8月5日 ウイルスに対するモノクローナル治療様々(7月30日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)
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8月5日 ウイルスに対するモノクローナル治療様々(7月30日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2020年8月5日

WHOのテドロス事務局長が、「新型コロナウイルス(Cov2)に対する特効薬が今後も存在しない可能性がある」と述べたそうだ。特効薬など南北医療格差を拡大するだけで、途上国にはいくら待っても届くことはないと言う、警告の意味だと解釈したいが、医学上本気でそう思っているなら、最新の医学知識をほとんど勉強していない、公衆衛生テクノクラートと言う他ない。

というのも、コロナウイルスは最も複雑なRNAウイルスで、侵入後最初に起こるRNAの翻訳過程とそれに続くタンパク分解による機能分子生産過程を見るだけでも、途方もなく特殊で複雑な過程をうまく調節する必要があることがわかる。すなわち、ハイテク侵入部隊なので多くの条件が必要になり、戦線が延びて弱点が晒されやすい。これまでCov2に対する薬剤と称するものは、すべて他のウイルスに対して開発された、目的外使用だったが、Cov2がコードするほとんどの分子の構造と機能が刻々と明らかになりつつある今、Cov2特異的な薬剤が開発されることは時間の問題だと思っている。それも、ポリメラーゼに限らず、多くのCov2分子に対して開発されるだろう。

そして何よりも、昨日大規模治験入りが報道されたファイザーのモノクローナル抗体を皮切りに、各社入り乱れてモノクローナル抗体薬の投入が始まるように思う。と言うのも、Cov2に対するモノクローナル抗体は患者さんのB細胞から分離する抗体遺伝子を用いており、わざわざヒト化する必要がなく、いい抗体ならすぐに治験に入れる。実際、動物を用いた前臨床モデルでは、中和活性の高いモノクローナル抗体は治療効果が高いことが証明されている。

このように、高額になることを覚悟すれば、今後最も頼りになる治療法としてモノクローナル抗体薬が期待できると思っている。

例えば致死率9割に近いエボラ出血熱に対してレムデシビルと同時に治験が行われた2種類のモノクローナル抗体薬は、レムデシビルと比べて高い効果を示したことが昨年暮れに報告された(https://aasj.jp/news/watch/11936)。

7月30日号のThe New England Journal of Medicineにはさらにモノクローナル抗体薬の成功を示す結果が2報発表された。最初はシンガポール国立大学からの論文で、モノクローナル抗体により黄熱病ウイルスの増殖を予防できると言う研究だ。

この研究は、黄熱病に対するモノクローナル抗体の安全性と効果を調べる1相の治験で、実際の感染症予防ではなく黄熱病ウイルスを弱毒化したワクチンスタマリルを投与した時のウイルス血症抑制効果を調べて、効果を検証している。

私も接種を受けたが、スタマリルは弱毒化されているとはいえ、ウイルス血症が起こるため1週間程度様々な症状に見舞われる人が多い。はっきりいえばそのぐらいして初めて、一回投与するだけで有効なワクチンとして認められているのだろう。このスタマリル接種後のウイルス血症をTY104抗体は完全に抑えている。また、抗体の半減期は2週間程度で、有害事象も許容範囲という結果だ。

黄熱病はワクチンが存在するので、発症者はそう多くないが、それでも発症した場合は抗体治療の可能性が示されたと言っていいだろう。

これは抗体を治療に用いる研究だが、同じ号のThe New England Journal of Medicineには抗体をRSウイルスの予防に使う可能性を示した論文が発表されている。

RSウイルスは今も途上国の子供の命を奪う最も厄介なウイルスだが、まだ有効なワクチンは開発できていない。しかし、途上国で利用できるかは別として、モノクローナル抗体が治療だけでなく、流行時に予防的に投与することで、ワクチンの代わりに使えることが示されてきた。

このアストラゼネカ社からの論文はこの方向の集大成とも言える治験研究で、中和活性を高め、さらに体内での半減期を5ヶ月にまで延長させたRSウイルスに対するモノクローナル抗体Nirsevimabを流行前に1回筋肉注射された幼児(平均3.2歳)を150日間追跡し、RSV を発症した症例数を調べている。

結果は、感染者を70%抑え、入院治療の必要な患者数を80%近く抑えることができたと言う結果で、ワクチンと異なり注射後すぐに効果があることから、ハイリスクグループを対象に流行時一回予防的注射を行うのは現実的解決策になると思う。

実際同じような半減期を伸ばした抗体の予防的使用はエイズなどにも実用化が進んでおり、当然新型コロナウイルスについても高リスクグループを守る方法として定着すると期待している。

