3月25日 膵臓ガンの転移性を抑える分子の発見(3月22日 Nature オンライン掲載論文)
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3月25日 膵臓ガンの転移性を抑える分子の発見(3月22日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月25日
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膵臓ガンの治療が難しい一つの理由は、発見された時にはすでに転移が進んでいることが多いためだ。一方、膵臓ガン発症に関わるガンのドライバーやガン抑制遺伝子は共通性が高いので、この転移性は発ガン後に起こった遺伝子の変化の結果と考えられる。

今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学からの論文は、RNAスプライシングの違いが膵臓ガンの転移性を決めているのではと仮説を立て、転移ガンでは発現が低下するRBFOX2を特定し、RBFOX2発現低下が転移性の上昇につながるメカニズムを明らかにした論文で、3月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RBFOX2 modulates a metastatic signature of alternative splicing in pancreatic cancer(膵臓ガンではRBFOX2がオルタナティブスプライシングを変化させ転移性を調節する)」だ。

この研究では発表されている膵臓ガンのRNA発現データベースを、スプライシングの違いという観点から整理し直し、オルタナティブスプライシングの差が転移性の差に繋がっていることを発見する。このスプライシングが変化した遺伝子の特徴を調べると、RBFOX2が認識する配列を持っていること、そして、転移性の高いガンではRBFOX2の発現が低下していることを発見する。

次に、転移性の高い膵臓ガン株にRBFOX2を導入する、あるいは転移性の低いガン株のRBFOX2をノックアウトする実験を行い、RBFOX2がガンの転移性を抑制するスプライシング因子であることを突き止める。また、RBFOX2発現が低下することで、細胞骨格調節機構が変化し、最終的に転移性が高まることを発見する。このRBFOX2のみのオンオフで転移性が変化するという点がこの研究のハイライトで、あとはどの遺伝子のスプライシングの変化が転移性の変化を生んでいるかを調べている。

RBFOX2の有無による発現遺伝子の比較と、転移性を調べる機能実験を繰り返し、

  • RBFOX2の標的で最も重要なのは、転移に必要な細胞骨格変化に必須遺伝子であるRhoAと結合することが知られているMPRIPで、この遺伝子の23番目のエクソンはRBFOX2が存在しないとスキップされる。
  • エクソン23が欠損したMPRIP分子は、それだけで膵臓ガン株の転移性を高める。また、遺伝子操作でエクソン23がスキップできないようにすると、転移性が低下する。
  • エクソン23欠損MPRIPは、RhoAと同時にMAPキナーゼカスケード分子と強く結合して、Rhoシグナルを変化させ転移性を上昇させる。
  • MPRIP以外にも、細胞骨格変化に関わるミオシン軽鎖や小胞体輸送に関わるCalsynteninのスプライシングも変化しており、それぞれのスプライシングを抑える操作を行うことで、転移性が低下することを示している。

以上、一つのスプライシング因子が低下するだけで、ガンの転移性を上昇させる様々な変化が同時に起こっているという重要な発見で、膵臓ガン治療標的になるかどうかはわからないが、膵臓ガンを見るための新しい視点を示したことは間違いがない。

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3月24日 熟睡に関わる消化管ホルモン(3月22日 Cell オンライン掲載論文)

2023年3月24日
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膵臓に働いて、インシュリンの分泌を促し、グルカゴンを低下させる消化管ホルモンGLP-1のシグナル経路に介入する治療が2型糖尿病治療を大きく変えた。消化管ホルモンはGLP-1だけではないので、今後も臨床応用可能な消化管ホルモンシグナル経路が発見されると期待される。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、主にショウジョウバエを用いて、外部からの機械刺激で起きないようにする消化管ホルモンを特定した研究で、今後の展開では睡眠の質を上げる方法の開発にもつながる面白い研究だ。タイトルは「A gut-secreted peptide suppresses arousability from sleep(眠りから覚めるのを抑える腸管から分泌されるペプチド)」で、3月22日 Cell にオンライン掲載された。

