3月3日:プレシジョンメディシンのプラットフォーム(2月26日号Cell掲載論文)
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3月3日:プレシジョンメディシンのプラットフォーム(2月26日号Cell掲載論文)

2015年3月3日
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2月26日号のThe New England Journal of MedicineにFrancis CollinsとHarold Varmus、米国癌研究の両巨頭がプレシジョンメディシンの現在と将来についてコメントを寄せている。その冒頭に、オバマ大統領が1月20日に行った一般教書演説の一節が引用されていた。「今夜、私は癌や糖尿病といった病気をできるだけ完治することを可能にするとともに、私たちすべてにもっと健康な生活を約束する個人の情報を知ることを可能にするプレシジョンメディシン計画をスタートさせる。」このコメントを読むと、オバマ大統領には医学研究の方向性についての正しい情報が伝えられていると思う。同じ日発行のCellに癌のプレシジョンメディシンのための面白いプラットフォームを紹介したハーバード大学医学部からの論文が掲載されていたので紹介する。タイトルは「Drug-induced death signaling strategy rapidly predicts cancer response to chemotherapy (薬剤により誘導される細胞死シグナルを測ることで癌の化学療法に対する感受性を迅速に診断できる)」だ。プレシジョンメディシンというと、ゲノム情報に重点が置かれているが、ゲノムがわかっても、自分のガンに合わせた薬剤の選択を簡単に行えるようにならないと、安心して治療を行うわけにはいかない。しかし、ガンといっても簡単に試験管の中で増えるわけではないので、薬剤のテストは実はそう簡単でない。この研究では、薬剤に反応してガン細胞が死ぬよりずっと前から細胞死の引き金が入っており、この引き金が入った状態を検出すれば、ガンに対する薬剤の効果を簡単に調べられることが確かめられている。方法は簡単で、ガンを様々な薬剤で16時間処理、その細胞にBH3由来のペプチド(細胞死過程を促進させる)と、ミトコンドリア膜の状態を調べる蛍光物質JC−1染色をするだけの検査だ。もし死の引き金が入っていると、速やかに蛍光が減衰する。実験では、細胞株を使って、薬剤の作用機序を問わず、ガンに効果がある薬剤はこの方法で効果を確認できることを示している。そして、実際のCML症例に対する標的薬、および卵巣癌に対するカルボプラチンの効果を判定して、臨床に利用できることを示している。科学的な知見としてはこれまでの知識を組み合わせただけで、新しいところはそれほどない論文だ。おそらく細胞死の基礎研究なら我が国も勝るとも劣らない。しかし、最初から臨床のセッティングを想定した研究であり、何よりも細胞株を樹立することなく、採取した細胞の薬剤感受性がすぐに判定できるというのは、プレシジョンメディシンのプラットフォームとしては大きな前進だと思う。このようにトランスレーションになると、急にわが国は見劣りする。いずれにせよ、これが可能になると次の課題は、ゲノム解読とともにこのような個人に合わせた薬剤感受性検査を提供する仕組みをどう構築するかだろう。このためには、この課題に対応できるような検査サービスを官民を挙げて準備することだろう。そのためには、また構想を練ることが必要だ。オバマの演説から、アメリカでは様々なシンクタンクからの情報に基づき、志の高い具体的目標が策定されていることがわかる。かたやわが国では、ゲノム研究は悲劇的状況にあるし、創薬促進・再生医学と抽象的なお題目が唱えられても、政策として出てくるのは日本版NIHが精一杯のようだ。要するに科学技術政策のシンクタンクがない。この状況が当分変わりそうもないとすると、一番いい政策は、何も考えず、アメリカの科学技術政策を、身の程に合わせてそのまま取り入れると決断し公表することかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月2日:他人の心を推し量るための神経細胞(Cellオンライン版掲載論文)

2015年3月2日
