12月10日 一般胃腸薬が新型コロナ感染予防に役に立つ?(12月7日 Nature オンライン掲載論文)
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12月10日 一般胃腸薬が新型コロナ感染予防に役に立つ?(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月10日
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久しぶりに Covid-19 の論文を紹介する。ケンブリッジ大学からの論文で、なんと普通に胃もたれを予防する市販薬として売られ、そのメカニズムも明らかな薬剤が、Covid-19 の予防に効果があるかも知れないという研究で、12月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「FXR inhibition may protect from SARS-CoV-2 infection by reducing ACE2(FXR阻害はACE2発現を減少させて SARS-CoV-2 感染から守るかも知れない)」だ。

おそらく胆管上皮の遺伝子発現を調べる目的だったと想像するが、胆管上皮オルガノイド培養で ACE2 の発現が胆汁酸により調節されていることを発見する。

胆汁酸は核内受容体FXR を介して作用することがわかっているので、ACE2遺伝子上流に FXR結合部位があるか染色体免疫沈降で確認した後、次に胆管上皮の ACE2発現を、市販薬としても使われている UDCA で抑制できることを明らかにする。

次に FXR による ACE2発現調節が他の上皮でも同じように行われるのか調べるため、気管上皮や消化管上皮のオルガノイドで調べると、UDCAで同じように抑制できる。

そこでオルガノイドを用いて、SARS-Co-V2 感染実験を行うと、上皮内の SARS-Co-V2 の増殖を抑えられることがわかる。また、ハムスターを用いた感染実験系でも、UDCA をあらかじめ投与したハムスターでは感染を強く抑えることを確認している。

後は人間でも同じことが言えるかで、移植出来なかった肺を用いた感染実験で、UDCA を血液に注入することで感染を抑えられることを確認した後、実際の臨床状態を、肝臓病で UDCA を投与された人と、投与されなかった人の入院や重症化の比率を調べると、入院比率は30%、ICU治療が必要になる確率は10%減ることを示している。

さらにこの結果を確認するため、肝移植を受け、2回ワクチンを受けた後感染した人の入院率や重症化率を UDCA投与有り無しで比べると、入院率が20%低下、重症化率が15%低下していることが明らかになった。

以上が結果で、驚くほどの効果ではないかも知れないが、我が国でも市販薬として手に入る UDCA に感染予防効果がある程度あることがわかった。UDCA は脂肪をとったときの胆汁による胃もたれや、場合によっては脂肪を抑えるサプリとして利用されていることを考えると、おそらくほとんど副作用はないのだろう。人混みに行く2-3日前から服用して予防する方法に使える可能性はある。また、構造から考えても、喘息のステロイド吸入のような方法で気道に投与することも可能だろう。少しでもウイルスの流通量を減らすという意味で面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月9日 200万年前の生態系を DNA から再構成する(12月7日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月9日
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このブログで紹介した最も古い生物のゲノム解析論文は2021年2月に紹介したシベリアで出土したマンモスゲノムの論文だと思う(https://aasj.jp/news/watch/15022)。このように永久凍土の場合、他の生物のDNA侵入が少なく、また DNA の化学変化速度も低下するので、DNA解析が十分可能になる。

ついでに加えると、人類では40万年前のハイデルベルグ原人のミトコンドリアゲノムが、このブログで紹介した最も古いゲノムになる(https://aasj.jp/news/watch/808)。

今日紹介するコペンハーゲン大学を中心にした国際チームからの論文は、さらに古い200万年前のゲノム解読研究だが、暖かい時期に生物が生息した後、長く氷に閉じ込められて現在に至ったグリーンランドの堆積層からDNAを集め、当時の生物相を調べたメタゲノム研究で、12月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A 2-million-year-old ecosystem in Greenland uncovered by environmental DNA(グリーンランドの200万年の生態系が環境DNAから明らかになる)」だ。

グリーンランド北部は100-300万年前は地球温暖化で生物が生息していたことが知られており、現在も研究が続いている。このコペンハーゲン岬と呼ばれる領域に、川などの堆積により形成された地層があり、動植物の化石が出るだけでなく、有機物に富んでいる。