この研究の最初の目的は消化管ホルモン探索ではない。神経系で発現するRNAiを用いた遺伝子ノクダウンスクリーニングを用いて、睡眠中のショウジョウバエが少しの機械刺激で起きてしまう分子を探索し、最終的に神経ペプチドCCHa1とその受容体が欠損すると、少しの刺激でハエが覚醒することを発見する。

CCHa1は概日周期を調節する神経ペプチドとして知られており、消化管ホルモンではないが、組織特異的にノックダウンする方法を用いて調べると、消化管のホルモン産生細胞特異的にCCHa1をノックダウンすることで、眠りが妨げられる症状を誘発できる。逆に言うと、CCHa1は消化管ホルモンとして分泌され、眠りが妨げられない様にする働きがある。

次に腸管内分泌細胞のCCHa1分泌を誘導する刺激を、この細胞の興奮を指標に探索し、なんと蛋白質を加水分解したペプトンがCCHa1分泌を誘導することを発見する。ショウジョウバエの場合閉鎖血管系がないので、ホルモンがどう循環するのか把握していないが、CCHa1は最終的にショウジョウバエのドーパミン神経が集まるPAMクラスターと呼ばれる領域に働き、ドーパミンを介して睡眠中枢の感覚神経による刺激閾値を上げることで、機械刺激では起こされない様にしていることを明らかにしている。

ここまではショウジョウバエの話で、同じことが哺乳動物でも言えるのか気になるところだが、この論文でもこれに関して一つだけ実験を行っている。すなわち、ショウジョウバエのCCHa1分泌シグナルは蛋白質の摂取なので、同じカロリーでも蛋白質の割合を高めた食事を与え、これにより妨げられない眠りが可能になるか調べている。結果は期待通りで、ショウジョウバエほど大きな差ではないが、蛋白質を多くとっているマウスでは機械刺激で起こしにくい。

以上、睡眠中は感覚神経刺激から脳を切り離すことで熟睡が可能になるが、機械刺激に反応する感覚刺激に対しては、CCHa1からドーパミン神経を介して、感覚神経の閾値を上げていることが明らかになった。繰り返すが、マウスで蛋白質摂取が熟睡につながることは示されているが、そのメカニズムが同じかどうかはわからない。しかし、ドーパミンの合成が低下するパーキンソン病ではすぐに目が覚めることを訴える人は多く、同じようなメカニズムが働いている可能性は大きい。ひょっとしたら、熟睡を腸を介して行う面白い薬が出来るかも知れない。

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3月23日 乳酸の細胞周期調節機構の解明:驚嘆のプロの研究(3月16日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月23日
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プロの研究に触れると、勉強になるだけでなく、感動が湧いてくるし、素人とはいえさまざまな想像も掻き立てられる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、乳酸が後期サイクリンを分解して細胞周期中期から後期過程を調節する後期促進複合体(APC)を活性化して分裂期からの離脱を促進することを示した研究で、3月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lactate regulates cell cycle by remodeling the anaphase promoting complex(乳酸は後期促進複合体を再構成することで細胞周期を調節している)」だ。

乳酸は言わずと知れたピルビン酸が還元された代謝産物で、特に運動を続けると筋肉に溜まることは誰でも知っている。また、筋肉に負荷をかけるトレーニングで筋力を増強するように、それ自体で生理活性が存在することはわかっているが、その詳しいメカニズムはほとんどわかっていない。

今日紹介する論文は、乳酸により何らかの構造変化が起こるタンパク質をリストするところから始まる。細胞内乳酸は6mMから20mMぐらいまで変化するが、乳酸濃度の低い細胞質内分子を調整、それに乳酸を加えて熱を加え、乳酸により熱への耐性が高まり、沈殿しなかった分子を回収、質量分析を行なって、乳酸により変化するタンパク質を特定している。実際には300種類程度が発見されたが、最も大きな変化を示したのがAPC複合体の一員のUBE2Cだった。

