9月30日:気候変動とマルハナバチの形態変化(9月25日号Science掲載論文)
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9月30日:気候変動とマルハナバチの形態変化(9月25日号Science掲載論文)

2015年9月30日
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2日前に進化の時間過程を目撃することは難しいと述べたばかりだが、短い期間で形質の変化を観察できるかどうかは、形質に必要な変異の数(起こりやすさ)、種の増殖力、そして選択圧の強さにかかっている。最も有名な例が、19世紀産業革命真っ只中のロンドンで街が黒い煤煙で覆われるに従って、白い蛾の一種が急速に真っ黒な蛾に変化したという観察だ。これは、それまで鳥から身を守る保護色として機能していた白い色が、環境が煤けて逆に目立つようになり、身を守るためには黒い羽を持つ変異体が有利になり、あっという間にすべての種が真っ黒になったという記録だ。驚くべきことに、大気汚染が解決した現在では、この蛾の羽は白色に戻っているようだ。このように、場合によっては昆虫の形態は環境の変化を反映できると期待できる。今日紹介するニューヨーク、サニーカレッジからの論文は、ロンドンの蛾と同じ現象をミツバチに似たマルハナバチで観察した研究で9月25日号のScienceに掲載された。タイトルは「Functional mismatch in bumble bee pollination mutuallysm under climate change(マルハナバチの受粉の相互依存性が気候変動でミスマッチを起こした)」だ。この研究でまず驚くのはロッキー山脈に生息するマルハナバチの標本が何年もにわたって保存されていることだ(実際にはわが国を含めどこでも行っているのかもしれない)。この研究のきっかけは、マルハナバチが蜜を吸う舌の長さが、1955−1980年に採取したハチと、2012−2014年採取したハチでなんと24%も短くなったという発見にある。このハチの舌の長さは、生息地に分布する花の花冠の長さに適応していたことが知られていた。もし舌が短くなると、これまでペアを組んでいた花との相互関係が崩れることになる。そこで、ペアを組む花の方が変化したのかを、現在ハチがどの花の蜜を吸うのか観察して調べると、ペアを組んでいた花側が変化したのではなく、ハチの方が様々な花の蜜を吸うようになったことがわかった。すなわち行き着いた結論は、ロッキー山脈での花の数が減って、これまでペアを組んでいた花だけではハチが暮らせなくなり、様々な花の蜜を吸えるよう舌を短くしたようだ。ロッキー山脈での花の分布を調べてみると、たしかに3800m以下では花全体の数が半分以下に減っている。その間平均気温は2度近く上昇していることから、温暖化の影響でロッキーの花の数が急速に減り、その結果ハチの方もこれまでペアを組んでいた花に特化しては生きていけないため、舌を短くして多様な花の蜜で生きるよう変化したという結論を導き出している。悲しいことに、昔も今も、結局工業化により昆虫が強い選択圧にさらされ、形態の変化を余儀なくされているのがわかる。しかし舌が長ければどんな花にでも対応できるように思えるのに、結局無駄を省いて舌を短くして適応していることを知って、素人の私は舌を巻いた。
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9月29日:レプチンの新しい作用(9月24日号Cell掲載論文)

2015年9月29日
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遺伝的肥満マウスob/obの原因遺伝子としてクローニングされたレプチンは、ギリシャ語の「満腹:レプトス」から名前が付けられ、そのまま日本語にすると満腹ホルモンになる。脂肪細胞で作られ、脳血管関門を超えて中枢神経に働き、満腹感を更新し空腹感を抑える肥満に悩む現代には理想的な作用を有している。さらに、レプチンは神経系を介して、褐色脂肪細胞を活性化させ脂肪を燃やし、自律神経を介して白色脂肪組織で脂肪を融解する代謝効果ももち、抗肥満ホルモンとして理想的性質を持っている。ただ他にも様々な生理作用を有しており、肥満の特効薬として服用するというわけにはいかず、レプチンの下流で働くシグナルを調べ、それを標的にしようと研究が進んでいる。今日紹介するポルトガル、グルベキアン研究所からの論文はレプチン刺激が白色脂肪細胞での脂肪融解に繋がる経路を明らかにした研究で9月24日号のCellに掲載された。タイトルは「Sympathetic neuro-adipose connections mediate leptin-driven lipolysis(交感神経と脂肪組織の結合がレプチンによる脂肪融解に関わる)」だ。