6月25日:意外な膵臓β細胞増殖因子(6月7日号Cell Metabolism掲載論文)
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6月25日:意外な膵臓β細胞増殖因子(6月7日号Cell Metabolism掲載論文)

2015年6月25日
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1型、2型を問わず、糖尿病の治療としてインシュリンを産生する膵臓β細胞を増殖させる方法の開発が現在も続いている。インシュリン分泌を上昇させ、β細胞量を増やすとして最も研究されてきたのが消化管ホルモンGLP-1で、この受容体のアゴニストは2010年前後から我が国でも利用が始まっている。これ以外にも、2年前Doug Melton達によってインシュリン飢餓に陥った肝細胞から分泌されるホルモンベータトロフィンが同定され期待が集まった。メドラインでベータトロフィンと入力すると、44報の論文がリストされ、一見期待は続いているようだ。しかし、2014年、ベータトロフィンがトリグリセリド代謝に関わるホルモンで、β細胞増殖に全く関与しないという論文が報告され、ベータトロフィンという名前はメルトンの勇み足と考えられている。今日紹介するニューヨーク、マウントサイナイ医科大学からの論文もβ細胞増殖因子探索研究の一つだが、もし本当なら明日からでも臨床応用が可能な研究結果で6月7日号のCell Metabolismに掲載されている。タイトルは「Osteoprotegerin and Denosumab stimulate human beta cell proliferation through inhibition of the receptor activator of NFκB ligand pathway (OsteoprotegerinとDenosumabはRANKシグナル経路を抑制してヒトβ細胞の増殖を刺戟する)」だ。GLPやベータトロフィン以外にも、これまでβ細胞増殖を誘導するホルモンとして胎盤由来のラクトゲンが知られている。ただラクトゲンはプロラクチンと同じで、乳腺刺激や多彩な作用があり、膵臓だけを標的にするホルモンとしての利用は難しかった。このグループはラクトゲンがβ細胞増殖を誘導するメカニズムを探索する中で、ラクトゲンによりOsteoprogegerin(OPG)が膵島で発現することを発見した。OPGはもともと破骨細胞の研究から発見されてきた分子で、RANKLとRANK分子の結合を阻害することで破骨細胞分化を抑制する。RANKLに対する抗体薬はアムジェンにより開発され、すでに骨粗鬆症やmyelomaなどに利用されている。意外な分子が浮き上がってきて驚いたと思うが、マウスを用いて本当にOPGがβ細胞増殖を誘導するか調べ、試験管内でも、体の中でもOPGがβ細胞増殖因子として働くことを確認した。また、試験官内でヒトベータ細胞株の増殖も誘導できる。この実験系を用いてOPGが作用するメカニズムを調べると、破骨細胞分化と同じで、RANKL/RANKシグナル経路を阻害する作用を通して、β細胞増殖を誘導している。ここまでくればシメタもので、臨床応用が進んでいるDenosumabがヒトβ細胞増殖を誘導するか調べるだけだ。ヒト膵島をマウスに移植後7日目で1回Denosumabを投与すると、期待通り膵島の増殖を3倍に増強できることを示している。話はこれだけだが、OPGが引っかかってきたおかげで、すでに安全性が確認された薬剤を利用した新しい治験が可能になる。まず、すでに骨粗鬆症でDenosumab投与を受けているヒトのインシュリン産生を調べる必要があるだろう。もちろん抗体治療を一般の2型糖尿病の治療として軽々に行うべきではないと思うが、急性のβ細胞障害や、膵島移植後の増強など様々な利用可能性があるだろう。ベータトロフィンのような勇み足にならず、早期に様々な治験が進むと期待できる。
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6月24日:ネアンデルタール人の曾孫(4代目)にあたる現代人のゲノム(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月24日
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古代人の遺伝子解読が加速している。この分野の話は毎月のようにトップジャーナルに掲載されている。私のホームページでも6月13日青銅時代の人たちのゲノムを比べ、インドヨーロッパ語の起源を調べた論文を紹介したところだ(http://aasj.jp/news/watch/3584)。他にも1996年ワシントンで発見されたアメリカ大陸で出土した最も古い人骨、ケネウィック人のゲノム解析論文がNatureオンライン版に掲載されている。最近の論文を見ていると、この分野の研究がいくつかのセンターに集中しているのがわかる。