エボラウイルスの治験でわかったように、もちろんモノクローナル抗体といえども、例えば植物で作らせた抗体は効果が見られなかった。ただ、ワクチンと異なり、同じ抗体を治療や予防に利用できる点が大きな利点で、最終的に最も効果が高い抗体が生き残ればいい。また、一旦いい抗体ができれば、様々な操作を加えて使いやすくすることも可能になる。

研究の速度から、新型コロナウイルスに対して、特効薬ができるのは時間の問題だが、以上の例から、最初に実現化するのは、モノクローナル抗体による治療、および予防ではないかと思う。おそらく、感染が拡大している地域に旅行する前に、一回抗体を注射して出かけることすらあり得る話だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月4日 人類特異的遺伝子ARHGAP11Bの機能(7月31日号 Science 掲載論文)

2020年8月4日

ずいぶん昔になってしまったが、2015年4月にこのブログで、類人猿にはなく、ネアンデルタール人も含む人類だけに存在する遺伝子ARHGAP11Bの発見について紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3151)。大きな形質変化は遺伝子重複による新しい分子機能の誕生により起こることが多いが、この遺伝子も猿にも存在するARHGAP11Aの重複で誕生し、しかも本来の機能を全く失っていること、さらに新皮質特異的に発現し、マウスに強制発現させると驚くことに、マウスの脳にシワができたことを報告した。

この研究を行ったのは、ドレスデンで極性問題など優れた神経細胞生物学研究を続けているHuttnerのグループだが、今年、ついにこの分子がミトコンドリア内でアポトーシスなどに関わるPTPを阻害することで、グルタミンを分解してエネルギー変換を高め、神経幹細胞の増殖と高めることを発表した(Neuron 105:867, 2020)。

最初ARHGAP11B発見の論文を紹介した時、私も興奮して「もうすでにサルにこの遺伝子を導入する研究が行われているはずだ。」と書いてしまったが、今日紹介するHuttnerグループからの論文はまさに、猿(実中研のマーモセット)にこの遺伝子を導入したら、予想通り皮質の細胞数が増えたという話で、7月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human-specific ARHGAP11B increases size and folding of primate neocortex in the fetal marmoset (人類特異的ARHGAP11Bはマーモセット胎児で新皮質の大きさとシワを増大させる)」だ。

この遺伝子発見後のHuttnerの執念の論文と言っていい。我が国の佐々木さんたちが磨いてきたマーモセットの遺伝子導入技術の助けを借りて、遺伝子発現に関わる領域ごとこの遺伝子をレンチウイルスに組み込み、受精卵へ遺伝子導入している。

Huttnerらしいと思うのは、人間化したマーモセットを見たいと思いつつ、それには倫理的問題があるので、帝王切開で発達途中で胎児を取り出し、新皮質がどう変化するかだけに焦点を当ててデータを取っている。

幸いこの方法で導入した遺伝子は新皮質に発現して、皮質のサイズを増大させるとともに、脳の褶曲といえる脳回の形成が進んでいることを示している。色々計測しているが、写真で見ると一目瞭然の変化だ。

最後に、皮質の各層の細胞数について調べ、皮質下部の神経細胞はあまり変化していないが、Satb2やBrn2で標識される上部の神経細胞数が大きく上昇していることを示している。そして、この変化が脳室下のラディアルグリア細胞、すなわち感細胞の増殖が高まる結果であることを示している。

結果は以上で、私が期待した実験に5年かかったということは、実中研のマーモセットに到るまでの道のりが長かったことを示している。しかし、読んでみるとマーモセットはこの目的には最適の動物に思える。今後は、脳のオルガノイドなどを用いて、マーモセットから、アカゲザル、チンパンジー、人間の比較が行われるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月3日 バーコード組織学を駆使してアルツハイマー病に迫る(8月20日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月3日

この10年の生命科学の進歩を振り返ってみると、核酸バーコードを用いる様々な技術の発展が大きな役割を果たしていることがわかる。もっともポピュラーな例がsingle cell RNA sequencingで、一個一個の細胞のRNAを異なるバーコードがついたプライマーで増幅することで、回収した全ての配列をシークエンスしても、後からその配列がどの細胞由来か特定できる。この結果、一個づつ細胞を処理しライブラリーを作るという、職人技が必要なくなった。

これと並行して進んだのがバーコード組織学で、この概要については吉田さんとYoutubeで解説した(https://www.youtube.com/watch?v=k4YMvL46ksQ&t=573s)。とはいえ、実際にこれらの技術を用いた研究が論文として発表されるまでには時間がかかる。

