12月20日 自閉症・統合失調症マウスを作成できるか?(1月6日号Neuron掲載論文)
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12月20日 自閉症・統合失調症マウスを作成できるか?(1月6日号Neuron掲載論文)

2015年12月20日
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今Silberman著のNeurotribesという、8月に出版された本を読み終わろうとしているが、自閉症という疾患概念がどう形成されたのかを知りたい人にとってお勧めの本で、ぜひ邦訳を望む。私にとって最も印象深かったのは、Aspergerを除くと、自閉症概念形成を担ったのが、 Kanner, Franklなどの東欧出身のアメリカに脱出したユダヤ人で、さらに一般にこの疾患を認知させたRainmanの主役Dustin Hoffmanも東欧出身のユダヤ家族に生まれた俳優だったことだ。本の内容とは全く無関係(?)の枝葉末節の話だが、フロイドを思い起こすと、ユダヤ人の能力が変に気になった。もちろん21世紀、自閉症や統合失調症研究に大きな位置を占めるようになったゲノム研究についてはこの本では扱われていない。これまでも紹介してきたが、自閉症や統合失調症と関連するゲノム領域が続々発見され、これまで双子の研究から想定されていた疾患の遺伝性の根拠が徐々に明らかになっているが、発見された遺伝子変異が病気の発症に至るメカニズムについてはまだまだ納得いく説明はない。これは動物モデルがないからだが、複雑な神経疾患を動物で再現するのは至難の技だと素人の私でも思う。それでも、遺伝子によっては動物モデルが疾患の理解に役立つ場合もあるようで、今日紹介するマサチューセッツ工科大学の論文は、発症に関わることが明確な単一遺伝子変異をマウスに導入して脳機能の障害を再現した研究で、1月6日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Mice with Shank3 mutations associated with ASD and Schizophrenia display both shared and distinct defects(自閉症や統合失調症と関連している異なるShank3遺伝子変異を導入したマウスは共通の症状とともに、変異特異的症状を示す)」だ。Shank3遺伝子はシナプスで信号を受ける側の膜受容体を準備する時に重要な働きをする気質となる分子複合体の一つで、精神発達遅延を伴う自閉症を持つ兄弟に発見された自閉症型変異(A型としておく)と、15−16歳で統合失調症を発症した兄弟に見つかった統合失調症型(S型としておく)が見つかっている。この研究では、A型とS型の変異を持つマウスを作成し、その行動、生理学、病理学を比べた研究だ。結果は期待以上に様々な症状を示している。詳細を省いて結果だけをまとめると、
1) A型変異では遺伝子発現がほとんどなくなっているが、S型変異では短いShank3分子が発現している。
2) A型変異を持つマウスは線条体のシナプス結合が発達期から障害されるが、S型は前頭前部でのシナプス結合が障害される。
3) 行動で、母親から離した時の反応。他のマウスへの興味など社会性が障害され、毛づくろいなど皮膚に傷がつくまで続ける。
4) 本を読んだ後で面白いと思ったのは、他のマウスと出会った時、その存在を全く意に介さないという症状が両方のマウスで見られることだ。自閉症の診断基準の一つに、他人がいないかのように通り過ぎるというのがあるが、マウスでも調べる系があるようだ。
5) シグナルを受ける側のシナプスで受容体の濃度が減少し、神経スパインも減少することから、行動や生理学的以上の基盤が確かにシナプス結合異常にある。
これ以上詳しく述べても仕方ないだろうが、同じ分子の異なる場所の変異でこれほど違った症状が出ているのを見ると、期待できる動物モデルが出来た気がする。これまで、自閉症や統合失調症と関連付けられた遺伝子変異は100を越すだろう。また、自閉症と言っても症状は多様だ。しかし、これらに他の疾患で見られない共通の障害が存在することも確かだ。この共通性と特殊性を考えるには、いいモデル動物ができたのではと期待する。
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12月19日Nature編集者が推薦する今年の論文(Nature 528, 490, 2015)

2015年12月19日
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毎年年末になると様々な雑誌で今年の顔が紹介され、Natureの選んだ今年の10人について日本のメディアやソーシャルネットが紹介するのが恒例になっている。ただ、ほとんどが真面目に一人ずつ解説するということがない。自分の注目する研究が選ばれたかどうかだけが記事の内容では、まともな科学ジャーナリズムは生まれない。全体を理解する努力をした上で、個別を考えることが重要だ。かく言う私も、10人全員について書くのは大変なので、Natureの編集者の選んだ今年の論文を紹介してみよう。
