7月19日 子供のT細胞は腸や肺で育つ(7月7日 Immunity 掲載論文)
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7月19日 子供のT細胞は腸や肺で育つ(7月7日 Immunity 掲載論文)

2023年7月19日
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小児期のワクチンの有効性から分かるように、発達期に免疫記憶を成立させることが、我々の免疫システムの形成に重要な過程であることがわかっている。ただ、免疫記憶がどのように発達してくるのか、ヒトでの研究は研究のための組織の入手の難しさから遅れていた。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、さまざまな原因で亡くなり、臓器移植のドナーになった0歳から10歳までの子供で、移植臓器摘出時に腸や肺、及びリンパ組織も摘出して、免疫記憶細胞の発達を調べた研究で、7月7日 Immunity にオンライン掲載された。タイトルは「Site-specific development and progressive maturation of human tissue-resident memory T cells over infancy and childhood(ヒトの組織常在性記憶T細胞の発生と小児期での急速な発達)」だ。

分子マーカーを用いて肺と空腸での、記憶αβT細胞の発達を見ると、最初の2年で急速に増加し、3歳ぐらいでピークに達するが、元々粘膜組織に多いγδT細胞は徐々に減少する。

記憶αβT細胞を各組織間で比べると、特に空腸では1週間以内にCD4、CD8共に、ナイーブT細胞の数を上回るほどの増加を示し、2歳までのほぼ全てのT細胞が記憶型のT細胞になっている。発達はずっと遅いが、肺でも同じ傾向を認める。一方、リンパ節や脾臓で記憶細胞の発達は遅い。すなわち、記憶細胞は抗原に最も晒される腸管で形成される。

ただ、初期段階の記憶細胞は炎症性サイトカインの合成など、機能面ではまだ発達しておらず、インターフェロンやTNFの分泌能の発達には2-3年かかる。

この差を調べるために、腸や肺での遺伝子発現を調べると、転写レベルで大きな変化が起こっていることがわかり、乳児期までは自己再生型幹細胞の性質を維持しているが、その後炎症性サイトカイン合成など、成熟型の記憶T細胞へとシフトしていくことがわかる。興味深いのは、腸管ではTh2型の記憶の成立が目立っており、これが食品などに対するトレランスを誘導しているのかも知れない。

このような記憶細胞の発達に伴い、最初存在していた多様なT細胞レパートリーは、徐々に多様性を減じて行くことがわかる。すなわち、腸管に存在する抗原に反応して、より特異的な抗原に反応する記憶T細胞が増加することが明らかになった。また所属リンパ節を見ると、腸管で発達した記憶細胞がリンパ組織へと移動することも確認できる。

結果は以上で、文字通り記憶T細胞は特に腸管で発達し成長することが見事に示された。わかっていたこととは言え、実際に確認できたインパクトは大きい。人間で組織を精密に調べることの重要性が改めてわかった。米国の様に、幼児から臓器移植ドナーになることを認める国では、腸で起こる免疫の発達という最も大事な過程がさらに解き明かされていくと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月18日 分泌型細胞レポーターシステムの開発(7月11日 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月18日
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細胞標識は発生や幹細胞生物学には必須で、遺伝的マーカーから始めて、ウイルスベクターの利用や、バーコードとの組み合わせへと発展し、技術革新は常に重要な発見につながってきた。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、これまでの標識とちょっと違って、標識された細胞に決まったRNAを分泌させることで、その細胞の状態を、分泌されたRNAから推察するという方法の開発で、7月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Engineering RNA export for measurement and manipulation of living cells(RNAの分泌を操作して生きた細胞の検出と操作に使う)」だ。

この研究のアイデアは、ウイルス排出する細胞の存在は、ウイルスの量をたとえばPCRで測ることで検出できることにヒントを得ている。ただ臨床検査ならともかく、ウイルスは細胞障害性で、しかも自然免疫を誘導するために細胞標識に使うのは難しい。

この研究ではまずウイルスRNAを選択的に取り込んで、粒子として排出する最も単純なシステムの構築から始め、まずHIVウイルスのGagタンパク質とファージの特異的RNA認識分子MCPを組み合わせたシステムを構築し、MCPが認識するRNAを取り込んだ粒子を排出する細胞を作成できることを示す。