2016年8月に紹介したようにコペンハーゲン大学では土壌に吸着しているDNAを抽出して当時の生態系を知る研究が続けられているが(https://aasj.jp/news/watch/5639)、この研究でも同じ技術をグリーンランド堆積土壌の解析に用いている。

DNAが抽出できるからと言っても、解析は大変だ。土壌の質に応じてどの程度DNAをはがしてこられるのか、平均気温から考えて、DNAの変性速度は、通常温度とどのぐらい違うのかなど、様々な実験を繰り返し、得られた結果を生かして少しでもデータの信頼性を高められるようとする膨大な実験が行われている。まさに、シャノンが開発した情報科学の粋がここで行われていることがよくわかる。

その結果、全体で20億塩基対に相当する30bpより長いDNA断片を集めるのに成功している。これにはその地域に存在した全てのDNAが含まれるが、少なくとも3回以上同じストレッチが発見される場合のみ解析対象にすると、植物では葉緑体、動物ではミトコンドリアのDNAが解析の中心になる。このような動植物ゲノム配列からこの生態系の年代を測定すると、地質学的測定とほぼ一致し200万年前になり、おそらく最古のDNAが解読されたと言っていいだろう。

メタゲノム解析の結果は、予想通りで、抽出されたDNAには100種類の植物属のDNAが発見されており、多くはこれまで花粉や化石として発見されたものに相当する。このように他の方法とDNAを対応させることは重要で、使われた方法の信頼性を示す。特定された植物の多くは、現地球の寒冷地方で存在しているが、新しい属も含まれる。

植物と比べると、動物の種類は少ない。最も驚くのはマストドンのようなゾウ類のDNAが発見されることで、ゾウを頂点とするトナカイやウサギのような様々な草食動物がグリーンランドで暮らしていたことがわかる。

詳しく見れば生態学的には重要な話が満載だと思うが、素人的には現代のグリーンランドからは想像できない生態系が存在していたとまとめれば十分だろう。幸い、今週の表紙を見ればこの研究の結論がわかるようになっているのでそれを示しておく。

今後、南極の氷の下にある土壌、あるいは深海の堆積物など、メタゲノムの対象は無限に存在する。その中からどんな発見があるのか、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月8日 ケタミンが解離体験を誘導するメカニズム(11月24日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年12月8日
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解離体験というと、自分が身体や世界から切り離された気持ちになる、いわば自分であるという感覚の喪失とも言える状態で、我々の場合ボーとした時にそんな状態が起こるが、重症になると、離人症、多重人格などの病名がつく。体験自体主観的な感覚なので、動物で実験することは簡単でないが、ケタミンにより同じような体験が得られることから、動物の皮質に及ぼすケタミンの作用として研究がされている。このブログでも2020年9月18日、光遺伝学を用いた Deisseroth グループの研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13913)。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、ケタミンがなぜ解離体験を誘導するのかについて、よりわかりやすい説明を提供してくれる研究で、11月24日 Nature Neuroscience に掲載された。タイトルは「Ketamine triggers a switch in excitatory neuronal activity across neocortex(ケタミンは新皮質全体で興奮神経活性のスイッチを誘導する)」だ。

マウスで解離体験を定義するのは難しいが、この研究ではいくつかの行動実験を組みあわせて、自失という状態を測定し、50mg/kg 量が自失状態を誘導するとともに、これまで言われていたように皮質錐体神経の、遅い周波数の興奮が特異的に消失することを確認する。

次に皮質2/3層の個々の錐体神経の活動を追いかけると、ケタミン投与により、それまで興奮していた神経の興奮は低下する一方、休止していた神経が興奮するという、スイッチ現象を観察した。このスイッチは決して2/3層に限らず、インプットが来る第4層でも、アウトプットが出る第5層でも同じように起こっていることがわかった。

要するにそれまでの自分として興奮していた錐体神経の活動が低下し、自分として興奮していなかった神経の活動が活性化しているとわかると、この現象が解離体験に近いだろうというのは素人にも納得できる。まさにこれがこの研究のハイライトだ。

このスイッチのメカニズムを探っていくと、2種類の抑制性介在神経(PVとSST)の両方が抑制されている結果で、この抑制が外れるとスイッチは見られない。ケタミン全身投与では、新皮質全体に同じスイッチが見られるが、ケタミンを少量局所に投与すると、その領域で同じようにスイッチが起こることから、局所レベルの錐体神経と介在神経のサーキットで起こっている現象であることがわかる。

