4月16日:コレステロールも下げ方が大事(The British Journal of Medicine最新号掲載論文:doi: 10.1136/bmj.i1246)
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4月16日:コレステロールも下げ方が大事(The British Journal of Medicine最新号掲載論文:doi: 10.1136/bmj.i1246)

2016年4月16日
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   4月4日号のThe New England Journal of Medicineに、55歳以上の男性、65歳以上の女性を対象に、毎日少量のスタチンを予防的に服用させたHOPE治験の結果が報告された。ロスバスタチン服用群はLDLコレステロールやアポリポプロテインが抑えられ、さらに経過観察中の心臓発作もコントロールで4.8%だったのが、3.7%に抑えられたという結果だ。同時に行われた、低用量の降圧剤を服用する治験の結果をはるかに上回る好成績で、低用量アスピリンと同じで、中年で少し太り気味なら、症状がなくてもスタチンを毎日飲み続ければいいという結果だ(実は私も服用している)。
   とはいえ、薬を飲むよりは飽和脂肪酸を減らし、生活の中で動脈硬化を予防するのが本道と考える人は多い。その結果、シャレにならないほど例えばリノール酸XXXと不飽和脂肪酸をうたった食品が街には飽和している。
   このブームのルートを辿ると1960年代、アメリカ心臓学会が、心臓発作の原因となる動脈硬化を防ぐため、飽和脂肪酸(動物性脂肪)を不飽和脂肪酸(植物性脂肪)で置き換えた食事に変えるよう提言を出したことに始まる。この提言を受けて、心疾患のある方の脂肪を植物性脂肪に置き換えるSydney Diet Heart Study(SDHS) と今日紹介するMinnesota Coronary Experiment(MCE)と呼ばれるコホート調査が行われ、植物性脂肪に置き換えることでコレステロールが確かに低下することが示された。
  ただ、コレステロールが下がったからといって心臓発作が減ったことにはならない。これを確かめるためSDHSの対象者について心臓発作の発症が再調査され、驚くべきことに植物性脂肪に置き換えた群の方が心臓発作の発症率が高いことが2013年のThe British Medical Journal (http://dx.doi.org/10.1136/bmj.e8707) に発表された。
  ただこの研究は心臓病を持つ方が対象で、一般の人で同じことが言えるかどうかはわからない。この問題をさらに掘り下げるため、SDHSに続いてMCEの対象者について調べたのが今日紹介するThe British Journal of Medicine: doi: 10.1136/bmj.i1246に掲載された論文で、タイトルは「Re-evaluation of the traditional diet-heart hypothesis: analysis of recovered data from Minnesota Coronary Experiment (1968-1973)(食事と心疾患に関する伝統的仮説の再検討:ミネソタ冠動脈研究からデータの再調査)」だ。
  MCEの概要を読むと、1960年代だからできたと思われる研究だ。ダイエットの研究が難しいのは、同じ食事を対象者が取り続けることは不可能な点で、自己申告に基づいて介入ができたかどうか判断するしかない。一方この研究では精神的、身体的原因で長期間施設に入院している患者さんを無作為化して、動物性脂肪を使った通常食と、飽和脂肪酸を植物性脂肪で置き換え、その結果リノール酸を通常の2.8倍含んでいる食事に割り振り、3−4年間追跡している。おそらく無作為化した対象の食事制限を行ったという点では、ほぼ完全な研究で、もう2度とできないのではないだろうか。
 結果だが、実は1981年、この研究が(http://www.psych.uic.edu/download/Broste_thesis_1981.pdf) 最初発表された時から、動物性脂肪をリノール酸主体の脂肪に置き換えることにより血中コレステロールは確かに低下するが、死亡率では差が見られないか、逆に食事制限した方が死亡率が高いという結果を示していた。ただ、アメリカ心臓学会の提言が頭にあったのだろう。この問題がさらに追求されることはなかった。
   今回の研究では、この時のデータをもう一度掘り起こし、解剖所見を含む死亡例の詳しい検討をやり直し、死亡率に限って食事制限の効果を調べている。結果は、データが掘り起こせた全てのケースで、コレステロールは植物性脂肪に変えることで著明に低下する。しかし、死亡率で見ると通常食群の方が良好で、特に女性では大きな差になっているという結果だ。すなわち、飽和脂肪酸を単純に不飽和脂肪酸で置き換えた食事は、いくらコレステロールを下げても、死亡率を逆にあげることがあることを明確に示している。