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考えてみれば、週刊誌は言うに及ばず、大手のメディアも、私たちが他の人間の心を知りたいという欲望を満たすために活動していると言える。逆にいうと、私たちはそれほど他人のことが気になる。あかの他人のゴシップでも気になるのだから、身近な人ならなおさらだ。しかし、他人の気持ちを汲もうとするこの欲求が、私たちの社会性の基盤になっていることは間違い無い。もちろん科学もこの気持ちを研究しようと努力している。例えば他人の行動を自分の行動と重ねるときに興奮するミラーニューロンが神経科学の大発見と言われる所以はここにある。今日紹介するハーバード大学からの論文も方向性は似ているが、さらに難しい課題、すなわち目に見える行動ではなく、他人の気持ちを推察するときに関わる神経活動をサルで調べた研究でCellオンライン版に掲載された。タイトルは「Neuronal prediction of opponent’s behavior during cooperative social interchange in primates (サルの社会交流時に相手の行動を予測する神経活動)」だ。この研究では、ミラーニューロン研究と異なり、相手の決断を知らない時に、それを自分の意図や行動とは切り離して推察するというさらに抽象的な過程を課題にしている。これをサルで調べるために、囚人のジレンマという課題をサルに行わせている。囚人のジレンマは2人の共犯者が、相手を裏切り警察と取引できるという状況での決断を調べる有名な行動課題だ。相手が裏切らず、自分が相手を裏切った場合が一番見返りが良い。逆に両方裏切ると、今度は刑が両方とも重くなる。両方裏切らなかった場合は、刑には服するが、量刑は軽いという設定だ。この研究では、懲役ではなく幾つのジュースを手に入れるかが褒美になっている。両方協力するときは4個のジュース、両方裏切った場合は2個のジュース、片方だけが裏切った場合は裏切った方に6個のジュースがもらえる設計だ。実験では、それぞれ別々の決断をさせ、決断結果を画面に示し、褒美を与えるという過程を何回も行わせながら、相手の行動を推察して協力することで褒美の量が安定することを学習させながら、推察に関わるとされている前帯状皮質にある300ぐらいの神経細胞の活動を同時に記録している。2匹のサルを同じ部屋で隣同士座らせ、囚人のジレンマを続けさせると、ヒトと比べた時サルは裏切りを選ぶ頻度が多い傾向はあるが、徐々に信頼を基礎とする決断をするようになる。この時、その前のトライアルで相手が裏切ったことを知ると、次の回は裏切る確率が上がる。すなわち、徐々に両方が相手の気持ちを推察すると得をすることを学習する。ただ、これは隣同士座っている場合で、相手をテレビ上のバーチャルのサルに変える、あるいは他の部屋に隔離し結果だけを提示するというセッティングで同じ実験を繰り返すと、協力する確率が半分以下に落ちる。すなわち、近い社会関係が存在していることが協力関係成立に必要なことがわかる。とはいえ、もし相手の決断が先にわかるようにしてやると、完全に自分が得する決断を行うので、純粋に利他的行動ではない。このような複雑な行動時の神経活動の記録を分析し、1)前帯状皮質に相手の決断を推定するときにのみ活動する神経細胞がる、2)これらは自分自身の決断で興奮する神経細胞とは重なっていない、3)この細胞は相手の以前の決断に影響される、4)相手の決断に関わる神経細胞は置かれた社会的状況に大きく影響される、5)この神経活動が抑制されると、協力関係が成立しない、ことを示している。その上で、推察する神経活動が確かに相手の決断と相関することを統計的に示している。少し長くなったが、要するに、行動結果を見なくとも相手の決断を想定して協力関係を成立させるために働いている独立した神経細胞が存在するという結果だ。論文を読むのは大変だが、行動に関する神経科学ほど外野の人間にとって面白い研究はない。ただ、やっている本人はおそらくサルを見たくなるほど大変だと推察する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日:老化を研究するための新しい動物モデル(2月26日号Cell 掲載論文)

2015年3月1日
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老化の研究が進まない一因は、時間がかかりすぎることだ。モデル脊椎動物で老化の研究を行うとすると、マウスの寿命は3−4年、ゼブラフィッシュになると発生は早いが、寿命は5年もあるようで、老化を待つのが大変だ。例えば、多くの動物をその年齢まで生かしておくことで、餌代や場所代などコストが大変だ。この問題を解決するため、さらに寿命の短い脊椎動物を見つけ出してモデル動物に仕上げたのが今日紹介するスタンフォード大学からの論文で2月26日号のCellに掲載された。タイトルは「A platform for rapid exploration of aging and disease in a naturally short-lived vertebrate(生まれつき短命な脊椎動物を利用した老化や疾患研究のための新しいモデル)」だ。