最後に、介在神経が発現しているケタミンが作用する分子、グルタミン酸受容体、及び HCN1チャンネルを別々、あるいは同時に抑制する実験を行い、それぞれ単独の抑制では、興奮している神経を抑える、あるいは休止している神経を高める単独の効果はあるが、ケタミンのように興奮は下げ、休止は上げるという効果は見られない。しかし、グルタミン酸受容体抑制と、HCN1チャンネルの同時抑制をかけると、ケタミンとほぼ同様の効果が得られることがわかった。逆から言うと、現在の世界との関わりを維持し、他の世界との関わりを抑えることが、2種類の介在神経の作用で起こっていること、これを全部押さえると、現実からの乖離が可能であるという結論だ。

以上が結果で、ケタミンが錐体神経の興奮スイッチを誘導することで、解離体験が生まれること、さらにこの神経変化が、2種類の介在神経を同時に抑えることで再現できることを示して、ケタミンによる解離体験の生理学的機構を明らかにした点で、この研究は重要だ。ケタミンはうつ病を抑える薬剤としても使われていることから、新しい治療法の開発にもつながる面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 アミノ酸が同じでもコドンが異なれば酵素活性が変化する(12月5日 Nature Chemistry オンライン掲載論文)

2022年12月7日
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分子生物学と長く付き合ってきても、全く想像だにしなかった現象についての論文を紹介したい。

ペンシルバニア州立大学からの論文で、アミノ酸の種類が変化しない遺伝子変異(synonymous 変異)が起こると、酵素活性が変化するという現象について、実験的・理論的に検証した研究で、12月5日Nature Chemistry にオンライン掲載された。タイトルは「How synonymous mutations alter enzyme structure and function over long timescales(アミノ酸レベルで同意義の変異が長い時間スケールで酵素の構造と機能を変化させるのか)」だ。

化学の論文を読む機会があまりないので、実験や理論の詳細については完全に理解したわけではないが、結論は理解することが出来る。しかし、化学の論文も読んでみる物で、化学者の方法や思考は、生物学とはずいぶん違うこともわかった。

何よりも、生物学では酵素の機能はアミノ酸配列で決まると思っているし、変異でもアミノ酸が変化しない synonymous 変異は、生物活性に何の変化もないと思っていた。

しかし、大腸菌の実験系では、synonymous 変異により、翻訳のスピードが変化し、その結果翻訳後の蛋白質の酵素活性が異なることが知られていたようだ(私だけが知らなかっただけかも?)。この研究では、3種類の酵素に、synonymous 変異を導入し、その mRNA の翻訳速度を調べると、それぞれスピードは2倍以上変化することを示している。確かに、翻訳速度の違いについては、それぞれのコドンに対する tRNA の量もちがうし、リボゾームとの相性も違う結果、このぐらいの翻訳速度が変化する可能性は納得できる。

こうして翻訳した蛋白質の酵素活性を調べると、2種類の酵素では翻訳速度が速いと、活性が低下する。一方、一つの酵素は翻訳速度が違っても、酵素活性に違いがないことがわかった。

この理由を説明するために、それぞれの蛋白質の折りたたみ過程と構造についてモデルを立て、折りたたみ過程で、完全に失敗ではないが、酵素活性が低いギクシャクした状態が発生することが、全体での酵素活性の低下につながることを明らかにしている。

この状態を entangled state と名付けているが、この状態は時間がたてばシャペロンがなくとも完全に正常の構造をとることが出来る。そして、翻訳時に entangled state が発生し、リボゾームから遊離した後、時間をかけて自然に entangle state が解消することを示している。さらに、蛋白質によって、このような entangled state は何種類も複雑に存在する。この結果、完全に正常な構造にたどり着くまでの時間は蛋白質により変わる。

これらの結果から、

  1. Synonymous 変異により翻訳速度が変化すると、翻訳が早い場合様々な entangled state が発生する。
  2. 酵素によっては、この entangled state はすぐに解消されるので、変異があっても活性は変わらないが、酵素によっては複雑な entangled states がリボゾームから遊離後も改正に時間がかかり、酵素活性が低下する。
  3. Entangled state の多くは、可溶性で、正常に近いため、分解処理されることはないが、全体の酵素活性は低下する。

