I型糖尿病の治験についてのニュース
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I型糖尿病の治験についてのニュース

2013年9月25日
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ScienceNewsLineにI型糖尿病の抗CD2抗体(シプリズマブ)臨床治験の中間報告と、メドトロニクスのセンサー付きインシュリンポンプの治験の記事が掲載された。
免疫治療は http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092318380029.html、
センサー付きポンプは、http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092422100013.html 
 残念ながら、Lancet Diabetes and Endocrinologyに発表されたシプリズマブの論文は手に入らず読めていないが、記事を見る限りかなり有望そうだ。このため1年目で予定を早めて論文にしている。実際の治験は2年目をエンドポイントとしているので、期待できるのではと思う。
  一方、オーストラリアで行われたセンサー付きインシュリンポンプの治験はJAMAに発表され、原文を読んだ。低血糖発作が減るかどうかを調べており、データで見る限りこれも大きな改善が見られている。
   前回の記事と併せて、一度勉強会をして動画に撮る予定だ。IDMMネットワークの井上さんも参加を表明していただいているので、準備を急ぐ。

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毎日新聞9月24日記事(斉藤)難病:「HAM」発症メカニズム解明

2013年9月25日
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オリジナル記事は次のURLを参照してください。
http://mainichi.jp/select/news/20130924k0000e040162000c.html

HTLV-1は成人T細胞白血病を引き起こすレトロビールスで、病気の発見からウイルスの発見までほとんど日本で高月清先生を中心とする研究グループが進めた。また、今回の研究対象であるHTLV-1関連脊髄症は鹿児島大学の納光弘先生達によって発見された慢性の脊髄症で日本には3000人ぐらいの患者さんがおられることがわかっている。今回の聖マリアンナ大山野さん達の仕事は、この患者さんの脊髄液に白血球を惹きつける分子ケモカインの一つCXCL10が上昇していることを見つけ、次に試験管内の実験で、この上昇が、HTLV-1に感染したリンパ球が脳脊髄の中のアストロサイトと呼ばれる細胞に働きかけた結果である可能性を示した仕事だ。慢性神経炎症の治療として、リンパ球の脳脊髄内への移動を抑制する方法が注目されており、私たちのホームページでも京大薬学部発のフィンゴリモドという薬が多発性硬化症の特効薬として使われていることを紹介した。また、日本を始め世界中で、ケモカインやその受容体に対する抗体の効果を調べる臨床試験が行われており、対象の中には成人T細胞白血病も含まれている。とすると、この仕事も一つの治療の可能性を示す研究として考えられる。しかし、ここで述べられたメカニズムが実際に身体の中でもそうなのかはさらに検討を要する。また、場所が脳脊髄内であることも考えると、この結果が治療として確かめられるまでには時間がかかるだろう。 
   さて、毎日新聞の斉藤さんの記事だが、はっきり言って誇大広告的だ。論文についての紹介は、最後の部分を除いて問題はない。よくまとまっている。しかし、脊髄炎症のメカニズムについては、未だ想像段階であることがわかるよう記事にすべきだろう。そして最大の問題は最後の締めの文章で、「患者21人の血液に、CXCL10の反応を邪魔する物質を投与したところ、脊髄へ引き寄せられる免疫細胞の数が減り、炎症の慢性化を抑えることにも成功した」と書いたのは完全に間違っている。この研究での抗体の実験は全部試験管内の話で、あたかも患者さんの症状が軽減するかのような書き方をするのは戒めるべきだろう。可能性がないと言っているわけではない。ただ、本当にこの考えを治療に結びつけるには、多分長い臨床研究が必要だ。もし、この記事が他の情報に基づいて書かれたのなら、それについて明確に示すべきだろう。患者さんはいつも、明日新しい治療法が発表される可能性を待ち望んでいる。希望を示しても、混乱のないようにするのが最も重要だ。

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9月24日日経記事弘前大学、ダウン症の白血病で原因遺伝子を特定

2013年9月24日
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この仕事は日経と朝日で報道された。元の記事は次のURLを参照してください。
日経:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130924&n… 
朝日:http://www.asahi.com/national/update/0923/TKY201309230129.html

