5月13日 臭い刺激は脳腫瘍誘導を助ける(5月11日 Nature オンライン掲載論文)
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5月13日 臭い刺激は脳腫瘍誘導を助ける(5月11日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月13日
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個人的印象だが、中国からの論文には最初からかなり一般受けを狙っているのではないかと思える論文が多いように思う。タイトルに惹かれて、「え、そんなことがあるの」と読んだ後で著者欄をみると、結構中国からということをしばしば経験する。

今日紹介するのは浙江大学からの論文で、匂い刺激が悪性の脳腫瘍グリオーマの発生を促すことを示した研究で、臭いなしに生活できないことを思うとちょっと恐ろしい内容で、結局私も紹介することにした。タイトルは「Olfactory sensory experience regulates gliomagenesis via neuronal IGF1(匂い感覚刺激は IGF1 分泌を介してグリオーマ発生を助ける)」だ。

断っておくが、この研究は全てマウスモデルで、人間でどうかはこれからの話だ。ただ、人間でもマウスでも、嗅神経が投射する嗅球からグリオーマが発生しやすいことが知られている。

この現象を、著者らは、おそらく臭い刺激により嗅球神経が興奮することが、発ガンを促すからではないかと着想した。そこで、まず、発生したばかりのグリオーマが観察できるようにした発ガンモデルマウスを観察し、嗅球が腫瘍発生のホットスポットであることを確認する。

次に、化合物の全身投与で嗅球細胞の興奮を選択的に刺激、あるいは抑制出来る遺伝子改変マウスを作成して嗅球の刺激が腫瘍発生に関わるか調べている。結果は期待通りで、嗅球を慢性的に刺激すると腫瘍発生が上昇し、嗅球の興奮を慢性的に抑えると、腫瘍発生が低下する。

次に、このような人工的セッティングではなく、日常での匂い刺激の影響を調べるため、片方の鼻腔にプラグを入れて匂い刺激が入らなくして、もう片方と比べる実験を行い、臭い刺激の抑えられた側の嗅球細胞では腫瘍発生が減少することを明らかにしている。

最後に、臭い刺激から嗅球細胞の興奮が、グリオーマ発生を助けるメカニズムを探り、

  • IGF1 が興奮した嗅球細胞から分泌され、これがグリア細胞の増殖を誘導し、腫瘍発生を助けること。
  • 嗅球細胞から分泌された IGF1 はシナプスを介さず、直接細胞に働くこと。
  • 嗅球細胞の IGF1 遺伝子をノックアウトすると、腫瘍形成が抑制されること。
  • この IGF1 が嗅球細胞からノックアウトされた細胞では、嗅球の慢性的刺激を加えても、腫瘍発生は上昇しないこと。

などを明らかにしている。

以上が結果で、匂いに敏感な人や、強い匂いにさらされて生きていると、グリオーマが発生しやすいという恐ろしい結論になっている。とはいっても、匂いのない生活は困難なので、気にせず生きていった方が良さそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月12日 頭の良くなるシナプス活性(5月号 Brain 掲載予定論文)

2022年5月12日
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シナプスでのニューロトランスミッター遊離による神経伝達は、極めて複雑に調節されているが、多くの研究によりその細胞生物学的メカニズムはかなり理解できるようになってきた。しかし、個々のシナプスでの小さな違いが、脳全体の高次機能へどう展開するのか研究することは簡単でない。というのも、このような目的で利用される遺伝子変異のほとんどは、機能欠損型で、ポジティブな側面を調べることは出来ない。

今日紹介するドイツビュルツブルグ大学からの論文は CORD7 変異と呼ばれる、一部の高次機能を高める変異について、その分子細胞メカニズムをショウジョウバエを用いて調べた研究で、5月号の Brain に掲載予定だ。タイトルは「The human cognition-enhancing CORD7 mutation increases active zone number and synaptic release(人間の認知機能を促進する CORD7 変異はシナプスのアクティブゾーンを増やし、シナプス遊離を高める)」だ。

この論文を読むまで、言語能力や作業記憶を高める遺伝子変異があるとは知らなかった。これはシナプスベシクル遊離を調節する分子の一つ RIMS1/RIM1 の変異で、実際には頭が良いから見つかるのではなく、Cone-rod dystrophy 症候群として知られる、視細胞が変性する進行性の視覚障害で発見される。