今日紹介するLeuvenカソリック大学とUniversity College of Londonからの論文は、以前紹介したスライドグラスにバーコードのついたプライマーを貼り付けたスポットを並べてその上に組織を重ねることで、組織の位置情報を回収したRNAにつける方法(https://aasj.jp/news/watch/5490、https://aasj.jp/news/watch/9926)と、組織上で、細胞が発現している複数の遺伝子を、バーコード化したプローブとin situでバーコードの配列を読む技術(https://aasj.jp/news/watch/8740)を組み合わせて、アルツハイマーで見られるアミロイドプラークが周りの細胞にどのような変化を誘導するのか調べた研究で8月20日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Spatial Transcriptomics and In Situ Sequencing to Study Alzheimer’s Disease (空間的トランスクリプトームとin situシークエンシングをアルツハイマー病の研究に応用する)」だ。

タイトルからもわかるように、この研究の第一の目的はバーコード組織学手法を利用してみるということだ。その対象として選んだのがアルツハイマー病(AD)モデルマウスで、アミロイドプラークの周りの遺伝子発現を100ミクロンのスポットに分けて解析し、アミロイドにより誘導される変化を特定、そこから発見された遺伝子セットを今度は同時にin situシークエンシングを用いて細胞レベルの発現を調べ、両方のデータを合わせてアミロイドプラーク特異的作用を特定しようとしている。

よく読んでみると、組織情報を犠牲にしたscRNAseqと比べると、やはりキャプチャーできるRNAの数は限られており、tSNE展開した時の解像度は低そうだ。またin situ sequencingもまだ感度の点では改良の余地が大きそうだ。おそらく、これらのテクノロジーを使うためには、お金だけでなく、まだまだ熟練が必要だという印象を持った。

しかし組織情報を取り入れることで、アミロイドプラークの近くで誘導される変化をとらえることには成功しており、以下のような結果を得ている。

  • C1qをはじめとする補体系がアミロイドプラークに反応したミクログリアとアストロサイトのシグナル伝達に関わる。また、このカスケードは、やはりミクログリアから分泌されるAPOEにより調節される。
  • プラークの近くのオリゴデンドロサイトでミエリンに関わる遺伝子を中心に、変化が見られるが、プラークで誘導されたほとんどの遺伝子は、老化が進むと逆に発現が低下する。
  • 今回のマウスモデルと、ヒトでのAD組織を比べると、一致している点もあるが、変化する遺伝子の種類など、かなりの違いが見られる。おそらく、マウスモデルがプラークに対する純粋な反応を見ているのに対し、ヒトではTauの変化など多くの要因が重なった結果を見ているからと考えられる。

結論としては、アミロイドプラークは無毒化されたゴミではなく、局所で周りの細胞に明らかに悪さをしているということになるが、この結論より、バーコード組織学が実際に使われているのを実感できたことの方が、私にとってはインパクトが大きかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月2日 変異型p53の二面性(7月29日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年8月2日

P53は最も重要なガン抑制遺伝子で、多くのガンで発ガン過程で遺伝子が欠失したり、あるいは機能欠損型変異が起こる。このような変異の中で、172番目や270番目のグルタミン酸がヒスチジンに変化した突然変異は、dominant negative型として知られ、正常p53機能が片方の染色体に存在してもその機能を抑えてしまい発ガンに関わると考えられてきた。

今日紹介するイスラエルヘブライ大学からの論文は変異型(R172H)の機能が腸内細菌叢の環境では2面性を持つことを示した論文でp53 分子の機能の多様性を改めて示した研究で7月29日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「The gut microbiome switches mutant p53 from tumour-suppressive to oncogenic (腸内細菌叢が変異型p53を腫瘍抑制分子から発ガン分子に変える)」だ。

もともとこの研究はp53(R172H)の発ガンメカニズムを探ろうと始められたのだと思う。この変異を腸上皮で発現するように遺伝子操作し、さらにp53の安定性を高めるようにCKIα遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、腸の変化を調べている。

と、驚いたことに、空腸ではガン抑制的に働くのに、大腸では発ガンを促進していることがわかった。すなわち、腸の環境に応じて働きが変わる。

腸の自己再生や、発ガンにはWntシグナルが関わっているので、次にp53(R172H)存在下で空腸と回腸でWntシグナルの強さを下流分子の発現を指標に調べると、空腸ではWntシグナルが抑えられ、一方回腸では高まっているという2面性があることがわかった。

この2面性が、上部と下部消化管の環境の違いによるのか、あるいは細胞自体の差によるのかを調べる目的で、腸の幹細胞を培養するオルガノイド培養を行い、変異型p53は本来Wntシグナルを抑え、発ガン遺伝子が揃った場合も、その増殖を抑える能力があることを示している。すなわち下部消化管へと移ると、このガン抑制機能からガン促進機能へとスイッチが起こることが推定される。

