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11月4日:寄生虫がアレルギーを防ぐ仕組み(11月17日掲載予定 Immunity論文)

2015年11月4日
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アトピーや喘息などアレルギー疾患は、寄生虫が蔓延していた頃にはほとんど存在しなかったと言われている。私たちの小学校時代は、寄生虫駆除剤投与が学校行事として行われていた時代で、たしかにアトピーなどは少なかったように思う。ただそんな世代も、寄生虫とは無縁の生活を続けた今、ふと気がつくと、私も含め花粉アレルギーの友人は多い。これについて私は、寄生虫に対してIgE抗体反応が誘導されるため、他の外来抗原への反応を抑えているからだと説明してきた。事実回虫のエキスはIgE反応を誘導するときのアジュバントとして使っている。今日紹介するスイス・ローザンヌEPFLからの論文は、寄生虫のアレルギー予防効果が寄生虫自体の作用によるものだけでなく腸内細菌の変化を介して起こる可能性を示唆する研究で、11月17日のImmunityに掲載予定だ。タイトルは「Intestinal microbiota contrib.utes to the ability of helminths to modulate allergic inflammation (寄生虫によるアレルギー性炎症の抑制作用は腸内細菌叢が媒介する)」だ。このグループは以前からアレルギー反応を抑制する寄生虫の能力に注目していたようだ。細菌叢が存在する条件で寄生虫を感染させると、気管のアレルギー性炎症が抑制できるが、実験で使われる細菌叢を除去したマウスでは寄生虫のアレルギー抑制効果がないことに気づいていたのだろう。細菌には効くが寄生虫には効果がない抗生物質の投与実験で、寄生虫によるアレルギー抑制効果が腸内細菌叢を介していることを確認する。すなわち、アレルギーに対する寄生虫の効果が、直接効果ではなく、腸内細菌叢を介しているという結果だ。確かに寄生虫を感染させると、腸内細菌叢の種類が変化し、アセテートやブチレートなどの短鎖脂肪酸の産生が上昇する。また、寄生虫を感染させた腸内細菌叢だけで寄生虫を感染させたのと同じ効果が出る。これらの結果から、寄生虫感染は腸内細菌叢を短鎖脂肪酸を作る細菌優勢へと変化させ、これが免疫機能を抑えアレルギー反応を改善させるというシナリオだ。このシナリオを証明するため、短鎖脂肪酸の免疫機能への作用を媒介する受容体を欠損させたマウスに寄生虫感染させると、アレルギー抑制効果が消失することを確認している。最後に、この効果の少なくとも一部が、抗炎症性のIL-10産生と、制御性T細胞の誘導によるけっかであることを示している。また、短鎖脂肪酸の上昇がマウスだけでなく豚や人でも同じであることを感染実験で行っている。十二指腸虫をボランティアに感染させる実験を行えるというのが驚きだが、ブタもヒトも寄生虫感染により短鎖脂肪酸の産生が上昇することを確認している。   汚い環境で生活した昔はアトピーなどなかったと懐かしむのはいいが、では昔に還る方がいいのかと聞かれると、答えはNOだろう。もし「汚い環境」のいいところだけ取り出して使えればと思うが、無毒化ができたとしても寄生虫を飲みたいという人は出ないだろう(世紀のソプラノ、マリア・カラスは痩せるためにサナダムシを自ら感染させていたとはいうがこれは例外だ)。この点、今日紹介した論文は、寄生虫の効果の一部を短鎖脂肪酸に置き換えた点で、アレルギー予防法開発へと至る可能性がある。もちろん、回虫エキスの免疫効果から見ても、寄生虫自体の能力も今後明らかにする必要があるだろう。今子供を持つお母さんの多くがアトピーになるのではと心配されていると聞く。その意味でこの研究は期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月3日:神経堤細胞の進化(Natureオンライン版掲載論文)

2015年11月3日
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進化の過程ではそれまでに全く存在しなかった新しい細胞や器官が生まれる。例えば四足類という名前からわかるように、手足は魚類には存在しない。一方、全く新しい器官や細胞を一から創造するのは難しい。実際にはすでに存在するシステムを土台に新しいシステムができる。四肢の場合ヒレがそれにあたる。すなわち、全く新しいように見える器官や細胞には必ずルーツがある。様々な動物のゲノムが解読されてからは特に、新しいシステムとそのルーツを特定し、共通性と相違を明らかにし、その背景にあるゲノム変化を対応させる研究が進化発生学の重要な分野になっている。   脊椎動物はホヤなどの属する尾索類から分離してきたと考えられているが、この過程で新しく生まれる細胞の一つが神経堤細胞だ。脊椎動物の神経堤細胞は上皮が落ち込んで神経管ができた時、背中側の細胞が神経管から剥がれ落ちたあと目的の場所に移動して、感覚神経、色素細胞を始め頭の骨や筋肉、さらには心臓弁の一部にまで分化する細胞だ。