6月24日:難治性ネフローゼ児に対するリツキシマブ治験(6月23日号The Lancet掲載論文)
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6月24日:難治性ネフローゼ児に対するリツキシマブ治験(6月23日号The Lancet掲載論文)

2014年6月24日
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まだ現役の頃、神戸先端医療財団の井村先生から、The LancetやThe New England Journal of Medicineなどの臨床のトップジャーナルでの日本からの論文のシェアがかなり低いことを聞いていたが、現役を退いてから欠かさず臨床の雑誌にも目を通すようになるとそのとおりだと実感する。しかし治療を求めている患者さんがいる限り、様々な治療法の科学的検証は必須で、雑誌もいい論文が投稿されるのを待っているはずだ。一つの施設が大きくない我が国では、優れた臨床研究を行うためには多くの施設の協力が重要だ。今日紹介する論文は、神戸大学小児科を中心にした共同治験グループが6月23日号のThe Lancetに発表した論文で、難治性のネフローゼ症候群にリツキシマブ(抗CD20抗体)が効果があるかどうかを検討している。タイトルは「Ritsuximab for childhood-onset, complicated, frequently relapsing nephritic syndrome or steroid dependent nephorotic syndrome: a multicentere, double-blind, randomized, placebo-controlled trial(小児期に発病した難治性の再発を繰り返す、あるいはステロイドに依存性のネフローゼ症候群に対するリツキシマブの治験:多施設、二重盲検、無作為化、偽薬対照群を設定した治験)」だ。ネフローゼは小児期に多い腎臓疾患で、病理的にハッキリとした異常がないのにも関わらず高度の蛋白尿により、低タンパク血症や浮腫が起こる病気だ。半分以上の症例でステロイドホルモンがよく効き治癒するが、一部はステロイドホルモンから離脱が難しかったり、離脱しても再発するため、治療法の開発が求められていた。この研究では、この様な難治性の患者さんを厳格に選び、半分にリツキシマブを週1回、4回投与、もう一方には偽薬を点滴している。評価は再発が起こるかどうかで、再発した時点で患者さんは通常の治療に戻るように計画されている。多施設治験にしては最終参加者が全体で48人と少ないとは思うが、結果は明確だ。1年の経過観察で再発しなかったケースがリツキシマブ投与群では6/24, 偽薬投与群では1/24で、再発までの平均日数も267日に対して101日と大幅に改善し、また服用するステロイドホルモンも減らすことが出来る。ここからわかるのは、この治療では完治は困難かもしれないが、再発までの期間は大幅に延ばせることだ。リツキシマブ投与群で白血球減少などの副作用が強く見られているが治療に難儀すると言うほどではなさそうだ。ただ予想通り、この抗体を投与するとB細胞数がほとんど0になり、投与期間中そのまま続く。もちろんこの効果を期待しての治療なので当然なのだが、やはり感染には注意が必要だろう。残念ながら、投与を止めるとB細胞が増加を始め、それに合わせて再発例が出始める。事実19ヶ月までにはリツキシマブ投与例でも全員再発したと記載されている。現在リツキシマブは500mgが20万円と言う高価な薬剤だ。今後更に長期観察を行い、腎不全などを防ぐ効果があったのかなど調べられるだろう。しかしB細胞を消し去る力は絶大なので、今後投与の仕方の工夫など様々な可能性があると思う。残念ながらリツキシマブは米国で開発された抗体薬だ。次は是非我が国発の薬剤の治験についての我が国発の論文を読みたいものだ。
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6月23日:神経活動を光に変える(6月19日号Cell誌掲載論文)

2014年6月23日
