8月22日号Nature:ワムシのゲノム
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8月22日号Nature:ワムシのゲノム

2013年9月12日
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朝日が骨粗鬆症に関する仕事について記事にしていたが、読んでみると、マウスの実験だけなのでわざわざコメントする事はないと思った。今日は報道ウォッチはやめて、代わりに、少し古くなったが、皆さんにはほとんどなじみのないワムシの研究について紹介したい.
 (http://www.nature.com/nature/journal/v500/n7463/fp/nature12326_ja.html)
   なじみがないと言ったが、本当は魚の養殖には欠かせないエサで、日本人の食卓を支える生物と言って過言ではない。
  生物学的にみると、ワムシは多細胞生物のなかではオンリーワンの性質を持っている。性生殖を全くしないで進化を遂げて来た事だ。わかりやすく言うと雄がいない。それでも卵を産み、卵から成虫が発生するサイクルをずっと続けた唯一の生物だ。生物学で言う性とは、個体間で遺伝子に書かれた情報を交換する事だ。人間では生殖細胞分化時の減数分裂過程でこの交換が起こり、「相同組み換え」と呼ばれるメカニズムを使っている。このおかげで、親から受け継いだ染色体とは違う染色体を子供に伝えることが出来、多様性が生まれる。先ず全ての多細胞生物に性があることを考えると、進化過程で種の維持と多様化は性なしに起こらないと考えられる。そのためか、ワムシは「進化のスキャンダル」と呼ばれている。なぜ性なしに種が維持され、進化が進んだのか?面白い。
  他にもワムシは面白い性質を持っている。まず乾燥に強い。乾いたまま100年をこして生きることが知られている。また放射線照射にも強い。このため、ゲノムを調べる事の目的は、これらの重要な性質の背景を理解することだ。結論は予想通りで、ゲノム上の遺伝子の並びから相同組み換えに必要な染色体のペアが出来ない事がわかった。性生殖の意味がない訳だ。ではどうして種として維持が出来、また多様化が出来るのか。ペアが作れない事とも関わるのだが、ワムシは、私たちが対立遺伝子として別々の染色体上に持っている一対の遺伝子を、同じ染色体上に持っている。このことが、相同組み換えを出来なくしている原因だ(専門的すぎるが、性を持っていても仕方ないゲノム構造を持っている事を理解していただければ良い)。代わりに同じ染色体上にある「対立遺伝子」「相同遺伝子」に相当する遺伝子ペアの間で、遺伝子変換を起こして、多様化や種の維持を行っているようだ。遺伝子交換機構を持つ事が、放射線に強いと言う性質と関わるようだ。他にも、相手かまわず遺伝子を自分の染色体に取り込んでしまう性質がある。逆に、トランスポゾンと呼ばれる動く遺伝子がほとんど動けないなど、専門家をうならせる事実がこのゲノムに書かれている。ひょっとしたら将来食卓にも大きな影響を持つかもしれない。これからの研究が待たれる。
   一般的にモデル動物には、人間や他の動物と共通の性質を持つことが求められる。実際多くの科学者はこの共通性について研究する。そんな中で、他の動植物とは共通性のない動植物を敢えて選んで研究する、文字通りオンリーワンの研究者達がいる。ワムシの研究もそんな人達に支えられてきた。しかし考えてみると、耐熱性細菌の研究から、PCR技術が生まれ、古細菌の進化における新しい位置づけが可能になった。同じように、オンリーワンの動物ワムシからも、これまでにない重要な技術が生まれる様な気がする。
  最後にあえて共通性を求める悪い癖からワムシを見て終わろう。私たち雄は、相同組み換えを経験したことのない染色体を持っている。すなわちY染色体だ。一個しかないから相同組み換えは不可能だ。実際Y染色体は多くの動物で消えていく運命にあると考えられている。面白いことに、Y染色体の遺伝子の少なくとも一部はワムシ型をしていることがわかっている。とすると、ワムシはY染色体を失わない秘密を教えてくれる「雄」の先生になるかもしれない。