21番染色体を余分に持つダウン症では発達障害を始め様々な症状が出てくる。さらに、ガンに関しては大変特徴的な症状を示すことが知られている。不思議なことに、多くの固形ガンの発症は、正常に比べると低い。ところが、TAMと呼ばれる一過性の血液細胞の異常増殖が見られ、その中から悪性の白血病が発症する。一過性の異常増殖では、赤血球を作るのに必須のGATA1と言う遺伝子に突然変異があることはわかっていたが、なぜ染色体異常がGATA1の変異、及び一過性の細胞増殖異常へと発展するのか?そのメカニズムは?また、一過性の異常が白血病へと進むのか?理解できていないことが多い。今回の仕事は、ガンのゲノムの最近の仕事には必ず登場すると言っていい京大の小川さんと、弘前大学の伊藤さんとの共同研究で、おそらく伊藤さんチームが診ている患者さんの白血病細胞を小川さんのチームがゲノム解析した共同研究だろう。この研究により、TAM及びダウン症に併発した白血病では必ずGATA1の突然変異があること、しかし、白血病ではそれ以外に染色体同士の接着や修復に関わるコヒーシンと呼ばれる分子複合体の成分分子を中心に、突然変異が積み重なっている事がわかった。勿論今回の研究では、なぜこれらの遺伝子異常がダウン症に併発する白血病で異常に高いのか、この異常がどう白血病を引き起こすのかなどは全くわからない。また、なぜ21番の染色体を余分に持つと、GATA1突然変異が高率に起こり、TAMが起こってくるのかもわからない。これは、ゲノム解析からわかる事の限界で、病気の本当の原因を理解するためには、マウスなどの動物モデルや、今注目の患者さんからのiPSを用いた仕事が必要だろう。
  この仕事は朝日新聞でも報道された。阿部記者による記事で、「ダウン症児に多い白血病、原因遺伝子発見」というものだ。見出しはほぼ同じ、内容は日経より詳しい。しかし、ゲノム解析の限界、機能研究の必要性を考えると、ゲノム解析イコール原因遺伝子発見として済まさないで、今後はもう少し分野全体を見渡す記事を書いてほしいなと感じた。さらに、小川さんは、朝日の辻記者が以前紹介したように、ダウン症との関係がないタイプの白血病のゲノムを同じ方法で解析して論文を発表している。小川さんの仕事だけを読んでも、ダウン症の白血病はずいぶん違う印象がある。21番染色体の異常と、GATA1遺伝子の異常が引き金だという特殊性があるからだろう。本当はこの特殊性が面白い。これについてもう少し突っ込んでもいいのではと感じた。例えば、前回小児、成人両方の白血病でよく見られたSETBP1の変異についての言及があってもよかった。また、GATA1の異常は全ての血液異常増殖に見つかることは既によく知られている。今回の発見と区別することが重要だ。最後に、朝日の阿部記者はGATA1遺伝子を「血小板を作る細胞でよく働く」としているが、専門家からみると違和感がある。GATA1は何より赤血球を作るのに必須の遺伝子だ。ただ要求しすぎかもしれない。

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iPodを使うと一部の識字障害を改善できる。(オリジナル記事)