次に、ウイルスGagの代わりに、もっと操作のしやすい人工分子が使えないか模索し、既に開発していた一種のナノケージタンパク質EPNをRNA認識MCP分子と合体させた粒子をデザインし、これを細胞で発現することで、同時に導入したレポーターRNAを排出するか調べ、Gagを持ちるより高い効率で、レポーターRNAのみ特異的に粒子に取り込まれ、細胞外へ排出されること、また排出されたRNAをPCRで定量できること、さらに分泌されたRNAはナノケージに守られて分解されにくいことを確認する。

あとは、この分泌型レポーターシステムとバーコードを組み合わせることで、試験管内での細胞間の増殖率の違いや、相互の競争を、細胞を採取することなく、上清を集めるだけでモニター可能であることを示している。

最後に、このレポーターシステムにVSVウイルスの細胞融合分子を組み合わせることで、排出したRNAを他の細胞へ移行させ、一種の遺伝子治療が可能であることも示している。

結果は以上で、細胞にウイルスに似た粒子を排出させることで、細胞を回収せずに動態を追跡する目的には高いポテンシャルをもつ系ができたのではと思う。今後、正常の細胞で同じレポーターが、細胞の生理を犯すことなく使えるとすると、生体内での細胞動態の解析のみならず、遺伝子を移行させる効率を変えることで、その細胞が移動した場所を特定する方法の開発など、いろんなアイデアが浮かぶ面白い系へと発展するように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月17日 心房細動治療開発のための動物モデル(7月14日 Science 掲載論文)

2023年7月17日
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この歳になって周りを見渡すと、心房細動と診断されアブレーションを受けた友人が何人もいるのが普通ではないだろうか。異所性興奮箇所を本来のペースメーカーから切り離すアブレーションは画期的な治療だが、原理的にも、実際にも再発リスクは高い。従って、より根本的な治療法がないか模索が続けられているが、なかなかよい動物モデルがない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまでも利用されてきたHOMERと呼ばれるマウスモデルが人間の心房細動病変とほとんど同じであることを single cell RNA sequencing で確かめ、いくつかの治療可能性を示した研究で、7月14日 Science に掲載された。タイトルは「Recruited macrophages elicit atrial fibrillation(動員されたマクロファージが心房細動を誘導する)」だ。

この研究では、心臓手術を必要とした患者さんの中で、持続的心房細動を持つ方を5人選んで心房組織を採取、single cell RNA sequencing を用いて、心房細動を持たない患者さんの組織と徹底的に比べ、CCR2を発現するマクロファージが局所へリクルートされ、局所で増殖しながらオステオポンチンを発現して、炎症をオーガナイズしていることをまず明らかにしている。

心房細動のリスクファクターとして、加齢に加えて、肥満、高血圧、僧帽弁逆流が指摘されているが、このようなリスクファクターの有無が、炎症をオーガナイズするマクロファージの局所での数と関連していることも確認している。

このように、人間の心房細動組織の特徴を徹底的に調べた上で、次に心房細動モデルとして開発されていたHOMERマウスの心房組織との比較を行い、このモデルマウスが人間の心房細動を反映できているか調べている。

HOMERマウスは、高血圧、肥満、そして僧帽弁逆流を人為的に誘導したマウスで、人間のリスクファクターをマウスに実現したモデルと言える。まずこの方法で心房細動が起こるという事実は、心房細動予防にはこのようなリスクファクターを除去する生活習慣が大事であることが改めてわかる。

期待通り、HOMERマウスの心房でも、CCR2陽性マクロファージが動員され、増殖し、オステオポンチンを分泌して炎症をオーガナイズしている像が得られた。そして炎症により心房に存在するファイブロブラストが活性化され線維化が誘導されることも明らかになった。

このように、HOMERが心房細動モデルとして使えることを確認した上で、最も目立った変化、すなわちCCR2マクロファージの動因と、オステオポンチン分泌について、治療標的になるかを調べている。