ところが、2007年、この患者さん達の認知機能を調べた英国国立神経病院からの論文が発表され、様々な認知機能とともに作業記憶が著しく上昇していることが示された。すなわち、シナプス変化により脳の高次機能が高められる可能性を示した結果だが、そのメカニズムについては明らかになっていなかった。

この研究では、ショウジョウバエの RIMS 遺伝子に、人間で見られる変異を導入して、シナプス電位や、シナプスの形状を調べ、認知機能が高まるメカニズムを探っている。

まず、ショウジョウバエの RIMS がラットの分子と、構造的にほとんど同じで、変異の効果もほぼ同じと想定できることを、分子構造学的に確認した後、この変異を持つショウジョウバエ系統を作成し、神経筋接合部位でのシナプスを調べている。

すると、期待通りシナプス電流の振幅が上昇し、上昇と下降のスピードが高まることが明らかになった。すなわち、シナプスのシグナルが高まっている。

組織学的に調べると、シナプスでの伝達が行われているアクテゥブゾーンの数が増加しており、またシナプス小胞の数が増え、利用できるシグナルプールに余裕があることがわかる。これらによりシナプスシグナルの効率化に関わっている。

さらに、電位依存性カルシウムチャンネルの活動も変異によって変化する。面白いことに目のリボンシナプスを調節する L 型シナプスの機能は低下する一方、一般神経デハツゲンスル P/Q 型カルシウムチャンネルの機能を高める。この結果、目では視細胞の変性が起こる一方で、脳では認知機能が高まるという矛盾する結果が起こっていることになる。

以上、一つの変異で様々な変化が生じる結果、認知機能が高まることがわかる。印象としては、始まったばかりの研究で、視細胞が変性する理由も含め、さらに研究が必要だが、要するにシナプス伝達の効率の上昇だけでここまで認知機能が高まることが示された面白い論文だ。今後患者さんでのより詳しい研究が進むことで、認知機能低下を防ぐ方法の開発も可能かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日 大麻成分の副作用とその対策(5月12日号 Cell 掲載論文)

2022年5月11日
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大麻や合成カンナビノールには、これまでの薬剤では達成できなかった様々な神経作用が明らかになり、化学療法による嘔吐については FDA も合成カンナビノールをの使用を認可している。ただこれ以外にも、痛みやてんかんなどにも有効であることから、医療での使用を拡大する重要性は指摘されている。

ただ一方で、個人的大麻使用については規制を撤廃する国々は増加している。これはタバコと比べて習慣性がなく安全であるという結果に基づいた措置だが、大麻使用に副作用が存在することは間違いなく、以前紹介した脳に対する影響だけでなく(https://aasj.jp/news/watch/6051)、心臓血管系に様々な障害を誘導することが指摘されてきた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、大麻と合成カンナビノールが血管内皮を傷害し、動脈硬化や心筋梗塞のリスクを高めることを示し、またこの副作用を大豆イソフラボンの一つゲニスタインが軽減できることを示した研究で5月12日号 Cell に掲載された。タイトルは「Cannabinoid receptor 1 antagonist genistein attenuates marijuana-induced vascular inflammation (カンナビノイド受容体1の阻害剤ゲニスタインはマリファナにより誘導される血管炎症を軽減する)」だ。

マリファナが心血管障害を誘導する可能性は以前から指摘されている。従って、この研究はこの可能性を皆が納得できる方法で証明し、治療方法を開発するかが課題になる。方法論的な新味はないが、このような目的に対して現在可能な一つのスタンダードを示している印象がある。

まず大麻使用が心血管系の副作用を有するか臨床的に検討するため、UK バイオバンクデータベースを用いて、大麻使用と心筋梗塞の発症率の相関を調べ、月1回以上大麻を使用していた人は、心筋梗塞の頻度が0.45%から0.57%へと上昇することを確認する。

次に、大麻を嗜好目的で利用している人について、様々な炎症性サイトカインの血中濃度がマリファナ使用で高まることを明らかにしている。

この結果から血管内皮に影響があると仮説をたて、まず血管内皮細胞株、そしてヒト iPS 由来血管内皮細胞を用いて、合成カンナビノール THC の効果を調べ、大麻が活性酸素を内皮で上昇させ、酸化ストレスを誘導することを明らかにしている。

