しかし今日紹介するパリ公立病院からの論文を見るまで、物理的にこの関門を突破しようという試みがあるとは思いもかけなかった。論文のタイトルは「Clinical trial of blood-brain barrier disruption by pulsed ultrasound (パルス状超音波で血液脳関門を突破する臨床治験)」で、6月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。
このグループだけでなく、超音波を照射して物理的に脳血液関門を緩める試みは、様々な動物を用いて続けられてきた様だ。この開発がようやく臨床応用段階に入ったことを示すのがこの論文で、総勢十七人のグリオブラストーマの患者さんを用いて第1/2相の治験が行われている。
タイトルにある様に、この方法はパルス状超音波を用いている。超音波は頭蓋によって減衰するため、治療ではまず1cmほどの超音波発生器を頭蓋内に手術で埋め込む。この発生器を通して、局所的に超音波を照射するが、その時超音波診断時の造影に用いる微小バブルを同時に投与し、この泡の力も借りて小さな脳領域の血液脳関門を破壊する。この方法で、どの程度関門が破壊でき、治療を続けても安全かどうかを調べるのがこの研究の主目的だ。これに加えて、血液脳関門破壊後すぐに通常は脳内に移行しにくいカルボプラチンを投与して、腫瘍の進展を観察する第2相試験も兼ねている。
結果だが、順番に照射量を上げていき、0.8メガパスカルを超えると、MRI で血液脳関門が破壊されることが確認できる。また、破壊の程度も照射量に比例して上昇する。最終的に1.1メガパスカルでは局所的な関門破壊の程度も十分で、且つ副作用が全くないことを確認している。
1.1メガパスカルの照射とカルボプラチンの治療を受けた患者さんの数は、この治験で結局三人で止まっているが、このうち一人で腫瘍の進行が4ヶ月間完全に抑制できている。全く対照群のない治験だが、グリオブラストーマの一般的な結果から考えると、かなり期待が持てるという結果だ。
この論文は、要するに初めて脳内超音波照射をヒトに応用することができたという話で、治療効果についてはきちっと計画された治験が必要だろう。しかし、いったんこの結果を見てしまうと、本当に無作為化して研究を行ってもいいのか少し気持ちが揺らぐかもしれない。
ディスカッションを読むと、この方法は他にも様々な可能性を秘めている様だ。例えば免疫系を物理的にアジテーションすると抗腫瘍免疫反応が高まるという論文が発表されているらしい。さらに驚いたのは、βアミロイドの処理が促進するという話もある様だ。その意味で、この方法の安全性が患者さんで確認されたことが、この研究の最も重要なメッセージだろう。
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