この研究以前にも、レプチンが白色脂肪組織と直接神経的に結合している交感神経を刺激し、脂肪細胞での脂肪融解を誘導する可能性は示唆されていた。ただ、証拠は間接的で、様々な新しい方法を組み合わせてこの仮説を証明したのがこの研究だ。まず脂肪細胞と交感神経が直接結合しているかどうか調べるため、脂肪組織と交感神経との直接結合について組織学的に調べている。これまでも同じ実験は行われているが、この研究では脂肪組織全体を取り出し、立体組織の中まで見やすいように透明化し、組織全体をそのまま染色して、実際に脂肪組織に交感神経が接合していることを示している。次に、生きたまま脂肪組織の交感神経を観察する方法を用いて約8%の脂肪細胞に神経端末が結合していることを確認している。次に、やはり流行りの光遺伝学を用いて脂肪組織を支配する交感神経を持続刺激し、光による交感神経興奮の維持により刺激された側の脂肪組織が消失することを示している。最後に、脂肪組織と結合する交感神経を切断したり遺伝子導入により除去することで、レプチンの脂肪融解効果がなくなり、この効果は交感神経が分泌するノルエピネフリンやエピネフリンを介して脂肪細胞に伝わっていることを明らかにしている。研究自体は驚きというより、堅実で、最新の技術を使ってこれまでの仮説を証明するというスタイルの論文だ。ただずいぶん昔、まだ研究インフラが整っていないグルベキアン研究所でポルトガルの大学院生の集中講義に携わった私としては、この研究所がアイデアで勝負するだけではなく、最新のテクノロジーを使って研究を行うところまで発展したことを知って特に感慨が深い論文だった。
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9月28日:イヌイットの寒冷地適応(9月18日号Science掲載論文)

2015年9月28日
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進化をその時間経過を追って経験することはほとんど不可能だ。分裂速度が速い大腸菌でも、レンスキーたちのNature論文(vol489, 513, 2012)によれば、全く新しい形質が生まれるまでに25年もかかっている。このため我々が進化を実感できるのは、長い時間の進化の結果としての多様性を実感するときだ。ただ、ダーウィンの時代と違い、私たちは多様性の背景にあるゲノムの多様性を相関させることができる。特に形質の違いとしてしっかり認識できる民族のゲノム解読が進んだおかげで、ダーウィン進化論を肌で実感できるようになってきた。今日紹介するロンドン大学からの論文は多様化した集団の自然選択過程を調べた研究で9月18日Scienceに掲載された。タイトルは「Greenlandic Inuit show genetic signatures of diet and climate adaptation(グリーンランドのイヌイットには食事と機構への適応の痕跡がある)」だ。イヌイットはアメリカ原住民と共通祖先を持ち、北極圏の寒冷地に何千年も居住してきた民族で、グリーンランドに住む民族は1000年前に現在の土地に移ってきグループだ。オメガ脂肪酸を含む魚とアザラシの肉が中心の食生活を送っており、寒冷地適応とともに、大きな選択圧を形成してきたと考えられる。アザラシの油を多く取り、野菜とは無縁の生活をしていると考えるだけで現代人は不健康だと思うが、彼らは健康だ。これまでもブドウ糖摂取に関わる遺伝子の変異の存在が指摘されていた。この研究では、代謝に特化したSNPアレーを用いて、グリーンランドに居住するイヌイットの内、ヨーロッパ人のゲノム流入が5%以下の人を選んで調べ、これまで調べられた欧州人や中国人の結果と比べ、イヌイットに特徴的なSNPを探索している。様々な遺伝子でイヌイットに特徴的な一分子多型を見つけているが、一般の人の興味を最も引くのは11染色体のFADS1,FADS2遺伝子にイヌイットに特徴的なSNPが存在するという結果だろう。特にFADS2は脂肪酸を不飽和化して、生物活性のある脂肪酸(例えばアラキドン酸)に変換する酵素で、ドンピシャの遺伝子に落ちてきたと言える。実際この領域のSNPの一つは、欧州人の血中脂肪酸のレベルと相関することも知られている。脂肪代謝の指標と相関するのは当然として、意外なのはこのSNPがなんと身長に強く相関しているという発見だ。同じ相関は欧州人の身長でも認められる。これらの結果から、脂肪酸を不飽和化する酵素の存在する領域の変異が魚類やアザラシから多くの脂肪を摂取するイヌイットの代謝を代償し、私達から見たら不健康そうな食事でも健康を保てるよう選択されていると結論している。さらに、身長との相関については、これらの酵素により生成される生物活性のある不飽和脂肪酸が成長ホルモンの分泌に影響した結果だろうと結論している。実際の進化の時間を推計すると、この選択はイヌイットがグリーンランドに移住するよりは遥か昔に極寒の地に適応し始めた時から起こったのだろうと推定している。この研究も一例にすぎないが、様々な民族のゲノム研究を見ると、ゲノムの多様化と環境に合わせた形質の選択により、新しい民族が作られていることを実感する。おそらくダーウィンもこんな日が来るのを夢見ていただろう。
