3月2日 全身麻酔の神経メカニズム(2月20日号 Cell 掲載論文)
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3月2日 全身麻酔の神経メカニズム(2月20日号 Cell 掲載論文)

2020年3月2日
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学生時代、麻酔学で何を習ったのか全く思い出せないが、意識が失われるメカニズムについてはまず教えてもらっていない、というよりわかっていなかったのだろう。その後はほとんど麻酔科との接点なく生きてきたので、知識は何十年もアップデートできていなかったが、現役を辞めてから意識についての論文を読むようになり、少しづつアップデートされつつある。

今日紹介するドイツ・フンボルト大学の日本人研究者(Mototaka Suzukiさん)の論文は麻酔全般のメカニズムを明らかにした説得力のある研究で、意識の問題を含めて自分の頭の整理を可能にしてくれた。タイトルは「General Anesthesia Decouples Cortical Pyramidal Neurons (全身麻酔は皮質の錐体神経をデカップルする)」で、2月20日号のCellに掲載された。

麻酔を神経活動全般の抑制と単純に考えることはできない。そんなことをしたら私たちは死んでしまう。実際には、大脳皮質と意識や覚醒に関わる視床に限局した過程だ。実際、麻酔中の覚醒体験はよく問題になるが、脳活動がちゃんと維持されていることの証拠だ。すなわち麻酔中も複雑な神経ネットワークが維持されているため、特定の回路で麻酔の効果だけを取り出すのは簡単ではない。

この研究では全身麻酔の標的と考えられてきた皮質第5層の錐体神経に焦点を当て、錐体神経から第1層に投射している樹状突起と錐体神経細胞との神経連絡を遮断することが麻酔のメカニズムではないかと仮説を立て、これを検証する実験系を作っている。

素人の頭で考えても、生きた動物で同じ神経細胞の樹状突起と細胞体の連絡を操作するのは難しそうだ。この研究では脳皮質の一層だけが照射される光を発するμペリスコープという機械を用いて、樹状突起だけを興奮させたとき、細胞体の興奮を電極で記録するという方法で、樹状突起と第5層錐体細胞体の連結を調べ、様々な麻酔薬がこの連結を遮断することを発見する。

これが証明できると、あとは光遺伝学に伴う様々な問題の影響がないことを確認した後、樹状突起の興奮が細胞体へ伝えられるときにムスカリン型アセチルコリン受容体と代謝型グルタミン酸受容体の刺激が必要であることを、阻害剤を用いた研究から明らかにする。すなわち、樹状突起から細胞体までの連結は、アクティブに維持されていることが明らかになり、この維持機構が遮断するのが麻酔の効果であることを明らかにする。

この代謝型グルタミン酸受容体への刺激は、意識の調節に関わる視床から投射されており、また視床の活動を低下させることで樹状突起と細胞体の連結が低下することから、樹状突起―細胞体連結は視床から投射する神経末端により維持されていると結論している。

もう一度まとめると、全身麻酔の皮質への効果は末端の樹状突起の興奮が細胞体に伝わらないようにすることで起こる。そして、両者の連結は視床から投射した神経のグルタミン酸シグナルにより維持されており、全身麻酔はこの視床の活動を抑えることで、皮質の樹状突起と細胞体の連結を切る、というシナリオになる。

この研究は表面上は全身麻酔の効果に関する研究になっているが、実際には意識の研究としても重要だと思う。実際、意識がどのように皮質を活動的に保つのかについて自分の頭の整理に役立った。

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3月1日 地道に進む膵島細胞生産法開発(2月24日 Nature Biotechnology オンライン出版)

2020年3月1日
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I型糖尿病の治療として脳死や心臓死の方から頂いた膵臓から調整した膵島を患者さんに移植する方法が行われ、根治とはいかないものの効果があることは明らかになっている。ただ、調整できる膵島の量が限られるため、本当の効果が出るには、多能性幹細胞から大量に膵島を生産できる技術を開発する必要がある。

