12月24日 ダチョウの卵を原料にしたビーズからアフリカホモサピエンスの歴史を探る(12月20日  Nature オンライン掲載論文)
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12月24日 ダチョウの卵を原料にしたビーズからアフリカホモサピエンスの歴史を探る(12月20日  Nature オンライン掲載論文)

2021年12月24日
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今日4時半から、今年の科学10大ニュースを語りながら、zoom飲み会を予定している。Youtube配信するので是非多くの人にご覧いただきたいが(https://www.youtube.com/watch?v=3NgcswOydWY)、直接話しに加わりたいという人は、このHPの右上にある「お問い合わせ」にあるメールアドレスへリクエストを送っていただくと、折り返しzoom アカウントを送る。若い人の参加を期待している。

今年も10大科学ニュースには、考古学が入っているが、この10年は圧倒的に古代ゲノム研究の成果が選ばれてきた。しかし、年代測定や古代の地球の気候についての正確な測定が可能になることで、遺物を基礎にした、古典的な意味での考古学も大きく進展を見せている。

今日紹介する、もはや考古学のメッカとなりつつある、ドイツ・イエナにあるマックスプランク人類史研究所からの論文は、アフリカで5万年以上前からホモサピエンスが装飾品として利用してきたダチョウの卵の殻から切り出したビーズの変遷をもとに、東アフリカと南アフリカの交流を探った研究で12月20日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Ostrich eggshell beads reveal 50,000-year-old social network in Africa(ダチョウの卵の殻から作られたビーズが5万年に及ぶアフリカの社会ネットワークを明らかにする)」だ。

アフリカ人は、ゲノムだけでなく、言語に至るまで極めて多様な民族が現在まで残っている。この多様性は、ホモサピエンスがアフリカで形成される過程を反映しているのではと、研究が加速しているが、気候を始め様々なゲノムに頼る研究は難しい。

一方各民族の独立性が強く、しかも現代まで未開の生活を続けてきたおかげで、文化については古代のスタイルが維持されている可能性が高い。それを示すのがダチョウの卵を切り出して作るビーズで、この論文で初めて知ったが、なんと5万年以上前から同じスタイルのビーズが作り続けられているらしい。しかも、それぞれの地域で作られているビーズには特徴が有り、さらに生息するダチョウの卵の殻の厚さなどで、地域や気候まで特定できる。

これを用いて、7万年以上前に2つに分かれた、東アフリカと南アフリカの民族の歴史を追いかけたのがこの研究だ。

実際のビーズの写真が掲載されているが、5万年前からかなり精巧なビーズが、しかも同じように作り続けられているのがわかる。しかし、様々な部分のサイズを詳しく測定すると、東アフリカと南アフリカでははっきりとした差が認められる。

面白いことに、このような差は3万年になって初めて現れている。すなわち、それ以前にはほとんど同じスタイルだったことがわかる。その後両地域では、それぞれ特徴を持ったビーズが作り続けられるが、2千年前ぐらいから徐々に共通のスタイルに変化していく。

以上が結果で、このことから、3万年以上前までは両地域で人的交流があったが、3万年からそれが完全に途絶えて、2千年前後に遊牧民が入ってくるまで途絶えたまま続いたことを示している。これを気候変動と重ね合わせると、温度が下がり、植物圏が後退したために、南と東が分断されたのと重なっている。

おそらくこのような分断の結果、アフリカ民族の多様性が形成されていったと考えられるが、ビーズだけからここまで推論できるとは、考古学に惹きつけられる若者が今後も増えると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月23日 世界細菌地理学を目指して(12月15日 Nature オンライン掲載論文)

2021年12月23日
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昨日紹介したAhR結合自然リガンドは、なんと線虫と共生しているバクテリアから分離されている。どのような経緯でこのメタボライトが発見されたのか、一度調べてみようと思っているが、今もなお細菌は様々な生物活性物質の宝庫であると言うことだ。だからこそ、イベルメクチンの大村さんがいつも土壌採取して新しい細菌や生物活性物質を探し続けたという伝説ができあがる。