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これまでこのホームページでも幾度か紹介したが、光を当てて神経を興奮させるOptogeneticsが脳研究で大流行りだ。今日紹介する論文を発表したスタンフォード大学のKarl Deisserothはこのテクノロジーを現在使われる様な形に完成させた生みの親だ。ほかにも3次元脳構造をそのまま組織観察できるようにしたCLARITYと呼ばれるテクノロジーを開発するなど、溢れるアイデアでこれまで出来なかったことを可能し、今やこの分野のスターと言っていい。6月19日号のCell誌に掲載された「Natural neural projection dynamics underlying social behavior(社会行動の背景にある神経投射の自然動態)」とタイトルのついたこの論文では、これまで不可能だった神経投射の活動を記録するための新しいテクノロジーを新たに開発し、社会行動を支配する脳の活動について調べている。この論文のハイライトはもちろん、fiber photometryと名付けられたこの研究室から生まれた3番目のテクノロジーだ。遺伝子工学的に特定の細胞にだけ発現する極めて鋭敏なカルシウムセンサーを、脳内に埋め込んだ400ミクロンの光ファイバーを通して励起し、それによって生まれる光を同じファイバーを通して検出することで、標的とする神経細胞の全活動を高感度に持続的に検出できるようにする技術だ。光ファイバーを含む全ての検出装置はマウスの自由な動きを阻害しないように設計されており、行動に関わる神経活動を研究するには理想的なシステムだ。この研究では、同じケージで育ったマウスに示す社会的行動がどの部位の神経興奮を起こすかこのテクノロジーを用いて調べ、腹側被蓋から側座核と呼ばれる領域に投射する神経が興奮することを確認している。次に、この興奮パターンを見ることで社会行動を予見できるか調べた上で、お得意のOptogeneticsを使ってこの部位に刺激を与え、社会行動を誘導するかどうか確かめている。結果は、この領域を刺激することでマウスの行動を操作することが可能で、この過程に1型ドーパミン受容体が関わることが明らかになった。神経活動の記録や操作は従来電気的に行われて来た。この研究は、これまでの方法が全て光に置き換わった新しい時代の到来を告げるものと言える。それだけではない。研究自体としても、生命活動の記録、記録に基づく予測、そして活動の人為的操作による仮説の確認という3種の神器が全て揃っており素晴らしい。テクノロジーは一見ハイテクに見えるが、実現したい目的があって、それを達成するために必要な最高のテクノロジーを妥協することなく開発する開拓者魂を感じる。CRISPRもそうだが、科学領域での技術開発は止まること無く加速していることを実感する。
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6月22日:種の分化:好みか環境か?(6月20日号Science誌掲載論文)

2014年6月22日
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ダーウィンの進化論では、種間に生じた多様性の中で、生殖能力(即ち子孫を残す能力が高い形質)を持つ個体が選ばれて新しい種を創るとされている。この際の選択の基準は専ら環境への適応の観点で決まるとされて来た。しかし脳が関わりだすと話は簡単ではない。例えば、世界各地に中国人街や時によっては日本人街がある。このことは人間自体が作り出した言葉や習慣が、人間自身の生殖行動を規制することを表している。皮膚の色による人種差別もそうだ。深読みすればこれに似た問題を研究しているのが今日紹介するスウェーデンウプサラ大学からの論文で10月20日号のScience誌に掲載された。タイトルは「The genomic landscape underlying phenotypic integrity in the face of gene flow in crows(遺伝子の流入があっても形質の安定性が維持される過程に関わるゲノム背景)」だ。わりと世界中を旅しているので、私も黒くないカラスが世界中にいることは知っている。しかしヨーロッパに2年以上滞在し、その後幾度となく長短の訪問を繰り返したにもかかわらず、ヨーロッパのからすは2種類に分かれていて、例えばドイツには黒いからすしかいないが、ポーランド国境近くからポーランド、スウェーデンには頭と羽が黒く、残りは灰色のカラスが中心になるとは知らなかった。この2種類は、種が分かれているかどうかの境目で、両方の重なる生息域では交雑があることがゲノムからわかっている。