3月11日:ピーナツを食べるとピーナツアレルギーにならない(3月7日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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3月11日:ピーナツを食べるとピーナツアレルギーにならない(3月7日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年3月11日
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   我が国の現状は把握していないが、欧米ではピーナツアレルギー患者が現在も増加しているようだ。アレルギーの予防は、原因となる抗原を避けることだが、患者さんはこれがそう簡単なことでないのは実感している。したがって、アレルギーにならないよう子供を育てることが最も重要だが、具体的な方法については明確でない。乳児期にアレルゲンを除いた食事を与えればいいのではと単純に考えたくなるが、この方法でアレルギーが予防できるという証拠は全くない。
  ところがちょうど昨年の今頃ロンドンのキングスカレッジから、乳児期にピーナツを積極的に与えるとピーナツアレルギーの発症頻度が格段に低下するという画期的結果がThe New England Journal of Medicineに報告された。今日紹介する論文は、この研究の続きで、タイトルは「Effect of avoidance on peanut allergy after early peanut consumption (早い時期にピーナツを避けることによるピーナツアレルギーへの影響)」だ。
  昨年の論文では600人近い乳児をリクルートし、乳児期にピーナツを食べさせたグループと、ピーナツを避けさせたグループの子供について、60ヶ月後にピーナツアレルギーを調べ、積極的にピーナツを食べさせた子供では1.9%しかアレルギーが認められなかったのに、ピーナツを避けたグループでは13.7%が皮膚反応陽性だったという結果が示されている。
  今回の研究では、この時成立した免疫状態が、60ヶ月後から1年間ピーナツを避けることで変化するか、72ヶ月時期に調べている。アレルギーかどうか、実際にピーナツを食べさせて判定している(少し恐ろしい気もするが)。他にもIgEやIgG抗体価を調べて示しているが、詳細は省いていいだろう。結果は明確で、乳児期に成立した免疫状態は安定に続き、後からピーナツを避けたからといって、アレルギーになることはないという結果だ。   要するに、乳児期に積極的にアレルゲンを摂取したほうがアレルギーにならず、こうして成立した状態は、その後のアレルゲン摂取状況にかかわらず安定に続くという結果だ。おそらく、坂口さんの発見した抑制性T細胞の誘導など複雑な要因が絡んでの結果だろう。メカニズムの解析には動物実験が必要だと思う。しかし、前の論文を読むと、この研究の発端は、乳児期からピーナツをこどもに食べさせるイスラエルのユダヤ人は、アメリカに住むユダヤ人と比べてピーナツアレルギーの頻度が低いという観察から始まっている。注意深い観察から始まる医学研究の重要性がよくわかる。幼児期の習慣を詳しく調べなおすことは、アレルギーが増加している我が国でも、対策を練るために重要なことだと実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日:脂肪肝で肝ガン発生が亢進する理由(3月10日号Nature掲載論文)

2016年3月10日
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   肝臓の慢性炎症が肝臓ガンの増殖を促進することは古くから知られているが、ガン自体に対する特異的免疫反応が脂肪肝によりどのように影響されるのかについてはあまり研究が進んでいない。今日紹介する米国国立ガン研究所からの論文はこの問題に取り組んだ研究で3月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「NAFLD causes selective CD4+T lymphocyte loss and promotes hepatocarcinogenesis (NAFLDはCD4陽性Tリンパ球を選択的に減少させ肝ガン発生を促進する)」だ。