最近特に活発なのがデンマーク自然史博物館で、このHPでも4回は紹介し、アメリカのケネウィック人の解析にも関わっている。一方、本家本元のライプチッヒにあるマックスプランク研究所も負けてはいない。今日紹介するライプチッヒからの論文はルーマニアから出土した約40000年前の現代人のゲノムがネアンデルタール人遺伝子を6−9%も受け継いでいるという驚くべき結果で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「An early modern human from Romania with a recent Neanderthal ancestor (ネアンデルタールの先祖に近いルーマニアから出土した初期現代人)」だ。この研究はこの分野の草分けベーボさんの研究室から発表されており、ルーマニアOaseから出土した37000−42000年前と思われる現代人の先祖の骨からDNAを抽出し、ゲノムを調べている。6月13日にも紹介したが、サンプルを汚染している目的外のDNAから目的の古代人のDNAを抽出するために、様々な方法が開発され続けており、これが研究を加速させている。この研究でもライプチッヒで新しく開発されたウラシル選択と呼ばれる方法が用いられている。この方法は、cytosineが時間が経つと脱アミノ酸化されウラシルに変化することを利用して年代変化を経た遺伝子だけを精製する技術で、これにより遺物の発掘や処理に関わった人から汚染してきたDNAを取り除くことができる。なかなか上手い方法だ。実際、最初はたかだか0.1%程度しか古代人のDNAを含まないサンプルから、まず人間のDNAを集める。このサンンプルのなんと67%は遺物の処理に関わった現代人のDNA由来だ。そこからウラシル選択を行うとこの汚染を4%まで落とすことができる。こうして得られたOase人のゲノムを解析したところ、中石器時代のヨーロッパ人とは多くの共通性を持つが、現代ヨーロッパ人の先祖ではないことがわかる。お隣のKostenki人のゲノムが現代ヨーロッパ人に流入していることと比べると、この時代どのような人の流れがあったのか今後重要な課題になるだろう。この研究のハイライトは、今回解析したゲノムの6−9%がネアンデルタール人からの流入で、しかも50Mbを超す領域がそのままゲノム中に維持されていることだ。計算上、4代から6代までの先祖がネアンデルタールということになり、40000年前に普通にネアンデルタールとの交雑が行われていたことを示している。この結果を受けて、すでに多くの考古学者が新しい骨を求めてルーマニアを探索していることだろう。繰り返すが、ゲノムによる新しい歴史学が21世紀のトレンドだ。このロマンを是非我が国の若い研究者が味わえるようにするのも科学技術行政の重要な課題だと思う。
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6月23日:重体患者さんを対象とする治験(6月18日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年6月23日
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確立した医療のプロトコルを変更するには治験と言う科学的研究が必要になる。しかし、事故などで集中治療室に運ばれてくるような重症患者さんに対しては、個別の症状に合わせた処置が優先され、生命維持など基本的な対応については決まったプロトコルに従うのが普通だ。このため、集中治療室で行われる生命維持に関するプロトコルを見直すのはそう簡単でない。今日紹介するカナダとサウジアラビア合同チーム(不思議な取り合わせだ)からの論文は、決まった基準で重症と判断された患者さんに必要なカロリーを調べた研究で6月18日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Permissive underfeeding or standard enteral feeding in critically ill adults (重体成人患者さんに対する経腸栄養時の低栄養あるいは基準栄養の比較)」だ。このタイトルを見たとき、「ここまでやるのか?」と、重体患者に必要な栄養を調べる治験が行われていること自体に驚いた。ほとんどの患者さんでは人工呼吸器がつけられ、半分以上が昇圧剤によって血圧が維持されている。残念ながら、原因は様々で外傷、脳挫傷、卒中などの内科疾患まで多様だが、確実に重体の患者さんをなんと894人もリクルートしている。調べる項目は、重体患者さんの経腸栄養を行うときのカロリー量で、基準値と、基準値の40−60%の低カロリーを比べている。タンパク量は一定にして、たんぱく質からのカロリーも含む全カロリーを厳密に計算し、患者さんの体重に合わせて投与している。このため、二重盲検法は使えないが、患者さんの選択は無作為化している。普通栄養など足りなければよしと思ってしまうが、重体患者での高カロリーに問題があるかもしれないと疑いを持ったのだろう、ここまで大変な治験を計画し、5年をかけて結果を得ている。さて結果はというと、28日、90日、180日で見たときの両グループの死亡率は全く差がない。また、回復したケースでは集中治療室滞在期間、入院期間とも変化なしという結果だ。摂取カロリーは半分に落としてもいいという結果になる。ただ、意地悪く言えば骨折り損のくたびれもうけだ。実際どちらでもいいとなると、わざわざ低栄養へと基準を変えるのは難しいだろう。しかし、40%の低カロリーまで下げみて差がなかったことで、さらに低い状態や、逆に高カロリーを調べてみようという研究が生まれる気がする。おそらく我が国の病院にこのような治験を行う余力はないだろう。しかし、標準プロトコルを変えようとするとここまでやる科学的治験が必要だ。驚くとともに、頭が下がった。
