10月4日 アルツハイマー病を調べ尽くす。 1,バイオプシーによる初期病変(9月28日号 Cell 掲載論文)
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10月4日 アルツハイマー病を調べ尽くす。 1,バイオプシーによる初期病変(9月28日号 Cell 掲載論文)

2023年10月4日
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バイオジェンとエーザイが開発したAβを除去する抗体薬が大きな注目を浴びているが、この治験が成功した一つの要因は、初期のアルツハイマー病(AD)患者さんを選んで治験を行ったことだ。その結果、ADの初期段階が改めて関心が集まっている。これに呼応して、今週発刊された Cell はADに関する論文や総説が集められているので、今日からオリジナル論文4編を順番に紹介することにした。

最初のMIT、Broad研究所からの論文は、突発性正常圧水頭症の鑑別診断目的でバイオプシーが行われた患者さん52例の新鮮組織についてAβやTauの蓄積状態と細胞変化の相関を徹底的に調べた研究で9月28日号Cellに掲載された。タイトルは「Early Alzheimer’s disease pathology in human cortex involves transient cell states(初期アルツハイマー病の皮質では一過性の初期病変が存在する)」だ。

この研究の最大の特徴は、バイオプシー後5分以内に凍結した生きた細胞を用いている点だ。採取した組織をAβの蓄積程度、及びTau病変の出現をベースに分類し、主に single cell RNA sequencing により解析するとともに、これと症状、脳脊髄液などAD初期診断に使われるデータ、さらには5年の経過観察期間のAD発症数など、徹底的に調べ、Aβ蓄積のみが見られる早期に起こる変化を調べている。

また、これまで発表された剖検脳を用いた研究や、動物モデル研究データも、改めてメタアナリシスを行い、今回の結果と比較している。この結果、新鮮組織は剖検組織解析結果と大体同じだが、死後変化の結果RNAは低下し、また細胞ごとに低下スピードが異なるため、新鮮サンプル解析抜きにADの全貌は捉えられないこと、また新鮮組織が採取可能な動物モデルでは、人間の変化が再現できていないケースが多いことを示しており、今後もバイオプシーを用いた研究が重要であることを強調している。

こうして高解像度で解析を行うと、脳細胞でも82種類に分けることが出来、当然データは膨大になる。そこで詳細を省いて、重要な点のみ以下にまとめる。

  1. 新鮮組織でもADはAβの蓄積が上昇するステージから、Tauのリン酸化と沈殿が形成されるステージへと進んでいく。バイオプシーによる新鮮組織での病理と、臨床はほぼ一致し、病理ステージと症状は相関している。また5年の経過観察でもTau蓄積が始まった人は100%ADを発症し、Aβのみ蓄積しているケースでも30%近くがAD診断を受けている。 
  2. Aβ蓄積が始まった初期段階にのみ見られる細胞変化が存在し、この変化は後期には見られない。
  3. 初期変化は、皮質上部の興奮神経が生理学的にも代謝的にも過興奮していることで、これに伴いアストロサイとのグルタミン酸代謝も上昇している。そして、この変化はNDNFを発現した介在神経が初期に特異的に失われることで発生する。従って、この過興奮を検出することが出来れば、ADの初期診断は可能になる。
  4. この初期変化に伴い、ミクログリアの活性化も見られるが、他のデータと比較すると、パーキンソン病で見られる変化とオーバーラップしており、特にTGFβシグナル異常を示すのが特徴。
  5. おそらくこの研究の最も重要な発見は、Aβを産生する細胞が神経細胞だけでなく、オリゴデンドロサイトも同じように前駆蛋白質と、それを切断する酵素を発現していることを示した点だろう。これを確かめるために、ES細胞から神経、オリゴデンドロサイトの両方を誘導して、Aβ合成を確かめている。この発見はADを白質障害の方向から見るときには重要に思える。

以上が主な結果で、間違いなくAβにより誘導される病変がADには存在し、病気の標的になることが明らかになった。このステージで、介在神経が失われることで、皮質神経が興奮し、これが神経細胞とオリゴデンドロサイトのAβ蓄積を悪化させ、最後にTau病変を誘導することになる。

