11月27日:マウスY染色体から見える男女の競争(11月6日Cell誌掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

11月27日:マウスY染色体から見える男女の競争(11月6日Cell誌掲載論文)

2014年11月27日
SNSシェア

論文を読んでいると、知識はあると思っていたのに何も知らなかったことに気づき驚く。今日紹介するマサチューセッツ工科大学から発表されたマウスY染色体の話もその典型だ。これまでY染色体はなんとなく消え去る運命にあると思っていた。構造上ヘテロクロマチンと呼ばれる凝縮した染色体構造をとり、存在する遺伝子も少なく、組み換えが起こらない。このような構造から見て、なくなってもいい染色体と思っていた。しかしこのマウスY染色体塩基配列の完全解読の論文を読んで認識が変わった。タイトルは「Sequencing the mouse Y chromosome reveals convergent gene acquisition and amplifyication on both sex chromosomes(マウスY染色体全塩基配列から、両性染色体での遺伝子の収斂的獲得と増幅が明らかになった)」で、11月6日号のCellに掲載されている。もともとY染色体は繰り返し構造が多く、完全に塩基配列を解読することができていない。このグループはY染色体を完全にカバーするライブラリーを作成して99%まで完全と言える解読を完成させている。完全と言えるまで一人になってもやり遂げるという強い意志を感じる仕事だ。その結果、常識は覆された。まずマウスY染色体はヒトY染色体とは違い凝縮が全くないユークロマチンで、数多くの遺伝子が存在している。たとえヒトやサルでY染色体が消え去る運命にあっても、マウスでは全く様相を異にする。次に、性染色体が常染色体から分離した時に存在していた最初の頃の遺伝子をほとんど失っており、この部分は全体の2.2%しかない。言い換えるとX染色体から大きく分化している。驚くことに、古い遺伝子を捨て去った後の残りの98%にはマウス独自の新しく獲得された遺伝子で満たされている。さらに、この新しい遺伝子8種類のうち、3種類(Sly, Srsy, Ssty)で、それぞれ126,197,306と凄まじい増幅が起こっていることだ。また、これらの遺伝子の相同体がX染色体にもあり、これらにも増幅がみられる。重要なのは、X染色体上にある相同遺伝子も精子に発現している点だ。増幅は、XYの組み換えで起こったとは考えられない。すなわちX、Y独立して増幅を行っているようだ。なぜこんなことが起こるのかを解明するには、もう少し様々な種を比べる必要があるだろう。面白いことに、Y染色体が短くなってこれら遺伝子の量が減ったマウスでは、不妊になる代わりに性比がメスに偏ることが知られている。ここから想像を逞しくすると、X、Y染色体がメス、オスの比を自分に有利にしようと軍拡競争を行っているように思える。Yはオスを増やすために3種類の遺伝子をできる限り増やそうとする。一方、Xも負けじと相同遺伝子を増幅しメスの割合を増やそうとする。この競争の結果Y染色体は消え去るどころか、ますます存在感のある染色体へと発展する。逆に人間はこの軍拡競争はやめて男女の平和共存を進めてきたようだ。Y染色体の存在感が薄れて女性化するのは人類が選んだ戻ることのできない道だ。競争か共存のどちらが種の繁栄をもたらすのか、見届けられないことははっきりしているが面白い。大変勉強になる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日:いい匂いはどう認識されるのか(11月19日号Neuron誌掲載論文)

