11月25日 常在黄色ブドウ球菌は直接神経に働いてかゆみを引き起こす(11月22日号 Cell 掲載論文)
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11月25日 常在黄色ブドウ球菌は直接神経に働いてかゆみを引き起こす(11月22日号 Cell 掲載論文)

2023年11月25日
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皮膚の上(すなわち体の外)に常在する黄色ブドウ球菌が、内部に侵入することなく我々の体の細胞と複雑な関係を持っていることはこのブログでも何度も取り上げてきた(例えば、今年2月の黄色ブドウ球菌による神経再生誘導など:https://aasj.jp/news/watch/21477)。ただほとんどは、元々細菌に反応する血液系細胞との相互作用を介して起こることが多い。

これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文は、黄色ブドウ球菌の発現するプロテアーゼが直接神経に働きかけてかゆみの原因になっていることを示し、「エ!こんなことが本当にある?」と驚く、極めて特殊な細菌とホストの関係を明らかにした研究で、11月22日号の Cell に掲載された。タイトルは「S. aureus drives itch and scratch-induced skin damage through a V8 protease-PAR1 axis(黄色ブドウ球菌は V8プロテアーゼと PAR1 の直接作用を介してかゆみを誘導し、その結果引っ掻き傷による皮膚損傷を起こす)」だ。

黄色ブドウ球菌を皮膚の上に塗りつけると、マウスは痒くてその場所を引っ掻き皮膚に損傷が生ずる。一方、皮下に注射すると膿瘍を作り、痛みの原因になる。このかゆみを誘導するのは、これまでマスト細胞など血液系からヒスタミンやサイトカインが誘導され、これが神経を刺激すると考えてきた。

この研究ではマスト細胞や、現在アトピー治療の標的になっているサイトカインをノックアウトしたマウスを用いて、黄色ブドウ球菌に関しては血液系の関与は全くなく、細菌の直接作用であることを発見する。

次に、細菌側で神経刺激に関係しそうなトキシンやプロテアーゼをノックアウトした黄色ブドウ球菌を皮膚に植える実験を行い、最終的に10個あるうちの一つのプロテアーゼ V8 が直接神経に働くことを突き止める。

プロテアーゼにより直接神経興奮が起こるためには、切断されると受容体の一部がリガンドとして働く PAR 受容体が働いていると考えられるので、V8プロテアーゼがどの PAR受容体を切断するかを調べ、トロンビン受容体として知られる PAR1 に最も強く反応すること、さらに抹消感覚神経がかなりの割合で PAR1 を発現していることを発見する。そして、トロンビン受容体の刺激を抑制する Vorapaxar がブドウ球菌によるかゆみを抑え、引っ掻き傷による皮膚損傷が怒らなくなることを明らかにしている。

結果の概要は以上で、人間でも同じことが言えるのかについては判断が難しいが、黄色ブドウ球菌が人間のアトピーの原因になっていることもあるので、可能性は高い。とすると、ステロイド軟膏や抗ヒスタミン剤以外にも、痒みを抑える可能性は出てくる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 自己免疫性のエナメル質形成障害(11月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月24日
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永久歯のエナメル質は我々の持つ最も硬い組織で、歯が残る限りいつまでも機能してくれる。エナメル質はアメロブラストと呼ばれる特殊な細胞により形成され、この細胞が分泌する様々なマトリックスタンパク質にカルシウムとリン酸を取り込み、ハイドロオキシアパタイトを形成することで完成する。この様に数多くの分子や過程が関わるため、それぞれの分子に応じて多くの遺伝的エナメル質形成異常が存在する。

ただ、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、アメロブラストに発現が見られない遺伝子変異に起因するエナメル質形成異常に注目し、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体が形成されることでもエナメル質形成異常が発生することを明らかにした研究で、11月22日 Nature にオンライン掲載された。

このグループが注目した遺伝子異常は、胸腺上皮で自己分子を発現させ、免疫トレランスを誘導する胸腺動物園に関わる分子AIRE遺伝子で、この分子の機能不全は自己免疫が多発する多臓器自己免疫症(autoimmune polyglandular syndrome:APS)を引き起こす。AIRE の詳しい機能については昨年のブログ(https://aasj.jp/news/watch/19920)を参照してほしい。

