8月8日  新しい治療標的につながるALS研究2題(7月21日 Neuron オンライン掲載論文、他)
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8月8日  新しい治療標的につながるALS研究2題(7月21日 Neuron オンライン掲載論文、他)

2023年8月8日
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ALS研究は最近大きく動き始めている気がする。iPS作成により、患者さんの運動神経細胞を調べることが出来る様になり、病態の解析が進んだこと、及び免疫系などの神経以外のシステムが病気の進行に関わることが明らかになったことで、新しい治療標的が続々見つかってきたためではないかと思う。

このトレンドの代表と言える研究を今日は紹介するが、最初の英国クリック研究所からの論文は、ALSを核と細胞質の題交通渋滞という視点で捉えた研究で、7月21日 Neuron にオンライン掲載された。

この研究では、遺伝性のALSの多くがRNA結合タンパク質の様なRNAの核から細胞質への輸送に関わる分子であること、またALS一般でTDP-43などRNA結合タンパク質の局在異常が認められることから、核と細胞質のmRNAの輸送全体に異常があるのではと着想し、患者さんのiPS由来運動神経細胞、あるいは遺伝子変異を誘導した運動神経細胞を準備し、核と細胞質別々にmRNAの配列と量を調べている。

膨大な研究で、かつ一つの分子で決定されるわかりやすい話ではないので、詳細を全て省いて簡単に言ってしまうと、最初の原因はともかくALSではmRNA輸送が全般的に滞り、特に長くてイントロンが多いmRNAほど渋滞が多いことを発見する。

この結果、RNA輸送やスプライシングに関わる分子の局在も変化してしまい、病気の進行とともに渋滞がますますひどくなる。すなわち、ALSは最初の原因にかかわらず、mRNA輸送大渋滞に端を発する細胞内物質輸送の異常が病態の中心にあることを示している。

Valosin containing protein(VCP)はALSを始め様々な神経変性疾患に関わることが知られており、この阻害剤が運動神経細胞の生存を伸ばすことが知られているので、これに着目しVCP活性阻害が他のALSにも効果があるか調べ、原因を問わず交通渋滞を少し改善できることを示している。この研究は、ALSを大きな状態として捉えることの重要性を示している。

次のワシントン大学からの論文はALSの進行に関わる免疫機能についての研究で、7月31日米国アカデミー紀要に掲載された。

この研究では、SOD遺伝子に変異を持つALSモデルマウスのミクログリア細胞を調べ、病気の進行に伴い、運動神経領域でのみミクログリアのα5インテグリン発現が著しく上昇することを発見する。この傾向は、SOD変異だけでなく、他の遺伝子変異により誘導されるので、ALS共通の状態と言えるので、次にα5インテグリンに対する抗体を全身投与すると、生存期間や症状が改善することを示している。

結果は以上だが、抗体の全身投与で効果が見られることから、おそらく神経へ移行する細胞も病気進行に関わり、このプロセスの抑制も治療標的になることを示すとともに、今後神経系への直接投与の効果も是非調べて欲しいと思った。

以上、ALSでは運動神経のストレス反応、ストレス細胞に対する免疫機構が重要であることを改めて認識した。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月7日 気になった臨床研究(8月3日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文、他)

2023年8月7日
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今日は気になった臨床研究を2編紹介する。まず最初はハーバード大学から8月3日号The New England Journal of Medicineに掲載された論文で、胸腺摘出によりその後の免疫機能が低下することを示した研究だ。

様々な疾患で胸腺摘出術を受けた1420人の患者さんと、胸腺摘出術以外の手術を受けた患者さん6021人を追跡し、死亡率、ガンの発生率、発生したガンの種類、とともにT細胞産生や、血中サイトカインを調べている。

これまで成人になると胸腺は萎縮するので、胸腺がなくても大きな問題はないと考えられてきたが、胸腺摘出効果ははっきりしており、相対的死亡リスクは2倍以上高まる。勿論胸腺摘出が必要だった背景の疾患があり、その影響も存在するが、それを補正してもリスクは高い。