2014年11月26日
SNSシェア

匂いの基本は、化学物質と嗅覚受容体の相互作用により誘導される細胞の電気的興奮だが、個々の嗅覚受容体は反応できる化学物質の特異性が厳格に決まっている。一方、私たちが匂いを感じる時は、様々な化学物質が複雑に混じり合った混合物を、一つの匂いとして特定している。例えばワイン、ウィスキー、日本酒とそれぞれを感じ分けている(少なくとも私は)。すなわち複数の嗅覚細胞の興奮を統合して一つの表象と対応させることが必要だ。この過程について研究したのが今日紹介するシカゴ、ノースウェスタン大学の論文で、11月19日号Neuron誌に掲載された。タイトルは「Configuration and elemental coding of natural odor mixture components in the human brain (自然に存在する匂い物質の混合物を人間の脳内で構造的かつ要素的コード化)」だ。さすがアメリカの研究で、ニオイ物質としてピーナツバターを選んでいる。まず、ピーナツバターの匂い成分をガスクロマトグラフィーと質量分析機で14種類の要素に分解している。もちろん他にも検出できない多くの要素があり、全部を要素化することは困難だ。これが自然の匂いを研究する難しさだ。この問題を克服するアイデアが面白い。全要素を突き止めて再構成するのは諦めて、この14要素とピーナツバターとして感じられる匂いの関係に絞って調べている。そのために、実験ではなんと被験者にピーナツバターを嫌という程食べさせて、もうピーナツバターは見たくないという気持ちが、各要素の認識にどう影響するか、自覚的評価とMRIによる脳内の活動状態を調べている。思わず笑いがこみ上げる実験だ。これを思いついた時点で実験は終わっていると言える。ピーナツバターが好きでも、やはり嫌になる程食べた後でまた匂いを嗅がされると、好感度は落ちる。この時脳内のどこで活動の変化が見られるかを調べると、OFC(眼窩前頭皮質)、AM(扁桃体)、AI(前部島)の3カ所で反応の低下がみられる。すなわちもう十分という意識に影響される部分が特定できた。次にピーナツバターを食べさせた後、個々の成分を別々に嗅がして、脳内の3領域で反応が低下するかどうかを調べている。さて結果だが、12の要素のうち、4要素で自覚的好感度が落ち、これと対応して、4要素を嗅いだ時のOFC、AMの反応も低下する。しかし残りのほとんどの要素はPBを食べ過ぎた影響を受けないという、曖昧なものだ。結論も、脳は個別の匂い要素に対応しつつ、全要素を構造化して認識していると明快でない。しかし私も結論がそう簡単に出るとは思はない。ピーナツバターをいやになる程食べさせたというアイデアだけで十分だ。読んで思わず笑いがこみ上げる論文など、そうお目にかかるものではない。今後に期待しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日:地道に進む血友病の遺伝子治療(1 1月20日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年11月25日
SNSシェア

連休中、興味にまかせて少し難しい論文を紹介しすぎたので、今日はわかりやすい、血友病の患者さんにとって期待の持てる論文を紹介する。遺伝子治療の可能性の研究が始まってからおそらく30年は経つだろう。私が熊本大学の教授をしていた1991年、当時日本で遺伝子治療を手がけていた北海道大学小児科から遺伝子治療の基礎を研究したいというO君を受け入れた。ちょうど日本全土に大被害をもたらした19号台風の年だったのでよく覚えている。O君はその後も初志を貫いているが、遺伝子治療の歩みは遅かった印象がある。それが最近になってこのホームページでも今年に入ってすでに遺伝子治療の臨床治験を4回も紹介しているように、急速に臨床応用が進み始めた印象がある。今日紹介する英国血友病センターからの論文は長年開発が続けられてきたB型血友病に対する遺伝子治療の臨床治験の結果で、実用化が近いことを確信できる結果だ。論文のタイトルは「Long-term safety and efficacy of factor IX gene therapy in hemophilia B(B型血友病に対する第9因子遺伝子治療の安全性と効果についての長期調査)」だ。血友病は血液凝固因子第VIII因子、第 IX因子の遺伝子変異により起こる病気で、基本的には血液凝固が起こらないため出血がおこる。原因がはっきりしており、凝固因子を補充することで出血を止めたり予防することができる。以前問題になった凝固製剤へのHIVウィルスや肝炎ウィルスの混入は組み換えタンパク製品が使えるようになり解決したが、一本数万円する凝固因子を打ち続けなければならないという問題は解決しない。この論文の試算では、1年間に25万ドル(ほぼ3千万円)のコストがかかるようだ。このような状況を打開するため、かなり以前から遺伝子治療ベクターの開発が続けられ、2000年を過ぎると臨床治験に進んだ。しかし期待に反し安定的に凝固因子は生産されず、更にベクターに用いたアデノウィルスに対する免疫反応による肝炎が多発し治験は失敗に終わった。この失敗を受けて、自己相補型のアデノウィルスベクターが開発され、また遺伝子もタンパクの産生が最適になるようコドンを変化させ、2011年ようやく第1相治験にこぎつけている。この結果安全性が確認され、低〜中用量4人、高用量6人の2相試験のへと進んでいる。患者さんは一回だけ遺伝子を投与され、その後は必要な場合だけ凝固因子を補充するという形で2−4年経過を観察している。結果は、高用量の遺伝子を投与された患者さんでは確かに肝炎などの副作用が出るが、6人中5人がほぼ凝固因子補充を行わなくとも出血が起こらない程度に、導入した遺伝子から第IX因子が作り続けられたという結果だ。副作用も、プレドニンの治療で対応可能で、ついに実用化が可能なレベルに到達したと言っていいだろう。これまでの経過を見ると、合理性のある治療は時間がかかっても必ずいつか実現するという印象を私自身は持つ。一方、ウィルスの混入問題など、これまで医学に振り回されてきた患者さんにとって、この治療を受けるかどうか難しい決断だと思う。医学側としては、これで満足しているはずはない。副作用の原因もはっきりしており、さらに改良を重ねたベクター作成を目指して欲しいと思う。多くの分野で遺伝子治療が現実になりつつあることを実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:研究は課題とアイデア次第(11月20日号Cell掲載論文)