今日紹介する中国Fudan大学とドイツEMBLからの論文は、世界中に現存する細菌の地理的カタログを作成しようという試みで12月15日Nature オンライン掲載された。タイトルは「Towards the biogeography of prokaryotic genes(原核生物の生物地理学に向けて)」だ。

この研究は、世界各国から人間や動物の細菌叢を含む様々な環境に存在する細菌のメタゲノムデータ(その環境に存在するゲノムを、全てシークエンス解析したデータで、生データでは個々の配列がどの細菌由来かなどはわからない)を集め、この配列をつなぎ合わせて、由来する遺伝子やゲノムを再構成する膨大な作業を繰り返し、世界のバクテリア地図を作製という大きな目標を持った未来に開いた研究だ。

この論文では最初の一歩として、まず高い精度で行われ、公開された13174のゲノムデータを集めて解析している。(ちょっと気になったのが、この13174の中に我が国のデータが含まれていないように思える点だ。もしこのような研究が使って見ようと思う精度の高い配列が、もし我が国から全く公開されていないとしたら、重大な問題だと思う。)

実際には、一致する配列を探して遺伝子断片をつないでいく膨大な作業を繰り返す訳だが、コンピュータでやるとは言え大変だ。この結果、3億を超えるunigeneと呼ぶ個々の細菌に対応した遺伝子の再構成に成功している。さらに、こうして出来たデータベースが遺伝子が集まって働く機能セットと言えるオペロン構成も特定できるようになっている。

はっきり言って結果はこれだけで、この研究にはあまり含まれていない土壌のデータを加えて拡大していき、将来は大村さんのような苦労が必要ない時代を作りたいのだろう。それだけで頭の下がる研究だ。

とはいえ、これだけではあまりに素っ気ないので、こうして再構成し直したゲノムからわかることをいくつか示している。

まず、細菌はそれぞれの環境に適応して存在している結果、異なる環境で同じ細菌が見られるケースは極めて希であることがわかる。その結果、今回再構成された遺伝子のほとんどは、特定の環境にのみ存在し、異なる環境で利用できる遺伝子は全体の5%程度しかない。逆にウイルスではないが、人間の体内も含め様々な環境で生きる細菌は要注意かもしれない。

さらに、こうして再構成された遺伝子のほとんどは、種特異的で、細菌間で共通の遺伝子は少ない。すなわち、同じ環境の中でも細菌は多様化する、すなわちあまり環境による選択圧を受けないで進化している。

他にもメッセージはあると思うがこの程度にしておこう。おそらく、このデータベースはこれからも拡大するだろう。Googleが世界のあらゆる事象を網羅すると創業理念に掲げたことを聞いているが、世界のバクテリアを全て網羅するデータベースを目指した歩みが始まったのを実感できる。今度は、これをどう使うのか、アプリケーションを考える若い頭脳が必要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月22日 意外な標的を狙った薬剤治験2題(12月9日  The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年12月22日
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効果について研究は進んでいても、薬剤標的として利用するにはハードルが高いのではと思い込んでいる標的分子がある。この勝手な思い込みを打ち砕いてくれる治験論文を2編目にしたので、紹介する。

最初はマウントサイナイ医学校からの論文で、ダイオキシンと結合して毒性を発揮する芳香族炭化水素受容体(AhR)を刺激する自然リガンドtapinarofを難治性の乾癬の塗り薬として使う治験で12月9日号The New England Journal of Medicineに掲載されている。タイトルは「Phase 3 Trials of Tapinarof Cream for Plaque Psoriasis(局面型感染に対するTapinarofクリームの第三相治験)」だ。

我々世代にとってカネミ油事件は脳裏に焼き付いた事件の一つだろう。ライスオイル製造過程でダイオキシンの一種PCDFが混入し、2千人を超える被害者が出た。これは、ダイオキシンがAhRに強く結合した結果、様々な臓器で異常な遺伝子発現を誘導した結果と考えられる。このように、AhRは悪い印象があるが、ほとんど全ての組織で発現し、重要な機能を有している。