当然のことながら、腸内細菌叢がこのスイッチに関わる可能性が示唆されるので、変異型p53を導入したマウスを抗生物質で処理して腸内細菌叢を除去する実験を行なっている。結果は期待通りで、大腸で見られた上皮の異常増殖は見事に抑制され、腸内細菌叢がないと変異型p53はガン抑制的に働くことを明らかにしている。

最後に変異型p53をガン抑制からガン促進へスイッチする分子を探索し、漬物など、植物の発酵に関わる乳酸菌(プランタルム)や、枯草菌が合成するgalic acidがスイッチであることを突き止めている。実際、オルガノイド培養にgalic acidを加えると、変異型p53は増殖抑制ではなく、増殖促進を誘導する。

以上が結果で、残念ながらなぜgalic acidがスイッチを入れるのかについては明らかにできていないが、ここで調べられた変異型p53は決して珍しくないことを考えると、これを悪性化のシグナルにしない食事や薬といった介入方法の開発は重要となるように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 新生児の言語認識機能(7月22日号 Science Advances 掲載論文)

2020年8月1日

私たちが言葉や音楽を認識するプロセスは当然のことながら複雑だ。私たちの声を機器により分析すると、異なる波長での振動の集合体であることがわかる。この要素は大きく振幅変調(エンベロープ)と呼ばれる音の振幅の時間変化と、その枠の中で素早く振動する時間微細構造波に分けられ、実際デジタル処理による音楽の伝送はこのような分解した要素を別々にして処理する。言葉で言うと、基本的なシラブル認識はこのエンベロープの波形が認識される。結局音とは空気の様々な振動が時間の同時性として統合されたものになる。

これらを受け取る私たちの感覚器も、蝸牛有毛細胞の興奮に変換して認識しているので、基本的にはデジタル処理と同じだと思う。ただ、正確な時計の上に重ね合わせる電気的処理とは異なる時間統合が必要になり、言語特有の処理様式が知られている。声や音楽とは無関係の、振幅が異なるホワイトノイズを聞くときは同じSTGと呼ばれる脳領域が興奮するが、言葉の場合早いエンベロープは両側のSTG が興奮し、遅いエンベロープに対しては左側だけが興奮することが分かっている。すなわち、言語を他のノイズから抽出して処理している。

今日紹介するパリ大学からの論文は、この言語抽出処理能力が生まれたばかりの子供でも備わっているのか調べた研究で7月22日号のScience Advanceに掲載された。タイトルは「Speech perception at birth: The brain encodes fast and slow temporal information(新生児の言語認識:脳は早い波と遅い波を別々に処理している)」だ。

この研究ではなんと生後2ヶ月の子供に遠赤外線を感知する脳の血流系を用いた神経興奮計測を行っている。ヴォコーダーと呼ばれる一種のシンセサイザーを用いて、「Pa」のような簡単なシラブルを、1)元の声のまま、2)時間微細構造を全て取り除いた音、3)時間微細構造と早い波のエンベロープを取り除いた音、を聞かせて、STG興奮の違いを比べている。シラブルがPaであることを認識するためには3)の条件で十分可能だが、もちろん新生児が音を言語として認識しているかどうかはわからない。

実験の詳細は全て省いて結論だけを紹介すると、

  • 元の音に対する反応と、遅い波だけを残した音への反応がよく似ているが、早い波と遅い波両方のエンベロープが残った音に対しては、反応が異なる。
  • シラブルとしての認識は遅い波のエンベロープだけでいいので、Paという音を抽出して認識するシステムは出来上がっている。
  • 新生児でも、遅い波のエンベロープと早い波のエンベロープを別々に処理する回路が備わっている。
  • おそらく、今回使われた音は、成人の言葉に対して反応する領域の興奮を誘導している。

要するに、「言葉を他の音から抽出し、遅い波のエンベロープを共通の意味として認識するシステムが新生児で出来上がっており、一方音の詳細な特徴(例えば声の違い)を左右のSTGを用いて処理する仕組みも出来上がっている」、が結論になる。

個人的に考えると、「コミュニケーション」に関わる音の認識システムから進化しているように思えるが、言語の入り口の入り口でもこれほど複雑なことがよくわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月31日 新型コロナウイルスのプロテアーゼ(7月29日 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月31日

このブログで論文紹介を続けてすでに7年を超えている。ほぼ毎日紹介しているので2500以上の論文を紹介しているが、紹介した中からウイルスと検索をかけると、274論文がヒットする。もちろん全てがウイルスに直接関わるわけではないが、医学研究の多くがウイルスに向けられていることが改めてわかった。