  タイトルにあるNAFLDはNon-alcoholic fatty liver diseaseの略で、アルコール以外の原因による脂肪肝を指す。この研究では、ガン遺伝子Myc遺伝子を導入されたトランスジェニックマウスに、メチオニンとコリンが欠損した特殊食を投与することでマウスに脂肪肝を発生させると、正常食と比べて肝ガンの発生率が上昇するというモデル実験系を用いている。肝ガン発生の亢進が確認できる4週と8週で肝臓に存在するリンパ球を調べ、CD4陽性細胞が選択的に半減していることを発見する。この発見がこの研究の全てで、免疫細胞が減少することで、ガンの増殖が亢進するというシナリオの糸口をつかんだことになる。実際にこのシナリオが正しいかどうか確認するため、脂肪肝を誘導していないマウスのCD4陽性細胞を抗体を用いて除去し、確かにCD4陽性細胞が肝ガンの発生を抑えていることを明らかにしている。
  あとはCD4T細胞が消失するメカニズムを調べる実験で、
1) 脂肪を蓄積した肝細胞から分泌されるステアリン酸が直接CD4T細胞に働いて細胞死を誘導すること、
2) CD4T細胞の中にガン抗原特異的RORγ細胞が存在し、これが減ることで肝ガンの増殖を抑えられなくなっていること、
3) ステアリン酸がミトコンドリア内の電子伝達系の活性を低下させ、その結果活性酸素が上昇し、CD4陽性T細胞の細胞死が誘導されること、
4) 脂肪肝内のCD4陽性細胞でも同じように活性酸素が上昇していること、
5) ミトコンドリア特異的抗酸化剤を投与するとCD4T細胞の減少を抑えることができること、
を明らかにしている。
   最後に同じことが人間でも見られるかどうかを確かめるため、ヒトのCD4T細胞をステアリン酸で処理し、マウスと同じように細胞死が誘導されること、NASHと呼ばれる脂肪肝のバイオプシーサンプルで、CD4T細胞が選択的に低下していることを認めている。
  脂肪肝により、特異的免疫細胞が殺されるとは恐ろしい話だ。しかし、脂肪組織では同じことは起こらないのか、感染に対する免疫反応も低下するのかなど疑問がわく。逆に新しい治療標的が見つかるかもしれないという期待もある。NASHの不安を抱える人には期待の持てる仕事だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月9日:ジカ熱感染は明確に胎児発生異常を引き起こす(3月7日The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年3月9日
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   2月3日にジカ熱について緊急に発表された総説をこのホームページで紹介して、病気自体はほとんど風邪程度で終わるが、現在流行している南米で小頭症が増加しており、妊婦の感染による胎児の発生異常が懸念されていることを述べた(http://aasj.jp/news/watch/4806)。この中で、ジカ熱が胎児発生異常の原因かどうかを医学的に確認するのは時間がかかると感想を述べたが、実際にはジカウイルスが確かに胎児発生異常の原因であることを証明するため着々と研究が進み、3月に入って論文が発表され始めた。
   我が国メディアはiPSと関連すれば騒ぐ傾向があり、もっぱらCell Stem Cell6月号に発行される予定の、iPSから誘導した神経細胞にジカウイルスが感染し、感染細胞が死ぬことを示した論文を紹介しているようだ(http://www.cell.com/cell-stem-cell/abstract/S1934-5909%2816%2900106-5)。ただ、この研究から妊娠時の感染により発生異常が起こるとは結論できない。今日紹介する論文はUCLAを中心に行われた、ジカウイルス感染を確認した妊婦を追跡調査したコホート研究で、ジカウイルス感染により胎児発生異常が起こることを初めて医学的に証明した研究と言える。タイトルは「Zika virus infection in pregnant women in Rio de Janeiro-Preliminary report (リオデジャネイロの妊婦さんのジカウイルス感染—予備報告)」で、3月7日号のThe New England Journal of Medicineに発表された。
  この研究は昨年9月から本年2月の間にジカウイルスに感染、ジカ熱を発症したことが確認された妊娠5−38週妊婦72人の胎児の発達状態を超音波検査などで追跡した研究だ。ジカ熱発症については典型的な紅斑が出たかどうかで判断し、ジカウイルス感染は血液や尿中のジカウイルスをPCR検査で確認している。 結果をまとめると次ようになる。 1) 2例が妊娠3ヶ月前に流産。2例が30週後に死産
2) 42例で超音波検査が許諾され、12例(29%)に様々な異常が検出された。
3) 具体的な異常:子宮内での成長の遅れ(5例)、小頭症(4例)、脳内石灰化(4例)、血流異常(4例)、羊水量低下(2例)
