10月10日 新型コロナウイルスが感染した細胞をゾンビ化して利用するメカニズム(10月2日 Cell オンライン掲載論文)
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10月10日 新型コロナウイルスが感染した細胞をゾンビ化して利用するメカニズム(10月2日 Cell オンライン掲載論文)

2020年10月10日
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新型コロナウイルス(Cov2)は30kbという大きなゲノムを持っており、27種類以上のタンパク質が翻訳されてくるが、これら遺伝子の機能の多くはホスト細胞を自分の増殖に利用しやすくするするための操作に用いられる。その根幹を占めるのが、ホストRNAを操作して、ホスト側の翻訳を抑える操作だ。

今日紹介するカリフォルニア工科大学とバーモント大学からの論文は、ウイルスのnon-structural protein(NSP)結合しているホストRNA配列を決定し、ウイルスによるホスト翻訳過程の操作の仕組みを網羅的に解析した研究で、10月2日にCellに受理された。タイトルは「SARS-CoV-2 disrupts splicing, translation, and protein trafficking to suppress host defenses (新型コロナウイルスはスプライシング、翻訳、そしてタンパク質輸送を破壊してホストの防御を抑える)」だ。

個々のNSPについての研究はすでに研究が進んでおり、例えばNSP1分子の翻訳制御過程について詳しく調べた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13833)。このような論文を読み漁っていると、もはや新しい切り口は出てこないように感じてしまうが、この研究ではホストRNAとウイルスNSPとの相互作用を網羅的に把握する方法を開発し、まだまだ新しい切り口が存在することを見事に示している。

研究ではCov2がコードする全て(スパイクは除外)のタンパク質に標識をつけた後、個別にホスト細胞に導入し、それぞれのタンパク質に結合するRNAを分離する方法を用いて、10種類(ウイルス全タンパク質の1/3以上に当たる)のウイルスタンパク質がホストRNAと結合していることを明らかにする。そして、それぞれのタンパク質が結合するRNAの配列を決定し、ウイルスタンパク質が特定のRNAを標的にして、ホストを操作していることを示している。もちろん予想されたことだが、全体を示されると、巧妙な仕組みに驚く。

つぎに、こうして特定したRNA結合タンパク質の中から、最も重要と思われる4種類のタンパク質を選んでホスト操作のメカニズムを詳しく解析している。また、特にウイルスにとって死活問題になるホスト側のインターフェロンを抑えるかどうかを指標に、その効果を推定している。

  • NSP16: これまで、NSP16はウイルス自身のRNAのCapメチレースとして働いていると理解していたので、ホスト側のRNAに焦点を絞ったこの研究で、NSP16がなんとスプライシングに関わるノンコーディングRNA, U1とU2に結合するという発見には驚いた。さらに機能的解析から、新たに転写されてきた全てのRNAのスプライシングが、おおよそ1/3程度に抑えられることを示している。もちろん、スプライシングを受けないウイルスRNAは影響を受けない。一方、インターフェロンの翻訳もほぼ1/2まで低下する。
  • NSP1:これについては既に紹介した論文(https://aasj.jp/news/watch/13833)とほぼ同じで、40Sリボゾームの構成成分である18S-rRNAに結合し、翻訳時にmRNAが40S rRNAに潜り込むのを阻害する。この結果、多くのmRNAの翻訳が抑えられるが、ウイルスRNA はもちろん、ハウスキーピング遺伝子の一つGADPHの翻訳は正常に起こることから、この抑制を逃れる仕組みがRNAあることもわかる。このメカにニズムについて、mRNAのリーダー配列(最初のステムループ)とNSP1との結合の結果、mRNAがリボゾームへ潜り込めなくなるためと結論している。従って、NSP1と結合できないリーダー配列を持つRNAは翻訳されると考えられる。いずれにせよホスト側の多くのタンパク質の翻訳が低下するとともに、刺激をしても1型インターフェロンができないことを確認している。
  • NSP8,9:ウイルスタンパク質はどうしてもウイルスRNAの側から見てしまうため、ホストのRNAとの相互作用は忘れがちだが、その典型がNSP8,9だろう。私はこれまでNSP8,9ともに、RNAポリメラーゼの構成成分として理解していた。ところが、ホストRNAの結合サイトを見ると、リボゾームを小胞体とリンクさせ、できたペプチドの輸送に関わる7SL-RNAおよび28S rRNAに結合することを発見する。この7SLRNAを含むsignal recognition particleという仕組みが、できたペプチドを小胞体内へと輸送するのに関わるが、NSP8,9はこの部位に結合して、リボゾームと小胞体のリンクをガイドするタンパク質の結合を破壊、結果ペプチドは細胞内で遊離されてしまう。実際これらのNSPが発現すると、ほとんどの細胞表面タンパク質の発現は強く抑制され、ツルツルの細胞になってしまう。当然インターフェロンに対する受容体や、インターフェロン誘導のための刺激を受ける細胞表面上の様々な分子も、細胞表面までたどり着けないため、インターフェロンに対する反応は抑制される。

