2016年3月16日
様々な組織の細胞が障害されている程度を図ることは、臨床検査の重要な項目になっている。血中に漏れ出た酵素を用いて肝臓細胞障害や心筋梗塞の程度を測定するGOTやLDH検査は一般の人にも馴染みが深い。ただ、このような検査のためには組織特異的な酵素を見つけてくることが重要になる。これに対し、今日紹介するイスラエル、ヘブライ大学からの論文は、血中に漏れ出たDNAを酵素の代わりに用いる可能性を調べた研究で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Identification of tissue-specific cell death using methylation patterns of circulating DNA(血中DNAのメチル化パターンを使って組織特異的細胞死を検出する)」だ。
血中に漏れ出たDNAと言ってももちろんあらゆる細胞は同じ DNAを持っており、そのままでは診断にならない。この研究ではDNAに加えられる組織特異的メチル化パターンを組織細胞の指標にしている。例えばインシュリンをつくる膵臓β細胞のプロモーター付近の6カ所のCpG配列はβ細胞だけでメチル化を受けている。逆に神経細胞発生時に必要な転写因子Brain1は脳以外のほぼ全組織でメチル化されているが、脳のほぼすべての細胞ではメチル化が外れている。さらに、脱髄性疾患で問題になるMBP分子は髄鞘をつくるオリゴデンドロサイトだけでメチル化が外れているという具合だ。このように組織特異的メチル化パターンを特定して、そのパターンを血中に漏れ出たDNAで調べることで、1)1型糖尿病で膵島移植を受けた患者さんでの移植膵島の状態や、1型糖尿病の患者さんの状態、2)多発性硬化症の再発、3)外傷性の脳障害の程度、4)膵臓癌と膵炎の経過、鑑別などが可能であることを、少人数のパイロット試験ではあるが、示している。
メチル化パターンを利用して直腸癌を診断する検査がすでにPhase IIIを終わっていることを考えると、当然の試みだと思う。様々な組織のメチル化パターンの比較から、検査に適したDNA断片を見つけてくるのもオーソドックスで、確かに新しい検査法が開発できることがわかる。しかし、読んでから、この検査が普及するかどうかを考えると、ビスルフィド処理とPCRが必要であることなど、普及を妨げる幾つかの問題があるようだ。少なくとも一般検査にはまだ適さないだろう。ただ、MiniOnなどの一分子シークエンサーで直接メチル化パターンを簡便に解読できるようになると(時間の問題だろう)、ブレークするかもしれない。それまでは、やはり論文のための論文という印象だった。
2016年3月15日
抗原で刺激されると、B細胞はリンパ組織の胚中心と呼ばれる領域で選択され、抗原とより高い親和性で反応できる抗体を進化させる。この過程は免疫反応の中でも最もよく研究されていると言っていいだろう。元々臨床をやめて基礎研究を始めた時、抗体遺伝子の再構成と突然変異と選択による抗体親和性の進化について研究しているRajewskyの研究室に留学したので、今は完全に免疫学から離れていても、この分野は興味を持って見てきた。それでも、この胚中心でのリンパ球の選択過程を目で見ることができるとは考えたことがなかった。今日紹介するマサチューセッツ工科大学の論文は、胚中心で起こるB細胞の選択過程を可視化する方法を示した面白い研究で、3月4日号のScienceに掲載された。タイトルはズバリ「Visualizing antibody affinity maturation in germinal centers(胚中心での親和性の成熟を可視化する)」だ。
この研究ではB細胞が活性化され胚中心に入る前後から誘導されるAIDという遺伝子にタモキシフェンを投与時にCreリコンビナーゼが活性化される遺伝子を導入している。これにより、胚中心に入ってきたB細胞を選択的に標識できる。普通標識には一種類の蛍光標識遺伝子を用いるが、この研究ではそれぞれの染色体に4種類の蛍光遺伝子を導入し、そのうちの一つがCreによって活性化されるように設計している。これにより、それぞれの染色体でどれか一つの色が選ばれる。染色体は2本あるので、これにより10種類の異なるカラーでB細胞クローンを標識することができる。この方法を着想し、実際に使えるようにしたのがこの研究の全てだ。