1) 「局所的実在性法則の否定」: ベルの不等式の否定、あるいはいわゆる量子エンタングルメントの完全証明実験が今年初めて行われたようだ。物理の話をしっかり読むことはないが、それでも全く離れたところで起こる量子現象が絡み合っているという量子力学の予測は、観測問題とともに面白い。もちろんここで私がキーボードを打っている因果性が、他のコンピュータを動かすといった、巨視的世界のSF的因果性ではないが、この現象は17世紀に始まる近代科学とは何かを一般の方に伝える時よく引き合いに出している。これまで、素人の私ですらエンタングルメントを証明したという論文が出ているのを何度か目にしてきたが、今回はこれまでの実験の問題を全て解決できているようだ。
2) 「月の軌道の形成」:  月は、地球から飛び散った破片が徐々に集まって形成されたとされている。この時に生まれたと考えられる月の軌道は、力学的に地球の赤道面に近いと予想できるが、現在の軌道は傾いている。この原因をコンピュータを用いて推定したのがこの研究で、地球全重量の1%程度の融合しなかった大きな破片の力が加わって月の軌道の傾きが生まれたと結論している。新しく示された可能性は、金やプラチナなどの地球の分布を説明できるようだが、このおかげで毎月皆既日食が見られないことが私には重要だ。
3) 「幹細胞での非対称的ミトコンドリア分配」:  幹細胞を描く時、自己再生する細胞と、分化する細胞が一つの幹細胞から発生する、不等分裂を描くのが普通だ。様々な幹細胞システムでこのプロセスはよく研究されており、例えば11月25日にも、筋ジストロフィーの原因分子ジストロフィンが筋肉幹細胞の不等分裂をガイドしているという研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4448)。ここで選ばれた論文は、ミトコンドリアの分配も非対称的に行われることを示した研究で、新しくできた方のミトコンドリアが幹細胞側に選択的に分配される結果だ。元幹細胞研究者としてこの論文を見落としていたのはちょっと反省する。
4) 「細胞系譜の新しい特定法」:  単一細胞レベルで遺伝子発現やエピゲノムを調べ、細胞分化の系譜を追跡することが盛んに行われている。通常、発現している遺伝子の種類からクラスター解析を行い、その細胞の系譜を特定するのだが、これまでの情報処理方法ではうまくいかないことが多い。これを解決するため、推計学的に極端に発現が高い遺伝子を特定して系譜を推定するRaceIDと名付けられたソフトの開発が今年の論文として取り上げられている。腸上皮幹細胞システムにこれまで知られていなかった新しい細胞が、このソフトで特定できることは、今後細胞系譜研究の有力な武器になりそうだ。
5) 「使う事のできない化石燃料」:  COP21では意欲的目標が設定されたが、この温暖化政策によって使用を制限されるべき化石燃料の分布を発表されているビッグデータを用いて計算し、排出権の売買が政策の重要課題になることを示している。この研究は、現在低調になっている排出権市場を活性化するカンフル剤になるのだろうか?
6) 「マラリア対策の評価」:  今年のノーベル賞は中国Tuさんの抗マラリア薬開発に与えられたが、完全に撲滅できているわけではない。取り上げられた論文は、21世紀に入ってからマラリア対策として有効だった様々な要因を計算している。結果だが、蚊帳の普及が一番大きな効果を発揮していることを示している。その上で、マラリアで死亡する子供を完全になくすには、効果のあるワクチンの開発が必須であと結論している。
7) 「ハルシゲニアの形態解明」:  カンブリア大爆発で生まれた動物の多様性ほど私たちを魅了するものはない。化石に触れられるわけではないのにこの魅力に惹かれて、私は一昨年にカナダバージェス山ま出かけ、山に向かうだけで大変感動した。実際に化石を探している研究者はもっと大きな感激を味わっているはずだ。この幸運に恵まれたグループが、最も奇怪なカンブリア生物ハルシゲニアの完全な化石を発見し、長い頭と2つの目を持つことを明らかにし、他のカンブリア生物との系統を明らかにした。ただ、想像図に色まで付いているその根拠も知りたかった。
8) 「新しい錠剤生産法」:  考えたことがなかったが、正確な量の薬を錠剤にする際、薬ごとに様々な条件検討が必要なようだ。特に大気に含まれる蒸気、酸素、炭酸ガスと反応する薬剤の錠剤やカプセル製作は難問だったようだ。これをパラフィンワックスカプセルという当たり前とも思える方法を用いて解決した論文が選ばれている。何か狐につままれたような話だ。
以上がNature編集者の選択だ。ビッグデータを扱う研究が増え、コンピュータを用いた計算機科学がますます重要になっているのがわかる。また、Natureの編集者も、南北格差、温暖化などの社会問題を重視しているのもうかがえる。私にとっては、物理の論文は別にして、幹細胞の重要な研究を見落としていたのは悔やまれる。何が一番面白かったか。よその庭は綺麗に見える。なんといってもエンタングルメントだ。光子を出すダイヤモンド格子をイギリスで、乱数生成装置はスペインで別に作って、オランダで実験しないと証明できないことがある。それを私たちは科学的事実と認める。来年はこの話を様々な機会に使ってみたい。