2014年11月24日
SNSシェア

昨日に続いてDNA複製開始点の話で申し訳ないが、最も興味を引いた論文だったし、また連休ということでお許しいただこう。この2日間見てきたように、遺伝子組み換えやDNA合成は危険と隣り合わせだ。わざわざ安定なDNAを切断したり、2重鎖をほどいたりしなければならず、失敗の起こりやすい過程で、その結果様々な突然変異の原因となる。昨日紹介した複製単位の核内での構造化は、この変異を極力避けるための一つの手段だが、複製単位の個人ごとの多様性がガン体質につながる可能性もある。この問題に取り組んだのが今日紹介するハーバード大学からの仕事で11月20日発行のCell誌に掲載された。タイトルは「Genetic variation in human DNA replication timing(ヒトの複製タイミングの遺伝的多様性)」だ。複製開始点の多様性を調べることはそう簡単でない。昨日紹介したように、細胞を試験管内で増殖させ、BrdUを取り込ませ、合成したばかりのDNAの配列を決定する過程を何十人、何百人について行う必要がある。お金も、人手もかかるため、研究はあまり進んでいなかった。この従来法に代わる名案を示したのがこの仕事だ。しかしこんなアイデアを思いついて、それがうまく行った時は上等のワインの栓を抜いただろう。アイデアはこうだ。ゲノム解析に用いられる次世代シークエンサーはshort readと呼ばれるように、ゲノムの短い断片を読んで、それを手本を下敷きにして重ねていく。配列の正確度を統計的に確保するため、同じ断片を何回も繰り返して読む。これまでは断片あたりの読む回数は大体同じとして、少々の差を無視してきたが、DNA合成している細胞では、当然複製開始点に近い断片ほど多く存在し、読まれる回数は増えるはずだ。すなわち各断片の出現回数として、ゲノム解析自体の中に複製単位の情報が含まれるというアイデアだ。これを確かめるために、幾つかの細胞株で複製単位を調べる通常の方法と、同じ細胞のシークエンスデータの中から再構成した複製単位とを比べ、ほぼ正確な一致が見られることを確認して、次に進んでいる。この仕事はこのアイデアが全てだ。あとは実験は必要ない。これまで1000人ゲノムとして公開されているデータのうち、試験管内で増殖しているリンパ球のゲノムを解析した161人のデータを抽出してきて、複製開始点をマップしていく。確かに増殖中の細胞では開始点を特定できるが、増殖していない血液細胞のゲノムデータでは開始点を特定できない。細胞が活発に増殖していることが重要だ。さて、多様性を調べるために161人は数としては十分だ。データを解析するだけで以下の結論を得ている。1)複製開始点はほとんどの人で保存されているが、中には個人差がハッキリする場所がある。2)開始点の活性の大きな差が認められる場所が20カ所特定できるが、小さな差になるとおそらくもっと多い。3)この20箇所での変化の内訳は、開始点が消失する場合が52%、開始点の高さが高くなるもの(開始が早まるような変異)が25%、開始後の合成速度が遅くなるものが23%。4)1000人ゲノムのデータを使っているため、この変異の背景にある遺伝子配列の変化、いわゆるSNPも明らかにできる。間違いなく遺伝子配列の多様性が開始点の多様性につながっている。5)昨日にも紹介したように開始点が染色体構造と密接に関わっており、RNA転写活性の高い場所に開始点が存在している場合が多い。このように、これまでのデータをうまく利用するだけでずいぶん多くのことを明らかにできることを示した上で、ガン体質に関わる課題に取り組んでいる。これまでの研究から、白血病に繋がるJAK2と呼ばれる分子の突然変異が起こりやすさと相関するSNPが明らかにされていたが、このSNPが突然変異の頻度を上昇させるのかはわからなかった。この研究で、このSNPがまさにこの開始点の活性の小さな違いと相関していることが明らかになった。この場所では、複製の方向と転写の方向が逆向きになっている。実際にはほんの少し複製の開始が普通より早くなるのだが、この結果遺伝子自体が脆弱になるのではないかという仮説を提出している。仮説については将来の検証が必要だが、複製開始点の多様性が染色体の脆弱性につながり、突然変異が起こりやすくなる可能性は大いにある。その意味で、今回示された新しい複製開始点特定方法は、この問題の解明に大きな貢献をするのではないかと思う。今私たちの周りにはガン細胞も含めた増殖細胞の膨大なシークエンスデータがある。これをDNA配列データだけと見るか、他の情報も含んでいると考えるかは研究者の根本的資質の差を反映していると思う。いずれにせよ、よくわからないガンの家系の一部も、この視点から解明される日は近い気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日:DNA複製から見える統一場の理論(11月20日号Nature掲載論文)