マクロファージ特異的にCCR2をノックアウトする、あるいはCCR2阻害剤を投与することで、期待通り心房細動を抑えることが出来る。

また、オステオポンチンを欠損したマウスの骨髄移植を行ったHOMERマウスでは、正常骨髄を移植されたマウスと比べて心房細動が誘導されにくくなる。

以上、オステオポンチンやCCR2をそのまま標的に出来るかについてはまだまだ検討が必要だが、HOMERマウスを心房細動モデルとして用いてこれまでの治療を検証したり、より長期にわたる治療法を開発することも可能かも知れない。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月16日 ヒト初期発生観察からわかった高頻度の染色体排出(7月5日 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月16日
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ヒト胚の発生過程は試験管内での実験が難しいことから、以外とわかっていないことが多い。皮肉なことに、生殖補助医療の進展で現実には膨大な数のヒト胚が培養されている。

今日紹介するペンシルバニア大学をはじめとする国際チームからの論文は、ヒト胚のF-アクチンと、核内DNAを可視化した上で、試験管内発生過程を追跡することで、これまで見落とされてきた過程を特定しようとした研究で、7月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human embryo live imaging reveals nuclear DNA shedding during blastocyst expansion and biopsy(ヒト胚の生体イメージングにより胚盤胞の成長時とバイオプシー時に核DNAが高率に排出されることが明らかになった)」だ。

この研究では2細胞期にDNAを染める色素と、アクチンを染める色素を注入し、細胞分裂や核の動態と、分裂に伴う細胞骨格の再構成を追跡できる様にして、あとはヒト胚培養でハッチングが起こり、胚盤胞が形成されるまでの過程を克明に観察、時にマウスと比較しながら、新しい発見がないか調べている。色素注入胚はマウスで子宮に戻せば正常発生を遂げて、出産に至ることを確認して、この処理が発生に影響ないことも確かめている。

期待通り、これまであまり指摘されてこなかった様々なことがわかってきた。例えば、コンパクションはマウスでは栄養外胚葉と内部細胞塊が分かれる前の、胚の内外がで出来る過程だが、ヒトでは内外の分離が出来てから始まり、マウスの様にコンパクションが同期する傾向は低い。

またコンパクション時に見られる細胞分裂後の核の位置も、マウスでは娘細胞の核が離れて位置する傾向にあるが、ヒトでは分裂面に近いところに位置する。これは細胞骨格の動きがマウスとヒトでかなり違っていることを示しているが、このような変化の結果、ヒトでは栄養外胚葉と内部細胞塊を結合しているつながりがマウスより数多く見られる。

残念ながらこのような細胞質間のつながりの機能についてはよくわからないが、マウス胚での過程をそのままヒトに移すことが出来ないことは明らかで、今後今回新しく発見された現象の意義を解明する必要がある。

タイトルにある様に、この研究が最も注目したのが、栄養外胚葉形成後の成長期に、高い確率で核内から染色体が一部吐き出され、細胞質に残存していく現象だ。このような大きな染色体の変化は、分裂時に染色体が分離するときに起こるのだが、栄養外胚葉で見られるのは、核から直接染色体の一部が吐き出される現象で、分裂と関係がない。

細胞核は特別なケラチンで囲まれているが、この密度が低い場合に排出が起こりやすいこと、さらにこのケラチンの発現を抑えると、やはり染色体排出が高まることを明らかにし、ヒト胚栄養膜外胚葉で核のメカニカルな強度の変化が染色体の排出を促していることを明らかにしている。

以上のことから、メカニカルストレスを胚に与えることになる、着床前診断のための栄養膜外胚葉バイオプシーが染色体排出の原因になると考え、バイオプシー後の胚での染色体輩出率を調べると、バイオプシーなしの胚と比べて数倍に上昇していることを明らかにしている。

結果は以上で、生殖補助医療の成功率や安全性の向上という目的に絞って、まず胚を見るところから始め、見るだけでこれだけの問題を明らかに出来ることを示した点は大きく評価できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月15日 ChatGPTの労働生産性への効果(7月14日 Science 掲載論文)