以上が結論で、私だけかも知れないが、大変勉強になった。どんなに小さな変化でも、進化という長い時間スケールでは影響があるはずで、どのコドンを使うのかの重要性が良く理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 中世ヨーロッパのユダヤ人(11月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年12月6日
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日本でもよく知られるロシア出身のピアニストで、現存の大御所筆頭はウラジミール・アシュケナージさんだと思うが、このアシュケナージという名前は文字通り、ヨーロッパ系のユダヤ人を意味している。もう少し説明すると、アシュケナージとは、ヘブライ語でゲルマン(ドイツ)をさしており、先祖が10世紀ライン川沿いに移住してきたユダヤ人であることから名付けられた。

このポピュレーションは現在世界中に拡がっており、またゲノム研究が詳しく行われている。その結果、ヨーロッパに移住した2つのユダヤ人の流れがアシュケナージを形成したことが示されており、また起源ゲノムがよく保存され、その結果アシュケナージ特有の疾患遺伝子が維持される、医学的にも重要な対象になっている。ただ、ユダヤ人の歴史はそのまま迫害の歴史でもあり、現在のアシュケナージゲノムだけからは判断できない疑問も多い。

今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学と、ハーバード大学からの論文は14世紀のエアフルトに暮らしていたアシュケナージのゲノムから、より詳しいアシュケナージの歴史を明らかにしようとした研究で、11月30日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genome-wide data from medieval German Jews show that the Ashkenazi founder event pre-dated the 14 th century(中世のドイツ在住ユダヤ人のゲノムは14世紀以前のアシュケナージの先祖を明らかにする)」だ。

ドイツ中部のエアフルトのユダヤ人の歴史は研究が進んでおり、1349年の虐殺・迫害により消滅する前まで、ユダヤ人コミュニティーが形成されていた。そして迫害後、1354年からコミュニティーが再度形成され、ドイツの中では大きなユダヤ人コミュニティーとなっていた。

このコミュニティーの墓地の発掘が2013年から進められ、14世紀に埋葬されていた遺骨の DNA解析が行われ、現在のアシュケナージや、ヨーロッパの各民族との比較が行われた。

  1. 最初の発見は、700年離れていても、世界に散らばるアシュケナージと、14世紀エアフルトのアシュケナージは極めて良く似ていることだ。すなわち、ユダヤ人社会は外部との交雑が極端に低い。
  2. 最も驚くのは、現代のアシュケナージと比べ、エアフルトのアシュケナージ(EAJ)は、もっと多様で、ヨーロッパ系統と、コーカサスやレバノンなど東系統の2つに大きく分かれる。
  3. これまでアシュケナージの起源については。、南イタリア説、地中海説など様々な説が存在する。この研究では、西ヨーロッパ起源は否定できるが、イタリアや地中海説はどちらもフィットすることから、どちらと決めることは難しいことを示している。
  4. EAJ の祖先を探ると、現代ユダヤ人と同じで、1000年前に存在した小さな集団由来であることが、様々な解析方法から確認できる。そして現在のアシュケナージゲノムは EAJ に加えて、まだ特定できないもう一つのグループが存在し、この二つが一旦収束した後、現在のアシュケナージを形成したと考えられる。
  5. 先祖集団数は、様々な指標からかなり少ないと考えられる。

以上、基本的にヨーロッパのユダヤ人史をゲノムを用いて解析すると、残された記録と一致しており、迫害と、限られてはいるが非ユダヤ人との交雑でゲノムが形成されたことを示している。現代アシュケナージは、エアフルト系統と、もう一つの系統が何らかの原因で収束した小さな集団から始まるため、多様性が EAJ より低下しているが、このイベントを特定するのは今後の重要な課題だろう。いずれにせよ、Cell の論文から歴史を学ぶことが出来るようになったのは感慨深い。