2014年11月23日
SNSシェア

昨日はゲノム全体に分布する遺伝子組み換えのホットスポットの出来方を研究した論文を紹介した。今日は、DNA複製の開始点を制御している核内マトリックスについて研究したフロリダ大学からの論文を紹介する。タイトルは、「Topologically associating domains are stable units of replication-timing regulation (局所構造的に集まっている領域は複製開始調節の安定的単位になっている)」で、11月20日号のNature誌に掲載された。ヒトの細胞は分裂するたびに30億塩基対もある大きなゲノムをほぼ正確に複製する。これだけ大きいともちろん一本の染色体を端から端に複製していたのでは時間がかかりすぎる。実際には500Kb程度の領域に分けて同時に複製する。それぞれの領域では開始点では早くDNAが複製し、時間とともに終点へ向けて複製が進む。次世代シークエンサーや、細胞周期解析法の進展のおかげで、ゲノム全体の複製単位を開始点から終点まで決定することが可能になり、細胞の種類に応じてこの単位が変化することもわかってきた。これを可能にした方法だが、複製時DNAに取り込まれるBrDUという分子に対する抗体を使って遺伝子断片を精製し次世代シークエンサーで配列を決めることで、特定の時点でDNA合成が進んでいる場所を決めることができる。また、複製が開始したばかりの細胞から、複製を終えようとしている細胞まで、複製の異なる段階にある細胞を集めることも可能になっている。この二つの技術を組み合わせると、各領域での複製の開始点、終了点を決めて各複製単位の境界を特定することができる。すなわち、複製単位でゲノムを領域わけすることができる。もうひとつ最近可能になったゲノムの分け方は、核内のマトリックスとによりDNAがひとまとめにされていることを利用する分け方で、局所的に集まっているDNA領域を一つの単位として特定するHi-Cと呼ばれる方法を用いて行う。この局所にまとまったDNAの内の特殊なケースに、核の表面に集まったLamina associating domain(LAD)がある。前置きが長くなったが、複製単位と、核内での幾何的位置との関係を調べたのがこの研究で、結論は明快だ。すなわち、両方の方法で分類したゲノム単位がほぼ1対1の相関関係を持っているという結果だ。特に重要なのが、細胞が変わると複製単位も変化するが、この変化に呼応して複製単位の幾何学的局在が変化することだ。この原因を探っていくと、複製開始領域が、転写に直接関わる分子が結合している部分と重なることがわかり、核内での各領域の幾何的位置を調節することにより、細胞特異的な転写を複製が邪魔しないよう調整が行われている構図が浮き上がる。まとめると、それぞれの複製単位の核内の位置は、細胞種に応じて個別に調節されており、これにより転写や複製の開始が起こりやすい場所決め(実際には核の内側にある)が行われることで、細胞の性質を損なうことなく複製を繰り返すことが可能になっているという結論だ。今日も一般の方にはわかりにくい話だったと思うが、人間のゲノムのような大きな情報は、複製から転写まで全ての過程を統合しないとうまく利用できないことを示す納得の研究だと思う。しかしENCODEプロジェクトが急速に進展していることを実感するが、我が国から理研しか参加しないというのも問題だ。ゲノムプロジェクトに対する我が国の取り組みを根本的に改める時が来ていると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日:遺伝子組み換えホットスポット(11月14日発行Science誌掲載論文)