今日紹介するニューヨーク大学からの論文は脊椎動物に近いユウレイボヤで神経堤細胞に相当する細胞を探した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Migratory neuronal progenitors arise from neural plate borders in tunicate(尾索類では移動性の神経前駆細胞は神経板の境界から発生する)」だ。丁寧とは言え、かなり古典的進化発生学の研究で、脊椎動物神経堤細胞から分化する後根神経節細胞に焦点を当て、発生過程で発現する遺伝子の共通性を手がかりにホヤの幼虫を検索し、ホヤの神経板の境界に接する細胞から由来するBTN系列が、脊椎動物の後根神経節細胞のルーツ細胞として特定している。この細胞は神経堤細胞と同様に体内を移動し、感覚受容体を発現する感覚細胞と結合する。残念ながら脊椎動物神経堤細胞のように明確な接着分子の変化を特定できていないが、関係のないカドヘリンを強制的に発現させるとBTN細胞は上皮から分離できないことから、この点でも接着性を変化させることで神経管から剥がれ落ちる神経堤細胞と似ていると結論している。この過程の鍵になる最も重要な分子が環境からのシグナル(MAPKを介する)により発現するneurogeninである点も似ている。ただ、大きな違いはBTNが神経板由来ではなく、中胚葉とともに神経板の境界へと移ってきた細胞である点だ。著者らは、ホヤのBTNは色素細胞と発生初期に共通の細胞から分かれるが、この分化タイミングがずらされ神経板細胞と統合されることで、神経堤細胞が神経板、そして神経管から生まれる様式が誕生したのではと結論している。   期待して読んだのだが、実際には少し失望した。はっきり言って、しっかりとした発生研究だが、進化発生学としてはあまり面白いとは思えなかった。古典的なレベルに留まって視野も狭い。例えば、タイミングをずらすヘテロクロニー進化は閉鎖血管系が生まれる際の血管内皮と血液の間にも見られる。何よりも、共通性と相違を定義する時に利用した遺伝子上に起こった変化との対応が全く取れていない。この過程は故大野博士が提唱した全ゲノム重複が起こった過程だ。これと形質変化を対応させて初めて面白い研究になる。しかもこの過程を代表する多くの種のゲノムも解読されている。この話が全くないのは興ざめだ。おそらく日本の若手が同じ研究の論文を送っても採択されないのではないだろうか。頑張っていると思えても、読んでがっかりする論文はトップジャーナルにも多い。この点はブランドワインと同じだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日:抗原受容体遺伝子再構成研究の進展(Cellオンライン版掲載論文)

2015年11月2日
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今日紹介するハーバード大学からの論文の内容はかなりプロ向きであると最初から断っておく。ただこの論文で研究しているRAG分子は私自身にとって思い出の深い分子で、久しぶりにこの論文の責任著者Fred Altの論文を読んで、改めてここまで研究が進んでいるのかと感心した。医者をやめてドイツで基礎研究を始めた時選んだテーマがBリンパ球の発生だった。私のテーマは未熟B細胞増殖調節だったが、同じ過程で何百万種類の抗体遺伝子の組み合わせが選ばれ、一個のBリンパ球が1種類の抗体を発現する遺伝子再構成が起こることから、遺伝子再構成のメカニズムについての研究が利根川,Baltimore,本庶など当時のスター研究室で進んでいた。同じ細胞を扱っていたことから、私自身もこの分野の研究者と交流が深かった。当時は現在の教科書に書かれている再構成のルールが明らかになり、焦点はどの分子がこの再構成を行っているのかに絞られていたが、最終的にBaltimoreの研究室のShatzがRAG1,RAG2遺伝子が遺伝子再構成の主役であることを発見する。その後私自身は研究を血液の発生全体に広げたため、これ以降の進展については、時折目に止まった論文を読む程度だったが、今日紹介するAltたちの論文はこのRAG1,2分子がどのように広い範囲のゲノム領域の中から再構成する相手を決めているのかを研究したものでCellオンライン版に掲載された。タイトルは「Chromosomal loop domains direct the recombination of antigen receptor genes (染色体上のループ領域が抗原受容体遺伝子の再構成を指示している)」だ。
