11月30日 トキソプラズマ原虫感染が群れを率いる勇敢なオオカミのリーダーを作る(11月24日 Communications Biology オンライン掲載論文)
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11月30日 トキソプラズマ原虫感染が群れを率いる勇敢なオオカミのリーダーを作る(11月24日 Communications Biology オンライン掲載論文)

2022年11月30日
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今日の論文は予想外の話で驚いた。イエローストーン資源研究所、オオカミプロジェクトからの論文で、人間にも広く感染しているトキソプラズマ原虫の、イエローストーン公園に生息するオオカミへの感染について、1995年から、原虫に対する抗体の有無を中心に調べた研究だが、感染オオカミを非感染オオカミと比較することで、なんとトキソプラズマ原虫の感染によって、オオカミが大胆な行動をとり、群れのトップに躍り上がることを示した研究で、11月2424日 Communication Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Parasitic infection increases risk-taking in a social, intermediate host carnivore(寄生虫の感染によりホストの肉食獣の社会でのリスクテークが上昇する)」だ。

トキソプラズマ原虫への感染の有無は、原虫に対する抗体の有無で判断しているため、決して頻回に検査が出来るわけではない。それぞれの地域のオオカミの健康を長期にフォローアップしてきた結果として、血清を系統的に集めることが出来ている。

驚くのは、1995年の50血清サンプルでは全て感染なしと判断されたことだ。その後、2000年からの5年間で集めたサンプルでは25%近く、そして2015年からの5年間では36.5%に跳ね上がっている。

このように感染が急に上昇してきた原因を、様々な指標との相関で調べていくと、同じ縄張りを奪い合っているアメリカライオンと生息域がオーバーラップしているほど感染率が高いことから、通常半数ぐらいが感染しているアメリカライオンより感染したと考えられる。

トキソプラズマ原虫にかかると、胎児の場合は流産など大きな影響があるが、大人の場合ほとんど健康障害には至らない。ただ、原虫は脳に移動し、嚢胞を形成し、これが脳活動に影響を及ぼすことが示唆されてきた。

この論文を読むまで全く知らなかったが、ネズミからチンパンジーまで、トキソプラズマ原虫に感染すると大胆になり、リスクテークを行うことが知られていたようだ。そこで、オオカミについて、感染オオカミと、非感染オオカミで行動比較を行うと、

  1. 感染オオカミは、アメリカライオンの生息地であっても行動範囲が拡大すること。
  2. 感染オオカミは群れのリーダーになる確率が数倍になる。

この結果は、他の動物と同じでオオカミもトキソプラズマ原虫に感染すると、一部生存率では低下することが予想されるものの、リスクテークする大胆さを兼ね備えるようになり、その結果群れのリーダーになることで、感染個体を一定レベルに維持していること結論している。

さすがに、原虫でゾンビ化するという話ではないが、生きたまま無意識のうちに原虫の都合のいいように振る舞うとは、驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 ノンスモーカーでも都会人の肺リンパ節は真っ黒(11月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年11月29日
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禁煙を勧めるとき、解剖標本、あるいは手術時のスモーカーとノンスモーカーの肺を見せて、スモーカーが黒い粒子を取り込んだマクロファージに満ちていることを示し、ぞっとさせるのは常套手段になっている。しかし、今日紹介するコロンビア大学からの論文は、ノンスモーカーでも肺のリンパ節を見ると、黒い粒子が驚くほど蓄積していることを示し、これが高齢者の免疫機能を阻害していることを示唆するぞっとする研究で、11月21日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Inhaled particulate accumulation with age impairs immune function and architecture in human lung lymph nodes(年齢とともに蓄積する吸入粒子は肺所属リンパ節での免疫機能を抑制し、リンパ節の構造を破壊する)」だ。

研究ではノンスモーカー、あるいは1日20本以上の喫煙を1年以上続けたことがない人の、剖検時のリンパ節標本を採取、大気中の炭素化合物粒子の蓄積度を調べている。と言うより、この研究では、他の臓器の状態についての情報などは全く示されず、リンパ節の組織を見ただけの研究とすら言える。

しかし、結果を目の当たりにするとインパクトは大きい。腸管の所属リンパ節はベージュ色で透き通っているのに、肺所属リンパ節は年齢とともに黒くなり50歳を超すとほぼ真っ黒と言ってもいい。