2014年11月22日
SNSシェア

私たちの体のすべての細胞は父母から染色体を一対づつ受け継いでいる。この染色体は体の細胞ではほぼ不変で、両親から受け継いだままの構造を保っているが、精子や卵子を作る過程で母親と父親からの染色体の部分・部分が交換され、母親と父親の染色体が入れ子状に混じり合った新しい一本の染色体が子供に受け渡される。これを遺伝子組み換えと呼んでいる。私にとってこの現象は、異なる歴史を経てきた両家の経験が組み換えによって一つの染色体に統合されるように見え、感動的だ。組み換えにはDNAの2重らせんを切断し、また修復するという複雑な過程が必要だが、この過程によって、両親から受け継いだ染色体に新しい変異を導入することができ、生命の進化を進める大きな力になっていると考えられている。この過程は逆に、危険なゲノム変化をきたすこともあり、遺伝病の原因となる。この組み換えに必要な分子過程はかなり詳しく理解できているが、全ゲノムレベルで見たとき、どこに組み換えの起こりやすい点があるのかなど、研究が待たれていた。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文はこの問題に挑戦し、生殖細胞形成時の遺伝子組み換えに関する様々な問題に答えようとした研究で、なかなかの大作だ。タイトルは「Recombination initiation maps of individual human genomes (個人レベルの組み換え開始点のゲノム地図)」で、11月14日号Science誌に掲載された。すでに述べたように組み換えが始まるためにはまずDNA2重鎖の切断が必要だが、このためにまずDNAに結合しているヒストンのメチル化酵素PRDM9がDNAに結合して位置決めをし、そこにDNA2重鎖切断のための分子複合体が集められる。したがって、組み換えは全くランダムに起こるのではなく、PRDM9結合の起こりやすい場所があり、これをホットスポットと呼んでいる。これまで組み換えのホットスポットは、人間集団の中で連鎖不平衡の頻度や家族内でのSNP(一塩基多様性)分布などもっぱらDNAの配列側から調べられていたが、この仕事では代わりにPRDM9結合部位に集まって2重鎖を切断するDMC1分子を細胞から生成して、DMC1が結合していたDNA断片の配列を調べる、染色体免疫沈降法と呼ばれる方法で特定している。この方法を使うと、ある時点でDMC1が結合していた遺伝子部位が全ゲノムレベルで特定できる。重要な点は、DMC1がPRDM9の結合場所に集まることから、PRDM9の結合の特異性を直接調べることができる。ともかく膨大な実験が行われており、ここでは重要な結果だけをまとめて紹介しておく。1)PRDM9は遺伝子の中でも多様性が高いが、この論文では3種類の遺伝子型が比べられ、PRDM9の型の違いに応じてホットスポットの違いが生まれることがはっきりした。2)XY染色体同士の組み換えホットスポットも人間ではほとんどがPRDM9にガイドされている、3)これまで得られている連鎖不平衡を利用した組み換えマップと今回のマップを比較すると対応性は高く、確かに一見PRDM9結合と無関係に見える連鎖不平衡もあるが、おそらくこれはPRDM9の多様性のせいだろうと結論している。4)PRDM9がほんの少しだけ違うような組み合わせでホットスポットを比べると、3%ぐらいの箇所で差が出てくる。おそらくPRDM9を多様化させることで、集団として組み換え部位を多様化させることに成功しているのだろう。5)期待通り、組み換えホットスポットには新しい変異が蓄積している。このメカニズムを調べると、遺伝子の小さな部位同士の変換と切断や切断部位の再結合時に導入される突然変異が変異の中心になる。また、遺伝子間の大きな乗り換えもホットスポットで起こりやすいことから、PRDM9が、様々な変異の生成が全く無茶苦茶にならないよううまく調節している姿が浮かんでくる。6)最後に大きな遺伝子変化を伴う遺伝病とPRDM9型を比べてみると、全てのPRDM9で病気が発生するのではなく、特定のPRDM9を持っている人だけに特定の病気に繋がる組み換えが起こることがわかる。したがって、PRDM9の多様性を知ることは、このような病気の理解に必須であり、また診断にも利用できることが明らかになった。膨大な仕事でまとめ切れたかどうかは判断が難しいが、私にとっては学ぶことの多い論文だった。この研究のように、特定の過程をゲノム全体で調べる研究が最近特に多くなったように思える。今週末はそんな論文を取り上げて紹介する予定にしている。ただ、一般の方には少しハードルが高いと思うのでごめんなさい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月21日:ガンのエクソーム検査でガン免疫を予測する(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年11月21日
SNSシェア