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12月18日:大腸ガンとホメオボックス遺伝子:臨床と基礎を直結させるために(12月14日Cancer Cell掲載論文)

2015年12月18日
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5年ぐらい前、ガン研究大型予算の助成を受けている選ばれた研究者のヒアリングに参加した時、日本のガン研究の問題として、研究が動物実験の段階にとどまっているように感じた。現状はわからないが、論文を読んでいると、この問題は解決していないように思える。もちろん、すべて動物実験を排除せよというのではない。ほとんどが動物実験でも、実際の臨床例が頭の片隅ででも対応付けられているかが大事だ。今日紹介するスイス・EPFLからの論文は臨床を念頭に置いて動物実験を行うことがどんなことか教えてくれる一例で12月14日号Cancer Cellに掲載されている。タイトルは「HoxA5 counteracts stem cell traits by inhibiting Wnt signaling in colorectal cancer (HoxA5は直腸癌のWntシグナルを阻害して幹細胞性に拮抗する)」だ。研究自体は比較的単純で、動物実験だけなら論文を通すのは難しいだろう。腸管上皮の幹細胞の自己再生に必須のWntシグナルを抑制した時、HoxA5と呼ばれるホメオボックス遺伝子が活性化することを発見し、これが自己再生を止めて細胞分化を誘導するのではと着想したところから始まる。この考えを確かめるため、腸管の幹細胞でHoxA5を発現させると、自己再生が止まり、文化が促進する。逆にHoxA5をノックアウトすると自己再生が高まる。ここからだが、では実際の直腸癌ではどうなのか、直腸癌の遺伝子発現データベースを調べている。この一手間が、この基礎研究を臨床例に結びつけている。期待通り、HoxA5を発現している直腸癌の予後は、発現の低いガンと比べるとかなりいい。また直腸癌にHoxA5を発現させると、ガンが分化する傾向を示す。そこでモデルマウスに戻って、HoxA5を誘導することが知られているレチノイン酸をガンに加えると、HoxA5を発現してガンの発生や転移を抑制することができる。もちろんヒトの治療実験までには早いが、人の細胞株の一つではレチノイン酸によりガン細胞が分化するということも確かめている。もともと、PMLと呼ばれる白血病の治療にレチノイン酸が使われていることを考えると、面白い可能性だ。様々な薬剤も開発されていることを考えると、臨床にも近いかもしれない。
  現役時代よく使って驚いたが、ガンの遺伝子発現データベースは素晴らしく整備されている。もし我が国のガン研究が、5年前と同じようにモデル系から抜け出せていないなら、この国際的財産であるデータベースを使いながら、基礎と臨床をダイナミックに結びつける研究を期待したい。共著者として京大の西田さんたちも入っているので、共同研究を通して「一手間」が当たり前の習慣が身につけばと思う。
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12月17日:成熟T細胞の寿命(12月9日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年12月17日
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このホームページでも紹介したが、白血病に対するCART(キメラ抗原受容体T細胞)治療の効果は劇的だ。手の施しようのなかった患者さんの白血病が、1−2回のCART治療で消失する。こういう話はよくあるので、それだけでは驚かないが、白血病細胞だけでなく、同じ抗原を発現している正常B細胞まで綺麗に消えてしまうという結果を見ると、CARTの威力を思い知る。もちろんこれを裏返せば、CARTが体内で正常B細胞を殺し続けるという副作用を持つことを意味する。もしできるなら、必要なくなったときCARTの方を殺せないかと思うのは当然で、現在様々な試みがすでに進んでいる。また、CART治療では成熟T細胞が移植されるが、その細胞の体内での寿命はどの程度のものかも知りたくなる。今日紹介するイタリア・ミラノからの論文はヒトに移植した成熟T細胞の動態を長期にわたって追跡した研究で12月9日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Tracking genetically engineered lymphocytes long-term reveals the dynamic of T cell immunological memory (遺伝子改変T細胞を追跡することで免疫記憶T細胞の長期にわたる動態が明らかになる)」だ。タイトルにあるように、この研究では遺伝子を改変し印の付いたT細胞を人間に移植し、その動態を長期間追跡している。「えっ!そんなことしていいの?」と驚かれるかもしれないが、もちろん追跡のために遺伝子改変したわけではない。また、正常細胞に遺伝子を導入して移植する研究分野ではイタリアは先進国だ。