蓄積は T細胞領域にいる貪食能の強い CD68+CD169- マクロファージで起こっている。残念ながら個体レベルで免疫反応を調べることは出来ない。また、サンプルをとった方の免疫状態などの情報もない。しかし、取り出したマクロファージ、あるいは炭素粒子を取り込ませたマクロファージを使って、バクテリアなどを標的とした貪食能を調べると、貪食が強く低下している。さらに、リンパ節内で高齢者のリンパ節マクロファージを調べると、活性化の指標である CD86 などの発現が低下していることも明らかになった。

次に、リンパ節内で炭素化合物粒子を取り込んだマクロファージのサイトカイン発現を調べると、年齢を問わずインターフェロン、TNFαの発現が低下している。さらに重要なことは、粒子を取り込んだ周りへのリンパ管の結合が強く低下しており、濾胞形成も含めてリンパ節構造も異常を示している。

主な結果は以上で、正直、よく採択されたなという印象だが、見た目からも結果のインパクトは高い。すなわち、肺から移ってきた粒子を詰め込んだマクロファージがリンパ節で入れ墨のように維持されることがまず驚く。もし著者の結論を全て鵜呑みにして、高齢者が mRNAワクチンを接種するという点から少し考察しておこう。

まず、mRNAワクチンの場合、貪食能の低下は問題ないだろう。ただ、リンパ管の機能が低下しているとすると、所属リンパ節へワクチンが移動する時間は少し余分にかかるだろう。ただ、免疫反応という点で見れば、遅れても問題はない。ただ、リンパ節の構造変化や、濾胞形成の異常は、間違いなくワクチン効果は低下すると思う。

以上、我々が毎日すっている大気がいかに汚染されているか再認識させられた。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日 シグナル研究の大御所から TGFβ を介する Srcリン酸化について学んだ(11月15日 Science Signaling 掲載論文)

2022年11月28日
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先日、個人的にもずいぶんお世話になった豊島久真男先生を偲ぶ会が、大阪千里ライフサイエンスセンターで行われた。若い人たちはあまり知らないかもしれないが、豊島先生はラウス・サルコーマウイルスの温度感受性株を分離し、ガンが発癌遺伝子により誘導されることを見事に示した研究で有名で、日本のガン研究をリードしてこられた。

偲ぶ会は、3月22日に亡くなられた先生にゆかりの人々が短く思い出を語られる形式で行われたが、現役時代交流が深かった多くの先生にお会いすることが出来た。大阪大学の岸本先生は、豊島先生の Ras とスウェーデンの Carl Heldin の PDGFR についての研究を、自身が現役時代に強い印象を受けたシグナル研究として話しておられた。

そんなとき、その Heldin が彼のライフワークの一つ TGFβ受容体と、Srcの関係を調べた研究を見つけたので、豊島先生を偲ぶ意味も込めて紹介することにした。タイトルは「The type II TGF-β receptor phosphorylates Tyr 182 in the type I receptor to activate downstream Src signaling(タイプ II TGFβ受容体がタイプ Ⅰ 受容体の182番目のチロシンを活性化しSrcシグナルを活性化する)」で、11月15日 Science Signalling に掲載された。

TGFβシグナルは、TGFβ受容体 I. II を会合させ、SMAD をリン酸化して、転写を介して様々な過程に関わる、極めて重要なシグナル系だ。しかも、これだけでなく、ERK や Src などのチロシンリン酸化も誘導して、複雑な効果を生むことも知られていた。とはいえ、セリンスレオニリンキナーゼ機能を持つ TGF受容体が、Src のチロシンリン酸化を誘導できるのかなど、まだわからないことが多い。

今日紹介する論文は、シグナルの大御所がこの問題にチャレンジした研究で、久しぶりにシグナル研究について勉強したと実感できる研究だ。

まず、Src と TGFβR の両方の分子を発現している細胞を TGFβ で刺激で Srcz (416番目のチロシン)がリン酸化されること、このリン酸化には Src と TGFβ受容体の直接会合が必要なこと、しかし SMAD活性化を阻害する薬剤ではこのリン酸化が抑制できないことを明らかにする。