これが胸腺でのT細胞産生低下である可能性は、ガンのリスクがやはり2倍程度上昇していることからもわかる。驚くことに、胸腺摘出を受けた人では罹患するガンの種類が極めて多様になっており、正常免疫システム維持が、成人後も必要であることがわかる。

最後に、新しいT細胞のリクルートについても見ており、予想通り強い低下が認められる。このように、免疫機能は低下していても、逆に慢性炎症が高まっていることも確認されている。

以上、萎縮すると言っても、成人後の胸腺は重要だ。

次は米国ブラウン大学を中心とするグループが8月2日 JAMA Open に掲載した論文で米国で Covid-19mRNA ワクチンを受けた65歳以上の高齢者について、モデルナのワクチンとファイザー/ビオンテックワクチンの効果と副作用を比べた大規模調査だ。

米国メディケア保険に加入しており、ワクチンを接種した300万人づつの調査だが、まず高齢者については、モデルナワクチンの方が、効果(接種後の感染が14%ビオンテックより低い)が高い。

副作用については、これまでモデルナの方が一回に投与するmRNAの量も多く、腕の痛みとか発熱などはモデルナの方が高いとされていたと思う。この研究では、血栓など重篤な副作用について焦点を当て比較しているが、例えば血栓は10万人に2人、ギランバレー症候群で100万人に3人と、重篤な副作用の頻度は少ないとはいえ、統計学的にはモデルナの方が重篤な副作用は低かった。

最初様々な評判があったため、どうしても高齢者にはファイザー/ビオンテックが用いられる傾向があったと思うが、その点も加味すると、もう少し差はなくなるかも知れない。

いずれにせよ、mRNAワクチンなら同じと思わず、しっかりと事後調査を行うことの重要性がわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月6日 蚊の腸内でマラリア原虫の生殖を抑える細菌の発見(8月4日号 Science 掲載論文)

2023年8月6日
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昨日に続いて有用腸内細菌だが、人間の腸内ではなく、マラリアを媒介する蚊の腸内細菌の話だ。ジョンズホプキンス大学とスペイン・マドリッドにあるグラクソ・スミス・クライン(GSK)研究所からの論文で、タイトルは「Delftia tsuruhatensis TC1 symbiont suppresses malaria transmission by anopheline mosquitoes(Delftia tsuruhatensis TC1はハマダラカによるマラリアの感染を抑える)」だ。

マラリア原虫のライフサイクルは、人間に寄生している時と蚊に寄生している時とではステージが全く異なる。従って、人間の肝臓や赤血球中での原虫を標的にする治療だけでなく、蚊の腸管から体内までのステージも、マラリア撲滅という観点からは標的になり得る。

この研究ではGSK内で維持されていた蚊の中で、マラリア感染が起こりにくくなったグループが存在するのに気づき、腸内細菌がマラリアの発生を抑えているのではないかと着想し、D.tsuruhatensis TC1(TC1)を分離した。

この細菌はハマダラカの腸管に感染すると、マラリア原虫が腸内から体内に侵入する過程を抑制することを明らかにする。その結果、マラリア感染性が7割低下する。また、TC1株は、ボウフラ時期でも、成虫時期でも効率よく腸管に感染し、マラリアの雌雄が合体してオーキネートと呼ばれる二倍体に成長し、体内に入る過程を押さえることがわかった。

TC1株がマラリア原虫の発生を抑制するメカニズムを調べると、これまで様々な植物、あるいは焼けた肉などにも含まれていることが知られているハルマンと呼ばれるアミンが、オーキネート形成をつよく抑えることを明らかにしている。すなわち生きたTC1株が存在しなくても、ハルマンを食べさせたり、あるいは散布しても、オーキネート形成を抑えることを明らかにしている。

以上のことから、ハルマンを殺虫剤の様に噴霧する可能性もあるが、安定的にマラリアの発達を抑えるためには、TC1株を感染させる方が良いと考え、まずコンピューターシミュレーションで可能性を探った後、蚊の好む味とともにTC1株を接種させる、あるいはボウフラのいる水にTC1株を加えて感染させる方法を用いることで、実験に選んだブルギナファソの実験フィールドで、野生の蚊のほとんどにTC1株を感染させられること、そしてそれにより腸内のマラリア原虫のオーキネート形成を抑えられることを明らかにしている。