モデル化した脊椎動物はturquoise killifishと名がついたメダカに近い魚で、ターコイズというからにはトルコ石のような美しい色をしているのだろう。ウィキペディアで調べると大きくなっても全長6cmほどの魚らしい。しかしこんな魚をよく見つけてくると感心する。この魚はアフリカ原産で、短い雨季に一時的に現れる池に生息する。このため、雨季が終わるまでに急いで相手を見つけ、産卵した後、通常30−40日で、池から水がなくなるのと同時に一生を終える、いわば絶滅危惧種だ。この魚を実験室で飼っても、長く生きて6ヶ月だという。3ヶ月の寿命とされているショウジョウバエに匹敵する。逆説的な話だが、この短い寿命を利用して、老化や老化に伴う病気の研究モデルを開発したのがこの研究だ。このために、ゲノム、幾つかの組織の遺伝子発現を調べたトランスクリプトーム、エピゲノムなど基本となる情報を集め、データベースを構築している。その上で、CRISPR/Cas9によるゲノム編集が可能であることを確認してようやくモデル動物が完成する。構想してからここまで来るのにどれだけ時間がかかったのか、長期的視野に基づく大変な仕事だと思う。その上で、こうしてできたモデル実験系が確かに老化研究に利用できることを示すため、テロメアの長さを維持するテロメラーゼ遺伝子に変異を導入し、これまでマウスやヒトで得られた結果を、寿命が極端に短いこの魚でも見られるか調べている。テロメラーゼの活性がなくなると、期待通りテロメアの維持は不可能になるが、外からはあまり変化が見られない。詳細は省くが、詳しく調べると、1)生殖能がなくなる、2)血液や腸上皮などの増殖の高い組織での細胞数減少、3)上皮組織の構築異常、などを2ヶ月以内に検出することができる。さらに、CRISPR/Cas9を使うと、ヒトで見られるのと同じ様々な変異を導入できることも示している(何が起こるのかは示されていないが)。結果についてはこれだけで、何か新しいことが明らかになったわけではない。ただ最後に、これまで老化に関わることが明らかな13種類の遺伝子の変異導入ができていることも報告し、「今から解析を進めて面白い話が出てくるぞ」と期待をあおっている。研究としては、turquoise killifishの着目したことが全てで、あとはアイデア倒れに終わらず、モデル動物システムを完成させるために、長期視野に立って努力を重ねた点は高く評価したい。ただこの努力に水をさすようで悪いのだが、老化現象の大半は外界のストレスの積み重ねという側面が多い。遺伝的変異を導入して積み重ねの効果を促進できるにしても、寿命が短いという性質はこの目的と相反する。これをいかに克服出来るのか、次の論文ではぜひこの点を示してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月28日:食品に添加された乳化剤の危険性についての警告(Natureオンライン版掲載論文)

2015年2月28日
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Natureは最近社会派の編集者が増えたのだろうか?昨年9月。私たちが日常口にしている人工甘味料が、糖尿を防ぐどころか、腸内細菌叢を変化させてインシュリン抵抗性を誘導し、逆に糖尿病と同じ代謝障害をきたす可能性を示した論文がNatureに掲載され、驚いた(9月19日このHPで紹介http://aasj.jp/news/watch/2190)。今日紹介するジョージア州立大学からの論文も極めて深刻な警告論文だ。「Dietary emulsifyiers impact the mouse gut microbiota promoting colitis and metabolic syndrome (食品に添加された乳化剤はマウスの腸内細菌叢に影響して腸炎やメタボリックシンドロームを促進する)」というタイトルの論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルにある通り、今回問題になったのは、カルボキシメチルセルロース(CMC)とポリソルベート80(PS80)で、アイスクリームや多くの食品に乳化剤として添加されている。PS80は一時発がん性が問題になったが、FDAが1%までなら許容できると認可している。CMCに至っては安全性自体を問題にする必要がないとされてきた。このグループは、乳化剤が細胞自体ではなく、腸粘膜細胞を守っている粘膜層を破壊する可能性について調べた。すると予想通り、食品添加に許されている程度のCMC、PS80を飲ませたマウスでは、普通なら30ミクロン程度離れた場所に隔離されている腸内細菌が10ミクロン近くに迫って、粘膜の中に多く住めるようになっている。