4月30日:思いもかけない癌治療標的(Natureオンライン版掲載論文)
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4月30日:思いもかけない癌治療標的(Natureオンライン版掲載論文)

2015年4月30日
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細胞の異常増殖が始まると、それを抑える仕組みを私たちの細胞は何重にも持っている。このため増殖促進だけではガンは発生せず、異常増殖を抑制する仕組みが失われてはじめてガン化が始まる。このような遺伝子はガン抑制遺伝子と呼ばれ、ガンのゲノムを調べると抑制遺伝子のどれかが不活化されていることが知られている。この代表がp53分子で、半分近くの腫瘍でp53遺伝子が不活化されている。当然失われたp53の遺伝子を導入しガンの増殖を止めようとする試みが行われてきたが、まだ大きな成果は出ていない。今日紹介するテキサスMDアンダーソンからの論文は、皆が注目していたp53の陰に隠れていた新しいガン治療標的を特定した新しい発想の研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「TP53 loss creates therapeutic vulnerability in colorectal cancer (TP53喪失が直腸癌の治療の弱点を発生させる)」だ。なぜこの可能性を思いついたのかはっきりとしないが、著者らは発ガン過程でp53遺伝子領域が欠損する時、同時に近くにある生命に必須の遺伝子も道連れになり、結果がん細胞の弱点が生まれるのではないかと思いついた。まずガンゲノムのデータベースを調べたところ、期待通りp53遺伝子の欠損は、ほとんどの場合その周辺の大きな領域にわたる欠損を伴っており、たまたまp53遺伝子近くに存在する転写に必須のRNAポリメラーゼの構成成分POLR2A遺伝子も道連れになっていることを突き止めた。もちろんPOLR2Aを完全に失うと細胞は生きていけないため、ガン細胞といえどももう一方の染色体は正常だ。ただ、POLR2A遺伝子発現量は遺伝子の数を反映し半減している。次に、POLR2A発現量が半分になっていることを弱点として利用できないか調べるため、ポリメラーゼ機能を阻害するαアマニチンを様々な濃度で加えると、片方の染色体でPOLR2A欠損した細胞は正常細胞と比べて10分の1の濃度で死ぬことがわかった。すなわち、POLR2A遺伝子量が半減したため、少しの量の阻害剤でも殺せる。試験管内の実験でこの弱点を確認したあと、ではこの着想が臨床に応用可能か調べるために、POLR2A遺伝子を半分欠損したガン細胞を免疫不全マウスに移植、増殖させたあと、αアマニチンで治療可能か前臨床実験を行っている。この時問題になるのが、αアマニチンが特に強い肝毒性を持っていることだ。転写全般を抑制する作用機序から考えて当然で、実際αアマニチンはテングタケのようなキノコが作る典型的毒素だ。従って本来の致死量よりずっと低い濃度で使う必要があるが、濃度が低すぎるとガン細胞にも効かなくなる。著者らはこの問題を、ガン表面に発現している抗原EpCAMに対する抗体にαアマニチンを結合させ、ガンだけに集まるようにして解決した。論文では、体全体にはほとんど影響のない濃度で、片方のPOLR2A遺伝子を喪失したガン細胞を除去できることを示している。結果はこれだけだが、1)p53遺伝子が欠損する際、他の重要な遺伝子が道連れになっているのではと考えたこと、2)発現が50%減っただけの分子も標的になるのではと考えたことが、この論文の全てだろう。少し出来すぎだと疑いたい気持ちもあるが、ガン治療に新しい可能性を開いたことは確かだ。臨床応用がスムースに進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月29日:子供の命を救った7つの成果(アメリカ小児科協会発行パンフレット)

2015年4月29日
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捏造問題について講演をよく頼まれるが、その際、倫理とコンプライアンスを強調する思考停止で終わるのではなく、必ず具体的な提言で終わるようにしている。その一つ、政府が明日からでもできる事として提言するのが、業績として新聞記事の添付を求めることを中止することだ。研究に税金を使っているなら一般の方へその成果を示すのは当然のことだが、それを新聞記事に代えてしまうことは、百害あって一利もない。その理由については長い話になるので別の機会にするが、市民への情報提供にはもっと様々な方法があるはずだ。そんな例をAmerican Academy of Pediatrics (米国小児科協会)が最近発表したレポートに見ることができる(https://www.aap.org/en-us/advocacy-and-policy/aap-health-initiatives/7-great-achievements/Pages/default.aspx)。このレポートは、小児科領域の研究に対する長期的支援の重要性を訴えるため小児科協会が作成したもので、タイトルは「7 great achievements in pediatric research in the last 40 years (過去40年に小児科領域の研究が成し遂げた7つの大きな成果)」だ。これを読めば、一般の人だけでなく、臨床に当たる医師も、小児科研究について新しいイメージを得ることができるよう作られている。さて7つの成果とは何か?