残念ながら、一度感染させても、子供も含め他の個体へと伝搬できないため、蚊の生育場所に常に細菌を散布する必要があるが、自然の細菌であること、感染高率が高いことなどから、時間をかければマラリア感染の蚊を減らせるのではと期待している。現在野外実験を進めているそうなので、次の結果が待たれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月5日 有用腸内細菌を利用したプロバイオは可能か(8月2日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月5日
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プロバイオやプレバイオ、善玉菌や悪玉菌と言った概念は一般に流布しており、コマーシャルにも当たり前の様に登場しているが、世界中で追試が行われ、多くの論文で確認されているプロバイオはそれほど多くはない。その中の最も有名なのは、スウェーデンのBioGaiaにより販売されているロイテリ乳酸菌で、このHPでも何回か論文を紹介した。

今日紹介する同じスウェーデンのヨテボリ大学からの論文は、スウェーデンのプロバイオ研究の強さを覗わせる論文で、有用と思われる細菌を腸内細菌叢から分離し大量培養を可能にするための研究。8月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Synergy and oxygen adaptation for development of next-generation probiotics(次世代のプロバイオ開発のための相乗効果と酸素への適応)」だ。

この研究では、Faecalibacterium prausnitzii(FP)に焦点を当てて培養法の開発を行っている。というのも、多くの腸内細菌叢の研究でFPは、短鎖脂肪酸合成能が高い菌として知られ、特に西欧型のライフスタイルで失われてしまうことが知られており、これを補うことはプロバイオ業界にとっては重要なテーマとなっている。ただ、FP商業的に生産するには、二つの大きなハードルが存在する。

一つは元々単独では培養が難しいことで、この問題を克服するために環境から硫黄化合物を除去する能力があるD.pinger(DP)菌を最初から存在させた培養条件でFP培養を試み、DP存在下では1000倍以上増殖が促進すること、さらにブチル酸などの短鎖脂肪酸の合成が、共培養条件だけで維持できることを示している。またこの協調関係が、FPによるブドウ糖の発酵による乳酸合成、その乳酸を利用したDPの酢酸合成、そして今度はその酢酸を利用たFPのブチル酸合成という相互に栄養を提供し合う関係が成立していることを示している。

次の問題は、FPもDPも酸素毒性に感受性が高い嫌気性菌である点だ。ヨーグルトに使われる乳酸菌のような通性嫌気性菌と比べると、圧倒的に酸素を嫌う。そこで、アンチオキシダントとして酸素耐性を与えてくれるシステイン存在下で培養を始め、段階的にシステインを減らし酸素を高める選択過程を行い、最終的に酸素耐性のFPを確立している。

ゲノム配列を調べると、15種類の変異が特定されているが、これらは代謝経路とは全く無関係であり、酸素耐性菌もDPとの共培養でブチル酸を合成できることを確かめている。

この組み合わせをマウスに投与して、比較的短い安全性確認実験を行った後、驚くことにすぐ人間のボランティアを用いた治験を行っている。治験結果だが、安全性は問題ない様だ。ただ、DPは上昇するが、FPはほとんど上昇がない。

以上が結果で、FP+DPプロバイオの健康への影響を云々する段階ではないが、選択過程や、相乗効果の分子基盤がゲノム解析として蓄積されれば、FPのみならず他の菌もプロバイオとして利用する道筋が生まれた気はする。

ただ、次世代のプロバイオをうたう割には、まだまだかなと言う気がするし、Nature掲載というのも少し甘い気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月4日 PCNAはガン治療の標的になるか?(8月1日 Cell Chemical Biology オンライン掲載論文)