この方法で、抗原刺激後5日目、胚中心で選択が始まる少し前にタモキシフェンを注射してB細胞を標識し、その後の過程を見ると、標識後3日目では様々な色の蛍光を発するB細胞からできていた胚中心が、時間とともにクローン選択され、特定の蛍光で標識されたB細胞によって占められる過程がわかる。
とは言っても、すべての胚中心が一種類のクローンによって占有されるというわけではなく、反応が終わった時点でも何種類かの蛍光を発するB細胞クローンが混じり合っている胚中心も存在している。細胞を取り出して抗体遺伝子の配列を調べ、作っている抗体の抗原への親和性を調べると、親和性は間違いなく上昇して進化が進んでいる。また、同じ胚中心に存在するB細胞は、異なるカラーで標識されていても近い関係にあることも分かった。
以上の結果から、AIDが誘導されタモキシフェンが効果を発揮するタイミングや、T細胞との相互作用のタイミングなど、様々な要因で、B細胞クローンは胚中心内でも、親和性上昇とは別に多様化してしまうようだ。要するに、胚中心は抗原への親和性を上昇させる場所であることは間違いない。一方、B細胞の細胞内過程への影響は、同じ胚中心でも多様性があるため、蛍光カラーが必ず一種類になるわけではないが、たまに、一つのクローンが普通より早い速度で拡大すると、胚中心が一つのクローンだけで占有されることになるようだ。これらの結果は、少し予想とは違ったが、おおむねこれまで何十年かの研究で蓄積された考えに沿った結果が出ていると言えるだろう。しかし、この動きを全部見ることができるとは感激だ
私事になるが、ドイツ留学中に使っていた懐かしいNP抗原やB1-8というイディオタイプの名前が出て当時を思い起こすことができた楽しい論文だった。
2016年3月14日
2014年のノーベル賞を受賞した脳内の場所記憶に関する研究は、詳細はともかくとして、専門外の人間にも問題がわかりやすく、「なるほど」と結果を楽しむことができる。また手法も、同時に何百もの神経細胞を行動と共に記録してコンピューター解析で相関を調べる、ビッグデータ解析の走りが使われており、21世紀的雰囲気がある。
いずれにせよ、頭の中に地図があることで行動の安心が得られるのがよくわかる。この記憶は寝ている時にも維持されないと、夜中にトイレに行くのに困ることになる。この記憶維持には、休息中、あるいは睡眠中に定期的に興奮を繰り返すことで場所記憶が維持されるとされてきた。今日紹介するカリフォルニア州立大学サンフランシスコ校からの論文は、これまで知られていた場所記憶細胞やネットワークとは全く違った反応を示す細胞を海馬のC2領域に発見したという論文で3月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「A hippocampal network for spatiall coding during immobility and sleep (静止中や睡眠中に場所をコードする海馬ネットワーク)」だ。
研究では新しい手法が用いられているわけではなく、これまでの場所神経細胞の研究と同じように迷路を移動中、休息中、そして睡眠中に、海馬のCA1,CA2,CA3領域に存在する細胞の神経興奮を同時記録し、あとで詳しく分析している。これまで報告されているように、すべての領域で、迷路課題に取り組んでいる時、場所に応じた神経興奮が記録され、また同じ細胞が休息中、あるいは睡眠中に短く興奮しておそらく記憶を維持しているのが確認される。
ただ、この研究ではこのネットワークに加えて、このネットワークが興奮する時に逆に興奮が低下している神経細胞集団をCA2領域に発見し、この細胞の機能に注目して研究を行っている。CA2Nと名付けたこの集団は、動いている時にはあまり興奮せず、動きが遅くなったり休んだりしている時に興奮し、興奮の頻度にも特徴がある。また、それぞれのCA2N型神経細胞は、迷路で褒美にありついた時の場所の記憶と相関している。ただこれはCA2領域特異的ではなく、他の領域にもCA2Nと相関して興奮する神経が見つかることから、特定の場所に応じて興奮するネットワークに対して、休息中にのみ場所情報を提供するネットワークが存在することを示唆している。言って見れば、動と静に応じたネットワークのセットで場所記憶を維持していることになる。面白いのは睡眠中で、記憶維持のために場所細胞が興奮する時、CA2Nネットワークが興奮して、睡眠中の場所細胞興奮を抑えることを発見している。