  • 1970年代半ばから始まった様々なワクチン開発のための研究。特に子供に関わるワクチンとしてロタウイルスワクチンやインフルエンザ菌(インフルエンザウイルスではない。)に対するワクチンを例示し、安価に多くの子供の命を守っていることを示している。
  • 乳幼児の就寝時に襲う突然死が、仰向けに寝させることで防ぐことができることの発見。1994年に始まったキャンペーンのおかげで、年間4000を越していた突然死が半減した。
  • 小児癌治療の進歩。ここでは頻度の高い急性リンパ性白血病について説明されており、標準治療で90%の子供が5年以上生存できるようになったことを述べている。
  • 肺の表面活性物質を気管内注入することによる未熟児の呼吸窮迫症候群治療。これにより未熟児の出産直後の死亡は半分以下に減少した。
  • エイズウイルスの母子感染予防法確立。現在では母親がエイズに感染していても90%の子供は感染なしに生まれる。
  • 鎌形赤血球症など、根治の難しい小児慢性疾患管理法の進歩。もっぱらアメリカ黒人に多い鎌形赤血球症を例に、ハイドロオキシウレア治療、ワクチンや抗生物質による感染予防、骨髄移植による根治などの地道な進展で、現在平均寿命が40歳まで延びてきたことを示している。
  • 幼児用チャイルドシートの開発による、幼児の交通事故死の減少。この開発が、ドライバーと同乗している幼児の行動解析から生まれた成果であることを示している。

そして最後に、次に続く7つの成果を上げるためこの領域全体への助成の継続を求めて、パンフレットは終わっている。

 予想していた研究だけでなく、予想外の分野の進歩が示されることで、医学研究に対する先入観が取り除かれ、様々な分野での科学的研究が子供の命を救っていることを実感できる。また科学者社会が子供の命を救うという目的で一致して研究に取り組んでいることがよく伝わる。伝えられる内容が自分の成果を強調するペラペラの新聞記事とは大きく異なる。我が国で同じような取り組みが難しいなら、我が国の科学者は連帯のない競争だけを繰り返す人種ということになる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月28日:マンモスから学べること(5月1日号Current Biology掲載論文)