  ただこの結果から、すぐにコレステロールを下げると体に良くないと結論するのは間違っている。HOPE治験が示すように、動脈硬化を抑えることで心臓発作を減らすことができる。要するに、動物性脂肪を植物性に置き換えればいいという単純思考が間違っている。間違っても食の一面だけを強調して、リノール酸XXXと宣伝している機能性食品や特保マークの付いた食品に惑わされないこと、これを今日紹介した論文は教えてくれている。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月15日:高齢出産と子供の成長(Population and Development Review 3月号掲載論文)

2016年4月15日
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   今日から2日に分けて、先入観を捨てて統計を見直すことの重要性を教えてくれる論文を紹介しよう。
  最初に高齢出産を取り上げる。
  女性の社会進出は結婚時期の高齢化と、それに伴う高齢出産の増加を伴う。例えば女性進出の先進国スウェーデンでは1/4の出産が35を過ぎてからだ。しかし、医者に限らず一般の人も高齢出産には様々な問題が付きまとうことを知っている。例えばダウン症の発症率、小児ガンの発症率、自閉症の発症率などは高齢出産で上昇することを示す論文が多く出されている。このため、これらの疾患統計をそのまま拡大して、高齢出産で生まれた子供は何らかの発達障害に見舞われることが多いという先入観が出来上がっている。しかし本当にそうだろうか?
  今日紹介する英国政治経済大学、人口統計学部門からの論文は、スウェーデンの人口調査を精査して高齢出産の成長への影響を調べた論文で、3月号のPopulation and Development Reviewに掲載された。タイトルは「Advanced maternal age and offspring outcomes: reproductive aging and counterbalancing period trends (母親の年齢と子供の成長:生殖年齢の高齢化とそれに対抗する時代の傾向)」だ。
  この研究が対象にしたのは、正常出産後の成長で、同じ家族に生まれた兄弟を比べる方法や、様々な社会的要因を補正して、できるだけ身体的高齢と子供の成長が比べられるように統計を取っている。従って、双生児を含む多胎出産だけでなく、一人っ子も全て統計から省いている。実際一人っ子で高齢出産になると、どうしても子供に多くの努力が注がれ、比較が難しくなる。また、高齢の方が経済的に豊かなことが多い。もちろんこの要因も加味して統計を取り直しているが、幸いスウェーデンは高福祉高負担の国で、教育は大学まで完全に無料だ。我が国と比べると、子供に貧富の格差が出ないように設計が行き届いた国で、両親の収入など影響は少なく統計が取りやすい。    このような条件で統計を取り直して明らかになったのは、正常に生まれ、成長した子供について調べれば、高齢出産だと身体能力や知能が劣るという思い込みは全く間違いであることがわかった。幾つかの結果を紹介しておく。
1) 同じ兄弟で比べた時、高校での学力テストの成績では出産年齢が35−39歳の子供が一番高い成績で、15歳から30歳まで出産年齢に応じて成績も上昇している。さらに、45歳以上の場合でも、低下は大きくない。一方、人口全体を対象に調べた場合、出産時の年齢の影響はあまり認められない。
2) 身長で見ると、45歳以上の出産では確かに低下しているが、特に高齢で成長が遅れるわけではなく、兄弟内で比べた時は30−34歳時の子供が最も高い。
3) 体力は40まであまり変化がないが、25−29歳時の子供が一番高い体力を示していた。 以上の結果は、確かに遺伝的異常のリスクは高まるが、それ以外は高齢出産でも子供の成長に大きな問題がなく、逆に学力や身長は30歳以降の子供の方が優れているという傾向があるという結果だ。
結論的には、高齢出産を恐れず子供を生めば良いという結論だ。
  残念ながら、子供の教育や食に大きな格差が生まれている我が国では同じ研究を行うことは難しいだろう。今のところはスウェーデンのような高福祉高負担で格差を減らそうとする社会体制からしかデータを取ることは難しい。とはいえ、高齢でも安心して子供を育てることができることは確かだ。
   このような論文を読むと、結婚適齢期、出産適齢期の存在を常識として振りかざし、議会で女性議員に「早く結婚して子供を産め」などと卑劣な野次を飛ばす議員のいる我が国の後進性に心が痛む。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月14日:にわかに信じられない話(4月7日号Cell掲載論文)

2016年4月14日
