4月11日 脳構造データベースを統合データベースに発展させる(4月5日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)
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4月11日 脳構造データベースを統合データベースに発展させる(4月5日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年4月11日
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昨日は脳の構造の特徴を自動的に数値化して、人間の脳の成長から老化までの平均軌跡を割り出すとともに、最終的には誰でもが利用できる検査にするための取り組みを紹介した。今後、ゲノムや、病気、あるいは性格、運動や感覚能力、などなど様々な機能と相関させていくことで初めてこの方法の真価が定まっていくのだろう。

確かに素晴らしいプラットフォームが出来ると期待されるが、ほとんどの研究者はそこまで待てず、独自の方法で脳構造と様々なパラメーターとの相関の研究を進めている。

今日最初に紹介するオランダ・ユトレヒト大学を中心に、なんと163の研究施設が集まって発表した論文は、人間の一生で起こる脳構造の変化とゲノムとを相関させた研究で、脳の構造変化を定義できれば、構造に関わる遺伝子、そして今度は遺伝子を手がかりに、行動変化まで相関させていける可能性を示している。論文のタイトルは「Genetic variants associated with longitudinal changes in brain structure across the lifespan(一生涯を通して起こる脳変化と相関する遺伝的変異)」で、4月5日 Nature Neuroscienceにオンライン掲載された。

昨日紹介した論文と同じで、脳のMRI画像を経時的に様々な年齢層で撮影する大規模コホート研究参加者のデータを使っているのだが、この研究ではゲノム解析との相関を調べることに焦点が当てられ、脳構造については施設間で同じ方法を共有して、データをとっており、世界共通のデータ処理方法開発という目的はない。

ただ、脳各部のサイズ、及び皮質の白質など、15種類のパラメーターを設定し、各年齢層で異なる時点で測定を行い、年齢とは関係なく検出される脳各部の構造変化に加えて、年齢による変化をパラメーターとして抽出できる。

脳構造の経時変化だが、昨日紹介した結果と特に変わるところはない。ただ、脳の各部について調べているので、年齢とともに減少が激しいのが、海馬、続いて視床と小脳ということもわかる。

最終的に、各部のサイズやサイズ変化と相関する多型を15種類発見している。このうち年齢とは無関係に脳構造と相関する遺伝子は、脳発生に関わる遺伝子と考えられるが、G蛋白質共有受容体やカドヘリンが含まれている。

一方、年齢により起こる変化の大きさの多様性と相関する遺伝子は、APOEを筆頭に、アルツハイマー病やうつ病などの精神疾患に関わる遺伝子がリストされるが、構造との相関が明らかにされたのはこの研究が初めてという多型が多い。これらの遺伝子セットの中には、黒質や中脳核の発生に関わる遺伝子が含まれるのも、パーキンソン症状などを考えると納得の結果だ。

特に注目されるのが、構造変化の仕方の多様性に関わる遺伝子が、うつ病、統合失調症、認知症、不眠だけではく、身長、BMIや喫煙歴などとも相関する遺伝子と重なる点で、このような重なりを基盤にして、構造、分子機能、そして行動まで相関を調べる研究へと発展すると思う。

このような可能性を先取りしたのが英国バーミンガム大学を中心にしたグループが3月30日、JAMA Psychiatryにオンライン発表した論文で、炎症、統合失調症、そして脳構造の3者を関連させようとする研究で、タイトルは「Inflammation and Brain Structure in Schizophrenia and Other Neuropsychiatric Disorders A Mendelian Randomization Study (統合失調症及び他の神経変性疾患における、炎症と脳構造の関与。 メンデル無作為化研究)

元々神経変性疾患だけでなく、統合失調症でも炎症が一つの要因になっていることが知られている。そこで、この研究では炎症マーカーとしてIL6シグナルを選び、UKバイオバンクでMRI画像が得られる対象者でIL-6シグナルを調べることで、病気、脳構造、そして炎症を結びつけようとしている。

結果だが、20000人レベルの脳画像を、IL6レベルと相関する多型と比べ、多くのIL6と相関するゲノム多型が、構造変化とも関わることを特定している。他のサイトカインでも同じ検索を行っているが、これほど多くの多型が認められるのはIL6だけになっている。