2015年4月28日
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アメリカの社会学者リチャード・フロリダはゲイの人口比を都市のクリエーティビティーの指標に使い物議をかもした。もちろんゲイがクリエイティブだと言ったのではない。ゲイを始め様々なマイノリティーを許容する都市や社会がクリエイティブな個人を引き寄せることを社会学的調査をもとに指摘した。この点で我が国政府が向かおうとしている方向は多様性を抑圧する非寛容な世界に見える。ただ政府を批判しても始まらない。程度の差はあれ、あらゆる政府は自然選択と同じで、多様性を減じる方向へ作用する。進化もゲノムに備わった自然に多様化し無秩序になろうとする力が、選択という多様化を抑える圧力とぶつかって初めて新しい多様性をうむ。この衝突の中で、新しいニッチを探すクリエイティブな個人が、新しい集団を作るだろう。ただ、多様性を失うと選択圧が集団の絶滅をもたらすことも確かだ。種の絶滅は進化の条件とさえ言える。このように、私たちは進化から多く学ぶことができる。特にゲノム解析が進んだ絶滅種は、得られる情報が大きい。今日紹介するスウェーデン国立博物館からの論文は異なる時期に生息したマンモスのゲノムを解析し絶滅の謎を探ろうとした研究で5月1日号のCurrent Biologyに掲載された。読者の一部には周知のことだと思うが、マンモスのゲノム配列は2008年に報告されている。しかしこの論文は古代ゲノム解析の一番乗りを目指すことが目的のような論文で、カバー率も低く様々な誤解をうむもとになっている。この研究ではWrangelとOymiyakonの異なる地域から出土したマンモスゲノムを11−17倍のカバー率で解読している。放射性炭素を用いた解析からWrangelマンモスは4000年前に、Oimyakonマンモスは45000年前に生息していた種で、ミトコンドリアのタイプでは異なっていることがわかっている。しかしWranelマンモスが生きていた4000年前というと人類はすでに文字を獲得していた時代で、シベリアの離れ小島であってもマンモスがついこの前まで生きていたことがわかる。4000年前と新しく、シベリアで保存されていた条件でも、マンモスのDNAは断片化していることが分かった。この事実は、クローン技術を使ってマンモスを復活させる試みが困難であることを示している。ただ、現在の象と比べると差は0.6%程度の違いなので、象をマンモス化するというプロジェクトは可能かもしれない。さて詳細を省いて、ゲノムからわかった結論をまとめると以下のようになる。まず、生息時期は違うが、2匹のマンモスは種としてほとんど同じで、別れたのはたかだか5万年前で、まあ私たちの人種差と同じ程度といっていい。ただ、4000年前まで生きていたマンモスは多様性が大きく減じている。といっても、ゴリラのように近親交配のせいではなく、おそらく集団自体の多様性が減じていたためだ。またマンモスが数を減らすのは28万年前、そしてWrangelでは1.5万年前の地球の温暖化であることがわかる。おそらく離れ小島で集団として多様性を失ったWrangelマンモスは、クリエイティブな個体がニッチを発見できず、温暖化という選択圧に耐え切れず全滅したのだろう。そして、4000年前に生きていたマンモスよりはるかに多様性が失われた野生動物が地球上には多いこともわかる。マンモスから学べることは多い。例えば政府として重要なのは、自分が選択圧として常に多様性を減じる方向性で作用している自覚と、少なくともクリエイティブな個人が生き残るニッチを残すことだろう。また、マンモスから考えて現在地球上に存在する多くの絶滅危惧種が結局失われる可能性は高く、緊急対策が必要だ。しかし、絶滅危惧種が生き残るニッチが用意されたとしても、それが動物園では困る。

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4月27日:呼吸と迷走神経(4月23日号Cell掲載論文)

2015年4月27日
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私たちは別に意識して呼吸をしているわけではないが、突発的な要因でいやでも意識させられる。例えば刺激物を吸った時ハーハーと浅い呼吸になるのがわかるし、誰でも経験する横隔膜の痙攣シャックリの時も呼吸を意識する。さらにシャックリの場合、呼吸を止めたり迷走神経を刺激すると止まることが知られている。これは迷走神経が肺の呼吸状態をモニターして中枢に伝えているためだが、生命の基本である呼吸のモニターの研究はあまり進んでいなかったようだ。今日紹介するハーバード大学からの論文は迷走神経と呼吸の関係について明らかにした力作で、4月23日号Cellに掲載された。タイトルは「Vagal sensory neuron subtypes that differentially control breathing (呼吸を別々にコントロールする迷走神経のサブタイプ)」だ。この論文を読んで感じたのは、この研究だけで教科書をかけるぐらいの膨大な実験が行われていることだ。極めてオーソドックスな仕事をトップジャーナルに掲載しようと思うと、ここまで時間と労力がかかるようだ。研究ではまず呼吸に関わる迷走神経をさらに分別するため、Gタンパク結合型の受容体(GPCR)の発現を調べ、別々のGPCRを発現する3種類の迷走神経群に分けている。この研究ではこのうち、ほとんど研究がされていなかったP2ry1とNpry2を発現する迷走神経に焦点を当てている。細胞を、それが発現している分子を標識として区別できると、この標識遺伝子に様々な細工をしてその細胞が肺のどの組織につながり、また脳のどの場所にシグナルを送っているか、そして何よりも光遺伝学を使って光でそれぞれのサブタイプを刺激できるようにし、それぞれの神経が呼吸のどの反応に関わっているのかを明らかにすることができる。この膨大な実験の詳細を割愛してまとめると、次のようになる。P2ry1を発現する迷走神経は、神経上皮小体と呼ばれる上皮に存在する神経端末につながっており、ミエリンで囲まれた早い伝達速度の神経で、触覚と同じ物理的刺激(すなわち肺が伸びたというテンション)を感知している。これを刺激すると急速に呼吸が止まる。一方Npy2r陽性細胞は痛み刺激と同じ刺激に反応し、肺胞に分布している、伝達速度の遅い神経で、肺胞への障害刺激を感知している。これを刺激すると、ハーハーという浅い呼吸が誘導される。この反応の違いは、最終的にそれぞれのサブタイプが到達する延髄の場所が違うためで、それにより異なる反応が誘導できるようになっている。まとめるとこれだけだが、この研究は呼吸反射についての様々な分子基盤を大きく進展させているように思う。何よりも私のような素人にもわかりやすい論文だ。呼吸が生命の基礎であることを考えると、救急医療の現場で役に立つ様々な創薬につながるのではと期待したい。