ただ読み終わって二つの疑問が湧いた。まず、現代の歴史学の人たちも Cell を読むのかという問題と、我が国の歴史がいつか Cell に発表される日はあるのかという疑問だ。すなわち、歴史学と様々な科学的古代解析研究が、どう統合されていくのかという問題で、今後を見守っていきたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月5日 血液クローン増殖の遺伝リスク研究 (11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月5日
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何度も紹介しているが、年齢とともに様々なステージの血液幹細胞に突然変異が起こることで、悪性ではないが、特定のクローンが血液のかなりの割合を占めるようになることが知られている。この状態は clonal hematopoiesis of indeterminate potential(CHIP) と名付けられ、原則血液のエクソームや全ゲノムの配列を調べることで初めて明らかになる。検査は大変だが、CHIP の重要性は、血液に限らず、その後の平均余命と強く相関しており、血液の異常であるにもかかわらず、固形ガンや心血管障害とも関連が指摘されている。

今日紹介するリジェネロン社からの論文は、UKバイオバンク、及び米国医療提供会社 Geisinger Health Systemバイオバンクを会わせた、60万人を超す対象者のデータベースから CHIP を特定し、CHIP発生の遺伝リスクや、他の疾患との相関を徹底的に調べた、ある意味これまでのまとめとも言える研究で11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Common and rare variant associations with clonal haematopoiesis phenotypes(血液クローン増殖形質に連関するコモン及びレア変異)」だ。

この論文を見てまず驚くのが、全てがリジェネロンにより行われている点だ。リジェネロンは、Covid-19 に対する最初の抗体薬を上梓した創薬企業だが、元々研究力は高い。また、ガイジンガーとは協力して研究を行っているが、ゲノム・データサイエンスをここまでやられると、アカデミアもうかうか出来ない。

この研究では、2つのバイオバンクの参加者のエクソーム解析から、23の CHIP の原因として特定されている遺伝子変異のいずれかを持つ29669人の CHIP患者を特定している。年齢を問わず、60万人に対して3万人近くが CHIP というのは、恐ろしい数字だ。CHIPを誘導する突然変異は、一般的ガン遺伝子と同じだが、メチル化に関わるDNMT3A、 脱メチル化に関わるTET2、ポリコム遺伝子ASXL1、p53誘導性フォスファターゼPPM1D、及びp53遺伝子変異がトップに来る。

CHIPがいわばガン遺伝子変異により誘導される前ガン状態と考えると、問題はこのような変異が起こりやすい遺伝体質は何か、あるいは生活因子は何かになる。

まず生活習慣で言うと、喫煙は CHIP のリスク因子で、納得できる。一方、遺伝リスクを SNP解析で調べると30種類以上のコモンバリアントが特定され、中でもTERT(テロメア逆転写酵素)、PAEP1(DNA修復遺伝子)、ATM(DNA切断チェックポイントセンサー)などとの強い相関は、それぞれの機能から考えるとリスクとして納得できる。

この研究で新しく発見された SNP のある Ly75遺伝子は、樹状細胞に発現し、T細胞の反応に関わることから、ガンに対する免疫反応を介して CHIP を抑える働きがあると考えられる。

最後に、それぞれの CHIP変異に相関する病気との関連を調べると、今回の大規模調査ではこれまで言われていた心血管障害との関係はほとんど認められなかった。

面白いところでは、炎症やホルモンシグナルに関わる遺伝子変異による CHIP は肥満の発生と相関する。また、CHIPの人は、Covid-19で入院する率が高い、そして DNMT3A による CHIP はマクロファージの IL20分泌が影響され、骨密度低下が見られる。

他にも様々な相関が示されているが、このぐらいでいいだろう。CHIPを原因別に分類することで、遺伝リスクや生活習慣リスクとの相関をよりはっきりせせることで、リスクの高い人を特定し、CHIPを予防できる日がくるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 細胞同士の接触の歴史を記録する実験系の確立(12月2日号 Science 掲載論文)

2022年12月4日
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ほとんどの細胞は単独で発生も維持も出来ない。即ち、様々な細胞との相互作用の結果として存在している。これまで、ある特定の細胞の発生から成熟過程でどの細胞と相互作用しているのかは、時間時間で組織セクションを作成し、近くにある細胞の種類を丹念に特定する以外の方法は限られていた。例えば、細胞膜に酵素を発現させ、その作用でコンタクトした細胞をラベルする方法や、細胞内に侵入できる蛍光分子を分泌させ、コンタクト細胞を標識することも行われているが、実際には、追跡可能な時間は限られていた。