このゲノム多型を仲立ちとして、IL6レベルを脳各領域と相関させると、実に多くの領域がIL6の量と、正あるいは負の相関を示す。大脳皮質については、IL6と負の相関を示す。

次にIL6のシグナルレベルに関わる遺伝子が実際に対応する脳領域で発現していることを、脳の遺伝子発現データベースから確認し、またこれら多型に関わる遺伝子がIL6と相関することも確認している。

以上のことから、IL6レベルに関わる遺伝子が、様々な領域の脳構造を決めていると結論している。ただ、年齢別に相関を調べてはいないので、IL6のレベルが何時脳構造に影響しているのかはわからない。

おそらく、発達期などで何らかの原因で炎症が誘導されると、その程度が遺伝的に決定され、その結果として脳の構造変化が起こるというシナリオになる。実際、IL6レベルに関わり、中側頭回で発現が強い遺伝子は、てんかんや、認知症、統合失調症と相関している。

以上のように、構造と遺伝子の相関、そして遺伝子と病気の相関から構造と病気の相関を推察する、あるいは特定のサイトカインシグナルと遺伝子の相関と、遺伝子と脳構造の関わりから、サイトカインと脳構造の相関を特定し、さらに病気にまで拡大する、2つの論文を紹介した。

この先には、この2日の研究を合わせると、脳構造がわかると、病気のリスクとメカニズムが誰でも知ることが出来るという目標を目指して研究が行われているのがわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月10日 脳構造のデータベースの情報処理(4月6日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月10日
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MRIにより精密な脳画像を得られるようになって、脳の構造と病気の関係について多くの論文が発表されてきた。例えば統合失調症や自閉症が特定の脳構造の異常を示すことが知られるようになった。ただ、これが遺伝的異常なのか、発生段階での障害なのか、あるいは発達期の違いなのかを決めることは簡単ではない。

例えばよく知られる自閉症での扁桃体の増殖は生後1年目ぐらいから明らかになる。すなわち、原因なのか結果なのかを決めるのは難しい。記憶でもそうで、ロンドンのタクシー運転手になって一年もすると、海馬のサイズが増加することすら報告されている。

このように遺伝と環境が複雑に絡んだ脳構造と行動の関係を理解するための最初の条件は、変化を数値化して、人間集団の平均値とバラツキの程度をまず明らかにする必要がある。

今日最初に紹介する4月6日、ケンブリッジ大学を中心とする多くの研究機関が共同でNatureにオンライン発表した論文は、これまで様々なデータベースに集まっている10万人以上のMRI画像を同じプラットフォームに整理し直し、数値化することで、今後、病気を含む他のパラメーターと相関させるための基盤を作ろうとした研究だ。

具体的には、大脳の灰白質容積、白質容積、皮質下の灰白質容積、そして脳室容積などを数値化する方法を示している。勿論男女差は大きく、また変異も大きいが、灰白質、白質ともに胎生から生後急速な拡大を示し、12歳ぐらいから減少し続けて100歳に至るという平均的軌跡を示されると、私のような老人には感慨が深い。脳が縮小するのとは逆に、脳室の大きさが急速に拡大するのも印象深い。

一方、こうして数値化した脳容積を病気と相関させると、アルツハイマー病だけでなく、軽度認知障害や統合失調症でも、数値の低下が認められることを明らかにしている。

いずれにせよ一般検査と同じなので、バラツキは承知の上で、新たに測定した脳画像の数値から異常を抽出できるか検討し、同じ機械で100例以上検査した場合は、異常を診断してピックアップできることも示している。

しかし、ここからさらに構造と機能の理解を進めるためには、一つのパラメーターとの相関だけではなく、いくつかのパラメーターとの相関も合わせる多因子相関解析が必要になる。この研究も、新しく数値化された指標を元に、今後はその方向に進むと考えられる。

これとは独立に、この将来の課題、すなわち脳機能や病気との相関について信頼できるデータを得るためには、何千もの脳画像を集めることが必要であることを、統計学の立場から検討したのが3月16日、ワシントン大学を含む多くの研究室からNatureに発表された論文だ。

この研究では、若年者の精神発達を調べる1万人規模のコホート対象者の構造と領域間の結合性に関する画像を集め、脳全体の構造と症状との相関を調べるBWAS(brain wide association study)のために必要な測定の精度や、対象者の数について検討している。