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9月27日:歯のエナメル質の進化(Natureオンライン掲載論文)

2015年9月27日
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東大総合研究博物館に小藪さんという根っからの形態学者がいる。彼の論文がNature Communication (5:365, 2014)に発表された時、我が国にもここまで形態学マニアの若手がいるのかと感心した。このホームページで紹介してきたように、今はゲノム時代で、進化研究でも様々な種のゲノム解析がトップジャーナルに掲載されている。こんな時、形態学や生態学に関わる若手は少し焦ってしまうかもしれない。しかし、解読されたゲノム全体を比べたところで、人間とチンパンジーは2%しか違いがないといった話ができるだけだ。逆に結局形態学を極めた研究者はゲノム時代にこそ大きく活躍できる。そんなことをうかがわせる論文がウプサラ大学からNature オンライン版に掲載された。タイトルは「New genomic and fossil data illuminate the origin of enamel (新しいゲノムと化石のデータがエナメルの起源を明らかにする)」だ。この研究は、歯のエナメル質の進化過程を通して、エナメル質を持つ四足類と歯にエナメル質を持たない硬骨魚類の進化過程を解明することを目的としている。私が学生だった頃は歯の解剖や発生学を医学部で習うことはなかったので、この論文を読むまでは私もエナメル質の発生や進化について全く知識はなかった。しかし読んでみるとなかなか面白い。内骨格を持つ脊椎動物を横断的に見てみると、骨格以外にカルシウム沈着が起こっているのは歯と魚類に見られる皮膚の石灰化があるだけだ。ただ、エナメル質形成に必要な遺伝子の多くは、サメや硬骨魚で存在せず、また皮膚は上皮由来、歯は内胚葉由来であることから、魚類の皮膚の石灰化はエナメル質とは全く異なる起源と考えられていた。しかし魚類の中で四足類に近いシーラカンスではエナメル質様の構造とともに、ganoineと呼ばれるエナメル様の物質が皮膚を覆っており、ゲノムにもエナメル質を形成できる遺伝子が揃っていることもわかっている。従って、エナメル質形成という点で、四足類とシーラカンスは同じ系統に分類できる。次に著者らはこの系統に近い魚として最近解読されたガーのゲノムデータからエナメル基質蛋白EMPを検索したところ、歯にエナメル質を形成させるamel遺伝子以外のエナメル質構成分子が存在していることを発見する。また、このエナメル形成遺伝子は皮膚に発現していることも確認している。形態的にはガーの歯にもエナメル様の構造があるが、amel遺伝子がないことを考えるとガーは皮膚にエナメル質を形成しても、歯にはエナメル質を形成しないことがわかる。この結果から、皮膚のganoineと歯のエナメル質は同じ起源から進化しており、例えば軟骨魚の皮膚の石灰化とは全く異なるシステムだと結論できる。次に、中国から出土するシリル紀からデボン紀の化石に、エナメル質が最初はウロコに、次に顔面の骨に、そして最後に歯へと拡大する過程を見ることができることを示している。結論として、硬骨魚の進化ではエナメル形成能はまず皮膚のウロコ、次に頭部の骨に、最後に歯へ拡大した後、歯のエナメルを失ったガーの先祖と、歯のエナメルを維持したシーラカンスの先祖に分岐し、前者から全てのエナメル形成能を失った硬骨魚が、一方後者からは歯のエナメル質だけを残した四足類が進化したと結論している。おそらく化石の形態学から著者らの頭の中には最初からこの仮説が出来上がっていたのではと思える。そこにガーのゲノムが解読され、これをエナメル質形成という観点から検索し直すことで、化石に見られるエナメル質進化を見事に裏付けることに成功したのではないだろうか。ゲノム解読が終了した種の数が急速に増えている今、一番必要なのは形態学や生理学に裏付けられた視点の導入だろう。その意味で、形態学を極めた研究者がゲノムインフォーマティックスを身につければ、鬼に金棒となるのだろう。我が国からもそんな形態学者が続出するのを期待したい。