この発見を手がかりに、乳酸がAPC複合体を変化させる生化学的過程を探り、

  • 乳酸は亜鉛分子をキレートして、タンパク質のSUMO修飾を除去する分子SENP1と亜鉛の結合を高め、その結果 SU MO修飾除去効果が低下する。
  • SEMP1はAPC複合体の一員APC4のSUMO修飾を除去する効果があり、乳酸によりこの活性が落ちるとAPC4が安定的にSUMO修飾を受けることで、APC複合体にUBE2Cがリクルートされる。
  • このAPC複合体が安定にUBE2Cと結合することで、後期サイクリンのサイクリンBやsecurinの分解が促進され、分裂期からの離脱が起こる。

たった3行でまとめてしまったが、この結果のためにさまざまな生化学方法や、NMR解析、構造モデリングなどさまざまな方法が駆使されており、本当にプロの仕事であると感動すら覚える。

そして、このシナリオを細胞生物学と結びつけるため、細胞内の乳酸濃度を変化させる生理実験を行い、乳酸が高まることで細胞分裂期の時間が短くなるだけでなく、ガン細胞のように持続的に乳酸濃度が高い場合、サイクリンBが分解されてしまって、分裂期をスキップすることを示している。この発見は乳酸濃度が高いガンでは、細胞周期後期を標的にする微小管阻害剤の効果が、後期をスキップするた低下することを意味し、極めて重要だ。

これ以外にも、筋肉トレーニングなど乳酸によるさまざまな生理変化も、同じ視点から見直すことの重要性を示している。プロの仕事はおもしろい。

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3月22日 腸内細菌叢と脳をつなぐγδT細胞(3月20日 Nature Immunology オンライン掲載論文)

2023年3月22日
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昨日に続いて腸内細菌関連論文を紹介する。腸内細菌叢の変化が脳にも伝わってさまざまな症状の原因になることは何度も紹介してきたが、ほとんどは神経系や、代謝物、ホルモンが両方の組織を媒介するという話だった。

今日紹介するジョンズ・ホプキンス医科大学からの研究は、ストレスにより起こる細菌叢の変化が、dectin-1と呼ばれるレクチンを介して腸内での炎症性 γδ T細胞の増殖を変化させ、これが髄膜へと移動し炎症を起こすことで、ストレスによるうつ症状を誘導することを示した研究で、3月20日 Nature Immunology にオンライン出版された。タイトルは「Dectin-1 signaling on colonic γδ T cells promotes psychosocial stress responses(腸内γδ T 上のDectin-1シグナルが神経症のストレス反応を促進する)」だ。

この研究ではマウスに少し大きめで獰猛なマウスのビデオを毎日10分間見せることで負け組ストレス反応を誘導している。ただ、このぐらいの刺激では全てのマウスが、社会性忌避症状といったうつ症状までは至らないようで、うつ症状を示すマウスと示さないマウスに別れる。

この2群のマウスの腸内細菌叢を比べると、抵抗性マウスではストレスを受けないマウスに近いが、感受性のマウスの細菌叢ははっきり違っている。なかでも、抑制性T細胞の増殖に関わる乳酸菌の一つが減少していることに注目し、細菌叢の変化が腸内のT細胞の変化につながっていないか調べている。

予想に反して抑制性T細胞に変化はなかったが、ストレスに感受性のマウスでのみ γδ T細胞、特に炎症性サイトカインIL17を発現する γδ Tが増加していることを発見する。同じ感受性マウス特異的な γδ T細胞増加は脳の髄膜でもみられることから、腸内で増殖したγδ T細胞が髄膜に移動し炎症を起こすことで、ストレスによるうつ症状が増強していることが考えられる。

また、この γδ T細胞の増殖はjohnsonii乳酸菌を飲ますことで抑制されることから、細菌叢の変化により誘導されていることも確認している。

研究では、抗体注射、あるいはノックアウトマウスを用いて、γδ Tを除去したマウスではストレス感受性が生まれないこと、逆にIL17を発現する γδ T細胞を移植することで、ストレス感受性が移行されることを確認し、γδ T細胞のIL17発現が症状の原因であることを証明している。

最後に γδ T細胞による炎症誘導メカニズムを探り、腸の自然炎症にかかわることが知られているベータグルカンを認識するレクチン、dectin-1が γδ T細胞上に発現することで、炎症のスウィッチが入ることを、ノックアウトマウスを用いて明らかにしている。