今日紹介する上海科学技術大学からの論文は、リガンドと結合すると細胞内ドメインが切り出されて転写を誘導する Notchシグナルの特徴を利用して、細胞間相互作用の現場や歴史を記録する方法を開発した研究で12月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Monitoring of cell-cell communication and contact history in mammals(哺乳動物での細胞間コミュニケーションとコンタクトの歴史をモニターする)」だ。

Nochはリガンドと結合すると、γシクレターゼにより細胞内ドメインが切り出され、核に移行して転写を誘導する。この研究では、この Notchの γシクレターゼで切断される領域を残して、細胞外は GFP に弱く結合するナノボディー( H鎖しか持たないラマで誘導した抗体)、細胞内ドメインを、テトラサイクリン transactivator に置き換え(人工Notch )、これが切断されると核内で標識に用いられる様々な分子が発現し、GFPを発現した細胞とコンタクトした場合は、それが一時的に、あるいはパーマネントに記録できるシステムを作り上げている。

この研究はなかなか絶妙で、局所にとどまるように見えながら、実際には様々な臓器へ移動できる血管内皮細胞を対象として追跡実験を行っている。

最初の実験は、発生過程の心筋細胞に GFP (リガンドになる)を発現させ、血管内皮に人工Notch を発現させ、コンタクトしている間だけ LacZ が発現できるようにすると、見事に心筋細胞とコンタクトしている血管内皮だけが LacZ を発現しているのが観察できる。試験管内の実験から、大体4時間前後コンタクトが維持されれば遺伝子発現をオンに出来る。

以上は、コンタクトの現場を調べる実験だが、人工Notch で Creリコンビナーゼが発現するように変えると、今度は一度コンタクトした細胞をパーマネントにラベルすることが出来、心筋細胞とコンタクトした血管内皮細胞が、心臓にとどまるのか、あるいは体中に広がるのかを確かめることが出来る。

結果は私には驚くべきもので、まず心臓弁の間質細胞が血管から出来ることが明らかになる。すなわち、血管が間質細胞へとスイッチする。発生時期に血管内皮から血液が直接発生することを京大時代に証明したが、なんと間質も血管内皮から出来るとは想像しなかった。

また、心筋とコンタクトした血管内皮は体内の様々な場所に移動して血管内皮として働くことも示されている。驚くことに、成体の肝臓の実に20%が心筋細胞とコンタクトした細胞から出来ていることには驚く。

同じ実験を今度は GFP が発現したガン細胞を移植して行うと、血管内皮がガン細胞に直接触れてラベルされ、ガンの増殖に呼応しガン内血管新生を行うとともに、その後ガンの周りの結合式カプセルが形成されるとき、ガンから移動して、カプセルの血管を形成することもわかった。おそらくガン治療を考える上でも重要な結果だと思う。

さらに、人工Notch を身体の全ての細胞で発現させ、GFPの方を特定の細胞で一定期間だけ発現させると、その場所でその細胞とコンタクトした細胞の全てをラベルすることが出来る。逆に、特定の細胞で GFP が発現しているとき、人工Notch だけ特定の細胞や時期で誘導すると、今度はそのときコンタクトしている側の細胞を追跡できる。

Notch を使うと着想したのがこの研究の全てで、方法の真価は今後様々な系で利用されることで明らかになると思う。とはいえ、血管内皮の移動性や分化のスイッチについて証明したのは面白い。これまで、血管内皮を用いる再生治療などが提案されてきたが、そのメカニズムについても明らかになるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月3日 アリの巣内ではサナギもミルクを分泌して子育てに参加する(11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月3日
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JT生命誌研究館の顧問をしていた時、九州大学から来た奨励研究員の有本さんは、私が知る唯一のアリに魅せられた研究者だが、私のように種にこだわらず過程に興味を持つのと違い、アリの全てを対象にするという強い意志を感じたのを覚えている。ともかくアリに対する深い知識と愛情を感じることが出来る。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アリのサナギが分泌する栄養豊富なミルクのような分泌液についての研究で、読みながらずっと有本さんのことを思い浮かべるほどマニアックな研究で、11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The pupal moulting fluid has evolved social functions in ants(サナギの脱皮液がアリでは社会機能を獲得するよう進化している)」だ。