ダイオキシンの作用を媒介するためハードルは高かったのだが、実際にこの分子の機能を変化させて、造血や免疫を機能を調節する研究が行われてきた。私にとって最も印象深かったのは、ノバルティス研究所がAhRを介して臍帯血幹細胞を何百倍にも増幅することに成功した論文だった。

同じように免疫系でもAhRをうまく刺激すると炎症に関わるIL17分泌を抑制することが知られており、GSKは線虫と共存しているバクテリアからAhRの自然リガンドTapinarofを分離し、乾癬や湿疹への効果を調べていた。

この研究は、局面型乾癬についての最終的な第3相試験の結果で、塗り薬という性格と、長期間乾癬で苦しんできて薬剤をそれほど信用していないためか、ドロップアウトが多く苦労している様子がわかる治験だ。詳細を省いて結果だけを述べると、12週間の塗布を続けた人では、40%の患者さんで明確な改善が見られ、自覚症状も改善している。一方、毛根の炎症や接触性皮膚炎が副作用として広くみられており、問題は無いとしてもカネミオイル症を思い出した。

以上、自然リガンドを探し出して薬剤に仕上げたのには脱帽する。

もう一編はテキサス・メソジスト大学からの論文で、なんとメチルアルギニンというNO合成阻害でトリプルネガティブ乳ガンを治療する1/2相治験で12月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A phase 1/2 clinical trial of the nitric oxide synthase inhibitor L-NMMA and taxane for treating chemoresistant triple-negative breast cancer(化学療法抵抗性のトリプルネガティブ乳ガンのNO合成阻害剤L-NMMAをもちいた1/2相治験)」だ。

このグループは、メチルアルギニン(L-NMMA)が、化学療法では殺せないガンの幹細胞を低下させることを明らかにしており、臨床応用を目指していた。ガンを含む様々な状況でNOが関わることはよくわかるが、血管調節機能への重要性から、L-NMMAのように全てのNO合成酵素を標的にするのは簡単ではないと私は思い込んでいた。

この研究でも、第1相試験で安全な投与量を探った後、比較的副作用の少ない投与量を探し出し、第2相ではL-NMMAと一般抗がん剤としてDocetaxelを併用、3週間を1サイクルとして、2-6サイクルまで治療を行っている。

詳細は全て省いて結果をまとめると、45%の患者さんでガンの進行を抑えることが出来、転移のない場合はなんと反応率は82%に上っている。さらに、転移がないばあいは、36%の人が完全寛解を誘導できており、かなり期待が持てる結果だ。

さらに血液検査で、ガンの増殖だけでなく、自然免疫システムもガンに対向する方向で変化していることを示している。

予想通り副作用も強いが、これはdocetaxelとの併用が原因で、L-NMMA自体は許容できるとしている。

予想以上の結果で、何でもトライすることの重要性を実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月21日 核内倍加による心筋肥大のメカニズム(12月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年12月21日
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ミトコンドリア性心筋肥大症の研究から、ミトコンドリアでのATP合成が低下すると、心筋肥大が起こることが知られている。このとき、心臓細胞は増殖期に入るが、ほとんどは細胞分裂は行わず、最終的に核内でDNAの倍加が起こる。これが、心臓細胞が肥大化する原因になっている。しかし、ATPが合成できないのに、よりによってエネルギーコストの高い、細胞周期を動かして、細胞が肥大化するのは不思議だ。

今日紹介するロンドン・インペリアルカレッジからの論文はATP合成低下によりなぜ心筋肥大が起こるのかを追求した研究で12月8日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Mitochondrial–cell cycle cross-talk drives endoreplication in heart disease(ミトコンドリアと細胞周期のクロストークにより心臓病での核内倍加が促進される)」だ。

まず、拡張性心筋症や大動脈狭窄による心臓でATP合成が低下しているのか確認するため、バイオプシーを行い、心筋のATPが確かに低下していること、またこれがミトコンドリアのATP合成経路の低下によることを明らかにしている。