この研究では、骨髄移植に際して最も重大な副作用である移植した細胞に含まれるT細胞が宿主の細胞を攻撃するGvHRを防ぐ意味でT細胞を除去した幹細胞移植を行った後、免疫機能を高める目的で幹細胞とは別にT細胞を移植した10人の患者さんを追跡している。このとき後から移植する成熟T細胞は、GvHRを起こしたときに、それを抑制できるように自殺遺伝子と細胞表面マーカー遺伝子を導入してある。実際、この自殺遺伝子を使って、GvHRが始まった患者さんが治療されている。いずれにせよ、標識された成熟T細胞が移植されたわけで、この細胞を最長14年にわたって追跡したのがこの研究だ。様々な実験が行われているが、詳細は全て省いて結論だけをまとめると次のようになる。まず標識されたT細胞は、0.1%-10%の範囲で、末梢血内に長期間観察することができる。ほぼすべてのタイプのT細胞がこの中には含まれ、ウイルスベクターの組み込み位置からみて複数のクローンが維持されている。さらに、移植後出会ったサイトメガロウイルスや風邪ウイルスに対する免疫記憶も維持されているという結果だ。この結果は、一度移植したCARTが長期間体内に留まり続けて白血病やB細胞を殺し続けられるという結果を支持しており、成熟T細胞移植が値段の安い治療として発展する可能性を示唆している。おそらくこの研究と同じように、自殺遺伝子と標識を組み込んだT細胞を使うのが普通になると、この細胞だけもう一度取り出して万が一のために残しておいて、必要なくなった体内のCARTなど移植T細胞を殺して副作用を止めるという治療に発展するだろう。このような治療法開発のために、これは貴重な研究だと思う。
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12月16日:潜在ヘルペスウイルスを活性化するメカニズム(12月9日号Cell Host & Microbe紙掲載論文)

2015年12月16日
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単純ヘルペスウイルス(HSV)は大型のウイルスで、皮膚や粘膜に感染して、誰もが経験したことのある皮膚、口内に水疱(水ぶくれ)を起こす。痛みは強いが、健康な人なら1−2週間で消える。問題は、感染したウイルスの一部が神経内に潜在し、高齢になってから抵抗力が弱まったりすると新たに活動を始め、帯状疱疹を引き起こすことで、ウイルスの増殖を抑える特効薬アシクロビルなどが開発されるまでは、失明の原因になったり深刻な問題だった。ただ神経の中に眠っているウイルスが再活性化されるのかよくわかっていなかったようで、免疫機能が落ちるからなどと適当に説明されていた。今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は末梢神経内に潜むヘルペスウイルスが活性化される初期過程を解析した研究で12月9日号のCell Host & amp; Microbeに掲載された。タイトルは「Neuronal stress pathway mediating a histone methyl/phosopho switch is required for herpes simplex virus reactiveation (単純ヘルペスウイルス再活性化には神経ストレスにより誘導されるメチル化ヒストンからリン酸化ヒストンへのスウィッチが必要)」だ。ヘルペスウイルスには80近い遺伝子がコードされており、再活性化には多くの独立した過程が組織化されて起こる必要がある。これまでの研究でこれらの過程は幾つかの段階に分類されている。この研究では、この最初の段階に的を絞っている。そして、最初の引き金として神経ストレスを媒介する分子としてよく知られているJNKに狙いを定め、JNK活性化とウイルス活性化の最初に発現するVP16分子の誘導までのシグナルを解析している。いろいろ実験はやっているが、結果をまとめると次のようになる。神経細胞にストレスがかかり、幾つかの分子を経てJNKが活性化されると、JNKがウイルスプロモーターに集まり、そこで遺伝子の発現を抑制していたヒストンを直接リン酸化して、初期に活性化されるウイルス遺伝子特異的に転写を活性化するという結果だ。これまでわかっていなかったヘルペス活性化の初期段階を解明した重要な貢献だと思う。残念ながら、これがわかってもストレス段階でウイルス活性化を防ぐのは難しそうだ。というのも、JNKは様々な細胞で働いており、活性を止める薬剤はあっても、ヒトに投与するのは憚られる。当分は、これまでと同じように患者さんに無理をしないよう注意を促す以外に対策はないだろう。この研究の重要性は、これまで知られていたキナーゼに加えてJNKが直接ヒストンのリン酸化による転写活性化を誘導できることを示した点だ。この研究ではウイルス遺伝子の活性化を見ているが、ひょっとしたら他の遺伝子も同じように制御されているかもしれない。このメカニズムがヘルペス特異的なのか、他の遺伝子活性化にも関わるのか、今後重要な課題になるだろう。
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12月15日:乳がんの抗エストロジェン療法の比較(12月10日号The Lancet掲載論文)