この分野は米国が進んでおり、私が現役の頃から培養タンクで生産することを想定した開発研究が行われ、ESやiPS細胞から6段階培養条件を変えてβ細胞を生産する方法が開発されている。ただ、それぞれの段階で次の分化を誘導する効率が100%には到底達しないため、ステップは明らかになっても、まだまだ改良が必要になっている。

今日紹介するワシントン大学からの論文は後期のステップに注目し、Neurog3と呼ばれる転写因子が発現して最終分化が進む過程の効率が細胞骨格を変化させることで大きく高められることを示した論文で2月24日号のNature Biotechnologyに掲載された。タイトルは「Targeting the cytoskeleton to direct pancreatic differentiation of human pluripotent stem cells (ヒト多能性幹細胞から膵臓細胞への分化を細胞骨格を標的にして誘導する)」だ。

研究は単純で、特異的分子マーカーで最終の6段階まで分類された分化過程の膵臓への分化が決まった前駆細胞を誘導し、この細胞を起点にNeurog3を誘導して最後の段階まで分化が進む過程でのマトリックスの影響を、細胞をシャーレに撒き直して調べている。

結果は明白で、シャーレに撒かずに細胞塊の浮遊液で培養を続けると進みにくい分化が、単一細胞にした後シャーレに1次元培養すると効率が上がる。この原因が細胞同士の接着が切られて細胞骨格が再構成されるからだと考え、アクチンの重合阻害剤など様々な薬剤を加えてNeurog3誘導を調べると、シャーレに撒いてLatruculinAを加えた時に最も強い分化誘導がかかることを発見する。

サイトカラシンなど他のアクチン重合阻害剤はあまり効果がないので、実際のメカニズムはの不明のまま残されたが、この発見がこの研究のハイライトで、ここの方法を至適化して最も効率のいいβ細胞生産条件を探している。

詳細は全て省くが、その結果、一度シャーレに撒き直すという煩わしさは伴うものの高い効率で機能的β細胞が誘導され、β細胞を障害したマウスの糖尿病を正常化できることを示している。

他にも、なぜLatruculinAがこれほどの効果があるのか調べた結果も示しているが、説明は省く。実際、細胞塊の培養だけでは、実際に起こっている細胞接着構造の変化は再現できないはずだ。したがって、このような試みは今後も極めて有効ではないかと思う。ただこのような研究ができるためには、基盤となるしっかりとした分化プロトコルが必要だ。この論文を読んで最も関心したのは、結果ではなく、膵島細胞生産が詳細な改良を行える段階に入ったことで、ES/iPS由来膵島移植が実現するときも近づいてきているという実感を持った。

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2月29日 音楽と言葉は左右脳別々に処理される(2月28日号 Science 掲載論文)

2020年2月29日
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プロの音楽家は少し複雑なようだが、私のような一般人では言葉と音楽はそれぞれ左脳と右脳の聴覚野で処理されると言われている。根拠の多くは、脳の局所損傷による失語や、失音楽症状の研究と、音楽や言葉を聞いた時の脳活動の記録だが、例えば歌を聴くときに実際に右左への振り分けが起こっているのかどうか明確な実験はなかった。

今日紹介するカナダ・マクギル大学からの論文は言語認識に用いられる実際の声を電気的に時間と音のスペクトラムをボカせて聴かせる手法を用いて、歌を聞いたときに振り分けが行われていることを示した面白い研究で2月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Distinct sensitivity to spectrotemporal modulation supports brain asymmetry for speech and melody (歌の声をスペクトラムと時間的変化に対する異なる感受性から脳の言葉とメロディーの認識の非対称性を示している)」だ。