後は基本的に、ミトコンドリアのATP合成に関わるATP5A1酵素を欠損させたマウス心筋で起こる代謝経路を解析し、ATP合成低下が細胞周期を回して核内倍加、心筋細胞肥大へつながる経路を突き詰めている。詳細を省いて結論を述べると以下のようになる。

  1. ATP合成が低下すると、当然ミトコンドリアのADP量が上昇する。この問題を代償するためADPはグリシンからギ酸合成への経路にリクルートされ、Mthfd1Lと呼ばれる酵素でギ酸が合成されるときにATPへと変換される。
  2. この経路が高まることで、DNA合成に必要なプリンの合成が高まる。これにより、細胞自体がストレス対応型の増殖へリプログラムされる。
  3. ADPの上昇は、エネルギーセンサーAMPKを活性化し、これにより細胞周期を抑えていたRb1の抑制がとれて、E2F活性化、細胞周期進行が起こる。ただ、細胞分裂には至らないため、核内倍加が起こり、また細胞の肥大化が起こる。
  4. このようなプログラムリセットを防ぐためには、ミトコンドリアでのATP合成を正常化することとともに、ギ酸合成によりADPをATPに転換するMthfd1L酵素を抑えることが重要。実際、この酵素を欠損させておくと、動脈狭窄による心肥大誘導での核内倍加を抑えることが可能になる。

以上、おそらくMthfd1L酵素活性を抑えることは可能だと思うので、今後この方法で心筋症や大動脈狭窄による心筋肥大を抑える治療は期待できるかもしれない。

しかし、学生時代は代謝はあまり好きな分野でなかったが、ここまで詳細にものがわかってくると、風が吹けば桶屋が儲かるのは当たり前といえる、思いもかけない経路がみつかる、面白い領域だと実感している。

カテゴリ:論文ウォッチ

日独文化協会主催 オンライン講義シリーズ「⽣命科学と⽣命倫理」のご案内

2021年12月20日
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来年1月11日から、日独文化研究所の主催で、京大法学部の高山佳奈⼦先生と一緒に、オンライン講義「⽣命科学と⽣命倫理」を開催します。私は、近代科学の始まりに貢献した3人の哲学者、デカルト、ライプニッツ、そしてスピノザの生命科学や生命倫理への関わりについて3回にわたって講義します。最終的には、なぜスピノザだけが「エチカ=倫理」を書けたのか、生命科学者の立場で考えます。

  そのあと、京大法学部の高山先生が、生命倫理と法学について2回話されます。現役の頃文科相の生命倫理委員を務めていたので、私もディスカッションに参加します。

 全てzoomで行われ、無料ですが登録してzoomアカウントを配布してもらえる必要があります。是非添付のファイルを参考に登録してください。おそらくメールから申し込んだ方が確実だと思います。

アドレス:olkogi@nichidokubunka.or.jp)

カテゴリ:セミナー情報

12月20日 ビッグデータ・パラドックス(12月8日 Nature オンライン掲載論文)

2021年12月20日
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すでにアナウンスしているように(https://aasj.jp/news/seminar/18575)、クリスマスイブに、「各誌が選んだ今年の科学ニュースを肴にzoom飲み会」を開催します。参加者も徐々に増え、面白い会になりそうですが、しかし結局各誌が選んだニュースの中心は今年もCovid-19だった。

政治・経済・社会にこれほど大きな影響を与えたパンデミックなので当然といえば当然だが、医学側から見ると、感染症にとどまらず、様々な医学領域で、かって経験していない一種の「自然人体実験」が進行しており、思いがけない様々なデータが得られているというのも事実だろう。

これは身体の問題にとどまらない。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、米国でコロナワクチン接種者に関する統計データが、各社であまりにも違うことに疑問を持ち、その原因を確かめた研究で、これも「自然人体実験」を利用した点で、今回のパンデミックを象徴する研究と言えるだろう。タイトルは「Unrepresentative big surveys significantly overestimated US vaccine uptake(社会構成を反映していない大規模調査は米国ワクチン接種者を有意に過大評価した)だ。