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日本経済新聞9月10日:被曝後の白血病など発症、原因遺伝子を発見 広島大

2013年9月10日
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この広島大学稲葉さん達の論文は朝日でも紹介された。私の専門領域でもある。また、この仕事を行った稲葉さんもよく知っている。さて両方の新聞を読んだとき、高齢被爆者と骨髄異形成症候群(MDS)という重要な問題に切り込んだ仕事を稲葉さんがついに発表したのかと思った。その後オリジナル論文を読み、また正確を期す意味で、稲葉さんが最近出版した数編の論文にも目を通した。しかし残念ながら、今回の仕事と被爆者を結びつける事は私には出来なかった。
   2009年に稲葉さん達は、若年性のMDSで異常がある遺伝子を分離している。今度の論文は、この遺伝子とMDSの関係を研究できるマウスモデルを作成した仕事だ。稲葉さんのグループは、最初の2009年の研究から、MDSに多い染色体異常部位の遺伝子について着実な研究を進めており、高く評価する。今回の仕事も、ヒトMDSから分離してきた遺伝子を操作したマウスを作り、疾患モデルを作成したものだ。特に異形性と呼ばれる血液の形も再現できるモデルを開発したという点で重要な結果である。このマウスでの結果と実際のMDSとの関わりについても検討が行われている。実際の患者さんの多くが、この染色体部分の欠損を持っているようだ。ただオリジナルな論文をどう読んでも、被爆者と結びつくような記載はない。2009年以降、稲葉さん達がこの染色体7qにある遺伝子について調べた論文を2報ほど読んでみたが、やはり被爆者との関連をはっきりさせる記述はない。その意味で、朝日新聞の川原さんの記事の見出し「血液がんの一種、原因遺伝子をマウスで実証 広島大など」は正確だ。ただ、記事の冒頭が「放射線被曝(ひばく)から数十年を経て発症する血液のがんの一種 「骨髄異形成症候群」(MDS)の原因 遺伝子の働きを、広島大などの研究グループがマウスの実験で確かめた」と来ると、明らかに被爆者が前面に出た仕事のように錯覚する。
  記事を書く方は、どうしても科学と社会をつなぐ使命感に駆られ、分かりやすい例を参照する。これがジャーナリスティックであると言うことだろう。また、科学者の方もそれに答えて、気楽にジャーナリスティックな伝え方をする。この結果、論文自体の本来のメッセージがゆがめられることがある。日経、朝日両方とも、被爆者の部分を消して読むと、極めて正確にメッセージを伝えている。とすると、被爆者部分は読者向け脚色と言える。勿論、MDSは高齢者被爆者の最も重要な課題だ。科学的に見ると、老化と放射線障害との相乗効果という問題だ。これは今ほぼ日本だけで調べることの出来る重要なテーマだ。これを強調する意味で、ジャーナリスティックな脚色を行う気持ちも理解できないわけではない。ただ、その結果さらに多くの誤解を生むことも確かだ。専門家の私でさえ実際の論文を読むまで、放射線障害に特有の遺伝子が見つかったのかと錯覚した。
  原爆、そして福島は日本の文化とさえ言える。ずいぶん昔、私は、今は亡きた多田富雄先生や、アメリカのワイスマン博士と原爆医学研究所のレビューをしたことがある。そのとき、専門家を驚かせる多くの事実が被爆者の方の追跡から明らかになっていることを実感した。稲葉さんも被爆と白血病の研究を行っており、Runx1と言う遺伝子について被爆との関係を調べた重要な仕事をしている。しかし今回は論文にはそのことが書かれていない。
  広島、そして福島には今しかできない研究課題がたくさんある。ぜひこれをジャーナリスティックな脚色で済まさず、正面から向き合ってほしいし、国も十分な支援をすべきだと思う。最後に、私も今年の初めまで長崎大学の方とMDSの仕事をしていたので、広島や長崎のMDSの患者さんイコール被爆者に近いことは理解している。ひょっとしたら、稲葉さんの調べたサンプルは全て被爆者の方からだったかもしれない。そうだとすると、そのことは本来の論文ではっきり書かれるべき事だ。是非、この遺伝子異常が被爆特異的かどうかを明確に調べた論文も出してほしいと思った。