これは大麻使用で炎症が抑えられるという、思い込みや、報道とは真逆の結果になるので、さらに iPS 由来血管内皮を用いて、カンナビノール受容体 (CB) が刺激を受けると、MAP キナーゼが活性化され、その下流で炎症を司る NFkB が活性化され、血管内皮炎症状態が持続することを明らかにしている。

次に、この副作用を軽減できる CB 阻害剤を探索し、大豆イソフラボンの一つゲニスタインが CB1 の阻害剤として利用できることを発見する。

そして最終的に、動脈硬化実験動物モデルを用いて、THC の連続等よにより動脈硬化が悪化すること、またゲニスタインはこれを阻害することを明らかにしている。ただ、CB 阻害によって、効果そのものも帳消しになれば元も子もないことになるが、ゲニスタインは脳への移行が低く、THC の神経作用は抑制しないことも確認している。

以上、新しいという印象は全くないが、一つの臨床的課題に、現在利用できるツールを駆使して取り組み、これまでの懸念を明確にするとともに、エビデンスのない思い込みを排除し、最後にすぐに可能な治療法まで開発したという、お手本のような研究だと思う。後は臨床試験だけだが、そう難しくはないだろう。いずれにせよ、大麻にも副作用があることは明確になり、嗜好目的で使っていいのかは疑問がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 日焼け止めが珊瑚礁を壊す(5月6日号 Science 掲載論文)

2022年5月10日
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世界中で珊瑚礁が危機に瀕していることが明らかになっている。以前紹介したように、その主要な原因は地球温暖化により、サンゴ(刺胞動物)と共生する藻類の温度感受性が高く、温暖化でその数が急速に低下しているため、サンゴも生存できなくなっていることがわかってきた(https://aasj.jp/news/watch/6275)。一方で、珊瑚礁が死滅するスピードが場所により異なることから、当然人間が原因となる要因もあることが想定されていた。人的要因についての犯人捜しの過程で、最近注目されているのが日焼け止めクリームで、なんと水泳客の多いエリアでは、成分の一つ oxybenzone が 1.4mg/l にまで達することがわかっている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は oxybenzone がサンゴを殺すメカニズムを明らかにした研究で5月6日号 Science に掲載された。タイトルは「Conversion of oxybenzone sunscreen to phototoxic glucoside conjugates by sea anemones and corals(イソギンチャクやサンゴは日焼け止めクリーム中の oxybenzone を光毒性を持つグルコシド化合物に変換する)」だ。

この研究では刺胞動物の代表としてサンゴの代わりにイソギンチャクの一種 Aiptasia を使っている。この種は、サンゴと同じで藻類と共生体を形成しており、珊瑚礁形成能はないが、サンゴ研究に使われている。

まず oxybenzone を Aiptasia の水槽に加える実験から、oxybenzone 自体は毒性がないことがわかる。ところが、そこに一定の波長の紫外線を当てると、8μMの濃度の oxybenzone で全ての Aiptasia が死滅する。即ち、UV から細胞を守る分子が、UV により光毒性を媒介するという皮肉な現象が起こっていることがわかった。

この原因を Aiptasia による oxybenzone の代謝物で光毒性を発揮できる分子にあるとみて、生化学的に調べると、最終的に oxybenzone がブドウ糖と結合した glucoside-benzone が UV により活性化され、細胞障害性の活性物質生成の触媒として働くことを発見する。すなわち、oxybenzone のような脂溶性の分子を水に溶けやすくして輩出する Aiptasia の機構が、oxybenzone と glucoside を結合させ、光により様々な活性分子の生成を促すことがわかった。

最後に、藻類と共生関係にある状況で gluoside-oxybenzone による光毒性が発生する過程を調べ、共生関係が成立している場合、毒性が強く抑制されることを明らかにしている。これは、glucoside-oxybenzone のほぼ全てが藻類により Aiptasia から隔離されてしまうためで、ここでも藻類との共生がサンゴを守っていることが明らかになった。