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9月26日:ガン免疫のチェックポイント治療効果を予測できるか?(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年9月26日
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私たちの事務所で日本ガン楽会の中原さんが定期会合を持っておられるが、残念ながら私の時間の都合がつかず、いつも付き合えず申し訳ないと思っている。事務所で、日本ガン楽会の会合に同席させてもらっているメンバーから聞くと、最近はPD1抗体などのガン免疫のチェックポイント治療がやはり話題になっているようだ。ただ多くの患者さんが、抗PD1抗体を、他の標的薬剤と同じように考えられているのが気になると聞いている。実際には、この治療はガンを直接叩くのではなく、ガンを叩いている免疫機能を高めることで、間接的にガンを抑える治療で、一度このことを皆さんに伝える機会が必要だと思っている。直接ガンを叩くわけではないので、この治療が効果を持つかどうかは、ガンに対する免疫が成立しているかが鍵となる。もし成立していない場合、この治療は全くガンに効果がないだけでなく、逆に体内の免疫反応を高めて自己免疫病を発症させてしまう副作用がでる心配がある。したがって、できればチェックポイント治療を行う前に、ガンに対する免疫が成立していることを確かめるのが重要な課題になっているが簡単ではない。今日紹介する米国ハーバード大学と独デュイスブルグ大学の共同研究はガンで起こった遺伝子変異とガンの周りの組織の遺伝子発現から、チェックポイント治療の一つ抗CTLA4治療の結果予測の制度をあげられないか調べた研究でScience Express (オンライン先行公表)に掲載された。タイトルは「Genomic correlates of response to CTLA4 blockade in metastatic melanoma (転移性メラノーマに対するCTLA4阻害治療反応性と相関するゲノム要因)」だ。この研究では110人の患者さんのメラノーマ細胞をバイオプシーで採取し、たんぱく質に翻訳される全遺伝子の配列を調べ、その中からガン抗原として働いている可能性のある突然変異をリストしている。また40人の患者さんについては、発現しているRNAを調べ,ガンに対する免疫反応の状態も判定しようと試みている。ゲノム検査の後、CTLA4阻害治療を行い、2年目までの再発率、生存率と相関するゲノム要因を調べている。読んだ感想としては、正直まだまだ完璧な予想には程遠いと言わざるを得ない。まずこれまで言われていたように、アミノ酸の配列が変化する突然変異が多いガンほどチェックポイント治療が効く確率が高い。さらに、この突然変異が患者さんのHLA分子に結合してガン抗原として働き得ると計算ではじき出した突然変異の数と治療の効果も強い相関がある。すなわち突然変異が多いほどガン抗原ができている可能性がある。ただ、突然変異が多いのに効果がない例や、その逆もあるので、これだけで決めるわけにはいかない。このようにガンのゲノム上の突然変異だけからガン抗原の候補をリストしても、実際にその突然変異がガン細胞で十分発現しているか調べることも重要なことも示している。こうしてリストした発現の高いガン抗原候補の中から、複数の患者さんで共通に見られる抗原があるか調べると、メラノーマ共通の抗原と特定できるものはなく、結局ガンごとに違った抗原が免疫を誘導していると結論している。最後に、キラー活性が存在するか、チェックポイント分子が発現しているかなどを組織の遺伝子発現から免疫成立状態を調べ予後との相関を調べると、これまで言われていた通り免疫反応の形跡があるとCTLA4阻害の効果が見られるという結果だ。結局、共通のガン抗原がある確率は低く、個々のガンや患者さんの状態の総和として免疫反応が成立しているという結果になっている。今年4月、メラノーマの全遺伝子を調べ、その中からメラノーマに起こった突然変異の中からガン抗原として働いているペプチドを同定し、それを免疫することでメラノーマに対する免疫反応を誘導してガンを抑制することに成功した研究を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3176)。今回の結果も、結局このような究極の個別化医療が一番望ましいという結論になったように思える。とは言え、突然変異からガン抗原候補がリストでき、組織の遺伝子発現から免疫反応の形跡を検出できるなら、やはりメラノーマの患者さんの治療前に、ゲノム検査をやる意味は大きいのではないだろうか。今我が国では、効いた・効かない、副作用が出た、出ないといった結果ばかりが強調されているが、我が国発の治療も含まれる分野なら、ぜひゲノム検査を組み合わせて効果予測を確実にするための検討も進めて欲しいと思う。