この研究では、Axios-Ipsos (社会構成を反映させたパネルを対象にしているが一回の調査は1000人と小規模)、Census Household (電話帳などからランダムサンプリング、一回の調査は75000人)、そしてDelph-Facebook(Facebookのアクティブユーザー:一回の調査は25万人)から出てきた、1回目のワクチン接種者の動向があまりにも異なり、特に対象者が多い統計ほど、最終的なベンチマークとして使えるCDCのデータからかけ離れていることに興味を持って、その原因を確かめている。

本来なら、対象者が多いほど統計的信頼度は上がる。一応CDCの調査はワクチンを打つ側なので信頼できるとすると、ビッグデータになるほどベンチマークから離れることになってしまう。一方、たった1000人を対象にしたAxiosの方はほとんどCDCの結果と一致している。

理由は単純で、DelphiやCensusでは、教育、人種、地域など、様々な補正がほとんど行われておらず、対象者の数だけが統計信頼度の指標とされているためで、以前Google調査で、インフルエンザの感染者数がCDC発表の2倍になり、big-data-paradoxと名付けられた現象と同じだと結論している。実際、Delphiなどで参加者の構成を補正すると、対象者のサイズは99%低下し、ほとんどAxiosと同じになる。

どの条件がバイアスをもたらすのか様々な検討を行い、どれか一つの条件をそろえれば良いわけではなく、小さな補正の積み重ねが、正しい統計を反映するための条件であると結論している。

私たちも、内閣支持率などで、新聞各社の統計が大きく異なることに慣れているが、これも同じことだろう。いつも思うのだが、誰か各社の平均を出して、それを今後モニターに使うのはどうだろうか。要するに、集団の多様性を反映できない統計は、数がいくらあっても意味が無いことが明らかになった。しかし、できるだけ簡単にデータを得るという点では、今後SNSの利用は必須になる。従って、バイアスを平均したり、生データを正確なデータに変える方法の開発は、社会科学にとっての最も重要な課題になると思う。

以上が結論だが、先に述べたように、この研究はcovid-19というパンデミックで初めて可能になった研究の一つといえる。他にも、多くの社会的実験が今回数多く行われたはずなので、是非多くの研究がそれを掘り起こすことを期待する。

しかしこのようなデータについての議論は、GDPというビッグデータの一丁目一番地を書き換えて平気でいる我が国政府には全く関係の無い、むなしい議論になってしまった。こんな国や政府を若い世代に残した責任を、年寄りとして本当に感じるが、これも今年のニュースで議論したいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月19日 骨髄腫に対するCAR-T治療後の神経変性(Nature Medicine 12月号掲載論文)

2021年12月19日
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Nature Medicineが選んだ今年の10大ニュースの最初が、CAR-T治療が骨髄腫にも拡大されたというニュースだった。今年の3月The New England Journal of Medicine(384:705)、140人の再発や治療の難しい骨髄腫患者さんを用いた第2相の試験で、なんと73%のレスポンスが見られ、そのうち33%は完全寛解を経験したというめざましい結果だ。他にも7月には、同じ抗原を標的にした異なるCAR-T治療がThe Lancet に発表され、こちらはレスポンスが97%、完全寛解が67%と驚くべき結果だった(The Lancet 398,314)。 このとき標的に使われた抗原が、B cell maturation antigen と呼ばれるTNFファミリー分子で、これまで抗体薬としても使われ、骨髄腫治療に最適と選ばれている。このときの副作用としては、一般的なサイトカインストームとともに、白血球減少、貧血、血小板減少などが指摘されるとともに、18%に神経症状が指摘されていた。