結果はこれだけで、実際このネットワークが何をしているのかはまだ推論に過ぎない。将来、このネットワークだけを抑制する方法を開発して何が起こるのかなどが研究されるだろう。しかし、陰と陽、動と静がセットになって記憶が維持されるのはなんとなく理解できる。
旅行中のホテルで目が覚めて、今どこにいるのか混乱することがあるが、迷路のパターンをマウスの睡眠中に変えてしまうとどうなるのか、想像が尽きない面白い領域だ。
2016年3月13日
私の歳になると、自分は大丈夫でも、何人もの友人が脳出血に襲われ、亡くなったり、あるいは後遺症に苦しんでいるを見ている。しかしこれまで、出血から神経細胞死までの因果性を真剣に考えたことはなかった。というのも、出血すれば血管により支配される領域の神経細胞が酸欠に陥り死ぬのが当たり前と単純に考えてしまっていたからだ。もちろん、酸欠は細胞死の重要な要因だろうが、今日紹介するコーネル大学からの論文を読んで、なるほど出血で漏れ出た赤血球のヘモグロビンから吐き出される鉄による障害が、脳出血による神経障害に関わることがよく理解できた。論文のタイトルは「Therapeutic targeting of oxygen-sensing prolyl hydroxylases abrogates ATF4-dependent neuronal death and improves outcomes after brain hemorrage in several rodent models.(酸素感受性プロリルハイドロオキシラーゼに対する標的薬はATF4により誘導される神経細胞死を抑制し幾つかのげっ歯類を用いた脳出血モデルで経過を改善できる)」で、3月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。
研究は脳出血後の神経細胞死研究のプロであることがよくわかる論文で、出血による代謝や遺伝子発現変化についての深い知識に裏付けられた、重厚な研究だ。この研究では、出血により組織に漏出した赤血球が溶解して吐き出されるヘモグロビンから出る鉄イオンが、活性酸素としては最も活性が強いヒドロオキシラジカルを発生させ、神経細胞死を障害するという経路に注目して実験を行っている。まずこの経路で鉄の毒性が酸素感受性プロリルハイドロオキシラーゼ(PHD)を介していることを、試験管内での神経細胞死検出系で突き止めている(実際には候補として最初から頭にあったようだ)。次に、この酵素特異的な阻害剤を、PHDが活性化されると発光するように改変したマウスを用いて著者らがadaptaquinと名付けたキノリンが試験管内、マウス体内でPHDを阻害できることを突き止める。そしてadaptaquinを脳出血後2時間に投与すると、期待通り、出血による細胞死を防ぎ、回復が早まることを明らかにしている。
私たちにとってはこれで十分だが、著者らはadaptaquinが効果を発揮している経路が、PHDのハイドロオキシレーション活性による転写因子ATF4の活性化と、それに続く様々な遺伝子の転写、特に細胞死を誘導する分子を発現させる経路であることを明らかにしている。これらの細胞死遺伝子が上昇するのは出血後6時間であることから、adaptaquin投与が出血後6時間以内に投与すれば効果があることも示している。
このタイプの薬剤は現在アルツハイマー病の進行を遅らせる薬剤としてPhase IIまで進んでおり、少なくとも安全性があることは確認されている。したがって、脳出血に使うための治験プロセスもスムースに進むことが予想でき、かなり期待できる薬剤へと発展できるのではないだろうか。いずれにせよ、出血後6時間以内に投与するという臨床的問題は今後の課題となる。
2016年3月12日
21世紀に入って、自由に動く動物の脳活動を記録し、また活動を人為的に調節したいという神経科学の目標は急速に実現しつつある。特に、特定の神経集団を好きな時に興奮させて行動変化を調べるために開発された光遺伝学や化学遺伝学の発展は目をみはる。光遺伝学は光に反応するイオンチャンネルを脳細胞に発現するよう遺伝子改変を行い、光を照射した時だけその神経が興奮するようにする技術で、このため光遺伝学と呼ばれている。ただ、光を脳内に照射して神経を興奮させるこの手法は、光照射装置を脳に装着する必要があり、遺伝子改変した動物を完全に自由に行動させることは難しい。これを補うため、化学遺伝学が開発され、特定の化学物質を投与した時、目的の脳細胞が興奮する動物を使うことで、照射装置の装着が必要なくなった。ただ、物理的刺激ではないので、on/offを繰り返すといった実験には向かない。