アリの巣の中には、卵、幼虫、サナギ、成虫と様々なステージが混在している。基本的に成虫は、羽化前の全てのステージのケアに当たるのだが、各ステージでケアは違うはずで、巣全体のケアがどう組織化されているのか、よくわかっていない。

この研究では、巣から取り出したサナギが、メラニンができ始める頃から、体液の分泌が亢進し、お尻に水玉が分泌される現象に着目している。というのも、巣の中にいるサナギでは、このような分泌液の存在はほとんど確認されない。しかし、巣から取り出したサナギでは、この液を除去しないでおくと、感染してサナギは死滅する。一方、毎日この液を拭ってやると、サナギは正常に羽化することが出来る。

以上の結果は、巣内ではこの液が何らかの形で清掃処理されていることを示すが、サナギの液を色素で標識すると、実際、成虫の消化管内に色素が見られることから、貪食されて処理されることに気づいている。

これだけでも素人はなるほどと思うのだが、成虫が食べるだけのためにこの液が使われているようにはプロには思えないようで、巣内でサナギが液を分泌する時期と幼虫が成長する時期とが常に一致することに着目し、この液が幼虫の成長に使われるのではないかと考えた。

まず、分泌液の成分を見ると、サナギが羽化するときに使われる液とほぼ同じ成分で、蛋白質と糖鎖が分解された栄養やホルモンを含んでいる。そこでサナギに色素を注入して分泌液を標識してから巣に戻すと、幼虫の消化管にも色素を確認できることから、幼虫の餌として使われているのではないかと着想している。

そこで、成虫、サナギ、幼虫、そしてエサを組みあわせて行動実験を行うと、成虫は幼虫を常にサナギの方に向ける動作を繰り返し、これにより幼虫は分泌液を得ることが出来る。しかも、エサだけ与える場合と比べると、遙かに成長が早い。

以上の結果は、アリは、巣の中での成長プロセスをうまく同期させることで、エサが必要なくなったサナギの羽化液を進化させ、幼虫のためのミルクとして使っていることがわかった。

最後にこのような羽化液の進化は、多くの社会性を持ったアリに見られることを示している。結果は以上で、ただただその巧妙さに驚くとともに、アリ研究のプロの視点に感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 ケトン食は化学療法による血小板減少を防ぐ(11月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年12月2日
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ケトン食が様々な影響を持つことについてはこのブログでも紹介し(サーチボックスでケトン食とインプットすると13の論文ウォッチ記事が出てくる)、またてんかん発作を抑える可能性については、以前MECP2重複症の患者さんの家族の方々とYoutubeによる勉強会も行っている(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o&t=105s0 )。

中でも期待されるのが、ガン治療の補助としての役割だが、代謝への影響、直接的転写誘導、そしてヒストンアセチル化の促進などがそのメカニズムとして知られている。

今日紹介する中国復旦大学からの論文は、中国からの論文の定番と言っていいのかも知れない意外性をついてくる研究で、なんとケトン食が抗ガン治療時の血小板減少を防ぐ可能性を示した研究で、11月30日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dietary ketone body–escalated histone acetylation in megakaryocytes alleviates chemotherapy-induced thrombocytopenia(食事を通して摂取するケトン体は巨核球のヒストンアセチル化を通して化学療法による血小板減少を軽減する)」だ。

化学療法による血小板減少は最も恐ろしい副作用なので、タイトルは全ての医師を惹きつける。ただ読んでみると、なぜこの可能性を着想したのかは全くわからない。

ともかく、マウスに2種類の処方によるケトン食を摂取させると、正常マウスでも血小板の形態は変化せず、血小板が増加し、また出血時間も短くなることを観察している。一方、赤血球や白血球には何の変化もない。

これがケトン体の影響とすると、細胞内にケトン体を取り込むトランスポーターが必要だが、MCT1が巨核球には高いレベルで発現しており、試験管内で巨核球をケトン体βOHで刺激すると、増殖や血小板文化に関わる遺伝子発現が上昇する。また、MCT1阻害剤ではこの効果がなくなる。