それぞれの脳画像は、画像計測の方法や手技、個人の様々な変異などに影響された結果なので、異なる個人の画像を正確に比べることは簡単ではない。

この研究ではいくつかの構造パラメーターと、症状などのパラメータの相関を調べているが、予想通り、バラツキは大きく、信頼できる相関がとりにくい。。結局計算上、脳構造の影響をかなり正確に検出するには9500以上のサンプルが必要になると結論している。

また、複数の構造パラメータとの相関を総合して診断する方法も試みているが、2000人のデータがある場合でも信頼できる判断が難しいことが示されている。

以上が結果で、考えてみると、最初から数値として示されないデータを数値化して相関を調べていくことの難しさがよくわかる。しかし少しづつとはいえ、この基盤が形成されつつあるとまとめていいのだろう。

このような基盤の必要性を物語る、ゲノムと脳構造の研究について、明日はまとめてみる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月9日 肺の細気管支から新しい幹細胞が発見された(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月9日
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臓器の細胞構成を再現するオルガノイド培養の普及は著しい。おそらく最も古く有名な方法は、ES細胞の分化に用いるembryo body培養だと思う(植物のカルスは別にして)。その後、亡くなった笹井さんと永楽さんがCDBで開発した脳オルガノイド、慶応の佐藤さんの腸のオルガノイドなど、我が国の研究者によりオルガノイド培養の可能性が示され、現在に至っている。

このテクノロジーと並行して、single cell RNAseq(scRNAseq)が普及すると、オルガノイドと生体内の細胞を比較することがより完璧になり、この両輪で臓器の発生や維持、そして異常についての研究が急速に進んでいる。このおかげで、これまで研究が遅れていた肺の分野も進展が著しい。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は人間の細気管支にこれまで全く特定できていなかった新しいタイプの幹細胞が存在することを示した研究で、おそらく肺の様々な病気の理解にも重要な貢献だと思う。タイトルは「Human distal airways contain a multipotent secretory cell that can regenerate alveoli (人間の遠位気道には肺胞を再生できる多能性の分泌細胞が存在する)」だ。

この論文を読むまで全く知らなかったが、マウスには細気管支がない。ただ、肺のサンプルは研究しにくいので、どうしても研究はマウスを用いざるを得ない。この研究ではマウスには存在しない細気管支に焦点を当て、そこに存在する細胞についてscRNAseqで調べた結果、secretoblobin family (SCGB)3A2を、SCGB1ATと同時に発現し、しかも肺胞の幹細胞として知られる2型肺胞細胞とも性質が似たこれまで全く記述されたことのない細胞を発見する。さらに期待通り、この細胞は細気管支にしか存在せず、マウスでは全く欠損している。

scRNAseqから、この新しい細胞(RAS細胞と呼んでいる)と2型肺胞細胞との密接なつながりが見つかるので、ヒトES細胞からオルガノイド培養でRASを誘導する系を確立し、様々な条件で培養すると、Notchシグナルが低下し、Wntシグナルが高まるとRASから2型肺胞細胞への分化が誘導されることがわかった。すなわち、肺胞上皮の幹細胞と言える2型肺胞細胞をリクルートできる幹細胞の性質を有していることが明らかになった。

さらに、RAS細胞の遺伝子発現から特異的表面分子を特定し、人間の細気管支からRAS細胞を取り出し、オルガノイド培養を行い、2型肺胞細胞への分化が誘導されることも示している。

最後に、重症の慢性閉塞性肺疾患の患者さんの肺を調べ、通常はほとんど見られないRAS細胞の性質を共有する2型肺胞細胞が患者さんでは見られることから、RAS-2型肺胞細胞への分化異常が起こっていること、また喫煙でも同じような変化が誘導されることを組織学的に明らかにしている。面白いことに、この異常細胞では、いくつかの肺発生異常の原因遺伝子が発現しており、またBCL2やATF2などの増殖生存に関わる分子の発現も上昇していることを示している。