2013年9月23日
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ハーバード大学のSchnepsらが9月19日付けのプロスワン誌に発表した研究。(http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0075634)
  識字障害の子供の障害を克服する方法についての研究だ。識字障害とは、文字認識の障害で、アメリカでは1−2割の人がこの障害を持っていると言われている。識字障害を持つ著名人も多く、例えばエジソンやスピルバーグなどは有名だ。一方、欧米と比べると我が国の識字障害者の数は少なく、だいたい5%ぐらいと言われている。文字を習って言語を理解する事とその障害の不思議について学ぶには、ジョンホプキンス大学のメアリアン・ウルフの書いた「プルーストとイカ」をお勧めする。いずれにせよ、識字障害は言語によっても、文化によっても多様な現れがあり、様々な要因が絡み合った複雑な障害だ。
   今回のScnepsらの研究は、約100人の識字障害を持つ高校生に、一方はiPodを通して、もう一方には紙媒体を通して同じ文章を読ませ、理解力と、読む速度を調べている。iPodを通すと、だいたい一行に2−3単語が表示されるが、紙に印刷した方は一行の平均文字数はだいたい14単語表示されるよう調整してテストが行われている。結論的に言うと、視覚注意領域(visual attention span)テストの点数の低い生徒は、iPod を使う事で読書の際の理解力、速度が格段に上昇すると言うものだ。この視覚注意領域テストにより測定されるのは、視覚的に集中して同時処理が可能な要素(この場合文字)のことで、この異常が識字障害に関わるとしてよく研究されている。今回の仕事は、識字障害理論で言えばこの考えを支持する研究といえる。ただ重要なのは、電子媒体を使う事で、個人個人の障害に対して最も適切な文章の提示を行い、障害を克服できる可能性を示した事だ。同じ文章でも、自由な配置で提示する事ができる電子媒体の大きな可能性に気づかせてくれる研究だ。かくいう私も近頃本は電子媒体を使って読むようになったが、文字の大きさをうまく調整すると、英語の速読が容易になる事を経験している。
 いずれにせよ、電子ブックが30%に近づいているアメリカの現状を認識し、その潜在能力を調べたいと科学的な研究が行われているのに感心させられる。以前紹介した、認知能力を上昇させる電子ゲームの開発について示した仕事と同じで、アメリカの研究の懐の深さを思い知らされる。社会のトレンドに関する研究者の感受性のみならず、100人の識字障害の高校生が集められると言う事実に驚く。実際、日本の高校では識字障害を持つ生徒の事をしっかり把握できているのだろうか。もちろん今回と同じ手法が、日本語についても使えるかどうかわからない。しかし、文字の提示と言う点では、日本語はさらに面白いはずだ。大きさ、長さに加えて、日本語なら、かなと漢字、縦と横の配置すら変化させる事が可能だ。教育についての科学の入り口としては面白い分野が生まれて来た気がする。

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読売新聞記事9月19日 認知症の原因物質、見えた! 海馬に「タウ」

2013年9月19日
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元の記事は以下を参照。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130919-OYT1T00268.htm?from=top

特に最近、日本から重要な仕事が出ているような気がするが、この放医研樋口さん達が雑誌ニューロンに発表した仕事もその一つだ。アルツハイマー病ではアミロイドとタウという分子が異常に蓄積することが知られているが、病気の進行をヒトで調べるためには、それぞれの物質の蓄積を脳内で調べることが必要だ。この重要性から世界中がタウ分子の蓄積を、生きた人間で画像化するための化学物質の開発を競っていた。勿論これまで報告はあったが、今回の樋口さん達の見つけたBPB3と呼ばれる化合物は、これまで報告されてきた物よりははるかにタウ蛋白に特異性を持っているようだ。この仕事では、試験管内やマウスモデルを使って慎重な検討を行った後、ヒトに応用している。そして、早期のアルツハイマー病を含む、タウ蛋白が関与すると考えられる認知症の診断が可能であることを示した。早期のアルツハイマー病だけでなく、タウが関わる病気の脳を今後早い段階から調べることが出来る。しかも、多くの研究者が注目している分子を直接追跡できる。そう考えると今後の可能性は計り知れないと思う。研究についても基礎的な検討にとどまらず、標識の開発に時間のかかる11C標識を使うなど、実用化を考えて労力を惜しまない意気込みが見える。勿論私は専門ではないが、おそらく画像を見たとき樋口さん達は「やった」と叫んだと思う。世界的にも注目を浴びているようだ。掲載雑誌のニューロンでも解説記事が用意されている。これまで紹介したScienceNewsLineの英語版はもちろんだが、BBCニュースでも紹介され、今後報道が相次ぐだろう。我が国にとどまらず、認知症は世界的問題だ。このようなソフトな仕事こそ、これからの成長戦略で支援すべき仕事だろう。
   この仕事については読売が紹介した。実際、アルツハイマー病にとどまらずタウ蛋白の関わる様々な病気に利用できることを考えると、「認知症の原因物質」とアルツハイマーを見出しに出さなかったのは上手な処理だと思った。もちろん記事の内容は膨大なデータの中からほんの一部をとりだして紹介しているため、特に間違いはない。しかし、この仕事の重要性や将来性についてはもう一つぴんと来ない記事になってしまっている。これまで出来なかった課題が実現しそうなこと、この技術から予想される将来の様々な研究など、実際の論文を読んだときに感じる興奮を是非伝えてほしいと思った。また、せっかくPET画像まで出すなら、正常人の画像と対比して出して貰えばもっと興奮が伝わったかもしれない。実際、BBCニュースでは専門家のコメントから、患者団体のコメントまで動員している。紙面の制限はあるにせよ、仕事の質を判断できる能力が記者に問われる仕事だ。(その後朝日新聞と、毎日新聞が同じ研究を報告している。個人的好みだが、朝日の西川さんの記事は、私が正常像との比較をのせるなどよくまとまっている。ただもっと興奮していい研究なのだが?)
  最後に、欧米の場合患者さん団体のコメントを見ることが多いのだが、日本で皆無なのはどうしてなのか。不思議に思った。