これまでのゲノム研究からも、両者のゲノム上のちがいはほとんどないことが明らかになっていた。ではなぜ見た目にはっきりと区別がつく2種類の性質が維持されるのか?これを研究するために、両者が重なる生息域及び分離が進んだ生息域からカラスを60羽集めそのゲノムを読んで比べている。専門的な話は全て飛ばして結論をまとめると次のようになる。予想通り、両方のカラスのゲノムは極めて類似しており、一塩基レベルの変異SNPも900万種類弱見つかるが、そのほとんどはどちらかのカラスに特異的と言うわけではない。しかし全ゲノムを見て行くと、この900万弱のSNPの中に、分布がどちらかに大きく偏るものが80個前後見つかる。これを詳しく調べると、そのほとんどが羽のパターンを決める色素細胞の活性や分布に関わる遺伝子と、視覚に関わる遺伝子の近傍に集中している。この分離がはっきりした遺伝子部分を指標にカラスの系統関係を調べると、両方のカラスの性質を系統的に完全に分離できると言う結果だ。パターンを認識する視覚機能と、見られるパターンを造る色素形成能力に関わる遺伝子が変化することで、戻すことが出来ない認識パターンの分化が始まっているようだ。ウソみたいなよく出来たシナリオだが、環境より自分の身体自体が種分化の選択圧として働き始めている一つの例かもしれない。とは言え両方が重なる生息域では交雑が起こっているようで、この様な分離が進んだ部位にも一定の遺伝子流入を見ることも出来る。まだまだ身体的交雑可能性が残っている点でも私たちの皮膚の色に対する傾向と同じだ。カラスは賢くてヒトに近いと言うが、この先に私たちの克服すべき性(さが)の進化が理解できるかもしれない。
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6月21日脂肪組織と炎症(7月1日号Cell Metabolism掲載論文)

2014年6月21日
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ずいぶん昔のことになるが、Peter Libbyさんのセミナーを聴いて、動脈硬化が慢性炎症として理解されているのを知った。その後あれよあれよと言ううちに、糖尿病からメタボまで、全て背景に炎症があるとされている。事実2型糖尿病のマーカーとして炎症生のサイトカインが使われているのを聞くと、私の様な素人には説得力のある話だ。しかし皆が納得したことについては必ず警告が発せられる。これが科学だ。今日紹介するテキサス大学からの論文は、「炎症は悪だ」とするこれまでのドグマに一石を投じた研究で、7月1日号Cell Metablismsに掲載された。タイトルは「Adipocyte inflammation is essential for healthy adipose tissue expansion and remodeling(脂肪細胞の炎症は健全な脂肪組織の拡大とそのリモデリングに必要とされる)」だ。全てマウスでの話であることを先ず断っておく。研究では様々な遺伝子改変マウスが用いられている。新しく脂肪細胞が増殖すると従来の細胞から区別できるマウス、そして脂肪細胞特異的に炎症が抑制されている3種類のマウスを使って、脂肪細胞の炎症が抑えられることでどのような変化が起こるか調べている。全ての動物モデルで脂肪細胞の炎症が抑えられると、確かに脂肪組織の発達、特に脂肪細胞の増殖が抑制され、体重の増加も抑えられる。脂肪が減って体重も下がるとは一見素晴らしいように思えるが、大阪大学の松澤先生達によりその機能が明らかにされて来たアディポネクチンは低下し、血中グルコースが上昇し、インシュリン抵抗性の糖尿病と同じ状態に陥る。さらにこの状態で高脂肪食を取ると、脂肪組織に脂肪が蓄積されない代わりに、肝臓に貯まり始めると言う結果だ。結論的には、炎症は脂肪細胞の増殖と脂肪組織のリモデリングに必要で、この正常な脂肪組織の発達が無いと、脂肪を脂肪細胞に蓄積し代謝することが出来なくなり、行き場を失った脂肪が肝臓に蓄積されるとともに、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンが低下し、インシュリン抵抗性の糖尿病状態が引き起こされるようだ。昔、松澤先生から良い太り方は健康だと言う話を聞いたが、この仕事はそれを裏付けるように思う。ただ、ヒトでもそうなのか、慢性的炎症の長期的効果はどうかなど調べることは多いはずだ。いずれにせよ、「脂肪細胞は悪だ」と言う話は疑った方が良さそうだ。