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4月26日:胚のミトコンドリア操作(4月23日号Cell掲載論文)

2015年4月26日
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3月21日このホームページで紹介した( http://aasj.jp/news/watch/3113 )クリスパーによるヒト胚操作の論文 がProtein & Cell誌に紹介され、我が国のマスメディアも科学者による第二のアシロマも含めようやくこの問題を取り上げている。いつものことだがメディアの記事には論文をしっかり読んだ形跡はない。私も読んだが、ヒト胚ゲノム編集に名を刻もうとする気持ちが見え見えの論文で、研究としてコメントする気にならない。しかしアメリカで行われたように、科学者からもっと活発に発信することが大事だが、未熟な我が国の科学者社会は、政府が呼びかけないと動かないようだ。しかし、この分野ではどんどん新しい話が浮き上がってくる。何度も繰り返すが、新しい遺伝子編集技術はアイデアがアイデアを産む革命的技術だ。あらゆる分野へ拡大すること間違い無い。今日紹介するソーク研究所からの論文は細胞内の特定のミトコンドリアを消滅させる技術の論文で4月23日号のCellに掲載されていた。タイトルは「Selective elimination of mitochondrial mutations in the gremline by genome editing (遺伝子編集技術を用いて突然変異のあるミトコンドリアを選択的に除去する)」だ。昨年10月19日このホームページで紹介したように(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2311)ミトコンドリア病の原因は正常と異常なミトコンドリアが混在するヘテロプラスミーと呼ばれる状態から引き起こされる。また、幾つかの疾患ではこの異常の原因となるミトコンドリア遺伝子の突然変異が同定されている。ミトコンドリアは細胞とは独立に増殖できる自律性を持っているため、異常ミトコンドリアを除去することで、正常ミトコンドリアが増えて、細胞が正常化することを期待できる。正直この論文を読むまで私も全く知らなかったのだが、悪いミトコンドリアを除去するため、細胞内でミトコンドリアだけに移行するように細工した制限酵素を用いてミトコンドリア遺伝子を切断し、除去する試みはずっと行われていたようだ。ただ制限酵素の場合悪いミトコンドリアだけに切断サイトが必要になるため、利用は限られる。これを特定の遺伝子配列を認識して切断するTALEN+ZFN切断酵素の組み合わせで、卵子内に存在する悪いミトコンドリアを狙って消滅させることができ、次の世代へ伝達するのを阻止することが可能であることを示している。この方法がミトコンドリア特異的で、ゲノムに傷が付いていないことをCGHと呼ばれる方法で確かめているが、これだけで結論はできないだろう。この技術の場合は、編集した遺伝子は除去されるため、人為的編集結果がミトコンドリアに残ることはない。しかし、ヒト胚の遺伝子操作であることは間違いがない。事実、この研究でも異常ミトコンドリアを持つ人の細胞をマウスの卵子と融合させ、この方法で突然変異ミトコンドリアを除去できることを示し、ヒト胚への応用を視野に入れている。科学者がイニシアチブをとって市民やメディアを巻き込む議論が必要だが、ただ、我が国にそれが可能な科学者と社会の成熟した関係はなく、また科学者も議論を自らリードするイニシアチブもないようだ。例えば山中さんが呼びかけて、マスメディアが答え、日本版アシロマ会議でオープンな議論をしてみたらどうだろう。このような会議が可能になれば、生命倫理や命の選択といった杓子定規なコメントしか頭に浮かばないメディアも少しは変われるかもしれない。

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4月25日:わかっていても調べなければならないこと(4月21日号アメリカ医師会雑誌JAMA掲載論文)

