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10月16日:神経芽腫の新しい原因(Natureオンライン版掲載論文)

2015年10月16日
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一部の例外を除いて腫瘍には必ずゲノムの変化が存在する。ヒトゲノムが解読され、次世代シークエンサーが医療現場に導入されたおかげでガンゲノム解読が容易になり、ガン研究はこの10年で目覚しい進展を見せた。まさに、新しいテクノロジーが実感できる分野の代表と言えるだろう。しかもまだ発展は続いている。これまでガンゲノム研究の中心はタンパク質へ翻訳されるゲノム領域、エクソームの配列決定だった。これはコストが抑えられるのと、情報処理技術自体の限界によるところが多かった。しかしこの限界が乗り越えられると、ガンゲノム研究は今や全ゲノム配列調べる時代に入った。今日紹介するドイツケルン大学からの論文はこの進歩を実感させる論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Telomerase activation by genomic rearrangements in high-risk neuroblastoma (ハイリスク神経芽腫ではゲノムの再構成によるテロメラーゼの活性化が見られる)」だ。神経芽腫は小児の固形腫では最も多い病気で、その多様な経過のため予後を予測するのが難しい病気だ。経過観察だけで自然治癒する患者さんも多いが、それ以外は治療が難しく予後も悪い。したがって、ハイリスクグループとそれ以外を早期に診断し、治療方針を立てることが重要だ。これまでMYCN遺伝子の増幅がある場合は予後が悪いハイリスク群と診断されていたが、これは全体の一部に過ぎず、新しい原因遺伝子を求めてゲノム解析が進められてきた。これまでのエクソーム解析から、ALKの突然変異、ATRX遺伝子の欠損などが発見されたが、ALK突然変異は必ずしもハイリスク群に限局せず、また遺伝子異常が特定できない症例が多く残っていた。この研究の目的は、エクソーム解析では発見できなかったゲノム異常を特定することで、50例あまりの神経芽腫の全ゲノムを解読している。もちろんこの研究でもすでに発見されていたMYCN, ALK, ATRX遺伝子異常が確認されたが、それ以外に2割の神経芽腫でテロメラーゼ遺伝子上流50Kbに様々な遺伝子が転座してきていることを発見した。テロメラーゼはテロメアの長さを維持し、細胞の老化を防止する遺伝子で、これが発現すると細胞は異常増殖を始める。ただ一般の体細胞ではこの遺伝子が発現しないように染色体構造を変化させ強く抑制されている。ところが転座のある患者さんでは平均で90倍近く発現上昇がみられる。この原因を調べると、他のゲノム領域が近くに転座してくることにより、それまで閉ざされていた染色体構造が開き、上流のエンハンサーの影響を受けることで高い発現が可能になっていることがわかった。6月3日このホームページで詳しく説明したが(http://aasj.jp/news/watch/3533)、遺伝子の多くはTADという構造単位を形成し、遠くのエンハンサーの影響から守られている。神経芽腫ではこの発現を抑制する構造が、染色体の転座により破壊され、発現してはいけないテロメラーゼが発現して、腫瘍になるというシナリオだ。一般の方にとって重要なのは、このゲノム異常がこれまで発見されたMYCN増幅、ATRX遺伝子欠損とオーバーラップしないこと、そしてハイリスク群のみに限局する異常である点だ。このことから、それぞれの遺伝子を調べるとほぼ半分の患者さんについて、ハイリスクかどうかが判断できるようになったことになる。もちろん次は、それぞれの変異に合わせた治療法開発が重要だが、このためにも病気を分類できるようになったことの意義は大きい。今後他のガンでも全ゲノム解読が進むだろう。これを診断だけに終わらせずに、根治を目指した治療法開発につなげることが必要だ。国も企業もかなり戦略的に取り組まないと、我が国はガン治療開発の不毛地帯に陥っていくような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月15日:老化とリプログラミング(12月3日発行予定Cell Stem Cell掲載論文)

2015年10月15日