以上が結果の要約だが、これまでウイルスRNA との関わりでしか見なかった、NSP16やNSP8,9が、ホストRNAの操作にうまく使いまわされていることを知って、感心した。この研究では、このホスト操作をインターフェロンの分泌と、反応性に絞って評価しているが、実際には操作される範囲はもっと深い。

ウイルスの増殖にはホストの細胞が生きている必要がある。これを実現するため、生かさず、殺さず、うまい具合にホスト細胞をゾンビ化して、新しいウイルス粒子を作らせる仕組みを知れば知るほど、新型コロナウイルスに出会えて良かったと不謹慎ながら思ってしまう。

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10月9日 なんと電磁場に晒され続けると2型糖尿病が改善する?(10月6日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2020年10月9日
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実験動物段階の研究でも、その意外性に驚く論文がある。今日は前置きを省いてアイオワ大学からの論文を紹介する。タイトルは「Exposure to Static Magnetic and Electric Fields Treats Type 2 Diabetes(静的磁場と電場に晒すことで2型糖尿病が治療できる)」で、10月6日号のCell Metabolismに掲載された。

この論文は我々生物は地球上で静磁場と静電場の影響下で進化しており、これに対応するなんらかの仕組みを持っているはずだという、考えれば至極もっともな前置きから始めている。実際、長い距離を旅する生物が地磁気を利用しているという研究は多い。

ただこの研究では、ミトコンドリアの活性酸素により高脂肪食がインシュリン抵抗性が発生するというこれまでの研究を基礎に、この酸化還元バランスを電磁場で変化させられるのではと着想し、一足飛びに電磁場により糖尿病を治療するという可能性追及に進んでいる。

遺伝的な糖尿を示すBardet-Biedl syndromeモデルマウス、db/dbマウス、そして高脂肪食を与えられたマウスをおおよそ地球上で我々が浴びるのと同じベクトルを持った100倍の静磁場(3mT)と静電場(7kV/m)を30日間持続的に照射、そのあとで糖代謝の解析を行なっている。

結果は驚くべきもので、いずれのマウスも血中グルコースが30%以上低下する。面白いことに、静磁場と静電場の両方が必要で、静磁場だけを照射すると糖尿は悪化する。

また、30日を超えて照射し続ければ血糖上昇を抑え続けられるが、残念ながら照射をやめるとすぐに元に戻る。とはいえ、一日中浴びている必要はなく、寝ている時間7時間浴びると同じ効果がある。

メカニズムだがグルコースクランプテストから、インシュリン抵抗性が改善したことがわかるが、インシュリン受容体下流のシグナル分子の問題でなく、著者らが最初から睨んだ様に、酸化ストレスのバイオマーカーであるF2-isoprostanesがほぼ4割程度低下する。そして、酸化還元反応のマスター転写インしNRF2が上昇することを発見する。

さらに直接電磁場が影響する過程を調べ、肝臓ミトコンドリアの活性酸素、特にスーパーオキサイドの代謝を変化させることがスウィッチとして働き、NRF2転写因子を介してグルタチオンの血中への遊離を高めることで体内の還元力を高め、酸化ストレスを低減することで、インシュリン抵抗性を改善すると結論している。

最後に電磁場がスーパーオキサイドをどう変化させるかなどの問題についても議論しているが、明確な結論があるわけではないの省く。要するに、電場磁場両方に晒されるだけで、体の酸化ストレスが減り、インシュリン抵抗性が改善されるという話で十分だろう。

ではこの方法は臨床に使えるだろうか。薬の必要性はなく、一見素晴らしい治療法に見える。また、ネズミのレベルでは副作用はないとしている。しかし、私自身は電場、磁場が一定のレベルを超えると、想像以上の力を持つことに驚いた。この様な物理的作用についてはあまり真剣に考えたことはなかったが、今後ポジティブ面だけでなく、ネガティブ面についても詳しく検討すべきではないかと思う。

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10月8日 「ガンつけ」の脳科学的起源(10月1日号 Nature 掲載論文)