2015年4月25日
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捏造や研究不正を調べてみると、大きな社会問題を引き起こした不正には、それを支持する世間の後押しがある場合があることに気づく。日本のメディアは自分がいかに騒いだかだけを基準に「世界3大捏造」などとランキングしているが、世界基準で見たとき常に問題になるのが、Andrew Wakefieldのケースだろう。Lancetに1998年発表された3種混合ワクチンと自閉症の相関を12例の症例から結論した論文だ。この結果に基づきワクチンをやめるように呼びかけまで行われ、本来なら病気にかからなかった子供が感染し、命が失われたと考えられる。その後この研究が行われた病院やWakefield自身がワクチンの公的支援中止を呼びかける団体の研究費を受けていたことが明らかになり、2010年にようやくこの論文は撤回される。研究不正問題の決着は2010年についたと言えるが、実際には現在も問題は続いている。何よりもWakefieldはテキサスに移り、ワクチンに反対する団体から支援を受けている。また自閉症の子供を持たれた北米の両親の20%が次の子供のワクチン接種を拒否する。15年を経て研究不正問題にカタがついても、社会的影響は根強く残っている。これは、ワクチンが有害だと現在も固く信じているグループがおり、社会的影響力を持っているからだ。調べたわけではないので間違っているかもしれないが、このようなグループはWakefieldと同じで少数の症例から導き出した結果を根拠とすることが多い。例えば本屋に行って平積みにされている、「癌にxxが効く」とか、果ては「ガンを治療するな」と主張して一定の売り上げを伸ばす本に近い。このような思い込みと闘うためには、科学的なデータを集めるしかないが、今日紹介するバージニアにある医療コンサルテーション会社がアメリカ医師会雑誌に発表した論文は、風評には地道に科学で対応する典型と言える研究だ。タイトルは「Autism occurrence by MMR vaccine status among US children with older siblings with and without Autism (年長の兄弟のいるアメリカ児童の3種混合ワクチン接種と自閉症の発症の関係)」だ。この研究は95,722人という多数の児童を対象にしたコホート調査で、そのうち1%が自閉症を発症している。また、2%が自閉症の兄弟をもっている。アメリカではワクチンは2度にわたって、最初は12−15ヶ月で、その後4−6歳の間に接種されるが、やはり自閉症の兄弟を持つ両親はワクチン接種を受けささない確率が対照と比べ10%近く高い。最後に自閉症との相関だが、自閉症の兄弟がいない場合はいうまでもなく、自閉症の兄弟がいる場合も、3種混合ワクチンの接種と自閉症の発症に相関は認められないというのが結論だ。Wakefield事件の後、同じ結論を示す論文は繰り返して発表されてきたようだが、根拠のない風評が続く限り科学で対応するしかない。この論文のおかげで、私たちもこの問題について聞かれたときに示せる科学的根拠が一つ増えた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月24日:クロマチンを開く(4月23日号Cell掲載論文)

2015年4月24日
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私の理解力が悪いのか、相性が悪いのか、何度聞いても研究の内容がよく理解できない研究者がいる。論文は斜め読み、詳しいことは会議のトークを通して聞くというスタイルで忙しく暮らしていると、英語が母国語でない私には分かりにくい研究者リストが出来てしまっていた。そんな一人が今日紹介する論文の責任著者Zaretだ。彼とは雑誌Developmentのエディターの仲間として知り合いになり、会議で1年に最低2回は同じ話(少しづつは変わるが)を聞いていた。しかし現役時代は結局肝臓発生と転写因子FoxAのメカニズム研究についてのトップグループという以上の深い理解をすることはなかった。その彼のグループが4月23日号のCellに「Popmeer transcription factors target partial DNA motifs on nucleosomes to initiate reprogramming (ヌクレオソーム上に一部だけ露出したDNAモチーフをパイオニア転写因子は標的にする)」という論文を発表した。彼の論文を最後まで読んだのは正直今回が初めてだが、現役時代に理解を妨げていた霧が晴れたように感じ、論文を読むことの大事さを再確認した。