即ち、Src と TGFβRI は直接相互作用して Srcリン酸化を誘導するが、これには SMAD 活性化に関わるセリンスレオニンキナーゼ活性は必要ないことがわかる。驚くのは、TGFβ 刺激による Srcリン酸化を阻害する抗体を探すと、Src の阻害剤を加えたときに Srcリン酸化が抑えられることで、この結果は、TGFβRI と結合することで Scr が活性化され、自分自身をリン酸化している可能性を示唆している。

そこで、細胞フリーの実験系で、Src が TGFβRI に結合することで Src の自己リン酸化が起こることを確認している。また、そのとき TGFβRI のいくつかのチロシン残基もリン酸化されることを明らかにしている。

次に TGFβ の刺激による TGFβRI、II 両方の受容体が会合するところから、Src がリン酸化されるまでの過程を、生化学的に追求し、Src のリン酸化には TGFβRII のキナーゼ活性が必要で、この活性によりTGFβRI がリン酸化されることで Src への結合活性が高まり、これにより TGFβ依存的に Src の自己活性化が起こることが示された。

最後に、TGFβ刺激による細胞の変化を Src阻害剤存在下で調べると、SMAD活性化による転写活性は全く抑えられないが、アクチンの重合促進による細胞遊走能亢進が抑えられることを示している。

実際には、これ以外にも多くの実験を繰り返して生化学的過程を詰めているのだが、統べてて割愛した。しかし以上の結果は、ガンがさらに悪性化するときに重要な働きをしている TGFβシグナルも、少なくとも2種類の経路を活性化しており、転移に必要な細胞の遊走能の亢進などは、Src活性が大きな役割を持つことを示している。

大御所からシグナルのセミナーを受けた気分の論文だった。

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11月27日 なぜ白血球はガンの免疫を邪魔するのか?(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月27日
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このブログでも何回か紹介したが、ガン周囲組織に白血球(好中球のつもり)が集まると、ガンに対するキラー細胞の作用が抑えられることが知られている。そのため、例えば白血球の浸潤を抑えるケモカインを抑制して、リンパ球の浸潤を増やす試みも行われている。とはいえ、なぜ白血球がガンに対する免疫を抑えるのか、その詳しいメカニズムはわかっていない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、白血球が腫瘍組織でおこすフェロプトーシスがキラー細胞の増殖抑制の中核にあることを示した論文で、11月16日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer(腫瘍組織の好中球のフェロプトーシスがガンの免疫を抑制する原因になる)」だ。

アポトーシスと、ネクローシスが細胞の死に方と考えておけばよかった時代から見ると、細胞の死に方レパートリーがこれほど多様化してきたことは驚きだ。これは、細胞が死ぬための分子メカニズムがわかってきたためで、それほど生体内では死にゆく細胞をどう処理するかが問題になっていることを意味している。

タイトルにあるフェロプトーシスとは最近報告された、細胞死の調節様式で、酸化還元反応の異常が引き金となって、鉄依存性に飽和脂肪酸のエステル化が亢進することでリン脂質が上昇し、細胞死プロセスのスイッチが入るプロセスを言う。幸い、他の細胞死ではなくフェロプトーシスが進んでいることを確実に捉えることは出来るようになっている。

この研究は、ガン組織の白血球を集めて遺伝子発現を調べると、フェロプトーシスを示唆する分子の発現が高まっていることを発見している。これは腫瘍組織だけで見られる現象で、結核のような慢性炎症でも、同じような変化は認められない。

そこで、まずなぜ腫瘍組織だけでフェロプトーシスが誘導されるのかを調べ、ガン組織で見られる低酸素状態や、アラキドン酸を介して、白血球のフェロプトーシスが誘導されていると結論している。様々なガンで同じようなフェロプトーシスが起こっているので、トリガーについて他の要因も考えられると思う。

いずれにせよ、ガン組織のみで白血球のフェロプトーシスが起こるとすると、白血球によるがん免疫の抑制は、フェロプトーシスが誘導されるためと考えることが出来る。そこで、ガンを移植し、そこにフェロプトーシスを誘導した白血球を移植する実験を行い、フェロプトーシスが誘導された細胞だけががん免疫を抑制出来ることを示している。