以上が結果だが、この論文を読んで最初に頭に浮かんできたのは、汎細気管支炎と呼ばれる、細気管支を中心にする重症の炎症性疾患だ。おそらく、RAS細胞をこの疾患で見直してみれば、理解が進むのではと期待を抱いた。勿論、汎細気管支炎に限らず、多くの病態の解析を進めるだけのパワーが、RAS細胞の発見にはあるように思える。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月8日 胎児発生時の代謝変化(4月6日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月8日
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出生時もそうだが、胎児発生途中のエネルギー代謝も、それぞれの時期で大きな変化が予想される。最初は母親からの分子拡散により栄養や酸素が供給されるが、その後胎盤機能が成熟し、同時に血管が出来、血液が循環し始める。しかしこの胎児の代謝変化を、直接的代謝研究として調べた論文は少ない。代わりに、遺伝子発現の経時的変化から、代謝変化を予測するというスタイルが主流になっていた。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、マウス発生過程でブドウ糖代謝、グルタミン代謝を調べるとともに、様々な代謝物の変化を追跡した研究で、ともかく調べただけとも言えるが、必要なことをしっかり調べる研究も重要だ。タイトルは「Compartmentalized metabolism supports midgestation mammalian development(コンパートメント化した代謝が胎生中期の哺乳動物発生に必須)」で、4月6日Natureにオンライン掲載された。

代謝研究領域はあまり詳しくないのだが、調べてみると著者らは、ミトコンドリア内のTCAサイクルへの分子供給経路を活性化するスイッチ分子lipolyltransferase-1(LIPT1)とその変異を持つ患者さんについて研究をしているグループで、基本的には変異を持つ患者さんの症状を理解するためにこの研究を進めたのだと推察する。

まずマウス発生過程、特に赤血球の循環が始まる胎生10日目から3日間の胎児と胎盤で162種類の代謝物を比べ、

1)胎盤と胎児は全く異なる変化を示す。

2)どちらの組織でも胎生10.5日を境に、代謝物の大きな変化が起こる。

3)変化のうち、プリン・ピリミジン代謝変化が最も大きいが、中でも胎児でのプリン代謝の変化が著しい。

ことを明らかにしている。

そして、最も重要な実験だが、TCAサイクルに代謝物を供給する2本の流れ、グルコースとグルタミンの代謝を、アイソトープ標識したグルコース、グルタミンを用いて調べている。結局は臓器ごとに違いがあり、一言でまとめるのは難しいのだが、想像通り赤血球の循環が始まることで、ミトコンドリアの機能とTCAサイクルの活動が高まって行くのが観察できている。

これを確認する一つの方法として、このシフトが起こる時期のLipt1変異の影響を見ている。予想通りとは言え、ノックアウトするとこのスイッチが起こる時期に胎児は死亡する。しかし、生存可能な突然変異(44番目のアミノ酸の変異)を導入したマウスで調べると、代謝レベルでTCAサイクルへの分子供給が細る結果、胎盤ではほとんど変化が見られない一方、脳と心臓の発生が遅れ、赤血球産生が低下することを示している。

以上まとめると、発生の状態に応じた代謝のスイッチが行われ、発生でのエネルギー供給が賄われていることを示しているという結果で、全く予想通りだ。実際には臓器ごとに変化の仕方はまちまちなので、代謝だけで全ての指令が出るとは思えないが、この研究で集められたデータは重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月7日 ガンの分子標的薬治療をどこまで根治に近づけられるか(3月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年4月7日
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ガンの分子標的薬の始まりは、おそらく慢性骨髄性白血病に対するチロシンキナーゼ阻害剤の登場で、その効果は驚異的なものだった。この印象が強かったため、その後多くの分子標的薬が開発されたとき、多くのガンを長期的に制御できるのではと期待したが、CML以外はほとんどのケースで再発を防ぐことが出来ないことが明らかになった。

これを克服するために、2種類の分子標的薬を使って、再発を抑える試みが進んでいる。今日紹介するデューク大学からの論文はこのような試みの一つで、様々なキナーゼの変異がガンのドライバーになったケースで、この分子機能を抑える標的薬とともに、DNA切断修復を抑えることでより高い効果が得られることを示した研究で3月30日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Small-molecule targeted therapies induce dependence on DNA double-strand break repair in residual tumor cells(小分子化合物による分子標的治療は、治療抵抗性細胞のDNA二重鎖切断修復依存性を誘導する)」だ。

