これまでタバコはニコチンを介して直接胎児神経細胞に急性の影響を及ぼし、発生異常を引き起こすと考えられてきた。今日紹介するエール大学からの論文は、ニコチンの害はこれだけにとどまらず、ニコチン刺激自体が染色体の構造を変化させて脳の遺伝子発現を長期にわたって変化させることを明らかにした研究でNature Neuroscienceに掲載予定だ。タイトルは「A epigenetic mechanism mediates developmental nicotine effects on neural structure and behavior(ニコチンはエピジェネティックな機構を通して脳の構造や行動に影響する)」だ。
この研究は、ニコチン摂取させた妊娠マウスから生まれた胎児に明確な脳解剖学的異常と行動異常が見られるという従来の結果が発端になっている。細胞学的に調べると、神経軸索のスパインと呼ばれる神経伝達構造が減少している。これらの異常は、従来ニコチンの急性毒性によると考えられていたが、この研究ではニコチン刺激が、エピジェネティックメカニズムを介して生後の神経細胞の遺伝子発現を変化させているのではないかと疑った。そこで妊娠時にニコチン摂取させた母親から生まれたマウスについて生後21、90日目で脳を採取、発言が変化している遺伝子を探索している。この実験により18種類の大きく発現が変化する遺伝子が見つかっている。この中で最も発現が高まっていたのが、ヒストンメチル化に関わるAsh2lで、ついに急性反応と慢性反応をつなぐ糸口が見つかった。
次にニコチンシグナルが直接Ash2l遺伝子を誘導し、その後様々な遺伝子の長期的発言異常を誘導できるか培養神経細胞を用いて検討し、ニコチン刺激で、Ash2lと神経発生のマスター遺伝子Mecf2がまず誘導され、Mecf2により様々な神経発生に関わる遺伝子が活性化されたところに、Ash2lの作用でこれら遺伝子のプロモーターがon型にヒストン修飾され、長期の脳機能の異常が維持されるというシナリオを導き出している。
エピジェネティックス機構の研究としては、わりと平凡な研究だが、Ash2lなどヒストンメチル化酵素がニコチン刺激で誘導されるという結果は重要だと思う。もしニコチンで誘導できるなら、他の神経刺激でも誘導できるはずだ。一方、神経刺激も記憶など長期の効果を持つとすれば、当然生後もこのようなメカニズムを使って遺伝子発現を制御していていいように思える。今後注目したいと思う。
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