以上の結果から、ガン組織では様々な条件が合わさって白血球のフェロプトーシスが上昇し、フェロプトーシスで死に行く細胞が何らかのメカニズムでキラー細胞の増殖を抑えルことが明らかになった。

次に、ガン組織でフェロプトーシスが誘導された細胞で変化している遺伝子発現を調べ、プロスタグランジンE2の分泌や、フェロプトーシス細胞から吐き出される酸化脂肪酸がT細胞に直接働いて、ガン免疫を落とすことを明らかにしている。

最終的には様々なエフェクターが合わさって効果を及ぼす可能性も大で、おそらく関わる全ての分子を機能的に特定するのは難しいと思う。代わりにこの研究では、移植したガンの増殖を、ホストの白血球をリポスタチンのようなフェロプトーシス阻害剤でブロックしたとき、ガンの免疫が働き、腫瘍サイズが縮小するかモデル実験を行っている。結果は期待通りで、リポスタチン処理だけで腫瘍の縮小が誘導される。また、PD1抗体を組み合わせるともっと高い効果が発揮できることから、これが免疫を介して作用していると結論できる。

最後に、人間のガンでも同じことが言えるか調べる目的で、ガン組織遺伝子発現を調べたデータベースから、膵臓ガンや肺ガン組織でのフェロプトーシスに関わる遺伝子発現レベルを算定、ガンの予後と比較すると、フェロプトーシスが見られるガンでは明らかに予後が悪く、また肺ガンでPD1抗体治療を受けている患者さんでは、フェロプトーシスが予後を決定すると言っていいぐらい、フェロプトーシスが人でもガン免疫を抑える大きな要因になっていることを示している。

結果は以上で、これが正しいとすると、がん免疫治療でフェロプトーシスを阻害することは治療効果を高めるために必須の方法になるのではと期待が膨らむ、重要な貢献だと思う。

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11月26日 C型肝炎薬ソフォスブヴィルと抗不整脈薬アミオダロンはなぜ最悪の飲み合わせになるのか(11月22日 Cell オンライン掲載論文)

2022年11月26日
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C型肝炎薬のソフォスブヴィルは、核酸のアナログとして肝炎ウイルスの RNAポリメラーゼを阻害する。Covid-19で言えば、モルヌピラヴィルやレムデシビルに当たる薬剤だ。この薬剤の登場は、C型肝炎治療を一変させたが、不整脈治療を受けている患者さんで、強い徐脈が誘導され、その結果死亡例が出たことで、不整脈に処方されるカルシウムチャンネル阻害剤との飲み合わせは、禁忌になっている。ただ、なぜこの様な副作用が起こるのか、よくわかっていなかった。

今日紹介するプリンストン大学と武漢大学からの共同論文は、カルシウムチャンネル分子とそれぞれの薬剤の結合像をクライオ電顕で解析し、なぜ両方の薬剤が集まると、強いチャンネルブロックが起こってしまうのかを明らかにした研究で、11月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Structural basis for the severe adverse interaction of sofosbuvir and amiodarone on L-type Ca v channels(ソフォスブヴィルとアミオダロンの相互作用が L型カルシウムチャンネルに働いて重篤な機能阻害を誘導する構造学的解析)」だ。

研究は単純だが、もちろん構造学のプロの仕事だ。L型カルシウムチャンネルを精製して薬剤と反応させ、薬剤とチャンネル分子の相互作用をクライオ電顕で解析している。見たらわかるようにデータが示されており、素人でもよくわかる。私も全くの素人なので、素人の目で紹介したいと思う。

さて、構造が明らかになると結論は単純ではっきりする。当然アミオダロンはカルシウムチャンネル阻害剤なので、チャンネル部分に入り込んでチャンネル機能を塞ぐことが出来る。しかし、完全に塞ぐわけではなく、穴の一部だけが塞がれるといった状況になっている。もちろんチャンネルを完全に阻害するわけにはいかないことを考えると、うまく出来ていると思う。

ところがこれにソフォスブヴィル、あるいはそのアナログ MNI-1 を加えると、それまで L型カルシウムチャンネルとは反応しなかったこれらの薬剤が、チャンネル深くに入り込んで、アミオダロンと直接相互作用を行い、あたかも一つの分子であるよう振る舞い、完全にチャンネルを塞いでしまうことがわかった。カルシウムが完全に遮断されると、不整脈を抑えるどころか、ペースメーカーの活動が強く抑えられ、徐脈が起こってしまうと言うわけだ。まさに見ることの重要性がわかる。