2023年7月15日
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昨日に続いて今日も大規模言語モデルの論文になるが、Nature やScienceのような一般トップジャーナルでAIに関する論文の数が急速に増えてきた様に思える。それを反映して、今週号のScienceは、A machine-intelligent worldというタイトルでAIが特集され、様々な論文が発表されている。この最後に編集者が様々な専門家の意見をまとめた記事があり、Marvin Minskyが予言したSuper intelligenceを持つAI技術の課題がほぼ解決されるという時代が来たこととともに、1)Data contamination、2)答えの安定性、3)ハルシネーションの問題がリストされている。いずれにせよ、3年前に我々が新型コロナを経験したのと同じ様なインパクトのある波に科学と社会が直面していることは間違いない。

今日紹介するMITのDepartment of Economyからの論文は、ChatGPTの労働生産性と労働者への影響を調べた研究で、7月14日号Scienceに掲載された。タイトルは「Experimental evidence on the productivity effects of generative artificial intelligence(生成AIの労働生産性効果に関する実験的研究)」だ。

研究はウェッブの呼びかけに応じた453人に、申請書作成のような文章を作るデスクワークを行なってもらうときに、ChatGPTを使うグループと、使わないグループに分け、仕事の速さや質といった生産性を調べている。さらに、その後のフォローアップも2ヶ月間行なっている。

多くの会社で大規模言語モデルをどう使うか考えていると思うが、そのニーズに合わせてこんな実験をやってしまうとはさすがアメリカと思う。実験は今年の1月に始められており、ChatGPTが昨年11月公開を考えると、極めてタイムリーだ。実際、ほとんどの参加者は、月収7万ドルに近いホワイトカラーだが、参加時点でChatGPTを使った経験はなく、存在についても聞いたことがあるという人がいる程度だった。

課題は一種のアルバイトのような形で提供され、基礎時給が10ドル、仕事のできに合わせて14ドルまで追加されるという、実践的な実験になっている。

基本的には、与えられた課題をChatGPTに作らせ、それを自分で添削して提出することになるが、このような仕事の場合、必要な時間は4割減少し、さらに専門家が判断した仕事の質は1割程度上昇する。まさに期待通り、ChatGPTを用いると労働生産性が上がる。

参加した被験者のこの課題についての能力は最初はばらついているが、ChatGPTを使うようになってから、課題をこなすごとに個人差もなくなっていく。

基本的に仕事の質は検証されれいるので、経営者から見たらめでたしめでたし、労働生産性の向上にChatGPTは大きく寄与することになる。

これだけなら世界中のオフィスで経験されていることだが、この研究では同じ仕事をChatGPTに行わせてみて、実際参加した人が、ChatGPTによる結果をどの程度訂正、編集しているかも調べている。すると、ほとんどの参加者がChatGPTからの結果に満足して、添削は最小限にとどまっていることもわかった。

最後に参加者にChatGPTの評価をしてもらうと、仕事が効率化されるので今後も使うというポジティブな評価をしている。その上で、今後仕事が奪われるという恐怖か、さらに楽になるというポジティブな評価かを調べると、楽天的で、ChatGPTのおかげで良くなるという評価が圧倒的に多かった。

また、一度使うと多くの人が自分の仕事に使っていることもフォローアップで確かめている。

結果は以上で、驚く内容では無いが、タイムリーに実験的にChatGPTのポテンシャルを確かめている点と、Science が掲載していることに驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月14日 完璧な医療・医学チャットボットを目指して(7月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月14日
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自分が医学分野で活動していたこともあるが、大規模言語モデル(LLM)は患者さんと医学知識を近づけることが期待され、医学側でも医者に直接意見を聞く代わりになるかについて、様々な検証が始まっている。ただこの目的のためには、チャットボットで出てくる答えに科学的根拠があり、また致命的な間違いが起こらないことを確かめる必要がある。勿論、生身の医者ならもっと間違うという意見もあるが、同じLLMを数多くの人が用いる限り、それぞれのLLMに対して法的な検証と利用ガイドラインができるだけ早く制定される必要がある。