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山中iPSは、患者さんのiPSから必要な系列の細胞を誘導し、それを用いて病気のメカニズムを解析し治療法を開発するためのテクノロジーとして期待され、実際成果が上がっている。一方、これまでの研究からiPS誘導により、老化していた体細胞がもう一度若返ることがわかってきた。一見両方の性質はいいとこづくめに思えるが、病気を再現するという面では一つ問題がある。多くの病気の背景には細胞の老化があるが、若返らせると老化による変化が消失して本当の意味での病気の再現は困難になる。この問題をなかなかうまい方法で研究したのが今日紹介するソーク研究所からの論文でCell Stem Cellの12月号に掲載予定だ。この論文はFred Gage研究室からだが、この研究室の仕事にはいつも自由なアイデアと豊富な知識を感じる。タイトルは「Directly reprogrammed human neuron retain aging-associated trascriptomic signture and reveal age-related nucleoplasmic defects (直接リプログラムで誘導したヒト神経細胞は老化による性質を保持しており、老化による核—細胞質間交流の異常を明らかにする)」だ。研究ではまず高齢者の細胞からiPSを誘導し、iPSではそれまで積み重なっていた老化による性質が消失することを確認している。次に、iPSのように多能性細胞へといったん戻すのではなく、高齢者の線維芽細胞から直接神経を誘導した場合、その細胞には老化による性質が保持されるか調べている。これまで報告された直接神経へとリプログラムする方法が高齢者の線維芽細胞にも適用できることを確認した後、その細胞を元の線維芽細胞と比べ、ともに老化により発現することが知られている多くの遺伝子が発現していることを発見した。すなわち、iPSと違って、直接リプログラミングを使うと、その人の年齢を反映した神経細胞を誘導できることになる。このことからiPSは再生医療には有利だが、病気の再現、特に経年変化が関わる病気の再現には不利であることがわかる。面白いのは、高齢者の線維芽細胞から直接誘導した神経細胞は、線維芽細胞とは別の老化遺伝子を多く発現していることだ。すなわち、まず老化による根幹の変化(マスター変化)が存在して、この変化がそれぞれの細胞系列で違う老化遺伝子の発現を調節していることになる。このマスター遺伝子を探すため、線維芽細胞と神経細胞の両方で出ている老化遺伝子を探索し、核と細胞質の交流を調節している核孔に結合するRanBP17分子が年齢とともに低下することを突き止める。この分子の発現を若い細胞で低下させると、様々な老化遺伝子の発現が見られるようになるので、老化に関わるマスター分子の一つである確率が高い。一方、iPSを誘導するとこの異常は消失することも明らかにしている。私も初耳だったが、核孔を形成する分子は新陳代謝が遅く、一度作った分子を長期間使うので老化の影響を受けやすいようだ。したがって、この分子が老化すると、核と細胞質の交流に支障が出て、老化変化が拡大するというシナリオだ。まあこれだけで決まるかどうか、まだまだ研究は必要だが、iPSと直接リプログラムを老化という観点から比べたのは「なるほど」と感心する。今後、老化が関わる神経系の疾患研究には、直接リプログラムの重要性が増すと予想できるが、直接リプログラムは高齢者の再生医療には問題があることがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月14日:神経性食思不振症の脳回路(10月12日号Nature Neuroscience掲載論文)

2015年10月14日
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以前も述べたが、熊本大学から京大に移ってすぐに秘書に来ていただいたMさんは面接の時から神経性食思不振症であることがわかる方だった。それでも、自分も医者だからなんとかなるのではという甘い考えで、素晴らしい英語能力に惹かれて採用した。期待通り、秘書としては素晴らしい方だったが、私の生半可な知識では病気の方は如何ともし難かった。よくやってくれたお礼にと食事に誘ってスケジュールを決めるとその日は必ず休まれることに気がつき、それからは誘うのをやめた。結局体力の限界が来て退職された。その後入院治療を続けられたが、回復せず帰らぬ人となられた。今も私のところで働いたせいではないかと気に病んでいるし、またこの病気についての論文は特に気になる。