そして、最も面白い結果と言えるだろう、dectin-1に結合するβグルカンを投与することで、うつ症状の発生を抑えられること、そして真菌から抽出されたこのβグルカンがうつ病を抑える方法として既に利用されていることを述べ、この治療法が一定の合理性を有することを明らかにしている。

以上、炎症がうつ症状を高めるという点では目新しさはないが、腸と脳を γδ T細胞を介する炎症がつないでいること、この経路は治療標的になることを示した面白い研究だと思う。

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3月21日 細菌の腸内での適応性を決める相分離(3月21日号 Science 掲載論文)

2023年3月21日
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相分離は分子を液相の中で濃縮できる生命にとっても便利な物理現象で、おそらく生命誕生時にも起こったのではないかと思う。これまで相分離現象は主に真核生物で研究されてきたが、当然細菌でそれが起こっても不思議はない。

今日紹介するイェール大学からの論文は、腸内細菌叢のかなりの部分を占める細菌の一つBacterioides thetaiotaomicron(Bt)の転写調節に関わるRho分子が相分離することで腸内環境への適応性を獲得していることを明らかにした研究で、3月17日号 Science に掲載された。タイトルは「Bacteria require phase separation for fitness in the mammalian gut(哺乳動物の腸内環境へ適応するためにバクテリアは相分離を必要とする)」だ。

バクテリアは、新しい環境で炭水化物摂取量が減ると、リボゾーム合成が低下するので、転写を途中で止めるファクターRhoが働いて余分なmRNAが作られない様にすることが多い。この研究では他の細菌のRhoと比べた時、BtのRhoに相分離を誘導すると想定される規則性のない長いアミノ酸配列が存在することに着目し、この部分を除去したRho(ΔRho)とRhoを様々な条件において相分離を起こすか調べると、Rhoは相分離するのにΔRhoは相分離を起こさないことを発見する。

また、細菌内の相分離体を電子顕微鏡で調べると、正常Btでは見られる相分離体がΔRhoBtでは見られないことから、予想通り不規則配列がバクテリアの中でも相分離に関わっていることを確認している。

次に、BtのRho遺伝子をΔRhoに置き換え無菌動物に移植すると、正常Btと比べて腸内での生存率が低下することを発見している。すなわち、相分離がBtの腸内への適応性を決めていることがわかった。

後は、Rho相分離により適応性が上昇するメカニズムを探り、以下のシナリオを得ている。

Rhoは元々転写の停止に関わるが、炭水化物が低下する様な新しい厳しい環境では相分離を起こして濃縮し安定化することで、通常なら転写停止に関わらない部分のRNAに結合して転写を止めることで、停止効率を大きく高める。この結果、細菌内の遺伝子発現のリプログラムが起こり、例えば自分では合成できないビタミンB12の吸収システムなど、腸内環境適応に必要な様々な遺伝子が優先して合成され、腸内で優位を占める様になった。

以上、バクテリアで相分離が起こること自体には驚きはないが、それを利用して腸内と行った新しい環境適応に使っていることには驚く。また、この遺伝子をうまく使えば、他の細菌の適応性を高めることも出来るかも知れない。面白い研究だと思う。

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3月20日 アナフィラキシーショックで体温が低下するメカニズム(3月17日号 Science Immunology 掲載論文)

2023年3月20日
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アナフィラキシーショックは、特定の抗原に対するIgEを表面に持つ全身のマスト細胞に摂取された抗原が結合して、マスト細胞から様々な生物活性分子が全身で遊離されることで、血管が拡張し、透過性が上昇することで、致死的なショック症状が起こると考えられている。そして、命に関わる症状として、血管拡張と透過性上昇による血圧低下、それに体温低下が挙げられている。実際、マウスの実験では、アナフィラキシーは体温低下を指標に診断することが多い。