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   昨年11月Yahoo個人サイトで幾つか紹介したが(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishikawashinichi/20151114-00051431/)、にわかに信じられないと思える論文でも、トップジャーナルは拒否せず掲載する。逆に言うと、そんな中からパラダイムを変える研究が生まれることをエディターも知っているから、信じられないというだけで論文掲載を拒否することがあってはならないと自らに言い聞かせているのだろう。一般相対性理論でも、量子力学のエンタングルメントでも、直感と全く反することを正しいと認め合えることが科学の革新性だ。
  Yahoo個人に紹介した論文と比べるとまだまだ大したことはないが、今日紹介するハーバード大学からの論文もにわかには信じがたいし、読んだ後もなぜそうなるか理解できなかった。タイトルは「Oncogenic role of fusion-circRNAs derived from cancer-associated chromosomal translocations (ガンに伴う染色体転座からできる環状融合RNA は発がんに寄与している)」だ。
  DNAは転写された後すぐイントロン部分がスプライシングにより除かれる。この除去されたRNAの断端がたまたま融合すると環状RNAとして細胞内に停留することが知られていた。特に最近、このプロセスが偶然の産物ではなく、様々な機能を持っていることも示されている。
   おそらくこの著者らは、染色体転座が起こって、正常にはない転写物ができる時も環状RNAが生成されるのか興味を持ったのだろう。染色体転座ががんの引き金になっている白血病や小児癌で、転座により2つの違った遺伝子が融合した部位が転写される時、この環状RNAができるかまず調べ、調べた全ての染色体転座から環状RNAができていることを発見する。
  では、こうして出来た環状RNAには機能があるのか、線維芽細胞へ導入して調べると、PML/RAR及びMLL/AF9転座から生成された環状RNAは細胞増殖を促進する。また、同じ環状RNAを転座によるガン遺伝子とともに導入すると、ガンや白血病の発生が促進し、また出来てきたガンは薬剤に抵抗性を示すという結果を示している。
  転座によるガン遺伝子に加えて、それができる過程で生まれるスプライス産物までがガン発生に関わっているとは、ちょっとキワモノの匂いがしてしまう。残念ながらメカニズムは全くわからず、融合部位がshRNAで分解されると機能が失われ、またその部位の塩基配列を変えると機能が失われることから、融合によって生まれる新しい塩基配列が重要なことはわかる。また、異なる転座部位からの環状RNAは異なる遺伝子の活動を誘導しているようで、ここも分かりにくい。
  いずれにせよ、信じられないことほど面白い。今後どう発展していくのか、期待して見ていきたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月13日:ガンのチェックポイント治療を確実にする(J.Clinical Oncologyオンライン版掲載論文他)

2016年4月13日
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   最近は抗PD-1抗体などのチェックポイント療法が、ガン治療の話題の中心になった感がある。これは治療成績をみれば当然で、薬剤耐性細胞の出現が避けられない分子標的療法と比べると、効く場合はガンを長期に抑えることができる。またガン治療の究極のゴール、ガンの根治の可能性があるのは、現在の所キメラT細胞受容体を用いた治療も含め、免疫療法しかないと考える人も多い。ただ、高額な抗体を投与し続けるのかがチェックポイント治療の議論の中心になってしまっていることからわかるのは、抗PD−1抗体単独では根治が可能と言い切れない点だ。また、例えば日本でも認可されようとしている肺がんで見ると治療に反応するケースは20%程度で、しかも治療前にその効果を予測することができない。このため世界中でチェックポイント治療を確実にするための方法の開発が進んでいる。
  これまで紹介してきたように、チェックポイント治療はガンに対する免疫が成立しないと効果がない。このため、研究の柱はガン抗原に対する免疫反応を高める方法の開発だ。この方向には、ガンのネオアンチゲンの特定、ワクチンの開発、免疫成立の補助法開発などがある。
   もう一つの柱は、ガンに対するキラー細胞の機能を直接高めるための研究で、多様な可能性に注目した研究が行われている。