 

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9月18日 DNAメチル化と細胞周期:プロの仕事(オリジナル記事)

2013年9月18日
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どこかが紹介するかなと待っていたが、残念ながら報道されることはなかった。名古屋市大医学部の中西研究室の西山さん達の仕事だ。9月8日号のNatureに掲載された。(http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12488.html)
  DNAのメチル化は、少なくとも私たち哺乳動物では遺伝子の発現を抑制するために欠かせない重要なメカニズムの一つだ。これがうまく行かないと、発生もうまく行かず、また発がん過程にも関わることが知られている。しかし細胞が分裂して新しいDNA 鎖が合成されると、メチル基のついていない核酸で置き換わる。そのため、前と同じ場所を新たのメチル化をできないと、遺伝子の調節パターンを維持することが出来ない。この課程に関わる分子についてはよく理解されている。ただ、なぜ新たなメチル化が、DNA複製と連結して進むのかについての詳しいメカニズムはわかっていなかった。この問題を、生化学的に世界で始めて明らかにしたのがこの仕事だ。結論は極めてシンプル。Uhrf1と呼ばれる分子がDNAに結合しているヒストンH3にユビキチンと呼ばれる印をつける。次に、このヒストンH3上の印にDNAをメチル化するDnmt1と呼ばれる分子が結合する。この組み合わせで、DNAが複製を行っている場所に正確にDnmt1がリクルートされ、新しく合成された側の核酸にメチル基をつける。これがシナリオだ。おそらく一般の方にはなかなかわかりにくい。おそらく問題があまりに専門的すぎるのだろう。しかし、この仕事から発展する将来の可能性も含めて極めて重要な貢献だ。
   このようにこの論文の水準は極めて高い。しかしそれ以上に、私はこの論文を読んで本当に生化学のプロの仕事だと感じた。専門家をなるほどと感心させる仕事(私も専門家の端くれだとして)がここにもいるという嬉しい実感だ。様々な分野のプロがいて、プロをうならせていくことも、科学の発展にとって欠かせない。そのような研究をどう見つけていくのか、政府にとっても重要な課題だ。

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胎教は可能?(オリジナル記事)

2013年9月17日
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今日はテレビや新聞など多くのメディアが、アトピーに対する新しい薬剤の開発に成功したという京大の樺島さんの仕事を報じていた。ただ、米アレルギー専門誌なる物をいろいろ探してみても論文が見つからなかったので、報道ウォッチはやめて、オリジナルな記事にする。
 紹介したい仕事は、ヘルシンキ大学のPartanenさんらの仕事で、Proc Natl Acad Sci USAの9月10日号に掲載された (http://www.pnas.org/content/110/37/15145)。研究では、「胎教は可能か?」という、おそらく一般の関心の高い問いに挑戦している。実験は、胎生29週から誕生まで、フィンランド語ではほとんど聞けない母音を組み合わせた言葉に似た短い文章(タタタと言った3シラブル音)の様々な組み合わせを胎児に聞かせる。生まれた後で、胎教に使った音を少し変化させ、脳波で反応を見る。もし生まれる前に習った音を覚えていれば、その変化に気づくが、習っていない場合は聞き流すというわけだ。詳しい実験内容にはこれ以上深入りしないが、結論は予想通りで、間違いなく胎児期に聞いた言語様のパターンは記憶される。
   ただ早とちりはいけない。今回の結果は、言語的パターンが脳内に記憶されることを示しただけで、それが役立つかどうかはわからない。言えることは、今回の結果を受けて今後この記憶を役に立つようにするにはどうすればよいかの科学的な仕事が始まるだろう。いずれにせよ、記憶可能である事が示されると、今後も様々な試みが続く可能性が予想できる。このような研究は一種の人間の脳の操作だ。ただモーツァルトを聴かせると言った思いつきとは違う、よく計画されたコホート研究が必要だろう。胎教については検証されていない話が多すぎる。実際書店も含め巷には検証されていない胎教アドバイスがあふれている。そんな中、48人の妊婦さんと対話を繰り返し、最終的に33人のボランティアを募って行われたこの仕事は価値が高い。勿論、胎教をすることはそれによって悪影響がでる可能性も織り込まなければならない。このような仕事は実際日本で可能なのか興味を持った。ご存じの方があれば是非教えてほしい。いずれにせよ、これも草の根コホートの一つだ。個人ゲノムが100ドルになると予想される今、最も重要なのは、人の生活の長期にわたる記録だ。