すなわち、粘膜の保護作用が破壊されている。この結果、粘膜の透過性が高まり、腸炎を起こす遺伝子変化を持つモデルマウスの腸炎発症が早まる。この結果腸の長さは2割も短くなる。さらに、いわゆるメタボリックシンドロームと呼ばれる状態になり、正常と比べると体重は増え、過食傾向が出る。大変なことだ。最後に、この効果が乳化剤が直接粘液に作用して破壊するのか調べるため、腸内細菌が全く存在しない無菌マウスに乳化剤を飲ませて調べたところ、粘膜は全く破壊されない。すなわち、乳化剤の効果がすべて腸内細菌を介して起こっていることが明らかになった。実際、先に述べた細菌の存在しないマウスに細菌叢を移植した途端、粘膜破壊がおこる。最後に人間の食生活に合わせた投与の仕方で、乳化剤の効果が実験的条件の結果でないこともはっきりさせている。ディスカッションで、20世紀の中盤からクローン病や潰瘍性大腸炎といった腸炎やメタボリックシンドロームが増加した一つの要因は、乳化剤を食品に添加するようになったからではないかと、極めて強い警告を発している。これは大変だ。タバコと同じで、この因果性をヒトで疫学的に証明するためには時間がかかる。ただ、その気になれば、ヒトでの実験系を作ることも可能ではないかと思う。前回紹介した人工甘味や、今回の乳化剤の危険性を警告した研究は、これまで自分の体は一つのゲノムを共有する細胞だけからできていると考えてきた思い込みに対する警告でもある。腸内細菌叢も体の一部だということが明らかになってきた今、私たちは謙虚かつ真剣にこの警告を受け止めることが必要だ。このような警告を掲載したNatureを社会派という印象を持った私自身が間違っていた。このデータを得たなら警告するのが正常だ。今、20世紀の遺産にしがみつこうとする勢力と、21世紀を見始めた勢力の戦いが始まっているように思う。ただ、どちらが最終勝者になるかは明らかだ。勝者に賭ける方が得することまちがいない。

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2月27日:地道に進むニーマンピック病治療の動物実験(Science Translational Medicine掲載論文)

2015年2月27日
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ニーマンピック病は、NPC1,NPC2遺伝子の欠損によっておこる難病で、コレステロールを細胞に貯留し最終的に細胞死を引き起こす。この結果、神経細胞死による脳や運動機能の障害、肝細胞死による肝臓障害などが進行する。全く治療法がない遺伝病と思われてきたが、21世紀に入って様々な食品添加物として利用されているシクロデキストリンが病気の進行を止めることが動物実験で示され、2013年にはシクロデキストリンを髄啌内に注入する第1相治験も始まった。私自身も、この治験を皮切りに着々と治療法の開発が進むと期待している。ただ、それでも動物実験による詳しい研究が必要であることを示す論文がペンシルバニア大学獣医学部からScience Translational Medicineに発表された。普通なら全く新しい分子や薬剤についての論文を掲載しているトップジャーナルがわざわざ掲載を決めたのも、治験と並行して動物実験がいかに重要かを示すためだろう。タイトルは、「Intracisternal cyclodextrin prevents cerebellar dysfunction and Purkinje cell death in feline Niemann-Pick type C1 disease (猫C1型ニーマンピック病の小脳プルキンエ細胞死をシクロデキストリン脳槽内投与は抑制する)」だ。この研究では、ヒトと同じ遺伝子突然変異を持った猫ニーマンピック病をモデルに、シクロデキストリンの脳曹内投与の効果と副作用を調べている。まず手始めに、皮下注射を行って調べているが、予想通り肝障害の進行を遅らせられるが、小脳性の運動障害には全く効果がない。また、大量の投与は、肺障害をきたすことも分かった。次に、様々な用量のシクロデキストリンを猫の脳内、大槽と呼ばれる小脳のすぐ下の髄腔に2週間に1回投与を行っている。すると、症状の出ていない3週齢の猫に120mg投与し続ける群では、なんと2年にわたってほとんど症状が現れず、子供を作ることもできたという驚くべき結果だ。実際に脳細胞にも脂肪蓄積はほとんど起こっていない。障害の強い小脳に近い事、髄液の流れの溜まりになっていること、比較的多くの量を投与できること、などから大槽に投与したと思われるが、現在治験で行われている腰椎からの髄腔投与と大至急比べる必要があるだろう。もちろん副作用についてもしっかり調べている。間違いなく聴力障害が来るようだが、これはなんとか対応できるのではないだろうか。このホームページではこれ以上の詳細を紹介しても意味がないだろう。極めて期待できる結果だし、現在進行している治験のプロトコルにも影響を与える結果だと思う。さらに詳細知りたい、あるいは質問がある場合は遠慮なくメールを送っていただければ対応したいと思います。いずれにせよ、わが国も国際コンソーシアムに積極的に参加し、早期から治療が可能になることを願う。また、最も有効な投与方法について臨床治験を進めてほしい。