  最初に紹介するのは、J Clinical Oncologyオンライン版に掲載されたフロリダモフィットガンセンターからの論文「HDAC inhibitors enhance T cell chemokine expression and augment response to PD-1 immunotherapy in lung adenocarcinoma(HDAC阻害剤はT細胞のケモカイン発現を高めて肺腺がんに対する抗PD-1免疫治療効果を高める)」だ。この研究では、ガンの周りのT細胞の浸潤が拡大するためには、ガンに到達したキラー細胞からケモカインがでて、もっと多くのキラー細胞をガンに集中させることが重要と考え、T細胞のケモカイン産生を誘導する薬剤のスクリーニングを行い、romidepsinと呼ばれるヒストンアセチル化阻害剤を特定している。詳細は省くが、この薬剤と抗PD-1抗体を組み合わせると、それぞれ単独より高い効果がで、場合によってはガンが完全に消滅することを報告している。
  次のテキサスサウスウェスタン大学からの論文「Facilitating T cell infiltration in tumor microenvironment overcome resistance to PD-L1 blockade (ガンの微小環境へのT細胞浸潤を促進するとガンのPD-L1抗体に対する抵抗性を克服できる)」は、キラー細胞の浸潤を高めるため、今度はT細胞自身ではなく、ガンの周りのストローマ細胞を刺激してケモカインを分泌させようとする研究で、Cancer Cellの3月14日号に掲載されている。この論文では、ガンに発現するEGF受容体に対する抗体と、ストローマ細胞の炎症反応を刺激するLIGHT分子を合体させた分子を投与して、ガンの周りだけに強い炎症を誘導する方法を開発している。これだけでもガンに対して強い効果があるが、これに抗PD−1抗体を加えると、ガン局所へのT細胞浸潤が上昇し、ガン抑制効果が格段に上がるという結果を示している。
    最後に紹介する上海の中国科学アカデミーの研究所からの論文「Potentiating the antitumour response of CD8+ T cells by modulating cholesterol metabolism (CD8陽性T細胞の抗がん反応をコレステロール代謝を変化させて高める)」は、キラーT細胞自体の活性を高めるという少し毛色の変わった研究で3月31日号のNatureに掲載されている。このグループはもともとはコレステロール代謝を研究していたのだろう。コレステロールのエステル化に関わる分子ACAT1の作用をT細胞で調べている時、T細胞刺激でこの酵素の発現が高まること、そしてこの分子の阻害剤がT細胞のキラー活性を高めることを見つけている。要するに、T細胞が活性化されると、コレステロール代謝システムが変化し、反応が強すぎないようにするメカニズムが存在し、これを抑えれば免疫反応を強めることができるという結果だ。使われた阻害剤はすでに高コレステロール血症の治療で安全性が確かめられているらしく、すぐに利用可能な薬剤のようだ。ただ、前2つの論文と比べると、効果は強くない。
   もちろん私が読んだのはほんの一部だと思うが、この2週間論文に目を通すだけでも、PD-1治療を確実にするための研究が盛んに行われているのがわかる。おそらくその中から、ついにガンの根治をもたらすプロトコルが開発されると期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月12日:あらゆることを治験で確かめる(4月11日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年4月12日
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    科学的に説明がつかない場合でも、きちんと計画された治験に基づいて効果が確認されれば、薬効はある。一方、どんなに科学的に妥当性があっても、治験でその効果が確かめられなければ、薬効はないと判断する。さらに、薬効が認められた薬でも、使用する状況が異なると同じ結果が得られるかどうかわからない。したがって、薬効は使用状況に合わせて治験を行い、効果を確かめる必要がある。
  そんなことは百も承知だが、状況を変えて治験を行うことはそう簡単ではない。特に救急現場で無作為化して薬剤の効果を調べるなど、インフォームドコンセントのことを考えると至難の技だ。今日紹介するワシントン大学からの論文はこの難題をやってのけた研究で4月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Amidarone, Lidocaine, or placebo in out-of-hospital cardiac arrest (病院外の心停止に対するアミダロン、リドカインの効果)」だ。
  街中に除細動器が普及している今も、病院外で心停止が起こると、助かる確率は低く、アメリカでは年間30万人の方がこのように亡くなるらしい。心停止に対する最も有効な治療はもちろんこの除細動だが、何回か試みて正常に戻らなかったケースに、まずエピネフリンなどの昇圧剤を投与、その後アミダロン、リドカイン、生食のいずれかが無作為化して入れてあるアンプルを注射、病院到着時の生存率を調べたのがこの研究だ。実際この条件で患者さんを選ぶと、最初約38000人の心停止患者さんから初めて、対象として残るのが4653人になっている。救急隊が電話を受けてからの到着時間に3群で差はないが、平均が5分程度というのはアメリカの救急システムが極めてうまく機能していることをうかがわせる。