今日紹介するバージニア大学からの論文は、これらの問題を一挙に解決しようと、磁気で調節可能なイオンチャンネルを作成しようとした研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Genetically targeted magnetic control of the nervous system (遺伝的に改変した細胞を磁気で刺激して神経系をコントロールする)」だ。
この研究では物理的トルクを感じるTRPV4チャンネル分子をこの目的に選んでいる。この分子に鉄と結合する分子フェリチンを融合させ、磁気に晒した時フェリチンと結合した鉄が磁気に引っ張られる時のトルクでチャンネルを開閉し、細胞を刺激するのが原理だ。ただ、アイデアはあっても利用可能な分子構造に到達するには試行錯誤が必要だ。この研究では20種類以上の様々な分子コンストラクトを試して、Magneto2と呼ぶコンストラクトにようやく到達している。あとは、本当にMagneto2を導入した細胞を磁気にさらすとカルシウムチャンネルが開くのかを細胞レベルで詳しく調べ、実際には細胞膜に高率に輸送されるように改変を加えたりして、使い物になるシステムを仕上げている。
あとはMagneto2遺伝子を特異的に発現し、同時にカルシウム流入が可視化できるようにした透明なゼブラフィッシュを用いて、磁気刺激がカルシウムチャンネルを開け、それが神経刺激として変換され、最後に行動の変化を誘導することを確認している。そして最後にMagneto2をマウス線条体のドーパミン受容体陽性細胞に導入し、磁気刺激でこの細胞の活動だけが誘導できること、またその結果ご褒美回路興奮による行動が誘導されることを示している。
私は専門でないので、完全に評価できないところも多いが、初めて自由に行動する動物の神経操作が可能になったような気がする。もちろん切れ味や特異性などまだまだ改変が必要だろう。また磁気をどの程度オンオフに使えるのかもわからない。しかし、脳操作を実現するために、あらゆる可能性が試みられ、研究が着実に進んでいることは実感できる。
2016年3月11日
我が国の現状は把握していないが、欧米ではピーナツアレルギー患者が現在も増加しているようだ。アレルギーの予防は、原因となる抗原を避けることだが、患者さんはこれがそう簡単なことでないのは実感している。したがって、アレルギーにならないよう子供を育てることが最も重要だが、具体的な方法については明確でない。乳児期にアレルゲンを除いた食事を与えればいいのではと単純に考えたくなるが、この方法でアレルギーが予防できるという証拠は全くない。
ところがちょうど昨年の今頃ロンドンのキングスカレッジから、乳児期にピーナツを積極的に与えるとピーナツアレルギーの発症頻度が格段に低下するという画期的結果がThe New England Journal of Medicineに報告された。今日紹介する論文は、この研究の続きで、タイトルは「Effect of avoidance on peanut allergy after early peanut consumption (早い時期にピーナツを避けることによるピーナツアレルギーへの影響)」だ。
昨年の論文では600人近い乳児をリクルートし、乳児期にピーナツを食べさせたグループと、ピーナツを避けさせたグループの子供について、60ヶ月後にピーナツアレルギーを調べ、積極的にピーナツを食べさせた子供では1.9%しかアレルギーが認められなかったのに、ピーナツを避けたグループでは13.7%が皮膚反応陽性だったという結果が示されている。
今回の研究では、この時成立した免疫状態が、60ヶ月後から1年間ピーナツを避けることで変化するか、72ヶ月時期に調べている。アレルギーかどうか、実際にピーナツを食べさせて判定している(少し恐ろしい気もするが)。他にもIgEやIgG抗体価を調べて示しているが、詳細は省いていいだろう。結果は明確で、乳児期に成立した免疫状態は安定に続き、後からピーナツを避けたからといって、アレルギーになることはないという結果だ。