極めてマニアックな研究で、生物学の研究のプロでもおそらく理解に時間がかかる論文だと思う。研究ではRAG1,RAG2の遺伝子への結合を決めている真性のシグナル配列(RSS)とは別の、RSSに配列が似ているため間違ってRAGが結合してしまうoff target配列を全てリストする方法を開発し、RAGによる再構成はゲノム全体に散らばるoff-target配列と真性のRSS間で起こるが、その範囲は染色体のトポロジーを決めているTADという構造内(http://aasj.jp/news/watch/3533参照)に限局されるようになっており、これが抗体遺伝子再構成が他の領域を巻き込まない理由であることを明らかにしている。さらに、再構成の相手を選ぶ時の方向性がCTCFと呼ばれる分子が結合する遺伝子配列の向きによって決められていることを明らかにしている。わかりやすく図式的に言うと、真性のRSS配列に結合したRAG1,RAG2はCTCFが決める方向性に従って遺伝子をたぐって相手方を決めるが、TADの境界を決めている場所に来ると手繰り寄せが止まり、それ以上進展されないようになっている。この時、どの部位と実際結合するかはおそらくIGCR−1領域のノンコーディングRNA存在と深く関わっており、この部位を欠損させると再構成される領域が強く抑制されるという結果を示している。この分野の研究者が他の領域に移っていく中で、Altは抗原受容体遺伝子再構成のメカニズムを極め、新しい普遍性を持った領域を開拓しつつあると実感する論文だった。   結局分野の違う人にはわかりにくい話だったと思うが、読んでみてここまでわかったのかという感慨を持つと共に、抗原遺伝子再構成というマニアックな領域が、ガンやCRISPRまで巻き込む、本当は多くの普遍的重要性を含んだ分野になってきたと私は確信した。若い人は「関係ない」と決めつけず、ぜひ一度論文を手に取ってほしいと思い紹介した。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日:フォルクス・ワーゲン不正による被害推定(10月29日号Environment Research Letter掲載論文)

2015年11月1日
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巷では旭化成建材の杭打ちデータ流用の拡大がメディアを賑わせているが、東芝不正経理、東洋ゴムデータ改ざん、VW排ガス不正と、大企業で続く不正を目にすると、昨年小保方問題の原因について、大学や理研は企業では当たり前のコンプライアンス対策や人事管理ができていないからだと記者会見で語っていた人たちの顔が浮かぶ。これだけ続くと、おそらく現在の大企業が作り上げた利潤追求システムを構造問題として分析する必要がありそうだ。ただ今続発している企業不正には被害者があり、司法の場に持ち込まれるケースも多いはずだ。このとき被害の全体をどう科学的に、しかも迅速に評価するかが問題になる。   この問題にアメリカのアカデミアがどう迅速に対応できるかを示すマサチューセッツ工科大学とハーバード大学からの論文が10月29日号のEnvironmental Research Letterに掲載されていたので紹介する(Environ.Res.Lett. 10(2015) 114005)。タイトルは「Impact of the Volkswagen emission control defeat device on US public health(フォルクス・ワーゲンの排ガス制御装置のdefeat deviceが米国の公衆衛生に与えるインパクト)」だ。幸いこの論文はクリエーティブコモンズに登録されており、図の引用が可能だ。   しかしアメリカ環境局(EPA)がVWの不正について発表したのは9月18日であることを思い起こすと、この論文がその後1ヶ月半で発表されたことは驚くべき速さで、社会の要求に迅速に答えることを使命の一つとして自覚しているアメリカアカデミアの底力を見る思いがする。さてタイトルからわかるように、この研究ではフォルクス・ワーゲンとアウディがアメリカで2009-2015年に発売したディーゼル車の排ガスがアメリカ市民の健康に及ぼす影響を算定したものだ。タイトルに登場するdefeat deviceとは、状況に合わせて排ガス処理をバイパスする装置で、今回の不正では排ガス検査以外の正常走行でこの装置が働くようにしたことが問題になっている。推計学的方法の詳細はすべて省くが、研究では、販売台数、これまで蓄積した一般車の走行パターンから割り出したNOxとPM2.5の排出量を、すでに環境評価で確立している幾つかの推計シミュレーションモデルに当てはめて、premature death (早死に)する確率や、様々な疾患の発生率を推定したものだ。論文に示された表をそのまま転載するが、2015年までの排出によるpremature deathを59人、社会コストを4億5千万ドルと推定している(図をクリックしてください)   