他の論文はまだ読んでいないが、エピジェネティックス、ミクログリア、そしてDNA損傷と盛りだくさんで面白そう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日 FOPの進行を食い止めることが出来る(9月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年10月3日
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2015年、George Yancopoulous率いるリジェネロンのグループは、筋肉が骨に変わるFOPで見られる突然変異型BMP受容体が、通常ならシグナルとして認識しないアクチビンに反応すること、そしてマウスFOPモデルでアクチビンに対する抗体を用いてFOPの進行を止めることが出来るという、まさにプロの論文を紹介した。この論文を紹介したとき、患者さんに使えるアクチビン抗体を開発して治験が行われることは間違いなく、FOP治療に光が差したと紹介した。

今10年近くを経て、同じリジェネロンからアメリカ、イタリア、フランス、ポーランド、カナダ、そしてオランダなど8カ国の患者さんをリクルートした第2相の治験結果が9月28日Nature Medicineにオンライン発表された。タイトルは「Garetosmab in fibrodysplasia ossificans progressiva: a randomized, double-blind, placebo-controlled phase 2 trial(進行性骨化性繊維異形成症にたいするGaretosmabの効果:第2相二重盲験無作為化治験)」だ。

最初の一期については、治験は統計学的にほぼ完全な方法で行われている。極めて希な病気なので、44人の患者さんを集めるのは大変だったと思う。特に、最初は小児ではなく、成人に限って治験を行っているので、多くの国が参加しても44人のリクルートが精一杯だったのだと思う。

抗体治療は4週間に一回点滴で行っており、28週目で評価している。一期では評価基準を全体の骨化巣の増減として治験を申請しており、実際コントロールと比べ24%減少が見られたが、人数が少ないため統計学的に有効と認められなかった。しかし、新しい骨化巣が見られないなど、効果があると実感したため、次のフェーズでは同じ患者さん達全員に抗体治療を行い、新しい骨化巣が発生するかどうかに絞って評価している。

結果は予想通りで、新しい骨化巣の出現で見ると、最初の二重盲験無作為化治験でも29対3と素晴らしい効果が得られている。また、既に存在する骨化巣の活性を調べるPETでは強い抑制が見られている。

その後希望する全ての患者さんに抗体治療が行われ、最初の治験終了時と比較した新しい骨化巣の出現をモニターすると、ほぼ完全に抑制できることがわかった。また、骨化のシグナルとして患者さんが経験するフレアーと呼ばれる炎症もほぼ完全に抑えることに成功している。

以上の結果は、既に形成された骨化巣への治療効果は少ないが、アクチビン抗体は新しい骨化をほぼ抑えることに成功したと結論できる。

さて、驚くのは、この治療とは全く無関係に転倒などの事故で5人の患者さんが亡くなっていることだ。改めてこの病気の深刻さを実感する。それぞれについて、治療との関係が調べられており、死亡については進行した患者さん特有の問題と結論している。

その上で副作用を調べると、間違いなく副作用と結論されるのが、鼻血の多発と、皮膚の感染で、50%ー80%の患者さんに見られる。不思議なのは、健常人を対象に安全性を調べた第一相治験では同じような副作用が全く見られなかった点で、副作用もFOPの変異が関わる可能性がある。例えば、普通は使わないアクチビンに依存性の白血球が分化し、これが抑えられることで感染が起こるなどの可能性だ。しかし、死亡例を除くと、全ての患者さんが現在も治療を続けているとのことだ。

また、アクチビンを抑制すること自体が、例えば正常の骨の代謝に影響が出るかを調べると全く影響はなく、骨形成の局所ではアクチビンの作用は気にする必要はなさそうだ。

結果は以上で、今後の問題として、長期にアクチビンを阻害して発生する問題を注意深く調べることが重要だ。そして何よりも治療対象を広げられるかが重要になる。例えば骨化が始まりFOPと診断されたあと、何歳からこの治療を始めれば良いのかという問題だ。勿論波新しい骨化が完全に抑えられるとすると、早ければ早いほどいいのだが、やはりアクチビンを抑える影響を知る必要がある。もう一度マウスを用いた前臨床試験も含め徹底的に研究が必要だ。また患者さんの数は少ないので、患者さんと会社が一体となった将来計画が重要に思う。