元の記事については日本経済新聞:
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130910&ng=DGKDZO59478150Z00C13A9TJM000
朝日新聞:
http://www.asahi.com/tech_science/update/0910/TKY201309090468.html
を参照して下さい。

 

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毎日新聞記事9月6日:肥満:太った人の腸内細菌“移植”でマウスも太る

2013年9月9日
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元の記事は次のURLを参照して下さい。
http://mainichi.jp/select/news/20130906k0000e040242000c.html

 この論文は読んだ時から、日本のメディアも報道して欲しいなと期待していた。嬉しい事に毎日新聞が9月6日掲載した。ただ例のごとく、共同通信経由の記事として掲載しており、毎日の手はあまり入っていないようだ。これまでの毎日新聞のパターンを見ていると、外国で行われ、日本で記者発表が行われなかった記事は多くの場合、共同にアウトソーシングしているように思える。まあ掲載してくれたのだから何も言うまい。さて、記事の内容だが、いつも通り極めて短い。幸い今回は、短くても内容は正確に伝えられている。私も記事について特にコメントはない。ただ、新聞報道と関係なくすばらしい仕事と感じ、またアメリカの強さが際立つ仕事だったので、もう少し詳しく紹介しよう。
  まず、この仕事は将来性に富む力作で、この分野の素人の私でさえ感心した。この一週間に日本のメディアが紹介した仕事と比べても群を抜く重要な論文だ。ワシントン大学を中心にする多くの施設が参加する共同研究で、論文を掲載した雑誌サイエンスでも、この週のハイライトとして紹介している。まず最も驚いたのは、腸内細菌も含め完全に細菌が除去されたマウスに、ヒトの大便を移植してヒトの腸内細菌叢をマウスの中で再現するのに成功している点だ。これがこの研究の核心だ。これまで、腸内細菌叢を動物同士、あるいはヒトからヒトに移植すると言う実験は行われていた。しかし、ヒトの腸内細菌叢の機能を調べる実験系はほとんどなかったと言っていい。実際、口から大便を導入する実験が気軽にヒトで出来きるとは思えない。その意味で、今回完全無菌マウスの腸管内に人間の腸内細菌叢を再現出来る事がわかった事で、細菌叢全体の機能についての研究が急速に進むと期待できる。ではだれから腸内細菌藪を含む糞を貰えば良いのか?このグループは単純に肥満と正常人を統計学的視点で選ぶと言う事はしない。代わりに、双子で片一方だけが肥満と言うペアーを選んで研究を行った。これにより、遺伝的な多様性などを気にせず、生活によって生じた肥満だけを対象に出来る。これが可能になるのは、ミズリー州で双子のコホート研究が行われており、条件にあった対象を4組選ぶことができたからだ。そして圧巻は、やせたヒトからの大便を移植したマウスに比べて、肥満のヒトからの大便を移植されたマウスは肥満になる事が示された。同じ事は、大便から分離した細菌を移植しても起こる。この結果は、腸内細菌藪の「機能を移植」出来た事になる。実際の論文では更に詳しい重要な実験が続く。特に腸内細菌藪の細菌の種類の違いを決め、肥満につながる原因を探る部分は圧巻だ。しかし、これは少し専門的すぎるので、またの機会にしよう。
   今回の仕事を読んでみて、では日本でこの様な仕事は可能だろうかと心配になった。まず腸管内の細菌も除いた完全無菌マウスは日本で利用できるのか?普通のマウスを無菌化する場合、母乳で育てる限り腸内まで完全に無菌化する事は困難だ。大変な努力を払って欧米ではこれが維持されていると言う事だが、日本ではどこまで気軽に使えるのだろうか?次に、双子の実験を思いついたとして、条件にあった双子のペアーをリクルートする事が出来るだろうか?日本ではコホート・コホートと騒がれているが、本当に草の根から長期間にわたって人間を調べると言う覚悟があるのだろうか。アメリカでは本当にこの様な草の根の仕事が数多く進んでいる。本当はこの様な層の厚さこそ、臨床研究のための力になるのではないかと思う。PatientLikeMeからマウスまでこの厚みがアメリカにはある。この層の厚みは一朝一夕では不可能だ。長期の視野を持った計画がほしいと思った。