結論から言うと、EGFR阻害剤のゲフィチニブのような分子標的阻害剤は、DNA二重鎖切断(DSB)を誘導するので、これを修復する分子が誘導され、細胞が生存する。従って、この修復機構を同時に壊すと、根治に近いレベルにガンを抑制できるという話だ。

これを読んだとき、これまで同じような研究が本当になかったのかと思ったが、それぐらい、誰でも予想できそうな話だ。ただ、分子標的薬でDSBが高まることはつい最近わかってきたようだ。

この研究では、キナーゼ変異により増殖する様々なガン細胞をキナーゼ阻害剤で処理するとほぼ全てでDSBが誘導されることをまず確認し、さらにこれらの治療によりDSBを修復するためATM分子の発現が上昇することを確認している。

次に、ゲフィチニブでEGFR変異を抑えるモデル系で、ATM誘導に至るプロセスを解析し、EGFR抑制により、アポトーシス抑制因子BIMが活性化され、続いてカスパーゼが活性化、ATM活性化と続く経路を細胞レベルで特定している。

以上の結果から、分子標的薬による細胞増殖抑制は、DSBにより細胞死を誘導するが、細胞側では細胞死を防ぐためDSB修復機構を上昇させるため、細胞は増殖が止まっても消滅せず、再発につながることを示している。

従って、分子標的薬とATMなどのDSB修復分子を同時に阻害してやると、より強いガン増殖抑制を期待できる。これを確かめる実験で、ATM阻害剤やPARP阻害剤を併用することで、試験管内でのガン増殖をより強く抑制できることを示している。

最後は、マウスに移植したガンで、2剤併用が同じようにガンの増殖を抑えることを示した上で、人間でも同じ可能性があるのか調べ、

1)分子標的薬に抵抗性を獲得した細胞ではATMの発現が高まっていること。

2)ATMの遺伝子欠損を持つガンでは、分子標的薬治療から再発までの時間が倍以上長いこと、

などを明らかにしている。

PARP阻害剤は既に認可されておりすぐ治験に入れると思うが、実験的には効果がATM阻害剤より低い。一方、ATM阻害剤は治験が始まったところで、実際の臨床までには時間がかかりそうだ。しかし、この研究は治験研究を後押しすることは間違いない。

では、両剤併用で根治が可能かだが、ATM変異を持つガンの分子標的薬治療で、確かに再発を抑える期間は延長しても、再発は完全に抑えられないようなので、分子標的薬による根治については、さらに複雑なプロトコルが必要になるように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月6日 飛行中のコウモリで海馬の場所神経を記録する(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月6日
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最近コウモリの海馬に留置電極を埋め込み、自由に飛行しているときの脳活動を、無線で拾う研究をよく目にするようになった。マウスやラットで行われる迷路を使った強制的に記憶させた場所記録と異なり、餌を摂るという行動は一緒でも、そのための経路は自由な飛行なので、コウモリならではの結果が得られている。すなわち、飛行中に場所に反応して活動する神経のフレキシビリティーが低い。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、電極を埋め込んだこれまでの研究結果をさらに確かめるため、なんとカルシウムイメージングで見られる海馬神経活動を拾うことが出来る顕微鏡システムを脳に装着して場所細胞活動パターンを調べた研究で、3月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A stable hippocampal code in freely flying bats(自由に飛行するコウモリの安定的な海馬コード)」だ。

しかし、技術の進歩には驚かされる。ミニ顕微鏡と書かれているが、電池、レンズ、センサー、そして送信装置まで組み込んだ機器を装着しても、コウモリが飛行できるだけのサイズにまとめている。これが出来るだけで、結果はどうでも良いと思ってしまう。

実際の実験は、5.2mx5.6mの広さで、2.5mの高さのある部屋の特定の場所に餌を置いて、自由に飛行させて餌を得る行動を観察する。コウモリは餌を摂るために2−3種類の決まった飛行パターンを示す。ただ、この飛行パターンは個体によって異なる。すなわち、餌取りに、最初から脳内で構造化された飛行パターンに従っていると言える。

実際、特定の飛行パターンをとるときの海馬の興奮パターンは極めて一定で、調べる日が変わってもほぼ同じ領域が同じように興奮する。その意味で、測定する日が変わると興奮パターンが再調整されるマウスとはかなり異なる。