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6月20日エビデンスを巡る科学者の戦い(6月19日号Nature誌レポート)

2014年6月20日
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失われた細胞を移植で取り戻すと言う再生医療の考えは大変わかり易い。私自身、日本で最初の京大再生研の設立に関わった時、目的がわかり易すぎることを心配した。当時クローンヒツジ・ドリーの研究により、ほ乳類体細胞がリプログラムすることが明らかになった。とすると、一つの体細胞から他の体細胞が発生しても問題ない。この風潮を受けて、当時血液が神経になったり、神経が血液になったり、果ては血液が卵子になると言った論文がNature, Cellなどのトップジャーナルに掲載された。全て論文は取り下げられてはいないが、今となっては誰も見向きもしない。これが研究者ソサエティーの強さだ。しかし一般人、特に病気に悩む人となると研究を本当に評価する手段が無いため、少しでも報道された可能性にはわらをもすがる気持ちで期待を寄せ続ける。一方科学者も、可能性としては何が起こっても否定は難しいと考えるようになっているため、ある治療に全く合理性がないと突っぱねることが出来にくい状況が生まれている。我が国でも期待だけ持たせて助成金をもらおうとする研究者に対して、当時文科省ライフ課課長の石井さんの発案で、臨床応用が可能であるとエビデンスがあるプロジェクトだけを選んで推進しようと再生医学実現化ハイウェイプロジェクトが生まれ、私はディレクターを務めた(当然全ての責任は私にある)。苦労したがこのプロジェクトのおかげで、網膜色素細胞移植、角膜内皮移植、パーキンソン病へのドーパミン神経細胞移植は軌道に乗ったと喜んでいる。しかし、わかり易さを悪用して様々な幹細胞移植が世界中で横行していることも確かだ。私を始め多くの研究者は、多くの計画にはエビデンスが無いと思っても冷ややかに眺めるだけの傍観者になりがちだ。そんな無気力を跳ね返し、エビデンスの無い幹細胞治療を阻止すべく果敢な戦いを繰り広げたのがイタリアの幹細胞研究者だ。6月19日号のNature誌はこの戦いについてレポートしている。タイトルは「Taking a stand against pseudoscience(ニセ科学に抵抗する)」だ。発端は、2009年イタリアにスタミナ財団が設立され、骨髄の間葉系幹細胞をレチノイン酸などの含まれるカクテルで培養すると神経へと分化して筋ジストロフィー、パーキンソン病、脊髄性筋萎縮症に効果があると発表して患者さんを集めだしたことに始まる。イタリア厚生省も最初は怪しいと活動停止命令を出し、加えてミケーレ・デルッカを中心に科学者もエセ科学を許すなとキャンペーンを続けた。2012年ミケーレ達とギリシャで行われたヨーロッパの若手研究者のサマースクールに参加したとき、イタリア研究者の強い決意と熱い気持ちに圧倒されたのを思い出す。しかし患者さんの中には治療可能性を閉ざすものとして学界に強い不信感を持つ人達もいる。驚くことに、イタリア政府は患者さんのロビーに押されて昨年5月に臨床研究のために4億円の助成を決定する。この時からミラノのエレナ・カッターノ、ミケーレなどイタリア幹細胞研究者はあらゆるメディアを通したキャンペーンを行い、また様々な法廷闘争を始める。国際幹細胞学界もイタリア研究者を強く支持するメッセージを出し、世界が連帯していることを示した。そしてようやくスタミナ財団に対してEU法廷がこの治療を進めるにはエビデンスが無いと言う判決を下すに至った。これが記事の内容だが、残念ながらほとんど我が国で報道されていない。患者さんの立場に立つと言うことは自分のまわりだけで済ませられることではない。間違いは間違いと一人でも被害が無い様努力することだと彼らの情熱から学ぶことが出来る。知ってもらいたかったのは、この戦いのために、ミケーレ、エレナ他イタリアの主立った幹細胞研究者は、学生、患者団体、政治家、市民運動団体など様々な所に出かけて講演や意見交換を行っている。ただ一つだけ彼らが避けたことがある。それがテレビへの出演だ。もちろんベルルスコーにが全て牛耳るメディアを信頼していないこともあるだろうが、この様な戦いをテレビで感情的に訴えることの危険性を知っているからだ。集会を繰り返し不正を正すなどといった運動形態は我が国では遠い昔の観がある。