しかし新型コロナウイルス登場以来、研究スピードは倍加している。その結果、これまであまり興味を持たなかったウイルスがコードするタンパク質について、多くの論文を読むことができ、ほんの一握りの分子しか持っていないウイルスがホストの中で増えるために進化させてきたメカニズムに驚嘆している。

中でも自然免疫を逃れるメカニズムを何重にも備えているのに驚く。一つは以前紹介した核内輸送システム、インポーチンの阻害作用で、これによりインターフェロンの転写を抑える(https://aasj.jp/news/watch/12749)。もう一つがウイルスRNAをメチル化する酵素で、これによりウイルスRNAは自然免疫感知機構の網をくぐることができる。

今日紹介するフランクフルトのゲーテ大学からの論文は、新型コロナウイルスはさらにインターフェロン刺激に関わるインターフェロンにより活性化されウイルス防御に関わるタンパク質のISG15化を抑制することで自然免疫から逃れていることを示した研究で7月29日Natureにオンライン掲載された)。タイトルは「Papain-like protease regulates SARS-CoV-2 viral spread and innate immunity (パパイン型プロテアーゼはSARS-CoV2の伝搬と自然免疫に関わる)」だ。

恥ずかしいことにここまで新型コロナウイルス(CoV2)の論文を読んでいても、CoV2がM-プロテイン以外のプロテアーゼを持っているということは知らなかった。しかしSARSの研究からこのパパイン型プロテイン(PLpro)も、ウイルスRNAのポリメラーゼコンプレックス形成に関わり、ウイルスの増殖に必要であること、さらにISG15をタンパク質から切り離して自然免疫抑制に関わることが知られていた。

ISG15はユビキチンと同じようにタンパク質を修飾して、分解の目印になる分子だが、この研究ではPLproを精製し、このISG15をタンパク質から切り離す活性をSARSのそれと比べることから始め、Cov2のPLproのほうが強いISG15をタンパク質から切り出す活性を持つことを明らかにしている。一方SARSのPLproはISG15より、ユビキチンをタンパク質から切り離す活性が強い。すなわち、ユビキチン化を標的にしていても、Cov2-PLproはISG15を標的にし、SARS-PLproはユビキチンそのものを標的にしていることが明らかになった。(高い相同性を持つウイルス間で、すでにこのような大きな基質の違いが出ていることに驚く。)

この結果、SARS とCoV2は同じ自然免疫でも、SARSはTNF―NFkb経路、CoV2はIRF3を介するインターフェロン経路をより強く抑制することがわかった。

SARSのPLproに対してはすでにGRL-0167が開発されているが、上記の検出系でGRL-0167がCoV2―PLpro活性を阻害することを確認した後、ウイルス感染細胞をGRL-0167で処理する実験を行い、ウイルスの増殖伝搬とともに、インターフェロンによる自然免疫系を抑制する二重の効果があることを明らかにしている。

以上の結果は、新型コロナウイルスに対して増殖と自然免疫の両面から攻めることができる薬剤が開発できることを示唆しており、GRL-0167がそのまま利用できなくとも、開発は時間の問題だろうと期待している。

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新型コロナ感染の将来予測モデル:占いを超えられるか (7月23日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2020年7月30日

古今東西、人間は重大な決断に当たって占いや予言を大事にしてきた。卑弥呼からラスプーチンまで、占い師の予言が政治を左右した事例は枚挙にいとまがない。しかし、真面目に考えれば予言がそうそう的中するはずはないから、不確かな予言で行えた政治の方が、いい加減だったと思う(今でも予言や占いを信じる人は多く、異論も多いと思うが)。

なぜこんな話から始めるかというと、新型コロナ感染の拡大に対する政府・市民(メディア)と科学者たち(専門家委員会に限らず全ての)の議論を見ていると、「第2波です」とか「10万人の死者が出ます」とか、「すぐ収束します」などと語る科学者は、かっての占い師のようにとらえられているのではとフッと感じてしまったからだ。

一度収束したかに見えた新型コロナ感染者数が、日本中で再びジワジワと拡大し始めた今、誰もが明日、来週、来月、そして来年の予測を心待ちにしていることは間違いない。もちろん現代の予測は、占い師の時代とは違う。科学者による科学的データに基づいた予測が期待されている。しかし、的中したのか、間違っていたのか、今も確信が持てずにフラストレーションだけが残る西浦さんの「放置すれば40万人死亡」仮説が唯一のモデルとして示され、大きなリセッションを経験したわが国は、当時を超える感染者数が出ても、どの予言を信じればいいのか途方に暮れているように思う。