2015年12月15日
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このホームページに書いている記事のほとんどは、医学生物系の大学レベルの知識がないと読みにくく、一般の人には難しいと思う。それでも、努力して読んでいただいている患者さんを始めとする多くの一般の方がおられるので、わかりやすい治験研究などはできるだけ紹介しようと思っている。ただ最近、治験時の捏造問題を調べる際に参考にした、英国の医師Ben Goldacre著「Bad Pharma」(写真:Wikipediaより)を読んでから、どうも治験をそのまま紹介していいのか心配になる。物議をかもすことまちがいない本なので日本語に訳されていないと思うが、医学部の学生さんには是非読んでほしい本だと思っている。英国の話だが、例えば学会で製薬会社の接待を受けると、次の週にその会社の薬剤が処方される確率が高まるといった調査が論文として出ていることがわかる。この本の優れた点は、暴露と責任追及で終わるのではなく、防止のための具体的方策の提案が最後になされている点だ。倫理とコンプライアンスの強調と、リストラしか出てこないどこかの国の知識人や専門家とは大違いの本だ。しかし、ここでも取り上げたタミフルを始め、治験のカラクリが赤裸々に描かれているのを読むと、治験について素朴に紹介するのが躊躇されるこの頃だ。  と前置を述べた上で、今日紹介する米国・カナダの医療施設が共同で発表している論文は、乳がんの標準治療となっている手術と放射線照射に組み合わせる、アジュバントホルモン療法に使う薬剤を比較した第3相治験で12月10日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Anastrozole versus tamoxifen in postmenopausal women with ductal carcinoma in situ undergoing lumpectomy plus radiotherapy : a randomized, double blind, phase 3 clinical trial (腫瘍摘出と放射線治療を受けた閉経後の非浸潤性乳がん患者さんに対するアナストロゾールとタモキシフェンの効果:第3相二重盲検無作為化治験)」だ。Bad Pharmaで培った目でこの論文を見てみよう。この研究では、限局性乳がんにたいする手術と放射線治療に加えるホルモン治療としてのエストロジェン受容体阻害(タモキシフェン)とアロマターゼ阻害剤(アナストロゾール)によるエストロジェン産生阻害の効果を比較している。治験研究では必ず研究者と製薬会社とのつながりを公開した欄をみることにしているが、参加研究者は、ノバルティス、ロッシュ他からアドバイザーとしての謝礼は受け取っているようだが、今回比較した薬剤は、ともにアストラゼネカ社が開発したもので、製薬会社の意見に影響していると思う必要はなさそうだ。もちろん、同じ会社でも注意が必要で、薬価が高い方を売りたいものだ。この点から言うと、アナストロゾールの方が薬価が高く、特にまだ特許が有効でジェネリック薬はない。もしアストラゼネカがこの研究のスポンサーなら少し注意して読む必要が出てくる。   さて、アナストロゾールはエストロジェンが主に副腎から作られる閉経後の患者さんにしか効果がないので、この研究では閉経後の患者さんを選んで比べている。比較方法は統計的には厳密な方法だ。これまでの治験でもアナストロゾールの方が効果が高いと示されていたが、この治験は3000人以上の患者さんをリクルートして、本当に薬価の高いアナストロゾールの方が効果があるのか比べている。結果は、両者でほとんど差はないが、6年以上経過したところで、アナストロゾールの方が再発率、特に手術していない方の乳腺での再発が低いという結果だ。それでも、89%と91%の差だ。このような場合、母数を調べ直して効果をはっきりさせることが多いのだが、この研究でもこの手法が使われ、60以前の患者さんでは明らかにアナストロゾールの方が効果が高いようだ。Bad Pharmaを読んで培ったセンスで、この研究を読んでみたが、高いと言っても1錠100円程度の差なら、副作用も考えてアナストロゾールかなと思った。
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12月14日:パーキン分子と心筋分化(12月4日号Science掲載論文)

2015年12月14日