しかし、飛行を詳しく記録すると、当然軌跡は一定の範囲の中を揺れる。特に餌から離れた場所でカーブするときに、軌跡の揺らぎが見られる。この場合、神経細胞の興奮パターンも、軌跡の揺らぎに応じて変化している。すなわち、軌跡と活動する神経の相関が極めて高い。

最後に、光の有り無しで同じ課題を行わせ、感覚インプットが異なる場合に場所細胞の興奮パターンが影響されるかを調べている。光が当たっていると、軌跡が複雑になるため、解析が難しくなるのだが、両方の条件で示した同じ軌跡だけを拾い出して、その神経活動を調べると、ほぼ一致していることがわかった。

ただ同じ軌跡をとっても、光があるときの飛行時と、ないときの飛行時を比べると、同じ条件よりは神経興奮パターンと軌跡の揺らぎがより大きくなっていることもわかる。すなわち、感覚インプットが神経と飛行との一致のチューニングに働いており、光のない時には、より脳のプランに従って飛行しているのがわかる。

以上、基本的にはマウスの迷路実験とは異なり、脳内で構造化された飛行プランに沿ってコウモリの飛行は行われていることがわかる。勿論マウスも迷路から放して自由に餌探しを行う行動が許されれば、同じ結果になるのかもしれない。

しかし、顕微鏡を乗せて飛行すること自体が驚きで、そちらの揺れの方が気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月5日 驚くことにプレドニンが肥満治療に使える(4月1日 The Journal of Experimental Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月5日
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プレドニンは今も様々な炎症性疾患に使われるが、多くの副作用を伴う。その中で代謝に関係するもとして、血糖の上昇、高脂血症、肥満、筋力現象などが知られている。メカニズムは異なるが、私たちがメタボとして問題にしている症状が全部出てしまう。

ところが今日紹介するシンシナティ大学医学部からの論文は、同じプレドニンでも1週間おきに投与すると、今度は逆に代謝改善を誘導して、肥満を防ぐという驚くべき話で、4月1日The Journal of Experimental Medicineに掲載された。タイトルは「Intermittent prednisone treatment in mice promotes exercise tolerance in obesity through adiponectin(マウスでの間欠的プレドニソロン治療はアディポネクチンを介して肥満での運動能力を高める)」だ。

このグループは筋ジストロフィーの患者さんに対して隔週でプレドニン(1-4mg/Kg)を投与することで、筋肉にエピジェネティックな変化を誘導させ、筋力低下を防ぐとともに、インシュリン分泌、血糖、血中脂肪などが抑えられることを2019年に発表していたようだ。

この研究では、特に代謝改善に着目して、正常マウスの食べ過ぎによる肥満を同じ方法で改善できないかを調べ、1mg/Kgのプレドニンを週1回投与することで、1)食べ過ぎによる肥満が防げ、2)肥満による筋力低下が防げ、3)組織学的に筋繊維上昇と脂肪細胞低下が観察できることを明らかにしている。すなわち、毎日プレドニンを投与するのとまるで逆のことが起こっており、マウスの話とは言え、高い効果が示されている。

代謝について調べると、これも連日投与の逆で、血糖の低下、グルコーストレランスなどが見られ、基本的に筋肉ミトコンドリアでのグリコリシスからTCAサイクルの活性が高まっている結果であることが示されている。まさに、現代社会の健康問題を解決する切り札とも言える効果だ。

さらにメカニズムを探ると、プレドニン隔週投与で脂肪組織から分泌されるアディポネクチンの量が、なんと50%以上増加する。そして、これが筋肉などの代謝の中心シグナルの一つAMPKを活性化させ、筋肉内での糖代謝、TCAサイクルの活性化を誘導していることを示している。

結果は以上で、まとめると、間欠的なプレドニンはグルココルチコイド受容体を介して、脂肪細胞転写のプログラムを変化させるとともに、アディポネクチンの分泌を促し、これが筋肉のAMPKを活性化し、エネルギー消費を高め、筋力をアップさせるという結果だ。

何故連日投与と間歇投与でこれだけの差があるのかについては、連日投与になるとNefat4cなどのアディポネクチン遺伝子のレプレッサーが連日投与で発現するからだと説明しているが、まだまだ解明が必要で、面白い話も出てくる可能性がある。