また、ケトン食でなくとも、食事にβOHを加えるだけでも同じ効果がある。ただ、ケトン食やケトン体摂取はグルコース耐性を誘導してしまうので、間欠的にケトン食を与える系で、グルコース耐性が出ないようにして、抗ガン剤による血小板減少への効果を見ると、期待通り血小板減少をつよく抑えることが出来る。

この原因を探っていくと、巨核球分化の主役GATA1やNFE2プロモーターのヒストンをアセチル化することが、血小板増加の引き金になっていることを示している。

そして最後に、人間でもケトン食をボランティアに摂取させ、血小板が中程度に増加すること、さらにケトン食を捕っているガン患者さんと、通常食のガン患者さんで化学療法による血小板数を比較し、ケトン食は血小板減少を抑えることを確認している。

結果は以上で、期待されたトロンボポイエチンが臨床に使えないことを考えると、かなり有効な手段になるかもしれない。この研究に至った経緯は全くわからないが、瓢箪から駒で十分だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 シナプス局所での翻訳調節機構(11月25日号 Science 掲載論文)

2022年12月1日
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細胞というとどうしても核と細胞質、それにオルガネラからなるステレオタイプなイメージを浮かべてしまうが、実際には形態は細胞ごとに全く異なり、その調節機構はまだまだわかっていない。形態進化の究極が神経細胞で、樹上突起や軸索という究極の形態変化を形成するとともに、樹上突起にはスパインと呼ばれる突起を形成し他の神経とシナプス形成するとともに、スパイン自体も刺激に応じて形態を変化させる。このような、細胞各区画内の違いを、細胞全体の代謝システムだけでコントロールするのは不可能で、極めて特殊なメカニズムが発達していると考えられる。

今日紹介するロンドン・キングスカレッジからの論文は、mTORの活性化調節因子Tsc2ノックアウトを手がかりに、スパイン内での局所翻訳のメカニズムを明らかにした研究で11月25日号 Science に掲載された。タイトルは「Cortical wiring by synapse type–specific control of local protein synthesis(シナプスのタイプ特異的な局所的蛋白合成による皮質回路形成)」だ。

細胞代謝の最も重要なハブ分子が mTOR で、インシュリン受容体からのシグナルも mTOR に収束する。この活性化を調節する因子の一つが Tsc2 で、これが欠損すると mTOR が活性化してしまって、結節性硬化症と呼ばれる遺伝的腫瘍が起こる。

この研究では抑制性神経特異的に Tsc2 を欠損させ、Tsc欠損は確かに全ての抑制性神経で mTOR の活性化を促すが、シナプス興奮を調べると、その影響が抑制性神経のうちPV神経だけにしか見られないという発見から始まっている。実際には、PV神経だけで、Tsc2欠損はスパインの数を増やし、シナプスでの活性が高まる。

次に、PVのみでTsc2欠損の影響が強く出るメカニズムを探索し、PV2神経特異的に発現しているErbB4シグナル経路がTsc2上流にある可能性を突き止め、ErbB4シグナルをPV神経特異的にノックアウトする実験で、ErbB4が興奮神経から刺激を受けて、Tsc2の活動を抑える働きをしていることを明らかにする。

すなわち、興奮神経とシナプス形成が行われると、興奮神経側の Neuregulin3 により ErbB4 が刺激され、シナプス局所で Tsc2 の活性を抑え、mTOR の活動を高めることが明らかになった。

そこで、ErbB4ノックアウトで変化する分子を調べ、これら分子の多くがシナプス局所だけで ErbB4刺激により翻訳されることを明らかにしている。すなわち、ErbB4 の刺激がシナプスに限局されることで、その下流の mTOR 及び翻訳調節の変化をシナプス内にとどめておくことがわかった。

結果は以上だが、抑制性神経のシナプス形成に関わるメカニズムが明らかになったことは、自閉症研究にとっても重要だ。すなわち、自閉症の神経症状は、抑制性神経の発生と深く関わること、またそれによるシナプス伝達の変化に関わることがわかっている。驚くことに、ErbB4欠損により変化する分子の多くは、自閉症との相関が示唆されている異分子で、ErbB4自体は自閉症と関わる証拠はないが、このような局所の翻訳調節は自閉症を考えるためにも重要な要素である可能性がある。少し専門的だが、面白い研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