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パーキンとは文字どおり、パーキンソン病の原因遺伝子の一つとして今年亡くなった慶応大学清水信義先生らにより遺伝子が単離された分子だ。遺伝子が単離された後も、なぜこの分子が欠損すると黒質のドーパミン産生細胞が変性するのかについてはよくわかっていなかった。しかし最近になって、このパーキンが細胞質内のタンパク分解を担う複合体の構成成分の一つで、ピンク1と呼ばれる分子により活性化され、異常なミトコンドリアを分解し正常なミトコンドリアに置き換える過程に重要な働きを持つことが明らかになってきた。今日紹介するワシントン大学からの論文はこのパーキンが心筋細胞の分化にも役割を演じていることを示した研究で12月4日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Parkin-mediated mitophagy directs perinatal cardiac metabolic maturation in mice (パーキンによるマイトファジーは周産期マウスの心筋代謝の成熟に関わる)」だ。実はパーキンは心臓にも発現していることが知られていたが、パーキン遺伝子の突然変異を持つ患者さんで心臓が悪くなるという所見がないのであまり研究されていなかった。このグループは、心臓に異常が出ないのは他の機構で代償されているからではないかと考え、思い通りの時期に心臓でパーキン分子の機能を低下させられるマウスを作成して調べると、周産期心筋でのミトコンドリア成熟が阻害されることを突き止めた。次に、この異常を生化学的に調べ、心臓ではピンク1がMfn2分子をリン酸化してパーキンとの結合を誘導し、異常ミトコンドリアを分解する過程が障害されていることを明らかにした。さらにMfn2活性化型を導入するとピンクの刺激なしにパーキンによるミトコンドリア分解が起こること、またリン酸化できない形のMfn2を導入すると、パーキンの活性化が抑制されることを確認している。最後に、リン酸化ができない突然変異型のMfn2を生まれた後すぐに誘導できるマウスを用いて、この経路が新生児期にミトコンドリアをただ分解するだけでなく、新しいタイプに置き換え、生後の新しい環境に即した代謝システムを持つ新しい心筋にプログラムし直すのに必要であることを細胞学的に示している。まとめると、生後の一時期、心筋にも神経と同じパーキン経路が働いており、心筋代謝をプログラムし直しているという結論だ。一見心筋細胞の代謝に限定された仕事のように見えるが、心筋でのパーキンの生化学がこのように明らかになると、神経系でのパーキンの働きと詳しく比較することができる。パーキンの変異があっても心臓の正常発生を支持している代償的メカニズムを明らかにすることで、同じメカニズムをパーキン変異による黒質細胞の変性阻止に適応できるかもしれない。この経路を神経と心筋で詳しく比較した研究がさらに進むことを期待したい。
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12月13日:肥満の人の精子のエピゲノムへの影響(2016年2月号Cell Metabolism掲載論文)

2015年12月13日
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エピジェネティックスは、子孫細胞へ伝えることのできる遺伝子以外の情報で、DNAに結合するヒストンの様々な修飾、DNAのメチル化、small noncoding RNAの発現、ゲノムのトポロジー制御など様々な機構が集まったものだ。ゲノム解読が終わって、この分野は研究が急速に加速している。これは、ゲノム全体にわたって、このような修飾を詳しく調べることが可能になってきたためで、こうして得られるエピジェネティックな状態をエピゲノムと呼んでいる。同じ遺伝子を持つ体を構成する細胞一つ一つの形や機能が異なるのは、すべてこのエピゲノムの違いを反映している。突然変異が起こらない限りゲノムは変化しないが、このエピゲノムは外界の変化に素早く反応できる。外界からのシグナルに反応して細胞が分化するのも、エピゲノムの変化を反映している。細胞は分裂しても同じエピゲノムを子孫細胞へと伝えることができ、またゲノム全体にわたってエピジェネティックをリセットすることもできる。未受精卵はこのリセット能力が高く、体細胞核のエピゲノムを効率よくリプログラムできる。同じように、形成過程で染色体構造が完全に閉じられた精子のエピゲノムは、受精後卵に備わるリプログラムの機構により完全にリセットされる。この、2段階の過程で、親に蓄積した様々なエピジェネティックな変化の影響を子どもが受けないようにできている。しかし、何事にも完全はない。完全に消せなかった親の因果が子供に伝わることを示す多くの研究が示されてきた。今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、肥満によって引き起こされる精子自体のエピゲノムの変化を調べた研究で来年2月号のCell Metabolismに掲載される。タイトルは「Obesity and bariatric surgery drive epigenetic variation of spermatozoa in human (肥満と肥満に対する肥満手術治療はヒト精子のエピジェネティックな変化を誘導する)」だ。単純な研究で、BMIが平均31.8の肥満の方10人とBMI22.9の13人の精子のエピゲノムを詳しく比べた現象論的な研究だ。精子はつくられる過程で、ヒストンによる調節がすべて解除される。ただ、2%程度のゲノム領域、特にCpGアイランドと呼ばれる場所にはまだヒストンが残っているようだが、これについては肥満の影響がない。次にsmall noncoding RNAは、染色体構造に関わるグループが肥満により影響される。