2020年10月8日
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随分昔、友人の高井先生、竹縄先生と一緒に大分の学会に参加する途中、高崎山のニホンザルを見に行ったことがある。「猿と視線を合わさない様に」と注意書きをみて、逆に好奇心に駆られて3人で視線を合わせて見ようとしたが、サルの方が上手で、うまく外された様な記憶がある。さぞバカな3人組と思われたことだろう(「高井先生、竹縄先生、3人の秘密をバラしてごめんなさい」)。しかし、昨年ウガンダにチンパンジー、ゴリラを見に行った時は、流石に視線を合わせる度胸はなかった。

ところが、今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文を読んで、猿をじっと睨みつけて反応を見るHuman Intruder Testと呼ばれる実験系があるのを知って驚いた。タイトルは「Shared yet dissociable neural codes across eye gaze, valence and expectation (ガンつけ、誘発性、そして期待に共通する、しかし分離可能な神経コード)」で、10月1日号のNatureに掲載された。

この研究は最初から他の個体との社会的関係の評価が、身体的快、不快の感情の神経学的表象から生まれてきたという仮説をたて、これを脳科学的に証明する目的で行われている。

このとき、社会関係の評価としてサルに「ガンをつける」Human Intruder Testを用いて、じっと見られたときの脳活動と、相手が視線を逸らしたときの脳活動を、水が出てきて喜ぶ時と、空気が顔に当たって不快に感じるときの脳活動と単一ニューロンレベルで比べ、それぞれの反応に共通性があるか調べている。このとき、シャッターが開いて身体的快不快を期待するよう条件づけた状況と、全く条件付けなく快、不快が与えられる状況で神経活動記録を取っている。

脳活動の記録方法だが、古典的な電極を一本づつ猿の脳領域に差し込んで記録する方法で、同じ領域の神経細胞を何箇所も調べデータ解析を行なっている。このとき社会性や快不快に関わる脳領域として、前帯状皮質と扁桃体を選び、それぞれの反応時に起こる神経活動を記録している。

この様な古典的手法を用いた研究手法は、様々な推計学的手法を用いた複雑なもので、正直完全に理解できているかおぼつかないので、エッセンスだけをまとめると以下の様になるだろう。

まず、サルにとってガンをつけられるインパクトを表情や心拍数で調べると、期待通り睨まれると不安が高まり不快に感じる一方、目をそらされるとホット安心して快感を感じているのがわかる。

次に、これらの反応時の神経活動を調べると、条件づけの有無にかかわらず、快、不快に対して、前帯状皮質、扁桃体ともに神経が反応する。しかし、社会的な快、不快の誘意性には扁桃体のみが反応し、前帯状皮質神経は反応しない。すなわち、扁桃体だけが社会的な快、不快に関わる。

そこで扁桃体に絞って、身体的快、不快に反応する神経と、睨み合いの様な社会的快、不快に反応する神経の反応性を一本づつ調べ、それぞれの反応の共通性を調べると、快不快は身体的、社会的ともに共通の回路を共有していることがわかった。ただ、社会的快不快は、条件づけられた身体的快不快に反応する神経と共通の回路を共有しているが、条件づけられていない時の身体的快不快とは相関しないことがわかった。

この説明だけではわかりにくいと思うのでさらに短くまとめると、社会的快不快に反応する脳回路は扁桃体に形成され、身体的快不快の神経と共通の回路を使っている。ただこの共通性は、条件づけられた身体的快不快を期待するよう回路形成された場合で、単純な身体的快不快自体に対する反応とは区別されるという結果だ。

要するに、身体的快不快がなんらかのきっかけで条件づけられることは普通に見られることだが、これが社会的快不快を決める脳回路へと進化したという話になる。

わざわざわかりにくい論文を紹介したいと思った最大の理由は、論文を読んでいて、道徳や倫理といった社会的規範も、結局は身体的快不快の感情から来ると喝破したスピノザを思い出したからだ。おそらく著者らの頭にもスピノザはあったのではないだろうか。

スピノザが出たついでに一言。これまで書いてきた「生命科学の目で読む哲学書」は長く新しい文章をアップロードしていないが、17世期という科学にとって重要な世紀に入ったことから、この世紀の哲学3巨頭、デカルト、ライプニッツ、スピノザをまとめて数冊づつ読んでいるための遅れで、その作業もそろそろ目処が立ち、3人の立ち位置も自分なりに整理できたので、もう直ぐ再開できると思う。

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10月7日 プレシジョン医療を評価する新たな仕組み(10月2日 Nature Communication 掲載論文)