2023年8月4日
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PCNAはProliferating Nuclear Cell Antigenの略で、DNA合成期の細胞の核にあまねく存在することから細胞の増殖マーカーとして使われてきた。もちろんただの細胞マーカーではなく、分裂しているDNA上で様々な分子と相互作用し、DNA 合成、修復に関わることが知られている。さらに最近その詳しい詳細が明らかにされた様に、転写と複製機構が衝突するときRNAポリメラーゼIIと結合することで、複製フォークを超えた転写を継続させるのにも働いている(Fenstermaker et al, Nature 2023, https://doi.org/10.1038/s41586-023-0634 )。このように細胞増殖に必須の分子となるとガン治療の標的として研究されていると思いきや、これまでこの方向での論文をあまり見かけなかった。

今日紹介する米国ベックマン研究センターからの論文は、PCNAにはガン特異的な構造が存在し、これを標的にしてガン治療の標的を開発できることを示した研究で、8月1日 Cell Chemical Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Small molecule targeting of transcription-replication conflict for selective chemotherapy(転写と複製の衝突部位を標的としたガン特異的化学療法に用いる低分子化合物の開発)」だ。

この研究グループはおそらくPCNAを長く研究してきたのだと思う。その中で、PCNAには翻訳後の修飾によりガン特異的フォームが存在すること、そしてそれを標的にしてガン細胞の増殖を特異的に抑制する化合物AOH1160を開発していた。ただ、AOH1160は水に溶けにくく、そのまま薬剤として利用は難しいため、この研究ではAOH1160に様々な変更を加えた化合物を70種類合成し、この中から水に溶けて経口投与可能な化合物AOH1996を探し出している。

論文の前半は化学的、分子構造的解析で、AOH1966がPCNAのPIPボックスと呼ばれるポケットに入り込んで、様々なアミノ酸と相互作用することを示している。

また生化学的解析から、AOH1996はPCNAとRNAポリメラーゼの結合を安定化させるため、転写と複製が衝突したときの調整が出来なくなり、その結果DNA複製フォークが破綻させて細胞を殺すことを明らかにしている。

大事なのは効果だが、試験管内ではほぼ全てのガン細胞の増殖を抑制する一方、いくつか調べた正常細胞の増殖には影響がない。まさに理想的なのだが、ガンを移植したマウスの治療実験では思うほど効果は出ていない。すなわち、単独で生存延長効果は10%ほどで、一般的抗ガン剤のトポイソメラーゼ阻害剤に劣る。ただ、トポイソメラーゼと組みあわせると、効果は大きくなるという結果だ。

単独で効果がほとんどないのは意外だったが、作用機序はよくわかっているので、例えばPARP阻害剤などDNA修復阻害剤と組みあわせると、効果が高まるのかも知れない。ガン治療としては道は長いが、PCNA研究には面白い化合物ができたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月3日 言語からたどるインドヨーロッパ語の起源(7月28日 Science 掲載論文)

2023年8月3日
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現在使われている言葉の内400以上の言語がインドヨーロッパ語に属し、世界の半数が日常使っている。このルーツについては、これまで現ウクライナのステップ起源説と、現トルコのアナトリア起源説が存在していた。前者は牧畜の伝搬、後者は農耕の伝搬とともに言葉が拡大したと考えていた。

2003年、ニュージーランドのグループは、言語の比較からアナトリア起源説を提唱したが、その後古代DNAを調べる研究からは、インドやシベリアまでステップに暮らしたヤムナ民族のゲノム流入が発見されるとともに、アナトリアとステップとのゲノム交流がほとんどないこともわかり、最終的な起源は不明のままだった。

そこに昨年8月紹介した、インドヨーロッパ語(IEL)の分布に重ね合わせた徹底的古代ゲノム研究が行われ(https://aasj.jp/news/watch/20429)、現在アルメニア地方で生まれたIEL先祖がステップとアナトリアへ別々に伝搬したとするシナリオが提案された。