最後に、メチル化されたDNAの場所を比べると、多くの遺伝子で違いが見られる。特に、脳の発達に関わる遺伝子に違いが大きい。これを確認する意味で、自閉症の子どもを持つ肥満のお父さんの精子を調べると、自閉症で変化することが知られている遺伝子のメチル化に変化を認めることができる。肥満は精子形成時のエピゲノム変化を誘導して、子供のエピゲノムに影響を持つ可能性があるという結論だ。この研究がこれまでと少し違っているのは、肥満治療として行われた胃の容量を減らしたり、バイパスする肥満手術、術後1週間から精子のエピゲノムを変化させるという結果を示した点で、精子エピゲノムの変化が間違いなく肥満によることをより明確にした。ただ、こうして生まれた変化もまた卵によりリセットされる。どの程度の変化がリセットされずに残るのかがわかるまでは、この研究の実際の重要度は測りにくい。
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12月12日:米国を揺るがす胎児組織の研究利用是非をめぐる議論(12月10日Nature掲載レポート)

2015年12月12日
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11月28日に、コロラド州コロラドスプリングスの医療施設が男に襲われ3人の職員が死亡した事件が報じられたが、襲われた組織を運営している組織がPlanned Parenthood Federation of America(PPFA)で、家族計画という名前からわかるように人工中絶を推進する組織だ。わが国ではあまり報道されていないが、この襲撃の背景には、これまでの妊娠中絶反対を超えた、最近問題になっているPPFAを巡る大きな議論があるのは間違いがない。この議論についての科学界の反応をレポートしたのが今日紹介する12月10日号のNatureレポートで、タイトルは「The truth of fetal tissue research(胎児組織研究の真実)」だ・   昨日、ヒト胎児脊髄神経細胞から樹立した神経幹細胞を利用して、様々な変性性疾患治療を進めているNeuralStem社の開発した全く新しいメカニズムの抗うつ剤の論文を紹介した。言うまでもなくこの胎児組織は、人工中絶胎児組織を使って作成されている。亡くなっているからといって中絶胎児を自由に研究に使っていいのかは議論が多い。私も委員の一人だったが、2002年発足の「ヒト幹細胞を用いた臨床研究のあり方に関する専門委員会」では、様々な議論の末、研究利用は医学の発展に重要で一定の条件を満たせば倫理的に許されるものの、国民の理解が完全に得られていると言えず、研究を自粛するとする結論をだし、私が知る限り現在までこのモラトリアムは続いているのでないだろうか。一方、アメリカでは根強い中絶反対運動はあるものの、これに対抗するPPFAのような様々な組織が設立され、中絶は女性の権利として活動をしている。   研究する側から言うと、中絶胎児を利用することは技術的にもそう簡単でない。特に、両親のインフォームドコンセントを得た上で使うためには、組織的な取り組みが必要になる。わが国で胎児組織から神経幹細胞を樹立していた研究施設では、このために医師と研究者が両親と真剣に話し合って、理解を得ようと努力していたのを今でも覚えている。ただ、このような個人的努力に依存するだけでは、胎児組織を多くの研究施設で使うことはできず、中央集権的な組織的取り組みが必要だ。これを行なっていたのがPPFAでNatureのレポートによると、700の診療所を持ち、貧困女性の避妊指導からガン検診まで提供するNPOで、国から600億円近い助成を受けている。この診療所の半分では人工中絶手術を提供し、3施設で胎児組織を調整して様々な研究のために有料で配布している。   これまでもこの組織の活動への批判は根強くあったが、中絶反対団体Center for Medical Progress(CMP)が俳優を使ってPPFAのトップにおとりインタビューを仕掛け、その時組織を調整するためにどう胎児を扱っているかについて、一人の医師が、露骨で平然とした態度で語っているビデオが公開され、PPFAに対する怒りが爆発した。この怒りがコロラドスプリングス事件の背景にある。この結果、議会での公聴会が行われ、共和党主体の議会では、現在許されている胎児組織の利用がアメリカでも禁止されるかもしれないと大きな議論になっている。    これに対し当然医学界は組織の配布が続くよう働きかけを強め、オバマ大統領も議会の決定に対しては拒否権を発動するとしているが、予断を許さない状況だ。わが国の委員会の議論の最中に横浜の医院で中絶胎児の死体を一般ゴミとして廃棄していたスキャンダルがあり、委員会の雰囲気がガラッと変わったことを思い出す。   わが国ではモラトリアムで終わったが、Natureのレポートは、胎児組織が使われている研究分野を丁寧に紹介し、論調として利用禁止になった時の医学研究への影響を研究者への実名インタビューを交えて述べている。これ以上詳しくは述べないが、エイズ研究、発生研究、脳研究などアメリカでは164の研究が胎児組織を利用している現状を知ると、それが正式には全くできないわが国の問題が逆に気になる。   わが国では一旦委員会で出た結論はそのまま再検討なく続くことが多い。iPSの盛り上がりで過去の問題が忘れ去られ、もし今も胎児組織利用についてモラトリアムが続いているなら、アメリカで反対運動が起こったこの機会に、もう一度冷静な議論を始めるべきだと思う。この委員会の議論の最中、杉並区立和田中学校長だった藤原さんに頼まれ、彼の有名な「よのなか科」で、中絶胎児を再生医療に使っていいか、中学生に2派に分かれて議論してもらったことがある。大人顔まけの多様な議論を繰り広げる中学生たちを見て、心から感心したが、医学界側からこのような草の根議論を始めることが重要だと思う。