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9月3日Nature:ビデオゲームによる練習は高齢者の認知能力を高める

2013年9月6日
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今日は私が記者の代わりをしよう。

元ネタはNatureの9月3日号に掲載された、カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校のGazzaley等の仕事だ。この号の表紙を飾った仕事で、動物実験ではなく、生の人間についての仕事だ。
   ビデオゲームを通して複雑な課題の練習を課すと、高齢者の認知能力が改善するかと言う、誰もが興味を引かれるテーマについての研究だ。実験では、車のドライブゲームと、画面に現れるサインを分別するゲームを一つの画面で同時に行う課題を使ってテストが行われる。予想通り、高齢者ではこの課題を行う能力は衰えている。同じ課題を1ヶ月、時間を決めて自宅で練習してもらうと、この課題に対する能力は若い人と同じにまで回復し、この効果は6ヶ月維持されていた。一方、ドライブゲームやサインゲームを個別に練習しても全く改善は見られなかった。驚く事に、効果はゲームにとどまらない。注意力の持続や作業記憶を調べる他のテストでも、複雑な課題で練習したグループは大きな改善が見られた。しかもこの改善は、脳波レベルでも検出できる。うれしい事に、ビデオゲームを用いて複雑な課題の練習を行えば、高齢者の一般的認知能力を高める事が出来ると言う結論だ。
   日本ではテレビゲームと言うだけで顔をしかめる向きも多い。しかし大事なのは、今回のように、顔をしかめて決めつける前に、良いか悪いかを科学的に調べると言う態度だ。今回の仕事を読んで、新しい課題に取り組んでいる若手が世界にいる事を実感した。コンピューターと人間の差を調べるアラン・チューリングのテストや、ジョン・サールの中国語の部屋など、一種ゲーム的設定を実際の研究に使う伝統が欧米にはある。日本では、ソニー、ニンテンドーと言ったゲーム機メーカーや、DeNAのようなソーシャルネットまで、ゲームは大きな市場に育っている。これらの効果を科学的に調べてみる事も今後重要な課題だろう。
   最後に一つだけ強調しておきたい事がある。それは、今回の結果も更に長期のフォローアップを要する点だ。私たちの脳は、年老いてもフレキシブルだ。従って、半年までの結果が何年先まで維持できるのか、あるいは逆効果にならないかなど調べる事が必要だ。これまで紹介して来たような長期のコホート研究は、特に私たちの脳を知るのに必要だと実感した。

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婚外子と科学(番外)

2013年9月5日
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今日のニュースのトップは竜巻、ゲリラ豪雨、そして婚外子の権利についての最高裁判決だ。科学に偏った目から見ると、全て科学問題に見える。え?婚外子も?と聞かれる向きもあるだろう。私の偏った考えを紹介しよう。
 まず私は今回の判決を支持する。遅かったぐらいだ。この判決を阻んで来た唯一の理由が、明治憲法以来(あくまでも明治以来)の婚姻形態/制度の保護と言うことだ。しかし、婚外子の立場から見ると極めて理不尽な話で、実際遺産相続の話に矮小化できるものではない。また、非嫡出子になるからと望まない人工中絶を強制される女性がいることも確かだ。これをきっかけに、根本的な変革が必要だと思う。