要するに、乳児期に積極的にアレルゲンを摂取したほうがアレルギーにならず、こうして成立した状態は、その後のアレルゲン摂取状況にかかわらず安定に続くという結果だ。おそらく、坂口さんの発見した抑制性T細胞の誘導など複雑な要因が絡んでの結果だろう。メカニズムの解析には動物実験が必要だと思う。しかし、前の論文を読むと、この研究の発端は、乳児期からピーナツをこどもに食べさせるイスラエルのユダヤ人は、アメリカに住むユダヤ人と比べてピーナツアレルギーの頻度が低いという観察から始まっている。注意深い観察から始まる医学研究の重要性がよくわかる。幼児期の習慣を詳しく調べなおすことは、アレルギーが増加している我が国でも、対策を練るために重要なことだと実感した。
2016年3月10日
肝臓の慢性炎症が肝臓ガンの増殖を促進することは古くから知られているが、ガン自体に対する特異的免疫反応が脂肪肝によりどのように影響されるのかについてはあまり研究が進んでいない。今日紹介する米国国立ガン研究所からの論文はこの問題に取り組んだ研究で3月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「NAFLD causes selective CD4+T lymphocyte loss and promotes hepatocarcinogenesis (NAFLDはCD4陽性Tリンパ球を選択的に減少させ肝ガン発生を促進する)」だ。
タイトルにあるNAFLDはNon-alcoholic fatty liver diseaseの略で、アルコール以外の原因による脂肪肝を指す。この研究では、ガン遺伝子Myc遺伝子を導入されたトランスジェニックマウスに、メチオニンとコリンが欠損した特殊食を投与することでマウスに脂肪肝を発生させると、正常食と比べて肝ガンの発生率が上昇するというモデル実験系を用いている。肝ガン発生の亢進が確認できる4週と8週で肝臓に存在するリンパ球を調べ、CD4陽性細胞が選択的に半減していることを発見する。この発見がこの研究の全てで、免疫細胞が減少することで、ガンの増殖が亢進するというシナリオの糸口をつかんだことになる。実際にこのシナリオが正しいかどうか確認するため、脂肪肝を誘導していないマウスのCD4陽性細胞を抗体を用いて除去し、確かにCD4陽性細胞が肝ガンの発生を抑えていることを明らかにしている。
あとはCD4T細胞が消失するメカニズムを調べる実験で、
1) 脂肪を蓄積した肝細胞から分泌されるステアリン酸が直接CD4T細胞に働いて細胞死を誘導すること、
2) CD4T細胞の中にガン抗原特異的RORγ細胞が存在し、これが減ることで肝ガンの増殖を抑えられなくなっていること、
3) ステアリン酸がミトコンドリア内の電子伝達系の活性を低下させ、その結果活性酸素が上昇し、CD4陽性T細胞の細胞死が誘導されること、
4) 脂肪肝内のCD4陽性細胞でも同じように活性酸素が上昇していること、
5) ミトコンドリア特異的抗酸化剤を投与するとCD4T細胞の減少を抑えることができること、
を明らかにしている。
最後に同じことが人間でも見られるかどうかを確かめるため、ヒトのCD4T細胞をステアリン酸で処理し、マウスと同じように細胞死が誘導されること、NASHと呼ばれる脂肪肝のバイオプシーサンプルで、CD4T細胞が選択的に低下していることを認めている。
脂肪肝により、特異的免疫細胞が殺されるとは恐ろしい話だ。しかし、脂肪組織では同じことは起こらないのか、感染に対する免疫反応も低下するのかなど疑問がわく。逆に新しい治療標的が見つかるかもしれないという期待もある。NASHの不安を抱える人には期待の持てる仕事だ。
2016年3月9日
2月3日にジカ熱について緊急に発表された総説をこのホームページで紹介して、病気自体はほとんど風邪程度で終わるが、現在流行している南米で小頭症が増加しており、妊婦の感染による胎児の発生異常が懸念されていることを述べた(
http://aasj.jp/news/watch/4806)。この中で、ジカ熱が胎児発生異常の原因かどうかを医学的に確認するのは時間がかかると感想を述べたが、実際にはジカウイルスが確かに胎児発生異常の原因であることを証明するため着々と研究が進み、3月に入って論文が発表され始めた。
我が国メディアはiPSと関連すれば騒ぐ傾向があり、もっぱらCell Stem Cell6月号に発行される予定の、iPSから誘導した神経細胞にジカウイルスが感染し、感染細胞が死ぬことを示した論文を紹介しているようだ(