しかし熱意があれば草の根運動も捨てたものでないことをイタリア魂は示してくれた。翻って考えると、小保方問題もテレビなどの既存のメディアへの過信から始まっている。イタリア人研究者の連帯と熱意に加えて、その冷静さから学ぶ所は多い。最後に少しだけイタリアの幹細胞について私の経験を紹介しておく。2006年キーストンシンポジウムで山中さんのiPSについて初めて聞いた時、友人のイタリア人ジュリオ・コスがこれで政治が変わると喜んだ。イタリアではバチカンの影響でES細胞の研究が禁止され、多能性幹細胞について研究が不可能だった。ジュリオの言葉は山中さんのおかげでようやくイタリアでも多能性幹細胞研究が出来ると言う喜びを素直に表したものだった。ES細胞研究は禁止でもイタリアでも幹細胞研究は盛んだ。今日の記事で紹介したミケーレ・デルッカは遺伝子治療と細胞治療を組み合わせた遺伝的皮膚疾患の臨床研究を行い、世界をリードしている。
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6月19日:中国科学の自信(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年6月19日
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昨日China Knowledge Resource Integrated Databaseと言う組織から、中国からの論文の質について評価を依頼するアンケート調査がメールで送られて来ていた。メールでの調査依頼につき合う時間は無いので、いつも通り放置したが、しかし自国の科学技術論文の評価を知るにはなかなかいい方法だと思う。これまでこのホームページでも紹介したように中国の科学力は様々な分野で急速に上昇しており、面白いと思う論文が増えただけでなく、若いグループが躍進していることを感じる。それを裏付けるようにこの中国の自信をのぞかせる論文が米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されていたので紹介する。タイトルは「China`s rise as a major contributor to science and technology(主要な科学技術提供国としての中国の興隆)」で、自信がはっきり示されている。著者はミシガン大学の著明な中国人社会学者で、現在は中国アカデミーのメンバーとしても活躍している。論文では、1)中国の科学技術者の数が急速に増大しており、2020年には世界一になると思われること、2)医師や弁護士の収入が科学技術者よりはるかに良いアメリカと比べると、科学技術者が優遇されていること、3)学士、博士取得者が急増していること、4)科学技術への投資がすぐにGNPの2%に達しようとしていること、5)引用回数の多い科学技術論文の数が既に我が国を追い越し、ドイツや英国のレベルに達しつつあることを示している。調査に利用した国勢調査の信頼性など幾つかの問題はあるが、論文の数やインパクトについてはトムソンロイターのデータを利用しているので誰がやっても同じだろう。私も同じ実感を持っており、失脚から回復する度に大学改革を行おうとした鄧小平の科学技術立国政策が着々と実を結んでいるのを実感する。更に言うと、中国科学界は若返りが進むと同時に、特にアメリカに膨大な数の中国人研究者が滞在しており、レベル底上げと国際性に貢献している。いずれにせよ、ここまでなら我が国の政府も含めてどの国でも分析をしているはずで、なるほどで終わる。しかし最後のセクションは我が国にも参考になる。中国科学の興隆を示した後、助成のほとんどが行政からのトップダウンマネーであることが様々な問題の温床になっていることについても分析している。はっきりした実体はつかめていないようだが、トップダウンシステムが中国で捏造、盗作、汚職を生む温床になっており、この様な行為が増加傾向にあることを指摘している。その原因として、行政の評価はどうしてもマニュアル中心になるため、論文の数、インパクトだけが評価されてしまうことを指摘している。これは我が国も耳を貸すべき提言だ。これを裏付けるため最後の図で、捏造、盗作、汚職の記事がグーグルニュースに何回現れたかを示している。2011年は捏造が1170、汚職が530、盗作が98と言う数に上り、科学不正の問題への関心の高さを語っている。おそらく私に送られて来た外国人から中国の論文について評価を依頼するアンケート調査はこの構造問題に対する中国政府の一つの改善案かもしれない。もちろん外国人に聞いた所で、評価の構造が変わらない限り根本的な改善が可能かどうか疑問だ。ただこれは対岸の話ではない。小保方問題に揺れる我が国も、構造問題としてもう一度助成のあり方を考え、様々な試みを進める時期が来ていると思う。