今日紹介するペルーのポンティフィシア大学やドイツ・ライプチッヒのマックスプランク研究所を中心とする、多くの言語学研究者が集まるコンソーシアムからの論文は、言語の系統樹を解析する方法を見直し、古代語を含めた多くの言語を比較してIELの起源を調べ、IELが8000年前にアルメニア地方で発生した可能性が高いことを示した研究で、7月28日号 Science に掲載された。タイトルは「Language trees with sampled ancestors support a hybrid model for the origin of Indo-European languages(古代語のサンプルを含めた言語系統樹はインドヨーロッパ語起源のハイブリッドモデルを支持する)」だ。

個々でハイブリッドモデルというのは、ステップモデルと、アナトリアモデルを組みあわせたモデルで、ステップとアナトリアの起源語のさらに先祖がおそらくカスピ海と黒海に挟まれた地域で生まれたと考えている。

言語や古代語が変化しているわけではないので、新しい考え方は解析方法を見直したことで生まれている。まず、比較可能なデータがある言語を古代語も含めてできるだけ多く比較している。この時古代語は、ともすると、それ以降の言語の起点として扱われてきたが(例えばラテン語とイタリア語や他のロマンス語の系統樹)、起源ではなく兄弟として緩く扱うことで、起源としてしまうことで起こる年代測定の間違いを防いでいる。

さらに、これまでの方法で間違いの原因となる様々なポイントを洗い出し、それを排除している。例えば意味で比べるとき、複数の同義語を含めないとか、ポリモルフィズムに影響されない処理方法などを用いて解析している。

その結果、8100年ぐらいにアルメニア地方で生まれたIELは、すぐに7種類の言語に分かれ、その一つがステップに伝搬、3種類がアナトリアに移行したモデルを提出している。

以前紹介したゲノム解析結果と近いが、このモデルではインドとイランが同じ起源と考えており、ステップから直接インドに入ったと考える説は否定されている。

結果は以上で、データサイエンスの進展を実感するとともに、情報として残っているゲノムと言葉の研究が今後も協調しながら進んでいき、人間とは何かを教えてくれることがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月2日 エピジェネティック発ガン過程を解明する(7月25日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月2日
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遺伝子変異なしに起こる腫瘍がどのぐらい存在するかわからないが、例えば体全体に腫瘍が広がった後に、急速に収束する神経芽腫などを見ると、稀ではあっても確かに存在しているのではとおもう。ただ、どんな細胞でも様々な遺伝子変異を積み重ねていることを考えると、これを証明することは簡単ではない。

しかし、エピジェネティックな過程を調節する分子をコードする遺伝子変異から始まる腫瘍では、腫瘍増殖のドライバーやガン抑制遺伝子の制御などは全てエピジェネティックに進んでいくと考えられる。その例の一つがグリオーマで、これまで何度も紹介した様にIDH遺伝子の変異により、αケトグルタレートから2ハイドロオキシグルタレート合成が高まり、これがDNA脱メチル化酵素TETの活性を阻害する。結果、様々な領域でDNAメチル化が上昇し、これが細胞の増殖を狂わすことになる。ただIDH遺伝子の変異からグリオーマの発生までのエピジェネティックな過程はまだ解明されていない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、DNAメチル化によりグリオーマが発生する過程を明らかにした研究で、7月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Modeling epigenetic lesions that cause gliomas(グリオーマの原因になるエピジェネティックな異常のモデル)」だ。

グリオーマの研究から、PDGFα受容体(PDGFRA)遺伝子の発現上昇と、CDKN2Aがん抑制遺伝子の発現抑制が一部のグリオーマの増殖を支えていることがわかっており、この研究ではこの変化をエピジェネティックな過程として説明し、再現できるかが問題になる。

まずPDGFRA遺伝子領域のクロマチントポロジー(TAD)、DNAメチル化、そしてTAD形成に重要な働きをするCTCF分子の結合箇所などを、正常グリア細胞とIDH変異グリア細胞で比べると、PDGFRA遺伝子支配エンハンサーの領域を決めている境界に、DNAメチル化される領域が存在し、IDH変異によりこのメチル化の程度が高まり、その結果CTCF結合が消失することを発見する。すなわち、PDGFRA領域の境界が失われて、他の領域のエンハンサーの作用を受ける可能性が示された。