2020年10月7日
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我が国でもようやくゲノム検査がガンの診断に使われる様になってきたが、まだまだその効果が実感されるとまでは言えないようだ。実際ガン遺伝子を特定できそれに対する分子標的薬を用いると劇的な効果が得られるケースは多く存在するが、一つの分子標的薬だけでは再発を防ぐことが難しく、長期的にはあまり役に立たなかったという評価が下される。従って、ゲノムやエピゲノムの網羅的解析から複数の変異を特定して最適の治療を計画することが求められる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はより進んだゲノムに基づくプレシジョン治療の一つの枠組みとその効果を検証した臨床研究で10月2日号Nature Communicationに掲載された。タイトルは「Real-world data from a molecular tumor board demonstrates improved outcomes with a precision N-of-One strategy (ガンの分子医学ボードからの生データは個人に合わせた治療計画の効果を示している)」だ。

この研究は既に大学病院に蓄積したデータを後ろ向きに調べただけの研究で、医療の効果の判定には向かないという批判もあるかもしれない。しかし、タイトルにもある様に、プレシジョン医療を行うことは、個人に合わせて治療計画を立てることで治療自体はまちまちになる。そのため、介入方法を決めて前向きに調査するこれまでの治験方法には馴染まない。この点を明確に認識させてくれた点が、この研究の重要性だと思う。

この病院では我が国でも行われているガン遺伝子パネルに加えて、末梢血のガン遺伝子パネル、遺伝子発現や免疫組織学など、そのとき得られる様々な情報を判断して、治療計画を建てるための専門家ボードを組織し、そこで発ガンに関わる遺伝子を中心に検討を加え、治療の適合度を%で計算している。

総数で429人について適合度が計算され、適合度で患者さんの予後を分別すると、75%以上の適合度があった患者さんでは再発率も、生存期間も延長している。適合度50%でわけても、はっきりと違いが見られる。以上から、特別なチームが総合的に治療計画を判断することがプレシジョン医療の鍵になると結論している。癌遺伝子パネルでも、専門家チームを持つことで十分効果があることを示している。今後、エクソームや、全ゲノム配列決定などまで行う様になれば、ますますこの様なチームが必要になると思う。

ただ、残念なことに、このレベルの検査だけで行われた治療計画では、4年目を過ぎると適合度による差がなくなることから、プレシジョン医療として胸を張るところまでは行っていないと感じる。しかし、個人に合わせた医療の効果の検証は新しい治験プロトコルの必要性を示している。その意味で、一つのあり方を示した点で、この論文を評価したい。

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10月6日 転移と自然免疫(9月30日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年10月6日
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ガンに炎症が伴うと転移しやすくなることが知られているが、ガンのEMTを誘導したり、血管新生を促したり、様々なメカニズムが示されてきた。従って特に珍しくもない話だが、今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、血管が発現すると転移を誘導し、ガンが発現すると転移が抑えられるという不思議な分子(SLIT2)の話で、9月30日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Tumoural activation of TLR3–SLIT2 axis in endothelium drives metastasis(ガンによる血管内皮のTLR3-SLIT2経路の活性化が転移を促進する)」だ。

もともとSLITとその受容体ROBOは、神経軸索ガイダンス分子として発見された。その後血管新生、白血球の移動、さらにはガンの転移に関わることは既に報告があり、おそらくSLIT2が転移に関わるというタイトルを見てもそれほど注目されないだろう。ただ、これにTLR3というウイルス由来二重鎖RNAを認識する分子が絡まっているとなると、急に話は面白くなる。

この研究ではCre-recombinaseを用いて細胞系列特異的にリボゾームを標識し、それに結合する新たに合成中のRNAを濃縮し配列を決める方法を用い、マウスメラノーマの転移組織の血管内皮でSLIT2の転写が新しく誘導されることを確認している。すなわち、SLIT2の血管での発現が転移に関わる可能性を示唆している。

そこで血管特異的にSLIT2がノックアウトされたマウスを作成し、腫瘍を移植する実験を行い、SLIT2が血管内皮で発現しないと転移が強く抑えられることを発見した。また、血中を流れる腫瘍細胞数も低下する。逆に腫瘍にSLIT2を添加する実験では、腫瘍の遊走を誘導し、この遊走は腫瘍側のSLIT2受容体ROBO1をノックダウンすると抑えられる。

以上のことから、SLT2は転移血管内皮で上昇し、これが腫瘍の遊走を高め、転移を促すことがわかった。次の問題は、血管内皮のSLITを誘導する因子だが、ガン細胞の培養液に存在する二重鎖RNA(dsRNA)がSLIT2を誘導することを発見する。dsRNAはTLR3を介して自然免疫反応を誘導することから、SLIT2もガン由来のdsRNA自然免疫反応の一環として内皮に誘導されると考えられる。実際、内皮のTLR3をノクアウトするとSLIT2の誘導は低下する。