もちろん歌を聴くとき、私たちは言葉とメロディーの両方を認識しているのだが、同時に聞こえる各要素に対する反応を正確に測定するのは難しい。この課題を解決するため、この研究では英語、フランス語で10シラブルからなる文章を作り、プロの作曲家に言葉に合わせたメロディーを作曲してもらい、全ての文章に同じメロディーを当てはめ、最終的に10文章X10メロディーの100種類のパターンを創出している。この中から2曲聴かせると、メロデーだけが一致する、言葉だけが一致する、両方一致する、両方とも違うという4通りに判断される。実際、こうしてで作詞作曲された音楽を伴奏なしにアカペラでプロの歌手に歌ってもらい、英語圏、フランス語圏の被験者に聞いてもらうと、4種類の判断を正確に下すことができる。すなわち、言葉とメロディーを正確に認識できている。

さてここからが肝心なポイントになるが、こうして歌われたアカペラの録音の時間分解度と音のスペクトラム分解能をわざと別々に劣化させた音源を作り(ハイレゾ音源からレゾリューションを劣化させると考えればいい)、劣化した音源を聴かせたときに言葉かメロディーかどちらの聞き取りができなくなるかを調べている。結果は明瞭で、時間分解度を劣化させたときは言葉の認識が低下し、逆に音のスペクトラムを劣化させるとメロディーの区別ができなくなる。実際の音を聞いてみたいが、言語の聞き取り能力を調べるために開発された分解能をぼかすという方法と、アカペラで歌を聴かせるという方法を組み合わせたことが、この研究のハイライトで、うまい課題の設計だと唸ってしまった。

こうして、メロディーと言葉の認識を別々に測定することができるようになると、あとは脳の反応を調べればいいわけで、この研究では機能MRIを用いて特に聴覚領域に焦点を当てて調べると、分解度が劣化して言葉の聞き取りが悪くなるときは左の聴覚野の反応が変化し、逆にメロディーの聞き取りが悪くなるときは右脳の聴覚野の反応が変化することを明らかにしている。

脳全体の反応も測定して、この分解度の違いに反応するのは聴覚野だけであることも示して、この振り分けは音を聞いたときに自動的に振り分けられていることも示している。

以上の結果は、私たちが言葉とメロディーを違う次元(時間と音のスペクトラム)にわけて認識していること、それを自発的に左右の聴覚野に振り分けて一つの歌として認識していることを示したものだ。もちろん、本当に前頭葉のネットワークの関与がないのか、あるいはどんな言語でも同じなのかさらに知りたいところだ。

日本語で考えると、普通の文章とは違って、和歌を頭の中に浮かべると自然にメロデーが付いてくる。 「天の原―――、」と安倍仲麻呂の和歌を聞いたとき本当に同じことが言えるのか興味は尽きない。いずれにせよ、専門外の私でも新しい問題が浮かんでくるような面白い課題を設計した著者に脱帽だ。

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2月28日 ビタミンC大量療法はガンに対する免疫も高める(2月26日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年2月28日
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ビタミンC(VitC)がガンに効果があることはかなり昔から提唱されているが、一部の人以外にはほとんどおまじないのレベル以上にはならなかった。ところが、静脈注射で1g/Kgという大量療法が提唱されるようになってから、TETを介してメチル化を低下させる、あるいはガン特異的に鉄代謝を崩壊させガンを殺すなど科学的結果がトップジャーナルにも報告されるようになり、私もしっかりと臨床治験を進めるべきだと考えるようになった。実際米国ではClinical Trial Govに登録された治験が膵臓ガンなどで行われており、効果が明らかになれば使わない理由なないだろう。

時間のかかる臨床研究とは別に基礎研究はさらに進むようで、今日紹介するイタリア・トリノ大学からの論文は免疫系に働いてチェックポイント治療の効果を後押しするという研究で、2月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「High-dose vitamin C enhances cancer immunotherapy(高濃度ビタミンC治療はガンの免疫治療を高める)」だ。

研究は単純で、VitC 2g/kgを週5日投与する大量療法が一定の効果があるいくつかの移植腫瘍モデルを用いて、T細胞に対する抗血清を用いて免疫細胞の機能を抑えると、VitCの効果がなくなるという発見から始まっている。そして、CD4T、CD8Tの両方がVitCの効果に必要であることを示し、メカニズムはわからないがVitCが免疫機能を高めることを示している。