今日紹介するニューヨーク大学からの論文は素人の私にもわかりやすい論文で神経性食思不振の患者さんが食べ物を選ぶときに活動する特徴的な脳回路についての研究で、10月12日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Neural mechanisms supporting maladaptive food choices in anorexia nervosa(神経性食思不振症の異常な食物選択の背景にある神経メカニズム)」だ。これまでの研究から、この病気の患者さんは治療として食生活を変えている途中でも、食べ物の好みを聞くと例外なく低カロリーの食品を選ぶことがわかっていたようだ。この研究でもまず患者さんに、健康状態や、食べ物の好みなどを聞いている。ただ、選んだ食品の中からランダムに選んで必ず食べてもらうようにすることで、正常を装うことを防ぐ工夫をしている。さらに、次の日ビュッフェ形式のランチを食べてもらってその時のカロリー量を計算することで、この選択が実際の食行動と相関することを確認している。驚くことに、このランチで1人は食べられずにリタイアし、3人の患者さんは過食への欲望が抑えられないと告白したようだ。この病気はそれほど大変なのだ。   これまでも同じようなテストが行われていたようだが、今回の研究は実際の食品選択行動まで確認している点が新しいようだ。この確認の後、MRIを用いて患者さんが食物選択をする際、脳のどの領域に正常との差が見られるか調べて、線条体の背側部が患者さんで強く興奮することを見出している。同じ線状体でも、腹側は正常と変わらない。またこの活動は、食品を選択する時のみに強く現れ、食べ物の好みについての質問に答えているときには正常と差がない。もともと線条体は行動の選択に関わる領域として知られているので、次に患者さんが低カロリー食品に反応する時、どの回路からの刺激が線条体を興奮させるか調べ、大脳前頭葉の前方・腹側・側方と連結する回路が関わることを突き止めている。すなわち患者さんでは、低カロリー食品を見た時結合が強まり、高カロリー食品を見た時結合が弱まる。普通の人は逆に高カロリー食品を見た時にこの結合は強まる。更に、低カロリー食品を見た時の結合の強さが、実際にビュッフェで選ぶ食品のカロリー量と逆相関を示すことも明らかにしている。結果はこれだけで、この回路の結合性の強さと摂取カロリー量が逆相関するなら、客観的な診断指標として使う可能性はあるとしても、ではこの病気に対してどうすればいいのかヒントはなかった。ようやく出口がわかったところだろう。次は前頭葉がなぜ高カロリー食品を忌避するのか、そのメカニズムを明らかにすることが必要だと思う。とはいえ、少しづつでも研究が進展していることを確認できる論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日:エチオピアで出土した新石器時代人のゲノム(Scienceオンライン版掲載論文)

2015年10月13日
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シリア難民がハンガリーからドイツに向けて歩いているのを見ると、私たちの世代はハンガリー動乱で多くの難民がオーストリアに向けて歩いている写真を思い出し、歴史は繰り返すことを思い知る。そして、中学・高校で習った民族の大移動が、現在も当たり前のように続いていることも実感する。実際、中東からトルコにかけてのルートは古代から民族の移動が盛んに起こっていたようだ。私たち人類の祖先が中東に生まれ、南と北に別れて拡がったことは、現代の各民族の遺伝子を比べることでかなりの程度わかる。ただ、さまざまな時代に生きた古代人のゲノムが解読されると、この精度はさらに上がる。このためネアンデルタール人と交流のあった2−3万年前から現代に至るさまざまな時代の民族の骨に残るゲノムを調べることは歴史学の重要な分野として確立した。しかし、アジア、アフリカから出土した古代人のゲノムの解析はさまざまな理由で大幅に遅れている。今日紹介する英国ケンブリッジ大学とアイルランドダブリンのトリニティーカレッジからの論文はエチオピア南部Mota洞窟で見つかった新石器時代人のゲノムを12回繰り返して読んで解読した研究でSciencオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient Ethiopian genome reveals extensive Eurasian admixture throught the African continent (エチオピア古代人のゲノムはアフリカ全土にわたるユーラシア人との交雑を示す)」だ。