4) 経過観察中に超音波診断で異常が見つかっていた6例出産。2例は死産(超音波検査ではいずれも正常)。1例は胎盤不全により帝王切開で出産、大脳萎縮と黄斑萎縮。1例は小頭症。2例は羊水量低下などによる早産、いずれも新生児集中治療。
5)  超音波診断陰性児2例は正常出産。
   この研究ではっきりしたのは、ジカ熱を発症した妊婦の胎児は高率に発生異常を示すこと、小頭症など脳の発達異常の確率が高いこと、胎児脳の異常が見つからなくとも、胎盤の発達異常や血流障害などで、正常分娩ができないケースが高率にあること、超音波診断上の異常は出産後確認できること(すなわち超音波診断は正確)を示している。これはまだ予備レポートで、今後追跡中の全例の出産が終わり、詳しい結果が出ると思われる。ただそれを待たなくとも、ジカウイルスが発生異常を引き起こすという因果性が明確になり、事態は深刻であることがはっきりした。メカニズムはともかく、妊婦がジカ熱にかかることを全力で予防せよと訴える切迫感のある論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月8日:ガンのネオ抗原(Scienceオンライン版掲載論文)

2016年3月8日
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   プレシジョンメディシンについては何回も紹介したが、個々の病気に関する、主にゲノムの分析結果に基づいて治療を行い、根治を目指す治療だ。例えば、今我が国では抗PD-1や抗CTLA4抗体を用いた免疫チェックポイント阻害治療に注目が集まっているが、現在のところ治療を始める前に結果を正確に予想することはできない。癌に対する免疫が成立していないと、この治療も無力だ。今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、肺ガンについてガンに対する免疫成立を正確に予想するための方法を模索した研究でScienceオンラン版(Science Express)に掲載された。タイトルは「Clonal neoantigens elicit T cell immuneoreactivity and sensitivity to immune checkpoint blockade (ガンクローンに発現するネオ抗原がT細胞免疫とチェックポイント阻害治療の感受性を決める)」だ。
  ガンのエクソーム(タンパク質に翻訳されるゲノム部分の配列)が調べられるようになり、肺ガンでは直接発ガンに関わる変異だけでなく、多くの分子に突然変異が存在することがわかっている。この変異分子が実際にはガン特異的な免疫反応を誘導するネオ抗原として働く。この研究では、腺ガンと扁平上皮ガンのエクソーム検査からネオ抗原として働き得る抗原を探索し、1)個々のガンで平均300近く特定できる、2)ネオ抗原の候補の数が多いほど予後が良い、3)ガン内の多様性が増大するとネオ抗原が多く見つかっても予後が悪い、4)扁平上皮ガンではクラス1組織適合性抗原の発現が低く、ネオ抗原が存在しても免疫が成立しない、ことを明らかにしている。
  ここまではこれまでに報告されていた結果を確認したものだが、この研究では多様性の異なる腺ガンを選び、周りに浸潤しているリンパ球ネオ抗原候補への反応を調べ、実際のネオ抗原としてはたらいているペプチドを特定し、次にこのペプチドと組織適合性抗原とを用いて浸潤リンパ球を染色している。この結果ほとんどのガン細胞が同じネオ抗原を発現している場合、ほとんどのキラーT細胞活性がその抗原に集中するが、ガンの多様性が上昇すると様々な抗原に分散してキラーT細胞が誘導されることを示している。また、ネオ抗原で染色できる浸潤T細胞がPD1抗原をが発現することを証明している。実際の臨床で応用するにはまだまだだろうが、ここまで徹底すればガンのネオ抗原、ガンに対する免疫反応、そしてその質を完全に把握できることを示している。
  ただそこまでいかなくとも、この結果からネオ抗原を指標に見たときガンが多様化していないことが、有効な免疫反応が起こり、チェックポイント阻害治療が効く重要な条件であることがわかる。実地臨床でこれを確かめるため、メラノーマでのチェックポイント阻害治療について調べ、確かに多くのネオ抗原を発現しており、ガンの多様化が進んでいない場合のみ抗PD1や抗CTLA4抗体治療が聞くことを示している。