免疫を高めることがわかれば、当然チェックポイント治療との相性を確かめることになるが、すい臓ガン、乳ガンなどを用いた実験で、anti-PD1およびanti-CTLA4の両方にVitCを組み合わせると、ガンをほぼ抑え込むことができることを示している。

他にも、修復機構が壊れた大腸ガン細胞を用いた、変異の生成と、チェックポイント+VitCの影響や、ガン組織へのリンパ球の浸潤に対する影響なども実験しているが、割愛していいだろう。要するに、VitCはガン免疫を高め、その結果チェックポイント治療との相性もいいという結果だ。

ガンの増殖以外ほとんど何も調べていないシンプルな論文で、よく掲載されたなと思うが、結局しっかりとした臨床治験を待つ以外にないが、Clinical Trial Govを見ると世界各国、信頼の置ける大学や病院で45の治験が走っているようなので、特効薬になるかどうか結果がわかるまでには時間はかからないと思う。

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2月27日 ミトコンドリアゲノムがなくても構造は維持される(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2020年2月27日
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この論文を読むまで考えたこともなかったが、酸素呼吸を必要としなくなった真核生物の中にはミトコンドリアを他の代謝経路の場所として利用するものが存在し、この場合ミトコンドリアは内部に飛び出す突起がない、丸い構造に変化したMROと呼ばれる構造になる。

もちろん有酸素呼吸は動物の特徴だが、今日紹介するテルアビブ大学からの論文は魚に寄生するれっきとした動物ミクソゾアの中に有酸素呼吸を全くしなくなった種類が存在するのではないかと探索し、Myxobolus salminicolaでは有酸素呼吸システムどころかミトコンドリアのゲノムが全くなくなっていることを明らかにした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「A cnidarian parasite of salmon (Myxozoa: Henneguya) lacks a mitochondrial genome (サケに寄生する刺胞生物の一種にはミトコンドリアゲノムがない)」だ。

おそらく形態などの観察から呼吸がないと考えられたsalminicolaとsquamalisのゲノムを解析し、squamalisにははっきりミトコンドリアゲノムが認められるのに、salminicolaでは独立したミトコンドリアゲノムが全く認められないこと、また核酸染色でも核以外にDNAが存在していないことを発見する。

もちろんミトコンドリアゲノムが存在しなくても、必要な遺伝子はホストの核遺伝子に移行していると考えられる。またミトコンドリア自体、呼吸だけでなく、アミノ酸、核酸、脂質の代謝に関わる。実際salminicolaにはミトコンドリア様の小器官MROが存在している。さらに驚くのは、このMROにはミトコンドリアと同じような内部の突起まで存在する。すなわち、ミトコンドリアは独立した小器官と考えるが、通常の細胞小器官として存在できることを示しており、細胞小器官の進化を考える意味で興味ふかい。

次にミトコンドリア増殖に関わる核遺伝子だが、salminicolaでは完全に消失しており、ミトコンドリアゲノムの独立した増殖ができなくなって消失したことがわかる。

一方代謝だが、呼吸に必須の呼吸複合体のうち3つの分子が欠損し、電子伝達が全く存在しないこと、またピルビン酸からアセチルCoAを合成する経路が欠損しており、この動物が呼吸を必要としないことを明らかにしている。

話はこれだけで、生物のフレキシビリティーに感銘を受けるとともに、よくこんな動物を探し当てたと感心した。

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2月26日 運動、代謝、免疫は三位一体 (2月12日 Nature オンライン版掲載論文)

2020年2月26日
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運動と代謝が密接に関わることは、疑いのない事実だが、そこに免疫が入ってくると、ちょっと謎解きになる。今日紹介するテキサス・サウスウェスタン大学からの論文は運動による代謝変化と自然免疫の受容体TLR9との関係を明らかにし、ストレスとは何かを考えさせる面白い論文で2月12日号のNatureに掲載された。タイトルは「TLR9 and beclin 1 crosstalk regulates muscle AMPK activation in exercise (TLR9とbeclin1の相互作用が運動時のAMPKを活性化する)」だ。