いずれにせよ、ついにFOP進行を止める方法が示された。素晴らしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 コロナウイルス機能進化を振り返る:獲得免疫と自然免疫回避のバランスの妙(9月21日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月2日
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久しぶりにCovid-19論文を取り上げるが、実際にはコロナ感染はようやく夏に始まった波が下降に転じたところだ。巷では科学を離れて(or 科学の一部を抜き出して)自分の信念だけを声高に述べる風潮が続いているようだが、一方の科学は3年間に蓄積された知見を元に、新しいフェーズの研究に進んでいる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校やマウントサイナイ医科大学などを中心とする世界中の研究室が共同で発表した論文は、これまで私たちが経験したCov2の様々なバリアントの細胞内での増殖の違いを、ゲノム、プロテオームなどの網羅的解析を元に詳しく調べた研究で、9月21日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 variants evolve convergent strategies to remodel the host response(SARS-Cov-2 変異ウイルスの進化はホストの反応を構成し直すことで進む)」だ。

この3年間Cov2は、α、β、δ、そしてオミクロンへと変化していった。特にδからはウイルスが急速に変異体で置き換わることを経験してきたが、この理由については、ほとんどが感染に関わるスパイクの変異とリンクさせて研究されてきた。事実、オミクロンのようなスパイクの大きな再構成を伴い、感染メカニズムすら変化する変異体の出現を考えると、それも当然だ。

ただ、スパイクからだけ感染を見てしまうと、細胞内に感染後のプロセスの影響を見過ごすことになる。この研究では、この細胞内の過程をウイルスごとに調べる目的で、感染後の細胞での、ウイルス増殖とともに、ウイルス蛋白質の量や修飾を中心に、ホスト蛋白質との相互作用を徹底的に調べている。

まず増殖だが、面白いことに現在流行中のオミクロン株は細胞内での増殖力が低い。これがδを置き換えると言うことは、抗体反応をすり抜け、さらに新しい感染モードを獲得したことがウイルスの優位性につながったかがわかる。

そしてウイルスの増殖を支える様々なプロセスを、ウイルス蛋白質、ホスト蛋白質の変化として捉え、それをウイルス側の変異と対応する努力を重ねて、以下の結果が得られている。実際には膨大なデータで、重要と思われる点だけを紹介する。

  1. それぞれの変異により、ウイルスRNAの量、蛋白質の量、リン酸化など翻訳後修飾、さらにはホスト蛋白質の量のそれぞれは大きく変化し、それぞれの変異がウイルスの特徴を形成していることが感染実験からわかる。
  2. αからδまでの進化では、細胞内のウイルス増殖は、ウイルスに対する自然免疫抑制と、ウイルス粒子パッケージの効率化の方向へ進んでいる。
  3. ウイルス増殖率を決める粒子パッケージ過程で見ると、ホスト蛋白質の翻訳レベルの調節、ウイルス蛋白質のリン酸化に関わる変異が、パッケージ効率に関与していることがわかる。
  4. これと平行して最も重要なのがホスト自然免疫システムの抑制で、オミクロン株以外はすべて、インターフェロンにより誘導される細胞メカニズムを抑える新たな変異が獲得されている。ただ、メカニズムはそれぞれ異なり、γやδ株ではIRF3の核移行を抑えているが、αやβではIRFの転写や翻訳レベルの抑制が行われる。
  5. ここで問題になるのがオミクロンで、全く自然免疫抑制機能を持っていない。その結果、オミクロンの出現時BA1株では、ウイルスの細胞内増殖が低下している。ただ、最近のBA5株では、Orf6の変異により、自然免疫抑制脳が獲得され始めており、かなり強力なウイルスに変化してきた可能性がある。