APSの患者さんの半分ほどがエナメル質形成不全を合併するので、エナメル質形成異常も他の自己免疫症状と同じ様に胸腺での免疫トレランス成立不全に起因するのではと着想し、マウス胸腺上皮の遺伝子発現を調べると、期待通りアメロブラストが分泌する様々なタンパク質が胸腺上皮で発現し、AIRE がノックアウトされるとこの発現が消失することを明らかにする。すなわち、AIRE遺伝子異常により胸腺動物園でのアメロブラスト分子へのトレランスが成立せず、この結果自己免疫反応がアメロブラスト分子に対しておこることがわかった。

次にマウスモデルで関与する免疫反応の型をしらべると、T細胞免疫型より、アメロブラストが発現する分子に対する自己抗体による自己免疫病であることがわかる。また IgA 型の自己抗体が存在することを突き止める。また、エナメル質形成異常を発生したマウスの血清を注射することで、正常マウスにも一定程度のエナメル質形成異常を誘導できることを明らかにしている。

以上のことから、エナメル質形成異常がアメロブラストの分泌するマトリックス分子に対する自己抗体で起こりうることが明らかになった。

とすると、APS 以外にも自己免疫性のエナメル質形成不全が存在する可能性があり、その例として取り上げたのが腸に対する自己免疫反応を基盤とするセリアック病で、これまでほぼ半数に一定程度のエナメル質形成異常が起こることが知られている。

そこで、セリアック病の患者血清を調べると、数種類のマトリックス分子に対する自己抗体を患者さんで検出できる。また、セリアック病の自己抗原として知られているトランスグルタミナーゼ2がアメロブラストでも発生初期に発現しており、セリアック病で発生した自己抗体が腸上皮だけでなく、アメロブラストとも反応してエナメル質形成異常につながる可能性を示唆している。

最後に、やはりセリアック病の抗原として有名は牛乳のカゼインに対する抗体も、エナメル質を形成する分子と交差反応を示し、エナメル質形成不全の原因になることを明らかにしている。

以上、自己抗体も遺伝的発生異常と同じ作用を示す場合があることが示された。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日 「病は気から」がガンの治療成績として見える治験(11月13日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年11月23日
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ストレスを与えると免疫が低下して、例えばガンの治りが悪いということはさまざまな動物実験で示されている。この原因として最も研究されているのが、さまざまなストレスホルモンで、人間でも肺ガンのチェックポイント治療に βアドレナリン阻害剤を組み合わせると、ガンの進展を抑えることができることも示されている。

このように、クヨクヨすると病気が治りにくいと言われても特に驚くわけではないが、しかし今日紹介するオランダ ガン研究所からの論文の様に、チェックポイント治療の治験期間に、数回、精神的なストレスを客観的に測定し、病気の経過を調るよく計画された治験で、「クヨクヨ」しないほうが病気の治りが良いことを示した研究は初めて見た。タイトルは「Association between pretreatment emotional distress and neoadjuvant immune checkpoint blockade response in melanoma(治療前の精神的ストレスとチェックポイント阻害のネオアジュバント治療に対する反応)」で、11月13日 Nature Medicineにオンライン掲載された。

この研究の目的は、メラノーマの手術前に PD-1 および CTLA4 抗体を組み合わせたチェックポイント治療を行うネオアジュバント治療効果を調べることだが、2回の抗体投与を受けた患者さんについては EORTC QLQ-C30 と呼ばれる質問形式の調査を行い、精神的ストレス度を測定し、ストレスのある群とない群に分けている。ガンになれば誰でもクヨクヨすると思うが、それでもクヨクヨしない患者さんが28人おり、このグループと精神的ストレスを感じた60人を比較している。