今日紹介するデユーク大学からの論文は、体温低下が単純に血管拡張や透過性上昇に伴う症状ではなく、感覚神経から体温中枢を介する神経反応であることを示した研究で、3月17日号 Science Immunology に掲載された。タイトルは「A mast cell–thermoregulatory neuron circuit axis regulates hypothermia in anaphylaxis(マスト細胞と体温調節神経回路がアナフィラキシーでの低体温を調節する)」だ。

私もアナフィラキシーでの低体温は血管拡張のせいと単純に考えていたが、このグループは体温が下がるからには必ず体温中枢が関わるはずと考え、興奮神経に特定の遺伝子を発現させるTRAP法と呼ばれる神経操作法を用いて、化合物CLZに反応するチャンネルをアナフィラキシーショックを起こした時に興奮した神経に発現させ、この神経を特異的にCLZで刺激すると体温が低下するかどうかを調べている。

結果は期待通りで、アナフィラキシーを起こさなくても、この神経細胞を刺激するだけで体温低下が起こる。ただ、アナフィラキシー時と比べると低下は強くないので、おそらく血管拡張も体温低下に関わると結論している。

さて、体温低下を調節する神経集団が決まると、あとは末梢から中枢への回路を探索することになる。その結果、

  1. 高い温度を感じた時に身体を冷やすTRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが体温調節中枢へ伝わること。
  2. 体温調節中枢は褐色脂肪組織に働いて、熱の生成を抑えること。
  3. TRPV1の直接刺激によっても体温は低下すること。例えば唐辛子成分を投与してもマウスでは体温が下がる。
  4. ただ、アナフィラキシー時のTRPV1神経刺激は、神経細胞が発現するPAR1受容体に、マスト細胞から遊離したキマーゼ蛋白分解酵素が作用し、活性化することで起こっていること。

などを明らかにしている。

以上の結果は、アナフィラキシーショックの一部の症状は、末梢での血管反応に加えて、中枢性の調節機構も関わることをはっきり示している。個々では体温低下だけが研究されているが、他の中枢性の調節機構も見つかる可能性もある。とすると、将来ノルエピネフリン以外にも、予防的に投与して問題がない薬剤が開発できるかも知れない。

最後に独り言。唐辛子を食べると体温が上がると思っていたが、逆に体温を下げるとは驚いた。

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3月19日 肺ガン組織のミトコンドリアマップ(3月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月19日
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ミトコンドリアは、細胞の代謝の要求性に応じて活性や形態を変化させることがわかっており、その分子基盤の理解は急速に進んでおり、ミトコンドリアを知ることがガン治療を考えるときの最も重要なファクターの一つになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、肺ガンをモデルにミトコンドリアの活性をガン組織内のミトコンドリアマップとして表現しようとした研究で、3月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatial mapping of mitochondrial networks and bioenergetics in lung cancer(肺ガンでのミトコンドリアのネットワークとエネルギー代謝の空間的マッピング)」だ。

非小細胞性肺ガンは組織学的に大きく腺ガンと扁平上皮ガンに分けられるが、このグループはこの違いをミトコンドリアの活性から分類できるか調べて、細胞レベルで腺ガンはミトコンドリアの参加的リン酸化反応が高く、逆に扁平上皮ガンでは低いこと、一方でブドウ糖の取り込みと分解活性は逆の関係にあることを明らかにしていた。

この研究ではまず、この違いを指標に、生体内でガンの鑑別が可能か調べている。このために、酸化的リン酸化の指標になるミトコンドリア膜の電位を調べるPET試薬、およびブドウ糖の取り込みを調べるPET試薬を用いて、肺ガンを移植したマウスのPET検査を行うと、見事に腺ガンは酸化的リン酸化が高く、ブドウ糖の取り込みが低く、扁平上皮ガンは逆であることが明らかになった。すなわち、生体内の組織レベルでミトコンドリアの活性が違っていることが確認された。

こうしてPET検査を行なった腫瘍を取り出し、今度はミクロレベルのCTで腫瘍内の細胞レベルの構造の断層写真を撮影、それぞれの断層に対応する組織切片を作成し、今度は電子顕微鏡で細胞内のミトコンドリアの位置や形態、さらには他のオルガネらとの関係を明らかにし、最終的にガン組織全体のミトコンドリアマップを作っている。言ってみれば都市全体のエネルギーステーションマップを作っている。