  と言った上で、しかしこの決定を科学が可能にしていることを強調したい。天一坊事件を持ち出すまでもなく、婚外子の場合に最も問題になるのが血のつながりがあるのかないのかの判断だ。しかし、現在ではこの問題は存在しない。どれほど否定しようと、遺伝子診断を行えば血縁関係はすぐけりがつく。従って、嫡出、非嫡出の区別がなくなったとしても、血縁関係を争う訴訟が頻発することはほとんどない。頻発しても、裁判にまでいくこともない。すなわち、血縁関係を制度で保証する理由はほとんどなくなったと言うことだ。ただ、ここで血縁というのは身体的なことに限っている事を肝に銘じる必要がある。すなわち、血縁=身体=科学が全ての法的判断根拠にならないようにしなければならない。血縁関係がなくとも、家族である例はいくらでもある。大事なことは、親子家族の様々な可能性が認められる社会を作ることだろう。
  デカルト以来、私たちは心と身体の2元論を克服できていない。とは言え、実際には一元的であるはずだ。これを一元的に理解することが21世紀科学の最も重要な課題だ。ところで、血縁を少し科学的に言い換えるとゲノムになる。こう考えると、制度と血縁、すなわち心と体を、法律の方では既に一元化して扱おうとしている事はすばらしい。今日の最高裁決定は21世紀に開いている。

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朝日新聞9月2日記事:英語学ぶと脳が大きく

2013年9月4日
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元の記事は以下のURLを参照して下さい。

http://www.asahi.com/tech_science/articles/TKY201309010099.html

 MRIイメージの基本アイデアは、アメリカのラウターバー博士が最初に提案した。この功績で、博士はノーベル賞を受賞している(実際には、最初のアイデアは私だとダマディアン博士が異議をとなえて、新聞広告を出した事も有名な話だ)。この技術は医療だけでなく、人間や動物の脳の活動記録に欠かせない道具となっている。私もその程度の事は知っていた。今回この論文を見て、私が聞きかじっていた血流の差を利用して脳の活動を調べる機能的MRIにとどまらず、今回使われた様に水の動きから神経結合性について調べたり、活動領域の大きさを調べたりするところまで可能になっていることを知り驚いた。この分野の論文を詳しく見たのは今回が初めてだが、論文を見る限りハードからソフトまで外国で開発されたものを使わざるを得ないのは、やはり日本科学の課題だと感じた。さて、今回の仕事では、まずボキャブラリーテストおよびTOEICの成績が、右脳の特定領域(領域の名前については「特定」で済ませておく)の大きさとが相関している事を発見した。次に、この参加者の中からボランティアを募り、英語のボキャブラリーを増やすトレーニングを行うと、同じ領域のサイズが増大し、またこの領域ともう一つの領域間の結合が強まった。しかし、トレーニングをやめるともとに戻ったと言う仕事だ。一方、National  Adult Reading Testで調べた英語能力は相関が認められなかった。英語の苦手な日本人を逆手に取った、面白い仕事と言える。
  さて記事だが、朝日新聞にも関わらず無記名の記事だ。論文は細田さん達がJ.Neuroscienceに発表したものだが、この情報は全く無視されている。多分、国立精神神経医療センターの発表を適当にまとめて掲載したのだろう。そのせいか、このセンターの発表と比べてみると、特に違っている点はない。しかし、日本人が英語教育に高い関心を持っている事を考えると、正確に伝えないといけない部分があった。それは、今回相関が見つかったのは、ボキャブラリーテストの能力で、訓練も単語やイディオムなどに焦点を当てたトレーニングが行われていた点だ。一般的な英語能力は総合的なもので、統語など様々な能力が総合されたものだ。論文でもその点も注意深く議論されている。私も驚いたが、このボキャブラリーテストの方がTOEICと相関している事で、これが誤解を生んだようだ。日本人はTOEICと聞くと総合的英語能力を想像する。残念だが、精神神経医療センターの記者発表でも、ボキャブラリー力が英語力にすり替わっている。今後言語を扱うときは「言葉の使い方」に注意が必要だ。一般の人には、ボキャブラリーも文法もみな同じと考えたのかもしれない。しかし素人ながら言語の魅力に憑かれている私には見過ごせない。私にとって、第二外国語のボキャブラリーが、他の言語能力とは全く異なる場所に形成されるという結論の方が興味がある。論文では一つの考えとして「英語の単語が私たちが普通にボキャブラリーに使う場所からこぼれだし、右脳に形成される」というか説が提案されているが、本当なら面白い。
  いずれにせよ今回は、ボキャブラリー能力をそのまま英語力とした研究所からの記者発表にも責任があるが、多くの人が関心を持つ領域を記事にする場合慎重に調べてほしかったと思う。