基本的には、クヨクヨする人とそうでない人で、ガンのタイプや年齢にはあまり違いはなく、精神的苦痛の強さの影響を見ることができていると判断できる。

結果は驚くもので、まずネオアジュバント治療後切除したガンの病理組織を見ると、腫瘍の大きさが10%以下になった割合は、ストレス群の46%に対し、ストレスのない群ではなんと65%に達している。

そして再発なしに2年目を迎えた割合は、ストレス群の74%に比して、ストレスのない群では91%と、母数が少ないと言え、優位の差が認められている。また、転移なしで経過する確率も、ストレス群で78%に対し、ストレスのない群では95%になっている。

この原因を探るべくさまざまな相関を調べているが、一つ明確なのはストレス群ではさまざまな免疫細胞の数が低下しており、クヨクヨすると免疫が落ちることが原因と思われる。しかし、これまで言われていた様なストレスホルモンの分泌に関しては差が認められていない。

結果は以上でメカニズムははっきりしないが、治験のプロトコルを工夫することで、「病は気から」が確かにガンの免疫治療の結果に影響することがわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日 パーキンソン病の脊髄刺激による運動障害治療(11月6日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年11月22日
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パーキンソン病の細胞生化学的原因については詳しく解析が行われており、これに基づく新しい治療法の開発が行われている。しかし、黒質のドーパミン神経が失われることで発生する運動障害は個人差も大きく、まだまだ解析の余地は大きい。

現在生理学的に運動に関わる神経回路を正常化するのに視床の深部刺激が行われているが、歩行自体は脊髄後根から入ってきた脳からの運動神経が、前角で筋肉を動かす運動ニューロンを刺激して起こるので、脳をスキップして、末梢の回路を刺激することで、運動を正常化させる可能性がある。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、脊髄背側を走る脳からの神経が脊髄内に侵入する後根侵入部を刺激してパーキンソン病の運動障害を治療する可能性を示した研究で、11月6日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A spinal cord neuroprosthesis for locomotor deficits due to Parkinson’s disease(脊髄の神経刺激によるパーキンソン病の運動障害治療)」だ。

この研究はこれまで何度も紹介し、今年9月にも発展状況を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22954)脊髄硬膜外から神経刺激することで脊髄損傷の患者さんを再び歩けるようにする、neuroprosthesis(神経的義肢)を開発してきたローザンヌ工科大学によって行われている。脊髄損傷については、脳から切り離された神経的義肢の段階から、脳のコントロールを取り戻す方法へと着実に進化しており、最近では我が国のメディアでも広く取り上げられるようになっている。

パーキンソン病(PD)の運動障害も、当然培ってきた技術の対象となるが、運動ニューロンの障害ではなく、中枢での調整の問題なので、中枢からの神経の混乱を出来るだけ鎮めて、運動ニューロンに伝えるという戦略が用いられる。

この目的のために、まず動物のパーキンソン病モデルを用いて脊髄後根侵入部の興奮や、筋肉収縮など様々な測定を行い、正常とPDの差異を徹底的に解析して、運動野の反応を正しい歩行へとつなげるための、抗渾身入部の刺激方法を開発している。また、PDの治療に用いられている深部脳刺激との相互作用も動物で確認している。

詳細は省くが、このような動物モデルでの解析の上に、一人のPD患者さんについて、筋肉運動と後根侵入部の活動のモデルを形成し、このモデルに基づき脊髄損傷で用いる硬膜外電極を設置し、運動時のバランス、立ちすくみを完全に防止することが可能であることを示している。さらに、深部刺激と連動させ、リハビリを行うことでほとんど正常人と同じ歩行能力が回復できることを示している。

最初の被験者になった患者さんは30歳から30年以上 PD として過ごしてこられた方で、運動障害が強い患者さんも普通に歩けるようになることは間違いない。

ただ、この治療では、電極の位置決めや、刺激のためのデータ解析など、一人一人の患者さんに時間をかけて対応する必要があり、この部分がより簡便化できないと、PD の一般的な治療としては物理的に難しいと思う。

それでも、歩けるようになることは間違いなく、必要なPD患者さんに治療を届ける方法をさらに突き詰めて欲しい。

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11月21日 気になる疫学調査3報(11月1日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2023年11月21日
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疫学調査について紹介することは多くないので、今日は個人的に気になった疫学調査論文を3報まとめて紹介することにした.