以上が結果で、地球温暖化でサンゴを守る藻類との共生が難しくなり、それに輪をかけて、日焼け止めを塗った水泳客の脅威にもさらされるという恐ろしい話だ。結局温暖化も人間が原因なので、これをなんとかするためには、温暖化を抑え、サンゴやそれと共生する藻類が分解しやすい日焼け止めを開発するしかない。さあどうする。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日 PI3Kδ 阻害剤をガン治療に利用するために(5月4日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月9日
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PI3Kはインシュリンシグナルを始め様々な生命シグナルに関わっており、また分子構成やその組織発現は極めて多様で、個人的には全く苦手なシグナルの一つだ。現役の頃から、真面目に勉強することはやめて、わからないことはプロの竹縄さんに聞けばいいと思っていた。とはいえ、細胞の生存に重要なシグナルであるということは、ガン細胞にすればもっと重要であると考えられ、抗ガン剤として PI3K 阻害剤が開発されてきた。私たち現役の頃はワートマニンぐらいしか阻害剤はなかったが、現在では異なる活性サブユニットに対する薬剤が開発されている。現在まで、PI3Kα に対する阻害剤が乳ガン、δ に対する阻害剤が B 細胞腫瘍に対する薬剤として、治験が行われているが、それでも副作用の強さが大きな問題になってきた。

今日紹介する La Jolla 免疫研究所からの論文は、PI3Kδ に特異的な阻害剤の副作用を徹底的に検証して、阻害剤の新しい使用法の開発を試みた研究で、5月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent PI3Kδ inhibition sustains anti-tumour immunity and curbs irAEs (間欠的に PI3Kδ 阻害剤を投与するとガン免疫を維持したまま免疫関連副作用を回避できる)」だ。

この論文の結論がわかってしまうタイトルで、要するに PI3Kδ 阻害剤は日を置いて使えばよいという結論だ。前置きに述べたように、PI3Kδ 阻害剤の最大の問題は副作用で、腫瘍の増殖を抑えたり、あるいはガン免疫を高めたりする効果は臨床治験でも期待通り見られている。しかし副作用が強くほとんどの人は薬剤を続けることが難しい。そして何よりもその副作用は、irAE と呼ばれる免疫関連副作用だ。

irAE はチェックポイント治療が始まったときから問題になっている副作用で、免疫が持続するのを防ぐ治療を行えば、ガン免疫だけでなく、自己免疫も高まることを示している。ただ PI3Kδ 阻害剤の irAE はPD-1に対するチェックポイント治療とはかなり様相を異にしており、重症の腸炎が最も大きな問題になる。これまでの検討から、PI3Kδ 阻害剤が特に Treg 機能抑制を介して、エフェクター機能を高めるからであることが示されていた。

この研究では、ネオアジュバント治療(腫瘍はその後切除する)として PI3Kδ 阻害剤を使用した頭頸部ガンの患者さんの治験を利用して、irAE の詳しい解析を、腫瘍組織の RNA 発現解析と、single cell RNAseq などを用いて行っている。読んでみると、確かに副作用はひどく、通常用量では15人中9人が薬剤を中止せざるを得ないほど強い腸炎にかかっている。また用量を少し減らしたぐらいでは、同じ結果で終わっている。

このような患者さんの腫瘍組織では期待通り、抑制性Tregが減少し、逆にCD4,CD8エフェクターT細胞が増加していることが観察できる。即ち期待通りirAEはPI3Kδ阻害剤がTregを抑えることで起こる。ただ解析の過程で、Tregの現象は一過性で、時間がたつと正常化することを発見する。おそらくこの時点で、間欠的に投与することで、副作用が抑えられるのではと着想したと思う。

そこで、動物実験に戻り、PI3Kδ 阻害剤が IL-10 を分泌する強い制御活性のある Treg の組織内へのリクルートを選択的に抑えること、その結果腸組織で CD8T 細胞の数が上昇し、炎症を誘導することを明らかにしている。

次に、硫酸デキストランで腸を傷害して炎症を誘導するモデルを用いて PI3Kδ 阻害剤投与実験を行い、PI3Kδ 阻害剤により増強される腸炎、および腸炎を誘導する CD8T 細胞が、4日投与、3日休みというプロトコルでは、ほとんど起こらないことを発見する。