おそらく週一回の投与だと、プレドニンもほとんど問題はないと思うので、ひょっとしたら今後肥満対策に週一回のプレドニンという話が出てくるかもしれない。プレドニンというと患者さんの間では副作用の代名詞になっているが、印象が変わるかも。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月4日 哺乳動物の脳進化(4月1日号 Science 掲載論文)

2022年4月4日
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私たちは哺乳動物の仲間なのに、古生物学というとどうしても恐竜に人気が集まる。まあ化石も多いし、大きいので仕方ないかと思うが、胎盤を持つ哺乳動物は白亜紀に誕生しており、ティラノザウルスなど恐竜の王国で、細々と暮らしていたのだろう。この頃については全く勉強不足で、この厳しい環境を生き残るために、胎生というシステムと、脳を発達させたのではと思っていた。

しかし、今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、新しく発見された化石も含めて、頭蓋骨の精密なCT解析を行うことで、中生代から新生代までの脳の発達を調べ、脳の発達が起こったのは哺乳動物が地球上で繁栄し始めた後である可能性を示した研究で、4月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「Brawn before brains in placental mammals after the end-Cretaceous extinction(白亜紀の種絶滅の後の哺乳動物進化は筋肉から始まって脳の進化は後に続いた)」だ。

頭蓋のCT画像と全体の骨格などから、脳の相対的大きさを示すencephalization quotient(EQ)とともに、嗅球、新皮質、及び三叉神経の出るあたりの後部脳を頭蓋から推定し、脳各部の進化を別々に調べている。

結論は、哺乳動物の脳は最初から増大する方向で進化したわけではなく、始新世になって初めて増大が始まった、となる。もう少し詳しく述べると以下のようになる。

1)中生代から暁新世にかけて、すなわち8−7千万前までは、ボディーサイズは増加するが、逆にEQは低下をしていく。すなわち、何らかのきっかけでニッチが成立したとき、まずボディーサイズの増大で対応する。

2)ところが、6600万年前、彗星衝突による地球上の種の絶滅が起こり、これを生き延びた哺乳類は、ボディーサイズも増大させるが、それを上回る速度で脳の大きさを増大させる。

3)脳の各部のサイズの変化を調べると、嗅球は絶滅前から低下傾向にある。一方、他の部分は絶滅以降急速に増大し始めている。

4)面白いのはPetrosal lobuleで、身体の大きさ増大し始めたとき、逆に急速に低下し、その後大絶滅を経て増加に転じている。 結果は以上だが、要するに身体の各部の進化は、独立に進んでいくという話になるが、今後各部位の変化と、環境側の変化を詳しく対応させていくことが重要になるだろう。いずれにせよ、大絶滅のあと、特に脳が発達したことは、決定的な環境変化を生き延びるのに脳システムは極めて有効に機能したことを示している。示された系統樹を見ると、哺乳動物のほぼ全ての生物種が大絶滅を経験し、その後急速な多様性を獲得したようなので、このあたりの哺乳動物進化を調べると、恐竜より面白いドラマが明らかになるような気がする

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4月3日 乳腺の常在型マクロファージの機能(3月31日 Cell オンライン掲載論文)

2022年4月3日
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様々な組織に常在型のマクロファージの存在が知られている。例えば肝臓ではクッパー細胞、脳ではミクログリア細胞、そして皮膚ではランゲルハンス細胞などがこれに当たる。これらは骨髄造血からの供給とはほぼ独立して存在しており、炎症やガンなどで、血液からリクルートされる単球と異なる機能を持つと考えられ、研究が進んでいる。最近になって、乳腺にもこのような常在型マクロファージが存在する可能性が示されている。個人的印象で何の根拠もないが、乳腺症やパジェット型乳ガンなど、炎症との関わりが強い印象があるので、この細胞に注目していた。

今日紹介するフランス キューリー研究所からの論文は乳腺の常在型マクロファージを特定する分子マーカーを開発し、これがガン免疫誘導に重要な働きを示したことを示す研究で、3月31日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident FOLR2 + macrophages associate with CD8 + T cell infiltration in human breast cancer(組織常在型FOLR2陽性マクロファージは人間の乳ガンでCD8T細胞の浸潤と関わる)」だ。