他にも、変異により相分離をパッケージに使うようになった変異や、ウイルス増殖抑制薬剤の効果など、面白いデータが示されているが、このぐらいにしておく。

こうして振り返ると、面白いのはやはりオミクロンの誕生で、抗体をすり抜け、さらに感染性を高めたウイルスが、逆に自然免疫を抑制しないのに、他のウイルスを凌駕したのは面白い。おそらく最初はδなどの感染細胞に重感染した状況、すなわちホストの自然免疫は既に抑えられている状況で、より効率よく増殖し、細胞外へ排出後はホストの抗体反応をかいくぐることで優勢を獲得できたと考えるが、今後エキサイティングな領域に発展する予感がする。このようにCovid-19の科学は着実に進んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 温室ガスによる巨大台風襲来時期が早くなってきた(9月27日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月1日
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ようやく10月に入ったが、今年は9月末まで真夏日が続いた。昨日も東京からの帰り、新神戸から自宅まで歩くだけで汗びっしょりという有様だ。これが地球温暖化によることはトランプとそのフォロアー以外は最早疑わなくなった。

今日紹介するダントツ世界一温室効果ガスを排出している中国、精華大学からの論文は、この温室効果ガスが、巨大台風の襲来時期を早め、豪雨の頻度を上昇させているという、我々が最近持ち始めている印象が、気象学的にも間違いないことを示した研究で、9月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Seasonal advance of intense tropical cyclones in a warming climate(温暖化は巨大熱帯サイクロンの襲来時期を早める)」だ。

気象学は全く専門外だが、モデルを作って要因を探るという統計学的方法も含めて、専門外という感じは少ない。ただ、詳しい測定データと、高い計算能力に研究が依存していることがわかる。

いずれにせよ研究は現象から始まる。おそらく多くの日本人がこの頃、大きな台風がいつもより早く襲来すると感じているが、これが事実かどうかの検証をまず行っている。

すると、巨大サイクロンに限ると、1981年から2017年の間を比べると、インドネシア、オーストラリアを除くほとんどのサイクロン発生地で、発生時期が早くなる傾向がはっきり認められ、10年に平均3.3ー3.7日程度早まってきている。

ところが普通の大きさのサイクロンでは全くその傾向はない。なぜ巨大台風だけ発生時期が早まるのかを詳しく調べると、ほとんどの巨大サイクロンで見られる急速な発達を遂げる時期が早まっていることがわかる。すなわち、熱低からサイクロンになる発達段階で、サイクロンにエネルギーを供給して発達させる要因が存在する。

この要因を様々な測定データと比べていくと、台風発生に関わる発生地の湿度や風などはほとんど相関しない。一方、サイクロン発生と巨大化を後押しする海水温度を含む条件と最も強い相関を示すのが、温暖化ガスの排出で、特に排出領域に近い海洋で相関が高い。さらにサイクロンの傾向と一致して、豪雨の頻度も一致している。

結果は以上で、モデルをつくって検証する作業を除くと、それほど難しくないが、後は結果を信じるかだ。精華大学は習近平の母校だが、このデータを知った習近平が実際に動くのか、中国の決断に同じサイクロンを経験せざるを得ない日本も大きく影響される。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月30日 血縁間の結婚による子供が病気になりやすい理由(9月26日 Cell オンライン掲載論文)

2023年9月30日
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人間は進化の昔から近縁間の結婚を防止するルールを持っていた証拠が存在する。例えば青銅器時代の村の墓地には血縁の女性が埋葬されていないことから、女性は生殖年齢に達すると他の村に嫁いだ可能性が強く示唆される。同じことは、ネアンデルタール人が使っていた洞窟でも示されている。なぜこのようなルールができたのかはよくわからないが、我々は近縁の両親から生まれた子供には健康異常が出やすいとなんとなく思っている。また、動物でも雑種は強く、純系は弱いと思っている。

今日紹介する英国、ウェルカム・サンガー研究所からの論文は、UKバイオバンク、およびGene&Healthに登録されている、パキスタン、バングラデッシュ系の人たちを抜き出し、その中から「また従兄弟」同士より近い両親から生まれた子供と、それ以外を比較して、血縁間の結婚で本当に病気の頻度が上昇するのか?またそのメカニズムは何か?を調べた研究で、9月26日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Influence of autozygosity on common disease risk across the phenotypic spectrum(自己接合性の一般疾患に及ぼす影響)」だ。