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12月11日:うつ病の神経幹細胞を増殖させる薬剤の治験(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2015年12月11日
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1987年創立のギリアドサイエンス社はこれまでウィルス感染症に的を絞って標的薬の開発を続け、エイズ、インフルエンザ、C型肝炎に対する薬剤を立てて続けに市場に提供してきた。2014年にはなんと24億ドルの収入で製薬トップ10入りを果たした。創立後30年経っていない会社が、我国トップの武田薬品の2倍を売り上げる会社になっている。2015年には多くの国で2種類のC型肝炎薬が売り上げに貢献するだろうから、トップ5に入る勢いだ。我国では国を挙げて、創薬だ、再生医学だとイノベーション推進を宣伝しているが、アメリカのベンチャーの躍進を見ていると、助成のあり方の根本的な構造改革が必要な気がする。   ギリアドサイエンスと比べるとまだまだ卵の段階だが、神経幹細胞だけに絞ったアメリカのベンチャー企業がNeuralStem社だ(http://www.neuralstem.com/)。最近、我国再生医療実現までの工程表見直しがメディアで取り上げられていたが、見直しが死を意味するベンチャー企業からは悠長な話に見えるだろう。このNeuralStem社は胎児神経脊髄から採取した神経幹細胞を使って、脳卒中、脊髄損傷、ALSなどの治験を進めている会社だが、同じ強みを生かして幹細胞増殖に効果を有する薬剤の開発も行い、NSI-189と名付けた神経幹細胞特異的化合物を開発し、アルツハイマー病を含む様々な精神疾患を対象に治験を進めている。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、NSI-189のうつ病に対する効果を調べた治験でMolecular Psychiatryオンラン版に掲載された。タイトルは「A phase 1B, randomized, double blind, placebo controlled, multiple-dose escalation study of NSI-189 phosphate, a neurogenic compound, in depressed patients(神経増殖性化合物NSI-189のうつ病患者を対象にした2重盲検無作為化1B相治験)」だ。この研究ではあらかじめ設定した条件に合ったうつ病患者さん24人を、無作為化、2重盲検で、1日1錠(40mg)、2錠、3錠、そしてコントロール群に割り振り、28日後の自覚的、他覚的状態をMontogomery-Asberg Depression Rating Scale, CGI-S improvement scale, SDQ、MGH-CPFQなどの指標を用いて調べるとともに、海馬や扁桃体のサイズをMRIで測定している。これを聞くと一般の読者は「神経増殖誘導化合物がどうしてうつ病に聞くのか?」と疑問に思われるはずだ。実は最近の研究で、うつ病患者さんの海馬や扁桃体の大きさが小さいことが示され、うつ病の一つの原因が神経幹細胞の増殖が低下するからではないかと考えられるようになっている。NSI-189はまさにこの可能性を追求した、これまでの抗鬱剤とは全く異なるメカニズムの薬剤と言える。結果だが、まず頭痛が一部の患者さんに見られるが、28日間の投与では副作用は十分許容できる範囲だ(もちろん論文だけでは信用できないが)。そして何よりも、自覚的、他覚的な評価方法を問わず、全ての評価で改善がみられる(どの程度の改善かは私にはわからない)。1日1錠でも効果があるが、2錠のほうが効果は高い。ただ、期待していたほど海馬や扁桃体のサイズが増えるということはないので、実際に幹細胞が増殖したか確認はできていない。普通使われるセロトニンなどを対象にした生理学的な薬剤との比較が欲しかった気はするが、これまでとは全く異なるメカニズムの薬剤ができたのは重要だ。もしさらに効果が示されると、うつ病患者さんの数から考えると、NeuralStem社もギリアドのように大きく躍進する可能性がある。また、同じ薬が他の変性性疾患に効く可能性もある。このような前向きの治験論文には多くの落とし穴があることもわかった上で言うが、真剣勝負の気迫が伝わらない研究を対象にするなら工程表など作る意味はない。
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