次に腫瘍由来のdcRNAの配列を調べて、多くが内在性のレトロウイルス由来であることも確認している。これらの結果から想像されるシナリオだが、ガン細胞で内在性のレトロウイルス(これだけではないが)が活性化され、dsRNAが細胞外へ遊離されると、血管内皮のTLR3を介してシグナルが入り、SLIT2が分泌され、それが周りのガンに働きかけて遊走を高め、血管内への侵入を促進して、転移ガンが起こるというものだ。

血管内皮から見るとこのシナリオはOKだが、ガン細胞自体では SLIT2発現が抑制されており、またガン細胞SLIT2を過剰発現させると、転移が低下する。以上のことから、ガン細胞自体SLT2を発現せず、ROBOが血管内皮由来のSLIT2に刺激されることが、転移に重要であることを示している。

SLIT2とROBOと転移の関係はこれまでも話がこんがらがっている気がしたが、その意味ではこの研究は混乱を解消する一つのわかりやすいアイデアを提供した。ただ、実際の臨床例で同じことが起こっているのか明確にして、転移抑制手法が開発されることを期待する。

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10月5日 マクロファージが心筋ミトコンドリアの新陳代謝を助ける(10月1日号 Cell 掲載論文)

2020年10月5日
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心臓や脳は最もエネルギーを必要とする臓器だが、心筋や神経細胞は長期間生存し働き続ける必要がある。そのため、ミトコンドリアを常に若々しく維持することは重要で、機能が低下したミトコンドリアを処分し、新しいミトコンドリアで置き換えるオートファジーは両臓器の維持にとっては欠かせない。

今日紹介するマドリッド国立循環器研究センターからの論文はこのオートファジーを介するミトコンドリアの新陳代謝にマクロファージが重要な役割を演じていることを示した研究で10月1日号のCell に掲載された。タイトルは「A Network of Macrophages Supports Mitochondrial Homeostasis in the Heart (マクロファージのネットワークが心臓のミトコンドリアのホメオスターシスを維持している)」だ。

この研究は、マウス心臓に30万個ぐらい存在しているマクロファージを遺伝子操作で欠損させると、心室の収縮力が低下するが、正常マクロファージを投与すると機能が回復するという発見から始まっている。すなわち、心臓の機能維持にマクロファージが関わっている。そのメカニズムを探ると、マクロファージが欠損すると心筋内に機能の低下した異常ミトコンドリアが増えていることがわかった。

次に、マクロファージがどのようにして細胞内のミトコンドリア新陳代謝に関わるかを追求し、オートファジーにより細胞質で分離された機能低下ミトコンドリアが、膜で包まれたまま細胞外へ排出されたExopherを、マクロファージが貪食していることを発見する。このため、マクロファージが欠損すると、exopherが貪食されず、分解途中のミトコンドリアが細胞外に蓄積し、これが炎症を誘発することがわかった。

マクロファージの役割はこれだけにとどまらない。マクロファージが欠損してすぐには確かにミトコンドリアが細胞外に蓄積するが、少し経過すると今度はexopher自体が形成されなくなり、その結果異常ミトコンドリアが細胞内に蓄積し始める。すなわち、マクロファージが心筋内でのオートファジーを調節して心筋内のミトコンドリア新陳代謝を促していることも示している。

そして最後に、マクロファージがexopherを貪食するメカニズムとして、フォスファチジルセリンを認識して貪食するMertkが関わることを明らかにしている。

以上わかりやすいようにざっと結論だけを選んでまとめてみたが、実際には膨大な実験が提示された力作だ。マクロファージがミトコンドリアのオートファジー、すなわちマイトファジーを調節し、最後に細胞外に出てきた異常ミトコンドリアを分解処理して心筋を助けるという、これまで考えられたこともないシナリオは新鮮だ。おそらく、exopherが最初に記述された神経系でも、同じようなことが起こっている可能性がある。この研究は、このシナリオとともに、多くの新しい問題も提出した。マクロファージがどのようにマイトファジーを誘導しexopher形成を促しているのか?ミトコンドリア病での役割は?など、知りたいことが山積みだ。今後の進展を期待したい。

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10月4日 非感染者のCoV2に対する交差T細胞記憶を証明する(10月2日号 Science 掲載論文)

2020年10月4日
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新型コロナウイルス(CoV2)に関する研究、特に免疫反応に関する研究は結論と仮説が先行していることが多い。もちろん、まず現象から示して、そこから出てきた可能性を順に検証していくことが重要だが、なかなかそのような研究にはお目にかかれない。