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2月26日:オキシトシンの力?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年2月26日
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まだ現役の頃、飲み会に出かける前、一緒に参加した私の秘書から「ウコンの力」を飲みましょうと誘われ、一本飲んで出かけた。実際効果があったかどうか全く覚えてないが、こうして飲む人たちもいるのだと駅前で一緒に楽しんで飲んだのは覚えている。今日紹介するオーストラリア・シドニー大学からの論文はウコンよりはもっとアルコールに効きそうな薬の話だ。タイトルは「Oxytocin prevents ethanol actions at δ subunit-containing GABAa receptors and attenuates ethanol induced motor impairment in rats (オキシトシンはδ〜サブユニットを持つGABAa受容体に働いてエタノールによって誘導されるラットの運動障害を軽減する)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。これまでアルコールの急性影響についての論文を読んだことなどほとんどなかったが、オキシトシンがアルコール急性中毒に効果があるというタイトルにつられて、目を通した。研究としては不完全な印象だが、読むことすべて私にとっては新しい。まず中程度のアルコールによる運動障害はδGABAa受容体を介していることは初耳だ。また、惚れ薬としての効果といった社会性を高め、自閉症の治療にも使われるオキシトシンがアルコール急性中毒を抑制することが以前から報告されていたことも初耳だった。この研究では、ラットを用いてこのメカニズムが、個体レベル、分子レベルで調べられている。まず、中程度のアルコールによる運動障害だけがオキシトシンで抑制できる。他の行動には影響がない。ということは、嬉しいことに、ほろ酔い気分には影響がないことになる。飲んでもしらふのままでは意味がない。次にアフリカツメガエルの卵にGABA受容体遺伝子を導入する実験系を用いた膜電流の測定により、30nM以下のエタノールがGABAにより誘導される内向き電流の発生を4倍も促進すること、そしてオキシトシンがこの促進効果を完全に遮断することを示している。GABA受容体のサブユニットの様々な組み合わせから、δサブユニットが存在するときだけエタノールの効果が見られるため、この反応にはδサブユニットを持つGABA受容体だけがかかわるようだ。最も面白いのは、カエルの卵には通常のオキシトシン受容体が発現していないことだ。即ち、これまで知られているのとは全く異なるメカニズムで、オキシトシンがGABA受容体δサブユニットに効果を持つ。したがって、これまで知られていたオキシトシン受容体を介するGABA受容体発現調節効果に加えて、オキシトシンはGABA受容体δサブユニットに直接効果があることになる。作用機序がアルコール中毒のために開発されたRo15-4513に類似していることなどが議論されているが、今後の研究が必要だ。いずれにせよ、中程度のアルコールがGABA受容体の反応を高め、それをオキシトシンが抑えることはわかった。オキシトシンの万能性に驚く。ただ間違っても、オキシトシンを使えば飲んでも車が運転できるなどと勘違いしてはならない。ほろ酔い気分を残してくれるからオキシトシンは万能なのだ。

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2月25日:すべてのガンをカバーする診断法(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年2月25日