http://www.cell.com/cell-stem-cell/abstract/S1934-5909%2816%2900106-5)。ただ、この研究から妊娠時の感染により発生異常が起こるとは結論できない。今日紹介する論文はUCLAを中心に行われた、ジカウイルス感染を確認した妊婦を追跡調査したコホート研究で、ジカウイルス感染により胎児発生異常が起こることを初めて医学的に証明した研究と言える。タイトルは「Zika virus infection in pregnant women in Rio de Janeiro-Preliminary report (リオデジャネイロの妊婦さんのジカウイルス感染—予備報告)」で、3月7日号のThe New England Journal of Medicineに発表された。
この研究は昨年9月から本年2月の間にジカウイルスに感染、ジカ熱を発症したことが確認された妊娠5−38週妊婦72人の胎児の発達状態を超音波検査などで追跡した研究だ。ジカ熱発症については典型的な紅斑が出たかどうかで判断し、ジカウイルス感染は血液や尿中のジカウイルスをPCR検査で確認している。
結果をまとめると次ようになる。
1) 2例が妊娠3ヶ月前に流産。2例が30週後に死産
2) 42例で超音波検査が許諾され、12例(29%)に様々な異常が検出された。
3) 具体的な異常:子宮内での成長の遅れ(5例)、小頭症(4例)、脳内石灰化(4例)、血流異常(4例)、羊水量低下(2例)
4) 経過観察中に超音波診断で異常が見つかっていた6例出産。2例は死産(超音波検査ではいずれも正常)。1例は胎盤不全により帝王切開で出産、大脳萎縮と黄斑萎縮。1例は小頭症。2例は羊水量低下などによる早産、いずれも新生児集中治療。
5) 超音波診断陰性児2例は正常出産。
この研究ではっきりしたのは、ジカ熱を発症した妊婦の胎児は高率に発生異常を示すこと、小頭症など脳の発達異常の確率が高いこと、胎児脳の異常が見つからなくとも、胎盤の発達異常や血流障害などで、正常分娩ができないケースが高率にあること、超音波診断上の異常は出産後確認できること(すなわち超音波診断は正確)を示している。これはまだ予備レポートで、今後追跡中の全例の出産が終わり、詳しい結果が出ると思われる。ただそれを待たなくとも、ジカウイルスが発生異常を引き起こすという因果性が明確になり、事態は深刻であることがはっきりした。メカニズムはともかく、妊婦がジカ熱にかかることを全力で予防せよと訴える切迫感のある論文だと思う。
2016年3月8日
プレシジョンメディシンについては何回も紹介したが、個々の病気に関する、主にゲノムの分析結果に基づいて治療を行い、根治を目指す治療だ。例えば、今我が国では抗PD-1や抗CTLA4抗体を用いた免疫チェックポイント阻害治療に注目が集まっているが、現在のところ治療を始める前に結果を正確に予想することはできない。癌に対する免疫が成立していないと、この治療も無力だ。今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、肺ガンについてガンに対する免疫成立を正確に予想するための方法を模索した研究でScienceオンラン版(Science Express)に掲載された。タイトルは「Clonal neoantigens elicit T cell immuneoreactivity and sensitivity to immune checkpoint blockade (ガンクローンに発現するネオ抗原がT細胞免疫とチェックポイント阻害治療の感受性を決める)」だ。
ガンのエクソーム(タンパク質に翻訳されるゲノム部分の配列)が調べられるようになり、肺ガンでは直接発ガンに関わる変異だけでなく、多くの分子に突然変異が存在することがわかっている。この変異分子が実際にはガン特異的な免疫反応を誘導するネオ抗原として働く。この研究では、腺ガンと扁平上皮ガンのエクソーム検査からネオ抗原として働き得る抗原を探索し、1)個々のガンで平均300近く特定できる、2)ネオ抗原の候補の数が多いほど予後が良い、3)ガン内の多様性が増大するとネオ抗原が多く見つかっても予後が悪い、4)扁平上皮ガンではクラス1組織適合性抗原の発現が低く、ネオ抗原が存在しても免疫が成立しない、ことを明らかにしている。
ここまではこれまでに報告されていた結果を確認したものだが、この研究では多様性の異なる腺ガンを選び、周りに浸潤しているリンパ球ネオ抗原候補への反応を調べ、実際のネオ抗原としてはたらいているペプチドを特定し、次にこのペプチドと組織適合性抗原とを用いて浸潤リンパ球を染色している。この結果ほとんどのガン細胞が同じネオ抗原を発現している場合、ほとんどのキラーT細胞活性がその抗原に集中するが、ガンの多様性が上昇すると様々な抗原に分散してキラーT細胞が誘導されることを示している。また、ネオ抗原で染色できる浸潤T細胞がPD1抗原をが発現することを証明している。実際の臨床で応用するにはまだまだだろうが、ここまで徹底すればガンのネオ抗原、ガンに対する免疫反応、そしてその質を完全に把握できることを示している。