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9月25日:乾癬性関節炎の抗IL-17抗体治療(9月19日号The Lancet掲載論文)

2015年9月25日
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ガンに対するPD1やCTLA4に対する抗体を始め、多くの抗体薬が臨床に使われているが、最初の口火を切ったのはリューマチなどの免疫系疾患に対する抗TNF抗体だった。実際、この抗体はリュウマチ治療を変えたと評価されている。その後我が国からの抗IL-6治療も加わり、それぞれが補完しあって、従来の方法ではコントロールが困難だった免疫疾患の治療が可能になってきた。さて、免疫学の論文を読んでいると、TNF,IL6に加えて、炎症の親玉のようなサイトカインとしてIL-17が出てくる。当然この分子に対しても抗体薬が開発されてきたようで、今日紹介する論文は乾癬性関節炎に対する抗IL-17A抗体の作用を調べた第三相の国際治験の結果だ。タイトルは「Secukinumab, a human anti-interleukin-17A monoclonal antibody, in patients with psoriatic arthritis :a randomized double blind placebo-controlled phase 3 trial (ヒトIL17Aに対するモノクローナル抗体セクキヌマブによる乾癬性関節炎の治療:偽薬を用いた無作為化二重盲検第三相治験)」だ。免疫疾患の抗体治療についてはすでに日常診療での治療として定着しているため、ほとんどフォローしてこなかったが、乾癬や乾癬性関節炎は抗体治療も含め、これまでの治療に抵抗性を示すものが多かったようだ。このため、抗IL17抗体の治験は乾癬と乾癬性関節炎に焦点を当てて行われている。乾癬性関節炎は乾癬の患者さんの3割程度に発症する関節炎で、リューマチ性関節炎より関節炎としては軽度なことが多い。これまで抗体薬としては抗TNFが主に使われているが、最近になって抗IL12/24もこの病気に効果があることが示されているようだ。ただそれでも治療に反応しなかったり、あるいは副作用が強い患者さんが存在し、抗IL17でコントロールできないかというのが今回の治験の目的だ。この抗IL17抗体セクキヌマブはすでに乾癬の患者さんを中心に登録されているだけで54の治験が行われている。ただ、これまで発表された結果は期待できるもので、その延長として今回の第三相治験が計画された。この治験では静脈に注射するのではなく、長期効果を得るため、最初は週1回4週投与した後は、月1回という投与スケジュールで24週目で効果を判定し、その後の経過は52週まで見ている。結果はこれまでと同じで、アメリカリュウマチ学会の治療による改善指標で20%改善する患者さんの率が6割程度、50%症状改善が35%程度あり、このレベルは月一回の抗体治療で維持できるという結果だ。先ず乾癬や乾癬性関節炎から入って、他の疾患にも適用拡大する戦略だ。ただClinical Trival gov.での登録を見るとほとんどが乾癬か乾癬性関節炎で、リューマチ性関節炎、強直性関節炎などが加わり始めた段階のようだ。その意味で、今回感染性関節炎への一定の効果の確認は開発会社(ノバルティス)にとっても朗報だろう。ただ同じ病気に対して異なる分子を標的にすることが進み、抗体治療は複雑になっていく気がする。その意味で、今後TNF, IL6, IL12, IL-17などに対する抗体の効果の差がどのように出てくるのか、差があるとしたらその背景は何かなど症例を集めて検討することで、エフェクターフェーズの炎症の個人差など面白い問題がわかるように思う。ヒトの免疫学が徐々に進展してきているが、様々な分子を標的とした抗体治療の患者さんから得られるデータの価値は計り知れないだろう。さて副作用だが、死亡例はなく重篤な副作用も1割程度で止まっているようだ。この副作用としてカンジダ口内炎が発症するのはわかるが、炎症を抑えているのに潰瘍性大腸炎が起こるケースがあるのは不思議な気がした。一方、扁平上皮癌が3例に起こっているのも、現在進んでいるガン免疫チェックポイント治療と合わせて見ていくと面白いヒントが得られる気がする。抗体薬はその特異性で際立っている。そのため、治療を受けた患者さんの経過や免疫状態を詳しく調べることは人間の免疫機能やその多様性を理解するために今後重要になると思う。効いた効かないにとどまらず、ヒト免疫機能の基礎に迫る研究が我が国の臨床研究者から生まれることを期待したい。