そんな中で7月15日このブログで紹介したLa Jolla免疫研究所のグループは、ウイルスタンパク質から推定される抗原ペプチドを全て合成して、ほぼ全ての組織適合抗原をカバーした上で、個々人のCoV2に対するT細胞反応を調べた研究(https://aasj.jp/news/watch/13531)を発表して以降も、この時可能性として示した様々な可能性をさらに厳密に検証する研究を続けている。今日紹介する論文は、新型コロナウイルスに対する免疫記憶が、他のコロナウイルス感染により成立しているかどうか調べた研究で、10月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「Selective and cross-reactive SARS-CoV-2 T cell epitopes in unexposed humans (非感染者のT細胞が認識する選択的交差反応的CoV2エピトープ)」だ。

抗原ペプチドプールを用いたこのグループの論文をきっかけに、新型コロナウイルス感染前から、他のウイルスとの共通抗原に対する記憶T細胞が存在する可能性を示唆する論文が続いている。しかし、本当に免疫記憶が存在するという証明を行うことは簡単ではない。この研究では、これを人間という、過去の感染経緯が複雑で、しかも遺伝的に多様な集団を用いて証明できるかの一点に絞って研究を計画している。

そのために、非感染者サンプルを2015年から2018年に保存されている血液を用いることで、間違って無症状の感染者が紛れこむことを避けるという徹底ぶりだ。また、記憶と新型コロナ症状との関係を問題にせず、T細胞記憶の存在一点に絞るため、CD4T細胞を刺激するペプチドの大きさ15merに絞り、CD8T細胞反応を誘導する10merに関しては捨てている。

また血液をペプチドで2週間刺激した後反応細胞を調べることで、少ない記憶細胞を特異的に測定する方法を用いている。この方法を用いてCD4T 細胞を刺激できるペプチドプールの中から、最終的にCD4T細胞反応をモニターする142種類のエピトープを決定し、非感染者のT細胞反応素調べると、反応を検出できることがわかった。

次に、Cov2と他のコロナウイルス(HCov)のゲノムの比較から、共通抗原になりうるペプチドプールをそれぞれHCovとCov2から選び出し、それぞれに対する反応を調べると、非感染者でもこれらのペプチドプールに対する反応が見られ、しかも新型コロナウイルス感染によりHCovのプールに対する反応も上昇することを示している。すなわち、コロナウイルス感染により、HCovペプチド反応性のCD4T細胞が確かに上昇してくることを明瞭に示した。

さらに、反応細胞の細胞表面形質から、非感染者でペプチドプールに反応する細胞のほぼ全てが記憶細胞であることも示している。

さらに進んで、この研究では非感染者から記憶T細胞株を分離することすら試みている。長期間維持しているわけではないが、分離したいくつかのクローンについて様々なペプチド抗原に対する反応を調べ、全てがCov2とHCovの相同領域から作成したペプチドに反応していることを示している。すなわち、配列が同じでなくても相同領域のペプチドであれば交差反応が検出できることを示している。驚くことに、非感染者由来であるのに、Cov2由来ペプチドによりよく反応するメモリーT細胞クローンすら存在する。

この交差反応を誘導するペプチドの相同性から、大体67%の相同性があれば、交差反応性が生じる可能性があることを示している。

免疫記憶を人間でこのレベルまで解析できるのかと本当に感心する、執念を感じる研究だと思う。

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10月3日 ACEが脳で過剰になるとアルツハイマー病のリスクを高める(9月30日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年10月3日
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アルツハイマー病(AD)リスクの最大要因は老化だが、このメカニズムを明らかにすることは簡単ではない。その代わりに、様々な遺伝的リスクファクターを明らかにし、それぞれの関与のメカニズムを明らかにし、老化との相関を丹念に調べて、脳細胞の老化について理解するしかない。その意味で、Aβ、Tau、ApoEなどがADにどう関わるのか、また老化とどう創刊するのかメカニズムのさらなる解明が待たれている。

そんな中、今日紹介するテキサスノースウェスタン大学からの論文は、血圧維持に関わる最も重要な因子で、高血圧治療の標的でもあるアンジオテンシン転換酵素(ACE)が、脳細胞の細胞死を促進してアルツハイマー病リスクになりうることを明らかにした研究で9月30日号のScience Translational Meicineに掲載された。タイトルは「Aβ-accelerated neurodegeneration caused by Alzheimer’s-associated ACE variant R1279Q is rescued by angiotensin system inhibition in mice(アルツハイマー病リスクの一つアンギオテンシン転換酵素の変異R127Qにより誘導される神経変性はAβにより促進され、アンジオテンシン系の阻害により治療できる)」だ。