現代アフリカ人とヨーロッパ人を比べる時問題になるのが3000年前後に起こったユーラシアからアフリカへの移動による交雑だ。この時の影響を正確に調べるためには、それ以前のアフリカ人のゲノム解析が必要で、この論文で解析されたMota人は古代アフリカ人としては最初のゲノムになる。まず現代のアフリカ人とゲノムを比べると、エチオピアのオモ語をはなす民族に最も近い。オモ語を話す民族は言語学的に他の民族から孤立して来たとする説があるが、今回のゲノム解析はそれを裏付けるようだ。次にユーラシア人の遺伝子流入について調べてみると、現代のサルジニア人、そしてシュトゥットガルトで出土した新石器時代人のゲノムに最も近い。これまでの研究でサルジニア人はヨーロッパ人の中で新石器時代人のゲノムを最も残している民族とされている。西ヨーロッパ新石器人は、現在のトルコ地方から農業とともに移動して来たことがわかっており、今回の研究結果は同じ祖先が遠くアフリカまで拡がっていたことを物語る。サルジニア人から想像できるのは、色の浅黒い茶色い目の民族だが、流入した遺伝子から同じ先祖が移動して来たことが確認できる。さらに他のアフリカ民族のゲノムと比べると、このトルコ由来の新石器人ゲノムはアフリカ全土に拡がっていることも分かった。このことは、ユーラシア人とアフリカ人の交流がこれまで考えられていた以上に起こっていたことになるが、だとするとアフリカ人にネアンデルタール人のゲノムが流入していないのは解せない。もう一度新しい観点で見直すと、確かに0.3−0.7%ぐらいのネアンデルタール人ゲノムがアフリカ人にも見られる。ただ、これまで言われていたように、アフリカ人が直接ネアンデルタール人と交雑したことはないと考えたほうがよさそうだ。一人の古代人のゲノムが、歴史についての理解をこれほど新しくしてくれる。エキサイティングな時代だ。しかしこの研究からわかる民族の移動を、現代の難民の移動と重ね合わせると、移動の背景に何があったのかぜひ知りたい。考古学の出番だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月12日:REM睡眠を誘導する(Natureオンライン版掲載論文)

2015年10月12日
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私自身は脳研究の経験は全くないが、それでも睡眠の研究は難しいだろうなと思う。まず睡眠という行動には「疲れたから寝る」と言った受身的な印象があり、ポジティブな指標を見つけにくいだろうと思うし、またあまりに多くの脳領域が組み込まれているため、局在論的な研究手法が使いにくいと思ってしまう。そして何よりも、睡眠のスウィッチを入れたり切ったりして実験することは簡単でない、と思っていたら、REM睡眠についてはon/offを自由に誘導できるようにして、REM睡眠の行動分析を可能にしようとする研究が行われていた。今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はREM睡眠を光遺伝学で誘導できるようにして、それに関わる神経回路を明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Control of REM sleep by ventral medulla GABAergic neurons (延髄腹側部GABA作動性神経によるREM睡眠の調節)」だ。タイトルにあるREM睡眠とは、rapid eye movement睡眠の略で、睡眠中なのに目を急速に動かす一方、筋肉は弛緩している状態をさす。一種睡眠中の覚醒状態で、この時期に夢を見ていると考えられてきた。REM睡眠を中断して活動していた神経を調べる研究から、延髄の腹側部(vM)がREM睡眠と相関するのではと推察されていたようだ。この研究では、光遺伝学を使って光でこの神経細胞を興奮させられるようにしてREM睡眠を誘導できるか検討し、睡眠中このvMのGABA作動性神経を興奮させると、REM睡眠に移行し、またREM睡眠を延長できること、一方覚醒時に同じ細胞を刺激しても何の影響もないことを明らかにした。一方、この部位の神経興奮を抑制すると、REM睡眠が起こらない。すなわち、睡眠中にREMかnon-REMかを決める中枢としてvMが働いていることを示している。次に、この実験で光で興奮するようにした神経の活動を正常状態で記録すると、当然REM睡眠中に興奮するのだが、覚醒時には食事中と毛づくろいの最中に一番興奮する神経であることも分かった。この意味についてはこれからの研究が必要だが、食べる時に興奮する神経がREM睡眠を誘導できるとは素人目には面白い。