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ガンの種類は数え切れず、またあらゆる組織に発生する。当然、それぞれのガンで発現する分子も多様だ。したがって、すべてのガンに共通に存在するマーカーを見つけて、ガンにかかっているかどうかを一般的に調べる方法の開発は難しい。比較的有効ではないかと言われているのが、ガンが活発にグルコースを取り込んでいることを利用したPET検査だが、死角も多い。ガンから血中に放出されたDNAやmiRNAを使う診断にも期待が集まっているが、特定のガンではなく、ガンがあるかどうかを診断するための方法としてはまだまだだ。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、明日から使える方法ではないが、アイデアとしては新鮮だ。論文のタイトルは「Detecting cancers through tumor-activatable minicircles that lead to a detectable blood biomarker (ガンによって活性化され血液のバイオマーカーを放出させるミニサークルによりガンを検出する)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトル中のミニサークルとは、通常のプラスミドベクターから遺伝子発現に必要な部分だけを組み替えで切り出してきた小さな環状DNAで、プラスミドベクターと違って発現が抑制されにくく、長期間安定に発現が得られる。ホスト細胞のゲノムに組み込まれないため、安全性も高い。この研究が提案する診断法は、1)サバイビン遺伝子のプロモーターで発現が誘導される胎児性アルカリフォスファターゼを組み込んだミニサークルを作成し、2)ガンを持つ個体にこのミニサークルを注射、3)血中に存在する胎児性アルカリフォスファターゼを測定する、の3段階から構成されている。なぜこれでガンがあるかどうかを診断できるかだが、まずガンの細胞死を防いでいるサバイビンのプロモーターは正常成人ではほぼ発現しないことがわかっている。p53やWntシグナルによって誘導されることから、一般的にガン特異的プロモーターと言える。このプロモーターで誘導される胎児性アルカリフォスファターゼは成人の細胞では発現がほとんどないためバイオマーカーになる。このミニサークルを全身投与すると、ガン細胞に入った遺伝子だけがアルカリフォスファターゼを作り血中に放出する。これを検出すればガンがあるかないかがわかるというわけだ。研究では、これが実際可能であることをヒトのガンを移植したマウスで確かめている。もちろんまだまだ課題はある。本当にステージI/II程度のガンを見つけることができるかなどは今後実際の患者さんで確かめる必要がある。わざわざ外来遺伝子を導入する検査は現実的かという批判もある。原理的には、正常なヒトの遺伝子しか導入しないこと、遺伝子に組み込まれないことなどから、安全性は高いと予測できる。従って、血中マーカーの測定感度を挙げれば検査として十分現実味を帯びるようだ。実際がんの診断を考えてみると、レントゲン検査、CT、PET,胃カメラなどすべて一定の侵襲を伴う。そう考えると、この検査もこれまでの血中マーカー検査とは全く違う発想の転換があり、期待できるように感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月24日:進む脳の遺伝子発現カタログ(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年2月24日
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一昨日、ヒト各組織や細胞のエピゲノム国際コンソーシアムから続々成果が出始め、Natureが特集号を組んでいることを紹介した。ただ、組織のエピゲノームに関しては、そのままでは解釈が難しいところがある。すなわち、組織といっても様々な細胞から構成されており、個々の細胞では当然エピゲノムが異なる。従って、組織レベルで集めれられたエピゲノムを解釈するためには、その組織に存在する個々の細胞のエピゲノム、あるいは遺伝子発現をカタログ化しておく必要がある。実際、様々な組織で個々の細胞の遺伝子発現カタログを作る研究が進んでいる。今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、脳で個別の遺伝子発現カタログを作成するためのパイロット研究で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Cell types in the mouse cortex and hippocampuss revealed by single-cell RNA-seq(単一細胞レベルで行うRNA配列決定によって明らかになるマウスの皮質と海馬の細胞の種類)」だ。この研究では大脳皮質と海馬に焦点を絞り、それぞれの組織を単一細胞に分解した後、マイクロフルイディックスと呼ばれるテクニックで単一細胞を採取、それぞれの細胞が発現しているRNAの量をイルミナシークエンサーを用いるRNA-seqで決定している。