タイトルにあるAutozygosityは、対立染色体の領域が全く相同の染色体由来であることを意味し、近縁度が高いほど、Autozygosityの長さや数が増える。また、血縁間の結婚の場合、同じ異常アレルが揃う確率が高いため、稀な遺伝的疾患の頻度は上昇する。ただ、この研究で調べたのはあくまでも一般的疾患で、いくつかの遺伝子が相互作用した結果起こると考えられる病気を対象にしている。

このような多遺伝子疾患の場合、問題になるのはそれぞれのアレルの効果が additive(相加的)か non-additive(非相加的)かだが、この問題は長い遺伝学の歴史に由来するのでちょっと説明が要る。

メンデルの遺伝学を習うと、同じアレルの変異により、優勢と劣勢に分かれることを丸いエンドウとシワシワのエンドウの例で習うが、実際の形質はさまざまな遺伝子の影響が総合されることが多い。これをベートソンはエピスターシス(一つの形質がアレル間の相互作用で決まる)と呼び、現在でもこの言葉は使われている。ただ、この複数のアレルが全部相加的に働くのか、それともどれか優勢なアレルが存在しているため、非相加的に働くのかが問題になる。

このような問題が認識されるようになったのは、特定の形質を掛け合わせで作っていくブリーダーが(例えばシャインマスカットの開発)、ほとんど相加的可能性を無視して掛け合わせを進めても、目的を達成しているということがわかってきた結果で、実際全てのアレルの寄与度を計算して育種を行うのは不可能だろう。したがって、多遺伝子による形質でも、非相加的なメカニズムが重要と考えられる。

この研究は、この問題に近縁間結婚が普通の社会構造になっている、英国のパキスタン系、およびバングラデッシュ系の人たちを選んで調べている。期待通り、自己申告でも、遺伝子のautozygocityからも、パキスタン、バングラデッシュ系の血縁結婚により生まれた人は極めて多く、ヨーロッパ系の2%に対し、なんとパキスタン系で29%、バングラデッシュ系で33%に達している。

血縁間結婚による子供の場合の問題は、当然生活環境や、風習などが共通で、この影響を差し引く必要がある。研究ではAutozygocityから特定される人々の申告による環境や風習要因の寄与度を計算し、その上このような要因を引き算した後も相関する病気があるかどうか、61種類の一般疾患と、Autozygosityの相関から計算している。その結果、最も強い影響を受けるのが糖尿病で、これについてさらに詳しく調べている(実際には血縁間結婚でオッズ日が1.2以上に上がる疾患は十二種類特定されている)。

各Autozygocityを示す領域と糖尿病の相関から、糖尿病発症の5−18%を説明できるAutozygocity領域を決め、これらが相加的ではなく、非相加的に寄与していることを明らかにしている。

結果は以上で、育種家が感じてきたのと同じで、人間でも多遺伝子形質を単純に相加的と考えられないケースの方が多く、各アレル間の相互作用を調べる上で、さらにAutozygocity領域の研究は重要になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月29日 ペプチド薬の新しい投与方法:アイデアが良ければローテクで十分(9月27日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年9月29日
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昨日紹介した平板動物の例からもわかるように、ペプチドを介した細胞間のシグナル伝達は長い進化の歴史を持っている。勿論人間も同様で、多くのペプチドを合成し、身体のホメオスターシス維持に使っている。また、多くのペプチドや由来物質が臨床にも利用されており、おそらくインシュリンが最も多く利用されているペプチドだと思う。

ペプチド薬最近最大のトピックスは、GLP-1 だ。糖尿病のコントロールが劇的に変わっただけでなく、今や安全に肥満を抑制するエース薬剤として期待されている。ただ問題は、ペプチド薬は経口摂取すると分解されてしまうので、皮下注射に頼らざるを得ない。これを何とかしようと、多くの製薬会社が経口摂取可能なペプチド薬の開発にしのぎを削っている。その中で最近注目を集めているのが、GLP-1 を経口摂取可能に変化させたGLP-1アナログ、リベルサスだが、経口摂取可能になったペプチド薬はまだ2-3種類しかないのではないだろうか。

今日紹介するチューリッヒ工科大学と、中国南方科学技術大学からの論文は、たこの吸盤をヒントに口腔粘膜を通して薬剤を投与するデバイスを開発した研究で、アイデアがあればローテクでも面白い可能性が生まれることを示した。タイトルは「Boosting systemic absorption of peptides with a bioinspired buccal-stretching patch(タコにヒントを得た口腔粘膜ストレッチングパッチによるペプチドの吸収促進)」で、9月27日号の Science Translational Medicine に掲載された。