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6月22日:民主主義のルーツ(6月19日号Science掲載論文)

2015年6月22日
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私たちは、野生動物の群れには力で決まったボスが存在し群れの行動はボスに任せると思っている。ただよく考えてみると、野生動物も本当は一人のボスに全てを委ねるのは危険なはずだ。力が強くとも経験がなく、また将来を予測できる力がないボスに従うと、その群れは滅びる。人間社会でも、民主主義が衆愚政治に終る危険は何度も指摘されている。しかし現代を考えてみると、情報の多様化と価値の多極化が進んだ結果、多数決に基づく意思決定以外は制度として取り得ない状況になっている。生物的にもできるだけ多くの情報を集団の行動で決めた方が種の生き残りという目的にかなっているのかもしれない。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、オリーブヒヒの群れの行動をGPSで追いかけ移動方向についての決定がどう行われるか調べた研究で、6月19日号のScienceに掲載された。タイトルは「Shared decision-making drives collective movement in wild baboons(野生ヒヒの集合的動きを決める共有された決断)」だ。この研究では、ケニアに生息するオリーブヒヒの群れのメンバー25匹に正確なGPSロガーを装着し、1日の行動を追跡して、それぞれのメンバーの移動軌跡を追跡している。ヒヒが次の方向を決めるとき、ボスが決めているわけではないことはすでに知られていたようだが、ではどう決めるのかよくわかっていなかった。実際25匹の移動軌跡を見ると、時によっては300mぐらい広がってしまっている場合があり、おそらくこれまでの方法では全て把握することは不可能だった。幸いGPSのおかげで現象論的には行動が把握できて、面白い結論を導いている。詳細は省いて幾つかの行動パターンに分けて説明しよう。まず全員が同じ方向で歩いている場合は結構多い。ただ、1日に何回かばらけて行動をする場合がある。この時が方向の決定に決断が必要な場合だが、まず個体間の意思があまり違っていない場合(実際には選ぶ方向の差が一定の限度内に収まる場合)、結局その中間の軌跡が選ばれる。問題は何匹かが支離滅裂の行動を示す場合で、この場合は自然発生的に各々の行動をメンバーが自由に選び、その数が最も増えた方向性が最終的に優勢になり、全く逆に動いていたメンバーも大勢に従うという結果だ。結論としては、妥協と多数決をうまく使い分けながら、群れ全体で決断するというシナリオだ。実際、ヒヒが常に声を出すのも、最終的な意思を確認し合うための行動かもしれない。もし音が拾えれば、さらに行動決定につながる因子を詳しく特定できたことだろう。しかしこれもそう難しくない。GPSはすごい道具で、めでたしめでたしの結果といえる。しかし、人間社会を見慣れた私が意地悪く考えると、この研究では黒幕としてのボスの可能性を考えていないのが気になる。危ない状況で、多くのメンバーに違う行動を取らせどこに行くか指示している影の黒幕がいれば、全く違った解釈が成立する気もする。この論文だけを読むとこんな下衆の勘ぐりも可能だが、本当はこれまでの観察からヒヒの世界はもっと民主的だとわかっているのかもしれない。ヒヒの群れにもボスはいる。とするとヒヒの世界のボスは、食事と生殖の順位だけを支配し、あとは皆に任せて責任のない気楽な生活を送っていることになる。羨ましい限りだ。
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6月21日:腸管の新しい幹細胞・・・直腸ガン三題(6月4日号Cell Stem Cell掲載論文)

2015年6月21日