結果はこれだけで、両方の薬剤が合わさるときの危険性について、構造解析ならの明快な回答が示された。また、ソフォスブヴィルの光学異性体を用いると、分子内でのアミオダロンとの相互作用はなく、全くチャンネル阻害がない。即ち、全て特定の分子構造に依存している。

このような分子同士が直接標的分子内で相互作用するというのは極めて特殊なケースだと思うが、素人にもわかりやすく、構造解析の重要性がよくわかった。

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11月25日 非アルコール性肝炎の繊維化を遅らせる意外な方法(11月24日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年11月25日
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非アルコール性肺炎はインシュリン抵抗性や、幹細胞の脂肪代謝異常が原因の代謝病だが、その結果、細胞ストレスから炎症が起こり、細胞死、そして繊維化による肝硬変へと進展する。それぞれの過程が治療対象となり、最も重要なのは代謝異常を抑え、炎症への進行を抑えることだが、肝炎へと発展した場合は治療が難しい。

炎症が始まった後での一つの治療方法は、ストレスによる肝臓のアポトーシスを抑えて進行を食い止めようとする治療が知られているが、うまくいっていない。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、細胞死のスイッチが入った細胞を積極的に除去することで、肝炎の進行を抑えることができることを示した論文で、11月2424日 Science に掲載された。タイトルは「CD47-SIRPα axis blockade in NASH promotes necroptotic hepatocyte clearance by liver macrophages and decreases hepatic fibrosis(CD47-SIRPα軸の抑制はNASHのネクロプトーシスが起こった肝臓細胞のマクロファージによる除去を促進し肝臓の繊維化を抑える)」だ。

マクロファージが、間違って自分の細胞を貪食しない様に「don’t eat me」と旗を立てる印の一つがCD47だ。この研究では、非アルコール性肝炎(NASH)で、RIP3/MLKL により制御されたネクローシス=ネクロプトーシスに陥った細胞で、異常に高い CD47 が発現していることを発見する。また、マウスで RIP3 を活性化するモデルで肝細胞のネクロプトーシスを誘導しても、同じ様に CD47 が強く誘導されることを確認している。そこでこのマウスモデルで、これまでの様にネクロプトーシスを抑制するのではなく、逆に CD47 の機能を抑制して、死にかけの細胞を除去してしまったら、炎症は鎮まるのでは無いかと着想している。

肝臓細胞で RIP3 を活性化させた細胞に CD47 抗体を投与し肝細胞が除去される様にしてやると、マクロファージは肝細胞の貪食を行い、その結果炎症が低下し、また肺の繊維化誘導分子の発現が抑えられることを確認している。

CD47 はいくつかの分子と結合するが、マクロファージによる貪食を防ぐのはマクロファージ上の SIRPα で、また NASH では SIRP2α の上昇も見られるので、この分子を抗体で抑制しても、同じ様に炎症の低下と肝臓の繊維化が誘導される。すなわち、CD47 を介したマクロファージの貪食が炎症を高め、繊維化を促していることになる。

結果は以上で、老化を始めた細胞を積極的に殺す senolysis により老化抑制と同じで、死にかけの細胞を積極的に除去することで、炎症と繊維化を抑えることができることを示している。ただ、人間の実際の肝臓でも同じ様に NASH が抑えられるのかはわからない。特に CD47 に対する抗体投与により、正常細胞に障害がおこる可能性があるので、よほど注意して治験を行う必要がある。

マウスの実験だとしてもネクロプトーシスを抑えるのではなく、逆にマクロファージの除去機能を促進して、死にかけの細胞を除去することで肝臓の炎症を抑えられるという結果は、シンプルな実験ではあっても、極めて面白い。今後 NASH にとどまらず、他の病気でも同じ方法で繊維化を遅らせる可能性が出てきたと思う。