  • VW2   そして、VWが約束した通り2016年末までにリコールを終わらせれば将来のpremature deathを130人減らし、社会コストも8億4千万ドル減らせることを強調している。他にもこれまでの排ガスにより31人の慢性気管支炎と34例の入院例が発生したはずだとする推計も示している。その上で、現在EPAなどが推定しているVWへの罰金額が4万ドルを超えている点について、今回の研究から推定される実際の被害は一台あたり高々2600ドルで、EPAの算定は高すぎるのではと指摘している。さらに、被害のほとんどはPM2.5によるもので、NOxによるオゾン層破壊の影響はほとんどないことも強調している。役に立つことを絵に描いたような研究だが、使った推計学モデルが正しいかどうかは議論が必要だ。我が国を含め、公的資金を使ってビッグデータ・シミュレーションモデルが作成されているはずだ。このようなモデルは本当は今回のような問題が勃発したときのために作られてきているはずだ。こうした蓄積が役に立つことを迅速に示して、市民社会の期待に応えた点はさすがだ。次はこの論文がどのようにEPAや司法の判断に利用されるかが見ものだ。とはいえ、今回の推計データを実際の死亡率や発病率と照らし合わせて推計モデルの正統性を示す科学側の新たな責任も生まれたと思う。繰り返すが、9月16日のEPAの発表後すぐに計算を始めて、10月2日には論文を投稿し、10日で掲載が決まるというアメリカの学界のスピード感には舌をまく。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月31日:新しいトランスポゾン由来タンパク質(10月22日号Cell掲載論文)

    2015年10月31日
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    昨日、病気の発症メカニズムを研究するためにiPSが重要な手段になっていることを、双極性障害という一見iPSからかけ離れて見える精神疾患を例に紹介した。我が国でも山中さんを筆頭に、このような臨床応用がiPSの最も重要な分野であるとして、重点的な助成が行われている。しかし基礎科学としてみても、iPSの拡がりは予想を超える。例えばエピジェネティックスはESやiPSが利用できるようになり急速に進展した。ここでも紹介したゲノムのトポロジーや、スーパーエンハンサーなど、新しい遺伝子転写調節についての方法論や概念の形成にもES,iPSの貢献は大きい。これは、iPSにより、特定の分化段階のヒトやマウスの正常細胞を必要なだけ使って全ゲノムレベルの解析を行えるようになったからだ。他にも全く新しい有望分野を開発すべく活躍しているのがソーク研究所のGageグループだ。彼らはゲノム以外は細胞や組織レベルの実験に多くの制限のある猿からヒトへの進化の研究を、iPSを組み入れることで乗り越えられないかと挑戦を続けてきた。iPSが発表されるとすぐ、世界に先駆けて様々な霊長類のiPSを樹立し、ヒトと比べる研究を行っている。今日紹介する論文はその中から出てきた新しい発見について述べたもので10月22日号Cellに掲載された。タイトルは「Primate-specific ORF0 contribute to retrotransposon-mediated diversity (霊長類由来のORF0はレトロトランスポゾンによる多様性に貢献している)」だ。私たちのゲノムの半分がトランスポゾンと呼ばれるウイルスのような配列で占められているが、その中でL1と呼ばれるトランスポゾンはなんとゲノム全体の20-30%にのぼる。体を形作るタンパク質をコードする遺伝子が1.5%程度であることを考えると驚くべき数字だ。L1にはトランスポゾンの活性化に関わる2つのタンパク質をコードするORF1,ORF2と呼ばれる遺伝子が存在している。ただ30%ものゲノムが活性化されゲノムの他の場所に飛び込むことになれば私たちは生きていられるはずがない。幸いほとんどのL1には突然変異が入って不活性になっており、実際に活動できるのは100以下なので安心してほしい。この研究では、霊長類のL1遺伝子中にORF1,2とは別の転写、翻訳できる配列( ORF)が存在していることを発見しORF0と名付けている。もちろんORFが存在することと、実際のタンパクに翻訳されることとは全く別のことなので、この研究の大半は、このORF0がタンパク質として翻訳されていることを示すことに費やされている。詳細は省くが、チンパンジーやヒトには約3500の翻訳可能なORF0が存在し、作られたタンパク質は核内でPMLボディーと呼ばれる特殊な場所に存在していることを明らかにした。面白いのは、このORF0を持つL1は霊長類で急速に増幅・多様化したことで、霊長類以外の哺乳類には見られない。また、旧世界サルの代表ヒヒには50個程度のORF0しかない。さらに、ヒトとチンパンジーでも900のORF0はそれぞれの種特異的な場所に散らばっている。またORF0は多能性幹細胞(iPS)で発現が上昇しており、遺伝子内のスプライシングのシグナルを使って近くの遺伝子と融合タンパク質を形成していることも明らかになった。すなわち、全く新しい機能を持ったタンパク質が生まれる原動力になっている可能性がある。最後に、この遺伝子を大量に発現させると、L1活性化が高まることから、この分子の役割はL1活性化を促進して、霊長類のゲノム進化を促進することだと結論している。基本的には現象論だけだが、霊長類にしか存在しないこと、新しい融合タンパク質を形成できること、そしてL1活性化を促進すること、を知ると霊長類進化に確かに大きな役割を演じているのではと思えてしまう。次の一手が楽しみな論文だ。昨日紹介した中国の論文にもGageの名前は入っていたが、彼のグループの活躍が目立つ。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月30日:そう病を試験管内で再現する(Natureオンライン版掲載論文)