  少なくともガンのエクソーム検査をまず行ってからチェックポイント阻害治療を行う必要性を強く示唆する結果だが、我が国のエクソーム検査の現状を見ると、ほとんどの医療機関では当分プレシジョンメディシンからは程遠い、当たるも八卦型の治療が行われ、無駄な医療費が空費されるのだろうと思う。コンプリートジェノミックスの知り合いに聞くとガンのエクソーム検査はだいたい10万円前後に収まってきているようだ。だとすると、抗体治療薬の何分の1のコストで投与効果を予想できることになる。   PD1が開発された国で、最もプレシジョンメディシンから外れたガン治療が行われるとは情けない。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月7日:高脂肪食と腸の幹細胞(3月3日号Nature掲載論文)

2016年3月7日
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    我が国で大腸直腸癌は戦後増加の一途をたどっている。様々な要因の結果と考えられるが、一番大きな影響を持つ要因は、欧米型の食生活が普及し、脂肪を多く取る様になったことではないかと考えられている。これは日本人に限るわけではなく、疫学的研究、及びマウスを用いた研究からも、肥満と大腸癌の相関を示しているが、そのメカニズムについては明らかになっていない。
  今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は高脂肪食の腸管上皮細胞の増殖に及ぼす影響を調べた研究で3月3日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hith-fat diet enhances stemness and tumorigenicity of intestinal progenytors(高脂肪食は腸管前駆細胞の幹細胞性と腫瘍性を促進する)」だ。
  この研究ではまず60%の脂肪が含まれる餌を1年以上投与したマウスの腸管上皮を調べ、幹細胞の数が上昇する一方、絨毛の長さが減少していること、また幹細胞のニッチを形成するパネット細胞が減少していることから、幹細胞のニッチ依存性が低下していることを発見する。ニッチにあまり依存しない幹細胞の自己再生能を確認するため、現慶応大学の佐藤さんが開発した方法で腸管上皮の試験管内増殖を調べると、高脂肪食を与えた腸管細胞の試験管内での増殖能が上昇していることを見つけている。また試験管内での結果に対応して、放射線照射後の長上皮再生能力も、高脂肪食を投与している方が促進している。
  この高脂肪食の効果のメカニズムを調べるため、高脂肪食を投与された腸管幹細胞を分離し、その遺伝子発現を調べると、PPARδ分子により誘導される分子の発現が上昇し、その結果Wntシグナルが増強することで自己再生のが上がることを見出している。ただこの点については、現象論で、完全に証明できているわけではない。とはいえ、PPARδ遺伝子をノックアウトしたマウスを用いた実験から、確かに高脂肪食の効果がPPARδを介していることは確認できていると言える。
最後に高脂肪食を投与したマウスの腸管では、悪性度は低いものの上皮異形成が頻発することに注目し、Apc遺伝子が欠損すると、幹細胞だけでなく、少し分化した前駆細胞も高脂肪食に反応して増殖力が促進して腺腫を形成することを見つけている。
  以上、高脂肪食投与により、1)PPAEδを介して幹細胞のWntシグナルが上昇し自己再生能が促進される、2)PPARδにより誘導されるNOTCHリガンドによりパネット細胞の分化が抑えられる、3)幹細胞から少し分化した前駆細胞でも増殖促進が誘導され、Apc遺伝子欠損が重なると腺腫を形成する、と結論している。   論文としては雑然としすぎている印象で、明確でない点も多く、レフェリーも甘いなという印象だが、高脂肪食が直接幹細胞に働く可能性が示されたのは評価していいだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月6日:血管が伸びる現場を観察する(Nature Cell Biologyオンライン版掲載論文)

2016年3月6日
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  様々な新しい組織が脊索動物から脊椎動物の進化過程で生まれたが、閉鎖血管系もその一つだ。この系のおかげで、酸素を体の隅々にまで運搬することが可能になり、体のサイズを巨大化させることができる様になった。発生過程で中胚葉から生まれた個々の内皮細胞を一定の場所に集めて並べた後、細胞間接着を誘導して、閉鎖した心臓を中心としたひと続きの袋を形成し、そこから組織の必要性に応じて細胞間の結合を損なうことなく様々な場所で枝を伸長させるメカニズムはいつ見ても驚かされる。この精緻なメカニズムについては、わかっている様でわかっていない。遺伝子ノックアウトが可能になって、多くの分子が関わっていることはわかっても、生きた動物で血管の伸長を観察することは簡単でなく、細胞生物学的解析がどうしても遅れる。そんな中で、この問題を解決するモデルとして期待されているのがゼブラフィッシュだ。発生中の個体は透明で、一個一個の血管内皮細胞をビデオで追跡することが可能だ。