もともと筋肉への運動負荷がオートファジーを誘導して代謝を変化させることは、オートファジー誘導因子であるbeclin1をノックアウトすると、筋肉での代謝調節の核であるAMPKが活性化できないことが知られていた。おそらくこの研究は、beclin1と筋肉代謝についての研究として始まったと想像するが、この過程で筋肉細胞中のbeclin1に細胞内でDNA断片を感知して自然免疫の引き金を引くTLR9が結合していることを発見し、この不思議な組み合わせの機能を探ったのがこの研究だ。

両者の結合を誘導する条件を調べると、一つはブドウ糖の低下によるストレスと、運動によるストレスで、結合が上がることを発見する。TLR9はミトコンドリアDNAも検知するので、おそらく運動やブドウ糖の低下でミトコンドリアDNA断片が放出されることで、結合が高まるのだろうと推測している。

次に、TLR9欠損マウスを用いて、糖や脂肪代謝の核になるAMPKの活性化を調べると、正常なら運動により筋肉ないのAMPKが活性化されるのに、TLR9ノックアウトマウスではこれが起こらない。

その結果、運動時筋肉へのグルコースの取り込みは変化しないのに、運動を続ける能力が低下し、またAMPKが活性化されないため血中グルコースが低下しない。以上の結果は、運動やブドウ糖の低下によるストレスで、ミトコンドリア断片のDNAがTLR9を刺激し、beclin1への結合が誘導されることで、AMPKが活性化され、筋肉内のリソースがエネルギー産生へと向けられることを示している。

最後にAMPK活性化までのシグナル経路について検討し、TLR9の活性化によりPI3KC3―C2複合体のUVRAG分子と結合していたbeclin1がTLR9と結合することで、AMPKを活性化することを示している。

自然免疫のTLR9が運動による代謝経路のプログラミングに関わるという結果は、生物が使用可能なあらゆる分子をうまく使って環境に対応していることがよくわかった。Beclin1もTLR9も元々ストレスに対して用意されていると考えると、これらが協調して対応できるストレスを増やすという進化の妙を実感した。

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2月25日 ヒトT細胞の発生(2月21日号 Science 掲載論文)

2020年2月25日
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私がまだ免疫学会に属していた時期は、ちょうど胸腺内のT細胞の分化増殖と選択について明らかになっていく時期と重なっていた。T細胞の表面抗原標識に、HerzenbergらのFACSを用いた細胞分化の解析が始まり、その後MHCやT細胞受容体遺伝子が解明され、最後に遺伝子操作を用いて細胞の増殖や選択過程が明らかになった。こんなことを書いていると、これらを築き上げた様々な研究者の顔が浮かんでくる。

今日紹介する英国ウェルカムサンガーセンターからの研究は、このすべての過程を発生中の胸腺細胞のsingle cell transcriptomicsを調べることでわかることを示した論文で2月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「A cell atlas of human thymic development defines T cell repertoire formation (ヒト胸腺発生の細胞図譜はT細胞レパートリー形成を明らかにする)」だ。

研究では受精後7週から17週のヒト胎児胸腺を採取し、そこに存在するすべての細胞のsingle cell transcriptomicsを調べている。最初に述べたように、マウスではこの過程は長い時間をかけてほぼ解明されているといって良い。その意味で、ヒトで調べたから全く新しいことがわかるというわけではない。というより、ヒトでもほとんどマウスと同じことが起こっていることがわかったことがこの研究の最も重要な結論だろう。

とはいえ、胸腺細胞を少なくとも42種類の細胞に分けることができるという結果は、胸腺がいかに複雑な組織であるかを再認識させる。膨大なデータなので、個人的に気になった点だけ紹介することにした。