    2015年10月30日
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    だれでも気が滅入ったり、逆に気分が高揚したりを繰り返して生きている。程度や、それぞれの時期の持続は個人によってまちまちで、いつも憂鬱な顔をしている人や、逆にいつも会うと自慢話を聞かされることになる人など、誰もが日常経験することだろう。例えばソーシャルネットで自分の話を頻繁に書き込む人はだいたい躁の傾向があるはずで、鬱の人の書き込みを見ることは少ない。ただ、これが1型双極性障害と呼ばれる病的段階になると、社会に適応することは難しくなる。私も学生時代ポリクリで診察する機会があったが、初対面の私にも大きな自慢話を多弁に語ってくれた。そう病にはなかなかいい薬がないのだが、炭酸リチウムが効くことが知られている。発生学者にとって塩化リチウムはWntシグナル系アゴニストだが、炭酸リチウムがなぜ一部のそう病の人に効くのか現在もわかっていなかった。今日紹介する中国清華大学からの論文は1型双極性障害患者さんのiPSを用いてこの謎を解明した研究でNatureに掲載された。タイトルは「Differential response to lithium in hyperexcitable neurons from patients with bipolar disorder (双極性障害患者からの興奮が亢進した神経細胞に対するリチウムの選択的効果)」だ。IPSを用いた神経疾患のモデル化はこれまでも多くの論文が発表されているが、その中でもこの研究は最も成功した研究ではないだろうか。研究では型通り6人の患者さんからiPSを樹立、次に海馬の神経細胞を誘導している。こうして誘導した細胞を生理学的に比べると双極性障害(BD)患者さん由来神経は試験管内で強く興奮している。また遺伝子発現でも明らかに正常と異なり、ミトコンドリアの活性に関わる分子の発現が高い。実際ミトコンドリア機能を調べると、活性が著明に上昇しており、逆にミトコンドリアのサイズが小さい。さらに、神経興奮の亢進と対応するカルシウムや神経刺激に関わるシグナル分子の発現が亢進している。すなわちBD患者さんの神経は普通より代謝的にも活動が強く、その結果神経活動が亢進し、それが症状を引き起こしている可能性が示された。この細胞レベルの興奮亢進が本当に病気の原因か調べるために、炭酸リチウムに反応する患者さんと反応しない患者さんからの神経細胞の興奮をリチウムが抑えるかどうか調べ、臨床的に反応した患者さんの神経の興奮が見事に抑えられ、ミトコンドリアの大きさも元に戻っている。さらに、リチウムでPKAシグナルに関わる遺伝子の発現が抑制されることも示しているが、これについてはまだ研究が必要だろう。データを見ると、嘘と違うかと思うほど綺麗で、明瞭なデータだ。これにより、なぜそう病になるのか、またリチウムが効くのかなど解明が進むと期待できる。これまで読んだiPSを使った病気メカニズムの研究の中でも出色の研究だと思う。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月29日:オキシトシンとマリファナ(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

    2015年10月29日
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    ワシントン、コロラド⒉州をきっかけに、アメリカでマリファナの個人使用解禁の動きが進んでおり、JAMAなどの雑誌にもよく取り上げられる。実際には多くの州で医療用の使用は認められ、様々な疾患に処方されている。心理的にはマリファナが敵意を和らげ、コミュニケーション能力を高め、結果として社会性獲得に寄与することが知られている。一方薬理学についても研究が進み、マリファナはCB1と呼ばれる受容体を介してこれらの効果を発揮すること、また社会性を司る脳部位にこの受容体が強く発現していることが知られている。もちろん我々の体内にはこの受容体を刺激するリガンド、カンナビノイドを脂肪酸から作る経路があり、社会性が高まるときにリガンド産生が上昇する。今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文はカンナビノイドとオキシトシンの刺激経路が相互作用していることを示す研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Endocannabinoid signaling mediates oxytocin-driven sociall reward (内因性カンナビノイドシグナル経路はオキシトシンにより誘導される社会褒賞システムを媒介している)」だ。おそらくこのグループは社会性が高まるとき新たに内因性カンナビノイドが作られるプロセスに興味を持って研究を続けているようだ。