このマップを酸化的リン酸化が高い腺ガンと、低い扁平上皮ガンで比較すると、いくつかの面白い特徴が見えてくる。

  • まず、ミトコンドリア自体の形態に大きな違いが見られる。腺ガンでは融合型で長いミトコンドリアが中心だが、酸化的リン酸化活性が低い扁平上皮癌では分裂した小さなミトコンドリアが中心になっている。
  • 腺ガンではミトコンドリアが細胞全体に分布しているが、扁平上皮ガンでは核の周辺に分布している。
  • 腺ガンではミトコンドリア 内の突起、システルナの数が多く、形態的にも正常だが、扁平上皮ガンではシステルナの数は少なく、形態的にも異常が認められる。
  • ミトコンドリアの酸化的リン酸化活性が上がると、脂肪代謝も上昇するが、これを反映して腺ガンミトコンドリアに接して多くの脂肪液滴が認められるが、扁平上皮ガンではこのような構造は存在しない。
  • 扁平上皮ガンで見られる核周囲のミトコンドリア分布はブドウ糖の取り込みを抑制すると解除され、細胞全体に分布する。すなわち、ミトコンドリアの分布はブドウ糖代謝に合わせて調節されている。

以上が結果で、皮肉な見方をすると、全組織のマップまで作る必要はないのではと思ってしまうが、しかし今回作成されたマップのおかげで、今後見えてくることもあるのではと期待される。しかし、腺ガンと扁平上皮ガンでこれほど大きな差があることに驚くとともに、今更ながら形態の重要さを実感した。

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3月18日 マンノースグリカン型糖鎖修飾はγδT細胞を刺激し自己免疫病を誘発する(3月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年3月18日
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糖鎖修飾については、重要であることはわかっていても、何種類もの糖添加酵素が順番に働いて、タンパク質に複雑な糖鎖構造をつけていくこと、そしてマンノース中心の修飾と様々な糖が参加した複合型の修飾など、酵素の働き方によって異なるタイプの修飾ができてしまうことぐらいしか知らない。

今日紹介するポルトガルのポルト大学からの論文は、自己免疫病では糖鎖修飾の異常が生じた結果、複合型の修飾がマンノース型優勢に変わった結果、これを認識するγδT細胞が炎症を増強することを示した論文で、3月15日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Host-derived mannose glycans trigger a pathogenic γδ T cell/IL-17a axis in autoimmunity(ホスト由来のマンノースグリカンはγδT細胞のIL-17a分泌を介して自己免疫経路の引き金を引く)」だ。

このグループは、SLEなど自己免疫病で、原因はわからないが糖鎖修飾が変化し、細胞表面にマンノースグリカンの割合が増加することを見出していた。この研究では、この修飾の変化が自己免疫病を増悪させる原因になる可能性を追及している。

まずループス腎炎の組織を調べると、マンノースグリカンの発現が上昇しており、これに応じてαβT細胞ではなく、通常はほとんど存在しないγδT細胞細胞の浸潤が見られることを発見する。この像から、γδT細胞がマンノースグリカン結合生の受容体を発現し、これがγδT細胞を刺激、炎症を誘導しているのではないかと着想し、試験管内でγδT細胞の刺激実験を行い、これを確認する。すなわち、γδT細胞の抗原特異性とは関係なく、たまたま発現しているマンノースグリカンを認識するDC-SIGN受容体を介して刺激され、IL-17aを分泌するというシナリオだ。

つぎに糖鎖修飾の変化自体の効果を調べるため、糖鎖修飾が成熟せず、マンノースグリカン優勢の修飾でとまる、糖添加酵素モノアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼが欠損したマウスを調べると、15ヶ月目でなんと6割のマウスが自己抗体を伴うSLE様の自己免疫病を発症することを発見する。すなわち、糖鎖修飾異常によりγδT細胞細胞が活性化し、炎症が持続すると完全な自己免疫病に発展することを示している。