この感覚は決して一般の人だけではない。かく言う私も、流布している科学者の御宣託が、現状では根拠のない予言と変わることがないと感じていても、それを明確に指摘できないというフラストレーションを感じていた。

ところが、The New England Journal of Medicine 383; 4(2020)に掲載された論説を読んで、感染モデルについて頭の整理がつき、フラストレーションは解消されたので、私と同じように感染モデルにフラストレーションを感じておられる皆さんにぜひ紹介することにした。

タイトルには、感染モデルは「何か間違っているぞ」と感じつつ、「利用せざるを得ない」という我々の気持ちが表現されており、著者には私たちのフラストレーションがわかっていると期待できる。

事実期待通りで、まず感染モデルは、1)統計的予測モデル、2)メカニズムベースのモデルの2種類に分けてうまく説明してくれている。

統計予測モデルはこれまでのデータを、新しいデータに当てはめ、未来を予測する手法で、例えばIHMEモデルでは、中国やイタリアの統計を、例えば日本にあてはめることに相当し、統計に現れる実際の感染過程については情報として含まれていないため、長期の予想は全く不可能であると断じている。NYではこうだから日本も同じになるという予想は今も記憶に新しいし、西浦さんのモデルもこの範疇といっていいだろう。

一方、メカニズムに基づくモデルとは、ウイルスの性質、感染性、抵抗力、社会的接触度、など出来る限り多くの要素データを集め、そこから予測する方法で、パラメータがうまく集まれば、長期の予測も可能になる。例えば、全ての人に抵抗力があることが証明できれば、ウイルス感染は拡大しようがないといった具合だ。ただ我が国の場合、現時点でわからないことが多すぎる。そもそも、このウイルスについての様々なパラメータはほとんど明らかでないし、無症状感染者の行動履歴といった行動学的パラメータもほとんど集まっていない。

この論説では、メカニズムに基づく予測が可能になるための最低条件として、

  • 新型コロナウイルスに対する免疫反応の正確な理解と、免疫状態の正確な測定。
  • 無症状感染者の感染性、免疫状態の把握。
  • 感染者、非感染者の行動記録に基づく接触のデータの取得。

を挙げている。

この論説を私なりに解釈すると、

  • 統計による予測モデルは、例えば「経済と感染防御の両立」といった長期計画には向いていない事。
  • 長期予測のためには、感染者数だけでなく、ウイルス伝搬に関わる多くのパラメータを集めるメカニズムに基づく予測手法が必須であること。
  • ただ、メカニズムに基づく予測のためには、まだまだデータが集まっていない事。

と理解した。

ただこれでは予測モデルを信頼するなといっていることに等しいので、この論説では予測モデルを受けとる側が以下の質問を問い続けることで、予測モデルが「useful」になるとまとめている。その5つの問いとは;

  • モデルの目的と、予測可能な時間レンジは明確か?
  • モデルが寄って立つ仮定は正確に示されているか?
  • モデルの不確実性要素を正確に把握して、提示できているか?
  • 統計モデルの場合、どのデータをモデルに使ったのか?
  • モデルは普遍的か、あるいは特定の対象を設定しているのか?(例えば都市と農村)

以上、この論説を上手く紹介できたかどうか自信はないが、私はこ今後どのように感染モデルと接していけばいいか頭の整理がついた。是非みなさんも自分で読んでみられればと思う。

翻って我が国の状況を考えると、メカニズムを取り入れた長期予想がもとめられているが、これを可能にするには、あまりにも利用できるパラメータが存在しないと言えるように思う。論文を読んでいるとわかるが、この点に関しては先進国とは言えない状況だ。とすると、当分我が国では、他の統計をそのまま並行移動して利用するか(西浦型)、限られたデータをもとに「エイ!」と占うかしか方法はない。この状況を超えるには、本当の科学的データ収集が必要になるが、PCRの検査数がまだ議論の焦点になっている我が国でいつこれが実現するのか?心は晴れない。

7月30日 放射線照射による脳幹細胞ダメージをメトフォルミンで軽減する(7月27日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年7月30日

メトフォルミンは肝臓での糖新生を抑制し、インシュリン抵抗性の改善することから2型糖尿病の安全な治療として最もよく使われている薬剤だが、他にも抗炎症作用や、脳細胞の活性化など、魔法の薬といってもいいような作用を持つ薬剤だ。この不思議については、「西川伸一のジャーナルクラブ」でも一度議論した(https://www.youtube.com/watch?v=FBBh8JsJguQ&t=315s)。

今日紹介するトロント大学からの論文はメトフォルミンが放射線でダメージを受けた脳の幹細胞の回復を高め、記憶障害の出現を抑えるという研究で7月27日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Assessment of cognitive and neural recovery in survivors of pediatric brain tumors in a pilot clinical trial using metformin (小児脳腫瘍の生存者のメトフォルミンのパイロット治験で見られた認知機能と神経細胞回復)」だ。

