経が同じ行動で興奮する確率は低下する。それでも、集団として記録されるパターンはほとんど同じであることを発見している。
また、一種のディープラーニングで、個々の神経細胞の興奮と様々な行動要素の相関を学習させ、細胞の興奮から行動を予測できる確率を計算すると、同じ細胞が常に反応に関わり続けることがないことを示している。要するに、興奮する神経細胞は常に代わっている。

多くの実験が示されているが、「行動の記憶は神経細胞のネットワークのパターンとして記録され、そのパターンを支える細胞はダイナミックに変化する」という結論に尽きる。流れのなかに生まれる渦は長い間維持されるが、それを支える水分子は絶えず変化しているのと同じと言っていいかもしれない。

しかし、このおかげで一旦できた記憶は、細胞レベルの興奮抑制をかけても、パターンとしては安定に維持することができる。また新しい課題に対して、これまでのパターンをうまく使って違うパターンをPPCに新たに形成することもできる。

精緻な研究というより、概念ありきで突っ走っている感じを持ってしまうが、30日も同じ場所の興奮を神経細胞レベルで記録しようと思い立ち、実行したことに脱帽。
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8月26日:ユーイング肉腫発症の分子メカニズム(9月21日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月26日
さすがCellのレベルは高いと思える論文が、9月に発行予定の論文に集まっている。専門的で、広い分野にわたっているが、集中的に紹介してみたいと思っている。

最初はハーバード大学からの論文でユーウィング肉腫の発症機序についての研究と言ってしまえるが、実際には様々なことを「なるほど」と腑に落としてくれる論文で、いろんな話が詰まっている。タイトルは「Cancer-specific retargeting of BAF complexes by prion-like domain(プリオン様ドメインによるガン特異的BAF複合体の再配置)」だ。

タイトルは少し抽象的すぎるが、このBAFとあるのは、従来SWI/SNF複合体として知られている、ATP依存的にクロマチンの構造を解いて、転写を促進する複合体のことだが、現在ではBRG1と呼ばれる分子を中心に異なる分子が集まって数種類の複合体が細胞に応じて形成されることがわかってきており、BRG-associative factor(BAF)と総称される様になっている。BAFはクロマチンのリモデラーとして重要で当然分化や、リプログラミングで重要な働きをしているが、最近ガンゲノム解析が進んで20%のガンでBAF複合体のメンバーに突然変異があることがわかり、その注目度は一躍高まってきた。

この研究では染色体リモデリングの関与が最も研究されてき小児癌ユーウィング肉腫に着目して、原因となるEWSR1とFli1が結合したキメラ遺伝子EWS-Fli1が発がんを促進する領域に結合し、そこにBAFを連れてくる機能を持つのではないかと狙いを定め、研究を始めている。

まずBRG1タンパク質に結合する分子を調べ、正常分子EWSR1もキメラ分子EWS-Fli1もいずれも、BAFの複合体と一時的に結合することで機能していることを確認し、次にそれぞれがゲノムのどの場所に結合しているかを調べている。結果は、EWS-Fl1だけがBAF を染色体上に広く分布しているマイクロサテライトGGAAにリクルートしていることを発見する。

では、EWSRがFli1とキメラを形成しているため、Fli1がGGAAへリクルートするのに関わるか調べると、Fli1は全くGGAAへの結合力がない。すなわち、キメラを作って両分子の機能が結合したのではなく、単独では両方の分子に存在しない全く新しい機能が生まれてGGAAに結合することがわかった。この新しい構造に関わる領域を調べていくと、EWSR1内に存在するプリオンに似た領域が関わっており、実際新しくできた構造はプリオンの様に正常EWSR1を新しい構造へと変化させることができることを明らかにした。すなわち新しい構造は正常分子にも働いて新しい構造を増幅し,この構造を介して重合し、ともにBAFをマイクロサテライトGGAAにリクルートし、クロマチンを開いて周りの遺伝子の転写を増幅させることを示している。

以上が結果だが、ユーウィングの分子機序についてもよく理解できたし、BAFの機能についても明確なイメージが沸いたし、ガンでのクロマチンリモデリングの重要性もよくわかる論文で、勉強になった。
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