この変化は様々な分野に及ぶ。例えば私が学生の頃、医学部の同級生の半分以上は公立高校出身だった。ところが20年後、今度は教授会入試判定会議に出てみると、京大医学部に入学する学生の9割以上が私立高校出身者で占められているのを知って驚いた。
社会の隅々でこのような変化が重なり格差が拡大するとともに、この格差が結婚行動を縛り始めると、こんどは格差が遺伝的差異として固定されていく可能性がある。実際フィクションの世界では、この遺伝的差異に裏付けられた階層の話は繰り返し題材になってきた。しかし、社会階層が実際に特定のゲノムレベルの差異に反映されているかどうか調べた研究はまだ多くない。
今日紹介するニューヨーク大学社会学教室からの論文は、米国でのヒスパニック以外の5000人近い白人の夫婦を対象に、この20世紀の社会的変化が階層同士の結婚を通して遺伝的な分離を引き起こしていないか、またその分離が子供の数の変化につながっていないか検討した研究で、5月31日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Assortive mating and diffential fertility by phenotype and genotype across the 20th century (20世紀を通じた形質と遺伝型による選択的結婚と生殖能力の差異)」だ。
この研究では、相関する遺伝的多型(SNP)データが蓄積されている、身長、BMI、うつ病の有無などの形質をスコア化するとともに、各形質のSNP リスク計算データから、特定の形質を持つ遺伝的確率をスコア化した指標として算定し、結婚がどれだけ形質や遺伝的背景に縛られるか調べている。また、1919年から1955年生まれの対象について、年齢別にこれらの指標を調べ、形質や遺伝型により結婚が影響される傾向が20世紀にどう変化したのかを調べている。
結果だが、まず最終学歴、身長、BMI、うつ病の全てで、これらの条件が、形質的にも、遺伝的にも結婚相手の選択に影響していることが明らかになった。最終学歴と身長に対応する遺伝指標については、特に強い影響が認められる。
一方、20世紀を通したトレンドの変化を見てみると、最終学歴、身長、BMIの伴侶選択への影響が時代とともに強くなっているのがわかる。
ところが、遺伝指標のスコアを年度別に比べてみても、身長に対応する遺伝指標を除いてほとんど変化がない。すなわち、形質自体は結婚に影響しても、これが遺伝的分離をもたらすまでは至っていないことがわかる。
次にこの4種類の形質と、子供の数との相関を調べると、学歴とははっきりと逆の相関を示す。すなわち高学歴ほど子供の数は少ない。次に夫婦のSNPデータから計算される遺伝指標と子供の数を相関させると、はっきりした負の相関が見られるのは学歴に対応する遺伝指標だけで、身長、BMIに対応する遺伝的指標では逆に弱い正の相関が見られる。最後に、遺伝的分離が少子化という20世紀のトレンドに影響しているのか調べ、遺伝的背景の影響がもしあるとしても弱い影響しか認められないと結論している。
以上をまとめると、学歴や身長という形質自体は結婚の条件として階層化に関わっており、時代とともに影響は強くなっている。またこれと並行して少子化が特に高学歴層で進んでいることは確かだが、これが遺伝的な分離に発展するところまでは至っていないという結論になる。
いつかこのような格差の遺伝背景を調べる論文が出ると思っていた。しかし格差が遺伝的差異がとして固定されるのではという懸念を一応否定するホッとする結果だが、示されたデータには、有意差はなくとも弱い相関が見られるので、気にかかる。さらに長期の調査が行われば結果が変わる可能性も残っている。結局この問題に対しては、遺伝的分離を心配するより先に、格差社会を解消するための処方箋を見つけることが肝心だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