幸いこの論文はオープンアクセスなので、直接論文にアクセスして実物を見て欲しい(https://www.science.org/doi/epdf/10.1126/scitranslmed.abq1887)。要するに、コイン大のタコの吸盤型シリコンカップにペプチドと薬剤の投下を促進する分子を詰めて、タコの吸盤のように口腔粘膜に吸着させるというアイデアだ。

これにより、まず口腔粘膜が陰圧で引っ張られ、伸長する。そこに直接ペプチド薬が接触するが、薬剤自体は唾液などの影響は受けずにそのまま守られる。

さらに、口腔粘膜が引っ張られ透過剤と触れることで、細胞骨格が変化し、上皮細胞が生きたまま、ジャンクションなどの変化により、ペプチド薬が透過しやすくなる。

この期待が本当に起こっているのか、既に経口ペプチド薬として利用されている、バソプレシン由来のペプチド薬デスモプレシン、及び GLP-1由来ペプチド薬経口セマグルタイド(リベルサス)について、吸収や血中濃度について調べている。

分子量の小さいデスモプレシンについては、透過剤をうまく選ぶと、経口投与より遙かに高い血中濃度を得ることが出来、また長期に血中濃度が維持できることを示している。

次に、分子量の大きなセマグルタイドで見ると、30分口腔粘膜に設置することで、ほぼ同じ血中濃度のキネティックスが得られることを示している。おそらく、経口用ではない GLP-1 を用いても十分吸収されるので、皮下注射と同じように使うことも出来るのではないかと思う。

最後に、40人の人に、30分口腔内に自分で設置してもらって、外れないかどうか、また粘膜障害が起こらないかなどについて調べている。基本的には安全性は確保できているようだ。

以上が結果で、ストレッチをかけることで薬剤の通りがよくなるという単純な発想で、ローテクだが素晴らしいデリバリーシステムが出来たのではないだろうか。今後、透過剤を工夫すると、インシュリンやオキシトシンをはじめとして、様々なペプチド薬の新しい投与方法が開発されていくと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

28日予定していたYoutube配信についてのお詫び

2023年9月28日
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28日6時半から西川伸一のジャーナルクラブを配信予定でしたが、接続に失敗し、配信が出来ませんでした。Zoomの録画をアップロードしましたのでそちらをご覧ください。

カテゴリ:セミナー情報

9月28日 神経細胞進化をヒラムシから探る統合的オミックス(9月19日 Cell オンライン掲載論文)

2023年9月28日
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以前JT生命誌研究館の顧問をしていた頃、生命科学を俯瞰的に眺める目的で、生命進化から言語や文字の発生まで、様々な研究領域の文献を読みまとめることが出来た。この5年間の頭の彷徨が、私の専門家からジェネラリストへの転換を促してくれた。この時書き留めた内容は、現在のホームページに「生命科学の現在」(https://aasj.jp/category/lifescience-current)として掲載している。

この中の「生命情報の進化、1. 脳以前」(https://aasj.jp/category/lifescience-current)に、

海綿動物、平板動物、刺胞動物、有櫛動物の進化と神経細胞の進化について、2016年当時に分かっていたことをまとめているが、神経細胞が存在しない平板動物が持っているペプチドシグナルに反応する収縮性の細胞から神経細胞が進化したことを図入りで書いておいた。ただ、生命の進化を新たな情報システムを積み重ねていく進化と考えると、神経細胞の誕生はリアルタイムに外界に反応出来る全く新しい情報の誕生で、最も面白い進化ポイントの一つになる。

今日紹介するバルセロナ科学技術研究所からの論文は、まさにこのポイントを様々な新しい方法を駆使して調べ直した研究で、生命科学の進歩のすさまじさを感じさせる、私にとっては感慨深い論文だった。タイトルは「Stepwise emergence of the neuronal gene expression program in early animal evolution(初期発生過程で神経細胞遺伝子の段階的出現)」だ。