最後に、vMの前部にあるGABA作動性神経が中脳の腹側部に、後部にある神経が脊髄神経へと投射していることを確認し、この神経の興奮が脊髄では筋肉弛緩と関わり、一方中脳のREM睡眠を抑制する部位と拮抗回路を形成することで、REM睡眠を維持していることが分かった。なぜこの部位が睡眠中に興奮しREM睡眠に移行するのか、あるいは覚醒状態がどう睡眠プログラムを凌駕できるのか(私の場合しばしばそうでないことがある)、さらに同じ神経の興奮が覚醒時と睡眠時で全く違った状況で見られることなど、未解決の問題は多い。しかし睡眠時ではあっても、ロボットのように二つの状態を自由に移行させられる実験系ができたことは、この領域の大きな発展につながると期待される。こんな成功をみると、間違いなく人間でこれを利用したいと思う人たちが出てくるはずだ。今からその可能性と問題について議論を初めたほうがよさそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日:パーキンソン病とインターフェロンβの意外な関係(10月8日号Cell掲載論文)

2015年10月11日
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一部の家族性例を除いてパーキンソン病の原因はよくわかっていないが、黒質のドーパミン産生細胞の進行的変性が共通の病理的性質として見られる。この時神経細胞にαシヌクレンというタンパク質が沈殿して大きな塊になったレビー小体が形成される。レビー小体は他にもアルツハイマー病の一部や多系統萎縮症など神経変性疾患にも見られることから、これらをひとくくりに「シヌクレン症」としてみていこうという考えの研究者も多い。レビー小体の構造的特徴からおそらくオートファジー活性が低下することで細胞内でのタンパク質の掃除がうまくいかず、沈殿してしまうと考えられてきたが、この異常が起こってくる原因については全くわかっていなかった。その意味で今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は神経変性を起こす引き金について重要なヒントを与える、私には画期的な研究に思える。タイトルは「Lack of neuronal IFN-β-IFNAR causes lewy body and Parkinson’s disease like demintia (インターフェロンβ—インターフェロンα受容体シグナルの欠損はレビー小体形成とパーキンソン病様痴呆を誘導する)」だ。インターフェロンβ(IFNβ)はウイルス感染に対する抵抗の第一線として研究されているが、マクロファージへの刺激を介する抗炎症作用は多発性硬化症の治療に用いられている。この研究ではIFNβ欠損マウスの脳機能を調べて、週令が進むと記憶や運動障害が見られる様になり、病理的に神経変性が起こることを突き止めた。さらに、変性神経細胞にレビー小体が形成され、神経自体も多くの変性に関わる遺伝子が発現している。そこで、IFNβ欠損によりオートファジー機構の機能異常が起こり、レビー小体形成から神経変性が起こる可能性について細胞レベルで検証し、IFNβが欠損するとオートファジーの後期課程が障害を受け、それがレビー小体形成へとつながることを明らかにした。最後に、αシヌクレンの突然変異を持つパーキンソン病モデルマウスの片側の脳にレンチウイルスベクターを使ってIFNβを導入すると、ウイルスを導入した側だけ変性が抑制され、ドーパミン産生細胞が残っていることを突き止めた。これが本当なら画期的な発見で、多くの神経変性性疾患の進行を遅らせることが可能になる。IFNβはすでに多発性硬化症に使われているし、またパーキンソン病の遺伝子治療にレンチウイルスベクターを用いることもすでに臨床例がある。IFNβの性格上全身投与より、やはりウイルスベクターによる局所的遺伝子治療の方が患者さんの負担は少ないだろう。今回の研究では、ベクターを投与した側だけに効果が見られており、これも大きな朗報だと思う。今後期待して注目していきたい結果だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日:マラリア撲滅15カ年計画の効果(10月8日号Nature掲載論文)

2015年10月10日