最初は香港大学からの論文で、妊娠中に Covid-19 に感染した時、ウイルスに比較的特異的と考えられる3Cプロテアーゼ阻害剤を服用した妊婦さんと胎児の経過についての調査で11月1日 Nature Medicineにオンライン掲載されている。タイトルは「Nirmatrelvir/ritonavir use in pregnant women with SARS-CoV-2 Omicron infection: a target trial emulation(新型コロナ感染妊婦の Nirmatrelvir/ritonavir 使用:標的試験模倣観察研究)」

Nirmatrelvir/ritonavir 合剤はファイザーからパキロビッドとして発売され、ウイルス増殖に大きな効果があることから我が国でも広く使われており、他の薬剤と比べて妊婦や胎児への影響が少ないと考えられてきた。この研究では2022年3月から2023年2月までの1年間に Covid-19 に感染し、パキロビッド服用した妊婦と、抗ウイルス薬非投与妊婦さんのその後の経過を調べて、妊婦へのパキロビッドの安全性を調べた研究だ。

結果はこれまで指摘されてきた様に、パキロビッド服用による死産や新生児死亡は認められない。それどころか帝王切開や早産の確率は明らかに低下する。これは必要な治療をためらうと、重症化の危険があることを示す結果で、比較的重症化率の少ないオミクロンでも必要と判断すれば、抗ウイルス薬の服用は躊躇すべきでなく、その場合パキロビットは安全な薬剤として使えることが明らかになった。

2番目は若年者CTのリスクを調べる大規模コンソーシアムからの論文で、22歳以前に受けたCT量と、それ以降の血液型腫瘍の罹患率を調べた調査で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Risk of hematological malignancies from CT radiation exposure in children, adolescents an d young adults(小児期、思春期、そして青年期のCT放射線暴露による血液系腫瘍のリスク)」。

単純なX線撮影と比べて、CT撮影の実効線量は高く、1回あたり 15mSV 程度になるので、世界中で追跡調査が行われている。ほとんどの調査で白血病などのリスクを高めることは確認されているが、この100万人規模の多国間協力研究でも、同じ結果で 100mSV あたり全血液系腫瘍発生の相対的リスクが1.9倍近くになる。また、これまであまり指摘がなかったホジキンリンパ腫などでもリスクが高まることが示されており、小児のCT検査はリスクベネフィットをよく考えて思考すべきという結論になる。

最後はスウェーデンカロリンスカ研究所からの論文で、マンモグラフィーで一度陽性と診断され、その後の検査で乳ガンでないとわかった人たちは、その後乳ガンになる確率が高いことを示す研究で、11月2日 JAMA Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「Breast Cancer Incidence After a False-Positive Mammography Result(マンモグラフィーで偽陽性と診断されたグループの乳ガン発症率)」だ。

スウェーデンでは国民番号に健康データがリンクされており、1991年から2017年までにマンモグラフィーで偽陽性(陽性診断を受けたあとその後治療まで進んでいないケース)となった45000人を抽出することができる。このグループのその後の乳ガン発症率を、陰性診断を受けた45万人と比べると、特に乳ガンが疑われた側の乳房でそガンが見つかる率がオッズ比でほぼ2倍高いという結果だ。

マンモグラフィーの診断が乳房の密度に左右されることを考えると、そのまま我が国に当てはまるかわからないが、この結果の説明として、小さな腫瘍の場合、マンモグラフィーだけでは確定診断ならないか、あるいは乳房の密度などで元々乳ガンになりやすい体質がいる可能性があるが、偽陽性診断された方でガンの発生が高いことは、前者の可能性が高く、マンモグラフィーで陽性になった場合、より注意深い検査が必要になる可能性を示している。

この様に医学では毎日さまざまな調査が報告され,医療の質向上に努めている。

 

 