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9月24日:米国医学部での男女差別(9月15日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年9月24日
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安倍内閣の一つの柱は「女性の輝く社会」だが、男性中心にすでに出来上がった組織を変えるためには綿密な戦略が必要だ。ただ、役所や産業界に女性登用を呼びかけるだけでなく、例えば「女性の活躍を妨げるあらゆる要因を、罰則を持って取り締まる」といった罰則を伴う対策が必要になる。女性の活躍を妨げる要因の一つは、組織の構成が男性をトップに階層化されていることなので、もしペナルティーが明確なら、あらゆる組織で一度は女性をトップに据えて見ることが可能か問われるだろう。ただ、女性なら誰でもいいという訳にはいかないだろうから、すでに女性が育っている組織、これから養成が必要な組織など詳細な分析が必要になる。あまり問題にならないが、我が国で男性優位が際立っている組織の一つは大学の医学部だろう。私が京大医学部教授会に属していた時、教授会に女性はいなかった。その後富樫さんや柳田さんが教授になったが、それでも際立って男性優位だ。一方講義をすると分かるが、京大医学部は女性入学者が2割程度で、他の大学と比べるとかなり低いように感じる。こんな現状を見ると、国立大学医学部は男性優位組織を変革する政策立案のモデルとしては格好の材料になる気がする。今日紹介するハーバード大学からの論文は米国医学部での女性の占める割合についての詳細な調査で9月15日号アメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Sex differentces in academic rank in US medical schools in 2014 (2014年時点でアメリカ医学部での地位に関する男女差別)」だ。アメリカの医学部も1970年までは男性優位組織だったが、その後女性教授の比率も増え、現在ではフルプロフェッサーの数が男性17000人に対し、3600人にまで上がってきている。しかし40年たっても20%を切るということで、完全平等を目指して調査を続けているようだ。これまでの調査と違って、例えば大学のランクと女性比率、あるいは各分野の女性比率、教授になるまで、またなってからのNIH研究助成採択率など、詳細な調査が行われ、資料として手元に置いておく価値はある。裏返すと、いちいち紹介するにはあまりに詳細で、まとまりがつかない。したがって、面白いところだけつまみ食いして紹介するにとどめる。まず年齢で見ると、まだ教授にはなっていないがファカルティーの女性メンバーが若い世代ほど多い。したがって、これまでの取り組みが一応功を奏して、徐々にではあっても今後女性の数がさらに増えると予想できる。ただ内科・小児科の比率が多く、他の分野でもいい指導教官につけるようにするなど、今後改善する部分は多い。面白いのは、ファカルティーで比べた時グラントの採択率、論文数では男性が倍以上多い点だ。一方、治験への登録率ではそれほどの差がない。他に、内科でいうと血液学、腫瘍学、放射線学では男女の比率がほとんど同じになっている点だ。なぜこれが可能になっているのか、今後詳しく調べる価値はあるだろう。一方、トップランクの大学ほど女性が教授になれる比率が少ない。この点もそのメカニズムを明らかにする必要がある。最後に、この研究では1980,1990、2000年にレジデントになった医師のコホート研究を続けており、平等を目指して取り組みが始まってから30年たっても、まだ男性がファカルティーになりやすいという状況が見られることも指摘している。いずれにせよ、男女共同社会実現には、計画の進展とともに当然阻害要因も変化することを理解し、不断に阻害要因を洗い出す長期的視野の調査が必要だ。我が国でもこのレベルの調査を医学部でも進めるべき時がきたのではないだろうか。
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9月23日:母性の脳回路(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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マウスの脳に光ファイバーを留置して、光照射で特定の神経細胞を興奮させ、高次脳機能への影響を見る光遺伝学の開発は、これまで推定することしかできなかった、特定の神経と行動との相関を特定することを可能にした。この技術は記憶などの高次機能の研究に使われているが、素人が読んでわかりやすく面白いのはやはり行動の研究だろう。