  • 胸腺上皮とともにストローマを形成する線維芽細胞を増殖中のものも含めると3種類に分けられ、発現分子からみて支持する細胞が異なること。また、in situ hybridizationで見ると、存在場所も違うこと(ストローマ細胞の多様性を知る意味では重要)
  • さらに胸腺上皮になると実に8種類に分けることができ、またこれまで知られているTEC分類と対応させることができる。
  • これまで知られているT細胞サブセットの全てが胸腺内で分化することが確認され、またそれぞれのストローマ構成細胞は固有の支持細胞と相互作用することが、相補的遺伝子発現からわかる。特に、ケモカインとその受容体の関係により、それぞれの相互作用特異性が決められているのがわかる。
  • 同じように、T細胞選択に関わる樹状細胞も3種類にわけられ、またそれぞれは活性型へ変化する。特に樹状細胞はCD4陽性のヘルパーとTregの分化に関わっており、それぞれが異なるケモカインを介して相互作用している。面白いのは、リンパ球の方から様々なケモカインを発現して樹状細胞を引き寄せることがみられることで、相互にケモカインを分泌することで特異的相互作用が可能になっている。
  • T細胞受容体遺伝子の再構成では、発生時期のクロマチン構造から、再構成で選ばれVβ遺伝子に強い選択制が見られる。一方、Vαの方は、C領域に近いV遺伝子ほど選ばれやすいというこれまでの結果が確認された。同時に、一旦選択されたあと即座に選択を受けるV遺伝子も特定できる。
  • これも驚いたが、CD8T細胞ではC 領域から遠いV領域が選択される確率が高く、CD4T細胞とは再構成の様式がかなり異なっている。

以上が結果で、もちろん私が知らなかったことも多く示されており、T細胞分化の教科書として使えるアトラスだと思う。もちろん、ヒトで行われている点も重要で、私にとっても感慨以上の面白い論文だった。

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2月24日 自己抗体(リュウマチ因子)ができるまでの細胞過程(3月5日号 Cell 掲載予定論文)

2020年2月24日
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昔からリュウマチ、シェーグレン病、SLEなどの自己免疫疾患の患者さんで、悪性リンパ腫のリスクが高いことは疫学的に確かめられていた。長期間リンパ球への刺激が続くだけでなく、炎症が慢性化することで炎症性サイトカインが悪さをすると説明されてきたが、実験的に確かめられたわけではない。

今日紹介するオーストラリアGarvan医学研究所からの論文は、逆にリンパ腫につながる突然変異が抗体の変異を誘導し自己免疫症状を発生させることを示した面白い研究で3月5日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Lymphoma Driver Mutations in the Pathogenic Evolution of an Iconic Human Autoantibody (象徴的自己抗体への病的進化にリンパ腫を誘導するドライバー変異が関わっている)」だ。

この研究が焦点を当てているのは一部のリュウマチ患者さんで見られるリュウマチ因子と呼ばれる自己のIgGに結合するIgM自己抗体のなかで、温度が下がると相転換がおこって巨大分子に変身して腎臓などの組織を障害する悪漢自己抗体だ。この抗体については研究が進んでいるので、まず質量分析で自己抗体の配列を決め、これを産生する悪漢B細胞が患者さんの末梢血にも存在することを確認した後、抗体の遺伝子を特定している。

悪漢B細胞が特定できたので、次はこの抗体を産生しているB細胞を分離(イディオタイプに対する抗体を用いている)、こうして得られたB細胞をsingle cell levelで解析し、自己抗体の多様性、進化、そしてこの背景にリンパ腫発生に関わるドライバー変異がないかを調べ、以下の結論を得ている。

  • 一人の患者さんの中で、悪漢自己抗体B細胞として特定できるB細胞は同じ突然変異前の祖先B細胞に由来している。
  • しかし、祖先B細胞の抗体遺伝子に新しい変異が起こり始めると、多様な部位で変異が蓄積し、悪漢自己抗体産生B細胞が多様化する。
  • 4人の患者さんでこの悪漢B細胞の多様性が発生する前に、リンパ腫に関わることが知られているドライバー遺伝子変異が起こっている。
  • 動物実験で同じドライバー突然変異をマウスリンパ球に導入すると、細胞の増殖自体は正常と変化ないが、抗体遺伝子の多様性が上昇する。
  • 抗体遺伝子の多様化は、抗原に対する親和性の上昇を伴う。