  今日紹介するドイツ・ベルリン、国立心臓血管研究所からの論文は、ゼブラフィッシュを用いた典型的な血管の細胞生物学でNature Cell Biologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Blood flow drives lumen formation by inverse membrane blebbing during angiogenesis in vivo (体内での血管形成時、血流により小胞が細胞内に向かって形成されることが、新しい血管腔形成を促進させる)」だ。
  この研究では、血管内皮細胞膜を蛍光標識で観察できる様にしたゼブラフィッシュの背側動脈から体節と体節の間を血管が伸びる場所を狙ってビデオ撮影し、血管伸長で起こる細胞生物学的過程を調べ、新しい細胞学的メカニズムがないか探している。血管が伸長する現場では、すでに形成された動脈壁の一個の内皮細胞の伸長が起こり、その細胞の中を貫く腔が形成された後、細胞同士が融合して血管網ができる過程が見られる。次に、この過程に血流が必要か調べる目的で麻酔薬を用いて心臓の駆動を弱め血圧を下げると、細胞内を貫く腔は形成され始めるが途中で止まって退縮することがわかった。次にこの現象と相関する過程を探索し、伸びている先端の細胞に形成される腔だけに小胞が細胞質側に形成され、この形成に血流が必要であることを発見する。最後にこの小胞形成の意味を細胞学的に探り、この小胞形成が細胞伸長に必要なアクチンとミオシンによる膜の動きを調節して、血流に押される方向へだけ血管腔を伸ばすために必要であることを明らかにしている。すなわち、アクチンの存在しない膜の弱い部分、すなわち血管腔が伸びる場所を常に1箇所だけ維持するために、余分なアクチンの少ない場所ができてしまうのを、この小胞形成で抑えていることを明らかにしている。   血管形成の研究に今最も必要なのが精緻な細胞学であることがよくわかるいい論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月5日 ダウン症児の脳に見られるミエリン化異常(3月16日号Neuron掲載論文)

2016年3月5日
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  ダウン症は第21染色体のトリソミー(3本存在すること)によりおこる病気だ。原因は明確で、21番染色体の完全解読も終わっており、さらにマウスモデルも存在するが、1)様々な組織に多様な異常が起こること、2)特定の遺伝子ではなく、染色体全体の増加が原因であること、などから、それぞれの症状が起こるメカニズムについてはほとんどわかっていない。
  今日紹介するボストン大学からの論文はダウン症の主要障害である知能障害のメカニズムを解明しようとした研究で3月16日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Down syndrome developmental brain transcriptome reveals defective oligodendrocyte differentiation and myelination (ダウン症の発生過程の遺伝子発現研究からオリゴデンドロサイト分化とミエリンの異常が明らかになる):だ。
  いくら解析が難しい病気と言っても、動物モデルも存在し、研究の歴史の古いダウン症で、神経のミエリン化異常が起こっていることぐらいわかっていなかったのかというのが、タイトルを見たときの正直な感想だった。
  いずれにせよ、この研究ではバイアスを持たずにメカニズムを解明するため、ダウン症の発生初期から成人に至るまでの様々な時期の死後脳を集め、新皮質、皮質、海馬など11の異なる場所での遺伝子発現をDNA アレーを用いて解析し、正常と比べている。書くのは簡単だが、サンプル集めを考えるだけでも大変な実験だ。この11箇所から、これまでダウン症の症状に強く関わることが示されてきた前頭背側前部皮質、小脳皮質での遺伝子発現に絞り込んで、ダウン症に特徴的な遺伝子発現パターンがないか検索している。    結果だが、予想通りというか実に多くの遺伝子で発現の違いが見つかっている。この結果を見ると、病態を理解するためには、単純な遺伝病での因果性とは全く違う複合的因果性を解析するための方法の開発が必要なことを実感する。この研究はこの点では特に新しい発想があるわけではなく、従来の解析手法を用いて、神経のミエリン化を行うオリゴデンドロサイトの発生や維持に関わる遺伝子セットの発現が成長するに従って低下することを発見する。次にこの遺伝子発現パターンが実際の神経組織異常に反映されているかを調べ、ミエリンが全体的に減少していることを確認している。ただ、ここまで読み進むと、ミエリンの量が全体的に減少していることはすでに報告されており、この研究で初めて見つかった現象とはいえない様だ。