  ちなみに、私が習った40年前の医学では、この場合完全にリドカインの静脈注射になる。さて結果だが、統計的にはアミダロン、リドカインの投与にかかわらず、病院到着時の生存率にほとんど差はない。これは、私にとって全く予想外の結果だった。しかし、発作を起こした時誰かがそばにいてすぐに救急に電話があった場合は、アミダロンやリドカイン投与で5%ぐらい救命率が上がるという結果か考えると、発作後治療までの時間が短いほど、薬剤の効果が現れる可能性を示唆している。従って、到着まで5分という時間であっても、蘇生のためには大きな時間ロスになっていることがよくわかる。結局、誰かが発作を見ていて、除細動を含む適切な処置を受けないと、心室細動からの蘇生は難しいことがわかる。   しかし、私なら絶対リドカインだと思っていることまで、無作為化し、インフォームドコンセントを取らなくて良いという手続きまで済ませて治験を行うアメリカの医学には脱帽だ。ただ、もしリドカイン群の生存率が2倍だったら、大きな非難にさらされるかもしれない治験だと思った。
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4月11日:地道に進む異種移植研究(Nature Communication:DOI: 10.1038/ncomms11138掲載論文)

2016年4月11日
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   昨年11月、George Churchの研究室から、CRISPR/Cas9を用いてブタのゲノムから、存在する全ての内因性レトロウイルスを除去したという論文がScienceに掲載された (Yang et al, Vol350, 1101)。目的はもちろんこの技術による遺伝子編集の可能性を示すためだけではない。現在ヒトを対象とした異種移植のドナーとして最も期待されているブタの臓器から、ヒトへの危険を取り除き、安心して移植に使えるよう改変するためだ。実際、脳死移植が盛んな欧米でも、ドナー不足は深刻で、真剣にブタ臓器の利用の可能性が研究されている。動物の臓器を移植されるのに抵抗のある人も多いだろうが、アメリカでは一時異種移植が頻繁に行われた時期が実際にある。ただ、このときの経験や、動物実験から、異種移植には、同種移植とは全く異なる問題が多くあることが明らかになった。私自身はほとんどフォローしていなかったが、この問題を一つ一つ解決して、移植臓器の生着を1日でも伸ばそうと地道な研究が続けられている。
  今日紹介するアメリカ国立衛生研究所からの論文はまさにこの地道な努力がわかる研究でNature Communicationに掲載された。タイトルは「Chimeric 2C10R4 anti-CD40 antibody therapy is critical for long-term survival of GTO.hCD46.hTBM pig to primate cardiac xenograft (サルへのGTO.hCD46.hTBMブタ心臓移植の長期生着にとって抗CD40抗体治療は決定的に重要)」だ。
  現在移植臓器の生着期間を伸ばすために、2方面から改良が進んでいる。一つは臓器の改変で、この研究では異種組織が最初に受けるアタックに関わる糖鎖抗原をノックアウト(糖鎖転移酵素ノックアウトGTOKO)、次に補体作用を抑えるためにヒトCD46遺伝子とトロンボモデュリン遺伝子のトランスジェニックブタを作成している。チャーチの論文からわかるように、この改良はCRISPRでさらに加速されるだろう。
  一方免疫抑制だが、異種移植での拒絶反応の特徴は抗体反応の関与で、同種移植とは全く異なる免疫抑制法の開発が必要になる。この研究では移植前からCD20、抗胸腺細胞抗体、抗CD40を投与、その後維持療法として、ミコフェノール酸、プレドニン、アスピリンにCD40に対する抗体を用いたプロトコルを検証している。今回新たにテストされたのが、抗CD40抗体で、B細胞自体を殺すのではなく、B細胞の活性化を抑制する働きがある。
  この研究では、糖転移酵素ノックアウト、CD46.TBM トランスジェニックと3重の遺伝子改変したブタ心臓をサルに植えて機能的生着を調べている。結果はめざましいもので、サルに移植したブタ心臓は1年生着させるのがやっとだったが、抗CD40維持療法を加えることで、最長900日の生着が可能になったという結果だ。実際には、900日目にCD40抗体投与をやめて、拒絶反応が再開することを示しており、頑張ればもっと長い期間生着すると思う。
  ほとんど知らないところで、異種移植がもう一度実用化される日が近づいているのを実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月10日:組織再生特異的遺伝子発現(Natureオンライン版掲載論文)

