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6月29日:ウィルソン病の特効薬の開発(Journal of Clinical Investigation オンライン版掲載論文)

2016年6月29日
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   ウィルソン病を知っている読者は少ないと思うが、ATP7Bと呼ばれる銅輸送に関わるATPaseをコードする遺伝子変異による病気だ。
銅は肝細胞内でセルロプラスミンと結合して血液、胆汁に分泌されるが、この分子が欠損すると銅が徐々に肝細胞のミトコンドリアに蓄積し、最後はミトコンドリア機能不全で変性性の肝不全に陥る。幸い、血中の銅を補足して尿中に排出させるキレート剤が有効で、一生服用が必要だが、病気の進行を止めることができる。しかし、この方法は血中の銅には有効だが、一旦細胞内に蓄積し始めた銅を処理することはできない。このため、診断が遅れてミトコンドリアの障害が進行した患者さんを救うことはこれまで難しかった。
   これに対し、遺伝子治療や肝細胞を保護する新しい方法で開発が進んでいたが、今日紹介するドイツ・ヘルムホルツセンターからの論文は、細胞内で銅をキレートできる分子を使う画期的治療法の開発について報告している。タイトルは「Methanobactin reverses acute liver failure in a rat model of Wilson disease (メタノバクチンはウィルソン病モデルラットの肝不全を正常化できる)」だ。
     要するに細胞内に蓄積した銅も処理してくれる新しいキレート薬メタノバクチンが見つかったという研究だ。メタノバクチンはプロテオバクテリアから最近単離された分子量1154Daのペプチドで、これまで知られているキレート剤と比べて数オーダー高い銅への親和性を持つことがわかっている。
  この研究では、ATP7B遺伝子が欠損したラットモデルを使い、 1) このモデルが人のウィルソン病とほぼ同じ病態を示すこと、
2) ミトコンドリアに銅が蓄積すると、ミトコンドリア膜の電位や透過性の維持が破綻すること、
3) 肝障害が発症したモデルラットにメタノバクチンを投与すると、65−85%の銅を除去することができること、
4) 短期治療プロトコルでも、効果は2−3週間続くこと、
5) これまでのキレート剤と比べて副作用がないこと、
を示している。
  実際にはまず急性肝障害が出始めた患者さんに使ったあと、これまでの傾向キレート剤と組み合わせるといった治療が行われると思われる。早速治験登録サイトを調べてみたが、まだ全く登録はないので、臨床応用まで時間はかかりそうだが、大いに期待できる薬だと思う。
   しかし、人知の及ばない分子を合成できる細菌の力にはいつも驚かされる。
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