 さてこの論文では、なぜ転写因子の影響を受けないように完全に閉ざされた遺伝子領域が、結合できないはずの転写因子の働きで開くのかという問題が調べられている。例えば山中4因子を導入すれば体細胞が多能性幹細胞へとリプログラムされると単純に考えられているが、普通の体細胞では多能性細胞で働く転写因子が結合する部位はエピジェネティックなメカニズムで閉ざされている。どうして閉ざされた結合部位に導入した山中転写因子が結合できるのか、実際にはよくわかっていない。分裂しているうち少しは開くのだろうなど、適当なことを言ってごまかしてきた。酸でリプログラムしていいと考えるのも全く荒唐無稽ではなく、この閉ざされたヌクレオソームをこじ開けれるのではと期待する背景がある。この問題に対し、閉じたヌクレオソームにも一部の転写因子(パイオニア因子)は結合可能だとするZaretらが長年主張してきた考えに立てば説明できることを示したのがこの研究だ。まさにプロの仕事で詳細は省かざるをえないが、まず精製した山中4因子と、リプログラムされたあと4因子が結合する標的領域(この研究ではLin28領域が使われている)の結合を調べ、ヌクレオソームを形成しない裸のDNAへの転写因子の結合部位と、様々なヒストンが結合したヌクレオソームへの結合部位が異なることをまず示している。すなわち、リプログラミングは、転写因子と核酸との直接結合から始まるのではなく、ヒストンなどで閉じられたヌクレオソームと転写因子の結合から始まることを示した。次に、ヌクレオソームに結合するとき、山中4因子は何と結合しているのか構造解析を行い、ヌクレオソームの表面上に一部だけ突出している転写因子結合領域に引っかかるようにまず結合し、その後領域全体としっかり結合することで、下流の遺伝子の安定的活性化が始まり、リプログラムへと進むことを示している。これが彼らがずっと主張してきたパイオニア転写因子の考えだが、山中4因子もパイオニア転写因子としての働きを持っているというのが結論だ。そして、このパイオニア因子能力は、ヌクレオソーム表面に露出した標的領域の一部にでも結合できるかどうかにかかっていることを示している。最後に、多能性幹細胞へのリプログラムだけでなく、体細胞から体細胞へのプログラムやリプログラムでもこのパイオニア転写因子が関わると結論している。この結論が正しいなら、プログラムやリプログラムで鍵となる転写因子を、標的領域を含むヌクレオソームとの反応として試験管内でテストすることも可能になるかもしれない。話も面白かったが、ようやくZaretが話していたことがわかって、雲が晴れた気持ちになった。やはり論文を読むことは重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月23日:新しい膵島移植プロトコル(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2015年4月23日
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ついこの前、2歳の1型糖尿病のお子さんを持つお母さんから、本当にこの病気は根治するのか?いつになったら治るのか?を問う投稿があった。これまで論文を読んでいてこの分野の進展は著しい印象を持っており、安全な膵島移植や、あるいは全く膵臓と同じ人工膵臓が完成するまで10年はかからないだろうと思っている。正直な気持ちとして、コストを気にしない場合は5年で多くの技術に見通しがつくのではと答えたが、「期待しすぎてはいけないでしょうね」と言われてしまった。(投稿と返事についてはhttp://aasj.jp/news/watch/2283 参照)。とはいえ、今日紹介するカナダ・Alberta大学からの論文もこの分野の力強い進展を示すものでNature Biotechnologyオンライン版に掲載された。タイトルは「A prevascularized subcutaneous device-less site for islet and cellular transplantation (あらかじめ血管網を形成させた皮下組織は膵島や移植細胞を支える組織になる)」だ。Alberta大学というと門脈を通して膵島を肝臓に移植する方法を開発した大学だ。この本家本元が、門脈から投与するエドモントンプロトコルには限界があると考えていたのだろう。もっと簡単で機動性の高い移植方法の開発を続けていたようだ。例えば将来は多能性幹細胞由来の膵島が利用されると考えられるが、未熟な細胞が残りテラトーマや他の腫瘍が発生するリスクを完全に排除することはできない。この場合、もし移植場所が皮下であれば、何か起こった時の対処がしやすい。ただ動物モデルで膵島を皮下に注射しても、細胞は全く生着しない。代わりに体内に留置可能なデバイスやマイクロカプセルに膵島を封入して患者さんに戻す方法の開発が進んでおり、かなり期待が持てる段階に来ている(例えば2013年11月に紹介した技術。http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/737)。ただ臨床応用の観点から言うと、デバイスを使う方法は安全性が高いが、デバイスの認可に長い時間とコストがかかる。Alberta大学のグループは、膵島が腎臓の被膜下で生着するのに皮下組織で生着しないのは、血管新生が皮下で起こりにくいことが原因ではないかと考え、前もって血管新生を誘導した皮下組織に膵島を移植する方法を考えついた。この論文はこれが実際に可能であることを示した前臨床研究だ。まず皮下に血管新生を誘導する方法だが、様々な材料を試した後、市販の太さ5Fr(1.6mm)のナイロンカテーテルを皮下に1ヶ月留置することで実現している。ここにマウスや人の膵島を移植し、100日間経過を観察すると、腎臓被膜下移植と比べて少し遅れるが、あとは100日以上にわたって正常血糖を維持することが可能であることが示されている。移植抗原が違っている場合も、タクロリムスによる免疫抑制で十分移植膵島を維持することができること、すでに糖尿が発症していても有効な皮下組織を形成できることなど、前臨床としては十分な検討を行っている。そしてディスカッションにはヒトを用いた治験が準備中であると述べている。臨床応用は、多くの技術が並行して開発され、その全てが患者さんに届けられるときだけ可能になる。早期診断から、病気の進展の抑制、細胞移植や人工臓器、そして移植方法の開発など、1型糖尿病研究の進展を見ていると本当に力強いものを感じる。もう一度「大きな期待を抱いていただいて結構です」と伝えたい。最後になるが、来る5月30日日本IDMMネットワークは名古屋で10周年のサイエンスフォーラムを企画されている(http://japan-iddm.net/sympo_aichi_2015/)。このフォーラムでも力強い希望が聞けることは間違いない。