最初、グループで育てたマウスの子供を隔離した後、グループに戻したときに脳内で作られるカンナビノイドを測定している。期待通り、グループに戻すことで前脳の側坐核特異的にカンナビノイドの濃度上昇が見られる。また、カンナビノイドの分解が遅いマウスでは、社会性が高まるが、CB1の阻害剤でこの効果がなくなることを明らかにした。すなわち、社会活動が高まると、社会性の褒賞システムを司る側坐核で新たに脂肪酸からカンナビノイドが作られ、この行動を維持するという結果だ。社会性を高めることで有名なもう一つのシグナルがオキシトシンだ。著者らはカンナビノイドとオキシトシンの刺激がどこかでリンクしているのではと着想した。これを調べるため、オキシトシン受容体を抑制した条件で社会性を高める刺激でカンナビノイドが上昇するか調べた所、側坐核でのカンナビノイド合成が誘導されないことを発見した。一方、オキシトシン反応性神経が強く活動するようにしたマウスでは、カンナビノイド合成が著明に上昇する。最後に、カンナビノイド反応性の神経の興奮をcFos分子発現でモニターし、オキシトシン刺激がカンナビノイドの側坐核での産生を促し、それによりCB1陽性細胞が刺激され、社会性上昇につながることが示された。   オキシトシンがマリファナに対する受容体を介して働いているというこの発見はおそらく臨床的には重要な発見ではないだろうか。同じ週Molecular Psychiatryオンライン版に自閉症に対するオキシトシンスプレーの効果を調べた無作為化試験の結果が掲載されていた(doi:10.1038/mp.2015.162)。マリファナやCB1刺激剤もこれから視野に入っていくのではないだろうか。   とはいえ医療使用と個人使用は話が違う。それでも、タバコやアルコールを禁止できないなら、なぜわざわざ大麻を取り締まるのかというアメリカの合理性には驚く。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月28日:肺炎球菌ワクチンに関する米国予防接種諮問委員会及び米国疾病予防管理センターからの勧告(10月26日号JAMA Internal Medicine掲載論文)

    2015年10月28日
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    我が国のメディアで盛んに肺炎球菌ワクチンの接種が呼びかけられている。私も適齢期なのでワクチンを受けようかなと調べていたところ、新しいPCV-13ワクチンについての米国予防接種諮問委員会(ACIP)の勧告に対する2つの意見が10月26日号のJAMA Internal Medicineに掲載されていたので紹介する。最初の意見は当のACIPからの意見で「Pnemococcal prevention gets older and wiser (肺炎球菌予防法は高齢者に合理的な方法で使える)」がタイトルだ。ここでは新しい勧告に至る経緯が述べられている。最初開発されたワクチンは、抗原となる様々なポリサッカライドを使ったPPSV-23で、公費補助が行われたためアメリカの6−7割の人が接種を受けた。ただ、免疫学的には予防効果は中程度で、特に年齢が進むほど効果がないことがわかっていた。それでも一貫してACIPは65歳以上の人たちにPPSV23とインフルエンザワクチンの併用投与を呼びかけている。そこにポリサッカライドに異種タンパクを結合させ免疫原性を高めたワクチンPCV-13がFDAにより認可される。これを受けてACIPはまずHIV患者など免疫の弱い人へのPCV-13接種を勧告する。そして、オランダで行われた85000人の65歳以上の人たちへの接種研究が、75%の肺炎に効果があり、45%の他の肺炎の予防効果もあるという結果を受けて、最終的にこれまでワクチンを受けたことのない人はまずPCV−13を接種、その後1年以上間をあけてPPSV23を接種、またすでにPPSV23接種を受けたことのある人はPCV-13一回を打つように勧告した。この意見では、この結果が昨年の肺炎流行時に効果を及ぼしたという研究を引用し、ワクチンの効果については2018年にもう一度見直すが、免疫誘導効果は十分なので、勧告通り接種を進めるという意見を述べている。  これに対しUCLAのグループは「Reconsidering guildines on the use of pneumococcal vaccines in adults 65 years or older (65歳以上の人への肺炎球菌ワクチン接種のガイドラインを再考する)」という意見を提出している。この意見では、PCV-13の効果について、これまでワクチン接種のないオランダ(我が国も同じ)での治験であり、すでに6割以上がPPSV23接種を受けているアメリカとは状況が異なること。またこの治験も4年というスパンで見ると予防効果はやはり中程度でしかないことを重視している。その上で、これまでの長い経験で米国では安価なPPSV23が十分効果を発揮し、全体の発症数を抑えるのに成功しており、わざわざPCV-13に変える必要はないという意見だ。PCV-13は150ドル、PPSV23は50ドルで、その差は大きい。