ただそこまでいかなくとも、この結果からネオ抗原を指標に見たときガンが多様化していないことが、有効な免疫反応が起こり、チェックポイント阻害治療が効く重要な条件であることがわかる。実地臨床でこれを確かめるため、メラノーマでのチェックポイント阻害治療について調べ、確かに多くのネオ抗原を発現しており、ガンの多様化が進んでいない場合のみ抗PD1や抗CTLA4抗体治療が聞くことを示している。
少なくともガンのエクソーム検査をまず行ってからチェックポイント阻害治療を行う必要性を強く示唆する結果だが、我が国のエクソーム検査の現状を見ると、ほとんどの医療機関では当分プレシジョンメディシンからは程遠い、当たるも八卦型の治療が行われ、無駄な医療費が空費されるのだろうと思う。コンプリートジェノミックスの知り合いに聞くとガンのエクソーム検査はだいたい10万円前後に収まってきているようだ。だとすると、抗体治療薬の何分の1のコストで投与効果を予想できることになる。
PD1が開発された国で、最もプレシジョンメディシンから外れたガン治療が行われるとは情けない。
2016年3月7日
我が国で大腸直腸癌は戦後増加の一途をたどっている。様々な要因の結果と考えられるが、一番大きな影響を持つ要因は、欧米型の食生活が普及し、脂肪を多く取る様になったことではないかと考えられている。これは日本人に限るわけではなく、疫学的研究、及びマウスを用いた研究からも、肥満と大腸癌の相関を示しているが、そのメカニズムについては明らかになっていない。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は高脂肪食の腸管上皮細胞の増殖に及ぼす影響を調べた研究で3月3日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hith-fat diet enhances stemness and tumorigenicity of intestinal progenytors(高脂肪食は腸管前駆細胞の幹細胞性と腫瘍性を促進する)」だ。
この研究ではまず60%の脂肪が含まれる餌を1年以上投与したマウスの腸管上皮を調べ、幹細胞の数が上昇する一方、絨毛の長さが減少していること、また幹細胞のニッチを形成するパネット細胞が減少していることから、幹細胞のニッチ依存性が低下していることを発見する。ニッチにあまり依存しない幹細胞の自己再生能を確認するため、現慶応大学の佐藤さんが開発した方法で腸管上皮の試験管内増殖を調べると、高脂肪食を与えた腸管細胞の試験管内での増殖能が上昇していることを見つけている。また試験管内での結果に対応して、放射線照射後の長上皮再生能力も、高脂肪食を投与している方が促進している。
この高脂肪食の効果のメカニズムを調べるため、高脂肪食を投与された腸管幹細胞を分離し、その遺伝子発現を調べると、PPARδ分子により誘導される分子の発現が上昇し、その結果Wntシグナルが増強することで自己再生のが上がることを見出している。ただこの点については、現象論で、完全に証明できているわけではない。とはいえ、PPARδ遺伝子をノックアウトしたマウスを用いた実験から、確かに高脂肪食の効果がPPARδを介していることは確認できていると言える。
最後に高脂肪食を投与したマウスの腸管では、悪性度は低いものの上皮異形成が頻発することに注目し、Apc遺伝子が欠損すると、幹細胞だけでなく、少し分化した前駆細胞も高脂肪食に反応して増殖力が促進して腺腫を形成することを見つけている。
以上、高脂肪食投与により、1)PPAEδを介して幹細胞のWntシグナルが上昇し自己再生能が促進される、2)PPARδにより誘導されるNOTCHリガンドによりパネット細胞の分化が抑えられる、3)幹細胞から少し分化した前駆細胞でも増殖促進が誘導され、Apc遺伝子欠損が重なると腺腫を形成する、と結論している。
論文としては雑然としすぎている印象で、明確でない点も多く、レフェリーも甘いなという印象だが、高脂肪食が直接幹細胞に働く可能性が示されたのは評価していいだろう。