以上が結果で、自己抗体の発生過程で、まずリンパ腫ドライバー遺伝子の変異が先に起こり、この結果まだはっきりしないメカニズムで免疫グロブリン遺伝子の多様性を発生させる突然変異が上昇し、それが選択されて自己免疫病に至ることを示している。

技術自体はどこでも可能な技術だが、人間で自己抗体の進化過程をsingle cell analysisで見てみようと思った発想自体がこの研究のハイライトだと思う。自己免疫の発生と患者さんのリンパ腫リスクについてうまく説明した面白い論文だと思う。

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2月23日 完璧な抗インフルエンザウイルスワクチン (2月21日号 Science 掲載論文)

2020年2月23日
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ワクチンなど有害なだけだと叫んでいるアンチワクチンキャンペーンの人たちも、流石にコロナウイルスやサーズになってくると、ワクチンはまだかと心待ちにしているのではないだろうか。実際、あれほど激烈な肺症状をおこすウイルスに感染してもほとんどの人が軽症で終わるのは、免疫系があるからだし、エボラウイルスのケースでも、結局有効性が確認されたのはウイルスに対する抗体療法だけだった。要するにワクチンによる予防は感染症に対する宝刀なのだが、まだまだ切れ味が鈍いという点に問題がある。

今日紹介するハーバード大学と上海の復旦大学からの論文はワクチンの切れ味を高める新しい方法の開発で2月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「Pulmonary surfactant–biomimetic nanoparticles potentiate heterosubtypic influenza immunity (肺サーファクタントを真似たナノ粒子は系統を問わないインフルエンザ免疫を高める)」だ。

インフルエンザワクチンに対して疑問がでるのはその効果が決定的でないことと個人差が多いことだ。しかしこれは免疫反応の常で、ガンに対するチェックポイント治療の大きな個人差を見ればわかる。したがって反応する人の割合を上げるため、様々な免疫賦活材。アジュバントが使われるが、まだ切り札はない。また、これまでの皮下注射によるワクチン接種では、肝心の肺で働く初期の免疫反応が上手く誘導できないこともわかっている。

この研究では、この二つの課題を、肺の上皮に広がって肺の機械的運動を助け、また細胞を外界から守るサーファクタントを含む脂肪膜でできたカプセルに、自然免疫を直接刺激する最近注目のcGAMPと呼ばれるアジュバントを封入したあと不活化インフルエンザウイルスと混ぜて、吸引させるワクチンを開発している。様々なタイプを開発した結果、サーファクタントに一番近いnano4と呼ばれる吸入ワクチンが、肺のマクロファージに選択的に取り込まれることを確認している。

面白いのは、鼻粘膜などには一切取り込まれないことで、サーファクタントのある場所だけでマクロファージに取り込まれる。したがって、肺へ吸入させるためのワクチンとしては最高の性質を持つことになる。

さらにワクチンとして理想的な性質を備えている。まず、抗原とは無関係に強い自然免疫を誘導することで、初期防御だけでなく、免疫反応誘導も高まるが、リポソームに詰めたGAMPは現在使われているアジュバントと比べて高い。

また、免疫誘導能についても、従来のワクチンと比べて高い抗体反応を誘導でき、ワクチン投与マウスでは病気が発症しない。しかも、吸入してなんと2日目から強い免疫が起こり、インフルエンザの発症をほぼ完全にストップする。

なぜこれほど効果が高いのかを調べると、自然免疫が高いだけではなく、抗原反応性のキラータイプのCD8T細胞が速やかに出現する。この原因を探ってみると、リポソームを取り込んだマクロファージから、リポソーム内のGAMPが上皮へと受け渡され、上皮の自然免疫反応、さらに抗原提示能を上昇させて、速やかにCD8Tキラー細胞を誘導するからで、CD8T細胞を除去する、あるいはマクロファージから上皮への物質受け渡しを止めると初期の防御効果はなくなる。