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11月20日 脳外傷による脳浮腫のメカニズムと治療(11月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月20日
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脳内にリンパ管様の老廃物のドレーンシステムが存在し、睡眠はこの流れを促進する役割があるが、これについては2013年発見以来何度も HP で紹介してきた。

今日紹介する米国ロチェスター大学からの論文は、Glymphatics と名付けられた脳ドレーンシステムの異常が外傷後の脳浮腫の原因であることを示した研究で、まだマウスの話だが、将来人間の治療にも使われる可能性がある。タイトルは「 Potentiating glymphatic drainage minimizes post-traumatic cerebral oedema( Glymphatic ドレーンを高めることで外傷後脳浮腫を抑えることができる)」で、11月15日 Nature にオンライン掲載された。

この研究では麻酔下で頭蓋の外から強い力を与えた時に起こる脳外傷後の浮腫を軽減する方法を検討し、以前 Glymphatic のドレーン機能を高めることが示された3種類あるアドレナリン受容体の全てを阻害する方法(以後 PPA 投与)が、浮腫の発生と持続を強く抑制することを発見する。また、この治療により、浮腫にともなうさまざまな認知機能低下を抑制することもできる。

そこで、脳内にリンパ流をモニターする分子を注入して動きを見ると、外傷で流れが強く抑制されるが、PPA 投与で流れが回復することを確認する。この結果、通常脳浮腫に伴い起こる炎症が抑えられ、さらにアルツハイマー病の進行に関わる Tau 分子のリン酸化も抑制できることも明らかにしている。

これまで脳浮腫は血管からの体液の滲出が主原因と考えられ、例えばマニトールの様な血中の浸透圧を上げる方法が治療として用いられてきたが、この研究ではアイソトープラベルしたナトリウムを髄質あるいは静脈に投与し、髄液と体液のアイソトープ量を比較する実験で、血管外への滲出はほとんど脳浮腫に寄与していないこと、また脳脊髄液の過剰合成もないことを示し、脳浮腫がもっぱら Glymphatic のドレーン機能の障害によると結論している。

あとは脳 Glymphatic および最終的に静脈へと結合する頚部リンパ系の動きを観察し、脳内の Glymphatic の流れだけでなく、静脈へと結合しているリンパ管の動きが外傷で抑制され、PPA 投与で改善することを確認する。

そして、外傷後のノルアドレナリンの濃度を調べることで、外傷により脳内のノルアドレナリン過剰産生が誘導され、これが Glymphatic および頚部リンパ管の機能を抑制することで浮腫が起こること、したがって治療にはこの流れを回復することが重要で、これには PPA 投与が最も適した治療になることを示している。

これをそのまま人間の治療に移すのは簡単でないだろう。しかし β1 アドレナリン受容体阻害剤プロプラノロールが脳浮腫を改善させるという報告があることから、意外と早い段階で標準治療になるのではと感じる。

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11月19日 前立腺ガンのエピジェネティック異常を標的にする(11月15日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年11月19日
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前立腺ガンというと、日本ではほとんどくわしい病理型にこだわらず、遺伝子診断といっても BRACA 程度で対応しているようだが、実際には様々なタイプが存在する。この中には、アンドロゲン受容体の関与がほとんどない去勢抵抗性前立腺ガン(CRPC)、さらに神経内分泌細胞へと形質転換が起こっている小細胞ガン( NEPC )が存在し、例えばこのような悪性型では Rb1 遺伝子が欠損するケースが多いことなど、ゲノム分類も進んでいる。さらに NEPC への形質転換でわかるように、エピジェネティックス異常も以前から指摘され、悪性転換に重要な役割を演じていると考えられている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、前立腺ガンのエピジェネティックス異常の一端が DNA メチル化酵素の発現上昇に起因し、これを標的にすることで、他のガンの標的分子まで誘導して新しい治療が可能であることを示した面白い研究で、11月15日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Targeting DNA methylation and B7-H3 in RB1-deficient and neuroendocrine prostate cancer( RB-1欠損および神経内分泌型前立腺がんのDNAメチル化と B7-H3 を標的にした治療)」だ。

