これまで細胞集団を使った研究からゲノム各領域が自由度の少ない決まった境界を持ったTAD構造へとしっかり折りたたまれるという印象が根付いてきたが、これほど大変な過程が一個一個の細胞でどのように起こるのか解析するため、苦労をいとわず研究が進んでいることを実感する。タイトルは「Single-nucleus Hi-C reveals unique chromatin reorganization at oocyte to zygote transition(卵子から受精卵への分化に伴う独特のクロマチン再構成が単一核のHiC2より明らかになった)」だ。
この研究では卵子が受精により成熟する過程の染色体3次元構造が解析されている。前回紹介した論文では染色体が一本しかないES細胞を使って複雑性を落として研究していたが、この研究でも半分の染色体を相手にできる状況を利用して複雑性が上がるのを避けている。
方法は核を個別に直接チューブにとってコンタクトしている部位を結合させているが、これまでの方法と特に大きく方法を変えているわけではなく、なるべくシンプルな方法ですることに心がけている。ただ、実際にはどこでもすぐにできるというものではないだろうと想像する。
単一の核でHiCを行った場合、どことどこが接していたかのデータが、yes or noで得られることになる。すなわち中間はない。このデータをゲノムに貼り付けて、ルーピングや、相互作用の起こる境界を決めていくことになる。実際、私の頭で考えて、これまでの境界データなしに単一細胞のデータだけでどこまで境界やルーピングを決めることができるかまだしっくりこない。
そこを飛ばして結論を見ていくと次のようになる。
1) 未熟卵は全体に大きいためか、遠く離れている部位のコンタクトは少ない。
2) 得られる断片の長さの分布は未熟卵では多様で、TADと呼ばれる境界はsingle cellで見るとまだ定まっていない。
3) ただ、単一細胞のデータを集めると、これまで明らかになっていたTADに収まってくる。
4) 卵子の成熟が始まると、断片の多様性が減ってきて、コンパクトな領域に固まってきて、再構成が始まる。
5) 受精後の卵子由来、精子由来の核を別々に調べると、境界やルーピングはともに起こっているにもかかわらず、母親由来の染色体の核内分布は、核の構造に統合されていない。すなわち、ルーピングや境界によって、核内での構造化が決まるわけではない。
などが重要な結論として導かれるだろう。テクニカルな困難、また失われる断片も多いと考えると、このまま全てを鵜呑みにするわけにはいかないが、単一細胞レベルの研究が急速に進むことが期待される。面白い時代に入ったと実感する
さて、最近我が国の研究力の低下が指摘されているが、この新しい分野にはほとんど我が国の研究者のプレゼンスを見ることができない。しかしこの論文の責任著者の名前を見ると、日本の方のように思う。そのまま外挿すると、残念ながら、我が国の研究環境では「現在:目先の結果」ばかりが強調され、未来に向かって新しい可能性を探るための活発なディスカンションが行われていないことが、凋落の原因の一つであるように思える。
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