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11月24日 アップルウォッチで心不全の兆候を捉えられるか(11月14日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年11月24日
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3年ほど前から Swatch から Apple Watch に変えて、時計に支配される感覚を心地よく感じて、夫婦共々離せなくなってしまった。今使っているタイプは心電図が測れる。30秒間測って、しっかり心電図パターンは得られるのだが、結局診断されるのは洞調律で、不整脈がないという程度だ。せっかくパターンが取れるのだから、AI を用いてより高度な診断も可能ではないかと思うのだが、アップルとしては間違った診断で問題が起こることを恐れてこの程度でとどめているのだろう。ただ、医者の立場から言えば自宅でプレスクリーニングができればいうことはない。

今日紹介する米国メイヨークリニックからの論文は、Apple Watch の心電図検査を、iPhone を用いてメイヨークリニックのコンピューターに送って、駆出率の異常と左心室収縮異常を発見しようと試みた一種の治験で、11月14日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Prospective evaluation of smartwatchenabled detection of left ventricular dysfunction(スマートウォッチによる左室収縮不全の発見の前向き評価研究)」だ。

研究では、まずアップルウォッチの心電図検査をメイヨークリニックに送り、それを AI 診断するアプリを作成し、呼びかけに応じた約2500人に、6ヶ月の間を区切って少なくとも一回は心電図パターンをアップロードしてもらっている。その後、30日以内にエコー心電図検査を受けてもらって、アップルウォッチによる診断の正確度を確認している。エコーまで受けたのが、最終的に420人余りになっている。

参加したボランティアは平均で54歳、おそらく自分でも心配と思っている人が多く、37%が高血圧と診断されている。そのためか、参加者は平均月2.5回、心電計検査をおこなっている。

さて結果だが、一回のエコーで診断される確率とほぼ同じ確率で、アップルウォッチでも左室駆出力

の異常(40%以下)を検出できている。

結果は以上で、おそらく期待以上の検出率で、アップルウォッチを左室駆出力不全の様な重要な心疾患の早期検出に使える可能性を示している。自分で見ても、心電図としてのパターンはしっかりしているので、数を増やしたり、より安定な方法を推奨したりして、診断率を上げることができる様に思う。

うかうかすると、アップル一人勝ちになるかもしれない。

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11月23日 ガンと FragileX遺伝子の意外な組み合わせ(1118日号 Sciencen掲載論文)

2022年11月23日
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意外な分子がガンの悪性度を決めるということがある。今日紹介するスイスガン研究所からの論文はFragile X症候群の患者さんが持つFMR1遺伝子がガンの免疫回避に関わっていることを示した、意外な現象についての論文で、11月18日 Science に掲載された。タイトルは「Aberrant hyperexpression of the RNA binding protein FMRP in tumors mediates immune evasion(腫瘍で見られるRNA結合タンパク質FMRP の異常な高発現は腫瘍の免疫回避を助ける)」だ。

何度も紹介しているが、FragileX症候群は、FMR1遺伝子に挿入された CGG 繰り返し配列にエピジェネティックなサイレンシングが起こるため、遺伝子発現が抑えられることで起こる病気で、基本的には知能の発達障害や、自閉症様症状が症状の中心になる。この変異で発現が低下する FMRP分子は、RNA結合タンパク質として、シナプスのシグナル伝達や構造形成に関わっているため、神経特異的な異常が発生すると考えられている。

研究では、FMRP分子の発現が様々な腫瘍で上昇していることに着目し、FMRP発現がガンの悪性度と関わるのではと考え、FMRP遺伝子ノックアウトガン細胞を作成、移植実験をおこなっている。結果、免疫不全マウスに移植した場合全く増殖に差がない一方、正常の同種マウスに移植すると、FMRP分子を発現しないガンは増殖が抑制されることを発見する。この結果が、この研究のハイライトで、FMRPの発現がホストの免疫系を回避に関わることがわかった。

すでに述べた様に FMRP は様々な分子の発現を調節するため、何か特定の分子のカスケードが現れるわけではなく、メカニズムの研究は大変になる。ガン周囲組織のリンパ球はもとより、マクロファージに至るまで、詳しい解析を行い、この回避に貢献する分子を特定するのに成功している。