   従って正確に言い直すと、これまで知られていたダウン症でのミエリン減少とダウン症特異的遺伝子発現パターンを相関させることができたことになる。あとは、マウスモデルを用いて、同じようにミエリンの合成が低下していること、またその結果として神経伝達速度が低下していることを認めている。最後に、オリゴデンドロサイトの試験管内分化系を用いて、ダウン症では細胞の成熟段階が強く抑制され、その結果ミエリン化異常が起こっていることを示している。
  最後まで読み進むと、結局脳の発生から成長段階で遺伝子発現を調べなくとも同じ結論を導き出せた様な気がするが、ダウン症の原因の一つをオリゴデンドロサイトの成熟異常と特定できたこと、マウスモデルでヒトとほぼ同じ異常をは示すことを明らかにできたこと、そして詳しい遺伝子発現パターンのデータを利用できる様にしたことは、今後の治療法開発研究にとっては重要だろう。なんとかミエリン化を促進する方法を探り出して、対症的な治療が可能になることを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月4日CRISPR/CASシステムの多様性(2月26日号Science掲載論文)

2016年3月4日
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    CRISPR/Casはゲノム編集の道具として有名になってしまったが、もともとは外来のウイルスなどの侵入に対して細菌が身を守るための免疫システムとして進化した系だ。ウイルスゲノムが侵入すると、Cas1/Cas2複合体が働いて、そのゲノムの一部を切り出し、細菌のゲノム中に存在するCRISPR部位の反復配列の間に挿入し、次の侵入の時、同じ配列を持つウイルスゲノムを分解して身を守る仕組みと言えるだろう(JT生命誌研究館ウェッブサイトhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000017.htmlにその原理について説明しているので参照してほしい)。
   この切り出しとゲノムへの挿入に関わるのがCas1/Cas2だが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文ではCas1と逆転写酵素が融合した酵素を持つ細菌が存在し、この細菌では一旦転写されたRNAからもCRISPR配列に挿入してスペーサーを形成することができることを示した論文で2月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Direct CRISPR spacer acquisition from RNA by a natural reverse transcriptase-Cas1 fusion protein (自然にできた逆転写酵素とCas1の融合蛋白によりRNAから直接CRISPRスペーサーを形成する)」だ。
  Cas1/Cas2はDNAを標的として切り出す分子だが、RNAから直接スペーサーができる例が示唆されていた。Cas1/Cas2だけではRNAを標的にできないことから、他の分子の存在が示唆された。ゲノムを探索すると、逆転写酵素(RT)とCas1分子が融合した、この目的にぴったりの分子の存在が多くの細菌で確認され、この分子に着目しさらに検討をしている。、面白いことに、この分子は古細菌には存在しない。
   まず、RT-Cas1+Cas2を発現した細菌がスペーサーとして取り込んだ配列を調べ、転写活性の高い遺伝子がスペーサーとして取り込まれていることを見つけている。すなわちRNAに転写された後、スペーサーとして取り込まれている可能性が高い。少し専門的になるのでメカニズムは飛ばしてしまうが、直接RNAから取り込まれることを証明するために、自己スプライシングがおこるDNA配列を使うことで、スペーサーがDNAから来たのか、RNAから来たのか区別できる実験系を立ち上げ、RNAから直接スペーサーが形成されることを証明している。最後に、RNAがどの様にしてスペーサーに取り込まれるのか試験管内で検討し、CRISPRリピート部分が切断された後、直接RNAがDNA断端と結合し、これに続いて逆転写酵素を使って相補的DNAを伸ばして修復した後、取り込んだRNAを今度はRNA-Hで分解し、DNAで埋めるという複雑な方法でスペーサーを形成していることを示している。専門外の人にはイメージしにくいと思うが、実際によく似た過程は普通のDNAの複製時にも起こっており、もともと持っているメカニズムをうまく使って、RNAから直接スペーサーが形成できる能力を獲得している様だ。ではなぜ細菌だけが普通のCRISPRに加えて、転写されたRNAから直接スペーサーを作ることが必要かだが、著者らは細菌に感染するRNAウイルスへの備えとして発達したと考えている様だ。