エピジェネティックス調節機構は複雑だが、この研究では色々考えず、まず DNA メチルに絞って見ている。典型的前立腺がん(PCA)、CRPC、および NEPC で調べると、NEPC が圧倒的に高い。そこで、この高い発現がガンの増殖に寄与しているか調べるため NEPC から DNMT1 や DNMT3A をノックアウトすると、どの処理でも増殖が低下するが、メチル化維持に関わる DNMT1 ノックアウトが最も効果が高い。そこで DNA メチル化全体を阻害するデシタビンにもガン抑制作用があるかを調べ、移植腫瘍の増殖を抑制する効果があることを確認する。

これだけでも、NEPC タイプの治療の幅が広がる結果で重要だが、このグループはメチル化酵素の上昇と Rb-1 欠損の相関に着目し、PCA から Rb-1 をノックアウトする実験で、Rb-1 が欠損すると、メチル化酵素が高まり、エピジェネティックス異常が誘導される結果、悪性化する経路を明らかにする。すなわち、Rb-1 欠損の有無は、前立腺ガン治療に関しても重要な情報になる。

さらに面白いことに、前立腺ガンの DNA メチル化阻害によって、一種のチェックポイント分子 B7-H3 の発現が上昇することを発見する。B7-H3 に関しては我が国の第一三共により開発された、抗 B7-H3 抗体にトポイソメラーゼ阻害剤を結合させた新しい薬剤 DS7000a が存在するので、デシタビンとの併用療法が可能か調べ、デシタビン投与により H7-H3 発現をより高めて、DS7000a の効果をより高められること示している。

結果は以上で、前立腺ガンもゲノム検査をしっかりやって、RB-1 欠損の場合は、遺伝子発現検査を行うことで、デシタビン+DS7000a治療を選択できることを示している。さらに、DNAメチル化酵素が上昇するケースでは、DNA修復に関わる酵素の発現も変化する可能性があり、他の治療法の効果も予測できる可能性がある。このようにゲノム検査から発現検査まで、ガンに即した治療を行うことが重要なのだが、これがいつ我が国でも可能になるかを考えると暗澹たる気持ちになる。

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11月18日 グループを超えた助け合いの芽生え:ボノボ(11月17日号 Science 掲載論文)

2023年11月18日
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今年は熊本にある京大霊長類サンクチュアリー(写真)、及びベルリン動物園で初めてボノボを見ることが出来た。Frans de Waalさんの「Bonobo and Atheism」を読んで以来、いつかはボノボを見たいと思ってきたが、ようやくそれがかなった。

ボノボとチンパンジーは遺伝的には最も近縁の種だが、社会行動学的には違いが際立っている。一言で言えば、ボノボは平和的で、自然発生的道徳の起源がわかるのではと研究が行われている。

今日紹介するドイツ霊長類研究所とハーバード大学人間新科学研究所からの論文は、コンゴでの2つのボノボグループを2年間観察し続け、グループを超えて生まれた協力関係を調べた研究で、11月17日号 Science に掲載された。タイトルは「Cooperation across social borders in bonobos(社会的境界を越えたボノボの協力関係形成)」だ。

ヒト以外で、グループを超えた協力関係を観察できるのはボノボとイルカぐらいで、グループ間で殺し合いの抗争に至るチンパンジーでは研究できない。この研究では2年間で両グループが出会ったとき、グループ内で見られるのと同じ、グルーミングや、協力行動、さらには食べ物を共有することまで行われることを明らかにしている。

その上で、行われた協力を個体レベルで解析すると、グループ内で他の個体と相互作用する機会が多い個体ほど、他のグループとの個体と相互作用する機会が多いことがわかった。すなわち、社交的な個体ほど、グループ内に限らず他グループの個体とも相互作用する。

面白いのは、それぞれの行動は独立しており、グルーミング友達が必ずしも協力しやすいというわけではない。そして、一般的にメスの方が社交的といえる。一方、個体同士で小競り合いは起こるが、社交的な個体は小競り合いが少ないこともわかる。すなわち、争いを嫌う個体ほど、社交性がある。