この研究のハイライトは、この糖鎖成熟がうまくいかないモデルマウスの自己免疫病発症を抑える可能性を示したことだろう。同じ機能の酵素は2種類存在し、マウスにGlcNac(Nアセチルグリコサミン)を投与することで、他の経路が活性化し成熟型の糖鎖修飾が増加すること、この結果γδT細胞のマンノースグリカン受容体発現が低下すること、そしてその結果自己免疫病発症を予防できる、あるいはすでに発症したマウスの症状を抑えることができることを示している。

最後に、この戦略がヒトでも可能かどうか調べるため、ループス腎炎の組織にGlcNacを添加し培養すると、γδT細胞の数が低下し、炎症性サイトカインの分泌が低下することを示している。

以上、自己免疫現象が抗原特異的ではなく、糖鎖修飾の変化でポリークローナルに誘導されるという結果は衝撃的だ。おそらくエピジェネティックな変化が起これば、このような糖鎖修飾の変化は様々な場所で考えられる。その結果、炎症が起こり、さらにそれが引き金になって自己抗原に対する反応が誘発されるとすると、この可能性を念頭に置いて今後は考える必要があるだろう。

最後のループス腎炎組織の結果は、少し強引すぎるとは思うが、GlcNac摂取でこの可能性が軽減されることを示していることで、ホッとしたが、面白い研究だと思う。

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3月17日 人工甘味料スクラロースはT細胞抗原刺激反応を抑制する(3月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月17日
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科学の社会的責任を重視することを明確に示すためとだ思うが、これまで読んできて Nature は人工甘味料などが生体に及ぼす影響についての論文を、比較的多く掲載する雑誌に思える。おそらく様々な専門誌には、添加物等々の影響についての論文は数多く存在すると思うが、調べる意思がないと、普通はそこまで論文を検索しない。その意味で、一般のトップジャーナルにこのような論文が掲載されることは、影響力が大きい。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、高濃度の人工甘味料の一つ、スクラロースが、T細胞の抗原刺激シグナルを抑制することを示した研究で、実験自体は古典的なものだが、おそらく社会的に重要と考えて、3月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The dietary sweetener sucralose is a negative modulator of T cell-mediated responses(食品に含まれる人工甘味料はT細胞反応を抑制する)」だ。

この HP でもトップジャーナルに掲載された人工甘味料の生体への影響についての論文は、優先的に紹介してきたが、結論的にいうと、この論文で示された結果は、あまり心配する必要がないように思う。

所属を見るとクリック研究所の p53&Metabolism 研究室とあるので、スクラロースの発ガン性などを研究していたのではないだろうか。FDAや欧州食品安全基準上限レベルのスクラロースをマウスに投与する実験を行なって、摂取したスクラロースは確実に血中に取り込まれることを確認した上で、様々な指標についてその影響がないか調べている。

この上限がどのぐらい甘いかわからないが、腸内細菌叢に至るまで、ほとんど影響がないと言っていい。その中で、ようやく見つけたのが、T細胞の数が減っていることで、これを確かめるため、スクラロースを飲ませた免疫不全マウスに成熟リンパ球を移植する実験まで行い、成熟後のT細胞の増殖が落ちていることを発見する。

成熟後のT細胞の増殖は基本的に抗原刺激が最も大きな役割を持つので、抗原によるT細胞刺激実験にスクラロースを添加して、抗原受容体刺激、PLCγ活性化、そしてCaの細胞質への遊離へと至る経路、すなわちT細胞の抗原刺激経路が抑制されていることを明らかにしている。残念ながら、このメカニズムはほとんどわかっていない。

代わりに生体内で免疫抑制が起こるかどうか、ガン免疫と感染について調べている。結果は期待通りで、スクラロースを摂取しているマウスでは、膵臓がんの増殖が促進し、また感染によるCD8T細胞の反応が低下する。ただ、スクラロースをやめると、この効果は改善する。

このように免疫機能が低下することは問題だが、自己免疫病のような免疫が高まる病気については良い効果が得られる可能性がある。そこで、1型糖尿病自己免疫モデルでスクラロースを摂取させると、驚くことに糖尿病の発症を強く抑えることができる。また、ホストをアタックするT細胞を移植する腸炎モデル系でも、移植したCD4T細胞の刺激を抑える効果があることを示している。