個人的には、常在型マクロファージはガンを助けるのではと考えていたが、この論文を見て予想は全く外れていることがわかった。この研究では、最初から乳ガン組織で常在型マクロファージ(TRM:tissue resident macrophage)を他の集団から分離できるマーカー探しを行っている。私たちの現役時代と異なり、この目的にはsingle cell RNAseq(scRNAseq)という強い味方が存在する。ヒト乳ガン腫瘍組織とリンパ節転移サンプルからマクロファージを取り出し、これをscRNAseqを用いてグループに分けていくと、最終的に葉酸受容体(FOLR2)が、常在型マクロファージの分子マーカーとして利用でき、FOLR2陽性マクロファージが、これまでマウスで示されてきたマンノース受容体陽性の乳腺常在型マクロファージと同じであることを明らかにしている。一方、骨髄造血から乳腺にリクルートされたマクロファージはCADM1やCCR2の発現によりTRMと分離できることも示している。

この結果に基づき、TRMはガンの味方か敵かを調べている。結論は「TRMはガンの敵で、ガンに対する免疫を高めてくれる」と言うことだが、それを示すため、以下の結果が示されている。

  1. まず、FOLR陽性TRMは、正常組織に血管に接着して存在し、ガンが出来るとガンから少し離れたストローマに存在するが、相対的に数が減少する。
  2. 切除後の病理検査で、FOLR陽性TRMの密度が高い患者さんでは予後がよい。
  3. 組織中でTRMは常にCD8陽性キラーT細胞と同じ場所に存在し、組織内でキラー細胞と相互作用しているのが観察できる。
  4. TRMは卵白アルブミンペプチドを抗原とした試験管内検査で、CADM1陽性マクロファージと比べ、強いT細胞刺激効果を示す。
  5. TRMは免疫抑制機能は低い。

結果は以上で、少しゴチャゴチャした実験が多い研究で、もう少しストレートに出来ないかとは思うが、本当ならいくつか重要なポイントが示されたと思う。

まず、乳ガンで腫瘍組織のキラー細胞を増幅するときは、マクロファージはFOLR陽性細胞以外を除去して増幅した方がいいと思われる。さらに、腫瘍自体は血中からCADM1陽性マクロファージをリクルートしてTRMを外へ追い出している可能性があり、このリクルートを止めることも治療可能性になる。このように地道な研究が進むと、免疫治療が難しいとされる乳ガンもその対象に必ずなると期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

生命科学の目で見る哲学書 目次

2022年4月2日
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  1. はじめに
  2. 普遍宗教の誕生:フロイト著「モーセと一神教
  3. イオニアでの哲学誕生:柄谷行人著「哲学の誕生」
  4. プラトン著「テアイテトス」
  5. アリストテレスの生命への関心の源を探る:アリストテレス著「動物論」「動物発生論」
  6. 「霊魂論」のテーマは「生命とは何か」」:アリストテレス著「霊魂論」
  7. プラトンからの決別と4因説:アリストテレス著「形而上学」
  8. ローマ:世俗化・大衆化の時代:プリニウス、キケロ、そしてキリスト教:プリニウス著「博物誌」、キケロ著「老年について、友情について」
  9. 中世を学ぶ:山内志朗著「普遍論争」、大澤真幸著「世界史の哲学(中世編)」
  10. ヨーロッパ二元論のルーツ:マグヌスとアクィナス
  11. アウグスチヌス;「創世記注釈」を読む:キリスト教の世俗性
  12. アリストテレス以降の最大の哲学者オッカム:近代哲学の萌芽(生命科学の目で読む哲学書 第12回)
  13. 近代哲学に取り掛かる前に、今話題のマルクス・ガブリエルを読んでみた(生命科学の目で読む哲学書 第13回)
  14. 哲学が後退した16世紀に輝く賢人哲学者フランシス・ベーコン(生命科学の目で読む哲学書 第14回)
  15. 生命科学の目で読む哲学書15回  近代科学誕生の17世紀 I デカルト
  16. 17世紀近代科学誕生に関わった人たち: Ⅱ ライプニッツのモナド論を現代的視点から読み直す (生命科学の目で読む哲学書16回 
  17. なぜスピノザだけが「エチカ=倫理」を書けたか?(生命科学の目で読む哲学書17回)
  18. 17世紀近代哲学誕生はガリレオに負うところが大きい (生命科学の目で読む哲学書18回)