これまで様々な機会に、敵を知って戦うという意味では、ガンのゲノム検査が現在最も頼りになる手段になることを紹介してきた。というのも、ガンが発生するためには、異常増殖を支えるドライバー遺伝子の活性型変異、増殖を止めようとするガン抑制遺伝子の欠損、細胞死を防ぐ遺伝子の抑制変異など幾つかの鍵となる遺伝子変異が必要だ。ゲノム解析によりこれらの変異を明らかすることで、うまくいくとガンの増殖だけを抑える薬剤を特定できるかもしれない。ただガンゲノム解析が進むことで、ほとんどのガンでガン化に直接関わる遺伝子変異だけでなく、数多くの遺伝子に突然変異が蓄積していることがわかっている。これらの変異のほとんどは細胞の増殖や生存とは無関係な偶然起こった中立的変異で、ガン化に関わる変異と区別する意味でパッセンジャー変異と呼ばれている。しかし細胞の増殖や生存に関係がなくても、このようなパッセンジャー変異は個々のガンを正常細胞から区別するための印となって、ガン細胞特異的な免疫反応の抗原として働く可能性がある。これを検討したのが今日紹介するスローンケッタリング研究所からの論文で、11月19日付のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Genetic basis for clinical response to CTLA-4 blockade in melanoma (悪性黒色腫に対するCTLA4抑制の臨床効果の遺伝的背景)」だ。タイトルでCTLA-4とあるのはT細胞が発現している免疫反応抑制因子で、通常は免疫反応が強すぎないように調節している。ただ、ガンに対する反応は強い方が望ましいはずだという考えに基づいて、この分子の機能を抑制する抗体をガン患者さんに投与してガン免疫を高める治療が行われている。同じような機能を持つ分子としてPD-1があり、これに対する抗体も高い効果が確認されている。ただ、この治療が成立するためには、ガン細胞に対する特異的免疫反応がまず誘導されている必要がある。このガン特異的免疫反応を誘導する抗原として働くという観点からガンに蓄積したパッセンジャー変異を調べたのがこの研究だ。まずCTLA4抗体が効いたガンと効かなかったガン細胞のたんぱく質に翻訳される遺伝子部分(エクソーム)の全塩基配列を解読し、突然変異と抗体の効果の相関を調べている。まず、一般的な傾向として突然変異の数が多いガンほどCTLA4抗体が効く。とはいえこれはあくまで傾向で突然変異が1000に近いのに全く抗体が効かない例も多い。突然変異が新しいガン抗原ができなければこれは当然のことだ。より高い精度でCTLA4抗体の効果を予測するため、次に突然変異の中から新しい抗原性獲得にむすびつく変異を発見するための解析ソフトを作成し、この方法で特定される「ネオペプチド:新しいペプチド」の発現と、CTLA4抗体の効果を比べると、ネオペプチドを発現しているガン患者さんの多くは長期生存できているのに、発現していないガンの患者さんではこの治療を行っても5年生存率は10−15ヶ月に限られるという結果だ。ネオペプチドとして特定されたペプチドに患者さんのT細胞が反応しているかどうかについても試験管内で確認している。まとめると、予想どおりCTLA4抗体が効くためにはまずガン免疫が成立している必要があり、ガン免疫が成立しているかどうか(すなわちCTLA4が効くかどうかを)ガンのエクソーム解析とネオペプチド発現を特定するソフトで予測ができるという結果だ。同じことは抗PD1抗体についても言えるはずだ。これまでガン免疫というと、効くかどうかやってみてから判断するという場合が多かった。しかし、ガンゲノムが解読できるおかげで、抗体治療の予後についても予測できるとなると、ガンのエクソーム検査はもっと真剣に早期導入を考える必要がある。それと同時に、この膨大なデータを解析してくれる人材の育成も重要だ。高価な抗体薬をただ気休めに使うことは問題だ。その意味で将来を示す極めて重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月20日:多発性骨髄腫の経口新薬(11月14日号JAMA Oncology掲載論文)