以上が結果で、最初に述べたように現象論で、また古典的な実験だが、高濃度であっても、摂取可能な濃度でT細胞の抗原刺激を抑制することは驚きだ。ただ、タイトルのインパクトと比べると、それほど心配することはないように思う。ただ、ガンや感染症のような免疫が落ちると困る場合は、スクラロースはやめた方がいい。しかし、自己免疫抑制効果は捨て難いので、もう少し調べてもいいような気がする。

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3月16日 tau変異は脳の自己免疫反応を誘導しアルツハイマー病を発症させる(3月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月16日
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アルツハイマー病 (AD) では、アミロイド沈着や、tau分子の沈殿によりミクログリアやアストロサイトが活性化され、自然免疫刺激による炎症が起こることで病気が進展することは広く認められる様になり、この過程を標的としてADを制御する試みが進んでいる。ただ、自己免疫反応が誘導されるとまでは考えてこなかった。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、変異tauを誘導してtau異常症を発症させたマウスでは、おそらく自己反応性のT細胞が誘導され、病気の進展を促進することを示した研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Microglia-mediated T cell infiltration drives neurodegeneration in tauopathy(ミクログリアにより媒介されたT細胞浸潤がtau異常症での神経変性を駆動する)」だ。

この研究ではtau遺伝子の変異により、tau異常沈殿が起こり、早期にADが発症するマウスを用いている。このマウスに、さらにADのリスクファクターであるAPOE4遺伝子を掛け合わせると、アミロイド沈殿なしにADが急速に進む。

おそらく最初はtau異常症による自然免疫系の反応を調べる目的で始められたと思うが、アミロイド異常症、tau異常症を示すマウスの脳細胞について、single cell RNA sequencingを用いて調べると、全く予想に反して、変異tau導入マウスのみT細胞の数が上昇していることを発見した。一方B細胞を含む他の細胞は変化が見られない。

T細胞は脳実質に浸潤しており、tau異常症の進展とともに、増加してくる。そして、抗原刺激による活性化を示すマーカー分子を発現しているとともに、抗原受容体遺伝子でクローナルナ増殖が起こっていることを確認できる。すなわち、抗原特異的T細胞がtau異常症で誘導されることが明らかになった。

残念ながら、自己免疫反応を誘導する抗原については特定できていないが、T細胞を除去するためにCD4とCD8に対する抗体注射を9ヶ月頃から続けると、病気の進行を止めることが出来る。すなわち、自然免疫だけでなく抗原特異的T細胞反応がAD進行に関わることが明らかになった。

このようにT細胞を除去したマウスでもtau異常症マウスではミクログリアが活性化され、様々なケモカインが分泌されている。さらに、ミクログリアの活性化を抑えたり、ミクログリアによる抗原提示を増強するインターフェロンγを抑えると、やはり病気の進行を抑えられることから、tau異常症がまずミクログリアを活性化し、T細胞の浸潤を促すとともに、様々な神経細胞分子を抗原ペプチドとして提示し、T細胞を活性化して自己免疫が起こることがわかる。

以上がシナリオだが、いくつかさらに研究が必要な点も明らかになっている。

まず、T細胞を除去したマウスでは、異常tauの成熟が抑えられている。すなわち、tauの沈殿自体が、自己反応性のT細胞により促進されており、メカニズムの解析が待たれる。

また、PD-1抗体によるチェックポイント抗体注射実験も行っている。当然免疫が増強されると思いきや、なんとPD-1抗体投与により脳内の抑制性T細胞が増加し、免疫反応が低下する結果、病気の進行が抑えられる。一般的にチェックポイント治療は免疫反応の最後、エフェクター段階で効果を持つが、ひょっとしたら免疫早期では、異なる効果を持つ可能性がある。これもメカニズム解析が待たれる。

いずれにせよ、この結果が正しければ、tau異常症によるアルツハイマー病の治療も大きく変化する可能性がある。

カテゴリ:論文ウォッチ
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