  今CRISPRというと遺伝子編集として注目されているが、システム自体それぞれの細菌や古細菌の都合に合わせて多様化したシステムであることがわかっている。今回、これまでとは全く新しいメカニズムが加わって、その多様性の広がりを改めて実感したが、同時にこの新しいメカニズムを利用した新しい遺伝子編集法が開発される様な気がした。
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3月3日:突然変異型K-rasが倍になると代謝が変化して治療可能性が生まれる(Natureオンライン版掲載論文)

2016年3月3日
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  K-rasの突然変異は膵臓癌、直腸がん、肺がんなど多くのがんの増殖ドライバーとしてガン化に関わっている。もし変異型rasの機能を抑制する薬剤が開発されたら、多くのガンを副作用なしに制御することが可能になると期待されるが、残念ながら未だ変異型ras機能を抑制する薬剤は開発できていない。
  今日紹介するケンブリッジ大学からの論文では、変異型rasが増殖のドライバーとだけで働くだけでなく、細胞の代謝を大きく変化させる引き金になることを示した論文でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Mutant Kras copy number defines metablic reprogramming and therapeuticc susceptibilityies (突然変異型Krasのコピー数の違いが代謝の再プログラムを誘導し治療の感受性を変化させる)」だ。
  ほとんどのガンでrasの変異は一方の染色体だけに起こり、細胞の増殖ドライバーとしてはそれで十分だが、なぜかもう片方の染色体にも同じ変異が起こることが知られていた。すなわち、両方の染色体でras遺伝子が変異したほうが細胞の増殖にとって有利であることがわかる。この現象は、両方の染色体でrasが変異して、変異型rasのコピー数が上がるほうが、ドライバー活性が上がると解釈するのが一番自然だが、実際に変異型rasが1コピーある細胞と、2コピーある細胞での増殖を比べても大きな差がない。ではなぜ2コピー持つほうが細胞にとって有利かを調べ、線維芽細胞のras遺伝子の一コピーが変異しているケースと、両方が変異している細胞を比べると、rasが2コピーに増えることで解糖系を始め代謝システムがが変化することを突き止めている。詳細を省いて解説すると、変異型rasのコピー数が2倍になると、そのままrasの下流のシグナルが倍に増強される代わりに、1コピーしかもたない時とは全く違う代謝システムにリプログラムされることがわかった。変化をまとめると、1)ブドウ糖代謝が上昇し、2)活性酸素の発生を調節できる様になり、3)ガンの場合転移が起こりやすいことを示している。   これらの変化は、ガン細胞の増殖に有利に働いていることになるが、著者らはこの性質のせいで細胞が低ブドウ糖状態に弱くなっているのではないかと仮説を立て、低ブドウ糖の条件や、ブドウ糖のアナログを使った受容体の抑制を行い、確かに変異型rasを2コピー持つことでブドウ糖の依存性が高くなり、この経路を抑制すると多くの細胞が細胞死に陥ることを示している。   結局、変異型rasのコピー数が増えることで、細胞自体の増殖は促進するが、代わりにブドウ糖への依存性が高まり、低ブドウ糖で細胞死を起こせることが示されている。    なぜrasのコピー数が2倍になると、この様なブドウ糖代謝システムの大きな変化が起こるのかを明確に示せていないのは残念だが、発ガン遺伝子のコピー数が増えたからといって、必ず悪いサインというわけではなく、場合によっては今日紹介した様に、新しいガンを制御する方法の開発につながることを示している。 次は実際のガンで、同じストラテジーが適用可能か研究が進むことを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日:ALS での運動神経障害機構の解明(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年3月2日