今日紹介するマウントサイナイ医学校からの論文は、7月に報告された方の、B cell maturation antigen(BCMA)を標的にしたCAR-T治療を受けた患者さんの一人が、進行するパーキンソン病様の運動障害を発症し、亡くなったことを報告し、人によってはBCMAが脳で発現する可能性を示した重要な論文で、Nature Medicine12月号に掲載された。タイトルは「Neurocognitive and hypokinetic movement disorder with features of parkinsonism after BCMA-targeting CAR-T cell therapy(認知症とパーキンソン病様の運動能低下がBCMAを標的とするCAR-T細胞で誘導された)」だ。

これは一例報告で、神経症状が副作用として現れた患者さんで同じことが起こっているのかわからない。

この患者さんは、サイトカインストーム症状は比較的長引いたようだが、2ヶ月前に退院している。しかし、101日目には運動障害が認められ、震え、さらに記憶障害が起こり、脳に強い変性があることが認められる。運動障害はパーキンソン病に似てはいるが、ドーパミン治療は全く効かず、広範囲で脳の活動の低下が見られている。

最も驚くのは、末梢血中のT細胞のほとんどがCAR-Tで閉められるようになったことで、実際にメモリー型のT細胞が発生して、大量のCAR-Tが作られるようになってしまっている。そして、脳脊髄液にもCAR-Tは認められ、脳への浸潤が疑われた。最後の手段として、CAR-T増殖を抑えるため、抗がん剤の投与が行われ、少し効果は見られたが、患者さんは162日目に亡くなっている。

解剖では、リンパ球浸潤と、グリア細胞の増殖が認められ、脳で炎症が広く起こっていることがわかる。そして、一部の神経細胞とアストロサイトでBCMAの発現が認められ、これにCAR-Tが反応して脳症状が発生したことが結論された。

以上のことから、

  1. 脳でもBCMAが発現していること、
  2. CAR-Tは脳血管関門を超えて脳に浸潤できること

が明らかになり、この治療を受けるときに、必ず同じ危険は覚悟する必要がある。面白いことに、3月に発表されたide-cellではまだ同じ報告はなく、さらにリスポンスも低いことから、ひょっとしたら抗原へのアフィニティーを変えれば、反応は落ちるが、副作用は防げるのかもしれない。

これまでガンに対してメモリー型の細胞の出現を望むことも多かったが、この例を見ると、それもほどほどであることもわかった。しかし、この症例でこれほどのメモリーが形成された原因は是非知りたい。

いずれにせよ、ide-cellとcita-cellの治験の長期予後をさらに注視する必要がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

各紙が選んだ今年の科学ニュースを肴のzoom飲み会のお知らせ

2021年12月18日
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今年も各紙が、2021年の科学を振り返る特集を組んでいます。以下に、Science, Nature, Nature Medicineから拾ったリストを掲載しますが、今月24日、4時半から、友人とともに今年の科学を振り返りながら酒を酌み交わすzoom飲み会を開催し、Youtubeでも配信します(https://www.youtube.com/watch?v=gH3xbJgIFSM)。いつからでも是非参加ください。

Zoom参加希望者は、私の方にメールをお送りください。

Science

  1. タンパク質の3次元構造のコンピュータ予測。
  2. 土壌DNAを用いたゲノム考古学
  3. 核融合が現実性を帯びた。
  4. Covid-19の治療薬
  5. PTSDに幻覚剤
  6. Covid-19抗体薬
  7. 火星探査の進展
  8. 素粒子の標準モデルのひび割れ
  9. クリスパーの臨床応用
  10. ヒト胚の長期培養

Nature

  1. コロナウイルス変異株
  2. 火星探査の進展
  3. 素粒子標準モデルのひび割れ
  4. アルツハイマー薬承認によりおこった大騒ぎ
  5. クリスパーの臨床応用
  6. コロナワクチンとブースト
  7. IPCCによる気候変動警告
  8. アフガニスタンの科学者の運命
  9. なんとか結論が出た気候サミット

Nature今年の10人

  1. Winnie Byanyima:ワクチンの戦士
  2. Friederike Otto :気候変動の探偵
  3. Zhang Rongqiao: 中国火星探検隊隊長
  4. Timnit Gebru: AI倫理リーダー
  5. Tulio de Oliveira:コロナウイルス変異追跡者
  6. John Jumper:タンパク質の予測者
  7. Victoria Tauli-Corpuz:先住民族保護者
  8. Guillaume Cabanac:ねつ造探偵
  9. Meaghan Kall: Covidコミュニケーター
  10. Janet Woodcock: FDAのボス