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6月18日:バイオニック膵臓(6月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年6月18日
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AASJチャンネルでI型糖尿病について対談した時を含めて、これまでこの病気については細胞移植、分子シャペロン、免疫抑制療法などの進展について主に紹介して来た。1度紹介したが、血中のグルコースに合わせてインシュリンを注入するポンプを中心に機械に膵臓の代わりをさせる試みも行われ実用化されている。ただ膵臓はインシュリンに加えてグルカゴンと言うホルモンも分泌し、より微妙な血中グルコース調節を行っている。これを機械で行おうとすると、インシュリンとグルカゴンを生理的な割合で投与する複雑なアルゴリズムの下で動く精巧な機械が必要になる。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、携帯型バイオニック膵臓についての報告で6月15日付けのThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Outpatient glycemic control with a bionic pancreas in type 1 diabetes(バイオニック膵臓による1型糖尿病の外来患者さんの血糖コントロール)。結論は、開発中のバイオニック膵臓によって、これまでのインシュリンポンプ以上の精度で血糖を調節でき、また心配する低血糖発作も無いと言う結果だ。期待できる。この論文を特に紹介したいと思った理由はこの結果より、開発中の機械の構成だ。血中グルコース濃度だけでなく、どの程度の食事をするか、運動の仕方など様々な入力を全て統合してインシュリンとグルカゴンの投与量を調節するロボットと言っていい機械だ。これまでつけはずしが出来る血中グルコースセンサー、PCでコントロールできる微小ポンプなどは全て開発されているが、問題は様々な入力を処理できるコンピューターをどうするかだ。これまでのようにわざわざ新しく設計する代わりに、このグループはiPhoneを利用している。センサーやポンプとはブルートゥースなどの無線で連結し、またiPhoneからも様々な入力が可能だ。複雑なアルゴリズムも十分収まるコンピューターの機能も十分で、確かにコストをずいぶん削減できるはずだ。ラジオ少年がパーツを集めて新しい機械を作って行く様子を見ている気がするが、この手作り的医療器械開発の仕方が将来を教えてくれている気がする。現在のバージョンでは、5日間の使用でほとんど問題は出ていないようだが、グルカゴンの寿命が短いこと、またグルカゴンの効果が正確でなくなるのでアルコールが制限されるなどまだまだ改良が必要だ。さらにiPhoneの安定性も問題だ。ただ将来、生きた膵島移植か、完全バイオニック膵臓かを患者さんが選んで、正常人と全く同じ生活を送れる日は必ず来ると確信した。
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6月17日:スペイン風邪再流行の警告(6月11日号 Cell Host & Microbe誌掲載論文)

2014年6月17日
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多くの因子が関わる過程についての未来予測にはシミュレーションが欠かせない。しかしシミュレーションには多くの情報と理解が必要で、どの分野でも可能と言うわけではない。今日紹介する論文は1918−1919年にかけて世界中で5千万人の死者を出したスペイン風邪が再発する可能性をシミュレーションした医科研の河岡グループの研究だ。論文は6月11日号のCell Host & Microbe誌に掲載され、タイトルは「Circulating avian influenza virus closely related to the 1918 virus have pandemic potential (1918年スペイン風邪インフルエンザウィルスと関連するビールスが現在も世界中に拡がっており、世界流行を引き起こす可能性がある)。」