また、single cell RNAseq を用いた解析で、PI3Kδ 阻害剤投与で上昇する IL-17 分泌炎症細胞の条床を、4日投与/3日休みという間欠的プロトコルではほ抑えられることを示している。一方で、誘導されたCD8 キラー細胞などは影響を受ける、そのまま維持される。

以上が結果で、間欠的 PI3Kδ 阻害剤投与で、炎症型T細胞の増殖を抑え、キラー細胞は高めるという、理想的な投与法が開発されたことになる。

最初は人間の研究から始まっていても、最後の結果は動物実験の話で、人間に利用するには時間がかかるだろう。ただ、薬剤自体は FDA に認可されており、またネオアジュバント治験という、薬剤効果を調べるための理想的治験が進んでいることから、間欠的投与プロトコルを加えることは、以外とスムースに進むかもしれない。長年期待された PI3K 阻害剤によるガン治療も少しづつ完成に近づいている。特に、免疫治療の分野では、大きな期待が得られる予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 膵臓ガンを守る中皮由来の線維芽細胞(5月5日 Cancer Cell オンライン掲載論文)

2022年5月8日
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何度も紹介したが、膵臓ガンの大きな特徴は間質細胞の増殖が著しく、おそらくこれがガン細胞の悪性化を誘導している点だ。また、ガンに対する免疫細胞の侵入を阻むことで、ガンを守っていることも知られている。このため Single cell RNA seq が可能になってから、膵臓ガン特異的な間質反応を調べる研究が続けられてきた。この中で scRNAseq の力を示した発見が、線維芽細胞の中にCD4T細胞へ抗原提示出来る Class II 組織適合性抗原(MHC)を発現する細胞の存在の発見で、これがガン免疫を変化させているのではと考えられている。

今日紹介するテキサス大学からの論文はこの抗原提示能を持つガンの間質細胞( apCAF )が、内臓を取り巻く中皮由来で、これが制御性 T細胞(Treg)を誘導しやすい環境を作っていることで膵臓ガンが守られていることを示した研究で5月5日 Cancer Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Mesothelial cell-derived antigen-presenting cancer-associated fibroblasts induce expansion of regulatory T cells in pancreatic cancer(中皮細胞由来の抗原提示ガン間質細胞が膵臓ガンで制御性T細胞を誘導する)」だ。

この研究ではまず、自分のデータを含む膵臓ガンの間質細胞(CAF)についての scRNAseq データを集め、class II を発現した apCAF が膵臓ガンが伸展するほど増加することを明らかにするとともに、ポドプラニンやカドヘリンの発現などから中皮細胞由来ではないかと着想する。

そこで、中皮をラベルした後、膵臓ガンの CAF を追跡すると、中皮細胞が確かに侵入し、線維芽細胞様に変化することを突き止める。そして、この変化が膵臓ガン中で誘導される組織損傷や炎症によって分泌される IL-1 と TGFβ の作用によることを、中皮細胞株を用いた誘導実験で示している。即ち、膵臓ガンの apCAF が中皮由来で、ガンの進行とともにガン組織に組み込まれ、局所で上皮間質転換を遂げて CAF として働いているという発見がこの研究の重要な柱だ。

そしてつぎの柱が、apCAF によって Treg が誘導されることの確認だ。即ち、中皮や apCAF と T細胞を共培養すると、Treg の特徴である CD25 が発現し、実際キラー細胞を抑制することを示している。通常の ClassII MHC 発現、抗原提示細胞では様々な免疫共刺激分子が存在し、その結果炎症性やヘルパーなどの CD4T 細胞が誘導されるが、apCAF は共刺激シグナルを発現していないため、Treg が優先的に誘導されると考えられる。

面白い結果だが、最後の柱として、中皮に発現するメゾセリンに対する抗体を用いることで、中皮から CAF への変換がブロックされ、その結果膵臓ガンに対する免疫抑制が外れ、ガン免疫が回復することを示している。

メソセリンの機能は完全にわかっているわけではないが、膵臓ガンを含む様々なガン細胞にも発現していることが知られ、これに対する抗体やCARTはガン免疫療法として研究され続けている。従って、この発見は、メゾセリンの抗体を用いることで、ガンだけでなく、間質自体を正常化できる可能性を示している。 いわれてみれば間質に中皮由来の間質が存在してもおかしくないのだが、考えたことはなかった。さらに、中皮そのものも Treg 誘導を起こす能力があるとすると、ガンに限らず様々な新しい研究が生まれる予感がする

カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日 蚊の脳の反応から人の匂いの特徴を探る(5月4日 Nature オンライン掲載論文)

2022年5月7日
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この論文を読むまで、蚊が私たちによってくるのはもっぱら炭酸ガスのせいだと思っていた。ところが、ネッタイシマカ( Aedes aegypti )は他の動物には目もくれず人間を狙うらしい。とすると、炭酸ガスだけが蚊を引き寄せるというのは間違いで、人間特有の臭いを手がかりに我々を襲うと考えられる。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、臭い刺激に対する蚊の脳の反応を調べることで、人間特有のにおいに反応する領域と、その反応特性を明らかにするとともに、蚊が手がかりにしている人間の匂いの成分まで特定しようとした力作で、5月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mosquito brains encode unique features of human odour to drive host seeking(蚊の脳は人間独自の匂いの特徴をコードしてホストを探す)」だ。

まず、メスのネッタイシマカが C02ではなく、人間から集めた匂いに最も反応することを確認した後、動物の匂いと人間の匂いを溶かした標準的匂いの元を設計し、これを蚊に嗅がせたときの脳の反応を調べている。と言っても、蚊が相手なので反応を調べるための仕組みを自分で組み込む必要がある。この研究では Orco と呼ばれる匂い受容体と共発現する遺伝子部位にカルシウムセンサー遺伝子を導入し、臭いに対する反応をモニターできるようにして、匂いを嗅がせながら蚊の脳を観察している。

実際には匂いを嗅がせるだけでも様々な工夫が行われている大変な実験を行った結果、人間と動物の匂いに対して、確かに嗅覚野の異なる場所が反応することを突き止める。感覚から行動までの神経回路については全く手つかずだし、また人間に特異的に反応する領域の反応を抑えると、人間へ向かう行動が消えるかどうかなど、マウスと異なり簡単には手がつかない点も多いが、人間特有の匂いを表象する脳の反応領域が突き止められたことだけでも素晴らしい。

さらに、この脳の反応パターンを手がかりに、人間の匂いのどの成分に蚊が反応しているのかについて、中に含まれる個々の、あるいは組み合わせ分子を用いて、人間の反応パターンを再現できるか調べている。その結果、動物と人間の匂い成分は、存在する分子種についてはほぼオーバーラップしているが、ブレンドの割合が違っており、特に人間の匂いには長鎖のアルデヒド種が多い。即ち、多い割合で長鎖アルデヒドが存在し、それが他の成分と混合した全体が、蚊の脳から見た人間特有の匂いであることを示している。

これを確かめるため、次に人工的に化合物を人の匂いに近いようにブレンドし、それが人間の匂いをある程度ミミックすることを確認した後、二酸化炭素とともに混合してメスの蚊に嗅がせると、人の匂いと同じような行動をとることを示している。

以上が結果で、蚊の脳の匂い成分に対する反応を見ることが出来るとは本当に驚きだ。蚊に刺されない方法の開発につながるなどと下世話な話も出来るとは思うが、そんな話を超えて、この研究にはポテンシャルを感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日 細胞にも絆創膏が備わっている(4月22日号 Science 掲載論文)

2022年5月6日
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キラーT細胞の細胞障害性にパーフォリンとグランザイムBが関わることは、広く知られているが、グランザイムがアポトーシスを誘導する一方、パーフォリンは細胞膜に穴を開けることで細胞を殺すことが、明らかになっている。つい先日紹介したように、私自身はグランザイムBも、細胞膜に穴を形成する分子だと勘違いしていた(https://aasj.jp/news/watch/19545)。おそらくこれは、順天堂の奥村先生の大学院生、新貝さんがパーフォリン遺伝子クローニングについて最初に発表していたのが鮮明な印象として残って、その後このイメージを変えることが出来なかったためだろう。