研究ではランダムに細胞を3000個集め、そのRNA発現を調べている。パイロット研究と位置付けたのは、あくまでこの研究目的がカタログを作るという点に絞っているためだ。詳細を全て省いてまとめると、この3000個の細胞は、遺伝子発現から区別できる47種類の細胞に分かれる。この中には血管内皮なども存在するが、ほとんどは神経やグリアだ。皮質神経細胞は7種類に分かれ、それぞれは存在する皮質の層を反映しているようだ。介在ニューロンはもっと多い、12種類に分別できる。アストロサイトは2種類、オリゴデンドロサイトは6種類に分けられるといった具合だ。この論文はこれ以上でも、以下でもない。リンネに始まるスウェーデン分類学の伝統を受け継いでいると言えるが、いずれにせよこれはカタログ作りの始まりだろう。この結果から考えると、おそらく脳内の細胞は100種類を超えるだろう。まずエピゲノム解析が進む同じ組織と対応させて個々の細胞の遺伝子発現カタログ作りが必要だ。そのあと、刺激を受け興奮した細胞と、静止したままの細胞など、同じ組織で調べることも重要だ。最後に様々な病気の組織から細胞を採取してカタログを作ることが重要だ。データを統合するということは、これほど大変なことだ。そして、統合が進めば進むだけ理解は進む。ヒトゲノムプロジェクトが益々拡大して進んでいることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日:ALS を理解するための大規模ゲノム研究(Science オンライン版掲載論文)

2015年2月23日
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ALSは今も医学の介入を拒否し続けている難病だ。確かに他の難病と比べても研究者の数は多く、様々な角度から研究が日夜続けられているが、残念ながらまだ切り札となるような治療法は開発されていない。しかし、優秀な研究者によって日夜確かな努力が続けられていること自体が、患者さんたちにとっての大きな励ましになること間違い無い。今日紹介する論文もそんな努力の例だろう。米欧の40近い研究施設が共同で患者さんのゲノムをもう一度見直した研究で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Exome sequencing in amyotrophic lateral scleraosis identifyies risk genes and pathways (ALS患者さんのエクソーム配列決定により、リスクになる遺伝子や反応経路が明らかになる)」だ。遺伝的変異がはっきりしている10%程度の症例を除いて、大半のALSは孤発性、すなわち遺伝性はなく、誰でもがかかる可能性を持っている。それでも遺伝的変異のはっきりした症例は、分子についての手がかりがあるため、病気発症のメカニズムを知るためには重要だ。このため、できるだけ多くのALS発症に関わる遺伝子を特定する試みは繰り返し行う必要があるだろう。この要請を受けて、今回2874人の症例のエクソーム解析(タンパク質に翻訳される部分の遺伝子配列決定)が行われ、6500人の正常人データと比べられている。おそらくこの規模でエクソーム解析が行われたのは初めてのことだろう。この結果の大半は、これまで報告されてきた遺伝子の確認と、正確な頻度の測定だ。例えば最も有名なSOD1遺伝子はこの研究でも最も相関性の高い遺伝子として特定され、約0.9%のALS患者さんで突然変異が見られる。今回大規模にエクソーム解析を行うことで、これまで知られていた遺伝子以外にも、TBK1と呼ばれるキナーゼが見つかってきた。この遺伝子について反応経路解析をしてみると、もともとALSに関連すると知られていたoptineurin, SQSTM1と呼ばれる遺伝子と、タンパク分解のためのオートファジー経路で相互作用があることが分かった。ALSで神経細胞変性が起こる原因として、神経細胞がタンパク質を処理できずに変性するとする見方と、神経の周りのグリア細胞が活性化されて神経細胞を障害するとする見方の2種類が存在していた。面白いことに、このTBK1はオートファジー経路だけでなく、NFκBやインターフェロンを介する細胞障害性反応にかかわりうる。とすると、どちらの説が正しいかどうかではなく、病気の進行には両方の経路があり、ともに治療の標的になるかもしれない。他にも、リボゾームのリサイクル経路に関わるTARBP遺伝子の突然変異部位の解析も詳しく行われている。この分子は遺伝背景を問わず90%以上の患者さんの神経細胞でこの分子が含まれる封入体が形成されることから、蛋白合成からリボゾームのリサイクルまでの過程も発症に関わる重要な過程であることが推定できる。これ以上詳しい結果を列挙してもあまり意味がないだろう。大規模エクソーム解析により、調べる遺伝子のリストはできた。今後は、この遺伝子と発症との関わりを詳細に渡って調べ、治療可能性を探すことが必要だ。そのために、iPSもあるが、このようなゲノム研究と組み合わせてないと、その力は発揮できない。せめてこれらの遺伝子については、希望する患者さんについては我が国でもエクソーム解析を無償で行い、治療の糸口の発見に役立ててほしいと思う。