Nature Medicine

  1. 骨髄腫に対するCAR-T治療
  2. アスピリンの心臓健康への効果の見直し
  3. クリスパーの臨床応用
  4. 幻覚剤の精神疾患への応用
  5. 機構と健康の関係が表舞台に
  6. マラリアワクチンの開発
  7. 肥満治療の新たな展開。
  8. ガン患者さんへの便移植治療
  9. 医学にも多様化の波
  10. タンパク質の折りたたみ予測
カテゴリ:セミナー情報

12月18日 重症統合失調症のゲノム構成 (12月13日 米国アカデミー紀要 オンライン掲載論文)

2021年12月18日
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現在では、自閉症スペクトラムや統合失調症の形成に、遺伝子が深く関わっていること、またその中の多くは遺伝していることは広く受け入れられるようになった。しかし、私が学生の頃、統合失調症に一定の家族性が見られるから遺伝性があると言ったため、暴行を受けた先生がいたぐらいで、遺伝性をタブーとする医師が多くいたように思う。

これまでゲノム解析によって、統合失調症と相関するSNPの数は100を遙かに超えていると思う。ただ、このほとんどは頻度の高いバリアント(common variant:CV)で、これらによる多因子支配となると、ほぼ性格と同じレベルの差になってしまう。その後、何万もの患者さんのゲノム解析が進んでくると、何千人、何万人に一人といった希なバリアント(rare variant:RV)が特定され始めた。この結果、統合失調症はCVが集まって生まれた性格的傾向の上に、RVが決定的な発病原因として後押しをすると考えられるようになった。

今日紹介するテキサス・ベイラー医大からの論文は、統合失調症をさらに重症度で分けて、RVの関与を調べた研究で12月13日米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「High-impact rare genetic variants in severe schizophrenia(重症統合失調症での高い影響力のあるrare variant)」だ。

医師から見ると、統合失調症も多様だ。特に、様々な薬剤が利用できるようになって多くが社会生活を送れるようになっているが、中には治療抵抗性で長期の病院生活を強いられるケースも多い。

この研究では5年以上入院を必要とした患者さんを重症の統合失調症(実際にはDSM-5と呼ばれる診断基準で決めている)を、社会復帰可能な典型的統合失調症から分けている。じっさい、重症患者さんの平均入院年数は25年に及ぶ。

こうして選ばれた112人の患者さんの全ゲノム解析を行い、このゲノムと、変異により発生異常などが発生することがわかっているRVリストと比較し、統合失調症に遺伝子機能異常を起こすRVの影響を測定している。

結果は明確で、コントロールと比較したとき、典型的統合失調症、重症統合失調患者さんで、遺伝子機能が損なわれるミスセンス変異の現れるオッズ比は0.9 vs 3.55、機能が変化する変異は1.3 vs 1.6と、大きな差がある。さらに、重症患者さんのほぼ半数で、ミスセンス変異か機能ロス変異が見られる一方、典型例では28%にとどまっている。

これまで症状の重さを区別せず数多くの統合失調症エクソーム解析から作成されたRVリストがあるが、その上位遺伝子変異の頻度は、逆に重症患者さんでは低い。すなわち、一般の脳形成、発達、維持に影響するRVが重傷者に見られ、典型例とは遺伝構成で大きく異なることを示している。

このような重症者で見られた遺伝子の例を見ると、

  1. FOXP2:この遺伝子が欠損すると、特異な構音障害が起こることがわかっている。
  2. WBP11:脳神経症状を伴う全身の発達異常を示す。
  3. DIS3L2: 神経発達障害パールマン症候群の遺伝子

などがあり、マイルドな発達障害が重症統合失調症発症に関わることがわかる。

最後に、同じような遺伝子背景で発生すると考えられている自閉症で、重症統合失調症に関わる変異がオーバーラップするかも調べているが、こちらも全く重ならない。すなわち、重症統合失調症は全く異なるメカニズムで発生する。