だ。繰り返すが、この研究の目的は「スペイン風邪は再燃するか?」を科学的に検証することだ。1918年の医学は現在とははるかに遅れていたとは言え、スペイン風邪は歴史上最悪の世界流行で、再発すれば大問題になること間違いない。ゲノム研究から既にスペイン風邪のゲノムは明らかにされており、A型インフルエンザH1N1であることがわかっている。インフルエンザは人に感染するようになるまでには鳥に保持されていることが知られているので、研究では先ず鳥から分離されたインフルエンザウィルスのゲノム配列をスペイン風邪ウィルスと比べ、似たウィルスが存在するか調べている。次にビールスの活性を決めるそれぞれのユニットごとにスペイン風邪に近い配列を選び、それを集めたスペイン風邪に似たウィルスA1918-likeを作成すると、スペイン風邪よりは活性が弱いが、それでも実験動物の症状を起こす病原ウィルスに転換している。人から人への感染にどの部位が重要かわかっているので、更にこのウィルスを人から人へと感染できるようにアミノ酸を変換し、フェレットで感染を続けて行くと今度は極めて毒性の強いビールスが現れてくる。このビールスを培養細胞で増やして遺伝子を調べると、感染性に関わるHA部分とビールスの増殖に関わるRNAポリメラーゼに新たな変異が特定できる。更にこのような変異は人から人へと伝搬するにつれ蓄積されることもわかった。このように現在自然に存在するビールスのアミノ酸変異が蓄積するだけでスペイン風邪に匹敵するインフルエンザビールスが誕生することが明らかになった。現在自然に存在するビールスの配列を比べると、アミノ酸で数個程度しかスペイン風邪と違わないビールスが世界中に存在している。従って、自然にスペイン風邪型のビールスが生まれる可能性は十分あると言うのが結論だ。実験室で遺伝子改変を行う研究に見えるが、将来を憂いたシミュレーション研究と言っていい。是非行政もこの様な結果を基礎に、対策についてシミュレーションして欲しい。前回河岡さんの仕事を紹介したとき、この様な仕事が出ているのに新しい世界流行を防げなかったとすれば行政の責任だと述べたが、今回もその点を強調したい。幸い、タミフルの効果についても調べられており、有効だと期待できるようだ。1918年当時と比べた新しい手段をどううまく使うか、行政の腕の見せ所だ。金を出して薬を買いあさるのが政策なら、行政など必要ない。
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3月16日:腎臓がんとコレステロール(英国泌尿器科学会誌オンライン版掲載論文)

2014年6月16日
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自慢話から始めたい。卒業してから約7年大学で臨床医として働いたが、あまり役に立たつ医者ではなかったと思う。ただ、一つだけ密かに達成感を得たことがある。それは「瀰漫生汎細気管支炎」で寒冷凝集反応が中程度上昇することを発見したことだ。これは現在この病気の診断基準として採用されているが、診断基準として採用されるまでには私の同僚の平田君や上司の泉さんの努力が必要だったようだ。私自身は結果を見ること無く留学してしまった。20年ほどしてたまたま内科の雑誌を見てこの基準が利用されていることを知ってうれしかった。ただ問題は、なぜ瀰漫生汎細気管支炎で寒冷凝集反応が上昇するか、原因が全くわからなかったことだ(現状は調べていない)。臨床のマーカーにはこんなケースが多くあり、診断的価値が多い場合もある。今日紹介する英国泌尿器科学会誌に掲載されたウィーン大学の論文はそんな典型で、腎臓がんとコレステロール値の相関を調べた研究だ。「Preoperative serum cholesterol is an independent prognostic factor for patients with renal cell carcinoma (RCC)(術前の血中コレステロール値は腎臓がんの予後を決める独立した要因)」がタイトルだ。「え、こんなこと」と思って論文を調べてみると、同じ結果は我が国の東京医大のグループによって今年の1月の雑誌Urologyに発表されている。従ってこの論文はその確認をした論文と言うことになる。