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これまで書いた意見のフォローアップ

2013年9月3日
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科学報道を書く記者の方と同じで、科学報道ウォッチを書く私も様々な間違を犯すことは避けられない。わかった時点で改めていくのが重要で、その意味でも是非皆さんからのフィードバックをお願いしたいと思っている。まだフィードバックを受ける所までには至っていないので、今日は、これまで書いたことのフォローアップをしておこう。
   先ず、7月12日朝日新聞の河岡さんの鳥インフルエンザ記事について意見を述べた際、我が国でもし新型鳥インフルエンザで亡くなる人が出る事になれば、河岡さんの研究を無視した行政の責任だと書いた。嬉しいことに、9月2日開かれた厚労省の専門家委員会について今日各紙が一斉に報道した。この委員会ではワクチン開発へのゴーサインが出され、今年中に臨床試験が出来るぐらいのスピード感でワクチン開発が進むらしい。是非揺らぐ事なく、河岡さんの成果を生かしていってほしい。
 もう一つが、8月27日ScienceNewsLineに掲載されたアメリカのグループのチェルノブイリ周辺に生息する野鳥の調査についての記事に対するコメントだ。この意見の中で、政府が真剣に福祉まで動植物への放射線影響の研究を行っているのか疑問を投げかけた。その後私の友人に調べて貰ったところ、環境庁や放医研が平成24年に福島原発近くで動植物のサンプリングを進めており、収集したサンプルについて意見交換会も行っている事がわかった。少し安心した。この記録(http://www.env.go.jp/jishin/monitoring/results_wl_d130314.pdf)を読んでみると、しかし長期的な計画性がないように思える。本当は東北メガバンク構想などと連携し、どのような調査をどの動植物で行えば良いのかなど、しっかりした計画に基づいて進める事が肝心だ。今からでも遅くはない。動物や植物を使えば、ヒトでは決して出来ない様々な実験が可能だ。是非、可能なあらゆるデータを集めて将来世代に手渡す方向で施策を進めてほしい。

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9月2日読売新聞記事:造血する新細胞、マウスで発見

2013年9月2日
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実際の記事は以下のURLを参照して下さい。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130830-OYT1T00210.htm