2016年4月10日
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   ゼブラフィッシュ再生研究をリードするグループの一つがKen Possのグループだが、これまではどうしても現象論的研究が多かった。それでも、マウスや人のモデルと比べると、ゼブラフィッシュは驚くべき再生能力を持っているため、我々では想像のつかない実験を示して、楽しませてくれている。もちろんゼブラフィッシュを使う利点は遺伝学を使える点だが、再生時特異的な現象の遺伝学は簡単ではない。今日紹介するデューク大学Ken Poss研究室からの論文は、よりオーソドックスに再生現象に関わる分子生物学的メカニズムを探ろうとする論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Modulation of tissue repair by regeneration enhancer elements(再生時のエンハンサー領域を使った組織修復の調節)」だ。
   研究ではまず心臓とヒレの再生を誘導し、再生時に両方の組織で強く発現する遺伝子を探索している。その中で最も強く発現したのがレプチンで、マウスやヒトでは肥満の抑制に関わる重要な分子として研究されてきた。この研究ではなぜレプチンが再生に必要なのかについて深入りせず(面白いテーマだが)、再生時にレプチンの発現を上昇させるエンハンサー領域を探索し、アセチル化ヒストンの結合などを指標に、最終的に彼らがLEN(レプチンエンハンサー)と名付けた領域を特定している。この領域をマウスやヒトと比べると、すでに哺乳動物では大きく変化しており、我々が再生能力を失ったこと呼応する。しかしLENを使うとマウスの指や心臓でも再生時に遺伝子発現が上昇することから、今後再生組織の操作に使えるかもしれない。実際、この研究でも、LENを活性化する分子生物学は全く行わず、この領域を使った遺伝子操作実験に焦点を当てている。結果は当然といえば当然で、LENを使って様々な遺伝子を再生組織で発現させると、再生を止めたり、あるいは細胞の増殖を促進したりすることができることを示している。この結果は、今後の再生研究にLENが重要なツールになることを示している。   内容としてはこれだけで、このエレメントがどのように活性化されるのかなど肝心なところはわからないままだ。少しレフリーも甘いかなという印象がある。しかし、将来への材料としてはかなり期待が持てる。論文でも示されたように、再生組織特異的遺伝子操作のツールとなる。また、哺乳動物への進化の過程で、どのようにこのエレメントが変化したのを明らかにすることも重要だ。そして何より、このエレメントを使って、再生組織だけで遺伝子発現が誘導されるメカニズムを、ゼブラフィッシュだけでなく、マウスやヒトを使った細胞レベルの研究も可能だろう。不満は残るが、期待を持って将来の発展を見ていこう。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月9日:未来の薬局(4月1日号Science掲載論文)

2016年4月9日
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  現在、講義を頼まれると、できるだけ21世紀の生命科学全般に共通する課題について話をさせていただくようにしている。しかし医学部で講義をする場合、21世紀の医療に限って話をすることもある。その場合、20世紀の中央集権的社会が、21世紀のpeer to peer社会へと変革するとき医療がどうなるか、ゲノム、IT、コホート、集合知をキーワードに講義を組み立てている。いつも話の最初に、peer to peer社会を象徴する3Dプリンターの普及を見ると、化合物合成機だけが置いてあって、ネットで送られてきた病気やゲノムのデータを元に各人に合致した薬を作ってくれる未来の薬局が21世紀の標準になるかもしれないと、20世紀の遺物にとらわれないことの重要性を強調する。とは言っても、化学合成は私の分野外で、しかも物理と化学は今も最も苦手な領域だ。話していても、実際に具体的イメージがあったわけではなかった。
  ところが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文を読んで、これまで学生さんに話していたことも、まんざら妄想だけでないことを知ることができた。論文のタイトルは「On-demand continuous-flow production of pharmacyeuticals in a compact, reconfigurable system (コンパクトで設定変更が容易なオンデマンド連続フロー薬剤合成)」で、4月1日号のScienceに掲載された。