 

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4月22日:ras阻害剤開発、傷だらけの30年を乗り越えれるか(4月16日号Nature掲載記事)

2015年4月22日
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今ガン撲滅のために開発が必要な薬剤は何かと聞くとすると、多くの人の答えは変異型rasの阻害剤だと答えるだろう。事実ガンゲノム解析が進むにつれ、例えば膵臓癌の90%、肺がんの25%、大腸ガンの50%と多くのガンがras変異をドライバーとして使っていることが明らかになり、もしras阻害剤が開発できれば、多くの患者さんが救われるだろうと期待できる。ところが、創薬企業にras阻害剤の話を聞いてみると、薬剤開発は諦めたという悲観的な答えが一様に返ってくる。Rasは創薬にとってのタブーでありトラウマになっているようだ。ただ昨年8月1日このホームページでも紹介したように ( http://aasj.jp/news/watch/1950 ) この暗闇に少しづつ日が差してきたようだ。今日紹介するのはこの動きを伝えるためにNatureのNews &Viewsのコラムニストの一人Heidi Ledfordが書いたレポートで、4月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「The ras renessance(ras復興)」、傷だらけの歴史から現在に至るまでの歴史をうまくまとめてある。順を追って箇条書きで紹介しよう。

  • rasは動物の肉腫の原因となる発ガン遺伝子として発見された。1982年、rasの突然変異が人間のガンで見られることが最初に明らかになり、その後ガン治療の標的分子として最も期待されているのに、最も創薬が難しい標的分子として現在に至っている。しかしその重要性を考え、アメリカでは1億ドルのプロジェクトが新たに始まっている。
  • rasはGTP結合タンパクだが、生化学的解析が進むとともに、GTPの結合性があまりに強く、この結合を阻害することは至難の技であることが分かった。また、構造解析が進んで、ノッペリとした分子で凹凸が少なく、タンパク同士の結合阻害も難しいことがわかった。
  • そこにras機能には分子をファルネシル化して膜にアンカーすることが必要であることが発見された。これで阻害剤ができると多くの製薬メーカーが取り組んだが、実際の臨床治験が始まると全薬剤が討ち死にした。
  • この失敗の原因は、ガンではK-ras, N-rasが活性化されることが多いのに、ほとんどの研究が膜へのアンカーにファルネシル化だけが関与しているH-rasで行われてしまったことで、ガンで問題になるN-ras,K-rasはゲラニル化が代わりに働いて、ファルネシル化阻害剤は役に立たなかった。
  • 次に期待されたのが、rasが活性化すると細胞死を誘導するため、正常細胞と比べた時細胞死を防ぐ機構を必要とすることに注目し、この細胞死抑制機構を阻害しようとする方向だ。実際多くの論文がこの現象について発表された。しかし最近になって、synthetic lethalityと呼ばれる現象は、細胞ごとに異なっており、創薬ターゲットにならないことが分かった。
  • このような歴史的経緯の結果、大手創薬企業はrasから手を引いた。しかし、アカデミアやベンチャー企業では創薬企業をやめた研究者たちが、in silicoでデザインした化合物や、弱い阻害活性を示す化合物からスタートして地道な探索を始めている。
  • もう一つの方向は、特定の突然変異のみを標的とする探索で、私も8月1日に紹介したカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文では、K-rasのG12C突然変異に効果のある薬剤の開発に成功している。特に、化合物がシステインを介してrasに共有結合するメカニズムは期待が持てる。