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最新号のCell Stem CellとCellに大腸ガンに関係する論文が3報発表されていた。この中では、最初に紹介するコロンビア大学から発表されたCell Stem Cell論文、「Krt19+/Lgr5- cells are radioresistant cancer-initiating stem cells in the colon and intestine (Krt19+/Lgr5-細胞は放射線抵抗性の大腸、小腸の発がんの元になる幹細胞だ)」の重要度が高いように私には思える。ただ、それぞれまとめやすいので3報とも紹介する。腸管幹細胞の研究はHans Clevers のグループがR-spondin受容体Lgr5が幹細胞特異的に発現しているという発見から大きく進展した。全ての腸管上皮細胞がこの細胞由来であること、ガンもこの細胞から発生することが示され、最後に現慶応大学の佐藤さんが、一個のLgr5陽性細胞から試験管内で腸組織を再構成できることを示したことで、腸の幹細胞についての議論は終焉したように思えていた。ただ、現象論的に観察される放射線に抵抗性の幹細胞群の存在は、Hans Cleversたちの考えとは完全に合致しない。この問題を解くため、このグループはLgr5+細胞以外にも幹細胞が存在するのではと考え、分化が終わってから発現すると考えられてきたKrt19発現細胞をラベルして追跡してみたところ、幹細胞の存在するクリプトに全く存在しないKrt19陽性細胞から驚くことにLgr5+細胞が分化してくるのを観察した。すなわち、一度分化した細胞の中にも新しいタイプの幹細胞が存在し、この細胞からLgr5+細胞も分化してくることを証明した。次に放射線照射したマウスで調べると、Lgr5+細胞は照射後子孫を造れない一方、新しいKrt19+幹細胞は放射線照射後も子孫細胞を造れることを示している。更に、この幹細胞とLgr5+幹細胞は互いに転換可能であり、一つのセットとして腸管維持に働いていることを示した。最後にガンもLgr5+細胞からだけでなく、新しい幹細胞からも起こること、新しい幹細胞から発生したガンは全く違った性質を持っており、今後治療研究には両方のタイプのガンを調べる必要があることを示している。一見完全に見えるHans Cleversのシナリオでも、それを定式化する間に小さな問題が無視されており、そこを追求することで新しいWin-Winのシナリオが生まれるという話だ。ただ、この幹細胞の発見の今後の寄与度は大きいと思う。人のガンや幹細胞ではどうなのか、試験官の系で調べていくことが重要だろう。   一方、6月18日号のCellには大腸ガンについての論文が2報掲載されている。ともに新しい幹細胞については全く無視しているが、最初のスローンケッタリングガン研究所からの論文、「Apc restoration promotes cellular differentiation and reestablishes crypt homeostasis in colorectal cancer (Apc発現を復活させると大腸ガンの分化が促進されクリプトのホメオスターシスが再構築される)」では、Apc分子の発現を自由にオン/オフできるモデルマウスを作成して、Apc分子の機能を調べた論文だ。論文の中に、Apc,ras,p53と大腸ガン発がんに必須の変異が揃ったところでApc発現を回復させる実験が示されており、他のガン遺伝子が活性化していてもApcが回復するとガン性が完全に抑制されるという結果を示している。一見あたりまえの結果だが、ガンに関わる分子の中ではApcが最も上流に位置することを証明できており、治療法開発等にも役に立つのではと思う。あたりまえだと思って誰もやらないことを試み、あたりまえの結果を出すことは本当は重要だ。最後のテキサスセントジュード病院からの論文「Critical role for the DNA sensor AIM in stem cell proliferation and cancer (細胞質DNAセンサーAIM2は幹細胞の増殖とガン発生に必須の役割を持つ)」だ。AIM2は細胞内に侵入した細菌のDNAを感知するセンサーの役割を持ち、自然免疫に関わる分子として研究されてきた。DNAと結合するとASCアダプター分子がAIM2とcaspase1を結合させ、活性化されたcaspase1が細胞死を誘導したり炎症性サイトカインを誘導する。不思議なことに、このAIM2遺伝子は高率に直腸がんで変異しており、完全に欠失したガンでは極めて予後が悪いことが知られているが、そのメカニズムはよくわかっていなかった。このグループは発ガン剤投与で大腸ガンを誘導する実験系で、AIM2欠損の影響を調べている。その結果、これまで知られていた自然免疫とは全く異なるメカニズムでAIM2が直腸がんの発生に関わることを見出した。特にAIM2欠損マウスの幹細胞の増殖は5倍以上亢進しており、この増殖促進がWnt-βカテニン経路を介して起こっていることを突き止め、AIM2欠損が大腸ガンで高率に見られる説明を提供している。ただ、論文はその後血液やストローマ細胞、さらには腸内細菌叢にまで拡大してわかりにくい。おそらく、AIM2が増殖経路をどう抑えているのかの分子メカニズムを明らかにできなかったため、論文の価値を高めるため様々な内容を詰め込みすぎている。また、AIM2欠損で見られる遺伝子の不安定化についても説明ができていない。さらに、オーソドックスなガン遺伝子変異モデルとの関係もわからない。AIM2に関してはまだまだやることがありそうだ。   以上3報の論文を紹介したが、いずれも正常の幹細胞とガン細胞を並行して研究しており、やはりHansや佐藤さんの貢献は偉大だ。