  論文に写真が出ているが、要するに様々な化学化合物を、比較的単純な原材料から合成するための小型合成機を作ったという論文だ。実際写真が掲載されており、ちょっと大型の冷蔵庫ぐらいの大きさだ。機械は、幾つかのタイプの反応槽や精製槽をチューブでつないだ構造を持っている。論文では、すでに合成できている化合物ならほとんどをこの装置で合成できると述べている。その上でこの研究では、抗ヒスタミン剤として風邪薬に入っているジフェンドラミン、局所麻酔薬のリドカイン、セルシンとして知られている精神安定剤ディアゼパム、抗うつ剤として用いられる塩酸フルオキセチンを、同じ機械で、チュービングを変えるだけで全て合成している。もちろん分野外で私にわかるのはここまでだが、一般試薬として手に入る化合物を原料として、少なくとも現在使われている化合物の多くを合成できるというのはすごい。この小さな機械からできる薬の量は個人の使用量としてみれば十分だ。例えば最も複雑な反応系が必要な塩酸フルオキセチンだと200-300錠を1日で合成する。例えば錠剤にするための3Dプリンターと組み合わせれば、実際の錠剤としても手に入るかもしれない。   これまで、未来の薬局を21世紀後半の話として若い学生さんに話してきたが、今年からはかなり早い時期に実現可能な技術だと紹介することにする。現在薬剤のネット販売の自由化が議論されているが、こんな議論も昔話になりそうだ。
  薬として利用できる化合物の数は今後も急速に増えるだろう。とすると、儲かる化合物だけが対象になり、ジェネリックメーカーでも手を出さなくなる薬剤は増える。大量の薬剤を一挙に時間をかけて作ることが前提になっている中央集権的創薬を根本的に見直さないと、これまで積み上げてきた人類の知の遺産を捨てることになる。わからないとはいえ、興奮して読んだ論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月8日:ジカ熱対策の切り札(J Medical Entomology掲載論文他2編)

2016年4月8日
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    最近のジカウイルス研究を眺めていると、寄ってたかってとはこのことを指すと、人間の英知を実感する。世界を襲う正体不明のウイルスに立ち向かう人類の話は何度も映画の題材になっているが、周りで人が倒れていくというシーンはなくとも、同じことが起こっていることが、机に座って文献を検索しているだけでわかる。例えば、メドラインという検索システムで調べると、今年に入ってから発表されたジカ熱についての研究論文は250を越している。全ゲノムは当然のように解読されているし、それに基づいてワクチンの開発も進められているようだ。
   先週、5月11日発行予定のCell Host & Microbeにジカウイルスについて2報の論文が発表された。一つはジカウイルスを感染させるマウスモデルを作成したというノースカロライナ大学からの論文で、タイトルは「A mouse model of Zika virus pathogensis(ジカウイルス病態解析のためのマウスモデル)」だ。これまで、ヒト幹細胞を用いたジカウイルス感染モデルは出来ていたが、病態解析には動物モデルが欠かせない。この研究では、様々なノックアウトマウスにウイルスを感染させる実験を行い、正常マウスはジカウイルスに感染しないが、ウイルス感染に反応してインターフェロン誘導などを制御しているIRF分子などのウイルス防御に関わるメカニズムを外しておくと、マウスにもジカウイルスが感染することを示している。さらに、正常マウスでもインターフェロン受容体に対する抗体で前処理することで、ウイルスを感染させられることを示している。この系を用いて、マウスの胎盤をジカウイルスが通過する過程の解明が進むだろう。この論文で面白かったのは、1)マウスのほとんどの臓器はジカウイルスが感染するようだが、最も深刻な症状は神経系で見られ、2)精巣のウイルス量は高いという結果だ。今後、性交渉による感染への考慮も必要だろう。   もう一つの論文は「Type III interferons produced by human placental trophoblasts confer protection against Zika Virus infection (人間のトロフォブラストで作られるタイプIIIインターフェロンはジカウイルスに対する防御)」というピッツバーグ大学の仕事で、ジカウイルスの胎盤通過の鍵になると思われるトロフォブラストへの感染が完全にインターフェロンで防御されているという結果だ。従って、実際の侵入経路を見つけるためには、試験管内ではなく、動物モデルでの検討が必要になるが、その意味で最初に紹介したマウスモデルは重要になる。もちろん、インターフェロンシステムを抗体で全てブロックするという戦略を使えば、サルを含む他の動物を使った胎盤通過実験ができるだろう。