私にとって元々この分野は良く理解できる。専門と言って良い。また、中内さんは個人的にもよく知っている。骨髄造血幹細胞を単一細胞レベルで調べる研究の世界的第一人者だ。さて、今回の仕事は、放射線照射したマウスの造血系を再構成する能力のある血液幹細胞にはどんな種類があるのかを新しい技術を使って丹念に調べたものだ。しかし専門家の私は、この問題はずっと昔に解決していると思っていた。ただ論文を読んでみると、わかったと納得しないでやってみる事の重要性を強く感じた。実際詳しくは述べないが、これまでの考え方を大きく変える結果だ。これが最終版なら、日本の中内研から出たことを誇りに思う。勿論これから、正常の造血でも同じことが起こっているのか調べる必要がある。あるとわかると、方法はある。結果を知るのはそう遠い話でないだろう。期待しよう。
 さて読売の記事だが、短い紹介ではあるが図入りで力が入っている記事だ。ただ、中内さんの仕事が示す情報を正しく伝えているとは言えない。この仕事の重要なメッセージ、即ち長期にわたってリンパ球以外の血液を作り続ける幹細胞がある事を示した点については正しく伝えている。しかし、これがこれまでの説を大きく書き換える成果である事が全く伝えられていない。それどころか、わざわざ加えてある図では、これまでの説に単純に新しい細胞が付け加わった様な紹介になっている。よく図を見てみると説明書きが挿入されており、旧来の説にただ新しい細胞が付け加わっただけではない事を記者も理解している事はわかる。しかし専門家から見ると、誤解を招く図になってしまっていると判断せざるを得ない。オリジナルの論文にも、新しい説を解説した図がある。なぜこれを正確に参照させた図を作ろうとしなかったのか、極めて残念だ。これまでの説を理解した上で、中内さんの仕事を理解する事は専門家でないと難しいだろう。また、中内さんも正確に伝えなかったのかもしれない。しかし、「読者も結局難しい事はわからないし、正確と言われてもきりがない」と言う考えが記者の頭をよぎっていないだろうか。正確に伝える記事をどう書くのか、これは新聞記者の永遠のテーマのはずだ。もっと精進してほしい。

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Nature Medicine 8月号社説:火に脂肪(油)を注ぐ

2013年8月30日
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今日はNature Medicineの一種社説を取り上げてみた。実際の記事は英語。
http://www.nature.com/nm/journal/v19/n8/full/nm.3301.html

6月シカゴで開かれたアメリカ医師会で肥満を病気と認めるかどうかについて投票が行われた。60%以上の賛成で可決されたが、これに対する意見を述べた記事だ。意見の調子はおおむね否定的で、この決定に対して医師会の専門会委員会自体が疑問を呈していることを紹介するところからはじめている。その上で、医師会が賛成する理由について紹介している。勿論肥満がさまざまな疾患を生むことは当然だ。また、アメリカ人の1/3がボディマス指数で言えば肥満と診断され、世界には5億人を超すという状況を考えれば、当然取り組まなければならない。この目的を手っ取り早く果たすためには、病気であると認定して、ショックを与えた方が効果があるという訳だ。肥満を理由に社会差別が起こることを防ぐためにも肥満を病気と認めるべきという理由になると、さすがにアメリカ的だと思える。いずれにせよ、これだけなら全員一致で賛成だろう。しかし、40%は反対した。勿論科学的にどこまで肥満というのか、基準をどうするのかは難しい問題だなどの理由だ。その上で、最も深刻な問題として懸念されているのが、病気と認めることで医療が発生し、医療費の高騰を招くというものだ。すなわち、脂肪除去術を含め多くの治療が医療のもとに行われることに対する懸念だ。この議論を紹介した上で、Nature Medicine紙は、肥満を病気とするために必要な科学的基準の設定が難しいことを指摘し、更なる研究が必要であると締めくくっている。

   高脂血症、高血圧、糖尿病、いわゆる3種セットと言われる疾患は、境界に多くの病気予備軍と言われる人がいる。また生活習慣病とは言い得て妙で、生活習慣を改めることで結構コントロール可能だ。従って、どこからが医療で、どこからが個人の努力かの境が曖昧になる。実際、これらの病気に対しては様々な薬品が開発され、いずれも会社のドル箱になっている。このドル箱の薬は特許期限が切れて各会社も次の手が必要になっている。このように穿って考えだすと、今回の投票も何となく裏が透けて見える気がするのは私だけだろうか。専門科委員会がこの投票に対して出した意見でも、この点が指摘されている。これから議論しなければならないのは、薬が病気を作るという問題だ。これまではこれは副作用を意味していた。しかしこれからは、薬が開発されることで病気が作られることだ。いずれにせよ、医師会や専門家だけで決めていい問題でないことだけは確かだ。これについては、専門家向けの本では議論されているようだが、薬が病気を作るとなると、あらゆる人の問題だ。日本のメディアでも是非取り上げてほしかった。