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6月20日:コカイン中毒による脳の構造変化(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2015年6月20日
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トヨタの女性役員がオキシコドンを届け出なしに不法に持ち込んだ容疑で逮捕されたが、これに対し昨日トヨタ社長が彼女は仲間で、違法性がないことが明らかになることを信じて待つと陳謝したことが報道されている。早速、核心をはぐらかしたとして非難するメディアも多いようだが、私は現段階で当然の発言だと思う。これがアメリカで広がっているオキシコドン中毒によるのか、あるいは痛みを抑えるために使っていた処方薬なのかはすぐ分かることだろう。いずれにせよ、脱法ドラッグを始め、薬物中毒についての報道は絶えないが、コカイン中毒を増強する一方、アルコール中毒を防いでいる分子GIRK3について紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/3456)、薬物と嗜好品の間に明確な線を引くことは難しい。例えばオランダのように大麻などはソフトドラッグとして取り締まらない国から、大麻でも大量に所持しておれば死刑になるシンガポールまで線引きは多様だ。法的対応にこのように違いはあっても、社会として薬物に対応しているのは、薬物自体の作用の問題ではなくその中毒性のせいだ。したがって、医療として行われる投与はシンガポールでも当然合法だ。中毒性が起こる原因については、薬物使用により新しい神経回路が形成されると考えられてきたが、生理解剖学的な明確な変化として示すことはなかなか難しい。今日紹介するニューヨーク大学の薬物中毒研究所からの論文は、コカイン服用によって前脳の側坐核の構造変化が起こることがコカイン中毒の原因である可能性を示した研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載されている。タイトルは「Activin receptor signaling regulates cocaine-primed behavioral and morphologyical plasticity (アクチビン受容体シグナルによってコカイン服用による行動学的、形態学的可塑性が調節されている)」だ。このグループはコカインによる短い刺激と、中毒という長期的効果誘導の間を、アクチビンにより誘導される神経自体の長期変化が仲介しているのではと狙いをつけて研究を始めている。さすがに薬物中毒研究所だけあって、留置カテーテルからコカインが自分の意思で注射できる方法を確立しており、1日20日位ぐらい服用するラットを準備している。その後服用を中止させて1日目、7日目の側坐核を調べると、7日後だけにアクチビンシグナルが更新していることを見出した。すなわちコカインが中断され一定期間たつと、アクチビンシグナルに関わる分子の発現が上昇する。そこで、アクチビンや阻害剤を直接脳内に投与すると、アクチビンにより中毒症状が亢進し、阻害剤で中毒症状が抑制される。遺伝子導入でsmad3分子発現を上げたり下げたりすることで同じ結果を再現できる。最後に、この反応による形態学的変化を調べると、神経の樹状突起から出ているスパインと呼ばれる枝の数が増える一方、スパインが細くなっており、この変化はアクチビンシグナルを遺伝子操作でブロックすると抑制できる。これらの結果から、コカイン服用中の中毒はコカイン自体の薬理作用だが、中止してから1週間で脳側坐核特異的な変化がアクチビンシグナル分子の発現亢進により誘導され、それが結局薬剤から離脱できない原因であるということが結論できる。もちろんラットとヒトが同じかどうかわからない。ただ、もし脳細胞だけに効くアクチビンシグナル阻害剤が開発できれば、中毒問題の一部は解決できるかもしれないという結果だ。中毒について新しい方向を示す研究だと思う。
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6月19日:糖尿病で傷の治りが悪い原因(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2015年6月19日