ただ、UCLAのグループもワクチン接種には賛成で、接種を受けた人数を増やして、社会全体で肺炎球菌感染を減らすべきだとしている。   我が国で現在厚生労働省などが薦めているのは、PPSV23の接種だ。ただ突然一方的にメディアでワクチン接種を呼びかけるのではなく、現在得られるワクチンの情報、これまでの研究、ワクチンに対する様々な意見をなんらかの形で紹介することが重要だろう。ただ、米国と異なり我が国ではワクチン接種は始まったばかりだ。実際には、子供から大人までワクチン接種を進めることが前提であるにもかかわらず、65歳以上だけに必要であるかのような宣伝の仕方には疑問を感じる。多くのワクチンは個人だけの問題を超えて、社会の病気全体を減らす可能性があり、ワクチンの必要のない世界のために進めるという戦略性が必要だ。UCLAのグループも、肺炎球菌は若年層で最も維持されていることを強調している。またACIPの勧告ではPCV13を2回接種する代わりに、PCV-13接種の後12ヶ月以上開けてPPSV23を接種することを勧めている。これは副作用など幾つかの理由のあることで、我が国もこのプロトコルを受けられるのか,いつ認可されるのかはっきり示してほしい。おそらく我が国では自動的にPPSV23を繰り返すのではないだろうか。いずれにせよ、一貫したワクチン行政を進めるためにも、我が国も委員会形式でなく、議論がはっきり見えるACIPの様な機関が必要だろう。   さて私だが、PCV13のあとPPSV23というプロトコルが可能か調べて接種を受けるつもりだ。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月27日:サルコイドーシス(Bloodオンライン版掲載論文)

    2015年10月27日
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    今日紹介するミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文は、完全に現象論で終わってしまっている点から考えると、普通このホームページで取り上げない、はっきり言ってよくBloodが採択したと思える。ただ、研修医時代の思い出があるサルコイドーシスについての研究がしかもBloodに掲載されているというのを見て思わず取り上げた。あえて言えば個人的思い出を書き留める意味で取り上げることにした。タイトルは「Characterization of subsets of the CD16-positive monocytes: impact of granulomatous inflammation and M-CSF-receptor mutation (CD16陽性単核球:肉芽種性炎症とM-CSFの影響)」で、10月13日オンライン版としてBloodに掲載された。この研究の結果をまとめると、 1) CD16(FcγIII受容体)陰性の単核球から分化してくるCD16陽性の単核球をSlanと呼ぶ糖鎖抗原で明確な2種類のポピュレーションニ分けることができる。 2) Slan陰性ポピュレーションは抗原提示に必要な組織適合性抗原誘導に必要な遺伝子群を発現している。一方、陽性群は自然免疫刺激による活性化を受けたポピュレーションの特徴を持つ。 3) 肉芽種性慢性炎症の代表と言えるサルコイドーシスでSlan陰性ポピュレーションが上昇している。特に男性の患者で多い。 4) M-CSFの受容体を欠損したhereditary diffuse leukodystrophyの患者さんではSlan陽性ポピュレーションが欠損している。 になる。
    ディスカッションから推察すると、活性化されたCD16陽性単球をさらにSlan陽性と陰性群に分けることができ、陽性群にはM-CSFのシグナルが必要である。一方、おそらく慢性肉芽腫性炎症に関わる刺激によりサルコイドーシスで上昇しているという結論だ。もともと女性に多いサルコイドーシスのうち男性患者でなぜこの細胞が増えているのかなど説明できていない点は多い。また、結核などの他の肉芽腫性疾患についても調べるべきだと思う。   ただこの論文を読んで私の研究生活の原点を思い出した。研修医の頃私の指導医だった泉先生のサルコイドーシス外来を手伝った。そのとき、肉芽腫性炎症は面白い研究対象になると思った。おそらく、京都時代に始めたリンパ節やパイエル板発生の研究はこの延長線上にあると思う。サルコイドーシスではリンパ球の中のT細胞が低下しているということで、すべての患者さんのリンパ球を分離してT細胞数を測定した。と言っても今のように抗体を使った検査ではなく、若い人には信じれないだろうが、羊の赤血球と結合するリンパ球をT細胞として算定した。その後蛍光抗体で細胞を分ける時代が来たが、病気の理解のために実に何でもやっていたのだと感慨が深い。この意味で、この病気は、細胞をともかく分画したがる私自身の原点にあるのだと今でも感じる。もう一つの原点がM-CSFだ。熊本大学で独立した研究室を持ったとき、当時助手の林さんたちの頑張りで、分子遺伝学ではど素人の集団がマウス大理石病がM-CSFの突然変異であることを示せた。このおかげで、研究費や認知度が高まった。そのとき、人でも同じ病気がないのか調べたが、人の大理石病にM-CSFシグナル異常で起こるケースはなさそうに思えた。その後林さんたちはこのシグナルの研究を続けたが、私自身は抗体を作る程度であまり深入りをせず、そのまま忘れていた。この論文を読んで、M-CSF受容体のシグナルが欠損すると、大人になって脱髄性の脳変性が進行することを知っておどろいた。おそらく、ミクログリアの機能異常だと思うが、大人になって発症するなど大変興味深い病態だ。もう一度勉強し直す気になった。個人的思い出だけでごめんなさい。