今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文は子供を育てる母性特異的行動についての研究で、9月16日号Natureに掲載された。タイトルは「A sexually dimorphic hypothalamic circuit controls maternal care and oxytocin secretion(性に左右される下垂体神経回路が母親の子育てとオキシトシン分泌を調節している)」だ。もともと下垂体の神経細胞の構成はオスとメスで異なることが知られていた。このグループは中でも下垂体脳室周囲の腹側前方部にドーパミンを作るときに必要とするTHを発現した細胞がメスで多いことに注目した。さらにこのTH陽性細胞はメスの中でも出産の経験後に大きく増加することがわかった。そこで、細胞毒をこの部位に注射して行動を調べると、生理や性行動には影響がない一方、メスが子供の世話する母性に影響があることが分かった。逆にこの神経を光遺伝学テクノロジーを用いて刺激すると、普通なら子供のケアをしない出産経験のない若いマウスも、すぐに子供のケアを始めることを発見した。一方、神経細胞除去をオスで行うと、子供に対する攻撃性が上昇し、逆にTH神経細胞が興奮するとこの攻撃性が減少することが分かった。最後に、この行動の差を決めるメディエーターを探索し、最終的にこの神経が傍室核のオキシトシン分泌細胞を直接刺激して母性を誘導することを明らかにしている。この経路の最終結果は、オス、メスともに子供を守る行動に収束するが、オキシトシン分泌後の行動については今後の研究が必要だという結論で終わっている。オキシトシンが社会性を促進する効果の中に、母性や父性の獲得も加わったようだ。
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9月22日:え!こんな実験は許されるの?LPS投与により活性化されたヒト脳内のミクログリアをPETで可視化する。(米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年9月24日
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動物実験でうまくいっていても、人間ではうまくいかないことは多い。逆に動物実験で何も起こらなくとも、人間になると大きな問題になることもある。従って、人体実験に進んでいいかどうかは、インフォームドコンセントをとればいいというものではなく、まず人体にほとんど害がないという状況で進める必要がある。私は倫理的な手続きが整っており、また研究者自身がその問題を十分認識している場合は、人体実験も可能だと思う方だが、今日紹介するエール大学からの論文を読んで、ここまでやっていいのか深く考えてしまった。タイトルは「Imaging robust microglial activation after lipopolysaccharide administration in human with PET (リポポリサッカライド注入にによるミクログリアの強い活性化をイメージングする)」だ。ミクログリアは脳内のマクロファージとも言える細胞で、脳内の炎症や変性細胞の処理に重要な役割を演じている。裏返せば、ミクログリアが活性化していることは、脳内に炎症や変性が起こっていることを示唆することから、脳内のミクログリアの活性化状態をモニターすることは、多発性硬化症やアルツハイマー病の病態診断にとって価値は大きい。ただ、脳内の細胞なので簡単に血液検査で調べるというわけにはいかない。これを克服するために、ミクログリアの状態をアイソトープでラベルしたプローブでモニターする方法の開発が行われてきた。この中で生まれたが炭素11でラベルしたリポPBR28を使う方法で、このプローブはミクログリアが活性化された時ミトコンドリア膜上に誘導される様々な機能を持つトランスポーターTSPOに結合する。すなわち、放射性プローブのミクログリアへの蓄積を指標に活性化状態を定量化できる。これらのことから、PBR28を用いたPET検査への期待は高く、これまでサルを使った実験も含む前臨床研究段階は終了している。臨床研究としては、初期段階のアルツハイマー病でも上昇が見られることも示されていた。私なら炎症再生を繰り返す多発性硬化症や、脳炎などを用いた臨床研究へとすすむと思うが、このグループはなんと、正常ボランティアを募り、大腸菌のLPSを静脈投与して急性のミクログリア活性化を誘導し、炎症誘導前後のPET検査を行っているのだ。結果は予想通りで、LPS投与すると自覚的にも多角的にも炎症症状が誘導され、血中の炎症性サイトカインも上昇する。それと同時に、脳内でのPBR28の取り込みが30−50%上昇するのが観察される。LPSで脳内ミクログリアが活性化されることは知られているので、この方法はミクログリア活性化を知る感度の高い方法になるという結論だ。いくら経過を注意深く観察していると言え、LPS投与が強い炎症を引き起こす、いわば毒であることはわかっている。いくら将来重要な検査へと発展して多くの疾患の早期診断に役立つかもしれないとはいえ、正常人にわざわざ炎症を誘導する処置をしていいのか疑問だ。もちろんインフォームドコンセントをとり、倫理委員会で審議したと書かれているが、臨床例を積み重ねて適用を決めることは間違いなくできたはずだ。アメリカの自由といえばそれでおしまいだが、いくら考えてもどこかで一線を越しているような気がするのは、現役を退いたからだろうか。