最近の疾患ゲノム研究でADリスク遺伝子の一つとしてACE遺伝子が特定されてきたことに注目し、ADの発生率の高い446家族について全ゲノム解析を行い、ACEのコーデイング領域の変異の中にアルツハイマー病リスクになる変異がないか探索している。その結果、ACEの1279番目のアルギニンがグルタミンに変換した変異(R 1279Q)を持つ家族ではADが頻発することを確認し、この変異がADにつながるメカニズムを、ACEに同じ変異(マウスではR1284Qが相当する)を導入したマウスを用いて検討している。多くの実験が行われているが次のように要約できるだろう。

エクソンのミスセンス変異なので、ACE酵素活性が変化した可能性が考えられるが、この変異は酵素活性については中立的であることがわかる。しかし、脳でのタンパク質の発現を見ると、脳特異的に変異体分子の発現が高まっている。これは、変異によってACEが細胞膜から遊離しにくくなり、その結果分子の発現が高まる結果であることを確認している。すなわちこの変異は、ACEの質的な変異ではなく、脳内でACE 量が上昇させる変異であることがわかった。この結果、アンジオテンシン1から変換されるアンジオテンシン2の量が上昇し、ACE 受容体の活性化が高まる。

この慢性的なアンジオテンシンシグナルの上昇は、神経細胞の慢性的RAS経路の活性化を誘導し、神経細胞の細胞死を誘導するカスパーゼ活性を慢性的に高める。重要なことは、この変異が導入されたモデルマウスでは血圧は正常で、この過程に血管性の神経変性は関わっていないと結論できる。

このように、このACE変異では慢性的に神経細胞死の閾値が低下していることは、このマウスをAβを過剰発現させたマウスを掛け合わせるとADの発症が促進されることからも確認できる。また、ACE阻害剤や、ACE受容体阻害剤を投与することで、この慢性効果を正常化して、ADの進行を止めることも明らかにされた。

以上が、モデルマウスを用いた結果だが、同じプロセスが人間のADでもみられないか調べ、人間のADでもACEを発現する海馬神経が脱落していること、またRAS経路の異常も神経細胞で認められることを示し、ACEシグナル経路が、神経細胞紙の閾値を下げる老化に関わる要因の一つではないかと結論している。

同じ過程が老化とともに一般的なADでも起こっているとすると、脳内でACE受容体シグナルを抑えることは、アルツハイマー病の重要な治療法になる可能性を示唆しており、面白い研究だと思う。

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10月2日 シナプス小胞の動態を厳密に観察する(9月28日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2020年10月2日
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美術の学生さんと話していて感じるのは、半分は生まれつき、半分は訓練で獲得されてきたイメージを把握し、脳内で処理するときの厳密さだ。要するに、私たちが見えても認識できていないものが認識できている。同じ印象は、優れた形態学者と話していても感じる。例えば亡くなった友人、月田さんのセミナーを初めて聞いた時から、この人の脳内でのイメージの処理は全く違っていると感じた。この様な人たちは、頭の中に厳密なイメージが形成されるまで見たとは思はない様で、それが獲得されるまで最大限の努力を傾ける。

今日紹介するジョンズホプキンス大学Watanabe研究室からの論文はプロセスを厳密に見たいという形態学者の執念が感じられる研究で9月28日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Synaptic vesicles transiently dock to refill release sites(シナプス小胞がトランスミッターを遊離するためのドッキングは一過性)」だ。

私の頭の中のシナプスでの神経伝達過程はかなり以前からアップデートしていない。もちろん、SNAREをはじめとする分子過程についてはある程度アップデートできていても、シナプスに輸送されてきたシナプス小胞が膜直下で神経シグナルが来るのを待って、刺激が来ると膜と融合してトランスミッターを遊離するという形態的イメージはなんら変わっていない。

しかしプロの間では、いくつのシナプス小胞がトランスミッターを遊離するのか、刺激が来るまでの間、ドッキングはどの様に調節されているのか、次の刺激に対してどう小胞が準備されるのかなど、議論が続いていた様だ、

この研究では、Zap-and-freeze法と名付けたシナプスを刺激した後ms単位で組織を高圧急冷して電子顕微鏡で観察する方法を開発し、シナプスで小胞がドッキングし、膜融合する過程を時間を追って追いかけている。すなわち、この研究のハイライトは、シナプスでのプロセスを厳密に見ることを可能にする方法の開発といっていい。実際、シナプスに小胞が集まり、その中のいくつかがアクティブゾーンの膜上にドッキングし、刺激でいくつかが膜と融合する過程を示されると、何が起こっているのか素人の私にもよくわかる。