食べ物を共有する行動は、リターンがあるかどうかわからないときに、相手に食物を提供することから始まるが、この関係図を見ると、ほとんどのケースはグループ内のみで起こるが、数少ない個体ではグループ外の個体と食べ物を分け合う関係が成立している。すなわち、グループ内で食べ物を共有することが多い個体が、たまたまグループ外の個体とも同じ関係を成立させ、絆を深めていくといった感じになる。

以上が結果で、グループ間で協力関係を成立させる社交性を持った個体の存在が、ボノボの平和性、道徳性を支えていることがわかる。ここからは私の勝手な推測だが、今回の関係図から見ても、元々平和的なボノボの社会でも、社交性の個体差は大きいことから、多様性をグループ内で維持できていることが重要で、この社会性の高い個体が、他のグループとの交流を媒介、促進し、最終的にグループ間の交流を成立させている。

今戦争が当たり前になった世界に住む我々こそ、もっとボノボ社会を調べ学ぶべきだろう。

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11月17日 膵臓ガン浸潤T細胞のガンに対する反応性を予測できるか(11月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年11月17日
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原理的に考えるとガンの免疫療法の成否は、ガン局所に十分な数のガンに対するT細胞が存在するかどうかで決まる。ただ、これまでガン局所のリンパ球( TIL )の解析に限界があったが、single cell RNA sequencing(sRNseq)の出現で大きな可能性が開けた。すなわち、TIL の個々のリンパ球が発現する抗原受容体とリンパ球の刺激状態を相関させることが出来るおかげで、局所で反応しているT細胞をある程度特定できるようになった。

今日紹介するドイツ・ハイデルベルグ大学からの論文は、膵臓ガン局所に浸潤するリンパ球の詳細な解析からガン免疫の活動状態を予測する方法の開発研究で、11月15日 Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「 Transcriptome-based identification of tumor-reactive and bystander CD8 + T cell receptor clonotypes in human pancreatic cancer(膵臓ガンのトランスクリプトーム解析によってCD8T細胞でガン反応性と、バイスタンダーT細胞抗原受容体を特定することが出来る)」だ。

これまでも同じような論文を何回か紹介しているが、この研究はガンのネオ抗原にこだわらなかった点や、将来がん免疫反応予想を行うことを念頭に置いて研究が行われている点が面白い。

9例の様々なタイプの膵臓ガン組織の sRNseq を行い、データを蓄積した上で、まずネオ抗原が多く存在すると期待できる一人の患者さんに絞って解析を行っている。

T細胞を遺伝子発現で展開すると、おおよそ10種類に分けることが出来、それぞれの性質を、例えばエフェクターT、抗原反応後活性抑制が働き出したT細胞と言ったように特定することが出来る。

勿論個々のT細胞の抗原受容体も特定できるが、抗原刺激に反応している細胞の受容体は出現頻度が高まる。この頻度が高かった12種類の TcR受容体遺伝子を、もう一度正常T細胞に導入して、同じ時に採取したガン細胞への反応を見ると、全てがガンに反応するわけではなく、7種類がガンに反応し、残りはガン以外の抗原に反応するバイスタンダーT細胞であることがわかる。

驚くのは、ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞の分布を、先に展開したT細胞マップにかぶせると、ガン反応性のT細胞と、バイスタンダーT細胞を完全に分離できることがわかった。すなわち、ガン反応性のT細胞が今刺激が続いているという状態にあることがわかる。

面白いのは、こうして特定したガン反応性T細胞が、このガンが発現してそうな160種類のネオ抗原のいずれにも反応しなかった点で、最初からネオ抗原を決めてがん免疫反応を調べる方法は常にうまくいくとは限らないことを示唆している。

いずれにせよ、組織内で反応している細胞が特定できたので、これらの細胞の遺伝子発現パターンから、ガン反応性を予想するための遺伝子セットを特定している。こうして明らかにした遺伝子セットを、残りの症例でも、ガンに対する反応性と相関するかどうかを調べ、最終的にガン組織のリンパ球のsRNseq データから、ガン免疫反応性を高い確率で予測する方法を完成させている。