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9月21日:ピロトーシスのメカニズム(9月16日号Nature掲載論文)

2015年9月24日
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今日は24日でこの間、案の定ネットは繋がらなかった。書きためた論文ウォッチを順々に、書いた日付に合わせて掲載する。 細胞の死に方をネクローシスと、アポトーシスに分けて理解できていた頃は楽だった。私自身この分野をほとんどフォローしていなかったが、両者とは違う新しい死に方が定義され、ピロトーシスと呼ばれるようになっていたようだ。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はピロトーシスが誘導されるシグナル経路を特定した研究で9月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「Caspase-11 cleaves gasdermin D for non-canonical inflammatosome signaling (インフラマソームの非主流シグナルをカスパーゼ11により切断されたgasderminDが担っている)」だ。一般の人でなくとも、このタイトルは分野がことなう研究者にとってもチンプンカンプンだろう。まずピロトーシスから説明すると、細胞内に取り込まれた細菌細胞壁に発現する内毒素により誘導される細胞死で、細胞が溶解する点ではネクローシスト同じだが、DNAの断片化が見られる点ではアポトーシスと同じであり、独立のシグナル経路が関わることがわかっていた。これまでの研究からカスパーゼ1が活性化されるとピロトーシスが起こることはわかっていたが、細胞内に取り込んだ細菌の内毒素によるピロトーシスの詳細はほとんどわかっていなかったようだ。タイトルにあるインフラトソームはこのシグナル誘導に関わる様々な分子の複合体で、この中に存在するカスパーゼ11が内毒素によるピロトーシスに関わることは知られていた。この研究の目的は細胞内内毒素の刺激からピロトーシスまでの経路の解明で、Pam3CSK4と共培養することで誘導されるIL-1βを指標に突然変異マウスを探索し、gasderminDとカスパーゼ11遺伝子突然変異マウスがこの経路に異常があることを発見する。このスクリーニングで使われた突然変異体は共著者のオーストラリアのGoodnowがずいぶん前に、マウスを使ってショウジョウバエと同じように全遺伝子について突然変異体の分離を行おうと始めたプロジェクトで、現在も粘り強くプロジェクトが進んでいるのを知ると感心する。はっきり言ってこの二つの分子を特定できたことでこの研究の大枠は完成している。インフラソゾーム構成分子のカスパーゼ11は予想していたかもしれないが、gasderminDが引っかかってきたのは驚きだったろう。というのも、この分子は哺乳動物にしかなく、またカスパーゼ1活性化によるピロトーシスにはgasderminDが必要ないことがわかっていたからだ。様々な遺伝子欠損マウスを使ったシグナル解析から、1)細胞内内毒素によるピロトーシスには、カスパーゼ11活性化と、それによるgasderminD分子の活性化が必要なこと、またこの経路が致死的敗血症の原因であることを明らかにしている。詳細は省くが、内毒素による活性化されたカスパーゼ11/gasderminDはカスパーゼ1の上流で働いているため、カスパーゼ1を直接活性化するとgasderminD非依存的にピロトーシスが起こるというシナリオを提案している。したがって、脊椎動物で一般的に見られるピロトーシスを細胞内内毒素の刺激とリンクさせたのがgasderminDの進化の結果ではないかと結論している。ますます細胞の死に方が複雑になっているという印象だが、細胞の死に方の調節がいかに重要かを実感する論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ
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