長い話を短くまとめて以下に列挙するが、なぜこれほどうまく免疫回避に関わる分子を指揮者の様にうまく纏めているのか、不思議なぐらいできすぎた話になっている。

  1. FMRPが発現すると、IL33が誘導され、抑制性T細胞が誘導され、免疫が低下する。
  2. 一方、T細胞の誘導を促す、CCL7を中心とする様々なケモカインは発現が抑制される。逆に、FMRPが欠損すると、これらのケモカインが発現し、腫瘍局所にT細胞を引きつける。
  3. FMRPは Pros1 の発現を介して、組織のマクロファージを免疫抑制型に変える。一方、FMRPの発現が低下したガン細胞では、免疫活性化型のマクロファージが誘導される。
  4. FMRPは免疫抑制型マクロファージの誘導に関わるエクソゾームの誘導も促す。

以上が主な結果で、FMRPが調節する遺伝子は決してランダムに選ばれているわけではなく、免疫回避のためにわざわざ選んできたとすら思える、一連の遺伝子セットを上げ下げして、免疫回避を助けていることがわかる。

ただ残念ながら、ガンのデータベースをもとに、FMRPの発現レベルがガンの生存期間とか変わるかを調べているが、ほとんど相関は認められていない。その意味では、ここで示されたシナリオがどこまで生理学的かわからないが、FMRPで変化する遺伝子セットをひとまとまりの指標として見ると、ガンの予後との相関が認められることから、免疫回避のガンのプログラムが必ずあると結論している。ぜひ、FMRPがサイレンスされた患者さんでは、発癌過程でこのサイレンシングが消えるのかどうか知りたいところだ。

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11月22日 究極のテーラーメイドガン治療(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月22日
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すでに紹介した様に、ガンの突然変異を解析して、個人用ガンワクチンを使う治療が確立しつつある(https://aasj.jp/news/watch/20340)。ただ、これのさらに上をいくテーラーメイド治療が発表され、驚いた。カリフォルニアのPACT Pharma社が11月16日、Nature にオンライン発表した論文で、ネオ抗原を特定するだけでなく、それに対するT細胞受容体(TcR)、それを導入したT細胞を調整してガン治療を行う究極の免疫治療の治験だ。タイトルは「Non-viral precision T cell receptor replacement for personalized cell therapy(個人用細胞治療目的のウイルスベクターを使わない正確なT細胞受容体交換)」。

前置きは抜きにして、この治験のプロトコルを列挙する。

  • ガンのバイオプシーと同時に血液を採取。
  • ガンと血液のエクソームシークエンシングを比較して、ガンのネオ抗原を特定。
  • 同じガンサンプルのRNA解析からガンで発現の高いネオ抗原を特定する。
  • これらのデーターから、一人当たり平均で352種類のガンネオ抗原となるペプチド配列を決定。
  • それぞれのペプチド配列、β2ミクログロブリン、HLA遺伝子を融合させた遺伝子ライブラリーを作成、それを293細胞株で合成させる。最終的に一人の患者さんあたり100種類のペプチドを合成する。
  • それぞれの融合ネオ抗原/HLA複合体をバーコードと蛍光色素でラベルし、これを用いて患者さんのT細胞から、ネオ抗原特異的T細胞を分離、このT細胞のTcR遺伝子をクローニングする。
  • 一人当たり、3種類のネオ抗原特異的TcR(α、β受容体遺伝子)をプラスミドベクターに導入。
  • 患者さんのT細胞をTcRα遺伝子のガイドRNAとCAS9で、カットし、同時に7)で調整したTcR遺伝子プラスミドを導入することで、元のTcRをネオ抗原特異的TcRに置き換える。
  • こうして作成したTcRをネオ抗原特異的TcRに置き換えたT細胞の反応性をテストし、機能的キラー細胞を調整する(だいたい形成した半分がネオ高原に反応する)。
  • こうして作成したT細胞を、様々な濃度で患者さんに注射、途中でIL2皮下注射を行い、体内でどの程度維持されるか、ガン組織に移行するか、安全か、そしてガンを抑えることができるかなどを調べている。

以上から分かる様に、ネオ抗原どころか、クリスパー(しかも相同組み替えまで用いて)を用いたガン特異的キラー細胞まで作ってのけている。驚くのは、この全ての過程を平均163日、5ヶ月で終わらせていることだ。また、今後改良を重ねることでさらにスピードアップできるようだ。