また、チェックポイント治療を行った患者さんをこの方法で調べ直すと、完全寛解例では期待通りスコアが高いことを明らかにしている。

結果は以上で、免疫治療はあまり効果がないと考えられている膵臓ガンでも、手術時の組織をしっかり調べれば、治療可能性を予測できることを示している。しかし、保健収載されなくともこのような診断法を我が国でも提供できるのか、難しい問題だ。

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11月16日 ヒトの遺伝病からわかる免疫の複雑さ(11月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年11月16日
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最近免疫をうたうコマーシャルが目立つ。以前の決まり文句は「免疫力を高める」だったが、コマーシャルを作っている会社もこのような単純化で一般を欺すのを恥じたのか、今度は「司令塔」とぼかしてごまかそうとしている。まあ、欺し欺されるのは世の常だが、科学はそうはいかない。

今日紹介する NFkBコンソーシアムという世界規模の研究集団から発表された論文は、一見ウイルスに対する免疫不全が、実際にはインターフェロンに対する免疫トレランスの破綻で起こっている遺伝病を調べた研究で、11月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Autoantibodies against type I IFNs in humans with alternative NF-κB pathway deficiency( 1型インターフェロンに対する自己抗体がオルタナティブ NF-κB 経路不全で起こる)」だ。

全世界を襲ったコロナパンデミックは、感染が重症化する様々な遺伝変異を明らかにしたが、その中にはウイルス防御の第一線と言える 1型インターフェロン(IFN1)に対する自己抗体が原因でウイルス抵抗性が消失しているケースが見つかっている。

このような IFN1 に対する自己抗体が確実に現れるのが、胸腺びっくり動物園で自己抗原を上皮に提示しトレランスを誘導する Air 分子の変異で、勿論他にも様々な自己に対する免疫が出来てしまう。すなわち、リンパ球の異常がなくても、胸腺上皮発生異常を起こす変異は免疫異常につながる。この胸腺上皮発生に重要な働きをしているシグナルがオルタナティブ NF-κB ( NFKB )シグナル経路であることがわかっている。この研究では、ヒトの NFKB 経路の分子の突然変異を集めるコンソーシアムで把握している70人の患者さんの中で IFN1 に対する自己抗体を持つ患者さんを探索し、この経路で発生するシグナルの最後の分子 p52/RelB 複合体の機能が低下すると、IFN1 に対する自己抗体が常に作られるようになり、コロナを含む様々なウイルス疾患にかかりやすく、また重症化することを明らかにしている。

元々 NFKB 経路はリンパ球の機能や他のリンパ組織形成にも必須なので、免疫異常でこの経路の変異が見つかるとそこで納得してしまうのだが、IFN1 に対する自己抗体は、p52/RelB 複合体形成が低下しているケースだけで起こる。

そこで、胸腺トレランスに関わる胸腺上皮の発生を調べると、発生異常とともに、胸腺上皮で自己抗原を提示する AIR 分子が完全に抑制されていることを発見する。また、この経路分子に変異を持つマウスでもこの事実を確認している。

以上の結果から、オルタナティブ NFKB 経路の低下は、リンパ球の発生異常だけでなく、胸腺上皮での AIR 発現を抑え、結果胸腺トレランスの異常が誘導され、これが IFN1 への自己抗体と、それに起因する感染抵抗性異常につながることが明らかになった。

この研究で最も面白いのは、AIR 変異の患者さんでは様々な自己抗体や自己免疫が発生するのに、オルタナティブ NFKB 経路の変異では IFN1 に対する自己抗体以外ほとんど自己抗体が見つからない点だ。これは NFKB 経路自体が免疫反応に関わっており、この変異で免疫反応が低下した結果とも言えるが、それにしても IFN1 だけというのは何か面白い理由がありそうだ。

専門家以外がこんな話を聞いても「わからん」で終わると思うが、免疫に単純化思考は禁物ということを科学者は伝えていく必要がある。

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