あとは、ここ技術を使ってプロの間で議論が続く課題に答えている。

  • これは素人の私も習ったことがあるが、刺激に反応して起こる小胞の膜融合とトランスミッターの放出は、一個づつと制限されているのか、それとも複数の小胞が同じ刺激に反応して融合するのかという問題については、複数の小胞が一度に反応できることを示している。さらに、細胞外のカルシウム濃度を上昇させると、なんと一つのアクティブゾーンに10個以上の小胞が融合する像まで見せている。
  • また、おそらくドッキングなどの過程に関わる分子を共有するためか、カルシウムの低い状態ではシナプス内で近接する小胞体同士がセットになってドッキングから融合を行なっている。
  • ドッキングした小胞の融合は5ms程度の早い過程で、11ms以降に見られる融合は刺激とは無関係。驚くことに、それぞれの融合過程が起こりやすい場所も違っており、刺激により膜上で進むプロセスの局在をさらに明らかにすることの重要性を物語っている。
  • 個人的に最も面白かったのは、アクティブゾーンへの小胞のドッキングが一方向の過程でない点だ。これまで、ドッキング、融合は不可逆的に起こると思ってきた。しかし、ドッキングした小胞の一部は融合し消失するが、残りは膜から離れて次の待機ゾーンへと後退し、次の刺激を待つというダイナミックな過程が示された。
  • 刺激後14ms以内に新しい小胞のドッキングが準備され次の刺激に備えられる。しかし、そのまま刺激がないとドッキングした小胞は減少し、回復には10秒近くかかる。

以上、シナプス小胞が伝達のアクティブゾーンと、レザバーとを動的に行ったり来たりして、持続的な伝達能力を維持していることを見ることができた。しかし、生化学的プロセスだとあまり気にならないが、これを書いている間に私の脳内の数え切れないシナプスで、こんなことが起こっているのかと考えると、本当に驚いてしまう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 CAR-T療法の思わぬ副作用。(10月1日号 Cell 掲載論文)

2020年10月1日
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このブログでも何度も紹介したがガン細胞上の抗原に対する抗体をT細胞受容体と合体させたキメラ抗原受容体T細胞治療の効果は目を見張るもので、半数近くが長期間完全寛解をはたす。そして白血病細胞だけでなく、同じCD19抗原を発現しているB細胞も完全に除去されるのをみると、免疫システムの威力を改めて感じさせる。

ただ、抗原刺激によるサイトカインストームは最初の段階から副作用として指摘されており、CD19を標的とするCAR-Tの場合、全身にB細胞も存在することから、神経への障害も含めてほとんどの副作用はサイトカインストームによるとされてきた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はCD19を標的とするCAR-T治療に起因する神経障害がなんと脳血管の周囲細胞がCD19を発現していたために障害された可能性を示す、臨床的には重要な論文で10月1日号Cellに掲載された。タイトルは「Single-Cell Analyses Identify Brain Mural Cells Expressing CD19 as Potential Off-Tumor Targets for CAR-T Immunotherapies(脳のsingle cell解析により血管周囲細胞がCD19を発現してCAR-T免疫治療のオフターゲット標的になることが明らかになった)」だ。

CAR-Tによる神経障害がB細胞以外の細胞がCD19を発現しているのではないかと睨んだ著者らは2500人近くの脳のsingle cell RNA発現解析データを解析し、脳全体では0.2%程度の細胞が血管周囲細胞遺伝子とともにCD19を発現していることを発見する。極めて少ない集団なので、本当かどうか慎重に確かめる実験を行い、平滑筋も含む多くの周囲細胞が脳ではCD19を発現していると結論し、人間の脳の免疫染色でもこれを確認している。発現量だが、幼児期に高く年齢とともに低下する。また、ほぼ脳の周囲細胞だけで発現が認められる。

以上の結果をもとに、マウスモデルでCD19に対するCAR-Tを注射して脳の変化を調べている。人間と比べてマウスの周囲細胞はCD19の発現が高くはないが、周囲細胞が脱落し脳血管関門の機能が低下し、アルブミンが浸出することを発見している。

以上が結果で、臨床的には重要な指摘だと思う。もちろん、生存期間など患者さんへのベネフィットは大きく、副作用の可能性としてあらかじめ理解していただくしかないが、脳以外の組織では発現がないことから、脳血管周囲細胞の発現する他の抗原を用いて、CAR-Tの作用を抑えるといった治療法も考えられる。ただ、費用の面から現実的かどうかはよくわからない。

読んでいて、脳血管周囲細胞の障害性をモニターする目的で、脳血管の窓口とも言える網膜血管を調べるのも面白いのではと思った。現在クリニックを開業している植村君は、網膜周囲細胞のsingle cell 解析を行なっていた様に記憶しているので、脳と同じ様に発現がみられるなら、障害性を早期発見するために役立つかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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