結果だが、10億個に増幅して移植したネオ抗原特異的T細胞は末梢血の20%までを占める様になる。また、移植後バイオプシーできた患者さんで、全てガン組織に移行している。他にも、末梢血とガン組織で様々なパラメーターを調べているが、省略していいだろう。結論としては、安全で皮下IL2注射で体内で増幅維持させることができる。

気になるガンに対する効果だが、以上のプロトコルを進めている間に、ガン抗原が変化したり、HLAが消失したりする患者さんもいる。とはいえ、半数以上の患者さんでガンを抑える効果が見られたことも示している。

最終的な評価や、CAR-Tやワクチン療法との比較は今後の課題だが、この複雑なプロトコル自体を全ての患者さんでやり遂げていることが驚きだ。このプロトコルでは、ネオ抗原免疫を組み合わせることも可能なので、あとは時間とコストだけの問題になる。

ガン免疫治療もついにここまで来たことを実感できる重要な貢献だ。

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11月21日 死に行くガン細胞のレガシー(11月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年11月21日
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ガン化学療法の最大の問題は、治療抵抗性の細胞の出現によりガン細胞の絶滅が難しいことで、それを目指すとどうしても副作用が大きくなる。この原因は様々あるが、ガン細胞が遺伝的に薬剤耐性を獲得すること、あるいは静止期の幹細胞集団が抗ガン剤の作用をやり過ごすことが主なメカニズムとして示されている。

今日紹介するドイツ・フランクフルト大学からの論文は、治療によって死ぬ細胞が、死に際に周りの細胞にシグナルを送り、治療に対する抵抗性を誘導するという、ちょっと変わったガン細胞のレガシーに関する研究で、11月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Colon tumour cell death causes mTOR dependence by paracrine P2X4 stimulation(直腸ガンが死ぬとき、周りの細胞の P2X4 を刺激し mTOR 依存性を誘導する)」だ。

研究だが、最初から死んでゆくガン細胞が周りのガン細胞を守る経路があると決めてかかっている。使った細胞は直腸ガンで、5FU で処理しても、ガンの増殖は続くことがわかっている細胞だ。まず、ガンのオルガノイド培養を 5FU 処理したとき、残った細胞のどの分子が活性化するか調べていくと、p70 など mTOR を活性化する3種類の分子がリン酸化されることを発見する。

以上の結果は死に際のガン細胞が、周りの細胞の mTOR を活性化することが、ガンの増殖が止まらない原因であると考えられる。そこで mTOR を阻害する rapamycin を 5FU と同時に投与すると、ガンの増殖を強く抑制できる。

詳しくは述べないが、この結果はいろいろ穴があるので、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない。著者らもそのことはわかっており、遺伝子操作によりジフテリアトキシン(DT)で殺されるガン細胞と、DT では死なないガン細胞を一つのオルガノイドに混ぜる実験を行い、このオルガノイドを DT で処理して一部のガンが死ぬとき、残りのガン細胞がどうなるかという、少し凝った実験系を使って検討している。

驚くことに、DT に反応しない細胞は全く死なないはずだが、mTOR が活性化し、さらに DT と rapamycin で腫瘍が強く抑制される。繰り返すが、この実験が面白いのは、DT に反応しない細胞も急に mTOR が活性化して、rapamycin 感受性になる点だ。

そこでまず mTOR が活性化する仕組みを解析し、死に際のガン細胞から分泌される ATP が、P2X4 受容体を介して mTOR を活性化させることを明らかにしている。

しかしまだしっくりしないのは、mTOR が新たに活性化され、細胞が抗ガン剤に耐性になったとしても、DT に反応しない細胞が死ぬ理由がない点だ。この問題を追及して、死に際のガン細胞は ATP により周りの細胞を守るため mTOR を誘導するのと同時に、活性酸素を吐き出して、周りの細胞の細胞死を誘導することを示している。

わかりにくい話で、死に際のガン細胞は周りの細胞を巻き込んで殺してしまう活性酸素を吐き出すので、それを守るメカニズムとして mTOR を活性化させるというのが、シナリオになる。ただ、ガン治療という観点から見ると、この反応は状況を複雑にしているため、一見不思議な結果になっているようだ。

いずれにせよ、論文のための論文と決めつけず、上皮性のガンについてはこの可能性を頭に治療を見直すことも重要だと思える。

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