独立して以降の発生学を考えると、最初突然変異マウスの遺伝子特定から始まった遺伝学的手法の導入は、その後遺伝子ノックアウトから始めるreverse geneticsに変わっていった。そして、CRISPR-Casの登場は、reverse geneticsが違うレベルに拡大する予感を抱かせる。
しかし、いったん人間に目を移せば、これとは別にWhole Genome Sequencing(WGS)遺伝学が始まっていることがわかる。昨年暮れ「第二段階に入った個人ゲノム」というタイトルで、米国ヘルスサービス会社Geisingerが行った50000人規模のエクソーム研究を紹介し、1200程度の遺伝子で、機能欠損型の突然変異を両方の染色体持つホモ接合体を特定できるという驚くべき研究を紹介した。1200遺伝子に突然変異の入ったマウスを作成するのは、CRISPRを用いても大変なことだ。
この確信をさらに拡大させたのが今日紹介するペンシルバニア大学とブロード研究所からの論文で4月13日号のNatureに掲載された。タイトルは「Human knockouts and phenotypic analysis in a cohort with a high rate of consanguineity(血族間結婚の高いコホート集団での遺伝子ノックアウトと形質の解析)」だ。
責任著者の二人の名前をみると、おそらくパキスタン出身だろう。元々イスラム圏は血族を大事にするせいでいとこ結婚が多いが、パキスタンは全結婚の3割近くに達しているようだ。従って、機能欠損遺伝子が両方の染色体で揃う確率が圧倒的に高いと期待される。この研究では、パキスタンで始まったコホート研究の参加者約1万人のエクソーム解析を行い、変異の中で遺伝子機能が失われた突然変異を特定し、その変異を両方の染色体で持つ人(ホモ接合体)を特定、発見した幾つかの遺伝子について形質との関係を調べてて報告している。
研究の鍵になるのは、突然変異が分子機能の欠損につながるかどうかを決めることだが、この研究ではコンピュータだけでなく、人海戦術でアノテーションを行って、ほぼ9割が間違いなく機能欠損突然変異であることを確認している。
結果は期待通りで、1万人調べただけで1317の機能欠損変異をホモで持つ人が特定できている。前回紹介した5万人規模の研究を超えており、確かにパキスタンでは血族間結婚が多いことがわかるとともに、特定の遺伝子欠損による効果を調べるとき、パキスタンは格好の国であることがわかる。
実際、今回新たに発見された幾つかの遺伝子欠損について深堀をしているが、その中のAPOC3と呼ばれる血中から脂肪を除去する機構のブレーキ役の分子が欠損していた一人の家族を呼んで調べると、妻も同じ変異のホモ接合で、従って九人の子供も全てAPOC3欠損であることがわかった。すなわち、この遺伝子の機能を調べるための十分な数のポピュレーションがパキスタンでは簡単に集まることがわかる。調べてみると、親も子供も全て血中の脂肪の除去効率が高まっている。
他にも幾つかの遺伝子の機能について明らかにしているが、製薬企業が喉から手が出るほど欲しい耐糖能の異常や脂肪代謝などに関わる遺伝子とともに、チトクロームP4502F1をコードする遺伝子の欠損がIL-8の上昇を示すなど、面白そうな話が満載に見える。
この研究ではGeisingerの結果とは比較していないが、これまでのエクソーム研究で明らかにできなかったホモ接合体の変異をなんと734種類も発見している。しかし最も重要なのは、家族を調べることで、ホモ接合体やヘテロ接合体を数多く得ることができるという点だ。おそらく多くの製薬企業が殺到しているのではないだろうか。
長くなるのでこれ以上の紹介はやめるが、70億という人口を抱える人間のゲノム研究がいかに重要かを示す研究だと思う。これまでWGSは遺伝病の解析に用いられてきた。今後、明確な症状がない人でのWGS遺伝学が進むと、生活習慣病や精神疾患に関する理解が深まると期待される。この周りに、iPSやCRISPRと動物モデルなどが集まり、私の現役時代にはほとんど考えられなかった、動物から人まで一直線に繋がった遺伝学が始まっていることを実感する。
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