さて、このパーフォリンだが、では、穴が空けば細胞がすぐ死ぬのかについてはまだわかっていないことも多かったようだ。今日紹介する Genentic 社からの論文は、パーフォリンによって出来る穴を修復する細胞のいわば絆創膏に対応する分子の研究で4月22日号 Science に掲載された。タイトルは「ESCRT-mediated membrane repair protects tumor-derived cells against T cell attack( ESCRT を介した細胞膜の修復はT細胞の攻撃から腫瘍細胞を守る)」だ。

ESCRT ファミリー分子(以後 ESCRT )は、細胞膜が飛び出す budding や分裂などに際して、細胞膜の構造変化を調節する分子だが、細胞膜に空いた小さな穴の修復に関わることが知られていた。しかし、この論文を読むまで、細胞にもこのような修復機構が備わっていると考えたことはなかった。すなわち、可塑性は高くても、いったん穴が空けばネクローシスになると思っていた。

この研究では、同じ ESCRT が、T細胞がガン細胞を傷害するとき起こるパーフォリンによる細胞膜の穴を塞げるどうかを調べることを目的としている。勿論、ESCRT 遺伝子をノックアウトしておくと、ガン細胞がキラー細胞によって殺されやすくなるといった機能的実験も示しているが、この研究の圧巻はキラーにより穴が空いて、それを ESCRT が塞ぐ過程を全て細胞学的に可視化しようとした点にある。

まず蛍光ラベルした ESCRT を導入したガン細胞にキラーT細胞を加えて ESCRT の局在をビデオで調べると、キラー細胞がコンタクトしている細胞膜に ESCRT がリクルートされることを確認する。

次に電子顕微鏡でガン細胞がキラー細胞により傷害されているところを撮影し、3次元再構成を行い、キラー細胞から細胞溶解性の小胞がガンへと移行していく様子、そしてガン細胞が傷害される様子がイメージ化されている。ただ、このような変化が見られても、膜にパーフォリンの穴が空いているという現場は捉えることが難しいようだ。

そこでさらに高い解像度でラベルされた分子を観察するため、以前紹介した cryo-SIM/FIB-SIM と呼ばれる方法を用いて(https://aasj.jp/news/watch/15502)、細胞障害現場での ESCRT の局在を調べ、ガン細胞膜がキラー細胞の中に吸い込まれるように飛び出している場所に ESCRT が濃縮していることを示している。すなわち、細胞傷害が起こる場所で、穴が空いた膜を budding で切り出すような感じで修復しているのがわかった。

以上が結果で、機能的にはノックアウト実験ですむところを、目で見えるようにするという細胞生物学の執念が結実した結果だと思う。形を見れば、おそらく様々な分子過程が想像されるはずで、今後 ESCRT だけでなく、キラー細胞の活性を高めるための方法がここから明らかにされることも期待できる。

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5月5日 皮膚エリテマトーデス発症のメカニズム(4月27日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年5月5日
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SLE 患者さんの7割に皮膚の発疹が見られる。Lupus と呼ばれるように、発疹は両側だが局所的に見られる、特徴的なのは蝶形紅斑とよばれる顔の紅斑だろう。これを見たとき、紅斑部と正常部に皮膚を分けて、病変が紅斑部に限局していると考えてしまう。

今日紹介するミシガン大学からの論文は皮膚 Lupus を示す SLE 患者さんの様々な場所からのバイオプシー標本から分離した細胞を single cell RNA seq で調べ、SLE では健常部で既に炎症が始まっていることを示した研究で4月27日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Nonlesional lupus skin contributes to inflammatory education of myeloid cells and primes for cutaneous inflammation(非病変部の皮膚も顆粒球系細胞の炎症へのeducationを通して皮膚炎症を誘導する)」だ。

研究は単純で、明らかに紅斑が見られる皮膚と外部からは異常が認められない皮膚バイオプシー標本から細胞を集め、single cell RNA seq で解析し、炎症が病変部に限局しているのかどうかをまず調べている。

様々な実験が行われてはいるが、結論は単純で、ケラチノサイト、ファイブロブラスト、リンパ球、白血球の全てで、病変部のみならず、正常に見える部位でも1型インターフェロン上昇とその影響が見られるという結果になっている。