そこでマウスグリア細胞でTAD境界にあるCTCF結合部位をクリスパーでノックアウトすると、PDGFRAの発現が高まり、細胞の増殖性が高まることを示している。また、この時PDGFRA領域に作用を及ぼすエンハンサーについても特定し、これをノックアウトすると領域境界のCTCF結合が失われても、細胞の増殖には変化が起こらない。

次にCDKN2Aガン抑制遺伝子プロモーターを、Cas9にDNAメチル化酵素活性を付与した分子を用いてメチル化すると、発現がシャットオフされ、細胞の増殖が亢進することを確認している。そして、この二つの要因を遺伝的に組み合わせると、グリオーマと同じ様な増殖様態を示す腫瘍が発生することを示している。

以上が結果だが、マウスとヒトのPDGFRA領域のトポロジーは極めて似ているが、境界を決めるCTCF結合領域のメチル化されるCpG領域の密度が、ヒトではマウスと比べ極めて高い。すなわち、メチル化されやすいことから、CTCF結合が失われやすく、その結果グリオーマの発生リスクが高い。なぜこの様な違いがあるのかだが、発生過程で同じCTCF結合場所をDNAメチル化制御でずらすことで、グリア細胞の増殖を調節している可能性を示唆している。

以上が結果で、グリオーマを支える増殖機構のエピジェネティックスを見事に説明した面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 リピッドナノ粒子を用いた骨髄幹細胞遺伝子治療(7月28日号 Science 掲載論文)

2023年8月1日
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骨髄幹細胞の遺伝子治療は症例数も増えていると思うが、CRISPR/Casによる遺伝子編集が登場してから、ヘモグロビンの遺伝子変異による鎌形赤血球症の治療が一つの焦点になっている。現在治療として試みられている方法の一つは、変異ヘモグロビンの代わりに、成体では抑えられている胎児型ヘモグロビンを作らせる方法で、抑制に関わるBCL11Aをノックアウトする方法だが、もう一つは変異自体を組み換えやデアミナーゼを用いて正常化する方法で、どちらもおそらく臨床治験まで進んでいる。

ただ、どちらの場合も遺伝子編集は体外に取り出した骨髄幹細胞に対して行われるため、自分の細胞でももう一度身体に戻すためには、既に存在する骨髄幹細胞を減らしてニッチを開けるため、骨髄アブレーションと呼ばれる処理が必要となる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、生体内の骨髄細胞に直接働きかけて遺伝子編集を可能にする方法の開発で、7月28日号の Science に掲載された。タイトルは「In vivo hematopoietic stem cell modification by mRNA delivery(mRNAを直接体内の血液幹細胞に届けて遺伝子改変を行う)」だ。

この研究では、RNAワクチンで一般の人も広く知る様になったリピッドナノ粒子(LNP)に、血液幹細胞に発現しているc-Kitに対する抗体を発現させ、直接骨髄幹細胞へ遺伝子を届ける方法を検討している。

LNPに抗体などを発現させて特定の細胞へ遺伝子を運ばせる方法は様々な研究機関で開発が行われており、実際この論文を見たとき、逆に何を今更と思ったほどだ。自己再生能力のある骨髄幹細胞は全てc-Kitを発現していることから、標的としては最適で、とっくに試みられていると思っていた。

この研究では、このテクノロジーを、一つは直接骨髄幹細胞の遺伝子編集を行い鎌形赤血球を治療するため、もう一つは放射線や抗ガン剤による骨髄アブレーションをせずに、骨髄幹細胞を傷害してニッチを開ける方法に使えるか検討している。

まず期待通り、c-Kitに対する抗体を発現させたLNPの効果は抜群で、試験管内ではほぼ全ての幹細胞に遺伝子導入が可能で、導入された幹細胞は移植されたマウスの中で長期に造血を維持できる。

また、LNP自体がマクロファージに取り込まれるため、肝臓や肺に多くがトラップされる問題はあるが、抗体を発現させたLNPは骨髄まで届き、静脈注射するだけで6割を超える血液細胞でCre-分子による遺伝子改変が可能になっている。