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2月22日:ゲノムとエピゲノムの統合(2月19日号Nature掲載論文)

2015年2月22日
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2月29日号のNatureはヒト組織や細胞のエピゲノムの網羅的解析に関する論文が集められた特集号だった。ゲノムは言うまでもなく情報だ。ただそれぞれの細胞で、すべての情報が使われるわけではない。同じ細胞で同じ情報を安定して使うため、特定のゲノム部分に遺伝子の使い方を決める様々な標識をつけていくエピジェネティックス機構がある。この標識は細胞外の環境が同じならそのまま子孫細胞に伝わるが、ゲノムとは異なり、細胞外の環境に反応でき、その環境に適合した違うエピゲノムを持った細胞に変化できる。これが分化やリプログラム現象だ。即ち、病気も含めて、個体、組織、細胞が環境に応じて変化する過程についての研究は、ゲノムとエピゲノムの統合を目指している。今日はこの特集号から、MITのBradley Bernsteinのグループの論文を取り上げる。Bernsteinはエピゲノム解析分野をリードしてきた機知に富む研究者で、彼の論文はいつも将来への示唆に富んでいる。論文のタイトルは「Genetic and epigenetic fine maping of causal autoimmune disease variants(自己免疫病の原因になる遺伝及びエピジェネティック変異地図の作成)」だ。膨大な仕事ですべて紹介できないが、自己免疫病の様々なデータを集め、ゲノムとエピゲノムを統合した地図を作成して、自己免疫病の原因を明らかにするための情報データベースを構築しようとしている。これまで、ゲノムレベルの自己免疫病の研究というと、自己免疫病に関連するゲノム上の変異を探索することだった。この結果が現在、例えば昨日紹介した遺伝子検査に使われている。ただ、遺伝子検査の予測性が低い最大の原因は、関連づけられた変異の因果性が強くないことだ。特に、多くの変異はタンパク質に翻訳されないゲノム部分に存在しているため、動物実験で因果性を確かめることが極めて難しい。この研究では新しいPICSと名づけられたアルゴリズムで、予測性を高めるとともに、変異を免疫に関わる様々な細胞のエピゲノム、特にエンハンサーやスーパーエンハンサーと関連付けることで、この問題を克服できないか調べている。研究ではまず、新しいアルゴリズムを用いてこれまでの研究より自己免疫病との因果性の高い変異をデータベースより集めている。次に、国際コンソーシアムによって集められたエピゲノムデータの中の、アセチル化されたヒストン標識を目安に、免疫に関わる細胞で働いているエンハンサーやスーパーエンハンサー部分を特定し、PICSにより選んだ個々の変異をこれらのエンハンサー部位にマップしている。まさに、ゲノムとエピゲノムを統合する研究だ。これにより、それぞれの自己免疫病で働いている免疫細胞や、サイトカイン、あるいは転写因子の関係が浮き上がってくる。例えば、自己免疫病と相関する変異は、活性化されたリンパ球のエンハンサー部分に集中している。病気の多くは、CD4T細胞で働くエンハンサーと関連するが、SLEや川崎病はB細胞との関連が強い。さらに調節性T細胞を刺戟するIL2受容体遺伝子を調整するスーパーエンハンサーと変異との関わりも浮き上る。また同じエンハンサーにマップされる変異も、病気ごとに場所が違う。これまでSNPの論文を読んできたが、そのとき感じる無味乾燥な統計学という印象がすべて払拭され、データを目で追うだけで面白い。これ以上紹介しないが、おそらくそれぞれの病気に興味を持つ医師や研究者にとって素晴らしい贈り物となること間違い無い。もちろんこれはまだ始まりだ。ゲノムとエピゲノムの統合。私が最初にこの話を聞いたのは10年以上前だ。それが今や現実となったことを実感し興奮する。しかし、我が国からもこのような論文が生まれる可能性はあるのだろうか。そう考えだすと、興奮は冷める。

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