以上、今後遺伝子診断を早期に行って、病気のコースをしっかり調べる研究は重要になると思う。この論文で、現在でも20%の重症統合失調症は遺伝子診断できると言っているので、これにより統合失調症のみならず、私たちの精神についても理解が進むと期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月17日 大腸ガンへの2本の道 (12月14日 Cell オンライン掲載論文)

2021年12月17日
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腸の幹細胞マーカーを駆使した遺伝子操作によるHans Clevers研究室からの数々の仕事によって、直腸ガンは幹細胞で遺伝子変異が起きたことで発生するという考えがドグマ化していた。しかし考えてみると、これはAPC/ras をガンのドライバーとした研究で、直腸ガンへの他の道はないのか、見直すことは重要だ。

今日紹介する米国バンダービルド大学からの論文は、ガンになる前のヒトのポリープの細胞遺伝学的解析からヒントを得て、直腸ガンへは幹細胞ルートの他に、メタプラジア(異形成)ルートが存在し、両方のガンは特に誘導される免疫反応などで大きく異なっていることを示した、重要な研究で、12月14日Cellにオンライン掲載されている。タイトルは「Differential pre-malignant programs and microenvironment chart distinct paths to malignancy in human colorectal polyps (異なる前ガンプログラムと微小環境がヒトの大腸ポリープの悪性化の異なる道を示す)」だ。

ガン発生への道を知るためには、もっと早い段階での解析が必要と考え、この研究では62のポリープを、組織、エクソーム、そしてsingle cell RNAseq(scRNAseq)を用いて調べ、

  1. ポリープは、従来から指摘されているように、組織学的に2種類(AD型、SER型)に区別できる。
  2. AD型はWntシグナルなど幹細胞の特徴を残し、一方SER型は分化した細胞が障害により異形成を起こしたときに見られる特徴を持っている。
  3. ガンドライバー変異は、AD型でras変異、SER型ではBRAF変異が多い。
  4. scRNAseqを用いた系統樹から、AD型は幹細胞由来で、SER型は分化した栄養吸収を行う細胞由来。
  5. オルガノイド形成は、AD型のほうが遙かに簡単。

以上、様々な方法で特定できる異なるポリープ形成の道が存在すること、特に幹細胞型だけでなく、腸内の細菌叢などの作用で起こった障害により誘導されるメタプラジア(細胞の胎児化を伴う)を基盤にする道の存在を特定した後、このデータにもとづいて大腸ガンのデータを見直している。

結果、ガン化の過程で、ポリープ発生時の特徴は強く抑えられるものの、元の性質は残っており、従来の大腸ガン分類の多様性と一致する。さらに驚くことに、染色体不安定を示す直腸ガンのほとんどは、幹細胞型由来ではなく、分化マーカーを発現したメタプラジア由来であることがわかった。

染色体不安定を示す直腸ガンは、ネオ抗原が多く、高い免疫反応が誘導されることが知られているが、実際キラー細胞の浸潤はメタプラジア型ポリープ由来ガンで多い。しかし、この浸潤はまだ染色体不安定性のないポリープ段階から存在し、そのまま直腸ガンまで維持されている。一方で、抑制性T細胞は、幹細胞型のポリープで多く見られる。

この結果は、染色体不安定性によるネオ抗原の生成がガン免疫反応を誘導すると言った単純な関係以外に、メタプラジアからポリープ段階で、すでに免疫監視との関係が成立している可能性を示唆する。一方、抑制性T細胞が幹細胞型ポリープに多く浸潤するのも、深い意味がある可能性がある。

結果は以上だが、ポリープからガンまで、2つの道筋が示され、診断法が示されたこと、そして、それぞれの道が免疫と異なる関わり方を持つことが示されたのは、直腸ガンの臨床に大きなブレークスルーになるのではと期待できる。

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