勿論これと平行してLLMをより完璧な医学チャットボットが可能なモデルに仕上げる努力が必要だ。今日紹介するグーグル研究所からの論文は、既存のLLMの医学知識レベルを高めるための Instruction prompt tuning を含む一連の方法を検証した研究で、7月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Large language models encode clinical knowledge(臨床的知識をエンコードした大規模言語モデル)」だ。

グーグルは、様々な領域での生成AIの基礎となる transformer/attention を開発し、ChatGPTと同じスケールの5400億パラメーターを持つニューラルネット上に構築した LLM、PaLM を公開している。もちろん PaLM も医学的質問に答えることは出来るが、専門家から見たときにはなかなか完璧な正解とは行かない。そのため、様々な医学情報を学習させて、医学目的に対応できる様微調整をする必要がある。ただ、これを普通の事前学習と同じように行うと、5400億パラメーター全てを変化させるという膨大な計算量が必要になる。そこで、グーグルはLLMを微調整するための Instruction fine-tuning の方法を開発し、医学医療についての質問と答えを集めたデータベースを用いて微調整した Flan-PaLM では、例えば PubMed を学習したGPTと比べて正確度で17%上昇させることに成功している、

ただそれでも67%の正確さにとどまるので、通常行われる医学ドメインに特化した強化学習を追加するのではなく、instruction prompt tuning を用いることで、元のパラメーターを変化させずに、パーフォーマンスが高まるか調べている。すなわち、この研究の主目的は医学ドメインの知識の質をプロンプト戦略が可能にするかの検証と言える。プロンプト戦略についての解説は省略する。

こうして出来たモデルが Med-PaLM で、Flan-PaLM では60%台にとどまっていた正確性が90%を超える様になっている。これについては複数の答えから正解を選ぶ米国医師国家試験で、平均点60%を大きく上回り85%の正解率であることが報告されている(https://blog.google/technology/health/ai-llm-medpalm-research-thecheckup/)。

この研究では、さらに間違ったことを言っていないかだけではなく、答えに必要な情報が全て述べられているか、答えが科学的根拠に裏付けられているか、医学的問題を起こす間違いを犯さないか、さらに一般の人へのわかりやすさなどを検証し、その全てで Med-PaLM はそれまでのLLMを凌駕していることを示している。しかし、臨床家が時間をかけて示す答えと比べると、かなり近いところに来たが、臨床家の方が勝っていることも示している。

面白いことに、一般の人の評価はJAMAの調査では ChatGPT の方に軍配が上がっていたが、Med-PaLM では、臨床家の方に軍配が上がっている。

以上が結果で、自然な会話が出来るという意味で、パラメーターや学習ワード数が何千億という規模は必須だが、それを医学の様な特定のドメンで微調整したいとき、パラメータを変化させない、すなわち計算量の少ない、しかし極めて効果の高い微調整方があることを示すとともに、患者さんが安心して使える、科学に基づいた医学チャットボットの実現は近いことを実感させてくれる。

様々な処理については私は素人だが、微調整のために、LLM の不確かさを認識させる方法が重要で、今後のさらなる研究が必要であることが述べられていたが、この分野の素人でもなるほどと納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月13日 グルタミン腫瘍内投与は腫瘍免疫促進効果がある(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月13日
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少しガンについての論文紹介が続くが、今日紹介したいメンフィスの St Jude子ども病院からの論文は、腫瘍内ではグルタミンが欠乏する結果、腫瘍免疫を維持する樹状細胞機能不全が起こっており、グルタミンの局所投与でこれを治療できることを示した研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SLC38A2 and glutamine signalling in cDC1s dictate anti-tumour immunity(DC1でのSLC38A2とグルタミンシグナルが抗腫瘍免疫を指示する)」だ。

グルタミンはアミノ酸の中でも多様な効果を持つアミノ酸で、TCAサイクルを介したエネルギー生産、活性酸素合成、さらにはエピジェネティックス調節だけでなく、アミノ酸や核酸合成、そしてリソゾーム形成調節を介したオートファジーにまで関わっている。従って、グルタミンがガン免疫に関わることは特に不思議はない。