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嚢胞性線維症治療薬開発につながる標的分子(朗報)

2013年9月15日
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嚢胞性線維症(CF)は上皮のナトリウムチャンネル(ENaC)の機能を調節するCFTR遺伝子の異常で、この分子異常によってENaCの活性が異常に上昇する結果、症状がでる。病気のメカニズムはかなりの程度理解できているので、これまで例えばENaCの機能を抑制する薬剤の可能性が追求されて来たが、まだ満足できる結果は得られていなかった。今回リスボン大学Amaral博士のチームは、ENaCの機能調節に直接関わる分子を一から検討しなおした。ENaCの機能を生きた細胞で調べる系を用いてしらみつぶしに遺伝子をノックアウトし、ENaCの活性化に関係する遺伝子を探索した。途中を全部省くが、最終的にこれまで知られていなかったENaC分子の活性を調節する2つの新しい遺伝子を発見した。実際には他にも幾つか薬剤の標的になる分子が見つかっているが、この仕事ではCNTFRと呼ばれる受容体と、Diacylglcerol kinase iota(DGKi)が薬剤開発の標的としてかなりの可能性がある事を示した。勿論私はこの分野の専門家ではないが、DGKiに対する薬剤を開発する可能性は高いことが十分な説得力で伝わって来た。おそらくCF治療のための研究としては大きなヒットに思える。特に、嚢胞性線維症の患者さんにとっては大きな励ましになるのではないだろうか。この仕事は今月号のCellに発表された。(Cell 154, 1390–1400, September 12, 2013)

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ジュラシックパーク、消えた夢(オリジナル記事)

2013年9月15日
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これまでは報道ウォッチを中心にしてこのコラムを書いて来たが、時間があるときは、私も科学報道記事を発信してみる事にした。まず最初はPlosOneの電子版に掲載されたマンチェスター大学Brown博士の研究室の仕事だ(http://www.plosone.org/article/info:doi/10.1371/journal.pone.0073150)。
  ジュラシックパークは1990年に小説が出版され、1993年には映画化されたフィクションで、世界中が夢中になった。琥珀の中の昆虫の体液から恐竜の血液を取り出し、その遺伝子を使って恐竜を復活させるところは説得力があった。小説に刺激されたからではないと思うが、1992年に幾つかの研究室で琥珀中の昆虫からDNAを分離し配列を解読したと言う話が相次いだ。ただ、示されたデータに疑問が持たれ、その後はまじめにこの可能性を追求する研究は途絶えた。
  今回、Brown博士等のグループは、DNAにバーコードをつける技術と、次世代シークエンサーを使ってこの夢を再検討した。結論は明確で、60年前に出来た新しい琥珀中の昆虫からでさえ、まともなDNAは得られないことが判明した。琥珀に完全な形の昆虫が残っていても、琥珀が出来る過程でDNAの受ける障害は大気中より大きいようだ。残念ながら、ジュラシックパークの夢はあきらめた方が良さそうだ。

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朝日新聞9月13日(中村)記事:鼻粘膜の蛋白質、におい伝達に一役

2013年9月14日
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元の記事は以下のURL参照。
http://www.asahi.com/tech_science/update/0912/OSK201309120077.html