正直結果はこれだけなのだが、ケラチノサイトの方は全てのタイプのケラチノサイトで IFN が上昇している。そして、他の細胞はすべてこの IFN 刺激により誘導される分子発現で特徴付けられ、受動的反応と言える。例えば、T 細胞で見ると、キラーや炎症細胞だけでなく、抑制性 T 細胞も IFN の影響を受けている。

これらの中でも著者らが最も注目しているのが CD16 陽性の樹状細胞で、健常部が IFN を発現することで、血液から細胞が移動し、ここで活性化型の樹状細胞に分化し、その後の皮膚病変の核になると考えている。

この研究で最も注目すべきデータは、これら single cell RNAseq データを組織レベルに移すため、この HP でも紹介した組織標本を用いて各部位の RNA seq を行う方法が使われていることで、既にキット化されて臨床研究にも利用できるところまで来ているのかと感慨が深い。この方法を組みあわせた結果、ケラチノサイトが他の細胞の変化を組織化していることがよくわかる。

以上が結果で、病変が現れる前から炎症がケラチノサイトの変化をベースに始まっていることは確かに重要で納得できるのだが、では蝶形紅斑のように、いつも同じ場所に病変が現れる要因や、炎症が始まっていても正常に見える部分 の皮膚病変とは何なのか、もう少し突っ込んだ議論が欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日 記憶低下や反復行動は自閉症由来アストロサイト移植で誘導できる(4月1日 Molecular Psychiatry オンライン掲載論文)

2022年5月4日
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ヒトES細胞から分化細胞を誘導できるようになった後、その機能を確かめるために、マウスに移植して細胞機能を調べる実験が数多く行われた。免疫不全マウスを使うのは当然だが、さらに NK 細胞などの機能を抑制する必要があり、これに適したマウスが開発された。ただ、ヒト細胞とマウス環境とのマッチングがどこまで自然なのかについては疑問が多い。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、自閉症スペクトラム(ASD)の方から樹立した iPS 細胞から誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して、ASD で見られる反復行動などが誘導できないかを調べた研究で、面白いのだが解釈は慎重にすべき研究で、4月1日 Molecular Psychiatry にオンライン掲載された。タイトルは「Astrocytes derived from ASD individuals alter behavior and destabilize neuronal activity through aberrant Ca 2+ signaling(ASD の方に由来するアストロサイトは Caシグナル異常を介して行動を変化させ、神経活動を不安定化させる)」だ。

おそらくこのグループは、ASD 由来の iPS 細胞から様々な神経系細胞を誘導し、異常がないか調べていたのだと思う。その過程で、アストロサイトを誘導すると、プロテオーム解析で、Ca シグナルに関わる分子の発現が ASD アストロサイトでは大きく変化しており、生理学的に調べると、ATP を加えたときのCa 活性が ASD で高まっていることを発見する。

これまで ASD 研究は、抑制性神経を中心に回ってきたので、アストロサイトが質的変化を示すという結果は面白い。ただ、試験管内でこの変化の帰結を調べるのは簡単でない。そこで「是非に及ばず」と、誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して見ると、意外にも脳内を移動して広く分布し、神経細胞とも接触することを確認する。

さらに、同じアストロサイトを生まれたばかりのマウス脳に注射、60日待って組織になじました後、カルシウムイメージングでアストロサイトの活動を見ると、ASD 由来アストロサイトだけ Ca 反応が高まっていることが確認された。

そして最後に、このマウスについて行動学的検査を行うと、ASD 由来アストロサイトを移植されたマウスでは、同じ行動を反復する行動が現れ、同時に様々な記憶テストで低下が見られ、また海馬の長期増強が低下することを確認している。すなわち、アストロサイト移植で行動や記憶障害を移行させることが出来る。

また、試験管内の今日培養系で、ASD 由来アストロサイトを加えた海馬では、スパインの形成が低下していることまで調べている。

最後に遺伝子ノックダウンで Ca の活動を低下させ、これを移植すると、Ca 反応性の低下とともに、行動異常や記憶が一部改善することから、ASD でアストロサイトの Ca 反応性が高まっていることが、ASD の行動を作る重要な原因だと結論している。

無論、コントロールアストロサイトではこのような変化は誘導できず、また Ca 反応性を低下させる実験で、なかなか文句のつけようがないのだが、それもこの結論をどこまで支持するか、ちょっと躊躇するのも事実だ。

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