平板動物には神経はないが、収縮性の細胞があり、神経細胞進化の元になっていると考えられてきた。この研究では平板動物と、刺胞細胞や有櫛細胞のゲノム比較から、有櫛動物と平板動物、刺胞動物、左右対称動物の共通祖先がまず分岐し、その後で3種類の動物門へ分岐することを決定している。すなわち、神経細胞は共通祖先からの進化過程で生まれた。

当然共通祖先は平板動物同様神経細胞はなく、収縮性細胞が存在したはずで、5種類のヒラムシを集めて、single cell RNAseq を行い、平板動物の収縮性細胞の多様化をまず調べている。

まず面白いのは、平板動物を通じてほとんどの分化細胞は、共通する前駆細胞が存在し、またそれが増殖していることで、身体の細胞がコンスタントに共通の幹細胞から分化していることがわかる。

この例外が、ペプチド合成細胞で、4種類の平板動物から14種類のペプチド合成細胞を特定することが出来るが、細胞増殖のサインが全くない。これは、神経細胞が一旦出来ると通常リクルートされないのと一致する。

このペプチド細胞群の転写プロファイルに加え、Atack-seq でクロマチンの解析を行い、また遺伝子発現に関わるプロモーター配列のデータを合わせて、ペプチド合成細胞がどのように分化多様化するか、ゲノムレベルで解析している。これも面白い点だが、平板動物にはエンハンサーが存在しないらしく、転写調節をかなり単純化して調べることが出来る。

こうして明らかになったのが、ペプチド合成細胞は様々なペプチド合成だけでなく、おそらくそれを受容するGPCR型受容体を発現しており、ペプチドを通して神経のようなネットワークを形成できることがわかる。ただ、シナプス形成に関わる分子は存在しない。

さらに、他の細胞との分化過程がNotch分子とその下流のHes分子により調節され、これに加えてPax分子やFosなどの immediate early gene の発現など、我々が現在神経細胞の分化で見ているのと同じ転写ネットワークを見ることが出来る。

この平板動物のペプチド合成細胞の分化や機能に関わる遺伝子調節ネットワークと、分岐した刺胞細胞、左右対称動物のネットワークを最後に比べ、神経細胞進化過程を追いかけると、刺胞細胞で初めて出現する46遺伝子のほとんどがシナプス形成や電圧依存性チャンネルのような神経伝達機能と関わっていること、さらに左右対称動物への進化の過程で、新たに48種類のシナプス形成、及びチャンネルが付け加わり、そこに我々が神経で見ているGABA作動性シグナルシステムや、神経特有の細胞骨格因子が出現することを示している。

以上が結果で、2016年にはまだ現象としてしか見えていなかった進化の過程が、もっと生き生きと眼前に現れているのを見て興奮した。おそらく平板動物のペプチド合成細胞ネットワークの研究から、さらに面白いシナリオが見えてくるような予感がする。進化は面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月27日 H3K27Mびまん性グリオーマの免疫治療(9月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年9月27日
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大人のグリオーマのほとんどはイソクエン酸脱水素酵素(IDH)遺伝子変異を持っているが、このブログで何度も紹介したように、変異IDH自体はガンの増殖に直接関わるドライバーではないが、DNAメチル化やRNAメチル化を変化させるエピジェネティックガン遺伝子と言える。

このようなエピジェネティック過程を混乱させる遺伝子変異の典型が若年層を襲う脳腫瘍H3K27M陽性びまん性グリオーマだろう。この腫瘍ではヒストンによる抑制性の遺伝子発現制御を担うヒストンの27番目のリジンが変異を起こし、それまで抑制されていた遺伝子発現が一斉に活性化されることが引き金になる。そのため、多様なガン細胞から構成されているので、診断後の生存率が最も低いガンの一つだ。

今日紹介するドイツ ガン研究所からの論文は、ガンの引き金になっている変異型H3K27M自体を抗原として免疫することでガンを抑えられないか調べた第一相治験で、9月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「A H3K27M-targeted vaccine in adults with diffuse midline glioma(びまん性ミッドライングリオーマのH3K27Mを標的にするワクチン治療)」だ。