しかし、この研究は、グルタミンをガン局所に投与するとガンの増殖が抑えられるという想像以上の効果がグルタミンにあることをまず示す。ガン局所にグルタミンを投与するなど、敵に塩を贈るようなものだと考えてしまうが、実際にはガンがグルタミンを取り込む結果、局所でグルタミン欠乏が起こっていること、そしてガン局所にグルタミンを補充してこの欠乏を止めるとガン免疫が高まり、たとえばPD1抗体によるチェックポイント治療効果が高まることを示した。

あとはこのメカニズムを解析し、まずグルタミン欠乏に弱い細胞を探索し、CD8活性に関わる1型樹状細胞(DC1)の機能がグルタミンに強く依存しており、グルタミン投与でDC1が活性化されると、CD8キラー細胞が局所で維持されることを明らかにする。

先に述べたように、グルタミンはさまざまな経路に関わっているので、DC1細胞内のどの経路がこの現象にかかわるかを調べている。詳細を全て省いてまとめてしまうと(実際、この研究過程が極めて複雑)次のようになる。

グルタミンを細胞内に取り込むトランスポーターは複数存在するが、DC1はSLC38A2に完全に依存しており、この分子を通して得られるグルタミン量が細胞内のセンサーに感知されることになる。

おそらくグルタミン欠乏によって他の効果も存在するとは思うが、DC1では栄養欠乏時にリソゾーム膜に結合し細胞内代謝調節の核であるmTOR分子のリソゾームへのリクルートを阻害する分子、folliculinとその結合蛋白FNIP2の結合が低下する。逆にグルタミンを補充すると、folliculin-FLNPが活性化して、リソゾームへのmTORリクルートが阻害される。mTOR活性が低下すると、TFEBと呼ばれるオートファジーを調節する転写因子のリン酸化が低下し、その結果核内移行によりオートファジーに関わる分子の転写が高まり、その結果DC1が活性化される。

以上がシナリオで、結構複雑な経路がグルタミンで活性化されることがわかる。しかしメカニズムはともかく(これがないと論文がアクセプトされないのだが)、この論文のハイライトは、グルタミンを腫瘍組織に補充するという単純な方法でガン免疫を高められるという発見だろう。おもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月12日 変異キナーゼに対する標的薬の効果が長続きしない理由(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月12日
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21世紀に入ってガンのゲノム研究がすすむと、ガンのドライバー変異が続々発見され、それらに対して開発された標的薬が大きな効果を示すことがわかり、ゲノム研究によりガンが制圧できるのではという高揚した気分が生まれた。しかしその後の研究で、どれほど大きな効果が見られても、最終的に標的薬に耐性のガンクローンが現れることがわかり、今や標的薬だけで根治が可能と考える人はいなくなった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、非小細胞性肺ガンでさまざまな標的薬治療を受け、耐性になったガンのゲノムを調べ、一本鎖核酸のCをU/Tに変換するデアミナーゼAPOBECが、耐性変異誘導に一役買っていることを明らかにした研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cells(治療により誘導されるAPOBEC3Aが持続的ガン細胞の進化を誘導する)」だ。

非小細胞性肺ガンは、ALKやEGFRなどのキナーゼ変異をドライバーにしていることが多く、この変異型分子に対する標的薬の治療を受けるが、効果は長続きしないケースが多く、ガンのコントロールができなくなる。この研究では、こうして発生した治療耐性ガンのゲノムを調べると、多くがAPOBECによる作用で起こった変異であることに気づく。

そこで試験管内でキナーゼ阻害を行い耐性発生前後の変異の方を調べると、APOBEC型の変異が増えることを確認している。すなわち、治療によりAPOBEC型変異が選択的に誘導されることがわかる。

メカニズムを探ると、なんとAPOBEC A3Aが標的薬にさらされることで、NfKBを解する経路で誘導され、DNA 合成時に複製中の核酸のCを脱アミノ化し、その結果DNA障害が起こりやすくなることで、APOBEC型変異が増えるとともに、さまざまな大きな構造変異が誘導されることがわかった。