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今年のノーベル医学生理学賞を予想したわけではないと思うが、10月8日号のNatureに2000年から2015年の15年という長期にわたって続けられてきたアフリカでのマラリア撲滅計画の効果を推計学的に調べたオックスフォード大学からの論文が掲載されていた。タイトルは「The effect of malaria control on plasmodium falciparum in Africa between 2000 and 2015 (2000−2015年にアフリカで行われたマラリア制圧計画の効果)だ。   ノーベル賞受賞理由を紹介した10月6日の記事にも述べたが、21世紀科学の重要な目標は格差の是正であるというメッセージが、NatureやScienceなどから頻繁に出されるようになっているが、この論文はこの傾向を代表するものだ。今回のノーベル財団の選考もこのトレンドに加わったと言える。格差是正の国際的努力にとって最も重要な地域はアフリカだ。Jeffery Sachsの「The end of poverty:economic possibilityies for our time」は優れた貧困の地政学分析だが、これを読むと、アフリカにはGNP上昇が停滞するどころか低下している国が多く存在する。そしてこの貧困の原因の大きな要因が戦争と感染症で、WHOを始め国際機関も感染症の撲滅に大きな努力を傾けている。マラリアに関しては2000年から発症を75%減らすという15カ年計画が進んでおり、今年はその節目にあたる。次の15カ年計画のためにも、これまでの計画の評価が必要になる。この科学的評価を行ったのがこの研究で、Natureもその意義を認めて8月に投稿された論文を9月1日にアクセプトしている。先進国だと感染症については届け出等をとおして正確な把握ができるが、アフリカでは様々な要因で観察は容易ではない。これをバラバラに実測されているデータを地政学的要因を統合し、ベイズと呼ばれる推計手法で感染率を計算したのがこの研究で(本当は数学的処理については私も完全に理解できているわけではない)。この結果、平均感染率は2011年の9%を最高に、年平均5%の割合で低下していることがわかり、感染が蔓延している地域は急速に縮小している。したがって、最初の75%感染率を減らすという目標はほぼ達成されたことになる。この間実際に行われた対策が、1)カヤの普及、2)持続性のある殺虫剤の家の中での散布、3)そしてTuさんの開発したアルテミシニンを中心とした治療で、この選択が正しかったことがこの結果からわかる。それぞれの対策の効力についても計算しており、減少の68%はカヤの普及によるところが大きく、次にアルテミシニンの治療が19%、そして殺虫剤は13%としている。基本的には、まず感染防御からという当たり前のことが実感できるが、Tuさんの貢献ももちろん大きい。では次のステージで何をすべきかだが、一番待たれているのがワクチンの開発だ。私がまだ免疫学会に属している時からずっとマラリアワクチンの開発が続けられ、特に最近有望なワクチンが開発されているように思う。新しい15カ年計画にこのワクチンが加われば、次は撲滅を目標にしてもいいような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日:記憶の想起の神経回路:進展する光遺伝学(10月5日号Nature掲載論文)

2015年10月9日
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このホームページで何度も紹介したが、クリスパー/CASによる遺伝子編集法と並び生命科学、特に脳研究を大きく変えているのがKarl Deisserothらによる光遺伝学だろう。今の所利用が遺伝子改変が行いやすいマウスにとどまっているが、それでもこれまで明確にできなかった様々な問題を、快刀乱麻を断つごとく解決している。しかし驚くのはこのグループが目的に合わせて新しい方法をまだまだ開発している点だ。今日紹介するスタンフォード大学Karl Deisserothたちの論文は記憶想起に関わる前頭前野の役割を明らかにした論文で10月5日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Projections from neocortex mediate top-down control of memory retrieval(新皮質からの投射が記憶想起をトップダウンに調節している)」だ。それぞれの記憶に個別の神経回路単位が対応しているのか、またそれを検索して想起するとき海馬以外の領域が関わるかについては実験的に明確になっているわけではなかったようだ。この研究はこの問題に絞って、自ら開発した様々な方法を駆使して挑戦している。