H3K27Mグリオーマは小児や若年層に多いが、この治験では8例の、成人(平均年齢27歳)を対象としている。現在びまん性グリオーマについては、溶解性ウイルスによる治療とともに、CAR-Tを含む免疫治療の治験が進んでいるが、H3K27Mという共通の変異分子を発現していることから、この分子を抗原として患者さんを免役するワクチン治療も開発が進められている。

これまで特定のMHCと結合する短いペプチドを用いたワクチン治療が開発されてきたが、この研究では27アミノ酸という長いペプチドを使うことで、MHC型を問わない免疫治療を目指している。

さて結果だが、

  1. ワクチンによる副作用は、局所通以外はほとんど発生しない。
  2. 8例中6例が治療に反応し、ガンの抑制がみられた。
  3. 4例については、ワクチン治療後3年以上生存し、一人は45ヶ月目でも再発が見られない。
  4. ワクチンに使ったペプチドの結合分子を調べると、クラスIIMHC に選択的に結合している。
  5. これに対応して、末梢血、脊髄液の抗原反応性T細胞のほとんどはCD4T細胞。

以上が結果で、まだまだ完全ではないが、びまん性グリオーマの予後を考えると、このままでも期待できると思うが、この研究はワクチン療法をさらに至適化することが出来る可能性も示唆している。

例えば、CD8キラー細胞も同時に誘導するような免疫方法、あるいはガン局所の炎症を高める方法との併用など、様々な可能性が考えられる。ともかく、免疫治療は効果があることは間違いなさそうなので、是非小児にも拡大できることを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月26日 うつ病を診断できる神経活動(9月20日 Nature オンライン掲載論文)

2023年9月26日
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以前はうつ病にはセロトニン再吸収阻害剤と決まっていたが、最近ではケタミンから幻覚剤まで、結構ドラスティックな治療が行われるようになってきた。その中に、脳深部刺激治療がある。これは、脳内帯状回にリードと呼ばれる少し長めの電極を挿入し、早い周波数で刺激することで標的部位の回路を回復させる方法だ。さまざまな調整を行いながら治療部位や刺激強度を決めていくので、刺激だけでなく局所の神経活動を測定することができる。

今日紹介するジョージア工科大学からの論文は、深部刺激治療を受けて回復が見られた患者さんの神経活動を、治療開始4週間(これを病的時期)と治療後の4週間(正常化時期)に分けて調べ、うつ病を神経活動から客観的に診断する可能性を模索した研究で、9月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cingulate dynamics track depression recovery with deep brain stimulation(帯状回の動態で深部脳刺激によるうつ病の回復を追跡する)」だ。

まず治療目的で挿入した電極でうつ状態からの回復を捉えることができるか、治療を始めて4週間と、治療後の4週間の脳波を機械学習させたAIに予測させると、AUC0.87という割と高い確率で、病気と正常を区別することができる。

このとき記録した脳波の各周波数成分をうつ時と正常時で比べると、ベータ波を中心として活動が上昇していることがわかる。面白いことに、刺激直後はベータ波の低下が見られることから、最初はうつ状態からの離脱過程での変化で、その後正常状態が維持されると、新しい神経活動レベルに移行していることになる。

実際、うつ病の診断指標と神経活動はほぼ相関していることから、客観的指標として利用できる可能性が高い。他にも、表情からうつ病を診断する方法があるが、この表情を学習させたAI診断法との相関も明らかにしている。従来のうつ病診断法との相関だけでなく、患者さんの中で治療により正常化した後、再発したケースを調べると、神経活動の異常は、診断基準での異常が認められるより1ヶ月も前に現れることも示している。もし、この結果をMRIや脳磁図などの検査に移行させることができれば、うつ病診断をより客観的なものに変えることができる。

最後に、おそらく局所の伝導度を調べていると思うが、この異常の基本が白質異常、すなわちミエリン化の不全が背景にあることを示している。

以上が結果で、局所であっても神経活動という客観的検査データが得られることで、実際の患者さんの病態解析が進む。もちろん電極挿入は最後の手段で、一般の患者さんの診断には使えないことを考えると、この神経活動を非侵襲的な測定法に移行させることが重要だ。まだまだ現象論だが、人間の脳を直接調べるデータは貴重だ。

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