そこで、APOBEC A3Aを今日発現させたり、あるいはノックアウトした細胞株を作成し、標的薬施処理する実験を行うと、A3Aが過剰発現した細胞株では耐性ガン細胞が出やすい一方、ノックアウトした細胞株では耐性ガンが出にくいことを明らかにし、APOBECが標的阻害剤耐性ガンの発生に重要な役割を演じていることを明らかにする。

以上が結果で、おそらく標的薬によりガン細胞の起こった一種のストレス反応が、APOBEC A3Aの誘導を介して、変異の誘導効率を上昇させているという恐ろしい話だ。

とはいえ、ここで示されたようにA3A誘導が大きな貢献をしているとすると、APOBECを阻害した上で標的薬治療を続ければ、耐性ガン細胞は出にくいと予想できるので、標的薬の効果を長続きさせる可能性示した大きな貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月11日 CAR-T + ワクチン=Antigen Spreading (抗原拡散)(7月5日号 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月11日
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何度も紹介している様に、ガンが発現する表面抗原に対する抗体をT細胞受容体の代わりに使ったキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)は、B細胞系の白血病に対して大きな効果を上げている。しかし、たとえば小児の白血病で特に顕著だが、注入したCAR-Tを何年も維持することは簡単ではない。

他にもガンの方から抗原が消えてしまう問題、さらにはまだ固形ガンに対しては確立された方法がないなど、最初の期待と比べると、まだまだ満足できるレベルに達していないといえる。

今日紹介するMITからの論文は、CAR-Tの刺激を、ガン細胞だけではなく、ワクチンの形でリンパ節でCAR-Tをさらに刺激することで、CAR-T自身を活性化するだけでなく、他のガン抗原に対する免疫反応を誘導する抗原拡散現象が起こり、ガンの根治も可能であることを示した研究で、7月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Vaccine-boosted CAR T crosstalk with host immunity to reject tumors with antigen heterogeneity(ワクチンによりブーストをかけたCAR-Tはホストの免疫系と相互作用して複数のガン抗原に対するガン免疫を誘導する)」だ。

CAR-Tの維持が重要なことがわかっていて、これまでCAR-Tをワクチンを使って刺激する研究が行われてこなかったのは不思議な気がするが、ワクチンの設計が簡単ではなかったのだと思う。この研究ではCAR-Tが認識する抗原(この研究ではグリオーマを標的にEGF受容体を抗原として使っている)に、アルブミンに結合する部位と共に直接細胞膜に突き刺さって細胞表面に提示される様にしたワクチンを設計している。これをアルブミンとアジュバントに混ぜて皮下に免疫すると、リンパ節の抗原提示細胞で取り込まれて表面にEGF受容体が発現する。すなわち、ガン局所とは全く異なる場所で全身に分布したCAR-Tを刺激することになる。

これにより、期待通りCAR-Tを刺激し、ガンに対するキラー活性が高まっただけでなく、ミトコンドリアが増加し代謝活性が高まったCAR-T細胞へプログラムし直せるのだが、これに加えて、EGF受容体を発現しなくなったガンに対してもキラー活性が誘導できることを明らかにする。

すなわち、CAR-Tを強く刺激することで、他のガン抗原に対するキラー活性を誘導する抗原拡散が誘導できることを明らかにした。この発見が論文のハイライトで、あとは抗原拡散が誘導されるメカニズムを詳しく解析し、さらに強力な固形ガンに対するCAR-Tデザインを模索している。

このメカニズムだが、ワクチンで刺激されたCAR―Tはガン組織にリクルートされるが、そこでγインターフェロン(IFNγ)を発現することで、ガン局所のマクロファージや樹状細胞を刺激、その結果樹状細胞からIL12が分泌される。このIL12はCAR-Tを刺激することで、CAR-T/IFNγvs樹状細胞/IL-12というループを形成し、ガン組織で持続的な免疫の核を形成する。これに引き込まれて、浸潤してきたさまざまなガン抗原に対するリンパ球がガンに対するキラー活性を発揮し、EGF受容体を失ったガンでも傷害することが可能になるというシナリオだ。実際、ガン免疫が成立するかどうか、ガン組織にリンパ組織様の構造形成が必要なことが指摘されているが、この核にCAR―Tと樹状細胞の相互作用が存在する可能性を示している。