2014年11月20日
SNSシェア

うれしい悲鳴だが、多発性骨髄腫の治療が今めまぐるしく変わろうとしており、数多くの治験が同時進行している。今年9月7日には副作用の強いアルキル化剤を使ずに、レナリドマイドとデキサメサゾンだけを併用する治験について紹介した。その時、プロテアソーム阻害剤という新しい薬剤の治験が進んでいることについても触れた。事実今年8月号のBlood誌 (Blood 124:987,2014)にcoming soonと期待を込めて論評されたixazomibの第I/II相治験の結果がついにJAMA Oncologyに発表された。メイヨークリニックからの論文で、タイトルは「Safety and tolerability of ixazomib, an oral proteasome inhibitor, in combination with lenalidomide and dexamethasone in patients with previously untreated multiple myeloma: an open-label phase 1/2 study(経口プロテアソーム阻害剤のレナリドマイド+デキサメサゾンとの併用療法の未治療患者に使った時の安全性と許容性。非盲検第I/II相治験だ)」。プロテアソーム阻害剤が骨髄腫に高い効果を示すことはすでに知られており、武田薬品の子会社ミレニアム製薬のベルケイドなどの治験が進んでいた。ただこれまでの薬は経口投与ができず、同じミレニアムが開発した経口投与可能なixazomibに期待が集まっていた。Ixazomib単剤の治験、及びデキサメサゾン併用での治験も現在進んでおり、これまでのところ期待が持たれる結果が得られているようだ。今回の治験では、すでに骨髄腫治療のスタンダードの地位を固めたレナリドマイドをさらに加えた三者併用を試みた治験だ。昨年12月8日にここで紹介したようにレナリドマイドはIKFZ1,3と呼ばれる骨髄腫の生存に必須の分子を特異的に分解してしまう薬剤だ。一方、プロテアソーム阻害剤は様々なタンパク質を分解する過程を阻害するのがメカニズムだ。作用機構は特異的ではないが、骨髄腫がこのメカニズムに強く依存していることから、他の細胞より感受性が強い。このため正常細胞と骨髄腫との効果の差がはっきり見られる用量を決めることが重要だ。今回の研究ではその点に重点を置いた第I/II相研究で、I相15人、II相50人の小規模な研究だ。無作為化などの統計的な大規模治験とは全く違い、言ってみればさじ加減を許す研究と言える。副作用とのバランスを見ながら用量を決め、服用時に4mg経口投与を、28日を1サイクルとした時、1、7、15日に3回投与するというプロトコルを決め、副作用、効果などを調べている。さじ加減は自由に行っており、副作用が強い場合は用量を医師の判断で減らしている。まず副作用だが、薬剤の標的は特異的ではなく、したがってほとんどの患者さんに様々な副作用がみられ、一人は副作用で亡くなっている。ただ、これまでのベルケードでの結果と比べるとそれでも副作用は軽く、また用量を減らすことで対応できることが分かった。さらに重要なのは、高齢者と他の年代で副作用の出方にあまり大きな差がないことだ。高齢者の多い病気であることを考えると期待が持てる。今回の治験は効果を調べることが目的ではないが、ほぼ9割の患者さんに治療効果が認められ、35%には完全ではないが高い効果、そして27%には完全寛解が見られ、期待通りの結果になっている。論文の内容をよく見てみると、患者さんに合わせたさじ加減を行えばさらに高い効果が得られる用法も開発できそうだ。また、どのタイプの骨髄腫に最も効くかなど、ゲノム検査も重要だ。時間がかかるが、効果の高い治療法に発展する期待が膨らむ。Ixazomibも武田薬品の子会社ミレニアム製薬の開発品で、我が国でも同じ3剤併用の治験がすでに走ろうとしているはずだが、できるだけ早く使えるようにして欲しいと思う。次から次へと新薬が生まれ、骨髄腫患者さんにとっては素晴らしいことだ。しかし、製薬企業にとっては安心しておられないことも事実だ。プロテアソーム阻害剤が骨髄腫に効く理由としてNFkB分子活性抑制が最も重要な標的経路として理解されているが、10月15日に紹介したように、この経路に特異的な新しい新薬の開発が進んでいる。効果が同じでも、副作用が低ければ新しい薬剤で置きかわる。しかし患者の立場からいうと、このような競争は嬉しい競争だ。どんどん進めてほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日:ガン細胞からのハイテクミサイル(11月10日号Cancer Cell誌掲載論文)

2014年11月19日
SNSシェア

論文の中には「え。ほんと?」と思う一種のキワモノ論文がある。特に、特定の概念が流行しているとき、その概念が思いもかけない方向へ進みうることを示す論文がそうだ。少し抽象的になったが、今日紹介するテキサスMDアンダーソン病院からの論文は、エクソゾームと呼ばれる細胞から分泌される小胞についての研究で、11月10日号のCancer Cell誌に掲載された。タイトルは、「Cancer exosomes perform cell-independent microRNA biogenesis and promote tumorigenesis (ガン細胞が分泌するエクソゾーム内ではマイクロRNAが生成されガンを促進する)」だ。細胞内には小胞体、リソゾーム、エンドゾームなど様々な小胞が存在しており、それぞれの小胞に分子を分配し閉じ込めることで、分解や分泌が行われる。これは細胞学の中でも最も重要な分野で、ここで簡単に紹介するのは不可能だ。細胞内には機能の異なる多くの小胞体が存在すると思っておいてほしい。さてこの小胞の中に、さらに小胞の入った多胞体と呼ばれる比較的大きな小胞体が存在するが、この多胞体の中にある小さな細胞膜で囲まれた袋が細胞外に分泌されたものをエクソゾームと呼ぶ。エクソゾームは細胞膜で囲まれていることから、他の細胞に融合し、中の分子をその細胞に送り込む可能性がある。実際、狂牛病やアルツハイマー病で異常タンパクを他の細胞へと伝搬するのに一役買っていることが明らかになってから、エクソゾームは急に注目されるようになった。このようにエクソゾームには様々なタンパク質、あるいは核酸が含まれており、これを細胞間のコミュニケーションの積極的は方法として位置づけることが流行っている。最近になって、ガン細胞が、RNAの翻訳を抑制することのできるマイクロRNAを送り込んで自分の周りの細胞を変化させる手段となっていることを示す論文が発表され、さらにこの分野が賑やかになってきた。この仕事もこの延長にあるが、これまでの研究の集大成的な位置にあるように思う。この研究を一言でまとめると、少なくとも乳ガン細胞から分泌されるエクソゾームには、マイクロRNAをプロセスし、標的RNAに結合させ、その標的を破壊する全ての酵素系が、マイクロRNAと共に濃縮されており、このエクソゾームを取り込んでしまった乳腺上皮細胞の多くの分子の発現が抑制される。その結果、正常乳腺細胞株のガン化が促進されるという結果だ。論文のポイントとしては、1)初めてエクソゾーム内でマイクロRNAがプロセスされ、活性のある成熟型へと転換されること、2)これら分子のエクソゾームへの濃縮はCD43分子を介する能動的過程であること、3)血中に流れるエクソゾームにがん化自体を促進する活性があること、4)実際の乳ガン患者さんの血液中にも活性のあるエクソゾームが見つかることなど、従来のガンのエクソゾームの研究をさらに進展させたものになっている。特に、患者さんの血中エクソゾームが、まだガン化はしていない乳腺細胞株(長期に培養されているので完全に正常とは言えないだろうが)のがん化を促進するという点は重大だと思う。しかし、この結果をガンが、ガンを誘発するという簡単な話として捉えると間違うことになる。マイクロRNAが送り込まれて細胞の増殖プログラムが変わったとしても、遺伝子変化は起こらない。すなわち、実際にはガンがガンを誘発するわけではない。もしこのようなメカニズムが乳ガンに関わっているなら、おそらくそれは初期段階の話だろう。正常上皮の中の一個のガン細胞が、自分の足かせとなる周りの上皮細胞を変化させるには優れたメカニズムになるはずだ。いずれにせよ、ガンのエクソゾームはさらに流行りの分野になるような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月18日:蚊が人の血液を吸えるための進化の鍵(11月13日号Nature掲載論文)