残念ながら東京医大の研究には気づかなかった。どちらも読んでみたが結果は同じだが、東京医大の研究はコレステロール値を200mg/mlを基準にとった一方、ウィーン大学の研究は対象に選んだ800名ばかりの患者さんの平均値161mg/mlを基準として設定している。この結果、ウィーン大学の方が相関が強く出ているが、結果は同じでコレステロール値が低いと、予後が明らかに悪いという結果だ。例えばウィーン大学の結果だと、腎臓がん全体で見たときの5年生存率が高いグループで88%に対して、低いグループでは62%と大きな差になっている。東京医大はClear Cell Cancerと呼ばれるがんについて調べているが、ウィーン大学の結果では腎臓がんならどのタイプのがんでもコレステロール値との相関があるようだ。東京医大Gは本当かどうか結論するには慎重なようだが、ウィーン大学はこの相関ははっきりしており予後判断に積極的に利用すべきと結論している。なぜこの様な相関が見られるのか、もしコレステロールの値を高く維持できれば経過を良くすることが出来るのか、寒冷凝集反応のときと一緒でまだわからない。しかしこの現象から新しい治療戦略が生まれるかもしれない。論理で説明できなくとも統計的な関連があればそれを真実として利用して行くしたたかな技術が医学だと実感する。
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6月15日:雄がヒトやサルの進化を引っ張る(6月13日掲載Science誌論文)

2014年6月15日
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ダーウィンの考えた進化は、「子孫に伝わる変異が集団の中でランダムに発生し、その変異の中から生殖能力の高い個体が選択され子孫を作るより高いチャンスに預かること」とまとめられる。単細胞動物だとこの概念は個体の優劣ですむのだが、高等動物になると生殖には雄と雌が必要だ。従って、子孫には雄の精子に発生した変異と雌の卵子に発生した変異が複合し、この変異が子供世代の競争の基盤となる。ではこの時の変異は雄雌どちら側から寄与することが多いのか?もし雄(or雌)からの変異が多いとすると、自然選択で選ばれる変異に雄(or雌)がより多く寄与することになる。この問題はこれまでも様々な種で研究されており、ヒトでは雄の精子に発生した変異が、子供世代の変異に多く寄与することがわかっていた。ただ人間の生殖上の選択圧力とは何かなどと考えだすと混乱するだけなので、人間に近くて、自然選択も観察可能なチンパンジーでこれを確認したのが今日紹介するウェルカムトラスト人間遺伝学センターの研究で、6月12日付けのScience誌に紹介された。タイトルは「Strong male bias drives germline mutation in chimpanzees(チンパンジーの生殖系列の突然変異は雄からの寄与が大きい)」だ。研究は3世代9匹のチンパンジーのゲノム配列を調べ、交叉(乗り換え)と呼ばれる大きな染色体の交換と、遺伝可能な生殖細胞系列の新しい変異の数を調べている。即ち親に無い変異は全て新しい変異になる。結果は予想通りで、親の生殖細胞に10−40個位の突然変異が起こり子供に持ち込まれるが、そのほとんどは雄からで、しかも雄の年齢とともに突然変異の数も増えると言うものだ。この結果をそのまま受け取ると、進化は雄の生殖能力の競争レベルの選択圧を色濃く反映し、雌の競争の寄与は少ないと言うことになる。これを裏付けるように、チンパンジーのX染色体は他の染色体に比べ遺伝子の変異が少ないことがわかっている。多くの動物で雄の形態が大きく変化しているのを見ると、なるほどと納得するが、せっかく読んだのに驚くほどのことは無かったと言うのが正直な印象だ。しかし多くの動物種で、強い雄と言えども群れを支配できるようになるのは生殖可能になってから更に時間がたってからだろう。私たちは変異と言うとすぐに悪いイメージを持つが、進化のためには種内に多くの遺伝子の多様性が生まれることが必須だ。一頭の雄が年齢を重ねて競争を勝ち抜き、その後長く群れを支配するシステムは、わざわざ変異が蓄積してから生殖が始まることを意味し、変異の頻度を上げて進化速度を速めると言う意味では合理的に思える。ゲノム解読は野生動物観察にも大きな変化をもたらしつつある。
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