20世紀、脳研究のうち概念が大きく変化したのは、成人になっても脳の神経細胞が幹細胞からの供給を受けるという発見だが、もちろん発達期の幹細胞システムはもっと活発だ。実際、小児の脳腫瘍などで放射線照射を受けた後、細胞数が低下し、脳機能障害が後遺症として残ることが知られている。

この研究ではまず、放射線照射を受けたマウスの幹細胞活性を試験管内で測定する実験系と、照射後50日前後での認知機能テストを行うモデル系で、メトフォルミンの作用を調べている。

試験管内での結果は明瞭で、放射線後減少する幹細胞の数は、50日で回復するが、歯状回では回復が遅く、細胞数の減少が後遺症として残るが、メトフォルミンはこの後遺症の発症をほぼ完全に回復させる。また、脳組織の幹細胞数を調べても、同じように放射線照射により幹細胞の回復が遅れるが、メトフォルミンはこれを正常化する。

最後に、では作業記憶について調べると、面白いことにオスでは放射線による後遺症はほとんど出ないが、メスでは放射線による後遺症として記憶障害が残り、これをメトフォルミンは回復させることがわかった。

メトフォルミンはこれまでも小児に投与しても問題がないことが知られているので、前臨床結果を基礎に、治験に進んでいる。ただ、マウスではメスで効果が強く見られてはいるが、この前臨床では男女を問わず、放射線照射を受けた平均7歳の子供について、メトフォルミンが脳機能の回復に効果があるか調べている。

無作為化されてはいるが、治験プロトコルは複雑で、基本的には放射線照射を受けた全ての治験者にメトフォルミンを投与するが、照射後12週間メトフォルミンを投与し10週間の間隔をおいて偽薬を12週投与するA群と、最初の12週は偽薬を投与、10週間の間をおいて、メトフォルミンを12週投与する
B群にわけ、12週目と、34週目で、脳の認知機能を調べている。

複雑なので簡単にまとめると、メトフォルミンは照射直後から投与すると、記憶機能の障害を抑止する効果がある。ただ、最初の12週間偽薬投与された群では、後半に投与したメトフォルミンの作用はほとんど見られないことがわかった。この機能的効果は、脳梁の白質の体積から見られる、神経細胞の回復とも一致しており、メトフォルミンが神経幹細胞機能を助けて、脳障害からの回復を促進する可能性が強く示唆されたといっていいだろう。

今後、女性、男性に分けて、もう少し単純な治験プロトコルで、効果を検証してほしいと思う。効果が確かめれば、小児ガン治療に大きな貢献になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月29日 ヒストン3バリアントリン酸化による機動的遺伝子誘導(7月22日号 Nature 掲載論文)

2020年7月29日

染色体の構造による遺伝子発現調節は、周りからのストレスにも関わらず細胞の性質を一定に保つ、すなわち安定的に特定の遺伝子発現パターンを維持するために適していると感じる。しかし、その細胞が特定の刺激を受けて、それに対して新しい遺伝子セットを誘導して対応すると言った状況では、染色体で固められた転写パターンを迅速に変化させることは至難の技だろう。

このために様々な機構が存在するが、今日紹介するコーネル大学からの論文は、普通使われるヒストンとは少し違うヒストンバリアント、この研究ではH3のバリアントH3.3を使った転写活性化について解析した研究で7月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Histone H3.3 phosphorylation amplifies stimulation-induced transcription (ヒストンバリアントH3.3のリン酸化は刺激により誘導される転写を増強する)」だ。

わざわざ異なるバリアントが維持されているということは、ヒストンバリアントを組み込むことで生まれる不安定性の利用が重要であることを意味している。例えばガン細胞ではH3.3 転写が外界からのシグナルで高まることでプログラムが代わり、転移が起こることが示されているし、さらにはH3.3により正常のプログラムが不安定化して、異なる系統へプログラムが書き換わることも知られており、たしかにH3.3が転写プログラムを不安定化してくれることがわかる。この研究では、H3.3の31番目のアミノ酸がアラニンからセリンに変わっており、リン酸化を受けることに注目し、刺激依存的リン酸化カスケードによるH3.3リン酸化が、特定領域の染色体構造をリプログラムして、迅速な遺伝子誘導に関わる可能性を追求している。

まず血液や神経細胞をサイトカインなどで刺激すると、確かにH3.3がリン酸化を受けること、そしてリン酸化されたH3.3は刺激により誘導される遺伝子上に結合していることを明らかにしている。すなわち、H3.3はあらかじめ刺激で誘導されるべき遺伝子領域に取り込まれており(このメカニズムは解析されていない)、これをリン酸化することで、転写が高められるメカニズムが示された。