次に、試験管内で人間の鎌形赤血球骨髄幹細胞の遺伝子編集が可能か、Cas9にデアミナーゼの活性を付与した遺伝子編集法を用いて、特定の部位の塩基を変化(アデニンからグアニンへと代える)させ、正常ヘモグロビンに代える実験を行い、これもほぼ100%編集が可能であることを示している。ただ、モデルマウスを用いて生体内で高率を調べる実験は行われていない。

同じc-Kit抗体LNPで生体内の骨髄幹細胞を特異的に傷害できるか調べるのがもう一つの目的で、骨髄幹細胞の生存に必要なMCL-1を抑制するPUMA分子をLNPに詰めて注射している。ただ、この実験では肝臓や肺に対する毒性のために、どうしても量を減らす必要があり、処理動物に移植した細胞は5−10%の割合にとどまり、現状では利用は難しそうだ。

以上が結果で、なぜこれまで調べられなかったのかが不思議なくらい、遺伝子デリバリーとしては優れていると思う。ただ、骨髄アブレーションの実験に関しては、より骨髄幹細胞特異的分子を探索する必要があるが、他の細胞に毒性がない分子が見つかればこれも期待できると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月31日 新石器時代のフランスの7代記(7月26日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月31日
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久しぶりに古代DNAを用いた考古学研究を紹介する。ボルドー大学からの論文で、紀元前4850ー4500頃パリ南東100kmに位置するギュルジーのフランス新石器時代発掘現場の墓に埋葬されていた128体の骨を元に推察される当時の家族形態の解析で7月26日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Extensive pedigrees reveal the social organization of a Neolithic community(広範囲の系図によって新石器時代の社会組織が明らかになる)」だ。

これまで墳墓に埋葬された骨のゲノム研究のほとんどは有力者や支配者の家族が多く、一般家族についての研究は希だった。その意味で、この研究は新石器時代の7世代にわたる一般人の系譜を追跡出来た点で大きな意義が存在する。

研究では、ゲノムから測定される親族関係と、埋葬の位置情報、そしてストロンチウムアイソトープを用いる生活場所の推定などを組みあわせ、埋葬された家族の構造と歴史を探っている。一方、有力者の墓と異なり、副葬物はほとんど存在していない。

この場所からは7代にわたる系譜と、それとは異なる5代にわたる系譜、およびこれらの系譜に属さない親子、夫婦、あるいは個人の骨も見つかっている。

考古学の面白さはできるだけ多くの証拠を集め、証拠と証拠の隙間を推理で埋めてストーリーを仕上げる過程で、論文の読者から見ると、あたかもシャーロックホームズの登場する推理小説を読む感じがある。

まず、家族形態は完全に父系家族で、女性は15歳以上になると、この場所から離れて嫁いでおり、一方7世代の全てで母親は他の場所から嫁いできたことがわかる。すなわち、同じ家族出身で15歳以上の女性の骨は同じ墓に埋められておらず、女性の骨は全てこの系譜の外から来ていることがわかる。1例を除いて近親婚は明確に避けられているので、この目的で、一般の家族でも女性は生殖年齢になると、他の場所に移動していたことがわかる。しかし、よく調べると、女性同士のゲノムから近親を示すケースが見られることから、例えばよその村の、しかし同じ家族から2人の嫁を迎えると言うことが行われていたことがわかる。

女性が例外なく他の場所から嫁いできたことは、DNA解析だけでなく、ストロンチウムを用いた生活圏の解析からもわかる。

父系が尊重される規範があったことは、父親と息子の埋葬場所が一番近いことからも推察される。そして、基本的には家族は同じ場所に、また夫婦は隣接して埋葬され、埋葬に明確なルールが存在したことがわかる。埋葬を示す遺物は全く残っていないが、これらの結果は何らかの墓碑が存在してことを示している。