最後に、人間に近いモデルとして使われるフェレットを用いた防御研究で、初期反応がしっかり起こり、高いレベルの抗体が誘導できると、一つの系統のインフルエンザ免疫で、他の系統に対する対応が可能になることも示している。

全て納得の極めて説得力の高い結果で、ぜひコロナも含めてワクチンのスタンダードにしてほしいと思う。ただ、人間でも同じように高い効果を示すかどうかは、やってみるしかない。ぜひ期待通りの結果が出て、一回吸入すればどんな系統が来ても心配ないというワクチンが開発されることを願う。独占してもらっていいので、ぜひコストだけは現在のレベルを逸脱しないようにお願いしたい。

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2月22日 意識の脳回路(4月8日 Neuron 掲載予定論文)

2020年2月22日
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感覚、記憶、行動など脳の研究の発展は著しいが、高等動物の場合あらゆる脳活動は意識に依存している。この意識が何かについては、DennetやKochなど多くの本が発表されているが、意外なことに意識を直接扱った論文は、トップジャーナルではなかなか目にしない。

科学から離れて自分の感覚だけでいうと、意識とは可変スウィッチみたいなもので、オフだと自分自身がその時間存在したかどうか全くわからない。すなわち、自分があるという感覚の源だ。完全に寝た時、麻酔時にこのオフの経験をしているはずだが、要するにその間自分が存在したのかどうかわからないのだ。幸い今の所覚醒することができ、その時も存在したことを推察している。オンの時は可変で様々なレベルがある。

今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は割と自分の体験からくる意識のイメージに合致したわかりやすい研究で、4月8日Neuronに掲載予定だ。タイトルは「Thalamus Modulates Consciousness via Layer-Specific Control of Cortex(視床は層特異的皮質支配により意識を変化させる)」だ。

研究はサルを使って、マルチ電極と記録を行う比較的古典的な実験が中心で、サルを用いているということもあり光遺伝学などのハイテクは全く使われていない。そして、この研究での意識の基本定義は麻酔によって消失する活動の全てということになる。

この麻酔状態を維持しているサルのどこをどう刺激すれば、麻酔にも関わらずサルが覚醒するかがquestionで、260 箇所の刺激を繰り返した結果、視床の中央部を50Hzの高い周期の電流で刺激したときだけ、脳各部の高い周波数の活動が上がり、また行動記録からも覚醒していることがわかる。

また、様々な脳領域の記録から、視床と皮質深層の活動が睡眠も含む意識の状態と最も相関していることを明らかにしている。さらに、様々な領域間の連結性と意識状態との相関を調べ、皮質表層部と深部の活動の連結性が意識とともに上昇するが、この時の連結性は50Hzではなく8Hz前後のθ波およびα波として捉えられることを示している。

結果はこれだけで、視床の中心部に意識のスイッチの一つ(?)が存在し、50H zという早い振動で興奮すると、そこから皮質表層、皮質深層へ投射する神経を介して興奮が伝わり、これが次の引き金になって皮質深部と表層、そして逆に視床間のθ、α波を介した相互作用が起こり、意識が維持されるというスキームだ。そして、このコアの活動を基盤に、他の領域の様々な意識依存性活動が起こるという結論だ。

シンプルな実験だが、視床中央部を50Hzで刺激すると、麻酔下でも意識が回復するという結果がハイライトで、スイッチがこの辺にありそうだということはよくわかった。今後、麻酔以外の条件でこのコア領域の興奮がどう調節されているのか、研究が進む気がする。また、臨床的に意識がないまま長期間生命維持されている人の中で、この部位を刺激することで意識の回復チャンスを高められるかどうかなども面白い課題だろう。

意識について多くのことが語られているが、結局大事なのは創意工夫に基づく研究の積み重ねであることがよくわかる。

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