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誰もが当たり前と思っていることは意外と研究されていないことが多い。例えば糖尿病で傷の治りが遅いことは古くから知られた事実だが、その背景にあるメカニズムについて完全な定説があるわけではない。一般的には、血管、血液、神経が複合的に絡み合ってこのような現象につながっているのではと説明しているが、こう決めてしまうと治療法が見つからない。結局患者さんには「糖尿病ですから傷の治りが悪いです。できるだけ怪我をしないように」と注意するのが関の山だ。今日紹介するハーバード大学からの論文は糖尿病でおこる白血球機能異常のメカニズムを追求し、傷の治りを早める治療法のヒントを提供する研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Diabetes primes neutrophils to undergo NETosis, which impairs would healing (糖尿病は白血球の細胞外DNA放出を促し傷の治りを障害する)」だ。この研究では糖尿病患者白血球のNET(Neutrophil Extracellular Trap)に注目している。NETとは感染に対する防御反応として白血球が脱凝縮したDNAを組織に吐き出す現象で、DNAで細菌を絡め取るという巧妙なシステムだ。ただ、脱凝縮したDNAを吐き出すためには、PADI4と呼ばれる酵素でヒストンをシトルリン化しておく必要があり、NETが起こるときに白血球ではこの酵素が上昇し、シトルリン化したヒストン3の量が急上昇する。この脱凝縮に関わるのがPADI4と呼ばれる酵素だ。例えば、リンカーヒストンをシトルリン化して脱凝縮するPADI4の発現が山中因子によるiPS誘導に必須であるという論文が小保方論文とほぼ同じ時期にNatureに発表されている(Nature, doi:10.1038)。ただ、白血球でのシトルリン化は転写調節というより粘度の高いDNAを直接使うための戦略になってている。この研究では、糖尿病の患者さんの白血球でPADI4が上昇しており、刺激によりNETが強く誘導されることに注目し、このNETが傷口の治りを遅くする原因ではないかと目をつけている。次に、PADI4の発現とNET上昇が、糖尿病の複合的、慢性的影響ではなく、白血球が高濃度の糖に晒されると誘導されることを示している。すなわち急性的に高血糖を誘導しても、正常白血球を試験管内で高濃度の糖と培養してもPADI4が誘導され、ヒストンのシトルリン化が起こる。そこで、PADI4の欠損したマウスで傷の修復を調べるとNETは起こらず、傷口に核酸のネットワークは形成されず、傷も早く修復される。詳細は省くが詳しい実験を繰り返して、糖尿病で傷の治りを悪くする主原因がPADI4誘導、ヒストン3シトルリン化、そしてそれに続くNETであることを確認して辿り着いた治療法が、吐き出されるDNAを酵素で溶かしてしまうという乱暴な方法だ。実際にはクロマチンが脱凝縮しているおかげでDNase1により分解されやすい。期待通りDNase1の注射で、傷の治りは早くなり、上皮の回復も早い。これまでの謎が解けたという気持ちになる論文だった。ただ一つ気になるのは糖尿病でNETが上昇するなら、傷の治りは悪くても傷口の感染にはいい効果があるのではという懸念だ。まあ抗生物質があるから気にしないで、素直に理解できたことを喜んでおこう。
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6月18日:虫垂炎には手術か抗生物質か?(6月16日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2015年6月18日
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私の年齢になると、虫垂炎にかかった友人を病院に見舞うということはほとんどないが、学生の頃は見舞いに行くといえばほとんど虫垂炎だった記憶がある。医学部に入ってからも虫垂炎の診断、鑑別診断、手術術式などは事細かに習ったような気がする。おそらく発症率が高く外科医になればすぐ出会う疾患であるため、解剖実習が医学部入門コースとして重視されるのと同じように、虫垂炎手術が外科医入門コースとして重視されたのだろう。私の学生時代から現在まで、急性虫垂炎には手術というのが医学の常識だった。しかし虫垂炎も細菌感染だから抗生物質で治療するという考えも根強く続いていた。今日紹介するフィンランドからの論文は「虫垂炎には手術か抗生物質か?」に科学的な答えを出そうと計画された治験結果で6月16日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Antibiotic therapy vs appendectomy for treatment of uncomplicated acute appendicitis. The APPAC randomized clinical trial (合併症を伴わない虫垂炎の治療は抗生物質か虫垂切除か?The APPAC無作為化臨床試験)」だ。医師をやめてからは虫垂炎のことを考えたことはほとんどなく、今この問題が議論されているのを知って正直驚いた。論文を読むと、抗生物質の利用が始まった1956年から虫垂炎は抗生物質だけで治療できるか調べる臨床研究が行われていた。