日本の臭覚研究の第一人者坂野さんのグループの仕事だ。生まれが福井だと本人から聞いていたが、東大から福井移っているのを知った。元の論文は坂野さんが責任者になっているが、記者発表には教室の若手をたてる所は清々しい。
  臭覚は臭い物質が臭覚受容体に結合しG蛋白質、サイクリックAMPなどの細胞内のシグナル伝達分子を介して神経興奮へと転換する。受容体は1000種類以上の遺伝子があり、一つの細胞はそのうちの一つの遺伝子だけを発現している。すなわち、神経を刺激する入力は1000以上の化学物質だが、出力は興奮と言う一つの反応に集約する。一個の嗅覚細胞は一種類の受容体だけを発現する。これによって入り口で刺激が混じらないようにしている。その上で、発現する受容体によって個々の嗅覚細胞の神経が神経を伸ばす場所が異なる事で、より複雑な臭いの区別が可能になっていると予想されている。このように特定の領域に神経が枝を伸ばす過程が、嗅覚受容体からのシグナルよって調節されている可能性が、これまで坂野さんを始め様々な研究者により示されていた。今回の坂野さんの研究は、臭覚神経細胞の発生プロセスに関わる、臭覚受容体が関わる過程に働いているシグナルについてほぼ完全に明らかにした力作だ。シナリオは次の様になる。まず、それぞれの受容体は臭い物質刺激なしに自発的に発生させるシグナルの強さに応じて、神経細胞の枝の前後軸の分布場所を決めている。この場所決めに関わるシグナルの強さの差は、それぞれの受容体の固有の構造によって生まれる。これまでの謎を解く大変重要な発見だ。ここまでは胎児発生の過程だが、生後は臭い物質により刺激され、最後の場所決めが起こる。今回の仕事では、生まれる前と後の過程にはともに臭い受容体が必須だが、細胞の中で使われている分子は異なっていることも明らかなった。これも重要な発見だ。専門的なのでこれ以上深く解説する事はしないが、新たな問題を含めて将来の方向を示す重要な仕事だ。素人の私が見ても、更に面白い可能性が色々浮かんでくる。
 さて、朝日新聞の中村記者の記事だが、一般の方には理解しにくいが重要な研究について、伝える焦点を絞ってうまくまとめたと思う。特に、臭い物質の刺激によらない受容体が固有に持つ自発的興奮が発生初期の神経の分布に重要であると言う、今回の仕事の目玉に焦点を当てて伝えている。「「基礎活性」か高いセンサーを持つ嗅細胞は脳の奥へ、基礎活性か低いセンサーを持つ嗅細胞は手前にと、活性の度合いに応じた場所に接続していることが分かった」と言う表現は私も見習いたい。 しかし、この内容の面白さについては、これではなかなか伝わらないだろうとも思う。どう表現すれば重要性が伝わるのか、私も更に努力したい。問題もある。まず見出しは内容に合っていない。鼻粘膜の蛋白質の中のにおい伝達分子を明らかにした仕事のように私も錯覚した。今回の場合、臭い受容体自体が神経の接続場所を決める事を伝える事が大事だ。さらに、薬の開発で記事を締めくくるのはどうしたものかと感じた。今、国は役に立つ科学を強く意識した政策を推進している。しかし、どの病気に、どのような薬を開発するかなどを明らかにしないで、お題目として創薬について唱える事が国の科学技術政策の反映だとしたら寂しい。
   嗅覚細胞は神経細胞の中でも、生後定期的に、細胞が新しいものに置き換わり続けると言う珍しい性質を持つ。それでも私たちの臭い認識能力はあまり変わらない。これは今後の重要な問題だ。かくいう私も、10年ぐらい前、感染によって臭いを完全に失った。その後徐々に回復したが、ワインや食べ物などのいい臭いを識別する能力は全て回復したにも関わらず、不快な臭いについては今も全く戻っていない。ある意味では極めて喜ばしい性質を身につけたのだが、どうしてこのような事が起こるのか、さらにこの回復過程を自由に臭い物質や薬で調節できるのか興味は尽きない。臭いが一時的に失われる経験される患者さんは多い。薬について書くなら、この程度の事は付け加えるぐらいの事をして欲しかった気がする。

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