  とはいえ、これらの研究が身を結ぶのはもう少し先になる。エボラウイルスの時もそうだったが、さしあたっての問題に対応するためには公衆衛生学が重要になる。ジカ熱の場合、ウイルスを媒介する蚊を完全に退治することが急務だ。ヒトが住む場所では殺虫剤の噴霧、蚊が卵をうむ水たまりをなくすことが主な取り組みだが、今日最後に紹介するフロリダ大学からの論文では蚊の習性を利用してトラップに卵を産ませ、次世代を断つという戦略についての研究で、本当にいろんな実験が行われていることを実感する。タイトルは「Aedes albopictus (Diptera:culicidae) oviposition preference as influenced by container size and Buddleja davidii plants (ヒトスジシマカ(ハエ目)の産卵場所の選択は水槽のサイズとフジウツギにより影響される)」だ。
  もちろんこれまで長い研究があるのだろう。ヒトスジシマカの習性から著者らは蚊がフジウツギの花を好むことを知っていた。そこで、野外で蚊が産卵する容器をおいて、どの容器に蚊が産卵するかを調べている。結論だけを述べると、フジウツギの近くに2リットルぐらいの容器をおいておくと、蚊が一番産卵するという話だ。まったく現象論で、蚊が引き寄せられるのは、視覚なのか、嗅覚なのかこれから調べる必要があるが、理屈はともかくやってみる価値が大いにある。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月7日:哺乳動物ゲノムのアデニンメチル化(3月30日号Nature掲載論文)

2016年4月7日
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   哺乳動物のエピジェネティックス研究ではDNAメチル化というとシトシンメチル化を指すが、原核生物の大腸菌では早くからアデニンのメチル化についての研究が進んでおり、ファージウイルスやプラスミドなど外来DNAが侵入した時、制限酵素で分解して身を守る時、自分のゲノムをアタックしないための標識に使われていることがわかっている。最近になって、真核生物でもアデニンがメチル化され、転写や複製の調節に使われていることがわかってきた。昨年5月Cellに3報の論文が同時掲載されたので、このホームページでも5月7日(http://aasj.jp/news/watch/3392)、5月8日(http://aasj.jp/news/watch/3397)と連続で、線虫、ショウジョウバエ、ミドリムシについての研究を紹介した。
   今日紹介するエール大学からの論文は、マウスのES細胞でアデニンメチル化が検出できることを示した研究で、3月30日号のNatureに掲載された。タイトルは「DNA methylation on N6-adenine in mammalian embryonic stem cells (哺乳動物のES細胞に見られるN6-アデニンのDNAメチル化)」だ。
   この研究では、まず本当にアデニンメチル化が存在しているのかどうかを一分子シークエンサーを用いて調べている。これまでの研究では、メチル化されたアデニンを含むDNA断片を取り出してきて配列を調べていた。ただ、哺乳動物ゲノムではメチル化されたアデニンの量が少なく、簡単ではなかったようだ。そこで著者らは、ES細胞が分化の方向にコミットする時ヒストンがH2A.Xに置き換わる現象に注目して、ここにメチル化アデニンが濃縮するはずだとあたりをつけ、H2A.Xヒストンが結合しているゲノム部分を精製している。こうして集めたDNAを今度は一分子シークエンサーで直接解析する。これまでの研究で一分子DNAを複製する時、ポリメラーゼの反応時間からアデニンと修飾されたアデニン(この場合はメチル化アデニン)を区別できることがわかっている。これを利用して、間違いなく哺乳動物でもアデニンメチル化が存在していることを証明した。アデニンとメチル化アデニンを区別できるなら最初から全ゲノムを一分子シークエンサーで読めばいいはずだが、もともとエラーの多い方法なので、解読のカバレージをあげる必要があり、そのためにメチル化された部分を濃縮しないと正確な解読は難しいようだ。
  メチル化アデニンの存在を確認した後、次にメチル化アデニンを脱メチル化する酵素がAlkbh1であることを特定し、この遺伝子をノックアウトしたES細胞でおこるメチル化アデニンの変化を調べることで、1)アデニンメチル化は、X染色体上の遺伝子発現を比較的選択的に抑制する働きがあり、2)これはX染色体に飛び込んできたL1トランスポゾンのうち、新しい、伝播力を持った完全なトランスポゾンだけがアデニンメチル化されたためであること、そして3)L1のアデニンメチル化により近くのエンハンサーの活性が低下すること、を示している。
  この結果から著者らは、新しくX染色体ゲノムに統合されたL1トランスポゾンが、細胞分化時に活動するのを抑える特殊な働きがメチル化アデニンの機能ではないかと推論しているが、さらに研究が必要だろう。
  この週に、一分子シークエンサーを用いた研究が続いて報告されているが、このテクノロジーのポテンシャルが発揮され始めたことを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