まず、海馬と神経回路を形成する領域を、蛍光トレーサーを使った方法で調べ、前頭前野から神経投射が存在することを明らかにする。次に、この回路がつながっているかどうかを、光で興奮するチャンネル分子を導入した神経の入力が、相手型の神経興奮出力として観察できるかを調べ、前頭前野から海馬への投射があることを確認している。次に、この回路が記憶の想起に関連するか調べるため、まずマウスのコンテクスト記憶を電気ショックと光で誘導し、恐怖行動を前頭前野の光刺激で誘導できるか調べ、前頭前野の光刺激でマウスを立ちすくませられることを明らかにした。すなわち、前頭前野からの投射が記憶を検索想起するときのリード役になっていることを明らかにした。これだけでも十分面白いのだが、この論文ではさらに前頭前野から呼び起こせる一つの記憶単位にどれほど多くの細胞が関わるのか調べている。この目的のため、興奮により神経が蛍光を発するようにしたマウスの海馬神経を継時的に観察して記憶想起時に興奮する神経を調べ、記憶を想起するときはほんの一部が強く反応する一方、他の細胞の興奮は抑制して、特定の記憶回路を際立たせていることを示している。最後に恐怖行動誘導刺激の代わりに、前頭前野からの投射を直接活性化したときの海馬の反応を調べている。この実験のために、長い神経投射でも十分光で刺激できる光反応性チャンネルを新たに設計して使っているのは、さすがこのグループならではと思わせる実験だ。そして、前頭前野刺激により海馬神経細胞の2割が活性化される回路のなかにリクルートされることを明らかにした。理解が間違っていなければ、前頭前野からの刺激で一定の数の記憶回路単位がリクルートされ検索され、その中から少数の細胞からなる目的の記憶回路単位が選択されるようだ。このようにマウスの実験だけでも面白いが、将来遺伝子編集技術を使って大動物の光遺伝学が行われるようになると、脳研究は新たな段階に入るように思う。この論文では今後克服すべき技術的課題が最後に明示され、この分野をリードするという意気込みが感じられた。今後が楽しみだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日:内視鏡手術か開腹手術か?(10月6日号米国医師会雑誌JAMA掲載論文)

2015年10月8日
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「傷が小さく回復が早い」を売り物に、内視鏡手術は様々な分野に浸透している。外科医としても腕の見せ所も多く、おそらくインセンティブの高い手術ではないだろうか。また、技術だけでなく、新しいアイデアに基づく機器開発への要求も大きく、イノベーションが目に見える分野として今も注目されている領域だ。ただ、どうしても不自由な中で手術を行うため、手術が完全だったかどうか、事故がないかは患者としては気になる。幸いこれまで多くの臨床研究が行われ、大腸・直腸ガンに関しては、成績の上では十分開腹手術に匹敵できることがわかっている。ただ手術の性格上、内視鏡にするか開腹にするかを完全に無作為化して両者を比較する様なことはなかなか行えないので、これまでの結果は患者さんを選ぶときバイアスがかかっているのではと指摘されてきた。今日紹介するテキサス・ベーラー大学を中心としたアメリカ・カナダからの論文はこの乱暴な(?)無作為化を行って両者を比べた臨床研究で10月6日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Effect of laparoscopic assisted resection vs open resection of stage II or III rectal cancer on pathologic outcomes.The randomized clinical trial(ステージII及びIIIの直腸ガンに対する腹腔鏡下摘出術と開腹摘出術を病理学的結果から比べる。無作為化臨床治験)」だ。   手術というと、誰にどうやってほしいか患者さんの希望もあるはずなのに、無作為化で術式を決める治験に同意する患者さんが500人近くもよくいたと感心する。もちろん、腹腔鏡下手術は熟練が必要なので、術者の能力を精査し、また手術はビデオで撮ってミスを犯していないか調べるという念の入れ様だ。患者さんはステージII,IIIで局所的には進行しているが転移はない直腸ガンに揃えている。もちろん手術だけでなく、化学療法や放射線を組み合わせて治療が行われている。この研究で調べたのは、手術による合併症の有無、そして切除した組織を精査して取り残しなく完璧な手術ができたかどうかを評価している。