ところが今日紹介するカナダ、クロアチア、アメリカからの共同研究を読んで、この分子がウイルスと宿主の軍拡競争、あるいは共存戦略の主役であるとともに、NK研究がこれほど大変なものかを実感することができた。タイトルは「A viral immuneoevasin controls innate immunity by targeting prototypical natureal killer cell receptor family(ウイルスの発現しているイムノエヴェーシンはナチュラルキラー細胞受容体原型ファミリー分子を標的にして自然免疫をコントロールしている)」だ。
タイトルの中でイムノエヴェーシンとあるのは、ウイルスが発現している免疫を抑える分子のことで、この研究ではサイトメガロウイルスが発現するm12という分子について研究している。
NK細胞は平積みで売れる一般向けの本が出ているほどで、専門家以外にも馴染みが深い細胞だが、この論文を読んでみると一筋縄ではいかない大変難しい研究対象だとわかる。この研究は一つの論文にするのは惜しいぐらいの力作で、ここまでやりきるには大変な努力が必要だったろうと感心する仕事だ。
NK細胞が様々なウイルス感染に関与することはよく研究されており、それにNK1.1標識分子で知られる受容体(NKR-P1)ファミリーに属する5種類の分子が関わることが知られていた。この5種類の分子のうち3種類はNK細胞を活性化し、また2種類はNK細胞機能を低下させる。この抑制性のNKR-P1Bはほとんどの正常細胞に発現しているClr-b分子により活性化され、このおかげで正常細胞がNK細胞の攻撃を受けずに済んでいる。ところが、ウイルスが感染すると細胞からClr-bが消えてしまい、細胞がNKの標的になる。この場合、ウイルスごと細胞が消えるが、細胞内で長く活動するサイトメガロウイルスなどは、宿主となる細胞が死んでしまっては困るので、NKR-P1Bを介してNK活性を抑える分子を発現していることが知られていた。
研究ではまず抑制活性の異なるウイルスを用いて、サイトメガロウイルスが発現するNKR-P1Bリガンドが、m12と呼ばれる膜タンパク質であることを明らかにする。また、たしかにm12がNK活性を抑制することを確認している。
次に、様々なマウス系統のNKR-P1ファミリー遺伝子を発現させた細胞を使って、m12がNKR-P1Bだけでなく、1)B6,FVB両系統由来のNKR-P1Cにも反応すること、2)129, Balb/c系統由来のNKR-P1Cには反応しないこと、そしてB6,129、FVB系統のNKR-P1Aに反応することを発見する。すなわち、抑制性受容体だけでなく、活性型受容体にも反応するという矛盾する機能を兼ね備えていることを発見する。
次にm12分子とNKR-P1分子の結合の構造解析を行い、熊の手で捉まるような結合を示し、変異で様々な結合特性が生まれる可能性を確認している(実際ここまでやるかという印象があるほど徹底的に解析している)。
そしてm12分子のしめすこれらの不思議な性質がおそらくホストと、それを利用しようとするウイルスが最適の共存条件を得るため、NKR-P1受容体と、m12がともに早い速度で進化したためだと考え、これを確認する実験を行っている。
詳細は省くが、これまで分離されたサイトメガロウイルスのm12分子自体大きく変異しており、それぞれ異なるNKR-P1に対する反応性を示すことを明らかにした。すでに見てきたように、NKR-P1自体も系統で大きく変化していることから、刺激に使ったり抑制に使ったり、一番共存にいい条件を求めた進化が進んでいることをうかがわせる。
そして最後に、m12の配列の違いで、ウイルスの増殖が大きく左右されることを示している。
繰り返すが大変な労作で、NKRとウイルスについてしっかり勉強できたという読後感だ。
今後人間から分離されたサイトメガロウイルスのm12分子の多様性が明らかにされると、それに対応するNKRの多様性や臨床症状をヒトゲノム研究から抽出することが可能だろう。まちがいなく、さらに面白い共存戦略、あるいは軍拡戦略が明らかになるはずだ。
カテゴリ:論文ウォッチ