中でも2006年から2011年にかけて3編の論文が発表されてはいたが、医療統計学から見た時完全ではなく、最終的な結論を得るため今回の治験が計画されたようだ。しかしフィンランドでも虫垂炎は手術と考える患者さんが多く、しかも急性疾患なので、無作為化して手術と抗生物質に振り分けるのは困難を極めたようだ。1379人の患者さんから初めて、治験の条件にかない、同意が得られた方は結局530人に減っていた。これを無作為に外科手術例273人、抗生物質例257人に割り振り、1年間経過を調べることで評価するとともに、治療に伴う副作用などをもう一つの評価基準として調べている。結果だが、当然のことながら外科手術は99.6%の成功率だ。フィンランドでは約5%の患者さんが腹腔鏡下の手術を受けている。一つ問題は2人の患者さんで、結局虫垂に炎症が見られず、ある意味で誤診による手術が行われたことになる。ほぼ安全完璧な手術グループを対照としたときの抗生物質治療グループだが、15例は抗生物質投与のための入院中に痛みが収まらず手術を受けている。このうちの7例は手術をして合併症が併発していることがわかっている。残りの患者さんの72%はその後何もなく1年を過ごしているが、38%は1年以内に再発し、結局虫垂摘出を行っている。ただ、抗生物質治療から始めた結果、病状が重くなり手術が困難になったわけではない。この結果を総合すると、まず抗生物質で始めてから、2回目から手術に切り替えても科学的に差はないが、患者さんが嫌がらなければ最初から手術すればよいという結論になる(これは私の解釈だが)。はっきり言って、どっちでもいいという結果だ。ただ少し気になったのは、今流行りの腸内細菌叢への抗生物質の影響があまり考えられていないことだ。特に虫垂炎は成長期に多い。外科手術でも抗生剤は使うが、使用量は内科治療と比べると少ない。せっかく苦労して集め理解を得られた患者さんのもっと長期の追跡をして欲しいと思う。しかし、どんなに些細なことでも、科学的な結果を得るためにはこれほどの規模の研究が必要になる。科学にはやはり金がかかる。
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6月17日:Nanopore社 MinIOnシークエンサー(Nature Methodオンライン版掲載論文)

2015年6月17日
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昨年12月11日、これまで私たちがDNAシークエンサーに対して抱いていた常識を覆す使い捨ての手のひらに乗るシークエンサーMinIOnがサンプル出荷され始めたことを紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2561)。その時、この機械は小さく安いだけでなく、一分子レベルで配列を決めること、また10Kbを越す長さの配列を読めるという大きな長所がある一方、解読の精度が80−85%しかないという大きな問題があるため短い配列を正確に決定できる現在のシークエンサーと組み合わせることでその力をフルに生かすことができると書いた。今日紹介するカナダトロント大学からの論文は、なんとMinIOnだけで完全な大腸菌ゲノム配列決定するために必要なアプリケーションなどを開発したという報告で、Nature Methodオンライン版に掲載されている。タイトルは「A complete bacterial genome assembled de novo using only nanopore sequencing data (ナノポアのシークエンスデータだけを使って新たに決めた完全な細菌ゲノム)」だ。実際MinIOnの精度が85%だから使えないというのは、1回だけしか配列を読めないという場合の話で、シャノンの情報理論によれば正しい情報が少しでも含まれておれば、必ず正確な全情報に到達する手段はある。一番わかりやすいのが、何度も同じところを読んでコンセンサスを取ることだが、それ以外にも配列の傾向をつかんだり、様々な方法で精度を上げることができる。すなわち、何度も読むというのはコストがかかるので、その間をつなぐ方法の開発で読まなければならない回数を減らそうとする試みだ。この研究では1本のDNA鎖を両側から計算上29回繰り返して読むことと対応するデータから、完全なゲノム情報を引き出すための方法を示したものだ。既存のアプリケーションや新しく作ったアプリケーションを用いて読み間違いを排除しているが、この研究ではMinIOnの性能に合わせた新しい方法の開発も行われ、それが売りになっている。MinIOnでは一本のDNAをセンサーであるチャンネルを通す時検出される電流の違いで塩基の種類を特定するのだが、この時の実際の電流の記録をすべてモニターして、シグナルが低すぎてエラーが出る確率をフィードバックできるアプリケーションを開発した。さらに、ナノポアの方法では同じ塩基が4回以上続くとその塩基がスキップされる確率が上がるという傾向も計算に入れるようにして、情報理論的に精度を高めている。