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朝日新聞8月26日(富岡):コーヒー1日4杯以上、死亡リスク高め

2013年8月28日
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今日は8月26日朝日新聞富岡記者の記事を取り上げた (http://www.asahi.com/national/update/0825/TKY201308250154.html)。もちろんオリジナルな論文も読んだが、今回は記事の日米英比較を行ってみたい。ネットでアクセスできたのは、英国Telegraph紙(http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/10246709/More-than-four-cups-of-coffee-a-day-increases-the-risk-of-an-early-death-says-study.html)、及び米国USA Today紙(http://www.usatoday.com/story/news/nation/2013/08/15/coffee-consumption-death-risk/2655855/)の記事だ。今少なくとも米国では、コーヒーの安全性について関心が高まっていることは確かだ。ScienceNewsLineにも様々な論文が連日紹介されている。一番新しい記事は26日付で。Cancer Cause and Control紙で発表されたFred Hutchinsonがんセンターからの研究で、1日4杯以上のコーヒーは前立腺ガンの患者さんの再発を抑える働きがあるという嬉しい話だ。タバコ、高脂肪食、砂糖と進められてきた健康キャンペーンが、コーヒーを標的にしだしたかもしれない。しかし、このような嗜好品や生活習慣についての記事を書くのは大変だと思う。なぜなら、査読を通った医学論文ですら賛否両論あるからだ。従って、この仕事だけを正しいとして紹介するわけにはいかない。とは言え、Telegraph紙は淡々と、この仕事を紹介して、余分なコメントを全く加えることなく記事にしていた。これだけ読めば、皆さんコーヒーを控える。一方、朝日もUSA Todayも、一方的な報道は避けるべく、他の意見も記載している。例えば両紙ともNIHからの論文を紹介して、逆の結果もあり得ることを示している。(朝日は「一方で、米国立保健研究所(NIH)などは昨年、50~71歳の男女40万人対 象の 疫学調査 で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の 死亡率 が1割ほど低いとの結果 を発表している。」)。同じように、両紙とも最後は各国のコーヒー協会からのコメントで締めくくっていることも面白い。ただUSA Todayはアメリカコーヒー協会の強い反論を紹介している。曰く「今回の結果は通常の科学や科学的研究方法から逸脱している」。さすがアメリカだ。朝日が日本コーヒー協会コメントとして載せているのは「日本人はコーヒーを週平均10・7杯(1日1・5 杯程度)飲んでいる」。なんと大きな違いだろう。どちらも同じような書きぶりだが、今回はUSA Todayの方がうまく書いていたと思う。UA Todayでは、この問題が今現在議論が白熱している領域であることを真っ先に書いている。すなわち、「コーヒーの健康へのリスクの論争はますます白熱してきた」と、一言で読者の注意を喚起している。勿論優劣を付けている訳ではないが、今後このような記事の国際比較もおもしろそうだ。いずれにせよ、この様な記事を読んでも特にコーヒーを控える人はあまりいないだろう。

  しかし、この論文で私が何よりも驚いたのが、この研究の対象が、 The Aerobics Center Longitudinal Study (エアロビックスセンター長期研究)に参加している点だ。どんな組織か知っているわけではないが、当然エアロビックスと関わる組織だろう。日本の研究者が、コホートコホートと旧来の組織を念頭に声高に叫んでいるとき、アメリカではこのようなしなやかな発想で研究が進んでいるのを知ると、少しめげてしまった。

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