有力者にはよく見られる、同じ配偶者を兄弟が順番に共有して子孫を残すレビラト婚の痕跡は全く見当たらない。そして、一夫一婦が原則になっていることがわかる。

このような家族関係に加えて、それぞれの家族で多くの子供が生殖年齢に達するまで育っており、多くの子供が健康に育つ環境が既に生まれていたことがわかる。

以上が主な結果で、以前紹介した青銅器時代のドイツで見られる家族形態(https://aasj.jp/news/watch/11516)が新石器時代の一般人でも見られることが明らかになった。

今後さらに解析が他の場所にも拡大することで、このルールの普遍性、例外の社会的意義などがわかってくるだろう。ゲノムのおかげで、考古学がますます面白くなってきた。

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7月30日 発ガンに必要な変異転写因子を自殺分子に変える(7月26日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月30日
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発ガンには、増殖や生存に関わるシグナル分子に加えて、様々な転写因子も関わることが多い。しかし、細胞内から核内へ移行するエストロジェン受容体などのようにエストロジェンと拮抗する化合物を用いることで、機能を阻害できる核内受容体分子を除くと、転写因子の機能を標的にする薬剤の開発は遅れている。

そこにサリドマイドの作用機序の研究から生まれた薬剤、すなわち転写因子にユビキチンリガーゼをリクルートして分解してしまう薬剤で、レナリドマイドなど骨髄腫に対する薬剤は成功した例と言える。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、転写因子にエピジェネティックな転写活性因子BRD4をリクルートして活性化することで細胞を自殺に追い込む化合物の開発で、7月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Rewiring cancer drivers to activate apoptosis(ガンのドライバーを細胞死活性化に転換する)」だ。

最初に断っておくが、この研究はBCL6遺伝子の変異をベースに発生するB細胞リンパ腫に限っての話で、どこまで一般化できるかわからない。ただ、一年に数万ケースが発症し、その3割は治療に反応しないことから、治療法の開発は重要だ。

さて、この病気を理解するためにはBCL6を理解する必要があるが、これが簡単でない。BCL6はB細胞でノックアウトすると、胚中心が全くできなくなるB細胞成熟に必須のマスター分子で、それが支配する遺伝子は多い。ただ、様々な分子と相互作用してその活性が調節されており、変異による影響が多様であるため、発ガン過程を単純なシナリオに落とし込むことは簡単でない。ただ、BCL6は正常細胞で細胞の成熟を促すため、細胞周期を止め、細胞死を誘導するのだが、多くの腫瘍の発生過程で、BCL6機能がBTBドメインを介してこの機能が抑制されている。

そこで、リンパ腫の変異型BCL6にエピジェネティックに転写を活性化させるBRD4をリクルートして、BCL6本来の機能を回復させ、細胞周期を止め細胞死を誘導して、主要細胞を自殺に追い込もうと考えたのがこの研究だ。

このため、BCL6のBTBドメインに結合する化合物と、BRD4のブロモドメインに結合する三菱田辺製薬が開発したJQ1化合物をリンカーで結合させた化合物を開発した。

これを薬剤耐性のリンパ腫細胞に加えると、期待通り速やかに細胞死を誘導できることがわかった。また薬理的実験から、この作用が期待通りBCL6にBRD4が結合して活性化した結果であることを様々な実験で確認している。

ただこの化合物は単純にBCL6のアポトーシス誘導機能を高めるだけでなく、実際には抑制される遺伝子も多く存在し、中でもMycの転写が阻害されることは、リンパ腫治療から考えると一石二鳥の効果が得られたことになる。他にも、RNA 合成酵素の活性を高める効果もあり、自殺を誘導する様々な遺伝子を速やかに誘導する、多くの機能を備えた化合物になっている。

残念ながら、動物を用いた効果や安全性の実験結果は、十分には解析できていないので、最終評価は難しい。BCL6ノックアウトで見られる胚中心の消失や、炎症は強くない様だが、リンパ系細胞はBRD4とBCL6を発現していることが多く、臨床応用までは副作用の詳しい解析は必須になる。

しかし、アイデアは面白く、多くの遺伝子を動員する点で効果が高く耐性もできにくいと思われ、期待したい。

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