この結果、MinIOnだけを使って、これまでの方法で決定されたのと同じ精度で大腸菌の全ゲノムの配列決定が可能であることを示している。それでも、2箇所これまでの配列と一致しないところがあるが、これは繰り返し配列を持つトランスポゾンの配列に由来しており、もともと短い配列を集めるこれまでの方法では検出しにくい領域だと結論している。実際短い配列を集める従来の方法では、バクテリアにある7Kbもの長い反復配列を正確に解読することは至難の技だ。とはいえこれであらゆる配列決定に使えるというわけではない。まだまだ欠点はあるだろう。しかし、すべてが情報理論の問題に還元できるなら、今のハードだけでも様々な可能性が開けそうだ。事実、自分の家でも配列決定ができるようになるということ、1分子シークエンシングにより、そこに存在するDNAをそのまま調べられるという大きなイノベーションは、これまでの方法では達成できない。もちろんハードも進歩するだろう。ゲノムというとすでに大きな枠組みは決定したと考えている人が多いようだが、21世紀ゲノム文明に向けてますます歩みが加速しているというのが実感だ。我が国の科学技術行政に携わる人たちは,この息吹を自分は感じることができているか是非問い直してほしいと思う。
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6月16日:脳内ネットワーク維持の分子基盤(6月12日号Science掲載論文)

2015年6月16日
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人間の脳高次機能を研究は、様々な課題に基づく行動を、機能的MRI,PET,脳活動電位などの脳イメージングを使った脳活動と相関させる研究が中心だ。時に遺伝子異常特定された患者さんを同じように調べて、例えばイオンチャンネルから脳の活動、そして行動をつなぐ研究も存在するが、遺伝子レベルの研究はどうしてもマウスなどの動物実験に頼らざるを得ない。しかしいつかこの壁を打ち破り、人間でも、遺伝子発現から脳ネットワークの活動、そして行動にいたる過程を研究する方法を開発しなければならない。わかりやすく言えば、fMRIを使う研究者がその背景にある遺伝子発現についても同時に研究できるようにする必要がある。このためには、これまで別々に研究してきた様々な分野の研究者の対話と協力が必要だがこれが最も難しい。今日紹介する論文を発表したIMAGENコンソーシアムは名前が示すように、脳イメージと遺伝子を統合しようという意欲的課題に挑戦する国際コンソーシアムで、この論文でも脳イメージと遺伝子発現をなんとか相関させようと努力している。タイトルは「Correlated gene expression supports synchronous activity in brain networks (脳ネットワークを同調させる遺伝子発現)」だ。この研究ではまずfMRIイメージングを用いて、安静時互いに同調している脳部位を探索し、同調的に結合する4つの独立したネットワークを特定している。次に、アレン研究所が蓄積してきたヒトの脳各部位の遺伝子発現を調べたデータベースを探索し、それぞれのネットワークの同調性と相関している遺伝子を探索している。最後に、この同調性を支えていると考えられる遺伝子発現がマウスの脳でも同じように見られるかを、同じくアレン研究所のマウス脳各部位の結合性と遺伝子発現を調べたデータベースを使って確認している。正直言って、30人近い様々な分野の研究者の論文のせいか、データのプレゼンテーションがわかりにくく、また表の説明があまりに短すぎて、このコンソーシアムに参加していない読者には理解しづらい論文だ。私も読み始めてすぐ、完全に理解するという気持ちは早々と失せてしまった。とはいえ、この挑戦意図ははっきりとしており、理解不十分でも是非紹介したいと思った。最終的にこの研究により、脳内ネットワークの同調性と相関する遺伝子リスト(136)が作成され、さらにこの同調性を最も上流で支配している分子としてシナプスでのシグナル伝達に直接関わる分子が特定され、アルツハイマー病や統合失調症との関連がすでに示された分子がこのリストに含まれていることを示している。ここで示された同調する脳内ネットワークの発現パターンは生涯安定で、このネットワークが破綻することで様々な神経疾患が起こるのではと議論している。これが私が理解できたことだが、まずIMAGENと洒落た名前で的確に将来の課題を設定したコンソーシアムに様々な分野の研究者が集合していること、そしてそれを支える膨大な脳の遺伝子発現や結合性に関するデータベースの構築が着々とアレン研究所で進んでいることに驚いた。この現状を見ると、我が国の統合データベースの現状が心配になる。世界的視野で一度しっかり総括する必要があると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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