もちろん今回治験に参加した患者さんは今後も追跡されるはずで、将来長期生存率についての結果が出てくるだろう。結果だが、まず外科手術としては両者にまったく差がなく、腹腔鏡下手術も完成の域に達していることがわかる。ただ、手術にかかる時間は40分ほど腹腔鏡下手術の方が長くかかる。意外だったのは、入院期間も両者で差がないことで、腹腔鏡7.0日に対し、開腹7.3日という結果だ。これはステージの進んだ直腸ガンで、他の処置も行ったからかもしれない。この様に両者で差がないという結果を受けて、この論文の結論は、今回対象にしたステージの手術では腹腔鏡下手術は勧められないという結果だ。我が国ならどちらでもいいという話になるのかもしれないが、すでに行われている方法を凌駕しない限り伝統的な方法を選ぶという思想が感じられた。さて私ならどうするだが、もともと保守的な方で、この結果を読まなくとも、健康状態さえ良ければ開腹でやってもらいたいと思っている。ともあれ、乱暴と言われることを恐れずここまでやる外科魂には感服した。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日:糖尿病から起こる腸症状の原因(10月1日号Cell Stem Cell掲載論文)

2015年10月7日
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膵臓のβ細胞が自己免疫反応で消失してしまう1型糖尿病の患者さんの多くに、腹部膨満、過敏性腸症候群などの腸疾患が併発することが知られている。実際には1型に限らず、糖尿病で高血糖が長期に続くことによる合併症で、糖尿病性腸疾患と名付けられている。糖尿病による合併症のほとんどは血管障害がその背景にあるとされており、糖尿病性腸疾患も同じように理解されていた。ところが今日紹介するハーバード大学からの論文は糖尿病性腸疾患が大腸の幹細胞の機能不全によって引き起こされることを示した研究で10月1日号Cell Stem Cellに掲載された。タイトルは「Circulating IGF-I and IGFBP3 levels control human colonic stem cell function and are disrupted in diabetic enteropathy(血中のIGF-1とIGFBP-3はヒト大腸の幹細胞機能を調節しており糖尿性腸疾患ではこの機能が障害される)」だ。タイトルにあるIGFはインシュリン様増殖因子のことで様々な細胞の増殖を誘導する。一方、IGFBP-3はIGFと結合してIGFの増殖作用を調節している。まず驚くのは、このグループは患者さんの大腸の幹細胞機能を、慶應の佐藤さんとオランダのCleversらが開発した試験管内での腸上皮オルガノイド形成法を用いて調べている点だ。恐らく研究者にとっても患者さんにとっても大変な実験だったと思う。論文ではまず、糖尿病性腸疾患の患者さんの大腸は組織学的に上皮形成が障害されており、また幹細胞が減少していることに気がついている。そしてこの原因が血管障害ではなく、細胞増殖に関わるIGF-1とIGFBP-3のバランスが乱れることが原因であるという可能性にたどり着く。すなわち、患者さんではIGF-1が低く、IGFBP-3が上昇している。あとはこの分子の大腸幹細胞への作用、高血糖との関係、これを標的とした治療可能性などについて様々な実験を行い、次の様な結論に達している。高血糖は食物摂取を抑えるためのシグナルとなって肝臓のIGFBP-3産生と分泌を誘導する。分泌されたIGFBP-3はIGF-1と結合して作用を抑え、幹細胞の増殖を抑える。さらにこの研究では、フリーのIGFBP-3がTMEM219と呼ばれる受容体に直接結合して幹細胞の細胞死を誘導することを発見している。この様にIGFBP-3の過剰生産は幹細胞抑制のための2重効果を持っている。IGFBP-3異常分泌は膵臓移植を受けた患者さんでは完全に正常化し、また幹細胞の活性も正常に戻る。最後に、IGFBP-3分子のTMEM219への結合を阻害すると、幹細胞が正常化することをヒト大腸幹細胞培養およびマウスモデルで確認している。糖尿病の異常は血管だと決めつけず、新しい可能性を追求、証明した面白い研究だ。特に、今回明らかになったシグナルを標的に薬剤が開発され、1型糖尿病の患者さんが合併症から解放されることを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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