    カテゴリ:論文ウォッチ

    10月26日:5000年前のペスト(10月22日Cell掲載論文)

    2015年10月26日
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    古代の生物の遺物からDNAを取り出し塩基配列を決定する研究が加速している。これはゲノムが記録として様々な歴史を伝えてくれるからで、文字による「史」が存在しない過去の様子がゲノム解読の進展により明らかにされ始めている。このトレンドはドイツ・ライプツィッヒにあるマックスプランク研究所のペーボさんたちの努力に負うところが多いが、最近の論文を見ているとこの分野の研究が特に盛んなのがデンマークだ。70万年前の馬の全ゲノム解読を報告した論文や(http://aasj.jp/news/watch/103)、インドヨーロッパ語の伝搬をゲノムから研究した論文(http://aasj.jp/news/watch/3584)などこのホームページでもかなり紹介した気がする。そのデンマークからまた新しい古代のゲノムについての論文が10月22日号のCellに発表された。タイトルは「Early divergent strains of Yersinia pestis in Eurasia 5000 years ago (5000年前のユーラシアに広がるペスト菌の多様化)」だ。
      石器時代から青銅時代の遺物のゲノム解析が現在急速に進んでいる。もちろん当時の人間のゲノムを調べ、有史以前の人間の行動を明らかにすることが主目的だが、採取されたDNAに含まれるDNAのほんの一部だけがヒト由来で、実際には分類ができていないDNAが大半を占める。この研究ではこれまで解読された101にのぼる2600-5000年前の人骨由来DNA配列890億塩基対のうち、これまで人間以外のDNAとして排除した配列の中にペスト菌のDNAが含まれているのではないかと着想した。ペスト菌は約2600年〜3万年前のいつか、Y.pseudotuberculosisから分離したと推定され、歴史で習うようにその流行は、500ACにユスチニアス1世時代ビザンチン帝国、14世紀から続いたヨーロッパの黒死病大流行など、歴史に大きな影響を与えてきた。ただ、有史以前となると流行の実態はわからない。調べてみると、全ゲノムが解読できた2体を含む7体の人間の歯にペスト菌DNAが存在することを発見した。あとは解読された配列が本当にその当時の人間が感染していたペスト菌由来かどうか、様々な基準を用いて確認したうえで、現在のペスト菌と毒性を比べている。詳細を省いて結論をまとめると次のようになる。
    1) 地理的広がりをみると、少なくともバルカンからロシアに広がる地域でペスト感染者が3000BC-1000BCには存在していた。
    2) ペスト菌のY.pseudotuberculosisからの分離はこれまで考えられていたよりずっと昔、約50000年前。
    3) ペストの大流行に関わるネズミ毒素(ノミの腸内で生存するために必須)は青銅時代のペスト菌には存在せず、1600BCから951BCの間のいつかに獲得されている。この獲得にはトランスポゾンを利用する水平遺伝子伝搬が重要な働きを演じている。
    4) 組織深く浸透するためのプラスミノーゲン活性化因子はペスト菌が分離した最初から存在している。
    5) ヨーロッパ大流行の後、ペスト菌からDFR4と呼ばれる遺伝子が欠損し、毒性が弱まるが、この遺伝子は最初から存在している。
    6) ペスト菌は免疫反応を逃れるために鞭毛を失っているが、2000BC以前の菌には鞭毛が存在しており、免疫反応が十分対処していた可能性が高い。鞭毛は1000BCぐらいから失われ始めたと考えられる。
    このように、青銅時代までのペスト菌は感染性はあっても、免疫反応を誘導し、ノミを媒体に使えないため、大流行はなかったようだ。とはいえ、ユーラシアの広い範囲に広がっていた。このように、論文では主にペスト菌の由来と歴史が調べられているが、今後記録に残るペスト菌の流行と対応させた歴史学的検討へと進むだろう。文字とDNAはともに書かれた記録で、歴史の解読に重要な双輪になっていることを実感する論文だった。しかし、この分野の我が国のプレゼンスはあまりに低いのが心配だ。歴史問題議論が盛んな我が国だからこそ、決して変更されていない「史」としてのDNAは重要なはずだ。
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