 

このように、大手のとらないリスクをアカデミアやベンチャーが取り、それを政府が助成する仕組みがアメリカにはしっかり存在している。我が国の医療研究機構も、なんでも薬作りにつながれば良いと申請を待つのではなく、大きな方針を示すことが最も重要だと思う。我が国の役所は工程表が好きだ。おそらく政治家にわかりやすいからだろう。医療研究機構からも最近工程表が出された。しかし、大きな方向性を示せない工程表ほど有害なものはない。末松さんから大きな方向性が示されるのを期待したい。

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4月21日:見えてもわからない(Psychological Science 4月号掲載論文)

2015年4月21日
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医学や生物学の実験では言うまでもなく再現可能かが問われるが、一回きりの経験を重視する伝統も持っている。特に精神医学や神経学では症例報告のウェイトが高い。これは脳のような複雑で個別の要素が高いシステムでは、統計的手法を当てはめることが難しい一回きりの現象が存在し、限界はあっても個別を追求することで普遍的な原理や法則に迫ることが可能だからだ。例えば精神疾患なら、この伝統はフロイトの膨大な症例報告に残っているし、神経学でも例えばダマシオの「デカルトの間違い」などには、脳障害で性格が一変した症例などが一般の方にもわかるよう紹介されている。今日紹介するワシントン大学からの論文も同じように繰り返して経験することのできない症例報告でPsychological Science4月号に掲載された。タイトルは「A lack of experiencee-dependent plasticity after more than a decade of recovered sight(視覚回復後10年以上たっても経験による可塑性は欠損している)」だ。この症例は、3歳半に事故で化学薬品を浴び、左目は完全に失われ右目は角膜障害を受け失明状態に陥る。46歳まで光は感じるが視覚による形態などの認識を行うことなく生活してきた後、右目の角膜を幹細胞移植で再生する治療を受け、視覚を回復する。この症例では、視覚が急に回復した時、経験による脳内での統合が必要な複雑な視覚認識はどこまで回復するのかが問われた。手術後2年目の検査で、光や色の感覚、また単純な形態の認識はほぼ完全に回復しているが、表情の認識を始め3次元画像など経験を必要とする視覚認識は全く回復しておらず、視覚が回復しても触覚や聴覚に頼らざるを得ないことが明らかになっていた。さらに10年経過して、この状態が改善したかどうかを調べたのが今回の研究で、結論を先に言うと、全く回復しないという結果だ。実際行われたテストでいうと、椅子の写真を見せて椅子と認識することができない。また、男か女か、あるいは怒っているのか喜んでいるのか、感情を理解するのも画面だけを通してだとうまく判断できない。一方、2次元画像の形であればある程度認識できるが、3次元画像になると単純な形の認識も難しい。もちろん全くランダムに答えるよりは正解率は高く、ある程度の認識が可能なことも確かだ。しかし、50近くで視覚が回復して10年たっても、それまでの50年の経験を通して積み重ねた脳内ネットワークを再構築することはできていないという結果だ。このことをより客観的に確かめる意味で、MRIで脳活動を調べている。詳細は省くが、顔の認識、人間の体の認識、景色の認識などの課題に対して反応は強く低下している。結局、見えるということと、それが何かわかることが全く別物であり、この患者さんでは3歳半までにわかるために獲得した脳内ネットワークはそのまま発達することなく止まってしまっていることがわかる。この患者さんは回復後視覚について「見えることで何ができ、何ができないかわかってきたので、あとはそれ以上の挑戦をしないでいる」と語っている。すなわち、脳内ネットワークの壁を壊すことの難しさを語っている。何歳まで視覚経験を積み重ねれば完全になるのか?回復しなかったのは個人的な問題なのか?同じような症例で、事故が起こった年齢が異なる患者さんの症例が集まれが、統計学的処理できなくとも多くのことがわかるのではないだろうか。だとすると眼科領域の再生医学の進展に大きな期待が集まる。

カテゴリ:論文ウォッチ