次にどの分子によりリン酸化が起こるのかシグナル経路の阻害剤を用いた検討を行い、LPSによるマクロファージの刺激の場合は自然免疫回路の中核IKKαが関わることを突き止めている。

次にH3.3のリン酸化がどのように迅速な転写を誘導するのか、ある程度あたりをつけた研究を行い、H3.3がリン酸化されると、ヒストンメチル化酵素の一つSTED2を活性化してH3K36をメチル化、これにより染色体構造が開くのを助けることを示している。

加えて、RNA ポリメラーゼの転写反応を止めているZMYNDT1もH3.3 がリン酸化されると染色体から追い出されるため、ポリメラーゼがDNA上を動けるようになることも示している。

すなわち、染色体をon型に変え、抑制を外して転写を迅速に高める機構の一つにH3.3リン酸化があるという結果だ。もちろん、あらかじめH3.3が刺激反応遺伝子領域に導入されているメカニズム、エンハンサーとの関係など知りたいことは山ほどあるが、サイトカインストームも巧妙な仕組みの上にあることがよく理解できた。

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7月28日 細胞のサイズと細胞周期(7月24日号 Science 掲載論文)

2020年7月28日

リン酸化、ユビキチン化、タンパク質分解が組み合わさった細胞周期の調節機構は、私が基礎研究を始めた頃から急速に明らかになり、頭の中には分子ネットワークによる分子機能調節のイメージが染み付いた。そのためか、細胞の大きさにより細胞周期機構が影響されるとは考えたことがなかった。ただ言われてみると、細胞分裂時に細胞の大きさは変化するのに、それ以外では一定の大きさが保たれることは、不思議といえば不思議だ。

これを説明する一つのアイデアが、細胞周期のタイミングを、細胞のサイズに依存して濃度が変わる細胞周期調節分子が存在すれば、細胞分裂のタイミングを決めて、細胞の大きさを一定に揃えることができるというものだ。すっかり忘れていたが、確かに昔このような調節機構について読んだことがある。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、細胞のサイズによる濃度変化で細胞周期を調節している分子こそがRb1分子であることを示した研究で7月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cell growth dilutes the cell cycle inhibitor Rb to trigger cell division (細胞の増殖は細胞周期阻害分子RB1を薄めて細胞分裂を誘導する)」だ。

まさにタイトルに書かれていることがこの研究の結論のすべてで、Rb1は細胞周期の阻害を通じて、細胞のサイズを一定に保つ主役であることを示している。話は簡単だが、このことを証明するためには細胞内での正確な分子数の測定と、正確に細胞内の分子発現量を調節する実験系の確立が必要になる。

この研究ではRB1遺伝子に蛍光遺伝子をノックインで融合させ、蛍光を正確に測定する方法で様々な細胞について細胞内の分子の量を測定し、細胞周期進行中にRb1の発現量は上昇するが、細胞のサイズの増大がそれを上回り、ある時点で分裂が起こることを明らかにした。すなわち、Rb1の転写は細胞周期がS期に入ると核の膨張とともに濃度は少しづつ薄められ、ある時点で分裂が抑えきれなくなり分裂し、娘細胞では半減することを示している。一方、他の細胞周期分子にはこのような現象は見られない。

重要なことは、細胞のサイズがRB1の転写を決めているのではない点で、細胞周期の進行中は細胞のサイズとは独立に比較的コンスタントにRb1の合成が続くことで、逆に細胞のサイズをモニターする一種のレファレンスの役割を持つ。さらに、ほとんどが染色体に結合して、正確に娘細胞に分配されることも、Rb1の細胞内濃度を一定にする役割を演じている。

最後にこの仮説を確かめるために、まず染色体上のRb1遺伝子をノックアウトして、Rb1(-/-),Rb1(+/-),Rb1(+/+)マウスの肝細胞の大きさ(肝細胞の場合4倍体、8倍体細胞が存在し、を比べると、予想通りRb遺伝子数に比例して大きさが変わる。

また生後のRb1量が正確に変えられる細胞株を用いて、細胞内でのRB1合成量を変化させると、Rb1量に応じて細胞周期が遅延し、それに伴い細胞の体積も増大することを示している。すなわち、Rb1は細胞周期の時間を調節することで、細胞の大きさを決める要因になっていることを示している。

読み終わって、このような実験がこれまで行われなかったことに驚いた。しかし、しっかり問題を設定すれば、特殊なテクノロジーを使わず面白い研究ができることがよくわかる論文だった。

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