2014年11月18日
SNSシェア

もう下火になったが、一時大騒ぎをしたデング熱は蚊が媒介する。しかし、蚊は昔から人の血液を吸う昆虫だったのだろうか?現在人間+家畜+ペットの総重量は、地球に生息する全ての哺乳動物全体のなんと98%に達するという。それなら、蚊も当然人間や家畜を利用する方が効率がいい。しかし、1000年前にはこれが0.5%しかなかったのではと推定されている。まあ、人間の支配が急速に進んだと言えるが、蚊の方も必要に応じて急速に進化する必要があった。今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、まさにこの問題、すなわち蚊が人間に対する指向性を獲得するようになるのに必要だった分子を探した研究だ。タイトルは「Evolution of mosquito preference for humans linked to an odorant receptor(蚊が人類への親和性を獲得する進化は一つの嗅覚受容体に関連させることができる)」で11月13日号のNatureに掲載された。しかしこれまで馴染みのなかった昆虫の論文は全てが勉強だ。まず世界には約一万種類の動物の血を吸う昆虫が生息しているが、そのうちの高々100種類が人間の血液を吸う。この研究では、様々な病気を媒介するネッタイシマカで、ヒトの血を吸うグループ(K14)と、全く吸わないグループ(K27)をケニヤから採取している。両者は交配可能で、種として分かれているわけではない。K14、K27を研究室で繁殖し実験に用いている。人間の手と、モルモットのどちらに惹かれるかを調べると、期待通りK14は人間の手、K27はモルモットに指向性を示す。両方の遺伝的バックグラウンドを揃えるために、K14、K27を交配した子供をさらに交配し孫世代の中からヒト型と動物型のメスを選んで、両者の発現している遺伝子の違いを探した結果、最終的にOr4と呼ばれる嗅覚受容体の発現レベルの差がヒトに惹かれる遺伝子変化であることを突き止める。次にOr4をショウジョウバエに導入して、ヒト特有の匂いを構成する分子に対する反応を調べ、Or4がスルカトンと呼ばれる化学物質に反応する受容体であることを突き止めた。K14がヒトへの指向性を持つようになったのは、Or4発現が上昇する調節領域の変異が起こったためと推定されるが、ではOr4遺伝子自体にも変化はないのか、実験室で確立したネッタイシマカのコロニーの遺伝子を調べたところ、7種類の変異を認め、それをショウジョウバエに導入してスルカトンとへの反応を調べると、大きな変化があることを明らかにしている。まとめると、ネッタイシマカがヒトへの指向性を持つ原因となる嗅覚受容体Or4を特定し、またその受容体が感知するニオイ物質を決定し、さらに確かにOr4の変異で蚊がヒトへの指向性を持つよう進化することを示した大変な仕事だ。ヒトへの指向性を持つ他の蚊についても研究が進むと、代々木公園の蚊を惹き寄せて一網打尽にすることも可能になるだろう。しかしこの仕事が行われたロックフェラー大学というと、野口英世ゆかりの大学だ。ネッタイシマカはもちろんデング熱だけでなく、野口英世を斃した黄熱病も媒介する。大学に息づく伝統を感じる仕事だった。

 

カテゴリ:論文ウォッチ