以上の結果に基づき、CAR-Tが抗原刺激によりさらに強いIFNγを分泌するよう遺伝子操作すると、通常のCAR-Tでは到達できないガンの根治まで進める可能性も動物実験で示している。

以上、一石二鳥も三鳥も、ワクチンが可能にするという話で、CAR-Tの次のブレークが水面下で進んでいることがよくわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日 ウイルスによる水平遺伝子伝播の痕跡を線虫で探す(6月30日号 Science 掲載論文)

2023年7月10日
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ホスト由来のガン遺伝子を捕まえて自身の遺伝子としてコードしたレトロウイルスの発見がガン研究の突破口を開いたことは有名な話だが、これは水平遺伝子伝播の一つと言っていいだろう。実際、こうして研究される様になったレトロウイルスは、人為的に遺伝子を導入するベクターとして使われている。

今日紹介するオーストリアの分子バイオテクノロジー研究所からの論文は、広い系統の線虫間での遺伝子伝搬に関わったマーベリックと名付けたウイルス用水平伝搬システムの発見で、6月30日 Science に掲載された。タイトルは「Virus-like transposons cross the species barrier and drive the evolution of genetic incompatibilities(ウイルス様のトランスポゾンは種の壁を超えて遺伝的不適合性の進化に関わった)」だ。

ウイルスによる水平遺伝子伝搬は、バクテリアだけでなくヒトも含む後生動物でも知られており、珍しくないのだが、この研究ではマーベリック発見までに至る長い過程が面白い。このグループは、異種線虫間の掛け合わせを行う際、F2レベルで一部の個体の発生が遅れる現象を発見し、これが卵子で発現している毒性分子とそれを解毒する遺伝子セットが種によって存在しないためであることを突き止めていた。すなわち、卵子に毒を仕込ませることで、解毒作用をセットで持つ染色体だけが選択され、他の染色体を排除する仕組みを、多くの野生の線虫を用いて調べていた。

この研究では、まず日本種と標準種を掛け合わせてこの現象に関わる毒素分子と解毒分子を特定する話から始まっており、最終的にF2の発生を遅らせるセリンプロテアーゼ活性を持つ毒素の遺伝子を特定することに成功する。

普通はこれで終わりだが、このグループはこの毒素の周りの遺伝子を調べ、両端に繰り返し配列を持ち、中に遺伝子組み換えを誘導するトランスポゼース活性の存在に気づき、毒素遺伝子がウイルスにより水平伝搬した可能性を着想し、この新しいウイルスをマーベリックと名づけた。

事実、毒素分子の分布と配列を調べると、さまざまな属種の線虫に分布しているだけでなく、人間と線虫ぐらい進化的に離れたといえる属間でもほとんど相同であることから、独立に進化したとは考えられず、何千万年か前に別れた線虫から、現在広く研究されている線虫属へ水平伝搬したと考えざるを得ない。

次に、毒素遺伝子を含むマーベリックが実際の水平遺伝子伝搬に使われたことを調べるため、さまざまな線虫種でマーベリックが挿入された部位を調べ、マーベリックがコードする遺伝子の可能性を調べた結果、マーベリックはウイルス粒子をコードする遺伝子をはじめ、細胞と融合する分子、宿主細胞に組み込むインテグラーぜ、DNA合成酵素がコードされていることを発見する。面白いことに、細胞融合分子はヘルペスウイルスの分子を利用しており、ウイルス自体がより効率に伝播できる様進化していることもわかった。

その意味で、このウイルスがたまたま取り込んだセリンプロテアーゼを、一種の細胞毒素と、その解毒分子へと進化させることで、自分のゲノムを他のゲノムより優先して存続できる様に利用した、まさに利己的遺伝子の例であることがわかった。

進化と利己的遺伝子の面白い話といえるが、このウイルスをベクターに仕上げてみようと思う研究者も現れる様に思う。

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