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  ALSは進行性に運動神経が変性する病気で、遺伝的原因が特定されている一部の例を除いて、病気の原因はわかっていない。事実ほとんどの患者さんは遺伝的素因があるわけではなく、突然この病気に襲われる。病因は不明だが、運動神経が障害されるメカニズムについては研究が進んでおり、運動神経自体に変性の原因があるとする説と、運動神経と接しているアストロサイトが運動神経の細胞死を誘導するとする説に集約される。
  ES細胞やiPS細胞からアストロサイトや運動神経細胞を誘導することが可能になり、患者さん由来のアストロサイトが運動神経を障害することが示されてから、2番目の説が優勢になっている様に思える。しかし、なぜアストロサイトが運動神経特異的に障害作用を発揮するのか、現在まで明確な答えは得られていない。
  今日紹介するオハイオ州・Nationwide Children’s Hospitalからの論文はアストロサイトによる細胞障害機構に新しい考えを示した重要な研究に思える。タイトルは「Major histocompatibility complex classI molecules protect motor neurons from astrocyte-induced toxity in amyotrophic lateral scleraosis(ALSのアストロサイトによる運動神経の障害をクラスI主要組織適合抗原が守っている)」で。Nature Medicineのオンライン版に掲載された。
  着想に至ったきっかけはわからないが、この研究はALSモデルマウスやALS患者さんでは、運動神経細胞体でのクラスI組織適合性抗原(MHC)が著明に低下して、神経軸索末端に移動しているという発見から始まっている。まずこの細胞体でのクラスI MHCの低下にALSアストロサイトが関わっているのか調べる目的で、ALSモデルマウスから運動神経とアストロサイトを誘導し共培養する実験系を用いて、ALSのアストロサイトが分泌する何らかの分子が、小胞体ストレスを誘導し、その結果運動神経のクラスI HNCの発現を抑制することを突き止めている。次に、クラスI抗原の低下が直接運動神経障害に関わっているかを調べる目的で、運動神経にクラスI抗原遺伝子を導入し、安定したクラスI抗原の発現によりALSの発症が確かに押さえられることを明らかにしている。すなわち、クラスI抗原の低下が運動神経がアストロサイトによる細胞障害性に連結していることを明確にした。
   クラスI抗原が欠損した細胞を特異的に障害する細胞の代表としてNK細胞が知られており、クラスI抗原によるNK細胞の細胞障害性抑制のメカニズムはよくわかっている。NK細胞はLy49などの表面分子を介してウイルスなどに感染した細胞などを障害するが、この障害性はNK細胞が発現している、細胞障害活性を抑えるKIR分子とクラスI抗原が結合すると抑制される。一方、何らかの原因でクラスI抗原の発現が低下している細胞ではこの抑制が外れて、NK細胞は細胞障害性を発揮する。
   この研究では、同じ機構がALSアストロサイトに存在するのではと目星をつけて、アストロサイトのLy49やKIRの発現を調べ、ALSを発症したアストロサイトだけがこれらの受容体を発現していることを確認している。すなわち、ALSのアストロサイトはNK細胞とほぼ同じメカニズムで運動神経を障害することが明らかになった。最後に、運動神経細胞にKIRと強く結合できるクラスI MHC-F遺伝子を導入すると、ALSアストロサイトによる細胞障害性が抑制されることを示している。
   すなわち、ALSのアストロサイトはNK細胞と同じ細胞障害能力を獲得するとともに、運動神経のクラスI抗原の発現を抑制する分子を分泌することで、抑制を外して、細胞障害性を発揮するという結論だ。
  ALSを発症したアストロサイトがNK細胞と同じ細胞障害性機構を獲得していること自体大きな驚きだが、この結果はこれまで考えもしなかったALSの治療可能性について重要な示唆を与えている。この論文で示された様に、クラスI抗原遺伝子による遺伝子治療の可能性にとどまらず、細胞障害性の受容体を抗体で抑制することも視野に入った。ALS治療に向けた大きな進展でないかと個人的には期待している。
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